ミスカトニック大学付属図書館資料室内検索 / 「ウォルター・スコット」で検索した結果

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  • ウォルター・スコット
    ウォルター・スコット(Sir Walter Scott)(1771~1832) 略歴  スコットランド、エディンバラ出身の詩人、作家。生まれつき病弱であり、幼い頃に小児マヒにかかり、足に障害が残った。エディンバラ大学で法学を学び、大学時代には辺境地方を遍歴し、民謡や伝説の収集に熱中した。しかし健康を害い大学を中退して、父の事務所で弁護士修行をし、後に弁護士となった。1804年、ワーズワースに出会い、終生の友となった。出版業を営む友人との関係から、辺境地方の民謡などを出版することになった。詩人として活躍するものの桂冠詩人は辞し、当時不遇だった友人のサジーに譲った。その傍ら、スコットランド最高民事裁判所の書記にも任命された。その後、小説家に転身し歴史小説作家として名声を得、一躍流行作家となった。ところが1826年に共同経営していた印刷所が破産、さらに愛妻にも先立たれた。そんな中、彼はこの苦境...
  • 年表(19世紀)
    ...em) 1802 ウォルター・スコット(Sir Walter Scott,1771-1832)『スコットランド辺境歌謡集』(The Minstrelsy of the Scottish Border) 1805 ウォルター・スコット『最後の吟遊詩人の歌』(The Lay of the Last Minstrel) 1807 ジョージ・バイロン(George Gordon Byron,1788-1824)『無為の時』(Hours of Idleness) ジョウエル・バーロウ『コロンビアド』(The Columbiad) 1808 ウォルター・スコット『マーミオン』(Marmion) 1809 ワシントン・アーヴィング(Washington Irving,1783-1859)『ニューヨーク史』(A History of New York) 1810 ウォルター・スコット(Si...
  • ウォルター・ペイター
    ウォルター・ペイター(Walter Horatio Pater)(1839~1894) 略歴  英国の文学・美術批評家。彼の前の世代であるラスキンに継承者と目されるが、芸術を社会救済の手段として主張する姿勢は、はるかに希薄になっていた。彼はより純粋な芸術性を追求し、唯美主義・芸術至上主義に近い立場に立った。それによって同時代のラファエロ前派の理論的支持者となった。ヴィクトリア朝の物質万能主義が、美のメッセージによって矯正可能と信じ、活動したが、それは世間の人々から冷たくあしらわれた。しかし美を愛する限られた読者層には強い影響を残した。代表作は『ルネサンス』(Stadies in the History of the Renaissance,1873)と半自伝的唯美主義小説『享楽主義者マリウス』(Marius the Epicurean,1885)。
  • ラルフ・ウォルド・エマソン
    ラルフ・ウォルド・エマソン(Ralph Waldo Emerson)(1803~1882) 略歴  マサチューセッツ州コンコードに代々続く牧師の家に生まれる。ハーヴァード大学卒業後、コットン・マザーも牧師を務めたボストン第二教会の牧師となった。ところが聖餐式の儀式に反対し、牧師の職を辞することにった。その後、ヨーロッパに渡り、ワーズワースやコールリッジ、カーライルらと交わり、影響を受けた。  帰国するとコンコードに住み、「自然」についての講演を始める。彼の主意には共鳴する人々が集まり、その中にはソローもいた。彼らはトランセンデンタル・クラブと呼ばれ、機関紙である『ダイアル』に思想や詩を発表するようになった。彼らの活動は後世の作家や詩人に大きな影響を与えることになった。 作品  エマソンの著作では『自然論』(Nature,1836)がよく知られている。この中で彼は自然と直接交わるこ...
  • ホレス・ウォルポール
    ホレス・ウォルポール(Horace Walpole)(1717~1797) 略歴  有名な政治家ロバート・ウォルポールの三男。政治家としても活動し、奴隷売買に反対を表明したことで知られるが、もっぱら趣味的な生活にいそしんだ。別送のストロベリー・ヒルを改築して、自分好みのゴシック風建築に仕立てたことでも有名。その徹底振りは建築だけでなく、家具調度、美術品、科学、文学、化石などあらゆる面で時代の最先端を行っていた。彼がある日見た夢を基に書いた『オトラント城』(The Castle of Otranto,1764)は、ゴシック小説の流行のきっかけとなり、続くロマン主義時代への先駆けとなった。
  • ヒュー・シーモア・ウォルポール
    ヒュー・シーモア・ウォルポール(Sir Hugh Seymour Walpole)(1884~1941) 略歴  ニュージーランド出身。牧師の子として生まれた。ケンブリッジを卒業後、牧師となった。それまでにも書評を書いたりしていたが、1909年に小説家に転身した。後にサーの称号を授与された。 作品  『ペリン氏とトレイル氏』(Mr. Perrin and Me. Traill,1909)が処女作。学校教師の生活を描いた。  『不屈の魂』(Fortitude,1913)。  『ジェレミー』(Jeremy,1919)、『ジェレミーとハムレット』(Jeremy and Hamlet,1923)、『揺りかごの中のジェレミー』(Jeremy at Cradle,1927)は自伝的な長編3部作。  『悪漢ヘリズ』(Rogue Herries,1930)、『ジュディエット・パリス』(Jud...
