◇
「……何が起こった?」
先ほどまで、レナモンが持つスマートフォンには自分達の契約下においたスライムのステータスが表示されていた。
今はもう消えている、何らかの強力な攻撃を受けたのか、急激にHPが減少し、死亡したらしい。
現在、スラリンガルのサーバー内にいるレナモン達にはその詳細はわからない。
「誰かが、彼を解放した……というだけならば良いのですが、実際は」
「あぁ……モリーだろう」
出来ることならば、何事も無く平穏無事にモリーには倒れていたままでいて欲しかった。
だが、あのスライムを倒した者がいるというのならば、未だ知らぬ強力な参加者よりも、モリーが生きていたと考える方が腑に落ちる。
サーバーを抜けだして、再びスラリンガルの心臓部へと戻る。
スライムの死体はそこにはない、戦いは他の場所で起こったのだろうか。
「……む?」
ふらふらと誰かが、こちらへと向けて歩いてい来る。
見たことのない小狼のモンスターだ、参加者なのだろうか。
今更になって、モリー側が送り込んだ刺客とは考えたくはない。
「誰だ」
「……ハムライガー」
「参加者か?」
「うん」
その様は見るからに焦燥しきっていて、哀れなように思えた。
この殺し合いでどれほどの目に合ったのだろう。
「……待っていて下さい、今モリーを倒して、アナタを帰しますから」
モリーの強さはあまりにも絶望的である、しかしハムライガーの姿を見て闘志がむくむくと湧き上がるのを彼女達は感じた。
ほとんどのものが死んでしまった、しかし――まだ生きている誰かはいた。
知らない誰かでも、生きていてくれるなら――今までの戦いは無駄になどならない。
「帰っていいのかな、みんな……みんな……僕が殺したのに……」
帰るという言葉に、ハムライガーは怯えたような反応を浮かべた。
あれほど帰ることだけを望み、そしてその末に――皆が死んだ。己が手を下した。
今、モリーを倒せば帰れる――あぁ、そうだろう。
だが、今更になって掌を返せというのか――自分の行いの全てが、ただの無意味な邪悪な行為だと知って、
それで、ブリーダーさんに会いにいけるというのか。
「ハムライガー、私にはお前が何をしたのかは知らない」
目の前の獣の反応を見るに、ハムライガーはレナモンと同じ罪を犯したのかもしれない。
あるいは、この殺し合いの中、守られて守られて――そして、ハムライガーを守った者は皆、死んでいったのかもしれない。
それを聞く必要はない、掛ける言葉は一つだ。
「だが、私はお前を赦す」
「えっ……」
「死者が生者を赦すことは出来ない、だから代わりに私がお前を赦す」
「ゆるすって……」
何を言われようとも、罪は消えない。
ハムライガー自身が、己を赦そうとした者を殺してきた。
「……傷一つないな、お前の身体は」
レナモンは、ハムライガーのふさふさの毛を撫ぜて、言った。
「誰かが、お前を癒【ゆる】したんだ……お前が背負った罪を全員分引っ括めて、だから……もういいだろう」
「……よくなんか、無いよッ!」
「お前の身体が二度と血で染まらないように、お前を癒やした誰かは祈ったんだ。
自分を罰したいというなら……お前が赦されること、それがお前の罰だ」
「……そんな、こと」
思えば、ハムライガーはこの殺し合いで泣いてばかりいた。
一生分の涙を、海ができるほどに、流して、流して、枯れ果てるほどに、流した。
それでも、未だ――涙は枯れない。
結局、ハムライガーはどうしようもないほどに子どもだった。
「ねぇ……えっと」
「私はレナモン、こっちが」
「グレイシアです」
「レナモンとグレイシア……お願いがあるんだ」
泣いてばかりもいられない。
こみ上げてくる涙を振り払って、ハムライガーは言った。
「その機械をもらえないかな」
ハムライガーは知っている、その機械――スマートフォンが、COMPと同質のものであると。
そして、そこに自分が求めるもの――もう、求める必要のないもの。
スマートフォンがほんの少し熱を帯びる。
あのCOMPのように、贄を求めて暴走するだろう。
スマートフォンを破壊すれば、きっと他の何かが。
そして、自分が戦わなければならないものがあることを知っている。
怪訝な表情を浮かべる二匹を横目に、ハムライガーはスマートフォンを起動する。
欲しかったものは、ゲートを開く悪魔召喚プログラムではない。
自分という存在を、ハムライガーという存在を、罪を犯したハムライガーという存在を、消し去るもの。
そして会いたかった人に――ブリーダーさんに、人間に、会うための。
『邪教の館.exeを起動します』
無機質な合成音声のアナウンス――自分がすべきことはわかっている。
「グレイシアさん、レナモンさん、僕は僕の戦いをします……しなくちゃいけません、だから、モリーの方をお願いします」
