そんなことよりきのみが食べたい

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そんなことよりきのみが食べたい」を以下のとおり復元します。
ピカチュウは逃げていた。
そりゃあもう逃げていた。
全速力で逃げていた。

まじめに殺しあえって?
いやまあ確かに殺すとまではいかずとも襲ってきたのがコラッタやオニスズメなら電撃くらい食らわせたよ。
正当防衛なんだしさ。
でもさ、相手はどう見てもドラゴンタイプなんだよ、ドラゴンタイプ。
しってるだろ ドラゴンはせいなる でんせつの いきものだ! 
つかまえるのが むずかしいけどうまく そだてりゃつよさは てんか いっぴんだ。
そうどこぞのチャンピオンも言っているらしいじゃないか。
強いんだよ、あいつら。
600族だってごろごろいんだよ。
加えて電撃が効きにくいとあればやってらんないよ。
まあ相手の見かけ的に飛行タイプも兼ねてそうだし、それなら等倍ではあるんだけどさ。
それにしたって、“ドラゴン・ひこう”といえばあのカイリューやボーマンダと同じじゃないか。
僕みたいな普通のピカチュウじゃ名前さえ知らない伝説のポケモンにもなんかそんなのがいるらしいし。
触らぬ神に祟りなし、だよ。
まじめに相手になんかしてらんないよ。
幸い僕はついていたんだ。
今の僕は『こうそくいどう』と『かげぶんしん』を積んだ状態。
残像が残るほどの4倍速なんだ。
更には電磁波レーダーのおかげで後ろを見ないでも相手の『かぜおこし』や『エアスラッシュ』を紙一重察知できる。
ドラゴン族と言えども舞ってもない以上、今の僕に攻撃を当てることはもとより、追いつくことさえ困難だ。
今までこの合わせ技でモンスターボールをかわし、人間たちとその下僕になったポケモン達を撒いてきた僕だからこそ言い切れる。

速さが足りない。
君では僕を、捉え切れない。

君だって、それくらい分かってるんだろ?
襲いかかってきた当初の元気もなく、もはや攻撃する余裕さえなく、僕を見失わないよう追い縋るのに必死な君ならさ。

なのに。

「待……て……」

なのにさあ。

「待ち……やが、れ……」

なんで、なんで君は。

「待て、って、言って、ん、だろ。待てよ、ごらあああああああっ!」

そんなにもボロボロの体に鞭打ってまで、届かない何かへと手を伸ばしているんだよ。

――待ってよ、――。僕の仲間を――。

「……っ! ああ、くそ、嫌なことを思い出させないでよ」

分かってる。
本当ならこのまま逃げ切ってしまうのが一番なんだって。
気合や根性でどうにか出来るのにも限度があることは、かつて嫌なほど思い知らされた。
どんどん速度の落ちていっている敵の状態を鑑みるに、後数分もしない内に、僕は逃げ切ることができただろう。
けど、このままだと気分が悪い。
さっきまで忘れていたけど、どうやらここは本当に殺し合いの場みたいで。
明日をも知れぬ身である以上、ここで逃げてしまえばもう二度と会うことはないかもしれなくて。
せめてここで僕を襲う理由くらいは聞いておかないと、これから先心安らかに眠ることも叶わない。
あんなポケモン、今まで見たことも聞いたこともないけれど。
姿が大きく変わるコイキングとかの例もある。
もしかしたら僕が気づいていないだけで、僕は進化前の彼?に恨みを買うようなことをしてしまったのかもしれない。
まあ、だからといって殺されてやる気なんてさらさらないんだけど。
お腹も減ったまま一人寂しく死ぬなんてそんなの御免だし。
だから、あくまで話を聞いてやるだけだよ。
それですっぱりおさらばだ。

「ねえ、君。なんで僕を襲うのかな? 僕は君のことなんて覚えがないのだけれど」

アイアンテールによる地面との摩擦によって乗りに乗ってた陸上波乗りに急ブレーキをかける。
数時間も乗り続けてただけあって、操作はもう手慣れたものだ。
ききっと音を立て減速すると同時に、その反動でターンを決め、空飛ぶ龍へと向き直る。
こちらが止まったのをいいことに問答無用で攻撃される可能性も踏まえ用心していたが、僕の言葉に相手もぴたりと動きを止めた。