  • ジョージ・オーウェル
    ジョージ・オーウェル(George Orwell)(1903~1950) 略歴  インドのベンガル出身。本名はエリック・ア-サー・ブレア(Eric Arthur Blair)。父はベンガルで阿片の栽培と販売に携わっていたが、母や子らはイギリスに帰国し母子家庭だった。幼い頃から学業に秀でていたようで、奨学金でウェリントン・カレッジで学び、後イートン・カレッジに転向した。1922年にマンダレーでインド警察の訓練所に入り、各地で5年間勤務したが、次第に嫌気が差し1927年に帰国、辞表を出した。この当時の経験は後の作品にも生かされている。その後ルポライターを目指し、パリやロンドンを放浪し著作を発表した。スペイン内戦が起こると、義勇兵として参加しファシズム軍と戦った。前線で喉に貫通銃創を受け辛うじて命を取り留めた。戦況の変化により治癒後にフランスに脱出した。その後はエッセイや評論によって名声を得た...
  • ウォルト・ホイットマン
    ウォルト・ホイットマン(Walt Whitman)(1819~1892) 略歴  ニューヨーク州ロングアイランド出身。アメリカ最大の詩人と称される。貧しい家庭であったため、早くから働き始める。ジャーナリスト、教師、公務員など様々な職業に従事した。高等教育は受けていないが、印刷工をしていて文学に親しんだといわれている。南北戦争が勃発すると、彼は志願して北軍の看護兵として参加する。その時、戦場の悲惨な光景に衝撃を受け、その後はニューヨークへは戻らず、ワシントンD.C.に行き、陸軍病院に勤務する。その後は自らの詩が足枷となって、職を失ったり逃したりしていたが、最終的には法務長官事務局に1872年まで勤務する。翌1873年に脳卒中に倒れ、また介護していた高齢の母が亡くなったことも重なり、酷い精神的打撃を受ける。晩年はライフワークである『草の葉』の増補改訂を続け、1892年に没する。 作品 ...
  • トバイアス・スモレット
    トバイアス・スモレット(Tobias George Smollet)(1721~1771) 略歴  スコットランドの判事の家に生まれる。グラスゴー大学で医学を学ぶが、文学的野心からロンドンに出るも、なかなか文壇に入り込めなかった。軍船に従軍医として乗り込み、西インド諸島でスペイン軍と戦ったり、ジャマイカでは現地の女性を妻に娶ったりと、波乱に満ちた生涯を送った。けして主流とはなり得なかったものの、この頃には彼の書くような、面白い読み物を求める需要が増えつつあり、後にディケンズやサッカレーなどにも影響を与えた。また作家としてだけでなく、編集者・批評家としても活躍し、コロンブス、バスコ・ダ・ガマ、ドレークなどの探検記や旅行記をまとめた『世界の旅行記』(A Compendium of Authentic and Entertaining Voyages)が知られている。 作品  その小説...
  • アイザック・ウォルトン
    アイザック・ウォルトン(Izaak Walton)(1593~1683) 略歴  スタッフォード出身の随筆家、伝記作家。元は商人(呉服屋とも金物屋ともいう)で、地元の教会の牧師だったダンと親交を結んだ。1643年に引退すると内乱をよそに、趣味の釣りを楽しむ悠々自適の生活を送った。 作品  『釣魚大全』(The Comleat Angler,1653)は今日まで釣り好きはもちろんのこと、それ以外の人々にも読み続けられている名作。釣りの実践的な知識だけでなく、美しい自然描写や故事、歌などが散りばめられている。  『伝記集』(The Lives of Dr John Donne,Sir Henry Wotton,Mr Richard Hooker,Mr George Herbert,Dr Robert Sanderson,1796)は始めにダンの伝記を1640年に執筆して以来書かれた友...
  • コットン・マザー
    コットン・マザー(Cotton Mather)(1663~1728) 略歴  コントン・マザーは、祖父が『賛美歌集』(Bay Psalm Book)をヘブライ語から翻訳したリチャード、父インクリースはハーヴァード大学長という、植民地の神政政治の中心となった名家に生まれた。12歳にしてラテン語を習得し、さらにはギリシア語、ヘブライ語も学んだ。15歳でハーヴァード大学を卒業、18歳の時にはすでに説教壇に立っていたという秀才であった。1685年以降はボストン第二教会の牧師となる。説教の中で社会秩序の基礎として家族の重要性を説いたが、そこには自らの家系がその中にあっても特別なものであるという自負も窺われる。彼が活躍した時代には、すでに神政政治には衰退が見られたが、彼は強い信念と誇りをもってこれを維持すべく努めた。 作品  コットン・マザーはその生涯で説教はもちろんのこと、歴史、伝記、エッセ...
  • ハリエット・ビーチャー・ストウ
    ハリエット・ビーチャー・ストウ(Harriet Elizabeth Beecher Stowe)(1811~1896) 略歴  コネティカット州リッチモンドに生まれる。父は説教師で奴隷制反対論者であった。兄弟からも聖職者を出し、結婚した相手も聖職者であったことから、彼女の作品にはキリスト教の強い影響が見られる。 作品  ストウ夫人は10作以上の作品を発表しているが、よく知られているのは処女作の『アンクル・トムの小屋』(Uncle Tom s Cabin,1852)である。この作品は奴隷解放問題を正面から扱った小説であり、またアフロ・アメリカンを主人公にした最初の小説でもある。この作品によって、奴隷解放問題はさらに加速され、南北戦争に突入していくことになる。後にリンカーンがストウ夫人に会った際に、「あなたのような小さな方が、この大きな戦争を引き起こしたのですね」と述べたといわれている...
