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「13人の超新星(4)」(2010/02/02 (火) 08:58:26) の最新版変更点
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*13人の超新星(4) ◆WslPJpzlnU
キングがミラーモンスターの奇襲を回避出来た理由は幾つかあるが、その中でも得に重要だったのが、戦うために生まれてきた怪物としての、驚異的なまでの精度を持つ勘によるものだった。
(何か、来る……!?)
耳鳴りが聞こえたことも、橋の下を流れる川面が不自然に揺らいだことも二の次だ。生理的な危機感だけでけで動くに足る。
左脚を回してカブトエクステンダーの右手に降りる動き、だが足裏は橋を踏むことはなく、車体の横腹を蹴倒してキングの身体を宙へ押し上げた。背後に重量のある機械が倒れる音、しかしそれを気にする間はない。跳躍から降り立った欄干、そこから見下ろせる水面に異形の顔を見たからだ。
「うぉうっ!!?」
欄干を蹴ってキングは再び跳躍、ゼロの黒装束をはためかせて川の上空へと自身を打ち出す。
直後、橋はミラーモンスターの顎によって粉砕された。
『SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーー!!!』
現れたのは巨大な蛇だった。エラの張った頭部はコブラを思わせ、紫色の長胴は弧を描いて橋を穿った。
上下二対の鋭い牙が橋を貫き、倒れ伏したカブトエクステンダーは牙に続く口蓋の圧迫に圧迫されて粉砕、おそらくは巨大コブラに嚥下されてしまっただろう。
自らの眷属を模した乗物を失ったことに欠片も同情を抱かないキングは、その巨大な蛇を見ていた。
『CROSS-NANOHA』、とある次元世界に存在する様々な物語を記すインターネットサイトを見たキングには、その大蛇がなんという名前であり、いかなる存在なのかが解る。
名はベノスネーカー。その存在は、浅倉威が使うカードデッキの奴隷だ。
「は」
その時、我知らずと喉が震えていた。
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
キングの胸中を満たしていたのは歓喜だった。
竜巻のように激しく渦巻く感情を体内に収めておくことが出来ず、気がついた時には哄笑として口から漏れ出していた。ゼロマスクのせいで籠った声は耳を叩くが、それさえも気にならない。
何故なら、ベノスネーカーの奇襲が面白くてたまらないからだ。
「さすが! さすがだよ浅倉威!!」
ベノスネーカーの主は道具、その使い手に制限はないため、必ずしもこの奇襲が浅倉の命令だとは限らない。だがそれでも、キングは浅倉が命令したのだろう、と考えている。
こんなことを思いつくのは、カードデッキの本来の使い方を理解していて、なおかつ死に意を介さぬ狂人でなければ出し得ない。
かつて出会った浅倉威からは、それらの条件を満たす人格がありありと見とれた。
だから、キングは心の底から浅倉威を賞賛する。
「僕が何かする前から! お前はこの戦いを引っ掻き回してくれるんだね!! 良いね、良いね、良いよ! 乗ってやろうじゃないか!!」
そうして、落下を始めていたキングは腕を伸ばしてあるものを掴んだ。
ベノスネーカーが首から生やす長胴の末だ。
掴んだ途端に全身を襲う牽引力に肩が痛んだ。しかしそれさえも楽しみの一環としてキングは受け入れる。万感の娯楽を前にしては、多少の障害では単なるゲームクリアを阻む敵キャラクターに過ぎない。美味を引き立てるためには、それを引き立てるものとして対極の味が求められるのだ。
ベノスネーカーの頭部は、すでに鏡面化した川面へと潜っている。
あ、という間にもゼロマスクの目前に川面が迫り、その下にキングは狂気の笑みを刻んだ。
「さぁ、祭りの場所はどこだい!?」
【全体の備考】
※D-5の橋が破壊されました。瓦礫にはカブトエクステンダー@魔法少女リリカルなのは マスカレードの残骸も混じっています。
※瓦礫伝いに川を横断することは可能です。ただし対岸に登るには相応の身体能力か工夫が必要です。
相川始が目を覚ました時、視界一杯を埋めるのは灰色の連山だ。
中央に敷かれた色黒の一直線を挟む左右の建造物は、多少の個体差はあるものの、一様に薄い灰色で統一されている。壁面には透明な窓硝子が埋め込まれ、多くは地続きの基部に大きめの硝子を備え付けている。ものによっては植え込みやそこから生える植物、2~3段程度の小さな階段を備えるものもあった。
連山と色黒の一直線の間には煉瓦が敷き詰められた歩道があり、その緩衝地帯と一直線の間には白く塗られたガードレールが立っている。始の立つ一直線の側に裏側を見せるそれは、こちらからの襲撃を歩道側に出さないために設けられているのが解った。
「どういう事だ」
詳細にこそ覚えていないものの、始にはこのビル街が記憶にある。
先刻に浅倉威との戦いで焦土に帰した、瓦礫の砂漠の本来の姿だったのだ。見る影もなく瓦解したそれらは、しかし隆盛を誇るようにして天へと自らの屋上を伸ばし、競い合っているようですらある。そう考えると、ここは連山というよりも竹林のようにも思う。
自分と浅倉の戦いが無に帰したように、もしくは時間が巻き戻ったかのような情景だ。
「…………」
だがそれよりも、始の目を引くものがある。
壁面の窓硝子や外壁そのものに取り付けられた看板、そこに記された文字だ。
「何だ……?」
おそらくは1棟全て、あるいは1つの階層に間借りする企業や組織の名を記されているのであろうが、どういうことだろう、どれもこれも一様に同じ誤記がされていた。
鏡移しに、全くの真逆に定着している。
一語に思い起こされる記憶がある。自分を襲った化物の事だ。
金色の一本角をたたえ、灰色の鎧に身を包んだミラーモンスター、そちらは思い出すまでもなく、浅倉が従えていた化物だ。自分との戦いの後に浅倉が奪われた可能性もあるが、あれの人柄を思えば、むしろそれを危機ならざる喜々として、返り討ちにしてしまう情景しか思い浮かばない。
