ミスカトニック大学付属図書館資料室内検索 / 「プラグイン」で検索した結果

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  • ヘンリー・ジェイムズ
    ヘンリー・ジェイムズ(Henry James)(1843~1916) 略歴  アメリカ・ニューヨーク出身で、後にイギリスに帰化した作家。同名の父は神秘主義思想家スウェーデンボルイの信奉者の宗教哲学者で、兄のウィリアムはプラグマティズムで有名な哲学者。父の「幼い頃から型にはまった教育を与えるべきではない」という方針で、幼い頃から欧州各国を旅行し、教育はもっぱら正規の学校教育によらず、数人の家庭教師や旅先の私立学校で受けた。この頃の経験が後に作品に活かされることになる。1861年に火事の消火作業中に酷い火傷を負い、結果南北戦争に参加できずに劣等感を抱く。ハーヴァードに入学するも1年で退学し、文筆家の道を歩み始める。最初の作品は1864年に無署名で雑誌に掲載された短篇と書評だった。以後精力的に作品を発表し、新進作家としての地位を固める。1875年には欧州に定住する決意を固め、まずパリに住むが気...
  • アフラ・ベイン
    アフラ・ベイン(Aphra Behn)(1640年?~1689年?) 略歴  英国で初めての女性職業作家とされる。スパイを生業としていたために、その生涯には不明な点が多い。若い頃には南米スリナムにいたとも言うが、確証はない。オランダ人と結婚し、ベインの姓を名乗るようになるが、その後離婚。おそらくは結婚した、という事実だけが欲しかったのではないか、と推測される。英蘭戦争の頃にオランダにスパイとして潜伏した。1670年には帰国し、作家として活躍した。 作品  代表作は『オルノーコ』(Oroonoko,1688)。黒人の王子を主人公とする点が特筆される点である。ちなみに夏目漱石の『三四郎』の中で紹介されている。
  • ウィリアム・インジ
    ウィリアム・インジ(William Motter Inge)(1913年~1973年) 略歴  カンザス州インディペンデンス出身の劇作家。テネシー・ウィリアムズに励まされ劇作を行った。ピューリッツァー賞やアカデミー賞を獲得し、晩年はカリフォルニア大学で劇作を教えたが、劇作家としてはかつてのような評価は得られず、もう二度とかつてのようには書けないと確信し、一酸化炭素中毒で自殺した。 作品  代表作には『帰れ、いとしのシーバ』(Come Back, Little Sheba,1950)、『ピクニック』(Picnic,1953)などがある。
  • ハート・クレイン
    ハート・クレイン(Hart Crane)(1899年~1932年) 略歴  オハイオ州ギャレッツヴィル出身の詩人。裕福な実業家の家の一人息子として生まれたが、両親の不和であったため愛情への飢えから精神的に不安定にな日々を送った。そのためか後に同性愛とアルコールに溺れるような自滅的な性格になってしまった。試作を始めたのは高校の頃からで、1917年に両親が離婚すると退学してニューヨークに出たが、経済的に自立することは難しくしばらくの間は、地元とニューヨークを行き来して生活した。ニューヨークでは新進気鋭の詩人たちと親しく交わり、またパウンドとエリオットのモダニズム運動に強い影響を受けた。その一方で幻視体験や神秘主義にも興味を覚え、傾倒していくようになった。その文体は伝統的形式に従いながらも、言語の実見にも積極的に取り組んだ。しばしば造語を用いる他、口語や俗語など多彩に用い、その一方で言語の意味...
  • スティーヴン・クレイン
    スティーヴン・クレイン(Stephen Crane)(1871年~1900年) 略歴  ニュージャージー州ニューアーク出身。メソジスト派の牧師の14子として生まれた。8歳で父を亡くした。新聞社で地方通信員をしていた兄を手伝って記事を書いていた。シラキューズ大学に進んだが1891年に中退し、ニューヨークで記者をしながら作家を目指した。ニューヨークでは貧しい人々や浮浪者、売春婦などの悲惨な現実を目の当たりにし衝撃を受けた。しかしようやく完成した作品は反道徳的なものとみなされ、自費出版することになったが、ガーランドやハウエルズらに認められた。『赤い武功章』を発表した後、実際に戦争を体験する必要を感じ、西部やメキシコなどへ取材に赴き、またギリシア・トルコ戦争、アメリカ・スペイン戦争の従軍記者となって各地を渡り歩いた。後にイギリスに生活の場を移し、コンラッドらと親交を結んだ。しかし、困窮や不摂生が...