  • 人名索引/ア行
    人名索引/ア行 アーヴィング(Washington Irving)米 アーヴィング(John Irving)米 アードリック(Louise Erdrich)米 アーノルド(Matthew Arnold)英 アシュベリー(John Ashbery)米 アダムズ(Henry Brooks Adams)米 アップダイク(John Hoyer Updike)米 アンダソン(Sherwood Anderson)米 アンダソン(Maxwell Anderson)米 アンダソン(Robert Woodruff Anderson)米 Æ(Æ)英 イージアスカ6italic(){(Anzia Yezierska)}米 イェイツ(William Butler Yeats)英 インジ(William Motter Inge)米 ヴィダール(Gore Vidal)米 ウィチャリー(William Wycherle...
  • アリス・ウォーカー
    アリス・ウォーカー(Alice Malsenior Walker)(1944年~ ) 略歴  ジョージア州イートントン出身のアフリカ系アメリカ人の女流作家(他にもスコットランド系、アイルランド系の血も入っている)。スペルマン大学、サラ・ローレンス大学を卒業。1967年にフェミニズム活動家と結婚するも後に離婚。娘のレベッカもまた作家となった。最初の詩集は在学中に書かれた。公民権運動で作家活動を一時中断していたこともあった。その後フェミニスト雑誌へ参加することで執筆を再開、その後『カラー・パープル』で大きな反響を呼び、ピューリッツァー賞を獲得した。その一方で、アフリカ系アメリカ人の文化や民間伝承に深い関心を示し、その発掘と再評価に努めている。またこれまで評価されてこなかったアフリカ系アメリカ人作家の再評価のきっかけともなった。 作品  『むかし』(Once,1967)は第一詩集。翌年処...
  • ルイーザ・メイ・オールコット
    ルイーザ・メイ・オールコット(Louisa May Alcott)(1832年~1888年) 略歴  ペンシルベニア州出身。父は教育者で超絶主義で有名なエーマス・ブロンソン・オールコット。父やエマソンやソローらの教えを受けた。生計のために雑誌に短編を寄稿し、また一時期看護婦として勤務もした。その後、児童文学作家としての名声を確立し、今尚世界中で多くの読者を獲得している。 作品  代表作は『若草物語』(The Little Women,1868)である。自らの家庭をモデルとした自伝的小説で、児童文学の代表作の一つとして世界中で翻訳されている。
  • 年表
    文学史年表 西暦 英文学 米文学 1583 ロバート・グリーン(Robert Greene,1558-1592)『マミリア』(Mamillia) 1584 ジョージ・ピール(George Peel,1557-1596)『パリス裁判』(The Arraignment of Paris) 1587 クリストファー・マーロゥ(Christpher Marlowe,1564-1593)『タンバレイン大王』(Tamburlaine the Great) 1588 クリストファー・マーロゥ『フォースタス博士』(Doctor Faustus) ロバート・グリーン『パンドスト王』(Pandsto,or Drastus and Fawnia) 1589 トーマス・キッド(Thomas Kid,1558-1594)『スペインの悲劇』(The Spanish Tragedy) 1590 クリス...
  • アーサー・コナン・ドイル
    アーサー・コナン・ドイル(Arthur Conan Doyle)(1859~1930) 略歴  スコットランドのエディンバラ出身。キリスト教系の学校で学ぶもそれを拒絶し、エディンバラ大学で医学を学ぶ傍ら、外科医助手として働く。しかし父はアルコール依存症により入院し、一家の家計を支えるために、在学中に捕鯨船に船医として乗り込む。遅れて大学を卒業し、その後はアフリカ航路の船医として働き、その後大学時代の級友と診療所を共同経営することになるが、喧嘩別れしてしまう。1882年に自分の診療所を開くが上手くいかず、暇を持て余す間に小説を書くようになるが、どれも送り返された。しかし名探偵シャーロック・ホームズのシリーズで一躍時の人となる。またボーア戦争に従軍し、小冊子を執筆したその功績によってナイト爵に叙せられた。息子の死後は心霊学に傾倒し、英国心霊現象研究会に入る(後脱退)。その関係の著書も多数ある...
  • 年表(1901~1949)
    西暦 英文学 米文学 1901 ラドヤード・キプリング『キム』(Kim) フランク・ノリス『蛸』(The Octppus) H・G・ウェルズ『神々の糧』(The Food of the Gods) トマス・ハーディ『過去と現在の詩集』(Poems of the Past and the Present) 1902 ヘンリー・ジェイムズ『鳩の翼』(The Wings of the Dove) ウィリアム・ディーン・ハウエルズ『文学と人生』(Literature and Life) W・H・ハドソン『エル=オンブ』(El Ombu) イーディス・ウォートン『決断の谷間』(The Valley of Decision) アーサー・コナン・ドイル『バスカヴィル家の犬』(The Hound of the Baskervilles) アーノルド・ベネット『五つの町のアンナ』(Anna ...