犀のようにも見えた化物は窓硝子から出現した。夕陽によって周囲の情景をうっすらと反射していた窓硝子は、さながら鏡だ、と表現することが出来るだろう。
(キーワードは鏡か)
よもやここは怪物達の潜む鏡の向こうの世界なのだろうか、と冗談混じりに思い、
「…………」
笑い飛ばすことが出来なかった。
鏡から出入りする化物がいるのだ。別に鏡の中に世界があるとまで言う気は無いが、鏡を出入り口にして行き来できる異次元ぐらいはあっても可笑しくはない。
それを思える程度に、自分は常軌を逸した化物だった。
(だが、何のために)
化物を支配する自分とは違う意味での化物、浅倉威は、こういうまどろっこしいことをする人間ではない。殺すのに失敗した、と考えるのも矛盾だ。そもそも怪物に殺させるという間接的な手段自体、浅倉は好まないだろう。
「何のつもりだ、浅倉威……!」
ひょっとしたら復讐、再戦が望みなのだろうか。だとすれば奴もこの鏡移しな世界にいる筈だ。
プレシアのように殺し合いを高みから見下ろすような奴でもあるまい、と思い、始は移動しようと自らに命じた。路上の真ん中に座り込んでいた足に働きかけ、手をついて身を起こし、
「……?」
その時、始は足音を聞いた。
見上げた視線の先、まっすぐに続く道路の先から人影が現れ、次第に大きくなってくる。その速度と足並み、小刻みな上下運動は、人影の人物が走っているのだと理解出来た。
それは一人の少年だ。
つり目に逆立った髪は好戦的な印象を受けるが、今の彼の様相は、何かから逃げ続ける逃亡者の姿だった。顔一杯に恐怖を貼付け、汗を降り散らし、視線は一定しない。荒い息遣いすら聴こえてきそうだ。
と、そこに至って少年の方も始に気がついたらしい。
嵐の中に太陽を見たような顔をして、助けを求めるように手を伸ばす。実際彼は助けを求めていた。
「あ、あんた! 助け……」
喉を痛めたような声は、しかし言葉を言い切ることも出来ずに途絶えることとなる。
少年の背後に長大な影を見た時、始はそれを確信した。
「ーー避けろ!」
始の呼びかけを、しかし少年はこなすことが出来なかった。急な命令に心身が反応出来なかったのだ。それは、夕陽を背後にして影に染まる長大な化物、ベノスネーカーの攻撃を受けることとなる。
とは言っても、ベノスネーカーが放ったのは体当たりでも牙でもない。
喉の奥から放つ白濁した液体の放出だ。清潔感の欠片もない攻撃は一直線に少年の背後に迫り、
「ひ……ッ!」
うっかり振り返ってしまった少年は、顔面にいたるまでその液体を浴びる結果となった。
「ぁ、ぶっ!?」
水圧に跳ばされ、全身が液体に包まれた少年の身体が路上に転がる。
体躯にまとわりついた液体は粘質でゼリーのようだ。もはや少年のシルエットは見えず、彼の姿は路上に打ち捨てられたクラゲといった風だ。
そこで、少年は立ち上がろうとした。震える腕を路上についてよろめきながら、
「……ぇ?」
不意に疑問の声を漏らして、とまった。その理由も始は理解している。
怪物が人間に向けて放ったもので、人間が得をすることなど、全くと言っていいほどありはしない。その証明は、少年が転がったことで路上に付着した粘液が煙を上げていることに他ならない。
直後、
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーー!!」
粘液に小さな一点が穿たれた。
少年が全力の悲鳴をあげるために開いた口腔だ。
だがそれは流れ落ちる粘液によって塞がれ、恒常的に放たれる叫びによって泡立ち弾けて、しかし次々と垂れてくる粘液によってまた塞がれ、の繰り返しを起こす。
(……ゼリーのようだった粘液が、今になって垂れてくるのか?)
始の疑問はすぐに解消する。
口腔へと注ぐ粘液が本来合った場所、少年の頭部が爛れているのだ。否、頭だけではない、肩と言わず背中と言わず、全身の至るところがぐずぐずと崩れ、衣服と混ざって路上に水溜りをつくる。
それが次第に赤味を増すのは、恐らく少年の体液が混ざっているからだ。
「痛ェッ!! 何ダこれッ!! 苦ぢぃ、苦ぢいっ!! 熱ぃ~~~~~~~ッ!!!」
もはや姿勢を維持することもままならず、少年は路上を転げ回った。それで少しは粘液を剥がそうとしているのかもしれないが、もう間に合わない。むしろ全身に粘液を塗ったくってしまうだけだ。
「どっ、ドクっ、毒か!!! 畜生ぉおおおおおおぉぉぉぉォォーーーーーー!!!」
毒、毒には違いないが、より正確に言えば酸の類なのだろう。
それも、人体を崩すほどに凶悪な濃度を誇る、強酸の。
「おっ! おおぉっ! おおぉぉぉ……ッ! おぉっ、おっ、おお……っ」
やがて少年の身体からほとんどの粘液が崩れ落ちた時、そこにあったのは、人間かどうかも疑わしいものだった。
形状の上では、学問の上では人と分類出来ただろう。
だがそれは、学校の保健室に置かれている人体模型の実物が目の前に合ったなら、ピラミッドの最奥に眠るミイラを分析したら人体だったと、そう言う類の判別でしかないのだ。
「……ゅーー……ゅーー……ゅーー……」
赤い淀みに濁る粘液の真ん中で、小刻みに痙攣する肉塊があった。
シルエットとしては赤色の珊瑚に似る。皮膚はなく、露出した真っ赤な肉はぼろぼろに毛羽立って、さながらミンチを塗ったくったようだ。特に深く崩れた場所からは骨が覗き、リンパ液や脂質が零れ落ちている様子は、油の張った海に漂う蛆虫の屍骸を思わせる。
唇や陰嚢は破れ、内部に秘めた体液を垂れ流しにしている。単なる穴となった口腔を縁取る歯は軒並み零れ落ち、そこら中に落ちている。だがそれにも増して多いのは頭髪だ。豊かな髪を持っていただけに抜け落ちる髪の量も一入だったのだ。粘液の溜りに頭髪が揺らぎ、微細な穴が残った頭皮は崩れて頭蓋を晒す。
眼球など残っているはずがない。口腔とで三角形の頂点を描く、単なる陥没に成り下がっていた。
夕空に晒す腹は貫通していた。肋骨を浮き彫りにする胸の下、胃袋の内側は暴露され、半ば消化されて崩れた飲食物を見せつける。生涯で始めて晒した腹腔は、類稀な悪臭を秘めていた。もっとも、今の彼自体悪臭の塊だったが。
頭、と思しき部位が始の側に向いているので解り辛かったが、どうやら苦悶の中にあってはあらゆる我慢がならなかったらしい。肉体の向こう側に溜まる粘液は気味が強く、黒ずんだ固形物が少しずつ溶けていく。全身が爛れる痛みに排泄を堪える余裕はない。失禁と脱糞をしたのだ。
