文学・古典籍・口承伝承

モンゴル音楽 @wiki内検索 / 「文学・古典籍・口承伝承」で検索した結果

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  • 文学・古典籍・口承伝承
    近代文学 荒井伸一他編訳(1984)『帽子をかぶった狼 モンゴル短編集』、恒文社 Ch.オイドブ/小沢重男訳注 (1994)『道』、大学書林 岡田和行、上村明、海野未来雄(1999)『「モンゴル文学を味わう」報告書(アジア理解講座 1997年度第1期)』、国際交流基金アジアセンター 芝山豊(1987)『近代化と文学 モンゴル近代文学史を考える』、アルド書店 芝山豊、岡田和行編(2003)『モンゴル文学への誘い』、明石書店 モンゴル文学を俯瞰する決定版の本。翻訳や論文も価値があるが、巻末のモンゴル文学に関する文献表もすごい。モンゴル文学や文化に興味があるなら必ず手に入れること。 橋本勝、E. プレブジャブ(1998)『モンゴル文学』、大阪外国語大学モンゴル語研究室 リグデン著/佐治俊彦、ボルジギン・ブレンサイン訳(2009)『地球宣言 大草原の偉大なる寓話』、教育史料出...
  • モンゴルのブックリスト
    ... 教育 言語 文学・古典籍・口承伝承 旅行記 伝記・回想録 芸術・スポーツ 音楽 モンゴル系諸民族・民族問題 書誌 漫画 その他モンゴル関係など(含エッセイ) モンゴル文化のデータベース
  • モンゴル近現代史入門書
    モンゴル国 青木雅浩『モンゴル近現代史研究 1921‐1924年-外モンゴルとソヴィエト、コミンテルン』早稲田大学出版部 生駒雅則『モンゴル民族の近現代史(ユーラシア・ブックレットNo.69)』(東洋書店、2004年) 薄っぺらい本だが新しい研究が反映されている。19世紀末から1940年代に入るまで、特に独立モンゴルが社会主義路線へと舵を切っていく時期の研究としてよくまとまっている。 磯野富士子『モンゴル革命』(中央公論社、1974年) 小貫雅男『モンゴル現代史』(山川出版社、1993年) 山川だけど、使ってる研究や資料が社会主義時代の頃のままで最早参考に出来ません。 木村毅『モンゴルの真実』(中西出版、2002年) 注)1921年の革命と1990年の民主化について書かれている入門書。 小長谷有紀『モンゴルの二十世紀』(中央公論新社、2004年) 歴史書じゃ...
  • モンゴル歌謡の分類について
    モンゴル歌謡の分類について モンゴル民謡の曲を分類する作業は、その初期において、言語学者により行われた。唄、儀式歌、祝詞(ユルール)、讃詞(マクタール)、叙事詩をその詞の構造、内容、表現に沿って分類していたので、これは音楽的な面で根拠に欠けるものであった。音楽作品の生命であり真の存在要件たる調子や旋律、音組織の観点からは検討されていなかったのである。 モンゴル民謡の分類をかなり早い時期に行った研究者の一人にA.ポズネーエフがいる。彼はモンゴル民謡の分類を、まずモンゴルの多くの部族ごとに分け、その中でさらに分類した。それをここに示すと: ハルハ族の歌:   1、宗教歌   2、生活歌および父母への賛歌    3、想い人に向けて歌う歌 ウールト族の歌:   1、叙事歌   2、年代記歌   3、祝詞または婚礼の先導唄 ブリヤート族の歌   1、益荒男の歌 ...
  • 管理者プロフィール
    管理者プロフィール 某大学のヘボ院生だったが最近ようやく職に就く。血液型はA型。 モンゴルを「愛している」のかはなはだ怪しい(まあ「愛は盲目」と言いますし)けどモンゴル音楽に関してダラダラ研究まがいのことを続けています。 一応、日本最初のエヴェル・ブレー(モンゴルの角笛)奏者でもあります。 頭の弱い子なのでどこまでできるか分かりませんが、生暖かく見守ってやってください。 管理者の書いたもの 青木隆紘(2008)「《モンゴル音楽》の20世紀小史―モンゴル国音楽文化研究に向けて」(『日本とモンゴル 116』、日本モンゴル協会、pp.77-99) 青木隆紘(2008)「面白管楽器発見!エヴェル・ブレー」(『PIPERS 11月号(327)』杉原書店、pp.18-21) 青木隆紘(2008)「モンゴルの中心で角笛を吹く」(『日本とモンゴル 117』、日本モンゴル協会、pp.41-5...
  • G.バドラハ
    Гажидын Бадрах(1894-1938) Gajidiin Badrakh ガジディーン・バドラハ 内モンゴル出身で、北京で絵画などを学び、モンゴル国へは1920年にボグド・ハーンに自治返上を迫るためフレーを占拠した安徽派軍閥・徐樹錚の通訳としてやってきた。1920年代から30年代、モンゴル人民共和国の小学校、および師範学校で教師をしていた。中国語をよくし、当時の典籍委員会(現モンゴル国科学アカデミー)の依頼を受け、漢語歴史文献(『元史』など)を用いてモンゴル人として初めてモンゴル民族の音楽史『モンゴルの器楽の歴史より(Монголын хөгжмийн түүхээс)』を1936年に著すも、民族学研究シリーズとしてB.ソヨルトイ(1901-1937粛清)の挿絵付きで出版されたのは没後かなりたってからの1960年。この際、校訂とまえがきを担当したのは民族主義的文学者と...