「本当は……猫の手も借りたいところだが……まぁ、いいさ」
「アナタをここまで届けた誰かのために、絶対に……モリーを倒してきます」
『特殊合体――』
「また会いましょう」
瞬間、ハムライガーの姿が消えた。
だが、狼狽えない。
彼は彼の戦いをすると言ったのだ、ならば――それで良い。
レナモンとグレイシアは自分達の戦場へと向かった。
『悪霊 ポルターガイスト → チャッキーの魂による代替を行います』
『妖精 ナジャ → 魔晶――無垢な魂による代替を行います』
『魔獣 ヘアリージャック → ハムライガーによる代替を行います』
『妖精 ハイピクシー → ピクシーの魂による代替を行います』
『合体結果 ハムライガーが なりたかった者 ならなくてよい者 会いたい人 会いたかった人』
『ハムライガーの祈り』
『子ども』
『魔王』
『よろしいですか?』
『Y/N』
『Y』
◇
――アリスを貫いた拳を握りしめる。
――少女からロードしたデータは確かにシャドームーンの地獄へと誘われた。
――けれどもその情報量は一人の人間の魂としては余りにも少なかった。
――もしかしたら彼女は元になった人間の少女の魂が幾つにも分かれた一欠片に過ぎなかったのかもしれない。
或いは――
◇
拳闘の運びとなり、すぐさまルカリオはフットワークを活かし、モリーを翻弄するかのように左右に動いた。
モリーの拳は拳の形をした破壊光線と言っても良い、綺麗に喰らえば死ぬ、ガードしていても、そのガードごと撃ちぬいてくる可能性がある。
結局、一番良いのは――当たらないことだ。
バタフリーのように舞い、スピアーのように刺す――ルカリオはそれを強く意識する。
今はルカリオが先に動き、その後からモリーがその動きについていくという形になっている。
距離はお互いに付かず離れず、ルカリオが一歩下がれば、モリーが一歩詰める、逆をすれば、また逆だ。
ここで、ルカリオは思いっきり距離を詰めた。
リーチという点で、身長120cm――手の長さもそれに応じたルカリオは非常な不利を被っている。
牽制のジャブなどは放てない、何時だって――近づいて、ぶん殴る。
「オラァ!」
モリーの腹をブチ貫かん勢いで、ルカリオが拳を放つ。
その強靭な腹筋に阻まれて、内臓を花火のように散らせることは出来なかったが――やはり、ランダマイザの効果は通っている。
「うげッ!」
殴られて血を吐くことがあるなどと、人生の中で一度だって無かった――血反吐を吐きながら、モリーは今までの戦いを思い出していた。
ひたすらに蓄積されたダメージ、重ねられた弱体化魔法によって、ルカリオはモリーと同じリングに立っている。
距離をとったルカリオに対し、モリーは己の血を拭いながら、微笑みかけた。
「死ねッ!」
言葉だけは獰猛であるが、今ここでモリーを確実に殺すという決意を固めている。
うかつに突っ込むことはしない、思考は冷静である。
「まぁ、そう……邪険にしてくれるなッ!」
あと一秒下がるのが遅れていれば、その拳によってスラリンガルの天井を打ち破り、宇宙の彼方まで吹き飛んでいただろう。
今、モリーが放ったものはそれほどまでに鋭いアッパーであった。
いや待て――今の拳圧だけで、ルカリオの腹部に痛みが走っている。
今更、痛みなどは気にしていられないが、だが、今ここで、ルカリオの注意がその己の腹部へと動いた一瞬。
「せいッ!」
避けるのは間に合わなかったが、刹那の反応で、
ルカリオの顔面へと放たれたモリーのストレートをその重ねた両掌で受けとめることは出来た。
だが、やはり流石の超威力というべきだろう。
その代償は余りにも大きすぎた。
両手首から先は共に根こそぎ吹き飛び、受け止めきれなかった威力で頭蓋がひび割れている。
瞬時にいやしのはどうで傷を癒やすも、失った両手は回復しない。
「とどめだァァァッァゥェ!!!???」
更に連撃を重ねんとしたモリーの腹部を、ルカリオは剥き出しの骨で殴りぬいた。
思わず奇声を上げたモリーだが、しかし一瞬で冷静さを取り戻す。
三歩、退き――ルカリオの様を見て、笑う。
「ふふ、いい根性をしていて……実に嬉しいぞ」
「そっちは骨で殴られただけで退くようないい根性をしているようだな」
「そういじめてくれるなッ!」
モリーの懐に潜り込まんとしたルカリオを、モリーはその軽やかな脚さばきで左に動いていなす。
がら空きになったルカリオの側部――その頭部へと拳を放つモリー。
だが、ルカリオはその拳に向けて思い切り蹴りあげた。
モリーの拳に放った右蹴り――その代償として、ルカリオの右足は、ロードローラーに轢かれたかのように捻れ、弾け、千切れ、飛ぶ。
だが、蹴りによってあらんところに拳が放たれたせいで、モリーの態勢が崩れる。