  • ジェイムズ・トムソン
    ジェイムズ・トムソン(James Thomson)(1700~1748) 略歴  スコットランド出身。国民歌である「英国よ、海を支配せよ」(Rule, Britannia)の作者として知られる。詩では『四季』(Seasons,1726-30)が有名。
  • シェイクスピア(3)
    ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare)(1564~1616) 第3期―深淵をのぞき込む(1601~1609)  この頃、英国は目に見えない不安に苛まれていた。当1時、英国を治めていたのはエリザベス1世であったが、彼女は未婚のままとうとう70近くになっていた。国民は後継者が誰になるのか、あるいはその際の混乱について、漠然と不安を抱えていたのである。そして老女王が没すると、スコットランドからジェームズ6世が迎えられ、ジェームズ1世として即位したが、国民の反応は冷淡だった。  そんな陰鬱な空気が忍び寄ってきた時代に世に出たのが、かの有名な4大悲劇である。社会不安が悲劇の生まれる要因の一つではあったが、それよりも個人的なもの、シェイクスピアが作家として円熟期に差し掛かった、ということも大きいだろう。  まず最初に書かれたのが『ハムレット』(Hamlet,1600...
  • 人名索引/サ行
    人名索引/サ行 サッカレー(William Makepeace Thackeray)英 シェイクスピア(William Shakespeare)英 ジェイムズ(Henry James)米・英 シェリー(Percy Bysshe Shelley)英 シェリー(Mary Shelley)英 シェリダン(Richard Brinsley Sheridan))英 ジョイス・キャロル・オーツ(Joyce Carol Oates)米 ジョンソン(Ben Jonson)英 ジョンソン(Samuel Johnson)英 シリトー(Alan Sillitoe)英 スウィフト(Jonathan Swift)英 スウィンバーン(Algernon Charles Swinburne)英 スコット(Sir Walter Scott)英 スターン(Laurence Sterne)英 ストウ(Harriet Eliza...
  • マクスウェル・アンダソン
    マクスウェル・アンダソン(Maxwell Anderson)(1888~1959) 略歴  ジャーナリストだった経歴を生かして、20年代に反戦劇などの社会的関心の強い散文劇で名声を得る。その後30年代に入ると韻文劇に転じ史劇や喜劇、悲劇を発表し、オニールに次ぐ演劇界の大御所となる。戦後も活躍を続けたものの、戦前ほどの作品はない。 作品  『栄光何するものぞ』(What Price Glory?,1924)は反戦をテーマとした散文劇。  『女王エリザベス』(Elizabeth the Queen,1930)、『スコットランドのメアリー』(Mary of Scotland,1933)、『フォージ渓谷』(Valley Forge,1934)は韻文詩劇。  『岩頂荘』(High Tor,1937)は機械文明を風刺する喜劇。  『ウィンターセット』(Winterset,1935)は、サ...
  • ジェイムズ・ボズウェル
    ジェイムズ・ボズウェル(James Boswell)(1740~1795) 略歴  スコットランド、エディンバラ出身。父は裁判官であり、自らも法曹界に進んだ。若い頃にジョンソン博士と出会い、彼に心酔するようになる。弁護士としてはさしたる実績はなく、またプライベートでは自堕落な生活を送ったという。ボズウェルの最大の功績は、何と言ってもジョンソン博士の人柄や言動を忠実に記録した伝記を書いたことにある。『ジョンソン伝』(The Life of Samuel Johnson,1791)は、今でもなお伝記文学の最高傑作の一つと評されている。
  • マライア・エッジワース
    マライア・エッジワース(Maria Edgeworth)(1767~1849) 略歴  オックスフォードシャーのブラックボートン出身。5歳で母を亡くした。14歳からはアイルランドに住み、父の仕事を手伝った。英国最初の児童文学作家と呼ばれるが、その生涯に小説や児童文学だけでなく教育関係の本を多数出版し、欧州中でベストセラーとなった。その作品はスコットやツルゲーネフらに強い影響を与えたという。 作品  『ラックレント城』(Castle Rackrent,1800)はアイルランドを舞台とした年代記小説。ラックレント城の歴代城主たちを、彼らに長年仕えた使用人の目を通して描いた。系図小説(saga novel)、地方小説(regional novel)の元祖ともされる。
  • ワシントン・アーヴィング
    ワシントン・アーヴィング(Wahington Irving)(1783年~1859年) 略歴  ニューヨークに生まれた。11人兄弟の末っ子で父は富裕な商人だった。早い段階で学校教育を捨て、法律事務所に入った。しかし健康を害し、1804年から病気療養をかねて欧州諸国を歴訪、1806年に帰国し弁護士となるが、その後作家となる。その間には婚約者の死も経験し、生涯独身を通した。その後はしばらく創作をから手を退いていたが、事業の失敗から生活のために再び筆を取った。1842年にはスペイン公使にもなっている。 作品  初期の作品にはスウィフト流にジェファソンの民主党政府を風刺した『ニューヨーク史』(A History of New York,1809)がある。これはニッカポッカー氏(オランダからの移民の典型)なる架空の人物が語るもので、アメリカ人による初めての風刺文学とされる。  彼の代表作と...
  • トマス・カーライル
    トマス・カーライル(Thomas Carlyle)(1795~1881) 略歴  英国の評論家、思想家、歴史家。ヴィクトリア朝初期を代表する典型的な知識人。スコットランドの清教徒派的な家庭に生まれ、牧師になろうと志してエディンバラ大学に学ぶが、次第に信仰に対する深い懐疑にとらわれた。ドイツ文学を研究し、『シラー伝』を書いた他にゲーテ作品の翻訳を行った。またゲーテとは文通をしており、多大な影響を受けたという。彼の「バイロンを閉じよ、ゲーテを開け」の言葉は有名。英国ロマン派の限界を見抜いていた。 作品  『衣装哲学』(Sartor Resartus,1833-4)は、架空のドイツの哲学者トイフェルスドレックの手記を翻訳・解説した、という形で書かれた。その中で社会、国家、宗教、道徳など全ての文化、及び思想は人が魂の上に着た衣服に過ぎないと断じた。また後半では、カーライル自身の苦悩の遍歴を...