  • モンゴル近現代文化の参考文献
    モンゴル近現代文化の参考文献リスト(音楽以外) (#印付きはモンゴル語の資料、それ以外は原則日本語) 多分野に亘るので、私一人ではどうにもならないページの一つです。修正や追加があればどんどん編集お願いいたします。 文化史 モンゴル国立文化芸術大学文化芸術研究所編纂(1999年)《Mongoliin soyoliin tu ukh(モンゴル文化史)》(全3巻)、ウランバートル# Sh.Natsagdorj編纂(1981/1986年)『モンゴル人民共和国文化史(BNMAU-iin soyoliin tu ukh)』(全2巻、モンゴル国立出版所、Ulaanbaatar)# 秋津紀穂(1972年)「モンゴルの文化革命」朝日アジアレビュ- 3(2),152~155,1972/06/00(ISSN 03872785) (朝日新聞社) 田中克彦(1992年)『モンゴル 民族と...
  • S.A.コンドラーチェフ
    S.A.コンドラーチェフ(Кондратьев, С.А./1896-1970) 彼は作曲もした音楽民俗学者でペテルブルク大学の物理数学学科を卒業している。1923年、ロシア地理学協会のP.K.コズロフの探検隊に加わり、1924年まで調査を行った。モンゴル側の典籍委員会より招待状を得て1926年から再びウランバートルに滞在し、以降1930年までモンゴルで調査を行っている。当時典籍委員会にいたジャムツァラーノの協力を得、ウラディミールツォフとも親交があった。O’.ロブサンやM.ドガルジャブといったウランバートルにいた優れた歌い手をインフォーマントとし、録音も行った。この録音はサンクト・ペテルブルクのロシア科学アカデミー東洋学研究所に保管されている。1923年の滞在中から積極的に成果を発表し、これが評価され早くも1925年にはソ連国立音楽学研究所研究員に選出されている 。彼の死後に科学アカ...
  • モンゴル音楽史簡易年表
    下の年表は《青木隆紘(2008)「《モンゴル音楽》の20世紀小史―モンゴル国音楽文化研究に向けて」(『日本とモンゴル 116』、日本モンゴル協会、pp.77-99)》の年表を大幅に改訂したものです。 モンゴル音楽関連簡易年表 年代 出来事 BC400~93年頃 匈奴がモンゴル高原を支配。匈奴軍は鼓吹楽という軍楽隊のようなものを持っていた。またモンゴル国中央県アルタンボラグ郡からは匈奴時代の骨製口琴が出土。 2~3世紀頃 蔡琰(蔡文姬、177?-239?)が自身の運命を綴った詩『胡笳十八拍』(後世の創作説あり)で南匈奴のツォールと思われる管楽器について歌う。 554~559年 この期間に成立した『魏書』「高車伝」によると、紀元前3世紀頃からモンゴル高原に居住していたテュルク系の高車が狼の吠声のように「好んで声を引いて長く歌」っていたとの記述がある。 6世紀~11世紀 柔然、突厥、ウイグ...
  • モンゴル音楽史参考文献(日本語)
    モンゴル音楽史参考文献 青木隆紘(2008)「《モンゴル音楽》の20世紀小史―モンゴル国音楽文化研究に向けて」(『日本とモンゴル 116』、日本モンゴル協会、pp.77-99) 青木隆紘(2008)「面白管楽器発見!エヴェル・ブレー」(『PIPERS 11月号(327)』杉原書店、pp.18-21) 青木隆紘(2008)「モンゴル音楽用語小辞典」(『モンゴル研究 25』、モンゴル研究会、pp.54-74) 青木信治/橋本勝編著(1992年)「入門・モンゴル国」より“音楽―国際化する伝統音楽”pp.115-121.(平原社) G.Arkhincheev/小川信吉訳(1941)「ブリヤート蒙古演劇音楽学校」(『蒙古111』、善隣協会、pp.99-104) ルイク・イシドール/高橋勝之訳(1941)「ブリヤート蒙古の民族楽器」(『蒙古114』、善隣協会、pp.59-62) 石原邦子(2...
  • J.エネビシ
    J.エネビシ  芸術学博士、音楽学者、評論家。この20年間に、伝統音楽および現代音楽の歴史、理論の諸問題に関して、『音楽の伝統の革新』1991年、『モンゴル人の歴史文化事典』共著2004年、『チンギス・ハーン辞典』共著2006年、『遊牧民の音楽概念における潜在意識』共著2006年、『モンゴル音楽の口承と記譜の相互関係』2007年、『芸能評論、すなわち精霊を喚起するイラクサなり』2007年、『20世紀モンゴル音楽芸術評論の思想概観』2008年、『20世紀モンゴル音楽研究論文選集』監修2008年、『音楽学(科学アカデミー叢書22)』共著2010年、『文化芸術研究』共著2010年など、単著および共著による本を出し、30以上の修士、博士論文を指導し、無形文化財保護を主題とした10本以上のドキュメンタリー番組の制作に携わった。馬頭琴、オルティン・ドー、ホーミー、民族楽器オーケストラに関する大統領令...