「……そうだろな。おまえは、俺のことなんか知りもしないだろうな」

翼だけを動かし滞空するドラゴンポケモン。
その口から漏れた言葉には隠しようもない怨嗟の感情が込められていた。
ああ、やっぱり、僕は何かしてしまっていたのだろうか。
敵を作るようなことは極力避けてきたつもりだったのだけど。

「いや、それどころか、お前たちピカチュウは俺たちのことを知りもしないんじゃないか?
 俺やティラノモンだけじゃない。オメガモンやデュークモンですらおまえには敵わないだろうさ……」

……待て。
君は何を言ってるんだ?
ティラノモンとか、オメガモン、デュークモンなんて聞いたこともない名前だけど、その言い方は何か。
こいつが恨みを持っているのは、“僕”じゃなくて“ピカチュウ”そのものにだと。
待て待て、そういうことなら覚えがあるぞ。
というか覚えがありすぎる。
それは本来褒められこそすれ、恨まれはしない特徴だ。
だからそれは恨みは恨みでも逆恨みで、単なる妬みだ。
つまり――

「おまえの人気にはよ!」

こういう、ことなのだ。
僕たちピカチュウは、なんでかしらないけど人間に非常に人気があるのだ。
そのことが、人間にゲットされたがってる全くわけがわからないよなポケモン達や、既にゲットされているポケモン達には面白く無いみたいだ。
とあるピカチュウが「ギエピー!」と呼ばれる未確認ポケモンに逆恨みされ、十数年にも渡りこき使われているという話はあまりにも有名だ。
そいつらからすれば、僕たちは人間にちやほやされて楽で幸せな勝ち組コースが決定しているそんな風に見えているのだろう。

「なんだよ、そんなことかよ。あーあ、聞いて損した」

なんて、なんて、くだらない。

「そんな、こと、だと!? 俺にとっては、俺やティラノモンにとっては、それ程までのことなんだよおおおおおッ!! ゴッドトルネードッ!!」 

心の声が表情に出ていたのだろうか。
ドラゴンタイプは怒りも顕に竜巻を放ってくる。
数分前までは、うげ、っと思ったろうけど、今の僕は冷めた目で襲い来る攻撃を見つめていた。

あーあ。
いいよ、分かったよ。そんなにも人気者になりたいのなら先達として教えてやるよ。
人間に人気ってのがどういうことなのかを。
愛されるということがなんなのかを。


▽ 

エアドラモンは知っていた。
天使との激戦を制し、傷ついた身体に鞭を打ち、飛翔する最中で出会ったその存在がなんなのかを知っていた。
かつてのVジャンプ編集者をして、取り逃がしたことを初めてにして、最大級の失策であると言わしめたその存在を。
その中でも最たる人気を誇り、顔として扱われるそのモンスターを知っていた。
彼の者の知名度に比べれば、エアドラモンなど言うまでもなく、あのオメガモンやデュークモンですら劣るであろう。
そのあまりの人気の前には自分たちデジモンは全て横並びにされてしまうのだ。
デジモンという存在そのものが彼らのパクリであるとさえまことしやかに囁かれるほどに。

だからこそ、自分はなんとしてもそいつをこの手で討ち取らねばならなかった。
自分やティラノモンの苦悩、そして決別さえもあざ笑うかのように、子どもたちに、かつて子どもだった者達に愛されている存在。
人間に最も求められ、最も認められているそいつを。
俺は、今、この地で、乗り越える!

決して交わることのなかった世界。
戦うことさえ許されず、ただ、人気に劣るというだけで存在を否定されてきた自分たち。
それが間違いだったことを証明してやるとエアドラモンは、黄色い電気ネズミへと挑んだ。

まるで自分がデジモンの代表であるとさえ錯覚して。
虐げられてきた者たちの憤怒さえ気取って。

人間が機会を与えてくれたのだという大義名分の元に。
世界一位を下し、自身が取って代わるのだという欲望を胸に。
愛し、愛されたいという切なる想いを抱いて。
エアドラモン/デジモン/最底辺は、ピカチュウ/ポケモン/頂点へと挑む。

この願いを、そんなこと、とは言わせない。
それは強者の理論だ。
何もせず、愛されているからこそ、言い捨てれるのだ。
自分は弱者だ。
究極体は言うに及ばず、直系の完全体や派生すらありはしない。
ならばせめて。力を。
目の前の憎いあンちくしょうを葬れる力を。
勝率を稼ぎ進化へと至る力を。
人間に認められる力を。