  • ジョン・ウェイン
    ジョン・ウェイン(John Wain)(1925~1994) 略歴  ストーク・オン・トレント出身。オックスフォードで学んだ。その後レディング大学の講師となり、英文学を教えた。その傍ら創作活動を行った。その後も作家を続けながら、オックスフォード大学では詩学教授となった。新大学才人(the New University Wits)の一人。また新ピカレスク作家とも呼ばれる。 作品  『急いで降りろ』(Hurry on Down,1953)が処女作にして代表作。大学を出たものの最低の職業ばかり転々とし安定を拒む青年を描いた。因習的な社会を批判したピカレスク風の物語。  他には『親父を殴り殺せ』(Strike the Father Dead,1962)、『若者たち』(Young Shoulders,1982)などがある。
  • アイリス・マードック
    アイリス・マードック(Iris Murdoch)(1919~1997) 略歴  アイルランド、ダブリン出身の哲学者にして作家、詩人。幼くしてロンドンに渡る。オクスフォードのサマーヴィル・カレッジで学んだ。国連救済復興機関に酸化し、大戦後は各地の難民救済キャンプで働く。ベルギー滞在中にサルトルと出会い、実存主義に関心を持つ。帰国後オックスフォードにて哲学の特別研究員となる。小説を発表すると共に、哲学に関する著書も発表した。1987年に大英帝国勲章を授与される。晩年はアルツハイマー症に悩まされた。その経過は夫のジョン・ベイリーによる伝記に詳しく書かれ、また映画化されている。 作品  彼女の作品の特徴は哲学者でもあるだけに、プラトン、サルトル、それからフロイトの影響をよく受けている。時に読者を混乱させるような手法(概ね写実的に描いておきながら、象徴を用いてミスリーディングを誘ったり、登場...
  • アリス・ウォーカー
    アリス・ウォーカー(Alice Malsenior Walker)(1944年~ ) 略歴  ジョージア州イートントン出身のアフリカ系アメリカ人の女流作家(他にもスコットランド系、アイルランド系の血も入っている)。スペルマン大学、サラ・ローレンス大学を卒業。1967年にフェミニズム活動家と結婚するも後に離婚。娘のレベッカもまた作家となった。最初の詩集は在学中に書かれた。公民権運動で作家活動を一時中断していたこともあった。その後フェミニスト雑誌へ参加することで執筆を再開、その後『カラー・パープル』で大きな反響を呼び、ピューリッツァー賞を獲得した。その一方で、アフリカ系アメリカ人の文化や民間伝承に深い関心を示し、その発掘と再評価に努めている。またこれまで評価されてこなかったアフリカ系アメリカ人作家の再評価のきっかけともなった。 作品  『むかし』(Once,1967)は第一詩集。翌年処...
  • マシュー・アーノルド
    マシュー・アーノルド(Matthew Arnold)(1822~1888) 略歴  イギリスの詩人。父はスポーツのラグビ-の名前の由来とされるラグビー校の校長であった。1833年、ニューマン(John Henry Newman,1801-1890)がオックスフォード運動(the Oxford Movement)を起こした。これは著しく衰退し始めていたキリスト教信仰を盛り返させようというもので、次第にローマ・カトリックに傾斜していった。この新しい波に対し強硬な論陣を張ったのがアーノルドの父であった。父は剛直な人で何にも惑わされず迷わないことを信条としていたが、それに対して息子はまさに迷うために産まれてきたような人物だった。時は産業革命後の未曾有の繁栄期であり、その暗部としての貧富の差は拡大し、都市部での貧困は深刻であった。アーノルドの懐疑はいっそう深くなっていった。その苦悩を表す『エトナ山...
  • ウィリアム・サッカレー
    ウィリアム・サッカレー(William Makepeace Thackeray)(1811~1863) 略歴  インドのカルカッタ出身の作家。父は東インド会社に勤務していた。6歳で帰国し、イギリスで教育を受けた。ケンブリッジで学ぶも放蕩に明け暮れた上、父が投資していた銀行代理店が倒産、資産の大部分を失ってしまった。結婚を期に新聞社に入るも、長続きせずに退職し、雑誌「パンチ」などへの投稿で生活費を稼いだ。その後作品が認められ、ディケンズと並び称される作家となった。ディケンズが中・下流階級を代表していたのに対し、サッカレーは比較的上流に近い階級の腐敗や俗物性を暴き出した。 作品  『馬丁粋語録』(The Yellowplush Papers,1837-38)は馬丁のイエロープラッシュ(従僕の黄色いお仕着せの意)が転々と奉公先を変えつつ、行く先々で主人の家の内幕を面白おかしく語る、という...