  • モンゴルの近現代音楽とは
    モンゴルの「近現代音楽」とは何か  さて、このサイトに掲げてあるモンゴルの「近現代音楽」とは何か、ここで簡単に考察を試みる。要するに音楽の近代化の話である。  この音楽の近代化とは、考えられるものを挙げていくと、楽器の近代化、作曲技法の近代化、伝達の近代化、演奏・聴取機会の近代化、聴衆意識の近代化などがある。  まず楽器の近代化について。 モンゴルには伝統的に実に様々な楽器がある。民俗音楽研究家J.バドラーの著書「モンゴルの民俗音楽」には、こんなものまで本当にモンゴルの楽器だったのか、と疑問に思えるものまで非常に多数の楽器が掲載されている。それらの楽器は第一に楽器の使われる「場」によって2つに分けられる。仏教音楽と世俗の音楽である。モンゴルではチベット仏教が生活の中心であった。ここでは多種の管楽器、打楽器が用いられる。そして世俗の音楽がある。英雄叙事詩などの弾き語りを、トプ...
  • 宗教
    阿拉坦宝力格ほか著;芝山豊編(2008)『南北モンゴルカトリック教会の研究』清泉女学院教育文化研究所 石濱裕美子(2001)『チベット仏教世界の歴史的研究』、東方書店 板橋区立美術館編(1998)『モンゴルの仏教美術 展覧会カタログ』、産経新聞社 煎本孝(2002)『東北アジア諸民族の文化動態』、北海道大学図書刊行会 第11章  モンゴル・シャマニズムの文化人類学的分析 (煎本 孝) 第12章  内モンゴルにおけるチャハル人の生計活動の変化 (Alta)所収 小野田俊蔵, 岡本康兒編 ; 岡本康兒, 田上操, 赤澤ジャコバ訳(2006)『アジアにおける仏教美術の諸様式 チベット・モンゴル・ブータン』、 佛教大学アジア宗教文化情報研究所 外務省情報部編(1936)『蒙古ラマ教の話』、外務省情報部 木村理子(2007)『モンゴルの仮面舞儀礼チャム 伝統文化の継承と創造...
  • モンゴル音楽事典用語2
    Е ерөөл ヨロール;祝詞。他の人物や事物の将来について幸多かれと祝福する内容の韻文の口承文芸。ほとんど無伴奏で語られる。 есүүл 九重奏 есц 9度 еслөл 9連符 Ё ёочин【器】ヨーチン;洋琴《中》 ёхор 【伝】ヨホル;ブリヤート・モンゴル人の間で伝統的に行われる円舞。狩猟の成功などを祝って氏族ごとに行われる。地域により歌詞やテンポ、踊りの形態は様々。 Ж жаран дөрвөт эгшиг 六十四分音符 жигд хөдөлгөөн よどみない流麗な動き жигдрүүлэг 音律 жигдэлсэн хөг 平均律 жимбүүр【器】 オーボエ(гобой) жингэнэх бүжиг ジーグ(古典舞曲)(жиг) жиргүүлэг トリル жиргээ モルデント жүжиг 劇 жүжгийн хө...
  • インフォメーション
    インフォメーション 「内モンゴルと日本の近代」 <お話と映像>~モンゴル・ティを飲みながら~ 講師:鈴木仁麗(すずき・にれい)さん 明治大学・非常勤講師、早稲田大学招聘研究員 著書『満州国と内モンゴル』(単著)『モンゴル史研究』(共著)他 参加費:500円(モンゴル・ティ付) 日時:2012年12月16日(日)午後2時~4時 会場:東京都北区王子5丁目団地・6号棟・集会室(予定) JR東十条より徒歩10分 東京メトロ南北線 王子神谷駅より徒歩1分 主催&問合せ NPO法人アジアンロード http //www.asianroad.org/ 2012年 日本モンゴル文学会秋季研究発表会 2012年12月1日(土)午後1時~午後5時30分  (終了後 親睦会) 大阪大学箕面キャンパス・大阪外国語大学記念会館 http //www.osak...
  • モンゴル音楽研究ノート1
    まだモンゴルの音楽について全然分かっていなかったころに書いたものです。 西洋音楽の受容と全体主義体制化での芸術音楽~モンゴルにおける近代音楽史研究の可能性~  私は日本のクラシック音楽の歴史、つまり日本におけるシンフォニー・オーケストラ、軍楽隊(吹奏楽)、西洋的な音楽語法の歌曲、オペラ等の歴史に興味を持ち、先行研究を中心に調べている。日本でも音楽の伝統を有しているが、そこにどうやって西洋音楽そのもの、または西洋的な音楽の要素が入ってきたのか、それからもう一つ、日中戦争、太平洋戦争に代表されるようなファシズムが国を覆っていた時代、音楽と音楽家がどのような状況にあったのかに特に興味がある。 モンゴルももちろん素晴らしい音楽の伝統を持っているが、主に社会主義革命後、ソ連を通じて西洋的な音楽を受容してきた。現在でもポップミュージックは盛んであるし、オペラも日常的に興行を続けているという...
  • 大澤壽人
    大澤壽人(1906-1953) Hisato Ohsawa 新資料 『煌きの軌跡 一大澤壽人作品資料目録一』 (関西に在住する音楽評論家でつくる「音楽クリティック・クラブ」特別賞受賞) 内容:この資料が神戸女学院に寄贈された経緯にはじまり、作品が、器楽曲、声楽曲、放送作品、といったジャンルで整理され、創作ジャンル不明作品、未確認作品まで、さらには編曲作品まで収録されている。 出版日:2007年12月4日 編集・発行:神戸女学院 頒価:1,000円 問い合わせ:662-8505 西宮市岡田山 4-1        神戸女学院史料室(0798-51-8503)  注:大澤壽人の生年については、1906年と1907年と二説あり、本人も両方使っていた形跡があるが、1906年が正しい。  名前の読みについても、おおさわ (Osawa) と、おおざわ (Ohzawa) と二...