「……ゅーー……ゅーー……ゅーー……」
さっきから聴こえる出来損ないの笛の音は、どうやら穿たれた喉が放つ呼吸音らしい。
あの様相で生きているとは驚愕の至りだったが、もう半死半生、いや九分九厘で死ぬ手前に過ぎない。
『SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA…………』
それまで少年が転がり回るを見下ろしていたベノスネーカーが動いた。
開いた口に長い舌をうねらせ、そして一気呵成の勢いで少年だった肉塊を地面ごとの飲み込む。
ごくり、と嚥下される様を見て、限界まで生きる苦しみを味合わなかったことはむしろ幸いだったのではないか、と始は思った。
【万丈目準@リリカル遊戯王GX 死亡】
【残り 26人】
驚きはない。
むしろこれまでの戦いの中でこう言った事態を見なかった方が、幸いだったのだ。
誰かを死なせ、自らは死ぬこともないアンデットとしての相川始は、無防備に走ってきた見ず知らずの人間の少年が目の前で無惨に腐食し、怪物に飲み込まれた程度のことで怒りはしない。
ただ、人間としての心が義憤するだけだ。
「…………」
何一つ語ることもなく始はベルトを出現させる。バックルにハート型の紋章を刻み、縦一線のスリットを刻んだベルトだ。それこそは始が生来に持つアンデットとしての能力、ジョーカーの片鱗だった。
懐から取り出した1枚のカード、チェンジマンティスを構え、
『SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーー!!!』
「何!?」
ベノスネーカーはこちらに背を向け、やってきた道の先へ滑っていってしまった。
可笑しい、と始は思う。
あれだけの好戦的な化物が、しかも浅倉威に隷属する怪物が、補食した獲物よりも遥かに強い自分を前にして闘争するとは考えられない。強者を前にして怯える性格でもあるまいに。
(やはり、何か企んでいるのか)
どちらにせよ今出来ることはそう多くない。
カードをズボンのポケットに押し込み、始は健脚に働きかけた。
巨体に反してベノスネーカーの動きは素早い。
しかし家屋によって前後以外の道を塞がれた現状、化物の長胴は後を追う分には困らない。うねりの最後尾として左右に振り乱される数珠のような尾先に視線を結び、始は長い両足で道路を蹴り付ける。
そうしてどれほどの家屋を過ぎた頃だろうか、やがて景色は高層ビルの谷底となり、どれほど走ったのか、開けた場所に出た。そこには姿を失った筈の建造物が現存している。
レストランだ。
浅倉威によって炎上した筈のそれは、全くの完備といった風に、その外壁を夕陽に照らしている。
「…………!!」
飲食店を前にして広がる大通りの中央には、いったいどういう訳か武装した装甲車が駐車されていた。しかも車体の上には口を開けたデイバックが打ち捨てられ、装甲車の周囲に大量の火器を散らしている。
道路の広がりには幾人かが立っていた。見覚えのある者、無い者、歳格好も様々だったが、皆一様にレストランの方を見ている。レストラン入口の手前、スロープと階段が刻まれた段差の上には人影がある。
レストランに放火した張本人だ。
紫と黒によって身を固める鎧はコブラの装い。屈強な足は階段の段差を踏み、左腕は小物か何かを握り込み、そして右腕は1人の青年の首を握り締めていた。
確かあの青年は殺し合いが始まった直後に見つけて強襲した人間だ、とも思うが、そんな事はどうでも良い。
鎧の人物こそが、この茶番を仕組んだ犯人だからだ。
「ーー浅倉ぁッ!!!」
始の叫びに、紫の兜がこちらを見た。自分の存在に気付いたのだ。
頭部ならず全身まで鎧で包んでいるというのに、奴の鼻で笑う声が聴こえる。
「来たか」
それどころか、今奴が浮かべている表情すら透けて見えるようだ。
笑んでいる、始にはそれが解った。
「もう少し待ってろ。今、コイツを片付けるからよ」
言って、浅倉は鎧越しに握る青年の首への圧力を強めた。
「……か、ふっ」
首で全身を支えるという苦行に青年は息を乱し、しかし握り締める腕を掴み返すという反撃に出た。しかし呼吸を制限され、首以外に身を支えのない腕で一体どれほどの握力が生み出せるものか。
結果、より一層の威圧を首に受けることになったようだ。
「ぐ、ぉ」
「ははは……っ!!」
煮え立つような哄笑を漏らして、浅倉は青年を掴んだまま身を翻した。
右腕で戦陣を切った上半身からの旋回、鎧による身体能力の強化を受けた筋力は青年の胴体を遠心力にたなびかせ、そして、背後に並び立つレストランの大窓へと青年を叩き込んだ。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
破砕の音はやけに高音で、連鎖して起こるものだから断続的に響いた。
窓というよりもショーウィンドウに等しい大きな窓硝子は、砕けるともなれば破片の量も凄まじい。青年は破片によって身と言わず服と言わず切り裂かれながら、店内の机を割って床に叩き付けられた。
青年を放り投げた浅倉は姿勢を再び直立へ戻し、そして左手に握っていた小物を見る。
「あれは」
遠目であったが、始にはそれが薄っぺらい箱のように見えた。
真黒に着色されたそれは、浅倉がまとう鎧の腰に巻き付いたベルト、そのバックルに装填されているものと同系統であるように思われる。そして浅倉は箱を握ったまま左手を浅く掲げ、
「ふん」
鼻で笑うとともに、握りつぶした。
石版が割れるような音がして、大小無数の黒い破片はレストラン前の階段を跳ねながら下っていく。
それとともに、
「ーーむ」
始の視界に新しい影が生じた。
レストランの脇に拓かれた小道から誰かが歩いてくる。それも、何か大きなものを引き摺る、砂をかき分けて進むような効果音を引き連れながら、だ。
「…………」
睨んだ先にあるのは人影、しかし影を払ったそれは、人というには余りにも手足は太く巨体だ。
銀色の外殻に身を固めた怪物、浅倉の従えていたもう1匹の怪物だった。名をメタルゲラスといったか。人型の犀とも言うべき様相をしたメタルゲラスがその右腕に握り締めたものは、靴にくるまった足。
