―良好月、一の巡り、星の日― 乾いた丘の頂に炎が踊っていた。この丘にも、かしこの丘にも。 人跡まれなこの荒れ地を、人間たちは竜煙山脈、あるいは竜煙の地と呼ぶ。 その竜煙の地の中心部一帯、エルシア谷を見下ろす尾根尾根に、大きなかがり火がいくつも焚かれていた。 そこには数千の戦士たちが集っていた。 鎧を緋色に染めたホブゴブリン。筋骨隆々たるバグベアの狂戦士。 ゴブリンのウォーグ乗り、スカーミッシャー(軽装で飛び道具を使う戦士)、弓兵。 うろこに覆われた者たちもおり、その大きさは往々にして衆に抜きん出ている。 これらの者たちはみな、長きにわたって互いに戦いあってきた。 部族は部族と争い、種族は種族と争い、いつ果てるともない戦と争いと裏切りをくりかえしてきた。 だが、今は。 この夜、彼らは一体となり、憎むべき敵と敵とが肩を寄せあい、 同胞として声を一つに叫びをあげていた。 彼らは己の力を知り、歌い、踊り、煙にかくれて見えない星々にむかって剣をふり上げた。 「われらはカルカー・ズールだ!」 彼らはそう叫んだ。雷鳴のような声は丘陵を揺るがした。 「竜の民だ! ウイグルス・ナ・ハルガイ! だれにもわれらを止めることはできぬ!」 けれど、やがて彼らの声は、一部族また一部族と静まっていった。 鎧をきしませて、戦士たちは“語る者の座”と呼ばれる高台をふりあおいだ。 軍勢の中から、ただ一人の男が歩み出て、丘のなぞえに刻まれた、 いつのものとも知れぬ古い石段を、ゆっくりと踏みしめて登ってゆくのだった。 その背後には、軍勢の掲げる百の戦旗が、槍ぶすまのように立ち並んでいた。 旗の色は明るい黄色、そしていずれの旗にも大きな赤い手が染めぬかれている。 旗を掲げるウォープリースト、すなわち兵の恐怖を払う戦の僧侶たちが、 声低く戦の祈りを捧げるなか、男は石段を登っていった。 男は百段目で足を止め、将の言葉を待ちうける戦士たちに向きなおった。 彼は丈高く力強く、ホブゴブリンの長のひとりであった。 けれど、その肩には鈍い青色をしたうろこがきらめき、頭からは後方に三本の角が伸びていた。 そして彼は叫んだ。 「わが名はアザール・クル、竜の子アザール・クル、 聞け、カルカー・ズールの戦士たち、明日われらは戦に出で立とうぞ」 戦士たちは同意のしるしに大音声をあげてこたえ、足をふみ鳴らし、槍を盾にうちつけた。 アザール・クルは無言で両手をあげ、人々の静まるのを待って、ふたたび言葉を継いだ。 「“滅びの手”のウォープリーストたちがわれらに道を示してくれた。 彼らはわれらに教えてくれた、名誉を、規律を、服従を、そして力を。 もはやわれらは互いに争いあって空しく血を流すことはない。 われらはエルフの、ドワーフの、人間の土地を取ってわがものとしよう。 滅びの赤き手の旗のもと、 進軍し(進軍!進軍!進軍!)、 勝利し(勝利!勝利!勝利!)、 征服しよう(征服!征服!征服!)。 カルカー・ズールの戦士たちよ、おまえたちが今夜ここに集ったことを、よくおぼえておくがいい。 これからのちの百代にわたって、 おまえたちの子、また孫は、おまえたちが剣をもって流した血と、かちえた栄光のことを、 夜の物語に語るだろうから。 時はきた、兄弟たちよ─われらは戦に行こう!」 将の呼びかけにこたえてカルカー・ズールの軍勢は雄叫びをあげた。 その声は大きく、大きく、燃える丘よりもなお大きかった。