  • ヨーゼフ・ラスカ
    ヨーゼフ・ラスカ(1886-1964) Josef Laska  オーストリア生まれ。歌劇場で指揮者としてキャリアを積んだ後、第1次世界大戦に従軍。捕虜となりロシアで収容所生活の後(この時早くも全音階を取り入れた作品を書く)、日本での教育にあたるため来日。当初東京での仕事を依頼されていたが、関東大震災による混乱のためキャンセルとなり、かわりに宝塚音楽歌劇学校教授、宝塚交響楽団指揮者、後に神戸女学院で教鞭をとる。貴志康一も彼の薫陶を受けている。宝塚交響楽団で自らの「師の師」にあたるブルックナーの作品を積極的に取り上げ、日本に紹介した功績も大きい。また日本をテーマにした歌曲、室内楽、オーケストラ作品をものした。ソ連へ音楽祭に参加するために渡った後、共産圏への旅行、日ごろの反ファシズム的言動等を咎められ日本に戻れなくなり、オーストリアへ帰国。ナチスへの協力を拒んだため、巡回音楽隊に加わる...
  • 服部四郎
    服部 四郎 服部四郎(はっとり しろう、1908年5月29日 - 1995年1月29日)は、日本の言語学者。東京大学名誉教授。 人物 三重県亀山市生まれ。第一高等学校時代に読んだ安藤正次の『言語学概論』で、日本語の起源が不明であることを知り、言語学を志すことになる。 言語学者として、日本語、琉球語、アイヌ語、朝鮮語、モンゴル諸語、満州語、テュルク諸語(アルタイ諸語)、中国語、英語、ロシア語など多岐に渡る言語を研究した。それら研究対象言語には話者(インフォーマント)に直接学ぶ、フィールド言語学の方法論を取った。無文字社会の言語の研究のみならず、万葉集や元朝秘史などの文献に基づく言語学も行った。 歴史言語学・比較言語学の方面においても、日本語諸方言アクセントの比較研究、厳密な音声学に基づく日本語と琉球語の同系関係の証明、古モンゴル語の音韻史の解明などもある。 従来...
  • モンゴル近現代史参考文献リスト
    「モンゴル近現代史文献」 M.アリウンサイハン「モンゴルにおける大粛清の真相とその背景 ソ連の対モンゴル政策の変化とチョイバルサン元帥の役割に着目して」(『一橋論叢』第126巻第2号、2001年8月号) M.アリウンサイハン(2004年)「日ソ関係とモンゴル 満洲事変から日ソ中立条約締結までの時期を中心に」(一橋大学・博士論文手稿、国立国会図書館所蔵) M.アリウンサイハン(2007)「モンゴル・ソ連相互援助規定書の締結と日本・ソ連・中国」(『一橋社会科学 第2号』一橋大学) O.バトバヤル「 補論 第二次世界大戦後のモンゴルにおける日本人軍事捕虜」『スラブ研究センター研究報告シリーズ 81』,p59-69,20020329(北海道大学) Ts.バトバヤル「一九一〇年代のモンゴル在留日本人」(古厩忠夫編 環日本海叢書3『東北アジア史の再発見』有信堂、1994年) Ts.バトバヤル...
  • リムベ
    リムベ ユネスコの「緊急に保護する必要がある無形文化遺産」へのリムベの登録について 現在のモンゴル国および、モンゴル人居住地域の多くで横笛を指す。リムベ(лимбэ)はチベット語起源の語(gling-bu)でこの語が一般的になる以前はビシグール(бишгүүр)の語があてられていた 。バドラハによれば20世紀初頭モンゴル人地域で使われていたリムベの古い名はフンドゥルン(横の)・ビシグール(хөндлөн бишгүүр)であるといい、この種の楽器は3種類が元朝の宮廷楽団でも用いられていたとされる 。  モンゴル高原周辺のモンゴル人地域のリムベの特徴としては、一般的に2つあげられよう。まず、ホルサン・リムベ(竹製のリムベ)を極度に乾燥した気候から守るために小型家畜の腸で包んだり、バターを塗りつけていたこと がある。それから、オルティン・ドーの旋律を演奏するために発達したビトゥー・...
  • モンゴル音楽事典用語
    モンゴル語音楽用語小辞典(仮) Монгол Ядон хөгжмийн нэр томьёоны харицуулсан толь 注:引用などご利用の際は引用元(当HP)を明記してください。 凡例 【略】略語 【器】楽器 【歴】歴史 【響】音響学 【伝】伝統音楽、伝統文化の用語 《露》ロシア語 《西》チベット語 《中》中国語 [ ] 置き換え可能 例:гигэлгэн[гунил] аязはгигэлгэн аязまたはгунил аязの意。 ~ 用例・準見出しの中の語の全部、または一部に変えて用いる。 → 参照すべきものを示す А аажуу アダージョ(速度記号) аажуухан アンダンテ авад зохиомж 即興演奏;即興曲;インプロビゼーション авиа 音;声 ~ дэвсгэрлэх ар...
