由規

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由規 - (2010/12/18 (土) 02:00:49) の1つ前との変更点

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**プロフィール ---- -選手名 - 由規(よしのり) -背番号 - ''11''(08年~) -出身地 - 宮城県仙台市 -身長/体重 - 179㎝/75㎏ -投打 - 右投左打 -球歴 - 仙台育英高-東京ヤクルト(07年高校ドラフト1巡) -顔文字 - (*`・ー・) -実況板でのあだ名 - [[よりのり]]、[[まめのり]]、おまめ -関連用語 - ~ **入団前 ---- -小学4年生で北六バファローズに入団し、野球を始める。 -中学1年時、仙台東リトルに在籍し、世界大会に出場。ロシア戦でノーヒットノーランを達成する等の活躍でチームを準優勝に導く。 -宮城県の強豪、仙台育英高に入学し、2年夏に甲子園初出場。先発した2試合共に2桁奪三振を奪うが、2回戦で敗退。 -3年春のセンバツに出場、1回戦でこの大会に優勝する事になる常葉菊川高と当たり、敗退。~ しかし、この試合で右手を負傷しながらも自己最速の150km/hをマークする。 -3年夏の地区大会では3回戦を除いてオール完投。決勝では東北高と対戦し、延長15回引き分けを完投。~ 再試合も完投し、2試合計374球を投げきって3度目の甲子園出場を果たす。~ 甲子園1回戦で智弁和歌山高と対戦し、17奪三振を奪い154km/hをマーク。2回戦で智弁学園に敗退。 -甲子園後に行われた日米親善野球で自己最速の157km/hをマークし、さらに評価を上げてドラフトの目玉となった。 -ドラフトでは大阪桐蔭の大砲・中田翔(日本ハム)、成田高のエース・唐川侑己(ロッテ)と並んで高校ビッグ3と称され、当初は地元の楽天を希望していた。 -ドラフト当日、楽天・ヤクルト・横浜・中日・巨人の5球団が1巡指名を行い、この年限りで退団する[[古田監督>古田敦也]]が見事交渉権を引き当てた。 -入団時には同じ苗字の[[佐藤賢]]が在籍していた為、登録名は「佐藤由」となる事が予想されていたが、名前の「由規」を登録名とした。 ~ **ヤクルト時代 ---- -もちろんプロでもスター候補生である由規の入団に浮かれたヤクルト公式HPでは、「今日の由くん&[[ミッキー>加藤幹典]]」コーナーが始まった。~ 春季キャンプでは加藤と共にスポーツ新聞の一面を何度も飾り、チームナンバーワンの注目を集めていた。~ オープン戦での数回の登板で開幕1軍テストに挑んだが結果は思わしくなく、しばらくは[[戸田]]での育成という方針となった。 -戸田では順調にチームトップとなる勝ち星を積み上げており、フレッシュオールスターにも選出。~ 全イ先発、Big3の唐川の後を受け継ぎ、最終回に登板してマックス152km/hをマーク、勝利に貢献した。 -8月に[[増渕>増渕竜義]]、[[村中>村中恭兵]]が怪我でローテから外れた為、1軍昇格を果たす。~ 8月30日、横浜戦でデビュー戦初先発を果たすが、1回2/3で6失点KO。しかし味方が逆転してチームは降雨コールド勝利。 -9月6日、2度目の先発で神宮デビュー戦となったが、相手は[[御主人]]と恐れられる巨人。しかも前日まで巨人戦8連敗と毎年恒例の犬っぷりを発揮していた。~ しかし好調巨人打線を毎回の8奪三振で6回3失点。3対3と接戦の展開で先発としての役割を充分に果たし降板。~ すると直後に[[福川>福川将和]]の勝ち越し3ランが飛び出し、勝ち投手の権利を獲得。プロ初勝利を神宮巨人戦で掴むという金星を挙げた。~ シーズン最終登板となった10月8日の横浜戦ではエース三浦と投げ合い、8回1失点で2勝目を挙げリベンジを果たした。~ 08年の投球回数は29回2/3で、ギリギリで新人王の資格を残す。 -09年は開幕1軍スタートとなるが、マメを潰しての途中降板や登録抹消を繰り返し5勝10敗と不本意な成績に終わり新人王獲得はならなかった。 -オールスターでは監督推薦で初出場となったが、マメを潰してピッチングが出来なかった為、第1戦で金本の代走という形で登場した。 -10年も開幕1軍から先発ローテに入り、開幕第2戦の巨人戦で8回1失点の好投で勝利。