どうか、どうかこの手に。
どうか、どうかこの手で。

「ゴッドトルネードッ!!」 

手を伸ばす、手を伸ばす。
届き得ぬ高みへと手を伸ばす。

天使を食らったからか、一際威力をました竜巻が、荒れた大地を蹂躙する。
点の攻撃では捉えきれないと判断したが故の、面攻撃。
それを何発も、何発も、エアドラモンは畳み掛ける。

「死ね、死ね、死ね、死ね、死ねぇッ!!」

お前がいるから。
お前なんかがいるから、子どもたちは自分へと振り向いてくれないのだと。
怒りと憎悪に歪んだ声で、神に近い存在と言われた竜は、子どもたちには見せれない悪魔の如き形相で翼を振るう。

「はぁ、はぁ、ハァハァハッァッ。やったか!?」

一体どれほどの竜巻を起こしたのだろう。
これだけ撃てば完全体さえも仕留められるという域に達した時、ようやくエアドラモンは冷静さを取り戻し、成果を確かめようとする。

やった、はずだ。
ピカチュウがどれだけ人気者とはいえ、強さ的にはそれほどではなかったはずだ。
加えて、さっき戦った天使とは違い、相手はあくまで地を這うネズミだ。
空の彼方から一方的に攻撃し続けた以上逃げ惑うしかなかったは「それはフラグだよ、ドラゴンタイプ」!?

馬鹿な!?
エアドラモンは驚愕する。
ピカチュウが無事だった、ことにではない。
既に一戦をくぐり抜けた巨龍は、この地での戦いがそう甘くはないと我が身をもって知っていた。
だから、そう、驚いたのは、ピカチュウが自身の怒涛の攻撃を受けても無事だったことではなく。
その声が、天駆ける自らの、その更に上空より聞こえたからに他ならない!
ばっとエアドラモンは巨体を翻し、天を見上げる。
サーフボードに乗ったまま、そこにそいつはいた。
お前など、どう足掻こうと僕には届かないとそう言うかのように。
遥か天上より、太陽を背に、ピカチュウは、エアドラモンを見下ろしていた。

「知らなかったの? ピカチュウは、“そらをとぶ”んだよ」

サーフボードでエアライドしながらピカチュウは笑う。
それもまた、彼らの人気の賜物。
人気故に、ピカチュウ達に与えられた幾つもの特権の一つ。
ピカチュウは陸空海尽くを制するのだ。
無論、正確には、それは“そらをとぶ”ではない。
“でんじは”がそうであったように、ピカチュウが生きていく中で身につけた“でんじふゆう”の応用だ。
陸上での波乗りも、つまるところ、この応用にすぎない。
ピカチュウは単に磁力により浮かせたサーフボードの上に乗っていたのだ。

「くそ、くそ、くそ、見下ろすな、俺を、見下ろすなあああ!」

“そらをとぶ”により攻撃をかわされていたエアドラモンは、ならばとウィングカッターを放つ。
どういう原理かは分からないが、ピカチュウが空を飛んでいるのは事実だ。
しかし、あくまでも、奴は空を飛んでいるだけ。
本来空をとぶはずのないモンスターが空中で、自分に勝てるわけがない。
そうだ、自分は仮にもウィンドガーディアンズの一員なのだ。
翼なき者に、空で敗れるなどあってはならない。
人間からの愛だけでなく、空も奪われるなど、あってはならない!

「うわああああああああああああああああああ!!」
「……でんこうせっか」

だがそのあり得ないを可能とするのが、ピカチュウの人気だ。
ピカチュウという種族はその人気故に、これまでも、何度も何度も人間たちにより戦場へと連れだされてきた。
中にはポケモンバトルには程遠い、“大乱闘”へと巻き込まれたこともあった。
このピカチュウはその当事者ではないが、ピカチュウはピカチュウだ。
戦いの遺伝子は確かに、その身に刻まれているのだ。
故に――

「!?」

再度、エアドラモンが驚愕する。
翼なきピカチュウが瞬間的に加速した上に、宙で軌道を変え、真空刃をかわし切ったのだ。
それだけではない。
エアドラモンが驚愕している間に、使用後硬直から解放されたピカチュウはそのままエアドラモンの懐へと潜り込み、突進を仕掛ける。