  • 参考文献リスト1(書籍など)
    |<総史> 伊沢修二(山住正己校注)『洋楽事始 音楽取調成績申報書』東洋文庫188(平凡社、1971年) 井上武士監修・秋山龍英編著『日本の洋楽百年史』(第一法規出版社、1966年) 歌崎和彦編著『証言―日本洋楽レコード史(戦前編)』(音楽之友社、1998年) 大森盛太郎(1986)『日本の洋楽 ペリー来航から130年の歴史ドキュメント1』、新門出版社 大森盛太郎(1987)『日本の洋楽 ペリー来航から130年の歴史ドキュメント2』、新門出版社 小宮多美江『受容史ではない 近現代日本の音楽史 1900~1960年代まで』(音楽の世界社、2001年) 園部三郎『音楽五十年』(時事通信社、改訂版1956年) 團伊玖磨『私の日本音楽史―異文化との出会い』(日本放送出版協会、1999年) 千葉優子『ドレミを選んだ日本人』音楽之友社、2007 中村洪介『西洋の音、日...
  • J.バドラー
    ジャムツィーン・バドラー БАДРАА, Жамцын(1926~1993) |略歴 民俗学者、詩人、音楽学者。フブスグル県アルボラグ郡生まれ。1950年モンゴル国立大学卒業、言語文学の学位を取得。1958年インドのデリーにある国際インド文化研究所にてヒンディー語、サンスクリット語を学ぶ。 |著作
  • モンゴル音楽史参考文献
    <モンゴル語>モンゴル語 Ж.Бадраа, Хөгжмийн нэр томьёо, Улаанбаатар, 1956.[バドラー『音楽用語』] Ж.Бадраа,Монгол ардын хөгжим, Улаанбаатар, 1998.[バドラー『モンゴル民俗音楽』] Ж.Бадраа/Н.Жанцанноров, Их дуучны яриа, Улаанбаатар, 2005.[バドラー/ジャンツァンノロブ『大歌手の話』] Г.Бадрах, Монголын хөгжмийн түүхээс, Улаанбаатар, 1960/2008.[バドラハ『モンゴルの器楽の歴史より』] Я.Балжир, Ардын хөгжмийн зэмсэгт суралцах хялбаршуулсан сурах бичиг, Улаанбаатар,1995.[バルジル『民俗...
  • 終了済みイベント
    日本シルクロード文化センター主催 シルクロード講座とシルクロードサロンのお誘い 第7回:12月12日(土)13 00~16 00  狛江「みんなの広場」 1. 新シルクロード講座(13:00~15:00) 「モンゴルが人類史に与えた歴史的役割」    講師:野口信彦(日本シルクロード文化センター代表) 「民族の響きを創り出す」     講師:青木隆紘さん(東京外語大博士課程在学中、モンゴル国の音楽と政治の関係を中心に研究)     伝統的なモンゴル音楽が、社会主義時代を経てどのように変容してきたかを話していただきます。    参加費(資料代):1,000円 2.シルクロード・サロン(15:00~16:00) 「シルクロードサロン」は、気軽に楽しく、シルクロードの文化や暮らしに触れる集いです。 「モンゴル舞踊」    踊りと解説:佐藤淳...
  • モンゴル音楽研究ノート2
    20世紀外モンゴル地域における音楽史研究 私の大学での専攻はモンゴル語とその文化である。モンゴル人の居住する地域は、モンゴル国に加えて中国の内蒙古自治区、ロシア連邦内のブリヤート共和国、カルムイク共和国などがあるが、それぞれ異なった歴史的経緯を持つため、ここではモンゴル人の所有する国家であるモンゴル国に限定して話を進める。さてこの現在のモンゴル国には、もちろん素晴らしい音楽の伝統がある一方、主に社会主義革命以降、ソ連・ロシアを通じての近代化と共に西洋的な音楽を受容してきた。現在でもポップミュージックは盛んであるし、オペラも日常的に興行を続けている。西洋音楽は十分に浸透していて、その状況は非常に興味深い。一方でモンゴルは特異な歴史を持つ。この歴史と先の音楽状況を重ね合わせると、モンゴルの音楽状況においての興味深く、また難しい問題が浮かび上がる。そのうち私は2つの点に注目したい。 一...
  • 芸術・スポーツ
    稲垣正浩編著(2002)『紀行文学のなかにスポーツ文化を読む』、叢文社 井上邦子(2005)『モンゴル国の伝統スポーツ 相撲、競馬、弓射』、叢文社 船井廣則、松本芳明、三井悦子、竹谷和之編著(2009)『スポーツ学の冒険 スポーツを読み解く「知」とは』、黎明書房 宮本徳蔵(2009)『力士漂泊 相撲のアルケオロジー』、講談社 (1987)『ナーダム 第66回モンゴル人民革命記念式典』、ベースボール・マガジン社 (1978)『モンゴルのスポーツ』、ベースボール・マガジン社 モンゴルのブックリスト
  • モンゴル音楽研究事始
    モンゴル音楽研究事始(大学のレポート) 青木隆紘 はじめに  モンゴル音楽はすっかり日本人にとって身近なものになりつつある。ユニクロのCMのBGMにフーミーが使われたし、NHK大河ドラマ《北条時宗》でも劇判音楽録音にオルティン・ドー歌手のノロブバンザドが参加し、それらは一般家庭のお茶の間に流れた。演奏旅行で日本を訪れるモンゴル人音楽家は多く、日本に在住するモンゴル人音楽家の中にはもはや馬頭琴奏者だけではなくリムベ(横笛)奏者やフーミーの歌い手もいる。日本人がモンゴル音楽を研究した最初は、1907年の鳥居龍蔵、鳥居きみ子の探検時のものである。それ以来100年たつがいまだに日本人によるモンゴル音楽の体系的な研究はほとんど試みられていないし、一般的なモンゴル音楽への理解はステレオタイプ的なモンゴルイメージを助長するもの、という範疇を出ていない。芝山によれば、このモンゴルに対するオリエ...