次の日の第3戦では村中も好投し~ 苦手巨人に左右若手エースで連勝と幸先の良いスタートを切ったが、その後4連敗で2軍落ち。 -交流戦から1軍に復帰。6月13日、Kスタ宮城で凱旋登板となった楽天戦で憧れのマー君と対決。これまでの変化球に頼っての自滅を改善する為、~ 原点回帰で先頭打者から4回に初ヒットを打たれるまで39球オールストレートという[[相川>相川亮二]]のリードに応え7回1失点でマー君に投げ勝った。~ 前年の交流戦での対決では7回1失点も味方打線が完封をくらい負け投手となっていた為、リベンジ勝利という形になった。 -楽天戦での勝利を機に復活。7月29日の広島戦で158km/hをマークしてプロ初完投勝利を飾ると、8月5日の中日戦で再び158km/hをマークし、~ プロ初完封勝利を達成した。~ さらに8月26日の横浜戦では敗戦投手となったものの、日本人最速となる161km/hを記録した。~ 最終登板となった10月3日の横浜戦で勝利し、自身初の規定投球回達成と12勝をマークする等、飛躍の年となった。しかし、最後にマメを潰して登録抹消されるというオチをキチンと付けている。 -オフに開催されたドラフト会議では弟の佐藤貴規(仙台育英高)が育成3位で指名され、兄弟選手の誕生となった。 **その他 ---- -涙もろい性格がクローズアップされており、マスコミからは「号泣王子、泣き虫王子」と称される事がある。~ そもそもはドラフト当日、ヤクルトの交渉権獲得が決定した際に会見でプロになれた事や家族への感謝で号泣してしまった事が発端であり、~ その後も入寮時に引越しの手伝いに来た家族から激励の寄せ書きを贈られた時にも泣き、激励会の時にも泣き、と続いたからである。~ また、ドラフト当日での号泣は「地元の楽天ではなく[[ふにんき]]のヤクルトに抽選を当てられてしまったから」という自虐ネタもあった。 -直筆サインには自分の似顔絵を入れており、1分で1枚描ける程までになったという。宮城観光タクシーの社長である父のタクシー全車にも似顔絵が入っている。~ この似顔絵入りサインは神宮のファンクラブ窓口にも飾られていた。 -兄は東北高で控え捕手をしており、ダルビッシュ(日本ハム)の球を受けていた。~ 弟の貴規は仙台育英高で投手から野手に転向し、3番センターで甲子園に出場。10年育成ドラフト3位でヤクルトに入団した。 -右投手であるが普段の生活では左利きであり、右で投げているのは兄のお下がりのグラブを使っていたからとの事。 -08年ファン感謝デーの選手による仮装カラオケ大会では佐藤賢と共に女装してピンク・レディーの「サウスポー」を歌った。 -サンスポ等では村中、増渕と共に高卒ドラフト1位3兄弟の三男として紹介される事もあり、増渕のTwitterにもよく出ている。 -09年オフに増渕と共に渡米した際、入国審査でマメが潰れすぎたせいで指紋が薄くなり機械で読み取れなかった事から別室に連行された。~ この時増渕も骨折で顎に埋めていたプレートが金属探知機に引っかかるというトラブルを起こしている。 -ネット上でデスブログと恐れられている東原亜希のブログ(ブログで取り上げられた人物が不調に陥るというジンクス)の噂を聞き、以前TVで会っていた縁から~ 「あんないい人が、そんな汚名を着せられているのは忍びない」と奮起したが、右手のマメを潰し登録抹消。敢え無く返り討ちとなった。 -幽霊がよく出現するという戸田寮では1人で入浴している時に鏡に映る人影を目撃したと証言している。 -週刊少年チャンピオンで連載していた「ストライプブルー」ではヤクルトの抑えとして活躍する主人公の兄が由規と親しいという設定が存在する。 -08年夏の甲子園に出場した仙台育英の後輩選手がPSPで発売された「実況パワフルプロ野球ポータブル3」で由規を使用してのバーチャル打撃練習を行っているとの~ 記事が東スポ紙面に出た。また、記事内の橋本到は08年ドラフト4位指名で巨人に入団。この時先輩の由規からも花束が届いたとの事。 >仙台育英(宮城)が菰野(こもの=三重)を4-1で倒し、3年連続で初戦を突破した。毎回の13安打を放っての快勝だ。~ そんなナインには試合前までに必ず行う儀式がある。PSPを使って「実況パワフルプロ野球ポータブル3」で1年先輩のOB、~ ヤクルト由規投手(佐藤由規)を登場させてのバーチャル打撃練習だ。~ 「実況パワフルプロ野球ポータブル3」は打撃フォームや投球モーションなどの細かい動きがリアルに再現されているため、~ 野球通にも愛されているゲームで、由規のデータも入った最新バージョンは5月29日に販売された。