  • H・G・ウェルズ
    H・G・ウェルズ(Herbert George Wells)(1866~1946) 略歴  フランスのジュール・ベルヌと共に、「SFの父」と呼ばれる作家。イギリスのケント州ブロムリーに生まれる。科学師範学校に奨学金で進み、トマス・ヘンリー・ハクスリー(孫のオルダス・ハクスリーは作家)に生物学を学ぶ。そこの学生誌に寄稿したものが後期の作品の原点となった。教職を経てジャーナリストになり、作家となる。後プラトンの『国家』を読んで社会主義に傾倒するとフェビアン協会に参加する。世界平和や人権問題、糖尿病患者協会の設立など社会問題に積極的に関わった。 作品  SFの元祖として現在でも広く読まれ、親しまれているが、その一方で文学として扱われることは少ない。しかしながらウェルズの作品は荒唐無稽な読物ではなく、現在の世界、及び未来世界への深い憂慮が込められている。  初期の作品はいわゆるSF小説で...
  • ジェイムズ・ボズウェル
    ジェイムズ・ボズウェル(James Boswell)(1740~1795) 略歴  スコットランド、エディンバラ出身。父は裁判官であり、自らも法曹界に進んだ。若い頃にジョンソン博士と出会い、彼に心酔するようになる。弁護士としてはさしたる実績はなく、またプライベートでは自堕落な生活を送ったという。ボズウェルの最大の功績は、何と言ってもジョンソン博士の人柄や言動を忠実に記録した伝記を書いたことにある。『ジョンソン伝』(The Life of Samuel Johnson,1791)は、今でもなお伝記文学の最高傑作の一つと評されている。
  • W・H・ハドソン
    W・H・ハドソン(William Henry Hudson)1841~1922 略歴  アルゼンチン出身の作家、博物学者、鳥類学者。両親はアメリカ人。少年時代は生まれ故郷のアルゼンチンで育ち、農場を転々としながら鳥の生態を研究した。後に博物学者を志して英国へ渡る。アルゼンチン中央部パンパスに棲息する生物の生態を実地に調査して発表し、博物学者として認められる。作家としても活躍し、多くの作家たちと交流を深める。1900年に英国に帰化する。鳥類の保護活動に尽力し、死後その功績を英国政府に認められ、ハイド・パークの一角が鳥類保護区息とされ、そこにハドソンの記念碑が建てられた。 作品  鳥類に関する本以外にも多数の小説や自然風物エッセイを発表している。その多くは自らの体験や人から聞いた話を基に書かれたようだ。処女小説である『パープル・ランド』(Purple Land,1880)は、形式として...
  • エドワード・エグルストン
    エドワード・エグルストン(Edward Eggleston)(1837年~1902年) 略歴  インディアナ州出身の作家、歴史家。フランスの哲学者テーヌ((Hippolyte Adolphe Taine,1828-1893))の芸術論の影響を受け、小説を社会研究の一部として、地方色を風俗画のように描くことを目指し、アメリカにおけるリアリズム小説の先駆者とされる。他に歴史書も書いた。 作品  インディアナの農村生活を写実的に描いた作品に、『インディアナの学校教師』(The Hoosier Schoolmaster,1871)、『ロキシー』(Roxy,1878)などがある。
  • ラドヤード・キプリング
    ラドヤード・キプリング(Joseph Rudyard Kipling)(1865~1936) 略歴  英国のヴィクトリア朝の作家、詩人。インドで生まれ、英国で教育を受けたが、17歳の時に再びインドに戻る。ジャーナリストとして働きながら、現地の題材で詩や小説を書いた。ここが境遇こそ似ているもののサッカレ-とは大きく異なっている点である。キプリングが晩年の頃には、すでにヒトラーが台頭していたが、彼自身はあくまでも旧時代の人間であった。キプリングは大英帝国の栄光を信じていたが、その彼が描いたのは支配階級の人々ではなく、あくまでも末端で英国を支えているイギリス人たち(兵士など)や、現地の労働者であった。キプリングは大英帝国を賛美したが、それは異例とも言える低い視点からのものであった。そしてその賛歌は同時に挽歌でもあった。当時、キプリングの作品が評価された背景にはハーディの強烈なペシミズムに対する...
  • ジョージ・オーウェル
    ジョージ・オーウェル(George Orwell)(1903~1950) 略歴  インドのベンガル出身。本名はエリック・ア-サー・ブレア(Eric Arthur Blair)。父はベンガルで阿片の栽培と販売に携わっていたが、母や子らはイギリスに帰国し母子家庭だった。幼い頃から学業に秀でていたようで、奨学金でウェリントン・カレッジで学び、後イートン・カレッジに転向した。1922年にマンダレーでインド警察の訓練所に入り、各地で5年間勤務したが、次第に嫌気が差し1927年に帰国、辞表を出した。この当時の経験は後の作品にも生かされている。その後ルポライターを目指し、パリやロンドンを放浪し著作を発表した。スペイン内戦が起こると、義勇兵として参加しファシズム軍と戦った。前線で喉に貫通銃創を受け辛うじて命を取り留めた。戦況の変化により治癒後にフランスに脱出した。その後はエッセイや評論によって名声を得た...