  • 書誌
    京都大学人文科学研究所編『蒙古研究文献目録1900ー1950』 原山煌編(1978)『モンゴル研究文献目録1900ー1972』(合本)、京都大学文学部内陸アジア研究所 ユネスコ東アジア文化研究センター編『日本における中央アジア関係研究文献目録 1879ー1987』(正誤・索引別巻) Judith Nordby "Mongolia" (World Bibliography series Vol.156) Oxford 1993  石井米雄編(2008)『世界のことば・辞書の辞典 アジア編』、三省堂 モンゴル国で2008年に出た"Монгол хэлний дэлгэрэнгүй тайлбар толь 1-5"以外のモンゴル語の辞典の情報が載っています。 モンゴルのブックリスト
  • S.ゴンチグソムラー
    Сэмбийн Гончигсумлаа(1915-1991) Sembe Gonchigsumlaa センビーン・ゴンチクソムラー 経歴 バヤンホンゴル県生まれ。1930年小学校から師範学校に入り、1933年にはイルクーツクに留学、獣医専門学校で学ぶ。そこで同時に音楽も学びイルクーツク放送楽団に楽員として採用された。37年帰国し、ウムヌゴビ県で獣医をした後1939年にはウランバートル市で通訳と教師をしつつ音楽参考書『楽譜をどうやって学ぶか』(この種の本としてはモンゴルで2番目。楽譜の読み方の他マンドリンや鍵盤楽器、さらに横笛や揚琴、三線などの民族楽器で西洋音階をどうやって演奏するかについても書かれている)を出版。1940~43年国立サーカス楽団員(ちなみに1940年に設立された国営サーカスは軍楽隊に次いで西洋楽器の合奏が聴かれるようになったところだった)。1943年モスクワ音...
  • モンゴル語の本
    モンゴル語(キリル文字) Ш.Адьшаа, Галдан Бошигт, Улаанбаатар, 2006.[アディシャー『ガルダン・ボシグト』] Анна Акулова, Монгол улс ОХУ-ын Кемерово мужийн хамтын ажиллагаа,Улаанбаатар, 2009.[アンナ・アクロヴァ『モンゴル国とロシア連邦ケメロヴォ県の共同事業』モンゴル国立大学](著者に献呈していただきました!) Аяако, Кимүра. “Монголын “Үндэсний уламжлалт соёл”.” Bulletin The IAMS News Information on Mongol Studies (40/41) International Association for Mongol Studies Ulaanbaatar. 2008....
  • 参考文献リスト2(論文、雑誌記事など)
    <総史> 後藤暢子「明治・大正・昭和三代の音楽雑誌を読む」〔『フィルハーモニー』54巻10-11号(NHK交響楽団、1982年)〕 同「第2次世界大戦期を中心とする洋楽関係誌の系譜」〔『フィルハーモニー』55巻4-5号(NHK交響楽団、1983年)〕 諸井三郎 他 「日本の作曲1世紀の歩み」『音楽芸術 21(5)』,????,1963/05(ISSN 00302600) (音楽之友社 〔編〕/音楽之友社) 古川隆久; 吉原潤; 京極典子 他 「昭和前半期の上流社会と音楽・芸能--京極典子氏・勝田美智子氏談話記録」『横浜市立大学論叢, 人文科学系列 54(1-3)』p,395~431,2003(ISSN 09117717) (横浜市立大学学術研究会) 秋岡陽「1920~50ニッポン空白の洋楽史(1)山田耕筰--日本近代音楽史の鏡像」『レコ-ド芸術 50(1)』p,329...
  • J.チョローン
    J.チョローン(Jamiyangiin Chuluun,1928-1996) 1928年ホブド市生まれ。父は文化施設の音楽指導者だった。9歳のとき地元の馬頭琴伝承者に習い始める。1939年ウランバートルに行き国立劇場に見習い楽員として入り、そこでO.ダシデレグに揚琴を習う。のちB.F.スミルノーフに音楽理論を学び、N.I.モトーリンにヴァイオリンと打楽器を学ぶ。国際青年フェスティバルに参加。1956年国立劇場でアサフィエフの《バフチサライの泉》を指揮して指揮者デビュー(ちなみにこれがモンゴルでの本格的バレエ公演の最初)。1959-60年、66年、67年プラハ音楽アカデミーにて指揮法、音楽理論の研鑽を積む。1960年から28年間にわたり国立歌劇場主席指揮者の任にあった。1988年からはナムスライジャブの穴埋めとして国立フィルハーモニー芸術監督に就任。ヴァイオリニスト、作曲家としても名...
  • リンク集
    リンク集 お役立ち CiNii(どうかサイニィと読んで下さい) 論文情報ナビゲータby国立情報学研究所 http //ci.nii.ac.jp/ 論文・雑誌記事検索ができます。非常に便利。 学術研究データベース・リポジトリ http //dbr.nii.ac.jp/infolib/meta_pub/G9200001CROSS Webcat Plus by 国立情報学研究所 http //webcatplus.nii.ac.jp/ 全国の大学図書館などが所蔵する資料(書籍、雑誌、AV資料他)を検索できます。ただし、「連想検索」は「?」。 GeNii (どうかジーニィと読んで下さい)by 国立情報学研究所 http //ge.nii.ac.jp/genii/jsp/index.jsp 研究に必要な情報を総合的に探索できるポータルサイト 大学...
