凍った街(お題「i])

2012年11月25日(日) 22:25-すばる

世界が止まったようだ。
風は吹かない。空を埋め尽くすどんよりとした雲は、いつからそこにあったのだろう。動くことなく、居座り続けている。
街路樹が青々と枝葉を生やし、直上に突き伸びる。
建物の、白い壁も透明なガラスも、排気ガスに汚されることなくいつまでも美しい。
人の気の途絶えた街並み。小奇麗で、どこまでも無機質だ。
建物の外壁に、ひたと触れると、ひんやりと冷たくて、気持ちよかった。
まるで、世界が凍ってしまったようだ。
誰もいないのは、みんな冷凍保存されて、どこかの地下に眠っているからだろう。
ここはまるで模型のように完璧で、それを壊さないために、命が排除されたのだ。
赤子のように無垢な世界は、誰かとかかわることで、変質してしまうだろう。
だけどここには自分がいる。
一歩地面を踏みしめるたび、足の裏からどす黒いものが流れ出して、街を侵食していくようだ。
自分がいるから、誰かの夢は未完成なままで、もう取り返しもつかない。
だけど、正しきはこちらなのではないだろうか。
誰もいない街は街ではないし、鑑賞者なきものは存在しえない。
観賞という行為もまた干渉であるならば、真のイノセントワールドはありえないだろう。
人いきれの感じられない都市を、黙々と歩く。
こんな場所にいると、いろいろと、考えてしまう。
自分はいったい、何のためにここにいるのだろう。
群れを成すはずの種が、個として存在している。
だれ一人いない世界に、たった一人存在する。
個体は、孤独という見えない敵に押しつぶされそうになり、抗うことしかできない。
それは、世界がほろぶよりも、むごいことなのかもしれないかった。
どうして、こんな形の世界が、存在するのだろうか。
ここは、虚構の街だ。虚数単位iの付いた、現実にない世界だ。
そこに、自分とは別の、誰かの影があるのが、見えた。
それは、女の子だった。
どうしてだろう。
自分は、彼女を、知っている。
「どうして、ここに」
「あなたを、おって」
彼女は、無垢な瞳でこたえた。

 


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雰囲気小説。描写の練習で書きました。