  • E・M・フォースター
    E・M・フォースター(Edward Morgan Forster)(1979~1970) 略歴  ロンドンの建築家の家に生を受ける。何かの手違いで本当はヘンリーと名付けられるはずだったのに、エドワードとなってしまった。ケンブリッジ大学のキングス・カレッジで学ぶ。在学中にケンブリッジ使徒会に参加したが、そのメンバーは後にブルームズベリー・グループの中心メンバーとなった。フォースターもまたそうである。大学卒業後はイタリア、ギリシアを歴訪し、その経験を基に執筆した。1914年頃にはエジプト、ドイツ、インド、その後は中東へも足を伸ばした。晩年まで文壇に大きな影響力を持ち、91歳の天寿を全うした。 作品  フォースターの作品の特徴は、異文化や身分の違う人々が出会うことによって起こる出来事を描いている。そのため舞台が違っても、そこで描かれるのは異質なものにに出会った時の、英国人の心理である。人...
  • ジョン・W・ド・フォレスト
    ジョン・W・ド・フォレスト(John William De Forest)(1826~1906) 略歴  コネティカット州シーモアに生まれる。ラテン語、イタリア語、フランス語、スペイン語などを習得し、若いうちから欧州各地を旅行した。その頃にはすでに雑誌に短編小説を寄稿していた。初期はインディアンの歴史に関心を示していたが、南北戦争が起こると彼も参戦した。戦後、その体験を基に、それまでの理想主義ではなく流血の現実を生々しく描いた『ラヴァネルさんの転向』(Miss Ravanel s Conversion,1867)を発表し、アメリカにおけるリアリズム文学の先駆者となる。
  • 作品索引/カ行
    作品索引/カ行 『カーディフさして東へ』(Bound East for Cardiff)米 『ガートルードとクローディアス』(Gertrude and Claudius)米 『カーニバルを止めるな』(Don t Stop the Carnival)米 『ガープの世界』(The World According to Garp)米 『カーミラ』(Carmilla)英 『回想のシャーロック・ホームズ』(The Memories of Sherlock Holmes)英 『回想録』(Memoirs)米 『海賊』(The Pirate)英 『海賊』(Corsair)英 『開拓者』(The Pioneers)米 『解放された世界』(The World Set Free)英 『怪物、その他』(The Monster and the Other Stories) 『ガイ・マナリング』(Guy Manner...
  • トーマス・キッド
    トーマス・キッド(Thomas Kid)(1558~1594) 略歴  英国の演劇の黎明期を支えた人物。彼によって演劇が大衆の娯楽として定着した、と言っても過言ではない。彼の書いた流血と陰謀と復讐の物語である『スペインの悲劇』(The Spanish Tragedy,1589)は、スペインの無敵艦隊を撃破した翌年だったこともあり、巧みな筋書き、個性的な登場人物、血が血を呼ぶ衝撃的な展開の連続が大いに観客を熱狂させた。本格的にブランク・ヴァースを使いこなしたことも大きく、マーロゥやシェイクスピアに大きな影響を与え、直接の種本ではないものの『ハムレット』と少なからず類似性が認められる。
  • ヘンリー・ウォズワス・ロングフェロウ
    ヘンリー・ウォズワス・ロングフェロウ(Henry Wadsworth Longfellow)(1807~1882) 略歴  アメリカの最初の国民詩人と呼ばれるロングフェロウは、メイン州ポートランドに生まれる。ボードン大学で学び、同級生にはホーソーンがいた。生来語学の才に秀でており、同大学の教授職についてからも、欧州へ研究のために旅行し、研鑽に励んだ。後1836年に招かれて、ハーヴァード大学の教授となる。それからはケンブリッジに住んだ。それまでも詩作は行っていたが、1854年に教授職を退職し、著述に専念する。彼は詩作で生計を立てられた、アメリカの最初の詩人でもあった。1861年、二番目の妻が不慮の事故で亡くなると、強い衝撃を受け、生涯その思いを引きずることとなった。1882年、腹膜炎で没する。 作品  ロングフェロウは古典に造詣が深く、また語学も堪能であったため、様々な詩形・韻律を自...
  • 年表(19世紀)
    文学史年表(19世紀) 西暦 英文学 米文学 1804 ウィリアム・ブレイク『ミルトン』(Milton)『エルサレム』(Jerusalem) 1802 ウォルター・スコット(Sir Walter Scott,1771-1832)『スコットランド辺境歌謡集』(The Minstrelsy of the Scottish Border) 1805 ウォルター・スコット『最後の吟遊詩人の歌』(The Lay of the Last Minstrel) 1807 ジョージ・バイロン(George Gordon Byron,1788-1824)『無為の時』(Hours of Idleness) ジョウエル・バーロウ『コロンビアド』(The Columbiad) 1808 ウォルター・スコット『マーミオン』(Marmion) 1809 ワシントン・アーヴィング(Washington Ir...