  • リムベの無形文化遺産登録
    リムベによるオルティン・ドー演奏の技法―循環呼吸による リムベは硬質の木材、もしくは竹製の横笛である。伝統的にモンゴルのオルティン・ドーという長く声を引き延ばすのが特徴の民謡の演奏に使われてきた。循環呼吸の使用により、リムベはオルティン・ドーに特有の持続される幅広い音域の旋律を奏することが可能となっている。演奏者は鼻から息を吸い、同時に口から息を吐く。その際頬の中に空気をためることで間断なく演奏することができる。オルティン・ドーの歌詞の一節分はおおよそ4~5分にも及ぶ。1曲の全体は3~5、あるいはもっと多くの節で構成され、この間ずっと休みなく12~25分も吹き続けることが要求される。この楽器の伝統的なメソッドの中には、この技法を習得するために、火のついたロウソクを消さずに息を吹きかけ続ける、もしくは水の入ったコップにストローで息を入れ続ける訓練が含まれている。リムベの演奏の特徴は響きのよ...
  • 旅行記
    池内紀(1997)『江上波夫の蒙古高原横断記』五月書房 日本の騎馬民族征服王朝説で有名な江上波夫は実は1930年に内モンゴルのシリンゴルを踏査しており、その記録がこれ。1937年に出た『蒙古高原横斷記』(東亞考古學會蒙古調査班著、東京朝日新聞社)のうち第1章を抜粋したもの。 磯野富士子(1986)『冬のモンゴル』中央公論社 ラティモアのモンゴル学研究所で研究主任を務めた磯野富士子氏が1944年から1945年にモンゴル慣習法研究をしていた夫の磯野誠一と共に内モンゴルのシリンゴル盟西ウゼムチン旗を4ヶ月旅した際の記録。モンゴル人との交流や民間伝承の話が楽しい。 オドリコ/家入敏光訳(1979)『東洋旅行記―カタイへの道』桃源社 14世紀にインド洋、南太平洋経由で中国へ伝道旅行を行ったイタリアのフランシスコ派宣教師オドリコの旅行記。中国で3年間の不況の後、帰途は陸路をとり、中央...
  • 歴史―通史
    通史、大テーマ 岡田英弘(1999)『世界史の誕生 (ちくま文庫)』筑摩書房 地中海世界も中国も結び付けた「世界史」はモンゴル帝国から始まった、という論を杉山正明よりも先に展開していた岡田英弘の著作。 小松久男編『中央ユーラシア史』山川出版社 杉山正明(2003)『遊牧民から見た世界史―民族も国境もこえて (日経ビジネス人文庫)』日本経済新聞社 ドーソン/田中萃一郎(1936)『蒙古史 上』岩波書店 ドーソン/田中萃一郎(1938)『蒙古史 下』岩波書店 岩波文庫の古いやつですがリクエスト復刊されてます。 日本放送協会(1992)『大モンゴル1 蒼き狼チンギス・ハーン』角川書店 日本放送協会(1992)『大モンゴル2 幻の王プレスター』角川書店 日本放送協会(1992)『大モンゴル3 大いなる都』角川書店 日本放送協会(1992)『大モンゴル4 草原の民、自由の民』角川書...
  • 江文也
    江文也 Bunya Koh (1910-1983) <参考文献> 石田一志『モダニズム変奏曲 アジアの近現代音楽史』(朔北社、2005年) 井田敏『まぼろしの五線譜―江文也という「日本人」』(白水社、1999年) 王徳威、三好章訳『叙事詩の時代の抒情―江文也の音楽と詩作 (研文選書)』、研文出版、2011年。 江文也『上代支那正楽考―孔子の音楽論』(三省堂、1942年) 仲万美子「作曲家の音楽活動空間と帰属文化との関係性 江文也と山田耕筰を事例に」『同志社女子大學學術研究年報 55』,pp.33-47,20041225(ISSN 04180038) (同志社女子大学) 三好章「江文也について 20世紀の日中関係の狭間にあった音楽家(光陰似箭)」『中国研究月報 60(10)』,pp.52-54,20061025(ISSN 09104348) (中国研究所/社団法人中国研...
  • モンゴル音楽事典用語3
    О огторгуйлиг хөгжим 空間音楽 огцом スタッカート олон хоолой 多声法;多声性 олуул дуу モテット;経文歌 оноот эгшиглээ 示導音色 оргил [туйл] クライマックス оройлго эгшиглэн ホモフォニー ~ хэлбэр ホモフォニー形式 ~т хэв ホモフォニックなテクスチュア орхиц 音符の旗;符鉤 оруулга аяз インターリュード、間奏曲 оруулгын долооц хам эгшиг 短七の和音をもつ長音階において、2度と7度上の七和音を指す呼び方。ハ長調の7度上のh-d-f-a、2度上のd-f-as-c、イ短調2度上のh-d-f-aなど。 оршил プロローグ、序奏 оршихуй ая 定旋律;カントゥス・フィルムス Ө өгсөх дав...