「……ロケットずつき」
「ぐ、うおおおおおおお!?」

エアドラモンにとっては悪魔のような現実だった。
吹き飛ばされる。
巨躯で優っているはずの自分が、人気だけの相手に、手も足も出せず、ただの一撃で吹き飛ばされる。

いや、いっそ、そのまま吹き飛ばされていたほうが良かったのかもしれない。
そうすれば、ピカチュウの技の硬直が切れる頃には、竜は鼠の追撃可能範囲から外れていただろう。
けれどエアドラモンは踏みとどまってしまった。
負けない、奪わせない、こいつだけには!
その一念から翼を羽ばたかせ、空中でブレーキをかけてしまった。
静止した巨体は、ただの的でしか無いというのに。

「ピイカァ……」

気付いた時には全てが遅かった。
“そらをとぶ”の効果が切れ、一歩先に地面へと降り立っていたピカチュウは、エアドラモンの復帰阻止の準備を万全に整えていた。
空が雲に覆われ、蒼穹が漆黒へと呑まれる。
神の使いであるエンジェルを喰らった傲れる神に近き存在を神のなせる技が、今ここに捌く。
出来過ぎた物語。
ありふれた結末。

「チュウウウウウウウウッッッ!!」

エアドラモンは、地に堕ち、それでも這い上がろうとした人間を愛した竜は。
天上に座し、人間に愛された電気ネズミの神鳴りの前に、空を奪われ、翼を奪われ、より高くという意地さえも奪われて。

「ちく……しょう……」

今ここに、撃墜された。


▽ 

「これが君の求めたものだよ、ドラゴンタイプ」

地に伏した敗者を前に、勝者は淡々と口を開いた。
勝ち誇るでもなく、嘲るでもない。
自らより巨大な、しかもドラゴンタイプを倒したというのに、そこには一切の喜色がない。
分かっているからだ。
相性と体格の差も覆し、自分に勝利をもたらしたのが誰なのかを。
自らに与えられた力の正体を。

「もう一度聞くよ。君はこんな力が欲しいの? 君をそんなにも傷つけ、蹂躙した、こんな力が」
「そう……だ。力、だ。力さえあれば……力さえあれば、俺は……人気に」
「……違うよ」

違う、そうじゃない。
そうじゃないんだよ。
力があるから、人気になるんじゃない。
人気があるからこそ、力を得た――得させられたんだよ。

ピカチュウは思い違いをしているエアドラモンと、そしてこんな力を持つ自分自身を忌々しく思う。
ピカチュウという種は、本来、そう強いポケモンではないのだ。なかったのだ。
だけど、人間に愛されたことが、彼らの種を歪ませた。
ポケモンは“戦わされる”種だ。
ポケモンバトルという競技に駆り出されポケモン同士争わされるだけでなく、犯罪に利用されたり、戦争やテロリズムにおける兵器として用いられたりする。
そんなポケモンの中で、人気を得たとしたらどうなるか?
その答えが自分たち、ピカチュウだ。
人間たちはピカチュウを求めた。
最初は可愛さだけで満足していたかもしれない。
しかし、いつしかピカチュウに、力を求めるようになった。
少しでも“使えるポケモン”に。
そんな人間たちの愛がピカチュウたちを呪った。
アニメで、漫画で、ゲームで。ピカチュウ達は十数年も戦わされ続けた。
覚えられるはずのない技も無理やり覚えさせられ、空を飛んだり波に乗ったり歌を歌ったりさせられた。
時には自分たちの世界から連れだされ、ピンクの悪魔や緑の剣士、ヒゲおやじとも戦わされた。
終いには使えば自らの命を削る技を与えられ、おあつらえ向きにそのダメージを反動ともども引き上げるアイテムさえ持たされた。

ああ、人間がピカチュウに強いた苦行は、挙げていけばきりがない。
中にはそのおかげで幸せになったピカチュウもいるだろう。
帽子の少年に連れられ笑う同胞に、それでいいのかなどと、問い詰めはしない。
けれども、それはあくまで結果論だ。
人間に捕まえられ、引っ張り回され、戦わされ、その結果幸せになる同胞がいるのなら。
その過程に、どんな非道なことを行われようとも、許せと、そう言うのか。
覚えられる技は4つだけという原則を始め、ポケモンという存在そのものから乖離したような過ぎた力を与えられてしまったこの身を。
タマゴ技を野生のポケモンが覚えてしまうほど、厳選と放逐を繰り返され、戦いの遺伝子が染み付いたこの身を。
憐れむことさえ許されないのか。 