~ 昨年夏の甲子園で最速となる155キロを出した由規はナインにとって偉大な存在だけに、~ すぐさま購入して夢対決に挑み、それがいつしか恒例行事になったという。~ 今回もナインは宿舎で時間を見つけては、せっせとイメージトレーニングに励んだ。~ ある選手は「自分の名前の選手を作って、対決しています。打てたら『よっしゃ! 由規さんを打てたから明日(の試合で)も絶対打てる!』~ と思ってテンションが上がります』と話す。~ 菰野戦で2本の三塁打など5打数5安打と活躍した“東北のイチロー”こと~ 橋本到外野手(3年)も「タイミングのコツはパワプロやってたらつかめます」と語ったほどだ。~ 先輩を踏み台に自信を深めていたナイン。東北勢初の優勝旗を持ち帰るまで、この儀式を続けるつもりだ。~ ~ (東京スポーツ 8月10日(日)販売号より) ~ **年度別成績 ---- , 年度 , チーム , 試合 , 勝利 , 敗北 , セーブ , 投球回 , 三振 , 四死球 , 自責点 , 防御率 , 2008, 東京ヤクルト , 6, 2, 1, 0, 29.2, 28, 10, 15, 4.55 , 2009, 東京ヤクルト , 22, 5, 10, 0, 121, 91, 62, 47, 3.50 , 2010, 東京ヤクルト , 25, 12, 9, 0, 167.2, 149, 82, 67, 3.60 , , 通算 , 53, 19, 20, 0, 318.1, 268, 154, 129, 3.65 ~ ***タイトル ---- -イースタン・リーグ最多勝:1回(08年:8勝) ~ ***日本代表歴、アマ時代の実績 -06年 夏の甲子園2回戦 -07年 春の選抜大会1回戦 -07年 夏の甲子園2回戦 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ これまでのアクセス数 &counter(total)~ ~ 本日のアクセス数 &counter(today)~ 昨日のアクセス数 &counter(yesterday)
**プロフィール ---- -選手名 - 由規(よしのり) -背番号 - ''11''(08年~) -出身地 - 宮城県仙台市 -身長/体重 - 179㎝/75㎏ -投打 - 右投左打 -球歴 - 仙台育英高-東京ヤクルト(07年高校ドラフト1巡) -顔文字 - (*`・ー・) -実況板でのあだ名 - [[ysnr]]、[[よりのり]]、[[まめのり]]、おまめ -関連用語 - ~ **入団前 ---- -小学4年生で北六バファローズに入団し、野球を始める。 -中学1年時、仙台東リトルに在籍し、世界大会に出場。ロシア戦でノーヒットノーランを達成する等の活躍でチームを準優勝に導く。 -宮城県の強豪、仙台育英高に入学し、2年夏に甲子園初出場。先発した2試合共に2桁奪三振を奪うが、2回戦で敗退。 -3年春のセンバツに出場、1回戦でこの大会に優勝する事になる常葉菊川高と当たり、敗退。~ しかし、この試合で右手を負傷しながらも自己最速の150km/hをマークする。 -3年夏の地区大会では3回戦を除いてオール完投。決勝では東北高と対戦し、延長15回引き分けを完投。~ 再試合も完投し、2試合計374球を投げきって3度目の甲子園出場を果たす。~ 甲子園1回戦で智弁和歌山高と対戦し、17奪三振を奪い154km/hをマーク。2回戦で智弁学園に敗退。 -甲子園後に行われた日米親善野球で自己最速の157km/hをマークし、さらに評価を上げてドラフトの目玉となった。 -ドラフトでは大阪桐蔭の大砲・中田翔(日本ハム)、成田高のエース・唐川侑己(ロッテ)と並んで高校ビッグ3と称され、当初は地元の楽天を希望していた。 -ドラフト当日、楽天・ヤクルト・横浜・中日・巨人の5球団が1巡指名を行い、この年限りで退団する[[古田監督>古田敦也]]が見事交渉権を引き当てた。 -入団時には同じ苗字の[[佐藤賢]]が在籍していた為、登録名は「佐藤由」となる事が予想されていたが、名前の「由規」を登録名とした。 ~ **ヤクルト時代 ---- -もちろんプロでもスター候補生である由規の入団に浮かれたヤクルト公式HPでは、「今日の由くん&[[ミッキー>加藤幹典]]」コーナーが始まった。~ 春季キャンプでは加藤と共にスポーツ新聞の一面を何度も飾り、チームナンバーワンの注目を集めていた。