  • 作品索引/サ行
    作品索引/サ行 『サーカスの息子』(A Son of the Circus)米 『サーシス』(Thyrsis)英 『最後の回転木馬』(The Last Carousel)米 『最後の吟遊詩人の歌』(The Lay of the Last Minstrel)英 『サイダーハウス・ルール』(The Cider House Rules)米 『サイラス・マーナー』(Silas Marner)英 『詐欺師』(The Confidence-Man)米 『サスペンス』(Suspense)英 『砂漠の音楽とその他の詩』(The Desert Music and Other Poems)米 『サフィラと奴隷娘』(Sapphira and the Slave Girl)米 『醒めて唄え!』(Awake and Sing!)米 『さようならウサギ』(Rabbit at Rest)米 『猿と本質』(Ape and...
  • ヘンリー・ウォズワス・ロングフェロウ
    ヘンリー・ウォズワス・ロングフェロウ(Henry Wadsworth Longfellow)(1807~1882) 略歴  アメリカの最初の国民詩人と呼ばれるロングフェロウは、メイン州ポートランドに生まれる。ボードン大学で学び、同級生にはホーソーンがいた。生来語学の才に秀でており、同大学の教授職についてからも、欧州へ研究のために旅行し、研鑽に励んだ。後1836年に招かれて、ハーヴァード大学の教授となる。それからはケンブリッジに住んだ。それまでも詩作は行っていたが、1854年に教授職を退職し、著述に専念する。彼は詩作で生計を立てられた、アメリカの最初の詩人でもあった。1861年、二番目の妻が不慮の事故で亡くなると、強い衝撃を受け、生涯その思いを引きずることとなった。1882年、腹膜炎で没する。 作品  ロングフェロウは古典に造詣が深く、また語学も堪能であったため、様々な詩形・韻律を自...
  • 作品索引/マ行
    作品索引/マ行 『マージョリー・モーニングスター』(Marjorie Morningstar)米 『マーディ』(Mardi)米 『マーティン・チャズルウィット』(Martin Chuzzlewit)英 『マーミオン』(Marmion)英 『マイラ』(Myra Breckinridge)米 『マイルズ・スタンディッシュの求婚』(The Courtship of Miles Standish)米 『マクシマス詩篇』(Maximus Poems)米 『マクベス』(Macbeth)英 『負けるが勝ち』(She Stoops to Conquer)英 『まじめが肝心』(The Importance of Being Earnest)英 『また会う日まで』("Until I Find You")米 『間違い続きの喜劇』(The Comedy of Errors)英 『町と都会』(T...
  • 年表(1950~2000)
    西暦 英文学 米文学 1950 アンジア・イージアスカ『白馬の赤いリボン 私の話』(Red Ribbon on White Horse My Story) ウィリアム・インジ(William Motter Inge,1913-1973)『帰れ、いとしのシーバ』(Come Back, Little Sheba) テネシー・ウィリアムズ『ストーン夫人のローマの夏』(The Roman Summer of Mrs. Stone)『バラの刺青』(The Rose Tattoo) ハーマン・ウォーク『ケイン号の叛乱』(The Caine Multiny) ロバート・ペン・ウォレン『この世も時も』(World Enough and Time) クリフォード・オデッツ『カントリー・ガール』(The Country Girlfa) トルーマン・カポーティ『草の竪琴』(The G...
  • 作品索引/ラ行
    作品索引/ラ行 『ラヴァネルさんの転向』(Miss Ravanel s Conversion)米 『ラヴ・メディシン』(Love Medicine)米 『ラザロ笑えり』(Lazarus Laughed)米 『ラセラス』(The History of Rasselas, Prince of Abyssinia)英 『ラッパ長』(The Trumpet-Major)英 『ラ・プラタの博物学者』(The Naturalist in La Plata)英 『ラマムアの花嫁』(The Bride of Lammermoor)英 『リア王』(King Lear)英 『利己主義者』(The Egoist)英 『リシダス』(Lycidas)英 『リチャード2世』(Richard II)英 『リチャード3世』(Richard III)英 『リチャード・フェヴレルの試練』(The Ordeal of Rich...
  • ジョージ・エリオット
    ジョージ・エリオット(George Eliot)(1819~1880) 略歴  イギリス中西部ウォリックシャー出身。本名はメアリ・アン・エヴァンスであり、女性であるが筆名は男性名を名乗った。13歳で入学した学校が、非常に宗教色の強い学校で、彼女は清教徒的な教育を受けることとなった。しかし翌年には母が没し、父の面倒を見るために彼女は退学を余儀なくされた。その後本を読む傍ら、独学で語学を学びギリシア、ラテン、ヘブライ、ドイツ、フランス、イタリアの各言語を習得したという。とりわけドイツ語とドイツ思想に傾倒し、それが彼女の精神形成に大きな影響を与え、清教徒よりの信仰からの脱却と自由思想への転身のきっかけとなった。その後ロンドンでウェストミンスター・レヴュー誌の副主筆となる。私生活では知人の紹介で知り合った哲学者のジョージ・ヘンリー・ルーイスと交際するようになった。彼は既婚であったが、その妻と離婚...