そもそも結果として、全てのピカチュウが幸せになれるわけではないのだ。
むしろ、他のどのポケモンよりも不幸になる。
あまたの戦場に連れ回され、戦わされるなど序の口だ。
人間に愛され、人間に求められるということは、それだけ多くのピカチュウ達が人間たちに捕まっているということだ。
その上人間たちは、ピカチュウに強さを求める。
“厳選”という行為により、弱いとみなされたピカチュウ達はボックスへと閉じ込められ、或いは要らないと捨てられる。
強いピカチュウ欲しさに、無理やりまぐわされ、子どもを産まされ、弱い子どもは捨てられ、強い子どもは奪われる。
多くの人間に求められるが故に、より多くのピカチュウが不幸になっているのだ。

そして不幸になるのは人間たちに捕まったピカチュウだけではない。
捕まらなかったピカチュウもだ。
ゲットされないということは、取り残されるということだ。
ここに一匹のピカチュウがいるとしよう。
彼は人間たちに捕まらなかった。
父を、母を、兄を妹を、友を、仲間も。
人気だから、厳選したいからと捕まえられて。
たった一人取り残されたピカチュウは、一人ぼっちになってしまったピカチュウは。
果たして捕まらなくて運が良かったと言えるのだろうか。
言えはしまい。
言わせはしない。
だから彼は求めたのだ。
一人ぼっちになってしまった自分を迎え入れてくれた新たな居場所を守るために。
もう二度と奪われないための力を。
それが彼からすべてを奪った人間により与えられ、人間により歪まされた力だったとしても。

……そう誓った僕本人が捕まって見世物にされてるなんて、笑い話でしかないけどね。

――嫌だ、助けてくれ、森に返して欲しい。 

待っていてくれてる仲間たちがいるんだ。
護りたい居場所があるんだ。
人気なんて要らない。
ただ、あそこにいられればよかった。

――僕は普通のピカチュウとして、ごく普通に過ごしてきた。何も悪いことなんてやってない。 

ピカチュウであることが、そんなにも罪なのか。
何も悪いことをしないでも、ピカチュウであるという理由だけで、僕はまた一人ぼっちにさせられるのか。
嫌だ、そんなのは嫌だ、怖い、怖いよ。

――それなのに、どうして僕はこんな運命を迎えなくてはならないんだ! そんなの、信じたくない! 

それが僕たちの運命なのだと。
数多のピカチュウがそうであったように、ピカチュウならば何ら特別ではない、普通のことなんだと、このクソッタレな運命を受け入れろというのか。
お父さんが、お母さんが、お兄ちゃんが、妹が、友が、仲間がそうであったように。
今度は僕の番だと、そう言うのか?
ふざけるな、ふざけるなよ。
殺し合いなんて糞食らえだ。
人間の言いなりになるなんて御免だ。
けど、だけど。

「考えは変わらないんだね、ドラゴンタイプ」
「俺は、変わりたいんだ、お前を倒して、人気者に……」

こいつを、このまま、生かしてはおけない。

「君にも仲間がいるんだろうから気は進まないのだけど」

でも、君の狙いが僕個人じゃなく、ピカチュウだというのなら。
僕の仲間たちに危害を加えるかもしれない。
僕は遺伝子に刻まれた戦いの力を目醒させていく。
めざめるパワー。
タイプは、氷。
不一致といえど、相手はドラゴン・ひこうで四倍ダメージだ。
既にダメージを負っているのもあり、耐えられはしないだろう。

そう

「ファイアーブレスッ!!」

ドラゴンの仲間の乱入さえなかったなら。

▽


アグモンがその場に現れたのは必然だった。
エアドラモンを探そうと遮蔽物のない地を進みながら、ずっと空を見上げ続けていたアグモンが、天をも焦がす雷に気づかないはずがない。
アグモンはエアドラモンが雷に貫かれるのを目にし、進化して、急いで駆けつけてきたのだ。
その行動がエアドラモンの命を救った。
咄嗟に放ったファイアーブレスは間一髪でめざめるパワーを相殺した。