~ オープン戦での数回の登板で開幕1軍テストに挑んだが結果は思わしくなく、しばらくは[[戸田]]での育成という方針となった。 -戸田では順調にチームトップとなる勝ち星を積み上げており、フレッシュオールスターにも選出。~ 全イ先発、Big3の唐川の後を受け継ぎ、最終回に登板してマックス152km/hをマーク、勝利に貢献した。 -8月に[[増渕>増渕竜義]]、[[村中>村中恭兵]]が怪我でローテから外れた為、1軍昇格を果たす。~ 8月30日、横浜戦でデビュー戦初先発を果たすが、1回2/3で6失点KO。しかし味方が逆転してチームは降雨コールド勝利。 -9月6日、2度目の先発で神宮デビュー戦となったが、相手は[[御主人]]と恐れられる巨人。しかも前日まで巨人戦8連敗と毎年恒例の犬っぷりを発揮していた。~ しかし好調巨人打線を毎回の8奪三振で6回3失点。3対3と接戦の展開で先発としての役割を充分に果たし降板。~ すると直後に[[福川>福川将和]]の勝ち越し3ランが飛び出し、勝ち投手の権利を獲得。プロ初勝利を神宮巨人戦で掴むという金星を挙げた。~ シーズン最終登板となった10月8日の横浜戦ではエース三浦と投げ合い、8回1失点で2勝目を挙げリベンジを果たした。~ 08年の投球回数は29回2/3で、ギリギリで新人王の資格を残す。 -09年は開幕1軍スタートとなるが、マメを潰しての途中降板や登録抹消を繰り返し5勝10敗と不本意な成績に終わり新人王獲得はならなかった。 -オールスターでは監督推薦で初出場となったが、マメを潰してピッチングが出来なかった為、第1戦で金本の代走という形で登場した。 -10年も開幕1軍から先発ローテに入り、開幕第2戦の巨人戦で8回1失点の好投で勝利。次の日の第3戦では村中も好投し~ 苦手巨人に左右若手エースで連勝と幸先の良いスタートを切ったが、その後4連敗で2軍落ち。 -交流戦から1軍に復帰。6月13日、Kスタ宮城で凱旋登板となった楽天戦で憧れのマー君と対決。これまでの変化球に頼っての自滅を改善する為、~ 原点回帰で先頭打者から4回に初ヒットを打たれるまで39球オールストレートという[[相川>相川亮二]]のリードに応え7回1失点でマー君に投げ勝った。~ 前年の交流戦での対決では7回1失点も味方打線が完封をくらい負け投手となっていた為、リベンジ勝利という形になった。 -楽天戦での勝利を機に復活。7月29日の広島戦で158km/hをマークしてプロ初完投勝利を飾ると、8月5日の中日戦で再び158km/hをマークし、~ プロ初完封勝利を達成した。~ さらに8月26日の横浜戦では敗戦投手となったものの、日本人最速となる161km/hを記録した。~ 最終登板となった10月3日の横浜戦で勝利し、自身初の規定投球回達成と12勝をマークする等、飛躍の年となった。しかし、最後にマメを潰して登録抹消されるというオチをキチンと付けている。 -オフに開催されたドラフト会議では弟の佐藤貴規(仙台育英高)が育成3位で指名され、兄弟選手の誕生となった。 **その他 ---- -涙もろい性格がクローズアップされており、マスコミからは「号泣王子、泣き虫王子」と称される事がある。~ そもそもはドラフト当日、ヤクルトの交渉権獲得が決定した際に会見でプロになれた事や家族への感謝で号泣してしまった事が発端であり、~ その後も入寮時に引越しの手伝いに来た家族から激励の寄せ書きを贈られた時にも泣き、激励会の時にも泣き、と続いたからである。~ また、ドラフト当日での号泣は「地元の楽天ではなく[[ふにんき]]のヤクルトに抽選を当てられてしまったから」という自虐ネタもあった。 -直筆サインには自分の似顔絵を入れており、1分で1枚描ける程までになったという。宮城観光タクシーの社長である父のタクシー全車にも似顔絵が入っている。~ この似顔絵入りサインは神宮のファンクラブ窓口にも飾られていた。 -兄は東北高で控え捕手をしており、ダルビッシュ(日本ハム)の球を受けていた。~ 弟の貴規は仙台育英高で投手から野手に転向し、3番センターで甲子園に出場。10年育成ドラフト3位でヤクルトに入団した。 -ドラフト時、すでに退団が決定していた古田兼任監督にクジを当てられたが、当の本人はドラフト会議当日の夜まで選手としては引退しても監督として続投すると思っていた。 -右投手であるが普段の生活では左利きであり、右で投げているのは兄のお下がりのグラブを使っていたからとの事。 -08年ファン感謝デーの選手による仮装カラオケ大会では佐藤賢と共に女装してピンク・レディーの「サウスポー」を歌った。~ 10年ファン感謝デーでの客席かくれんぼではAKB48を意識した女子高生に変装して登場している。 -サンスポ等では村中、増渕と共に高卒ドラフト1位3兄弟の三男として紹介される事もあり、増渕のTwitterにもよく出ている。 -09年オフに増渕と共に渡米した際、入国審査でマメが潰れすぎたせいで指紋が薄くなり機械で読み取れなかった事から別室に連行された。~ この時増渕も骨折で顎に埋めていたプレートが金属探知機に引っかかるというトラブルを起こしている。 -ネット上でデスブログと恐れられている東原亜希のブログ(ブログで取り上げられた人物が不調に陥るというジンクス)の噂を聞き、以前TVで会っていた縁から~ 「あんないい人が、そんな汚名を着せられているのは忍びない」と奮起したが、右手のマメを潰し登録抹消。敢え無く返り討ちとなった。 -幽霊がよく出現するという戸田寮では1人で入浴している時に鏡に映る人影を目撃したと証言している。 -週刊少年チャンピオンで連載していた「ストライプブルー」ではヤクルトの抑えとして活躍する主人公の兄が由規と親しいという設定が存在する。 -08年夏の甲子園に出場した仙台育英の後輩選手がPSPで発売された「実況パワフルプロ野球ポータブル3」で由規を使用してのバーチャル打撃練習を行っているとの~ 記事が東スポ紙面に出た。また、記事内の橋本到は08年ドラフト4位指名で巨人に入団。この時先輩の由規からも花束が届いたとの事。 >仙台育英(宮城)が菰野(こもの=三重)を4-1で倒し、3年連続で初戦を突破した。毎回の13安打を放っての快勝だ。~ そんなナインには試合前までに必ず行う儀式がある。PSPを使って「実況パワフルプロ野球ポータブル3」で1年先輩のOB、~ ヤクルト由規投手(佐藤由規)を登場させてのバーチャル打撃練習だ。~ 「実況パワフルプロ野球ポータブル3」は打撃フォームや投球モーションなどの細かい動きがリアルに再現されているため、~ 野球通にも愛されているゲームで、由規のデータも入った最新バージョンは5月29日に販売された。~ 昨年夏の甲子園で最速となる155キロを出した由規はナインにとって偉大な存在だけに、~ すぐさま購入して夢対決に挑み、それがいつしか恒例行事になったという。~ 今回もナインは宿舎で時間を見つけては、せっせとイメージトレーニングに励んだ。~ ある選手は「自分の名前の選手を作って、対決しています。打てたら『よっしゃ! 由規さんを打てたから明日(の試合で)も絶対打てる!』~ と思ってテンションが上がります』と話す。~ 菰野戦で2本の三塁打など5打数5安打と活躍した“東北のイチロー”こと~ 橋本到外野手(3年)も「タイミングのコツはパワプロやってたらつかめます」と語ったほどだ。~ 先輩を踏み台に自信を深めていたナイン。東北勢初の優勝旗を持ち帰るまで、この儀式を続けるつもりだ。~ ~ (東京スポーツ 8月10日(日)販売号より) ~ **年度別成績 ---- , 年度 , チーム , 試合 , 勝利 , 敗北 , セーブ , 投球回 , 三振 , 四死球 , 自責点 , 防御率 , 2008, 東京ヤクルト , 6, 2, 1, 0, 29.2, 28, 10, 15, 4.55 , 2009, 東京ヤクルト , 22, 5, 10, 0, 121, 91, 62, 47, 3.50 , 2010, 東京ヤクルト , 25, 12, 9, 0, 167.2, 149, 82, 67, 3.60 , , 通算 , 53, 19, 20, 0, 318.1, 268, 154, 129, 3.65 ~ ***タイトル ---- -イースタン・リーグ最多勝:1回(08年:8勝) ~ ***日本代表歴、アマ時代の実績 -06年 夏の甲子園2回戦 -07年 春の選抜大会1回戦 -07年 夏の甲子園2回戦 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ これまでのアクセス数 &counter(total)~ ~ 本日のアクセス数 &counter(today)~ 昨日のアクセス数 &counter(yesterday)

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