  • クリストファー・マーロゥ
    クリストファー・マーロゥ(Christopher Marlowe)(1564~1593) 略歴  大学才人の中で唯一本当の才能に恵まれていた人物。劇作家、詩人、翻訳家として活躍し、29年という駆け抜けるように生きたその短い生涯の中で、後世の作家に多大な影響を与えた優れた作品を世に送り出した。秘密結社に入った、あるいはスパイとして活動していた、はたまた二重スパイであったなど、怪しい噂に事欠かない人物で、その最期も酒の席での喧嘩で、眉間にナイフを突き刺される、という壮絶なものだった。その動機も、諜報機関による暗殺説、無神論者グループ内での内紛など、様々な説がある。 作品  処女作は『タンバレイン大王』(Tamburlaine the Great,1587)。ティムールの生涯を基にした、一介の羊飼いから大王へと上り詰めた男の壮大な物語で、当時スペインに追いつき追い越そうとしていた時代風...
  • 作品索引/ラ行
    作品索引/ラ行 『ラヴァネルさんの転向』(Miss Ravanel s Conversion)米 『ラヴ・メディシン』(Love Medicine)米 『ラザロ笑えり』(Lazarus Laughed)米 『ラセラス』(The History of Rasselas, Prince of Abyssinia)英 『ラッパ長』(The Trumpet-Major)英 『ラ・プラタの博物学者』(The Naturalist in La Plata)英 『ラマムアの花嫁』(The Bride of Lammermoor)英 『リア王』(King Lear)英 『利己主義者』(The Egoist)英 『リシダス』(Lycidas)英 『リチャード2世』(Richard II)英 『リチャード3世』(Richard III)英 『リチャード・フェヴレルの試練』(The Ordeal of Rich...
  • ハーマン・ウォーク
    ハーマン・ウォーク(Herman Wouk)(1915年~ ) 略歴  ニューヨーク出身のユダヤ系作家で、両親はロシアから移住したユダヤ人。幼少期はブロンクスで過ごした。コロンビア大学で比較文学と哲学を学んだ。卒業後ラジオ脚本家となり、戦時中は羅時を広告で戦債を販売し、政府に貢献した。真珠湾攻撃が起きると、自ら志願して米海軍に入隊、太平洋戦争に従軍し、掃海艇に通信士官として搭乗した。その任務の合間に小説を書いていた。戦後結婚し、全てを執筆に捧げ、1952年にはピューリッツァー賞を受賞した。彼は執筆の際正確を期すために若手の歴史研究家を雇って参考にしていたために、歴史的な記述はかなりの部分で正確であるという。 作品  『オーロラの夜明け』(Aurora Dawn,1947)は広告業界を風刺した作品。『町の子』(The City Boy,1948)はニューヨークを舞台に子供の姿を共感を...
  • フィリップ・フレノー
    フィリップ・フレノー(Philip Freneau)(1754~1832) 略歴  ニューヨーク市のフランス系の商人の家に生まれる。ニュージャージー・カレッジ(後のブリンストン大学)で神学を修める。しかし、牧師にはならなかった。やんちゃで冒険好きな性格だったらしく、特に海を好んでいたために、若い頃には2年の間西インド諸島のサンタ・クルス島に滞在したこともある。その時には何度か英国海軍に拿捕されたらしい。貿易船の船長なども経験したが、それにも飽きると田舎に赴き農場の仕事をしたりもした。アメリカ独立前後の時期には、政治ジャーナリストとしてその文筆を揮い、独立と建国を後押しした。詩人としては、アメリカロマン主義の先駆けになった詩人と位置づけられている。 作品  主題を政治問題にとった論争詩や風刺詩も多いが、現在では想像力や自然を賛美した詩の方が、ロマン主義の到来を予感させる作風で、評価さ...
  • ワシントン・アーヴィング
    ワシントン・アーヴィング(Wahington Irving)(1783年~1859年) 略歴  ニューヨークに生まれた。11人兄弟の末っ子で父は富裕な商人だった。早い段階で学校教育を捨て、法律事務所に入った。しかし健康を害し、1804年から病気療養をかねて欧州諸国を歴訪、1806年に帰国し弁護士となるが、その後作家となる。その間には婚約者の死も経験し、生涯独身を通した。その後はしばらく創作をから手を退いていたが、事業の失敗から生活のために再び筆を取った。1842年にはスペイン公使にもなっている。 作品  初期の作品にはスウィフト流にジェファソンの民主党政府を風刺した『ニューヨーク史』(A History of New York,1809)がある。これはニッカポッカー氏(オランダからの移民の典型)なる架空の人物が語るもので、アメリカ人による初めての風刺文学とされる。  彼の代表作と...