けどそれは、同時にエアドラモンへの、完膚なき止めだった。

ティラノモンは、そのことに気づかない。
ただ必死にエアドラモンを守ろうと――土下座する。

「申し訳ありませんでしたー!」
「……は?」
「俺たちなんかのためにピカチュウ先生の手をわずらわせてしまい申し訳ありませんでしたああ!」

ごめんで済んだらロイヤルナイツはいらない。
そうは言うが、謝ることは大事である。
ティラノモンは謝った。それはもう謝った。
ティラノモンとて分かっているのだ、目の前にいるのがどんな存在なのかを。
ティラノモンとて、今日に至るまで何度も何度も妬んだ存在だったから。
きっとエアドラモンは、目の前のモンスター界ナンバーワンに、妬みと嫉妬にかられて襲いかかったのだろう。
自分だって、この地に一人放り出され、究極体への道が開いたことを知らなければそうしていたに違いない。

「いやさあ、そっちが悪いと思ってくれるならどいてくれない? そいつ、放っておくと危険だからさ」
「そこをどうか、どうかご慈悲を! 寛容な心を!」

シュールな光景だった。
大の恐竜が小さな電気ネズミに土下座する。
それはもうシュールな光景だった。
しかし、ティラノモンにはこうするしかないのだ。
非はエアドラモンにある。
悪い奴の言いなりになるのがもっての外な以上、強硬手段をとる訳にはいかない。
となると謝るしかない、土下座するしかない、許してもらうしかない。
いささか卑屈すぎではあるが、15年に渡る不遇生活で染み付いた性根だ。
そう簡単に直りはしない。
第一、ティラノモンはエアドラモン側であるが故に、ピカチュウがエアドラモンを殺そうとしている訳を、人気を妬んで襲われたから、としか捉えれていない。
ティラノモン自身、ずっと待ちわびていた主役になりうる可能性を得て有頂天になっていたばかりなために、人気の持つ負の面を気づいていない。
だからお調子者のティラノモンからすれば人気ナンバーワンのピカチュウをごきげんとりして、なんとか許してもらおうとしか考えられないのだ。

「あー第一君さー。そいつのなんなの?」
「友達です! だから、だからどうか!」
「……そっか」 

ただ、ティラノモンの思惑とは別の理由でだが、エアドラモンを守ろうと必死なその態度は、確かにピカチュウから戦意を奪っていた。
ピカチュウだって好き好んでティラノモンの命を奪おうとしていた訳ではない。
全ては仲間のため、彼は心を鬼にしていた。
それでも、鬼の目にも涙は宿る。
このままいけば、ピカチュウが、ティラノモンに免じてエアドラモンを見逃す未来もあったかもしれない。

けれどもそれはただの夢。
可能性は覆される。
他でもない、エアドラモンの手によって。

「言ったよな、俺はおまえに見下されたくないって」

どさり、と。
ティラノモンが崩れ落ちる。
何が起きたのかは分からなかった。
ちくりと、痛みがしたと思ったら、身体の自由が奪われていたのだ。
知る由ないのも当然であろう。
ティラノモンを襲った異変はデジモンの技によるものではない。
マヒ針――悪魔の技だ。
そしてこの場にて、悪魔の技を使えるものなど一人しかいない。
その技を覚えていた天使をロードした神に近きもの、エアドラモンだけなのだ。

「あ……」

ティラノモンは遅ばせながら気づく。
見下されたくないと思っていた自分に庇われたエアドラモンが、どれだけの屈辱を感じていたのかを。
しかも、あろうことか、そのティラノモンが、不遇を脱して子どもたちにも引っ張りだこなはずなパッケージデジモンが。
エアドラモンがボロボロになってまで越えようとしていたポケモンに、ピカチュウに、自分を護るという理由で頭を下げたのだ。
そんな光景をエアドラモンが許せるはずがないではないか。

「エアドラ、モン。俺は……」
「謝るな、謝るな、ティラノモン! 俺が余計に惨めになる! それよりも見ただろ、この力を!
 俺はエンジェモン系列に勝ったんだ! 俺が、この俺が、奴をロードしたんだ!
 ふふ、あはははは! 見ろよ、傷だって癒せるようになったんだぞ!
 デビドラモンがいるんだ、このまま行けば俺、エンジェドラモンとかになれるんじゃないか!?
 そうしたらオンリーワンだ! きっと、人間は俺のことを見てくれる! お前でも、そいつでもない!
 俺を、俺を、俺を! お前もそこで見ていろ、ティラノモン!
 まずはそいつを、ピカチュウを、お前に頭を下げさせて悦に浸っている奴を俺が討つ!
 そうしたら次はお前だ! 俺がお前をロードして、そうしたら俺だって、俺だって究極体に!」