  • ケネス・コーク
    ケネス・コーク(Kenneth Koch)(1925年~2002年) 略歴  オハイオ州シンシナティ出身の詩人。ニューヨーク派を代表する詩人一人。若い頃から詩作に目覚め、戦後ハーバード大学に入り、そこでアシュベリーと出会った。在学中にグラスコック賞受賞している。卒業後ニューヨークに出た。処女出版された詩集は一般受けしなかったが、1970年代に入ると批評家から高い評価を得た。彼は死ぬまで精力的に詩を発表し続けた。またコロンビア大学の教師としても人気が高かった。 作品  作品としては『愛の芸術』(The Art of Love,1975)、『一両の列車』(One Train,1994)などがある。
  • ローレンス・スターン
    ローレンス・スターンLaurence Sterne(1713~1768) 略歴  アイルランド出身。軍人だった父とは17歳の時に死別。ケンブリッジで祖先が設けた奨学金で学び、サットンの教区牧師となった。平凡な田舎牧師であったが、知人の蔵書でセンバンテスやラブレーの著作に接し影響を受けた。手始めに宗教界の勢力争いを風刺する小冊子を書き好評を得ると、いよいよ彼の代表作である『トリストラム・シャンディ』を執筆し始めた。人妻と恋愛関係に陥るなど牧師らしからぬ人物であった。その一方で説教集なども出版している。しばしば喀血するなど病に苦しみ、それがもとでロンドンで没する。 作品  『トリストラム・シャンディ』(Tristram Shandey,1760-1767)は正確には『紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見』(The Life and Opinions of Tristram Sha...
  • ジョン・オズボーン
    ジョン・オズボーン(John Osborne)(1929~1994) 略歴  ロンドン出身の劇作家。下層階級の出身。大学を中退し地方劇団で俳優をしながら劇作家を目指した。新進劇作家発掘を目的としたイギリス舞台協会に認められ、一躍話題の劇作家となった。怒れる若者たち(angry young men)の代表格として戦後のイギリスの演劇界を牽引した。しかしながら初期の作品ほどには後期の作品は評価されることはなかった。 作品  『怒りを込めて振り返れ』(Look Back in Anger,1956)は代表作。下層階級出身の主人公は大学を中退し、結婚して田舎で菓子店をやっている。彼は古い世代や社会の腐敗に対し激しい怒りを覚える一方で羨望しており、またその怒りを妻にぶつけると共に愛していた。戦後の新しい世代の若者を描いて話題となった作品。  『寄席芸人』(The Entertainer,1...
  • ハーマン・ウォーク
    ハーマン・ウォーク(Herman Wouk)(1915年~ ) 略歴  ニューヨーク出身のユダヤ系作家で、両親はロシアから移住したユダヤ人。幼少期はブロンクスで過ごした。コロンビア大学で比較文学と哲学を学んだ。卒業後ラジオ脚本家となり、戦時中は羅時を広告で戦債を販売し、政府に貢献した。真珠湾攻撃が起きると、自ら志願して米海軍に入隊、太平洋戦争に従軍し、掃海艇に通信士官として搭乗した。その任務の合間に小説を書いていた。戦後結婚し、全てを執筆に捧げ、1952年にはピューリッツァー賞を受賞した。彼は執筆の際正確を期すために若手の歴史研究家を雇って参考にしていたために、歴史的な記述はかなりの部分で正確であるという。 作品  『オーロラの夜明け』(Aurora Dawn,1947)は広告業界を風刺した作品。『町の子』(The City Boy,1948)はニューヨークを舞台に子供の姿を共感を...
  • カート・ヴォネガット
    カート・ヴォネガット(Kurt Vonnegut)(1922年~2007年) 略歴  インディアナ州インディアナポリスのドイツ系移民の家に生まれた。1940年にコーネル大学で生化学を学びつつ、学内誌の編集長を務めた。在学中に陸軍に徴募され、カーネギー工科大学とテネシー大学に転校させられ、機械工学を学んだ。1944年、ドイツ戦線に配属されバルジの戦いで捕虜となった。ドレスデンに抑留中に連合軍の空襲に遭い、屠畜場の地下に監禁されていたために九死に一生を得た。このドイツ人(移民4世)でありながらドイツ軍に捕らえられ、一方で連合軍の一員でありながら連合軍に殺されかけるという、何重にも絡まった不条理な経験が後の彼の作品に大きな影響を与えたといわれている。戦後、除隊すると幼馴染と結婚しシカゴ大学の大学院で人類学を学んだ。1950年に当初はペーパーバックのSF作家としてとしてデビューしたが、他の仕事と...
  • 作品索引/ハ行
    作品索引/ハ行 『バーソロミューの市』(Bartholomew Fair)英 『バーナビー・ラッジ』(Barnaby Rudge)英 『パープル・ランド』(Purple Land)英 『パームサンデー』(Palm Sunday, an Autobiographical Collage)米 『ハイアワサの歌』(The Song of Hiawatha)米 『廃村』(The Deserted Village)英 『ハイピアリアン』(Hyperion)英 『ハイピアリアン失墜』(The Fall of Hyperion a Dream)英 『墓守老人』(Old Mirtality)英 『白鯨』(Moby-Dick)米 『白馬の赤いリボン 私の話』(Red Ribbon on a White Horse My Story)米 『白魔』(The White Devil)英 『激しく攻むる者はこ...