  • コットン・マザー
    コットン・マザー(Cotton Mather)(1663~1728) 略歴  コントン・マザーは、祖父が『賛美歌集』(Bay Psalm Book)をヘブライ語から翻訳したリチャード、父インクリースはハーヴァード大学長という、植民地の神政政治の中心となった名家に生まれた。12歳にしてラテン語を習得し、さらにはギリシア語、ヘブライ語も学んだ。15歳でハーヴァード大学を卒業、18歳の時にはすでに説教壇に立っていたという秀才であった。1685年以降はボストン第二教会の牧師となる。説教の中で社会秩序の基礎として家族の重要性を説いたが、そこには自らの家系がその中にあっても特別なものであるという自負も窺われる。彼が活躍した時代には、すでに神政政治には衰退が見られたが、彼は強い信念と誇りをもってこれを維持すべく努めた。 作品  コットン・マザーはその生涯で説教はもちろんのこと、歴史、伝記、エッセ...
  • 年表(1950~2000)
    西暦 英文学 米文学 1950 アンジア・イージアスカ『白馬の赤いリボン 私の話』(Red Ribbon on White Horse My Story) ウィリアム・インジ(William Motter Inge,1913-1973)『帰れ、いとしのシーバ』(Come Back, Little Sheba) テネシー・ウィリアムズ『ストーン夫人のローマの夏』(The Roman Summer of Mrs. Stone)『バラの刺青』(The Rose Tattoo) ハーマン・ウォーク『ケイン号の叛乱』(The Caine Multiny) ロバート・ペン・ウォレン『この世も時も』(World Enough and Time) クリフォード・オデッツ『カントリー・ガール』(The Country Girlfa) トルーマン・カポーティ『草の竪琴』(The G...
  • W・H・オーデン
    W・H・オーデン(Wystan Hugh Auden)(1907~1973) 略歴  イギリスのヨークの医者の家に生まれる。奨学金でオックスフォードに進むが、当初の生物学から英語専攻に変更した。1928年にはヴァイマル時代のドイツに滞在し、政情不安を肌で感じ取る。また日中戦争が起こると中国にも訪問している。その後マルクス主義からキリスト教に回帰する。1939年にはアメリカに移住し、7年後に国籍を取得し、またアメリカに亡命していたトーマス・マンの娘と結婚する。自らを「西の国の小粒なゲーテ」と称した。1956年にはオックスフォードの教授に迎えられ、5年間この職につき、1972年に再び大学に戻るも、その翌年オーストリアのウィーンで死去。 作品  詩人として著名で20世紀最大の詩人の一人とされるが、他にも詩劇、大衆歌謡、ジャズ、オペラ台本、文芸批評など幅広い分野で一定以上の高い水準のものを...
  • 人名索引/カ行
    人名索引/カ行 カーヴァー(Raymond Clevie Carver Jr.)米 ガードナー(John Champlin Gardner Jr.)米 カーハン(Abraham Cahan)米 ガーネット(David Garnett)英 カーライル(Thomas Carlyle)英 ガーランド{(Hamlin Garland)米 カウフマン(George S Kaufman)米 カウリー(Malcolm Cowley)米 カポーティ(Truman Garcia Capote)米 カミングズ(Edward Estlin Cummings)米 キーツ(John Keats)英 キッド(Thomas Kid)英 キプリング(Joseph Rudyard Kipling)英 キャザー(Willa Cather)米 ギャス(William Gass)米 ギャスケル(Elizabeth Cleghor...
  • メアリ・シェリー
    メアリ・シェリー(Mary Shelley)(1797~1851) 略歴  父は無神論者でアナーキストのウィリアム・ゴドウィン、母は女権論者のメアリ・ウルストンクラフトという、特異な家庭に生まれた。詩人のシェリーと出会い、彼にはまだ妻がいたにもかかわらず駆け落ちした。その生涯は、子に先立たれたり、また夫のシェリーを不慮の事故で亡くすなど、必ずしも幸福ではなかったかもしれない。 作品  スイスのジュネーヴ近郊の湖畔でバイロン、ポリドリと落ち合ったが、天候不順でどこにも行けず、気晴らしに一人一作ずつ怪奇小説を書くことになった。これが後にディオダディ館の怪奇談義などと呼ばれるものである。バイロンはごく短い話を書き、後に詩集に収録した。後にそれをポリドリが小説に発展させ、バイロン名義で発表した。夫の(正確にはまだ妻がいたので結婚したのはこの後だが)シェリーはそうそうに投げ出してしまったが、...