そして大通りに出て夕陽に照らされた足の主は、
「つかさ!!」
突如として名が叫ばれ、そして何者かが駆け出した。
始の左手から現れた声の主は小柄、デイバックを放り捨ててツインテールをなびかせるのは、先の浅倉との戦いで助けた少女だった。通り過ぎ様に見た少女の顔は、いつになく焦りに濡れている。
(知り合い、否、肉親か)
メタルゲラスへ向かう少女の周囲に変化が生じた。
少女の細い腰には何時の間にかベルトが装着され、その左脇に小さな影が並走していたのだ。大きく跳ねて並ぶ影はバッタを思わせる動き、少女は小さい影が高く跳ねたところをつかみ取る。
それを構えて、
「変しーーーーーー」
やはりあのベルトは仮面ライダーとなるための器具だったらしい。
だが、
(駄目だ)
始は少女の行動にダメ出しを入れる。変身するのが遅過ぎる、と。
今のメタルゲラスの手には、つかさというらしい少女が握られているのだから。
『VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOーーーーーーーー!!!』
少女の接近に滾ったのだろうか、メタルゲラスは咆哮とともに腕を振るった。太い4本の指で少女の足を締めつける、その右腕を。
浅倉が青年をレストランに叩き込んだ時と同じ要領だ。足を起点にして振るわれたつかさの身体は、風圧と遠心力によって伸びきり、さながら棍棒かバットの様相を描いて振り抜かれる。
その延長線上にあるのはツインテールの少女。
「あぅっ!!」
遠心力の恩恵を受けたつかさの頭が、少女の頬を殴りつけた。
抜き放たれたつかさの頭が遠心力を失って道路に叩き付けられるその前で、頬を赤く痛めた少女は背中から道路へと倒れていく。このまま倒れれば、少女もまた頭部を路上に叩き付けるだろう。
だがそれを、スロープを駆け下りた浅倉が受け止めた。
しかしそこに親切心や温情などあろう筈がない。そのことは、浅倉が掴んだ部位が少女のツインテールであったあたりで察しがついた。始としては、察する以前から解っていたようなものだが。
「ひぃう……!」
左右のツインテールを牽引される痛みに少女の顔が歪んだ。引っ張られるだけでは収まらず、彼女は倒れかけた拍子で半分路上に座っているような姿勢なのだ、牽引のリーチは長い。
浅倉は、そこでも笑っているように見えた。
「お前等」
浅倉は言葉を発した。
「顔、似てんな」
「双子よ!」
髪を引っ張られた姿で、少女は浅倉を睨みつける。
「だったら」
また、嗤った。
「行ってやれよ……!」
直後に浅倉がとった行動は、少女の後頭部に足裏を乗せる事。両腕によって引っ張られたツインテールの間に、鎧によって包まれた黒い足が出張ってくる。
意図を察したのか、少女の顔が青ざめた。
「やめーー」
それがスタートとなったのだろうか。
ぶ、と糸を引き千切るような音がして、少女のツインテールは頭皮から剥離した。
「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!?」
後頭部を踏みつけた足で頭部を踏み抜いたのだ。しかし両手によって掴まれたツインテールはそのまま、握力よりも接合の弱かった毛根は、皮膚と血液と、幾許かの肉片を散らして路上に散った。
そして、悲鳴を上げる少女の顔は踏みつけられるままに路上へ激突する。ごき、と鈍い音がする。あの様子なら、鼻と言わず前歯と言わず、顔を構成する骨格は幾らでもへし折る事が出来ただろう。
だが、
「うぅぅ……!!」
それでも少女は動いた。
浅倉が足を離してから少しの間を置いて、少女は這いつくばった姿勢から匍匐前進に進んでいく。顔はこちらから見る事は出来ないが、おそらくは暴力による整形で骨格の一部は完膚なきまでに破壊されている筈だ。
蜥蜴かなにかのように、頭部に2つの丸い脱毛を刻んだ姿が、路上を這う。
「づか、さぁ……」
意外だな、と始は思う。
邂逅した時の彼女は自分以外の何もかもを憎んだような目をして、それらを死なせる事に躊躇をしない人間のように思われた。しかし今、彼女はこうした姿になったというにも関わらず、つかさの救助を諦めていなかった。
だが目の前で起こる事実は無情だ。
首をもたげた少女の頭上に、メタルゲラスはつかさを掲げた。掴んだ右脚を天に向け、逆さ吊りにされた彼女は腹やら下着やらを露出させるが、今この場にいる中でそれに欲情するものはいない。
「つ、か……!」
吊り下げられた少女の顔を見て、少女は息を飲んだ。
怪物に足を掴まれて引き摺られた少女の顔がいかなるものだったのか、始は想像する事を止める。どうしたって不快にしかならなかったからだ。
その時、
「ぉ、ねへ、ちゃん」
逆さ吊りのつかさが唇を動かした。生きているらしい。
か細く歪んだ声で、だがそれは肉体の損傷による歪みだけではないように思えた。
(あの娘、どんな性根をして……)
心を病んだか、それも当然の状況だと思いつつ、メタルゲラスの動きに始は眉をひそめた。
大きな左手が放り出されるつかさの左脚を鷲掴みにする。怪物の両腕に足を掴まれた人間の行き着く先は古今東西決まりきっている。
「たすけてょ」
それが病んだ少女の遺言となった。
右半身を留めながら左脚は強引に牽引され、つかさという少女は股から左右に引裂かれた。
【柊つかさ@なの☆すた 死亡】
【残り 25人】
「ああ」
双子と言うからには、元々はほとんど同じ顔をしていたに違いない。自分と瓜二つの顔が目の前で断裂されるのはいかなる気分なのだろうか、始にその思いが解る筈はなかった。
ただ、少女の声からそれを察するだけだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
始まりは左脚の付け根が鳴るところからだ。
ご、と岩が砕けるような音がして太ももが有り得ない方向へ曲がり、続けて内股を裂いて大腿骨の骨盤との接合部分が突出した。下着とスカートを引き裂き、尿道から尿を飛び散らせ、子宮を晒しものにして、しかし強靭な人肉はそこで千切れてはくれなかった。
それどころか下腹部で剥離は広がり、避けた服の中から腹筋を露出させる。始には見えなかったが、メタルゲラスは少女の背筋を目にしていただろう。それでも肉は引き剥がされ続け、遂には胸部に至る。