  • グレゴリー・コーソ
    グレゴリー・コーソ(Gregory Nunzio Corso)(1930年~2001年) 略歴  グリニッジ・ビレッジのスラム街のイタリア系移民の家に生まれた。少年院送りを何度も経験し、刑務所にも入った。その頃に文学に目覚め、ギンズバーグを知り、詩作を始めた。ビートニク詩人として「サンフランシスコ・ルネッサンンス」の立役者の一人となった。 作品  詩集に『ガソリン』(Gasoline,1958)、『死の幸福な誕生日』(The Happy Birthday of Death,1960)、『人間ばんざい』(Long Live Man,1962)、『土まみれの手』(Herald of the Autochthonic Spirit,1981)などがある。
  • ロバート・ペン・ウォレン
    ロバート・ペン・ウォレン(Robert Penn Warren)(1905年~1989年) 略歴  ケンタッキー州出身の詩人、批評家。バンダービルト大学に在学中、南部地方主義文学運動の拠点であった雑誌『フュージティブ』に参加し活躍した。その後、カリフォルニア、エール、オックスフォード大学で学んだ。その後は母校やルイジアナ、ミネソタ、エール大学でそれぞれ教鞭を取った。その傍ら季刊文芸誌『南部評論』を創刊し編集に尽力した。また自らも詩を発表し、ピューリッツァー賞を受賞するなど高い評価を得た。一方で小説の分野でも主に南部の歴史に取材した作品を発表し、こちらでもピューリッツァー賞を受賞した。批評の分野でも名高い。 作品  『詩36篇』(Thirty-Six Poems,1936)は初期の詩集で形而上詩の影響が強かった。その後平易な物語詩へと移行していき『約束』(Promises,1957)...
  • イーディス・ウォートン
    イーディス・ウォートン(Edith Wharton)(1862年~1937年) 略歴  ニューヨーク出身の女流作家。富裕な名門家庭に生まれ、教育は家庭教師に学んだ。しばしばヨーロッパに旅行して周り、時折帰国するだけであった。。1885年にボストンの銀行家と結婚したが、1912年に離婚し、パリで独居した。その後小説を書き始め、パリで知り合ったジェイムズの勧めで、上流階級を題材とした作品を書き、ピューリッツァー賞を受賞した。短編の名手だったが、長編も高い評価を得た。他に小説論などまとめた評論集、旅行記、自伝なども書いた。 作品  『より大きな好み』(The Greater Inclination,1899)は処女短編集。その後も数多くの短編集を発表した。『決断の谷間』(The Valley of Decision,1902)は処女長編。18世紀イタリアを舞台とし、進歩的な思想と因習の狭...
  • クリストファー・マーロゥ
    クリストファー・マーロゥ(Christopher Marlowe)(1564~1593) 略歴  大学才人の中で唯一本当の才能に恵まれていた人物。劇作家、詩人、翻訳家として活躍し、29年という駆け抜けるように生きたその短い生涯の中で、後世の作家に多大な影響を与えた優れた作品を世に送り出した。秘密結社に入った、あるいはスパイとして活動していた、はたまた二重スパイであったなど、怪しい噂に事欠かない人物で、その最期も酒の席での喧嘩で、眉間にナイフを突き刺される、という壮絶なものだった。その動機も、諜報機関による暗殺説、無神論者グループ内での内紛など、様々な説がある。 作品  処女作は『タンバレイン大王』(Tamburlaine the Great,1587)。ティムールの生涯を基にした、一介の羊飼いから大王へと上り詰めた男の壮大な物語で、当時スペインに追いつき追い越そうとしていた時代風...
  • ダニエル・デフォー
    ダニエル・デフォー(Daniel Defoe)(1660~1731) 略歴  市民社会の成長期に市民階級に生まれたデフォーは、天成のジャーナリストとして、またパンフレット作家として活躍した。その活動によって捕らえられ、さらし台に上げられたこともあった。彼の作家活動は「そのまま18世紀イギリス文学の序説となる」と言われる。 作品  ジャーナリストとしては数多くの定期刊行物を創刊し、発行した。また幼少時に体験したロンドンの大疫病(1664~1665)について、60年も経ってからルポルタージュ風にまとめた『大疫病日記』(A Journal of the Plague Year,1722)がある。これはジャーナリストとしてリアリズムを追求する姿勢と、面白い物語として描こうという作家としての姿勢、また災厄を神の罰かと恐れおののく清教徒の良心がない交ぜになっている。この事実性、面白さ、道徳的教...
  • 作品索引/ア行
    作品索引/ア行 『ああ、荒野』(Ah, Wilderness)米 『アーサー・マーヴィン』(Arthur Mervyn)米 『アーロンの杖』(Aaron s Rod)英 『アーロン・バアの英雄的生涯』(Burr)米 『アイヴァンホー』(Ivanhoe)英 『愛こそすべて』(All for Love)英 『愛されし者』(The Loved One)英 『愛について語るときに我々の語ること』(What We Talk About When We Talk About Love)米 『愛には愛を』(Love for Love)英 『愛の芸術』(The Art of Love)米 『愛の車輪』(The Wheel of Love)米 『愛のために 1950-1960』(For Love Poems 1950-1960)米 『アイリーン』(Irene)英 『アイルランド・スケッチブック』(The I...