  • トバイアス・スモレット
    トバイアス・スモレット(Tobias George Smollet)(1721~1771) 略歴  スコットランドの判事の家に生まれる。グラスゴー大学で医学を学ぶが、文学的野心からロンドンに出るも、なかなか文壇に入り込めなかった。軍船に従軍医として乗り込み、西インド諸島でスペイン軍と戦ったり、ジャマイカでは現地の女性を妻に娶ったりと、波乱に満ちた生涯を送った。けして主流とはなり得なかったものの、この頃には彼の書くような、面白い読み物を求める需要が増えつつあり、後にディケンズやサッカレーなどにも影響を与えた。また作家としてだけでなく、編集者・批評家としても活躍し、コロンブス、バスコ・ダ・ガマ、ドレークなどの探検記や旅行記をまとめた『世界の旅行記』(A Compendium of Authentic and Entertaining Voyages)が知られている。 作品  その小説...
  • ゴア・ヴィダール
    ゴア・ヴィダール(Gore Vidal)(1925年~ ) 略歴  ニューヨーク州ウェストポイント出身の小説家、劇作家。父は軍の教官で自身もアメリカ陸軍の予備役となった。21歳の時、軍務経験を活かして処女作を発表し好評を博したが、次作で同性愛を肯定的に扱ったために世間に論争を巻き起こしてしまった。その際に欧州の作家たちに弁護されたためか、彼の作品は英国で認められていった。しかし同性愛事件での悪評のため、常に彼の作品の売れ行きは芳しくなく、財政的には厳しい状態が続いた。それ故に、演劇や映画、テレビドラマの脚本を書いて糊口を凌いだ。また別名で探偵小説も執筆した。その一方で無政府主義的な政治活動でも知られている。 作品  『あらし』(Williwaw,1946)はアリューシャン列島で暴風雨を乗り切った輸送船団の船員の空虚感を描いた。『都市と柱』(The City and the Pill...
  • 人名索引/ア行
    人名索引/ア行 アーヴィング(Washington Irving)米 アーヴィング(John Irving)米 アードリック(Louise Erdrich)米 アーノルド(Matthew Arnold)英 アシュベリー(John Ashbery)米 アダムズ(Henry Brooks Adams)米 アップダイク(John Hoyer Updike)米 アンダソン(Sherwood Anderson)米 アンダソン(Maxwell Anderson)米 アンダソン(Robert Woodruff Anderson)米 Æ(Æ)英 イージアスカ6italic(){(Anzia Yezierska)}米 イェイツ(William Butler Yeats)英 インジ(William Motter Inge)米 ヴィダール(Gore Vidal)米 ウィチャリー(William Wycherle...
  • シャーロット・ブロンテ
    シャーロット・ブロンテ(Charlotte Brontë)(1816~1855) 略歴  ヨークシャー、ソーントン出身のブロンテ3姉妹の長姉(誤解されることもあるが、彼女自身は三女にあたる)。幼い頃にハワースに転居したが、その翌年には母が病死した。学校に入学するもそこの環境が著しく劣悪であったために、姉二人を肺炎で亡くした。その後牧師館に戻ると文学に熱中し、詩や戯曲を書くようになった。この当時のある程度の身分があり、それでいて独身である女性がなるものといえば、家庭教師であった。シャーロットも私塾で学んだ後に家庭教師になった。私塾の計画が頓挫してから、三姉妹は匿名で詩集を出版するも不評だった。しかしシャーロットは小説を書き始めた。それが世に知られるようになったのも束の間、弟ブランウェルがその翌年に没し、さらにエミリーもあの世へと旅立ち、その翌年にはアンまでもが後を追うようにこの世を去った。...
  • ジャック・ゲルバー
    ジャック・ゲルバー(Jack Gelber)(1932年~ ) 略歴  シカゴ出身の劇作家、演出家。大学卒業後にニューヨークに出た。ジャズや麻薬を扱った斬新な作品でデビューし、一躍注目を集めた。しかし続く作品では第一作ほどのインパクトは残せず、1960年代にはむしろ演出家として活躍するようになった。 作品  『コネクション』(Connection,1959)は処女作にして代表作。ジャズや麻薬を前面に出した斬新なもので、当時オフ・ブロードウェイの代表的劇団であったリビング・シアターの革新的な演出によって話題となった。無論、作品自体も新しい時代の到来を感じさせるものとなっている。  他には『アップル』(The Apple,1961)や『眠り』(Sleep,1972)などがある。
  • ジョージ・ワシントン・ケイブル
    ジョージ・ワシントン・ケイブル(George Washington Cable)(1844年~1925年) 略歴  ルイジアナ州ニューオーリンズ出身。南北戦争には南部同盟軍に参加し、戦後ジャーナリストとなった。エッセイや小説によってニューオーリンズとクレオールの社会の歴史を描いた。その中で南部諸州の影の部分を暴き、人種差別反対運動に賛同したため、南部の白人からは強い反感を買うこととなった。トウェインと親しく、共に講演旅行に赴くこともあった。 作品  『沈黙する南部』(The Silent South,1885)は公民権運動に関わるエッセイ。  小説としては『在りし日のクレオール』(Old Creole Days,1879)『グランディシム一族』(The Grandissimes,1880)など、ルイジアナが植民地だった時代の歴史とそこに生きた人々を描いたものがある。