「オラァ!」
ルカリオが狙うは、モリーの右目――見事に命中した。
その骨拳で、モリーの右目を潰すと、次いで連撃を放たんともう片方の腕で殴らんとするが、咄嗟に態勢を立て直したモリーの拳がその腕を突いた。
根本から腕が根こそぎ持っていかれる、だがそれだけにとどまらない。
その拳の勢いのままに、ルカリオは壁に叩き付けられた。
「……まさか、蹴ってくるとはなl」
「知っているだろ?もう、貴様のルールに従うのは嫌になってるんだよ」
ルカリオは片足で壁に寄り掛かるようにして立っている。
やはり、両腕と片足をくれて、右目だ。
この戦いは殴り合いなどではない、とっくに削り合いへと移行していた。
モリーは心の底から楽しそうに笑うと、ルカリオの方へと迫る。
今のルカリオは機動力で圧倒的にモリーに劣っている。
相手の攻撃を避けられはしない、出来るとするならば――相討ち覚悟の特攻だ。
ルカリオは再度立ち上がるようにして、壁から離れた。
「来いよ、モリー」
「言わずもがなだッ!」
疾い――ということは知っているはずだった。
だが、先程よりも段違いに疾い。
弱体化の効果が切れているのだろうか、だとすれば面倒だ。
ルカリオが前傾姿勢を取る、しかしモリーがどうあろうとも、やることは変わらない。
「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
だが、来るはずだったモリーの攻撃はない。
気づくと。モリーはその場に倒れこんでいる。
「れいとうビーム!」
「鬼火玉!」
完全にモリーの不意を打った攻撃だった。
モリーの全神経がルカリオに集中しており、新たに乱入したキュウビモンとグレイシアが片側の視界を失ったモリーのデッドゾーンにいたがゆえの幸運だった。
「やれ、やれ、やれ、やれ、こうまでやってくれると本当に嬉し……」
モリーが、グレイシアとキュウビモンを先に始末せんと彼女達の元に駆けた瞬間、ルカリオはその完全に失った左腕にヒノカグツチの柄を差し込んだ。
そして、王冠を口で咥え、片足でモリーのもとへと駆ける。
「貴様の相手は……」
この中で誰よりも疾いのは、モリーだ。
だが、モリーよりも疾いものがある。
それは、空を切り裂くもの。
神の鳴らす音。
勇者の光。
そして、王たらんとした者の最期の力。
「俺達だッ!!!!!!!!」
キングスライムはスライム集合体であるのだから、当然スライムのかんむりもスライムである。
それが、スライムへと戻らず――冠の状態のまま、戻れなくなったものをスライムのかんむりと呼ぶ。
冠でありながらスライムであるがゆえに、彼は生きている。
スライムでありながら冠であるがゆえに、彼は動けない。
ただ、モルボルの頭部からこの殺し合いを見続けてきた。
だが、最後に――モルボルはスライムの冠に己の魔力を込めた。
祈りを籠めて――雷の力を注ぎ込んだ。
あまり知られてはいないことだが、キングスライムはギガスラッシュ――雷の斬撃を修得することがある。
ルカリオは王の冠を得ることで、マガタマの時と同じく――その知識を引き出す。
王の雷を――勇者の斬撃を、この殺し合いの主催者に浴びせてやるために。
死亡遊戯は当てずとも、斬る魔技――そして、雷は――モリーがグレイシアとキュウビモンを殺すよりも、圧倒的に疾い。
「来たれ――勇気の雷」
「来たれ――勇気の雷」
「来たれ――勇気の雷」
「ギガスラッシュ」
光が、モリーを包み込む。
(成程……ワシの敗けか)
(しかし、敗北とは……初めて味わうが)
(これほどにも)
(これほどにも……ッ!)
(悔しいとは……)
(ふふ……)
(ははは……)
(クソおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお)
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
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おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお)
◇
【クロスオーバーモンスター闘技場 決勝戦終了】
【優勝 ルカリオ グレイシア レナモン ハムライガー】
【モリー@クロスオーバーモンスター闘技場 死亡】
【ベヒーモス@ファイナルファンタジーシリーズ 死亡】
【ソーナンス@ポケットモンスターシリーズ 死亡】
【ピクシー@モンスターファームシリーズ 死亡】
【プチヒーロー@ドラゴンクエストシリーズ 死亡】
【チャッキー@モンスターファームシリーズ 死亡】
【モルボル@ファイナルファンタジーシリーズ 死亡】