  • ジョナサン・スウィフト
    ジョナサン・スウィフト(Jonathan Swift)(1667~1745) 略歴  アイルランド、ダブリン出身。政界、宗教界での栄達を夢見るものの上手くいかず、最後はダブリンの聖パトリック教会の司祭長を務めた。風刺作家、随筆か、パンフレット作家、詩人として非常に多作であったが、生涯を通じて私憤と公憤が激しく入り混じっていた。またその内容の過激さから、多くの筆名を使い分けたり、匿名で発表されたりした。その出版には友人であったポープらの尽力したという。晩年は死の影に怯えるようになり、自らの死を悼む詩を書いたり、あるいは自らの死亡記事を出すなど奇行が目立った。また自分の墓碑銘を生前に自ら書いていたことでも有名。 作品  多作な人であったが、彼の特徴が最も出ているのは風刺文学においてだろう。初期に書かれた『桶物語』(A Tale of a Tub,1704)は、カトリック、プロテスタント...
  • ヘンリー・アダムズ
    ヘンリー・アダムズ(Henry Brooks Adams)(1838~1918) 略歴  アメリカの作家、思想家、歴史家。ボストン出身。曽祖父と祖父は大統領、父は駐英公使という名家の出身。ハーバード大学で学び、その後ベルリン大学に留学した。父の秘書を七年間務め、その後帰国して母校の講師となり、ヨーロッパ中世史とアメリカ史を教えた。政界とも深く関わるが1985年の妻の自殺をきっかけに職を辞し、世界各地を旅した。アメリカ政界と民主政治への絶望し、それを自らの新しい史観によって説明しようと試みた。 作品  『デモクラシー』(Democracy,1880)は民主主義社会への絶望と、資本主義と科学が政治や宗教を腐敗させていく姿を描いている。『エスター』(Esther,1884)も同様のテーマ。  『ジェファソンとマディソン統治時代の合衆国史』(History of the United S...
  • ウィリアム・サッカレー
    ウィリアム・サッカレー(William Makepeace Thackeray)(1811~1863) 略歴  インドのカルカッタ出身の作家。父は東インド会社に勤務していた。6歳で帰国し、イギリスで教育を受けた。ケンブリッジで学ぶも放蕩に明け暮れた上、父が投資していた銀行代理店が倒産、資産の大部分を失ってしまった。結婚を期に新聞社に入るも、長続きせずに退職し、雑誌「パンチ」などへの投稿で生活費を稼いだ。その後作品が認められ、ディケンズと並び称される作家となった。ディケンズが中・下流階級を代表していたのに対し、サッカレーは比較的上流に近い階級の腐敗や俗物性を暴き出した。 作品  『馬丁粋語録』(The Yellowplush Papers,1837-38)は馬丁のイエロープラッシュ(従僕の黄色いお仕着せの意)が転々と奉公先を変えつつ、行く先々で主人の家の内幕を面白おかしく語る、という...
  • キングスレー・エイミス
    キングレー・エイミス(Sir Kingsley Amis)(1922~1995) 略歴  南ロンドンのクラパムの下層中産階級に生まれた。オックスフォードで学び、ウェールズのスォンシー大学で英文学の講師となった。その傍ら詩や小説を発表した。1961年からはケンブリッジのフェローとなった。新大学才人(the New University Wits)の一人。 作品  『心の枠組』(A Frame of Mind,1953)は自費出版した詩集。  『ラッキー・ジム』(Luckey Jim,1954)は代表作の小説。地方の三流大学の講師であるジムは、仕事には不熱心だが日々要領よくラッキーに生きていくことを心がける青年。そんなものだから研究の成果などあるわけもなく講師の首も危なくなる。そこでなんとか上手く立ち回ろうと奔走し、周囲に事件を巻き起こしていく。この戦後の英国の若者像にフィットした作...
  • イーヴリン・ウォー
    イーヴリン・ウォー(Evelyn Waugh)(1903~1966) 略歴  ロンドン出身。父は出版社の社長で文芸評論家。ちなみに兄もまた作家である。オックスフォードに入学したが、2年で退学した。結婚した年に処女作を発表し注目を浴びた。その後離婚を経てカトリックに改宗した。作風はブラックユーモアに溢れた風刺的なものであるが、その一方でカトリック的な思想を盛り込まれている。しかしながらそれが単なる保守主義に過ぎないとか、名門崇拝(the Cult of the Big House)的であるとの批判も多い。 作品  『衰亡』(Decline and Fall,1928)は処女作。最初の出版社からは突き返され、仕方なく別の出版社に社長が不在の時に持ち込んだ。というのもその出版社こそ彼の父親の出版社であったからで、父親に見られたら即反対されるのが分かっていたからだ。主人公ポール・ペニフェザ...
  • デイヴィッド・ガーネット
    デイヴィッド・ガーネット(David Garnett)(1892年~1981年) 略歴  ブライトンに生まれる。父は作家のエドワード・ガーネット、母はロシア文学の翻訳者コンスタンス・ガーネット。初め王立協会で植物学を専攻したが、第一次大戦が勃発すると良心的兵役拒否をして、戦災者の救済に奔走した。戦後には友人と大英博物館の近くに書店を開いた。いわゆるブルームズベリー・グループの一人であった。最初の妻に先立たれた後に再婚しているが、その相手は同性愛関係にあったと噂されたダンカン・グラントの娘であった。彼女と離婚した後はフランスに移り住んだ。 作品  いずれも奇妙な着想が特徴。  代表作は『狐になった奥様』(Lady into Fox,1922)。ある日突然、狐の姿になった妻が次第に野生に目覚めていくことに戸惑う夫の姿を描いた奇妙な物語。  他に『動物園に入った男』(A Man in...
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