  • チャールズ・ラム
    チャールズ・ラム(Charles Lamb)(1775~1834) 略歴  ロンドン出身。ロンドンの東インド会社に勤務した。姉メアリが精神を病んでからは、その保護者となった。生涯独身で過ごしたが、それは祖父から精神病の遺伝を受けているのではないか、という恐れからだったという。実際に姉は時折精神に異常をきたしていたとうから、彼の感じやすい心が受けた影響は大きかっただろう。姉との共著である『シェイクスピア物語』(Tales from Shakespeare,1807)が有名。そんな彼が書き綴ったのが『エリア随筆集』(Essyas of Elia,1823)と『続エリア随筆集』(Last Essyas of Elia,1833)である。これはロンドン・マガジンに「エリア」という筆名で投稿したエッセイをまとめたものである。その透徹した文章は、エッセイ文学の傑作として知られている。
  • ユージーン・オニール
    ユージーン・オニール(Eugene Gladstone O Neill)(1888年~1953年) 略歴  ニューヨーク出身の劇作家。アイルランド系。父は旅回りの俳優で、彼は幼い頃から寄宿学校に入った。プリントン大学に進んだもののたった一年で放校処分となり、その後も酒浸りの生活を送り、船乗りとして航海に出たり、金鉱堀りに加わったこともあった。その頃には自殺未遂もあったという。しかし1912年に結核を発症し療養生活に入ったのをきっかけに過去を清算し、劇作家となる決意を固めた。完治後、ハーヴァード大学のベーカー教授の教室で劇作を学び、1916年にプロヴィンスタウン劇団に参加しデビューした。その後は次々と問題作や実験的作品を発表し、一躍1920~30年代の演劇界を牽引した。しかし『終わりなき日々』(1934)の失敗を境に1946年まで沈黙を続けた。1953年ボストンのホテルの一室で息を引き取っ...
  • シャーウッド・アンダソン
    シャーウッド・アンダソン(Sherwood Anderson)(1876~1941) 略歴  オハイオ州の片田舎に生まれる。父は馬具職人であったが、生来のほら吹きで放浪癖があり、家計は勤勉な母が支えていた。彼もまた幼い頃から様々な仕事に出て家計の足しにしていたために、正規の教育を受けることができなかったが、実地の体験と耳から知識を吸収していった。母が死ぬと一家は離散し、彼は21歳でシカゴに出る。そこで職を転々とした後に米西戦争で兵役に就き、再びシカゴに戻ると広告会社に勤務した。その後故郷に帰り、ペンキ会社の経営者となり、結婚もして平穏な生活を送っていたが、1913年に突如妻子を残したまま出奔、単身シカゴに現れた。後に自伝の中で「真実を見出すためだった」と書いているが、実際はある種の神経衰弱による失踪だったのではないか、と言われている。シカゴで再び広告の仕事をしながら、作家への道を歩むこと...
  • ジョン・ガードナー
    ジョン・ガードナー(John Champlin Gardner Jr.)(1933年~1982年) 略歴  ニューヨーク州バタビア出身。アイオワ大学大学院で古代・中世英文学を学び、その後各地の大学の教壇に立った。その傍ら創作活動を行い、神話や伝説をもとにした作品も多い。批評家としても活躍したが、バイク事故により49歳でこの世を去った。 作品  代表作は『陽光との対話』(The Sunlight Dialogues,1972)で、1960年代のアメリカの社会や、人々の精神の混乱を体現する“陽光の男”と法と秩序の守護者である地方警察署長との、精神的会合を描いた。  他に『ベオウルフ』(Beowulf)をもとに怪物の視点から描いた『グレンデル』(Grendel,1971)や、『ニッケル・マウンテン』(Nickel Mountain,1973)、『キングス・インディアン』(The Kin...
  • 作品索引/ア行
    作品索引/ア行 『ああ、荒野』(Ah, Wilderness)米 『アーサー・マーヴィン』(Arthur Mervyn)米 『アーロンの杖』(Aaron s Rod)英 『アーロン・バアの英雄的生涯』(Burr)米 『アイヴァンホー』(Ivanhoe)英 『愛こそすべて』(All for Love)英 『愛されし者』(The Loved One)英 『愛について語るときに我々の語ること』(What We Talk About When We Talk About Love)米 『愛には愛を』(Love for Love)英 『愛の芸術』(The Art of Love)米 『愛の車輪』(The Wheel of Love)米 『愛のために 1950-1960』(For Love Poems 1950-1960)米 『アイリーン』(Irene)英 『アイルランド・スケッチブック』(The I...
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