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+*フラナリー・オコナー&br()&size(12){&italic(){(Flannery O'Connor)}}&br()&size(12){(1925年~1964年)}
+**略歴
+ ジョージア州サバンナ出身の女流作家。16歳のときに時に紅斑性狼瘡という難病で父を失い、自身も同じ病に侵され39歳の若さで早世した。ジョージア州立女子大学で社会学を学び、後にアイオワ州立大学院に進み、創作と文学で修士号を取得した。21歳で処女短編を発表し、以後は壮絶な闘病生活を送りながら執筆を続けた。自らの死と隣り合わせの生活の中で、カトリック教徒として「私にとり人生の意味は、キリストによる救済という一点に集中している」とし、人間存在の意味を深く探求した。死後、フラナリー・オコナー賞が設立された。
+**作品
+ 長編は2作のみしかない。
+ 『&bold(){賢い血}』&italic(){(Wise Blood,1952)}は処女長編で、キリストのいない教会を説く復員兵の姿を通して、神からの離反と回帰を描いた。
+ 『&bold(){激しく攻むる者はこれを奪う}』&italic(){(The Violent Bear It Away,1960)}は無垢への渇望故に、放火や殺人を犯す少年を描くことで、行き過ぎた合理主義による神の喪失と洗礼の意味を説いた。
+ 『&bold(){善人はなかなか見つからない、その他}』&italic(){(A Good Man Is Hard to Find and Other Stories,1955)}は短編集で、表題作は脱獄犯による休暇旅行中の一家惨殺事件を描いた。
+ 『&bold(){高く上って一点に}』&italic(){(Everything That Rises Must Converge,1965)}もまた短編集。
+ 他にエッセイ集『&bold(){秘儀と習俗}』&italic(){(Mystery and Manners,1969)}や書簡集『&bold(){存在することの習慣}』&italic(){(The Habit of Being: Letters of Flannery O'Connor,1973)}、書評集に『&bold(){恩寵の存在}』&italic(){(The Presence of Grace: and Other Book Review,1983)}がある。
 
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