女性体として平たいながらも精一杯の自己主張をしていた乳房は、その片割を永久に失う事となる。次代を育てるために蓄えられようとしていた脂質は飛び散り、乳腺や血管は引き延ばされて千切れ、胸壁を痛めつけ、血液の花を無数に裂かせる。
左腕、逆さまになった現状では右腕なのかもしれないが、始から見て左側の腕は肩が砕けたらしい。肩甲骨との絆を失った腕は単なる枝分かれした肉だ、その重みに振り乱れながら、引き剥がされていく肉体に持っていかれてしまった。
そうしていよいよ剥離は頭部に迫る。
まずは首の破壊、引き剥がしは薄っぺらな喉を完全に切断し、食道、気管、頸椎を支える背骨の末端を覗かせ、脳に繋がる神経の束は次々と弾裂していく。ひゅ、と耳を掠めたのは生理的な呼吸の音だったのか。
頬はもぎ取られて上下の歯茎を露見させ、舌が痙攣する口内に風が注がれる。左側の鼻の穴は失われ、瞼を失った眼球は滑り落ち、頭頂部に至ってようやく剥離は終える。頭髪の半分は千切れた方の肉に持っていかれていた。
今やつかさは、否、つかさだったものは、人体模型を我が身で実演していた。
『VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO…………』
つかさを引き裂いたのは、おそらくメタルゲラスの口がベノスネーカーほどに大きくなかったからだろう。細くなったつかさの肉体は、まるで麺を啜るようにしてメタルゲラスに吸い上げられていく。
その様子に、剥離によって大量発生した血液を少女に浴びせている事を気付いた風は、全くなかった。
「……ばっ! がっ、はぁっ、……ぷふっ!!」
位置が悪かった。
つかさを見上げる形となっていた少女は、つかさが秘めていた体液をその顔に浴びる形となってしまったのだ。しかも叫んでいたのが悪い。めいいっぱいに開いた口はさながら餌を求める雛の様相、少女は双子の片割から溢れ出した血や体液を嚥下する羽目になったのだ。
「……はっ」
そして血の滝は途絶え、左の眼球を嚥下したところで少女は息をついた。
直後、
「おおおおぇぇぇぁぁぁぁぁ……」
吐瀉される液体は真っ赤だった。
喉と口を全開にして放たれた嘔吐物に顔を埋めて、少女はそれっきり動かなくなった。
レストラン前の大通りの音は死に絶えた。
両手の指の数に等しい人数がいるであろうに、誰1人として喋るものはいない。目の前の暴力を前にして何れもが言葉と心を失い、語るものがいなければ器物はそれに応えない。人に始まり物で終わる静寂に鼓膜は寂しいと叫び、耳鳴りだけがおわす者共の耳を苛む。
だがその中にあって声を作れる者がいる。
加害者だ。
「はは……っ」
紫の鎧を身に包んだ浅倉は、鎧に守られた肩を小刻みに上下させる。幾度となく連呼する、は、という哄笑が大気を叩き、仰け反った首は見ている筈もない空へと向けられた。
その嗤いが、酷く気に障る。
「貴様ーー」
カードを仕舞い込んだポケットに手を滑らせ、始は浅倉へ1歩を踏み出す。
掲げた足裏が路上を踏んだ、直後、
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーーーーーー!!!!』
哄笑を掻き消す咆哮が大通りを揺らした。
「!!?」
大音量は重力に似ている。あらゆる物体を透過し、全てに与えられる衝撃を受け、何人かの人影が膝をつく。そうでないものであっても、思わず耳を抑えざるを得ない猛りだ。
ビルは窓という窓を口にして、しゃ、という大合唱を唄う合唱隊に早変わりだ。1棟につき何十個はあるであろう窓口は硝子を打ち砕くことを歌声とし、路上にたむろする小人どもへ形ある歌声の雨を降らせる。
誰も彼もが耳を塞ぎうずくまるところに注いだ硝子の雨は、まさしく弱り目に祟り目を表現する。
「……ぐ」
咆哮に降り注ぐ雨がどれほど降り注いだだろうか。硝子の破片は積雪のように始へのしかかり、重さこそないものの、硬質な痛みが突き刺さる。右膝をついて頭を垂れていた始は震える足を奮い立たせ、体中に乗る硝子を手で払った。
そして、周囲がいやに影っている事に気付く。
何であろうか、と見上げ、
「…………!!」
太陽を遮る赤龍の姿に目を見開いた。
見やる余裕もなく、しかし見るまでもなく周囲の者共は自分と同じなのだと理解する。これに気付けないほどの愚か者は有り得ない、という事だろう。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA…………!!』
唸り声をあげる龍は、先から少年や少女を喰らい続ける化物の同類らしかった。
光沢で何処か無機質な身体と瞳のない双眸は、ベノスネーカーやメタルゲラスに通じる様相だ。ベノスネーカーのように長い胴を持つが身体は赤く、爪もあれば牙もある。顎を縁取る牙や細長い髭は、東洋の龍を再現していた。
極めつけはその威圧感だ。
空中に長胴をうねらせた姿が重力を強めているかのようだ。たった1回の咆哮で周囲一体の窓硝子を粉砕した龍は、まさしく鏡写しの世界の支配者といった風体、この世界に2体といない覇王の存在感だった。
だがそれを前にして尚、浅倉は哄笑の姿勢を変えようとはしない。
「来たか、ドラグレッダー」
浅倉は龍の名を、そして到来を予期していたらしかった。
何故解ったのだろうか、と始は思い、
(あの時砕いた箱……!)
レストランへ青年を叩き込んだ直後に、浅倉の左手は何か黒い箱を握りつぶしていた。やはりあれは、ベノスネーカーやメタルゲラスを支配する道具と同じものだったのだ。あの赤い龍、ドラグレッダーなるモンスターもまた箱に隷属する怪物の1体。それが砕かれた事で、今現れた。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA…………』
ドラグレッダーの凶貌は浅倉を見据えて離さない。
さながら箱を砕いた主を、青年を害した浅倉を許すまじと怒っているかのようだ。
(だが)
まずい、と始は思う。
浅倉があの箱で変身する仮面ライダーのいた世界の人間だったならば、箱を砕いたことによって、それに隷属するモンスターが現れることは予想してしかるべきだ。現にドラグレッダーが現れた今も、浅倉は微塵も揺るがない。
(何か、企んでいる……!!)