  • B.F.スミルノーフ
    B.F.スミルノーフ モンゴル国に国立劇場の音楽指導者として招聘された。彼の主な仕事は西洋音楽をモンゴルの国立中央劇場劇団員および劇場付属学校の生徒に教えることであった。その傍ら彼は、民俗音楽研究にも従事した。彼はレニングラード音楽院でM.F.グネーシンに学んだのだが、グネーシンはリャードフやグラズノーフに師事し、師のリームスキイ=コールサコフの「ユダヤ音楽が自分自身のグリーンカを早急に必要としている」 という言葉に促され、パレスチナに民俗音楽の調査に出向きユダヤ民族楽派の一員として活躍していた経歴を持った人物だった。ロシアの民衆音楽、異民族のあらゆる音楽を源泉とした芸術音楽の作曲を志向したロシア民族楽派の、彼は孫弟子だった。スミルノーフはまさにそのように振舞ったのだった。 彼は任期中、全国的なフィールドワークを行い、多くのインフォーマントから採譜を行った 。この作業自体には多くのモ...
  • モンゴル国歌
    モンゴルの国歌 Монгол Улсын Төрийн Дуулал (詞:Ts.ダムディンスレン(1908-1986)、曲:B.ダムディンスレン・L.ムルドルジ共作) モンゴルの国歌の歴史について見てみたい。  まず、ボグド・ハーン政権下の1914年にロシア人の手による国歌が新設の軍楽隊により演奏されたという記録がある。これはロシアの作曲家でありマリイーンスキー劇場でヴァイオリン奏者も務めていたカドレツ・サンがペテルブルグ大学東洋学部に所蔵されていたモンゴル民謡の旋律を元に作曲したもの。  次いでモンゴル人民共和国成立当初の1924年から1950年迄は「モンゴル・インターナショナル」(1922-23)というソノムバルジリーン・ボヤンネメフ(С. Буяннэмэх;1902年 - 1937年粛清)が作詞した歌が国歌の代わりとして歌われていた(これは社会主義運動の中でよく歌われた「...
  • モンゴル音楽事典用語4
    Ц цагинаа хоолой ディスカントゥス;ディスカント цан【器】シンバル цараа 全音域;全声域 ~ны бүс テッシトゥーラ царгил хөгжим【器】シロフォン(ксилофон《露》) царны нүүр 響板;共鳴板;(弦楽器の)表板 цахилгаан орон зайн хөгжим 電子音楽 цахилгаан хөгжмийн зэмсэг 電子楽器 цовоо ヴィヴァーチェ;ヴィーヴォ цовхрох бүжиг ギャロップ цоглог хөгжим[аялгуу] スケルツォ цомнол: 1、[цомог](オペラ、バレエなどの)台本;筋書き 2、旋法;モード(J.バドラーの用語) цохиур 爪;プレクトラム;ピック;義甲 цохивор хөгжмийн зэмсэг 打楽器 цөлдөн ...
  • M.ドガルジャブ
    Магасаржавын Дугаржав(1893-1946) Magsarjav Dugarjav マクサルジャビーン・ドガルジャブ  優れた歌手で、作曲、民俗音楽の研究も行い、1911年のボグド・ハーン政権を支えた官僚でもあり、1921年の革命にも参加している。 モンゴル近代音楽の祖というような評価を受けている。 その生涯  スフバートル県ムンフハーン郡の生まれ。父親は清朝時代からの官吏で、ボグド・ハーン政権時代も裁判所長官などを務め、ドガルジャブと同じく自治モンゴルを実務家として支えた。ドガルジャブはまた長身で、180㎝近くもあったという。  ドガルジャブ自身の経歴は、ボグドハーン自治時代の1917~18年には国防省および外務省の官吏、ウンゲルン時代には軍指揮官をしながら、モンゴル人民党(後の人民革命党)結成に参加した(当初はダンザンらと共に東クーロンのグルー...
  • モンゴル音楽事典その他
    演奏団体、劇場 国立歌劇場(Монгол Улсын Дуурь Бүжгийн Эрдэмийн Театр) 公式HP http //opera-ballet.mn/ 1924年設立のスフバートル記念クラブの芸能サークルが1927年建設の人民娯楽場(“緑ドーム”の愛称で呼ばれた)に移ったのが前身。同じ建物内で1931年国立中央劇場(劇団)が組織され1949年同建物が家事で消失するまでそこで活動。1943年には専属のオーケストラを設立(それまでは伝統楽器で劇の伴奏をしていた)。1951年に開場した現在の国立歌劇場の建物で活動再開。1963年に演劇部が分離、国立ドラマ劇場に本拠地を移し、オペラ、バレエ中心の国立歌劇場として再スタート。名称を変えながら現在に至る。510人収容。現在の正式名称はモンゴル国立オペラ・バレエ・アカデミック劇場。総合芸術監督B.ジャミヤンダグワ(バレエマイスター...
  • 橋本國彦
    橋本國彦(1904-1949) Qunihico Hashimoto 参考文献 『オーケストラ・ニッポニカ 芥川也寸志メモリアル第1集』(Mittenwald,2003年) 『Symphony no. 1 in D ; Symphonic suite "Heavenly maiden and fisherman"』(Naxos/アイヴィー,2002年) 『Just for me Noriko Ogawa plays Japanese piano music』(BIS/King International、1997年) 藍川由美『舞 橋本國彦歌曲集』(Camerata, 1998年) Ontomo mook(「音楽芸術」別冊)『日本の作曲20世紀』(音楽之友社、1999年) 川上晃(2007)「橋本国彦の白秋歌曲」(『群馬大学教育学部紀要, 芸術...
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