狂ったように泣いたように叫ぶ魔に堕ちし竜をティラノモンはそれ以上見たくなかった。
もし、友の大願が叶いピカチュウに勝った所で、十中八九エアドラモンは悪者扱いだ。
子どもたちの人気者を殺したものが、人気になんてなれるわけない。
きっと今よりずっとエアドラモンは嫌われてしまう。

止めなくちゃいけない。動け、動くんだ!

そう念じても、痺れが全身に及んだ身体は腕一本動かすのがやっとで。
地面を這ってなんとかエアドラモンの尾を掴もうと伸ばした腕に、こつんとぶつかる何かがあった。

「それは……ッ!!」

ティラノモンを見下ろしていたエアドラモンの声に苦いものが混ざる。
ティラノモンが手にしたそれは、ティラノモンに支給されていたそれは、彼ら同様不遇の象徴だったからだ。
それは友情の断片。
デジモンをアーマー体に進化させるデジメンタルの欠片。
アニメ第二期で主役デジモンたちの力になったにもかかわらず、いまいちぱっとしない扱いだったり、後半最終回まで出番のなくなったアイテム。
今やもう、その存在がクローズアップされることなど、よくてロイヤルナイツのマグナモンくらいだ。
元アーマー体だったラピッドモンなんて脱アーマー体してしまったほどだ。
そんなデジメンタルの、しかも破片、それも友情を冠したものがアグモンに支給されたのは、モリーの悪意にしか思えない。
だいたい古代種でもないアグモンやエアドラモンでは友情のデジメンタルがまるごと支給された所で進化など不可能だ。

だというのに。

「あ、要らないの? んじゃ、僕がもらうね?」

よりにもよって、古代種どころかデジモンですらないポケモンがそれを手にする。
え?と驚愕に彩られる二人。
驚きの目で見られたそいつは特に気負うこともなく、友情の断片に電気を通す。

「うん、思ったとおり、これなら十分“かみなりのいし”の代わりになる」

雷の石?
それが何かティラノモンには分からない。
ただ、友情のデジメンタルが雷の力と、大地を駆けるスピードを与えるものである以上、電気鼠との相性は確かにいいだろう。
――まさか!?

ティラノモンは察する、ピカチュウが何をしようとしているのかを。
いや、そもそもデジメンタルを使う以上、その使い道は一つだけだ。
進化だ、進化以外にありえない!
でも、進化してどうすんだ!?
ピカチュウは人気の頂点なんだ。
これ以上の人気だなんてありえな……!?

「まさか!」

そうだ、エアドラモンは失念しているが、進化したからって今より人気になるとは限らないのだ。
ティラノモンがいい証拠だ。
進化前のアグモンはアニメで二度、主人公のパートナーデジモンに抜擢されたほどの大人気デジモンだ。
ところがどうか、進化した途端に人気デジモンのアグモンは不遇デジモンのティラノモンだ。
ティラノモンはそれが嫌で、必要のない時はアグモンという殻に閉じこもっていた。
初めて進化した日から自らの進化を呪い退化を繰り返してきた。
ピカチュウだってきっとそうなのだ。
ピカチュウが人気の頂点である以上、それより上はありえない。
行き止まりだ。
それでも尚進化するというのなら、それはきっと、ティラノモン同様、いや、元が人気一位のピカチュウだからこそ、いっそう不遇だ。
多くの人に望まれない進化。
デジモンにとって最大の願望である進化を望まれないピカチュウ。
ようやく、ようやく今ここに来て、ティラノモンはピカチュウを苛む人間の愛と言う名の呪いの一つへと思い至る。

「やめろ……」

けど、思い至ったのはティラノモンだけだ。
人間への好意に囚われ、人間の期待に応えることで自分の居場所に縋っているエアドラモンにはピカチュウのなそうとしていることは絶望でしか無い。

