34話
「ちきしょう!」
悪態を付きつつ逃げるのは、織川 洋(男子3番)。
彼は、今追われていた。
そうなった発端は、実に単純。
殺る気の人間『murder』に出会ってしまったのだ。
それは、今より5分ほど前に遡る。
「光太郎・・・俺、絶対死なないから」
そして、ゲームにも乗らない。と、心の中でつぶやく。
光太郎の墓を作った。
遺体に土を被せただけの簡単な埋葬。
拾った板切れとそれに無骨に刺さっていた釘を使い、『輪島光太郎』と刻み、立てた。
それは、彼の存在を象徴する唯一のものだった。
「さて、どうするか―――」
そこで、思考が中止する。乾いた破裂音と足元の地面が抉られた。
後ろを振り返ると、小さな銃を構えている矢島 急須(男子17番)が居た。
ヤツは、面白くなさそうに「チッ」と舌打ちをする。
俺を狙った? 威嚇でもなんでもない。 こいつ殺る気だ!
「くそっ!」
俺に支給されたのは武器でも防具でもなんでもない。
ただのノートパソコンだった。
鈍器にはなるかもしれないが、銃相手には無理だ。
逃げるか・・・。
「光太郎すまん!」
俺は光太郎の墓標である板切れを振り向きざまに横薙ぎに放った。
それは、不意をつかれた急須に命中し、こちらに向けられた銃口を僅かに逸らす。
瞬間、再び銃声が鳴り響く。
当たってはいない。
ザックを引っ掴み、そのまま全力疾走に入る。
森に逃げ込めば、銃は不利だと思ったから。
しかし、死神は俺を簡単には逃がしてはくれないようだ。
今度は、風を切るような鋭い音が聞こえた。
左肩に激痛が走った。
左肩から小さな矢が生えていた。傷口はみるみる血に染まる。
だが、立ち止まるわけにはいかない。
俺は、矢を掴むと力任せに引き抜いた。
食い込んだ矢尻が肉を裂いた。
血がボタボタと流れる。
足を止めず、矢の飛んできた来た方向を横目にちらりと見る。
そこには、ボウガンを構えた川井 潤(男子4番)がこちらに小走りにやって来ていた。
「ちっ!オラ!急須!当てたぞ!早くトドメさせ!」
こいつら、組んでるのか・・・!?
これ以上犠牲者が出る前に・・・倒さなければ・・・。
が、ヤツらに対抗する手段はない。
こんなノートパソコンじゃ・・・ん?
今までやけに重かったザックが妙に軽く感じた。いや、実際に軽い。
走りながら中身を確認する。
「なんてこった」
焦って持ってきたのは、光太郎のザック。
中には、光太郎の命を奪った小さな小瓶とペットボトルの水と食料のパン等が入っていた。
そのとき、一つの考え浮かんだ。
気は引けるが・・・。
小瓶の中身を少し確認して、食料と水に混ぜる。
中身の毒は、無色無臭、好都合だった。
「くらいやがれ!」
そして、そのザックの中身を後方を追ってくる二人にぶちまけた。
飛び出したペットボトルが川井の足にもつれ、勢いよくヤツがこける。
後ろを走っていた急須もつられて、川井の上に覆いかぶさる様にこけた。
「ぐええ!!」と川井のカエルの潰れたような呻き声が上がった。
その機を逃さず、俺は一目散に逃走を決め込んだ。
最終更新:2012年01月04日 16:58