森を抜けた先の草原にてレナモンは息を潜めつつも身体を癒していた。 遮蔽物らしい遮蔽物のない草原だが幸い幸いレナモンという種族は隠形には長けている。 タオモンへの進化を経験しより強力な術のコツを掴んだことで隠れ身の術の精度も増していた。 無論、それでもただ隠れるだけなら森の中のほうが向いていたのは事実だ。 しかしレナモンは何よりもあの場から離れることを優先した。 振り返り見てしまった魔人アリスから逃げることを第一とした。 あれは死だ。死を導き、死へと導く死の天使だ。 離れなければならない、一歩でも遠く遠く死の届かぬところまで。 その判断は正しかった。 アリスとシャドームーンの戦いは予想をレナモンの上回る規模で繰り広げられた。 いや、予想を上回ったというよりも予想外だったというべきか。 前提としてあの魔人相手にスティングモンが戦いを成立させられるとは思ってもいなかったのだ。 キメラモンがそうであったように、スティングモンにも一瞬で死がもたらされる……。 あの魔人と対峙するのはそういうことなのだとレナモンは受け取っていた。 だがそうはならなかった。 今にも追いかけてくるのではと警戒していた死は一向にレナモンに迫ってこなかった。 夜天へと羽ばたいた二体の姿を目にしレナモンは驚愕した。 シャドームーンが死は抗い、アリス相手にギリギリといえど戦いを成立させていたのだ。 二体の戦いの規模は膨れ上がり山一つを消し飛ばすまでに至った。 レナモンは思い出す。 魔人が放った死の十字架を。 魔人を打ち抜いた魔王の姿を。 両者の圧倒的なチカラを。 「……大丈夫だ。今の私は大丈夫だ」 口から出た言葉が自分に言い聞かせるためのものではなく、真なる想いであることに安堵する。 あれだけのものを目にしてさえ、今の自分は力に惹かれることもなければ死に魅せられることもない。 もはやこの身もこの心も死にぞこないの亡霊ではなく確かに今を生きている。 「今の私は知っている。死して尚遺るものを知っている」 コイキングが、メタモンが教えてくれた、気づかせてくれた。 あの子たちはいつも応援してくれた。 レナモンのことを応援してくれた。 頑張って、負けないでって、最後の最後まで応援してくれた。 そうだ、今なら思い出せる。 あの日、全てを失ったと思い込んでしまったあの日。 己の姿を失ってまで戦い続けたレナモンをあの子たちは、「おねえちゃん」と呼んでくれた。 キュウビモンがレナモンであると気づいて「頑張って」って言ってくれた。 消えゆく中で残してくれたその言葉は、護ってほしいという子どもたち自身のための願いじゃなくて。 ただただレナモンのこれからに向けた祈りだった。 「そんな大事なことも忘れて、ダメなお姉ちゃんだな、私は」 ふっと口元に笑みが浮かぶ。 苦笑という形ではあるものの、過去を思い出して笑えるなどとついさっきまでの自分にはありえなかった。 その変化が、変われたことが、嬉しくも誇らしい。 「ありがとう。こんな私を応援してくれて」 クラモンに。ココモンに。ジャリモンに。 ズルモンに。ゼリモンに。チコモンに。 ウパモンに。カプリモンに。ギギモンに。 キャロモンに。キュピモンに。キョキョモンに。 ありがとう。 それはずっとずっと子どもたちがレナモンに伝えてくれていた言葉で。 あの子たちを守れず謝ってばかりいたレナモンが告げることのなかった言葉。 ああ、そうだ、これでいい、これでいいんだ。 過去を悔やむのもいい。悲しむのも当たり前。 けれどそこに嬉しい事があったなら、たとえ悲劇で終わったものだろうとも、過去を辛いだけにしてはダメなんだ。 悲しいことがたくさんあった。辛いこともたくさんあった。 それでも、嬉しい事だって確かにあったんだ。 それが思い出。レナモンが取り戻した、レナモンに遺されたもの。 この思い出を胸にある限りレナモンは戦える。死人のために戦える。 「お前も……お前もきっとそうだった」 ふと思い浮かべたのはこの地にて一番最初に戦った鮫竜。 あの時は気づけなかったがきっとあの鮫竜もまた死んだ誰かのために戦っていた。 だって記憶に残る鮫竜の瞳はメタモンやコイキングと同じだったから。もういない誰かが映っていたから。 妄執に憑かれていただけの自分とは違う誇りがあの鮫竜からも感じられたから。 鮫竜の姿がパートナーを誇りアリスをも打ち破ったシャドームーンと重なっていく。 「まったく、強いはずだな。お前は今どうしているのだろうな……」 今もなお誰かのために戦っているのか、それとも志半ばにてこの地で散ってしまったか。 レナモンには分からない。 ただ生きているのなら会いたいと思う。 レナモンにはもう再戦の理由はなくて、でも向こうは望むかも知れず、そうであるなら鮫竜の矜持のために自分も戦いを受け入れるはすれども。 その前に名前を聞きたい。鮫竜の名前を知りたい。 