「やめろッ!! おまえの、おまえの進化なんて人間は望んでいない!
 だから止せ、止すんだ、よしてくれええええええええええええええええええええ!!!」

ティラノモンには伝わってくる。
自分たちがずっとずっと求めていたものを、自分から手放そうとするピカチュウへの、哀切さえ含んだエアドラモンの訴え/Bキャンセルが。

「やだね。仲間を裏切ってまで求められるような人気だなんて、こっちから捨ててやる」

ティラノモンには伝わってくる。
ピカチュウが“名前も知らぬただのポケモン”に成り果てたことへの、エアドラモンの声さえなくした悲愴な叫びが。

「エアドラモン……」

その叫びを物ともせずピカチュウは、かつてピカチュウだったポケモンは言い放つ。

「さあ、来いよ、エアドラモンっての。わざわざお前のフィールドに降りてやったんだ。不遇同士、第二ラウンドといこうじゃないか!」


【C-3/砂漠/一日目/午後】
【エアドラモン@デジタルモンスターシリーズ】 
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、狂乱
[装備]:なし 
[所持]:なし 
[思考・状況] 
基本:メガドラモンとかで良いから進化するために他の参加者を倒す 
 1:――!! ――――!! ああああああああああああああああ!!!
[備考] 
デジモンに性別はない。が、オス寄り。 
長い不遇生活でやや後ろ向きかつ、理屈っぽい性格。 
アグモンともども、少なくとも参加者のうちでシリアスなレナモンとは別の世界観出身の可能性が高い(断言はしない)。 
天使エンジェルをロードした影響で、マヒ針とディアを修得したようです。
他の影響は不明

【ティラノモン(元アグモン)@デジタルモンスターシリーズ】 
[状態]:ダメージ(中)、疲労(小)、全身に微細な切り傷、麻痺
[装備]:なし 
[所持]:
[思考・状況] 
基本:主役に相応しくなるため、対主催として真っ当に戦う。 
 1:エアドラモンを止め、護るためにも動け、俺の身体!
 2:仲間を集めてモリーに立ち向かう。 
 
[備考] 
デジモンに性別はない。が、オス寄り。参加者のエアドラモンとは旧知の仲。 
参戦時点では消耗してアグモンに退化していたが、どうやら何度進化してもティラノモン系列にしかなれないハズレ的存在だったらしい。 
ティラノモン状態が基本のため、コンディションを整えればティラノモン系統のいずれかの完全体には進化可能(どの完全体への進化経験があるかは不明だが、少なくとも完全体になった経験はある模様)。 
逆に消耗するとアグモンへ退化することもある。 
長い不遇生活でやや卑屈だが、本質的にはお調子者な性格。

【ライチュウ(ピカチュウ)@ポケットモンスター】 
[状態]:健康、ちょっと空腹、アーマー体?
[装備]:サーフボード@現実、友情の断片
[所持]:ふくろ(中身なし) 
[思考・状況] 
基本:仲間の下に帰る(方法は考えていない)。
 1:エアドラモンをぶちのめす
 2:そんなことよりきのみが食べたい
 3:仲間と一緒にたらふく食べたい
 4:それだけが僕の望みなのになー

[備考] 
オス。森暮らしが長い。仲間思い。一人称「僕」 
卵による厳選と不要とされたピカチュウの放逐、そしてアニメや漫画で戦わされていることにより増え続ける技と経験を戦いの遺伝子として刻んでいる。
そらもとぶし、波にも乗るし、歌うし、めざパするし、技だって4つどころかいくつでも。
人間に仲間を奪われないよう鍛えもしたし、応用技も開発した。
ただしライチュウに進化したことでそれらの特権の幾つかは失われたかもしれない。
また、かみなりのいしではないデジメンタルによる進化の影響も不明。

《支給品紹介》 
【友情の断片@デジモンシリーズ】
古代種のデジモン、または古代種の遺伝子データを持つデジモンに、雷の力と大地を駆けるスピードを与えるデジメンタルの破片。
本来このまま使ってもアーマー進化できないが……



|No.44:[[サボってんじゃねえよ]]|[[投下順]]|No.46:[[命の価値は?]]|
|No.37:[[高く翔べ]]|エアドラモン|No.58:[[さよなら]]|
|No.27:[[ティラノモンさん究極体おめでとうございます]]|アグモン|No.58:[[さよなら]]|
|No.39:[[LORD OF THE SPEED]]|ピカチュウ|No.58:[[さよなら]]|

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