何を企んでいる、反復するように始は思い、しかし目の前にしてドラグレッダーは動いた。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーーーーーー!!!』
巨体を軽やかにうねらせ、ドラグレッダーの開かれた牙が強襲する。
空気を穿って向かう先に立つのは、紫の鎧を纏う浅倉威。
バックルに装填した箱から取り出した1枚のカードをドラグレッダーに掲げる、浅倉威だ。
(あれは)
思う言葉を音にする間もなかった。
それほどまでの須臾であったし、何より、掲げられたカードとドラグレッダーが接触する寸然に起きた強烈な発光が始の網膜を貫いたからだ。
「ぐ、ぅ」
腕を交差して両目を守り、だがそれも10秒と満たない短時間。しかし取り戻された視界は劇的な光景を描いている。
ドラグレッダーの姿がないのだ。
龍の姿は今や浅倉が掲げるカードの中にある。
「契約完了、だ」
告げる浅倉は、どこに隠していたのだろうか、ベノスネーカーを模す杖を取り出した。
コブラの形相を象る杖の先端はやや平らに広がっている。カードを親指と人差し指で摘んだ掌は形相の後頭部に触れ、するとその部位がスライドしてスロットが飛び出す。
丁度手にしたカードが嵌るような大きさだ、と始が思った通りに浅倉はカードをスロットに挿入、叩き付けられた五指によってスロットはカードごと杖内部に送り込まれる。
直後に杖の双眸が発光、電子音声が響く。
『ADVENT』
それは契約を意味する言葉であり、どうやらカードそのものの種名でもあったらしい。そして同時に、契約の履行を求める命令でも、あったらしい。
姿を消していたドラグレッダーが、ビルの合間からその長胴を出現させる。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーーーーーー!!!』
浅倉の頭上でとぐろを巻いたドラグレッダーの姿は、先ほどまでとは違ってどこか意図的だ。
「支配、されたのか」
それは始の言葉ではなかった。
この場にいる十数人の人影、そのうちのどれか1つが紡いだ声である。だがそこに込められた感情は始のそれと同種のものであり、また、この場にいる浅倉以外の全員が抱いている思いでもあっただろう。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーーーーーー!!』
『SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
『VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOーー!!』
上空のドラグレッダーに対抗するかのように、ベノスネーカーとメタルゲラスも浅倉の背後に現れた。
赤い龍、紫の大蛇、銀鎧の犀、3体の異形を従える浅倉の哄笑は、いよいよをもって堪え切れないところまで来たらしい。咆哮の中にあって、その耳障りな愉悦は確かに聴こえる。
「はは……! はははははははははっ!!」
身を仰け反らせ、腕を、顔を、喜悦を辺りへ撒き散らすかのように振り回す。狂人じみた振る舞いだ。
「……これで!」
不意に、哄笑混じりの言葉が紡がれた。
「これでっ! ようやくっ!! 始められるよなぁ!!!」
「何をだ」
始は問い返さずにいられなかった。
「我々を攫い、惨殺した人間を怪物に喰わせ、ーーこの上何を望んでいる!!?」
「戦いだ!!! それ以外に何がある!!!」
断言は響く。
「カードデッキを手に入れた今、我慢する必要はねぇんだ!! 距離も場所も関係ねぇ、このミラーワールドがある限り、鏡がある限り、どこに至って化物共で引きずり込めるんだからなぁ!!!」
一息。
「あのババアの言う事聞くこたぁねぇんだ……!! 俺達は!! 俺達で!! 殺し合おうぜ!!!」
●
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|~|キング|~|
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|~|万丈目準|~|
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*13人の超新星(4) ◆WslPJpzlnU
キングがミラーモンスターの奇襲を回避出来た理由は幾つかあるが、その中でも得に重要だったのが、戦うために生まれてきた怪物としての、驚異的なまでの精度を持つ勘によるものだった。
(何か、来る……!?)
耳鳴りが聞こえたことも、橋の下を流れる川面が不自然に揺らいだことも二の次だ。生理的な危機感だけでけで動くに足る。
左脚を回してカブトエクステンダーの右手に降りる動き、だが足裏は橋を踏むことはなく、車体の横腹を蹴倒してキングの身体を宙へ押し上げた。背後に重量のある機械が倒れる音、しかしそれを気にする間はない。跳躍から降り立った欄干、そこから見下ろせる水面に異形の顔を見たからだ。
「うぉうっ!!?」
欄干を蹴ってキングは再び跳躍、ゼロの黒装束をはためかせて川の上空へと自身を打ち出す。
直後、橋はミラーモンスターの顎によって粉砕された。
『SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーー!!!』
現れたのは巨大な蛇だった。エラの張った頭部はコブラを思わせ、紫色の長胴は弧を描いて橋を穿った。
上下二対の鋭い牙が橋を貫き、倒れ伏したカブトエクステンダーは牙に続く口蓋の圧迫に圧迫されて粉砕、おそらくは巨大コブラに嚥下されてしまっただろう。
自らの眷属を模した乗物を失ったことに欠片も同情を抱かないキングは、その巨大な蛇を見ていた。
『CROSS-NANOHA』、とある次元世界に存在する様々な物語を記すインターネットサイトを見たキングには、その大蛇がなんという名前であり、いかなる存在なのかが解る。
名はベノスネーカー。その存在は、浅倉威が使うカードデッキの奴隷だ。
「は」
その時、我知らずと喉が震えていた。
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
キングの胸中を満たしていたのは歓喜だった。
竜巻のように激しく渦巻く感情を体内に収めておくことが出来ず、気がついた時には哄笑として口から漏れ出していた。ゼロマスクのせいで籠った声は耳を叩くが、それさえも気にならない。
何故なら、ベノスネーカーの奇襲が面白くてたまらないからだ。
「さすが! さすがだよ浅倉威!!」
ベノスネーカーの主は道具、その使い手に制限はないため、必ずしもこの奇襲が浅倉の命令だとは限らない。だがそれでも、キングは浅倉が命令したのだろう、と考えている。
こんなことを思いつくのは、カードデッキの本来の使い方を理解していて、なおかつ死に意を介さぬ狂人でなければ出し得ない。