「ふふ、久しぶりだな、誰かに会いたいだなんて思うのは。力を得るためにではなくただただ他人を求めるのは」 もう二度と失いたくなかったから。あの子たちのことを思い出してしまうから。 誰もあの子たちの代わりになんてならないし、空いてしまったこの穴を埋めてしまうのも罪だとすら感じていたから。 全部が全部、過去の悲劇を言い訳にしたもので。 喜びも悲しみも全ての思い出を過去として受け入れた今のレナモンを縛る理由にはならなかった。 誰かを求めるのは罪などではない。 それはあのキメラモン――エアドラモンにも言えたことで、あの魔人――アリスでさえもそうだった。 (そうなのだろう、メタモン) アリスを単なる魔人と捉え、死と認識し、恐怖した自分に訴えるかのように、戦場から逃げる最中再生される記憶があった。 『死んだらずっといっしょにいられるのよ?アリスとおんなじにならないとお友だちになれないよ? アリスのお友だち、みんな死んでるんだもん』 レナモンのものではない、ロードしたメタモンの思い出だった。 或いはアリスと本当の友だちになってあげたかったというメタモンの未練で、お願いだったのかもしれない。 死は辛くて、死は悲しい。その通りだ。 死とは別れであり死んでも遺るものはあれども、それは死別するまでに育んだ思い出があってこそ。 最初の最初に死んでしまっては思い出ができるはずもない。 死ねば友だちにはなれない。 だからこそあの少女は殺しても殺しても一人ぼっちで、永遠に孤独なまま死に絶えた。 それはレナモンにもありえた最期だった。 「君が友だちになってくれたからだ、メタモン。 君が友だちになってくれたから私は独りじゃなくなった。 君が友だちになってくれたのが嬉しくて、私はまた誰かを求められるようになった」 守るべき相手を探せとコイキングに諭された。 そうして出会ったメタモンはレナモンの友だちになってくれた。 その友だちの願いを、エアドラモンを生かし、アリスと友だちになってほしいという願いを叶えて挙げられなかったことは悔しいけれど。 忘れないでという願いはこれからもずっと叶え続けていくと胸を張って誓うことができる。 『ボーイ達……まずは、ご苦労と言っておこう』 なればこそ、上空よりモリーの声が降り注ぎ、島が変形しはじめた時、レナモンは迷うことなく渦中へと飛び込んだ。 完成せんとする闘技場の中心へと、そこに陣取る巨大モンスターへと向かって、引き寄せられるままに向かっていった。 既にその身体は二足歩行から加速に適した四足歩行へと代わり、レナモンは、キュウビモンは疾走する。 ボーイたちと言うからには自分以外の誰かがまだ残っているということだろう。 それはアリスをも打ち倒したシャドームーンかも知れない。 今もなお強さを証明し続ける鮫竜かも知れない。 メタモンの記憶の中にいたメタモンのことを伝えるべき友だちかも知れない。 西の城に落ちた隕石の関係者かも知れない。 それ以外の誰かかもしれない。 少なくともモリーはそこにいるし、他の誰かもそこにいる。 背中越しに守る誰かが、共に歩く相手が、面と向かって殺しあう敵が、そこにいる。 「行こう。想い出にかわる君に逢いに」 背中<過去>にはあの子たちやコイキング、メタモンがいる。 ここ<現在>には私がいる。 対面<未来>には誰かがいる。 ならば生こう。 コイキングが示し、メタモンが灯し、あの子たちが背中を押してくれた新たな道を。 二本の足で、四本の足で。まだ見ぬ君に逢えるように。 いつかまた懐かしい皆と再会できるその日まで。 【B-5/草原/二日目/深夜】 【キュウビモン(レナモン)@デジタルモンスターシリーズ】 [状態]:ダメージ(中)、疾走 [装備]:なし [所持]:ふくろ(空) [思考・状況] 基本:君を忘れない 1:まだ見ぬ君に逢いに行く 2:メタモンの友だち(グレイシア、ソーナンス、ピクシー)に会えたらメタモンのことを伝える 3:鮫竜(ガブリアス)に再会できたなら名前を聞きたい 4:シャドームーンとアリスの決着後も気になる [備考] メス寄り。 多くの勢力が戦いを続ける激戦区の森で、幼年期クラスのデジモン達を守って生活していたが、 大規模な戦闘に巻き込まれた際、彼らを守りきれなかったことをきっかけに力を求めるようになった。 自力での進化が可能であり、キュウビモンに進化可能であることまで判明している。 ロードしたメタモンのデータは消失しましたがその残滓からメタモンのこの島での記憶を見ました。 現在は完全体に進化することは出来ません。 ※シャドームーンとアリスの戦いのうち空で行われた部分(獣王拳での決着まで)と、B-03城へのメテオカウンターを目撃しました。 |No.84:[[勇者の誓い]]|[[投下順]]|No.86:[[交差して超える世界]]| |No.70:[[僕たちは世界を変えることができない。]]|レナモン|No.:[[]]|