かつて出会った浅倉威からは、それらの条件を満たす人格がありありと見とれた。
だから、キングは心の底から浅倉威を賞賛する。
「僕が何かする前から! お前はこの戦いを引っ掻き回してくれるんだね!! 良いね、良いね、良いよ! 乗ってやろうじゃないか!!」
そうして、落下を始めていたキングは腕を伸ばしてあるものを掴んだ。
ベノスネーカーが首から生やす長胴の末だ。
掴んだ途端に全身を襲う牽引力に肩が痛んだ。しかしそれさえも楽しみの一環としてキングは受け入れる。万感の娯楽を前にしては、多少の障害では単なるゲームクリアを阻む敵キャラクターに過ぎない。美味を引き立てるためには、それを引き立てるものとして対極の味が求められるのだ。
ベノスネーカーの頭部は、すでに鏡面化した川面へと潜っている。
あ、という間にもゼロマスクの目前に川面が迫り、その下にキングは狂気の笑みを刻んだ。
「さぁ、祭りの場所はどこだい!?」
【全体の備考】
※D-5の橋が破壊されました。瓦礫にはカブトエクステンダー@魔法少女リリカルなのは マスカレードの残骸も混じっています。
※瓦礫伝いに川を横断することは可能です。ただし対岸に登るには相応の身体能力か工夫が必要です。
相川始が目を覚ました時、視界一杯を埋めるのは灰色の連山だ。
中央に敷かれた色黒の一直線を挟む左右の建造物は、多少の個体差はあるものの、一様に薄い灰色で統一されている。壁面には透明な窓硝子が埋め込まれ、多くは地続きの基部に大きめの硝子を備え付けている。ものによっては植え込みやそこから生える植物、2~3段程度の小さな階段を備えるものもあった。
連山と色黒の一直線の間には煉瓦が敷き詰められた歩道があり、その緩衝地帯と一直線の間には白く塗られたガードレールが立っている。始の立つ一直線の側に裏側を見せるそれは、こちらからの襲撃を歩道側に出さないために設けられているのが解った。
「どういう事だ」
詳細にこそ覚えていないものの、始にはこのビル街が記憶にある。
先刻に浅倉威との戦いで焦土に帰した、瓦礫の砂漠の本来の姿だったのだ。見る影もなく瓦解したそれらは、しかし隆盛を誇るようにして天へと自らの屋上を伸ばし、競い合っているようですらある。そう考えると、ここは連山というよりも竹林のようにも思う。
自分と浅倉の戦いが無に帰したように、もしくは時間が巻き戻ったかのような情景だ。
「…………」
だがそれよりも、始の目を引くものがある。
壁面の窓硝子や外壁そのものに取り付けられた看板、そこに記された文字だ。
「何だ……?」
おそらくは1棟全て、あるいは1つの階層に間借りする企業や組織の名を記されているのであろうが、どういうことだろう、どれもこれも一様に同じ誤記がされていた。
鏡移しに、全くの真逆に定着している。
一語に思い起こされる記憶がある。自分を襲った化物の事だ。
金色の一本角をたたえ、灰色の鎧に身を包んだミラーモンスター、そちらは思い出すまでもなく、浅倉が従えていた化物だ。自分との戦いの後に浅倉が奪われた可能性もあるが、あれの人柄を思えば、むしろそれを危機ならざる喜々として、返り討ちにしてしまう情景しか思い浮かばない。
犀のようにも見えた化物は窓硝子から出現した。夕陽によって周囲の情景をうっすらと反射していた窓硝子は、さながら鏡だ、と表現することが出来るだろう。
(キーワードは鏡か)
よもやここは怪物達の潜む鏡の向こうの世界なのだろうか、と冗談混じりに思い、
「…………」
笑い飛ばすことが出来なかった。
鏡から出入りする化物がいるのだ。別に鏡の中に世界があるとまで言う気は無いが、鏡を出入り口にして行き来できる異次元ぐらいはあっても可笑しくはない。
それを思える程度に、自分は常軌を逸した化物だった。
(だが、何のために)
化物を支配する自分とは違う意味での化物、浅倉威は、こういうまどろっこしいことをする人間ではない。殺すのに失敗した、と考えるのも矛盾だ。そもそも怪物に殺させるという間接的な手段自体、浅倉は好まないだろう。
「何のつもりだ、浅倉威……!」
ひょっとしたら復讐、再戦が望みなのだろうか。だとすれば奴もこの鏡移しな世界にいる筈だ。
プレシアのように殺し合いを高みから見下ろすような奴でもあるまい、と思い、始は移動しようと自らに命じた。路上の真ん中に座り込んでいた足に働きかけ、手をついて身を起こし、
「……?」
その時、始は足音を聞いた。
見上げた視線の先、まっすぐに続く道路の先から人影が現れ、次第に大きくなってくる。その速度と足並み、小刻みな上下運動は、人影の人物が走っているのだと理解出来た。
それは一人の少年だ。
つり目に逆立った髪は好戦的な印象を受けるが、今の彼の様相は、何かから逃げ続ける逃亡者の姿だった。顔一杯に恐怖を貼付け、汗を降り散らし、視線は一定しない。荒い息遣いすら聴こえてきそうだ。
と、そこに至って少年の方も始に気がついたらしい。
嵐の中に太陽を見たような顔をして、助けを求めるように手を伸ばす。実際彼は助けを求めていた。
「あ、あんた! 助け……」
喉を痛めたような声は、しかし言葉を言い切ることも出来ずに途絶えることとなる。
少年の背後に長大な影を見た時、始はそれを確信した。
「ーー避けろ!」
始の呼びかけを、しかし少年はこなすことが出来なかった。急な命令に心身が反応出来なかったのだ。それは、夕陽を背後にして影に染まる長大な化物、ベノスネーカーの攻撃を受けることとなる。
とは言っても、ベノスネーカーが放ったのは体当たりでも牙でもない。
喉の奥から放つ白濁した液体の放出だ。清潔感の欠片もない攻撃は一直線に少年の背後に迫り、
「ひ……ッ!」
うっかり振り返ってしまった少年は、顔面にいたるまでその液体を浴びる結果となった。
「ぁ、ぶっ!?」
水圧に跳ばされ、全身が液体に包まれた少年の身体が路上に転がる。
体躯にまとわりついた液体は粘質でゼリーのようだ。もはや少年のシルエットは見えず、彼の姿は路上に打ち捨てられたクラゲといった風だ。
そこで、少年は立ち上がろうとした。震える腕を路上についてよろめきながら、
「……ぇ?」
不意に疑問の声を漏らして、とまった。その理由も始は理解している。
怪物が人間に向けて放ったもので、人間が得をすることなど、全くと言っていいほどありはしない。その証明は、少年が転がったことで路上に付着した粘液が煙を上げていることに他ならない。
直後、
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーー!!」
粘液に小さな一点が穿たれた。
少年が全力の悲鳴をあげるために開いた口腔だ。
だがそれは流れ落ちる粘液によって塞がれ、恒常的に放たれる叫びによって泡立ち弾けて、しかし次々と垂れてくる粘液によってまた塞がれ、の繰り返しを起こす。
(……ゼリーのようだった粘液が、今になって垂れてくるのか?)
始の疑問はすぐに解消する。
口腔へと注ぐ粘液が本来合った場所、少年の頭部が爛れているのだ。否、頭だけではない、肩と言わず背中と言わず、全身の至るところがぐずぐずと崩れ、衣服と混ざって路上に水溜りをつくる。
それが次第に赤味を増すのは、恐らく少年の体液が混ざっているからだ。
「痛ェッ!! 何ダこれッ!! 苦ぢぃ、苦ぢいっ!! 熱ぃ~~~~~~~ッ!!!」
もはや姿勢を維持することもままならず、少年は路上を転げ回った。それで少しは粘液を剥がそうとしているのかもしれないが、もう間に合わない。むしろ全身に粘液を塗ったくってしまうだけだ。
「どっ、ドクっ、毒か!!! 畜生ぉおおおおおおぉぉぉぉォォーーーーーー!!!」
毒、毒には違いないが、より正確に言えば酸の類なのだろう。
それも、人体を崩すほどに凶悪な濃度を誇る、強酸の。
「おっ! おおぉっ! おおぉぉぉ……ッ! おぉっ、おっ、おお……っ」
やがて少年の身体からほとんどの粘液が崩れ落ちた時、そこにあったのは、人間かどうかも疑わしいものだった。
形状の上では、学問の上では人と分類出来ただろう。
だがそれは、学校の保健室に置かれている人体模型の実物が目の前に合ったなら、ピラミッドの最奥に眠るミイラを分析したら人体だったと、そう言う類の判別でしかないのだ。
「……ゅーー……ゅーー……ゅーー……」
赤い淀みに濁る粘液の真ん中で、小刻みに痙攣する肉塊があった。
シルエットとしては赤色の珊瑚に似る。皮膚はなく、露出した真っ赤な肉はぼろぼろに毛羽立って、さながらミンチを塗ったくったようだ。特に深く崩れた場所からは骨が覗き、リンパ液や脂質が零れ落ちている様子は、油の張った海に漂う蛆虫の屍骸を思わせる。
唇や陰嚢は破れ、内部に秘めた体液を垂れ流しにしている。単なる穴となった口腔を縁取る歯は軒並み零れ落ち、そこら中に落ちている。だがそれにも増して多いのは頭髪だ。豊かな髪を持っていただけに抜け落ちる髪の量も一入だったのだ。粘液の溜りに頭髪が揺らぎ、微細な穴が残った頭皮は崩れて頭蓋を晒す。
眼球など残っているはずがない。口腔とで三角形の頂点を描く、単なる陥没に成り下がっていた。
夕空に晒す腹は貫通していた。肋骨を浮き彫りにする胸の下、胃袋の内側は暴露され、半ば消化されて崩れた飲食物を見せつける。生涯で始めて晒した腹腔は、類稀な悪臭を秘めていた。もっとも、今の彼自体悪臭の塊だったが。
頭、と思しき部位が始の側に向いているので解り辛かったが、どうやら苦悶の中にあってはあらゆる我慢がならなかったらしい。肉体の向こう側に溜まる粘液は気味が強く、黒ずんだ固形物が少しずつ溶けていく。全身が爛れる痛みに排泄を堪える余裕はない。失禁と脱糞をしたのだ。
「……ゅーー……ゅーー……ゅーー……」
さっきから聴こえる出来損ないの笛の音は、どうやら穿たれた喉が放つ呼吸音らしい。
あの様相で生きているとは驚愕の至りだったが、もう半死半生、いや九分九厘で死ぬ手前に過ぎない。
『SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA…………』
それまで少年が転がり回るを見下ろしていたベノスネーカーが動いた。
開いた口に長い舌をうねらせ、そして一気呵成の勢いで少年だった肉塊を地面ごとの飲み込む。
ごくり、と嚥下される様を見て、限界まで生きる苦しみを味合わなかったことはむしろ幸いだったのではないか、と始は思った。
&color(red){【万丈目準@リリカル遊戯王GX 死亡】}
&color(red){【残り 26人】}
驚きはない。
むしろこれまでの戦いの中でこう言った事態を見なかった方が、幸いだったのだ。
誰かを死なせ、自らは死ぬこともないアンデットとしての相川始は、無防備に走ってきた見ず知らずの人間の少年が目の前で無惨に腐食し、怪物に飲み込まれた程度のことで怒りはしない。
ただ、人間としての心が義憤するだけだ。
「…………」
何一つ語ることもなく始はベルトを出現させる。バックルにハート型の紋章を刻み、縦一線のスリットを刻んだベルトだ。それこそは始が生来に持つアンデットとしての能力、ジョーカーの片鱗だった。
懐から取り出した1枚のカード、チェンジマンティスを構え、
『SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーー!!!』
「何!?」
ベノスネーカーはこちらに背を向け、やってきた道の先へ滑っていってしまった。
可笑しい、と始は思う。
あれだけの好戦的な化物が、しかも浅倉威に隷属する怪物が、補食した獲物よりも遥かに強い自分を前にして闘争するとは考えられない。強者を前にして怯える性格でもあるまいに。
(やはり、何か企んでいるのか)
どちらにせよ今出来ることはそう多くない。
カードをズボンのポケットに押し込み、始は健脚に働きかけた。
巨体に反してベノスネーカーの動きは素早い。
しかし家屋によって前後以外の道を塞がれた現状、化物の長胴は後を追う分には困らない。うねりの最後尾として左右に振り乱される数珠のような尾先に視線を結び、始は長い両足で道路を蹴り付ける。
そうしてどれほどの家屋を過ぎた頃だろうか、やがて景色は高層ビルの谷底となり、どれほど走ったのか、開けた場所に出た。そこには姿を失った筈の建造物が現存している。
レストランだ。
浅倉威によって炎上した筈のそれは、全くの完備といった風に、その外壁を夕陽に照らしている。
「…………!!」
飲食店を前にして広がる大通りの中央には、いったいどういう訳か武装した装甲車が駐車されていた。しかも車体の上には口を開けたデイバックが打ち捨てられ、装甲車の周囲に大量の火器を散らしている。
道路の広がりには幾人かが立っていた。見覚えのある者、無い者、歳格好も様々だったが、皆一様にレストランの方を見ている。レストラン入口の手前、スロープと階段が刻まれた段差の上には人影がある。
レストランに放火した張本人だ。
紫と黒によって身を固める鎧はコブラの装い。屈強な足は階段の段差を踏み、左腕は小物か何かを握り込み、そして右腕は1人の青年の首を握り締めていた。
確かあの青年は殺し合いが始まった直後に見つけて強襲した人間だ、とも思うが、そんな事はどうでも良い。
鎧の人物こそが、この茶番を仕組んだ犯人だからだ。
「ーー浅倉ぁッ!!!」
始の叫びに、紫の兜がこちらを見た。自分の存在に気付いたのだ。
頭部ならず全身まで鎧で包んでいるというのに、奴の鼻で笑う声が聴こえる。
「来たか」
それどころか、今奴が浮かべている表情すら透けて見えるようだ。
笑んでいる、始にはそれが解った。
「もう少し待ってろ。今、コイツを片付けるからよ」
言って、浅倉は鎧越しに握る青年の首への圧力を強めた。
「……か、ふっ」
首で全身を支えるという苦行に青年は息を乱し、しかし握り締める腕を掴み返すという反撃に出た。しかし呼吸を制限され、首以外に身を支えのない腕で一体どれほどの握力が生み出せるものか。
結果、より一層の威圧を首に受けることになったようだ。
「ぐ、ぉ」
「ははは……っ!!」
煮え立つような哄笑を漏らして、浅倉は青年を掴んだまま身を翻した。
右腕で戦陣を切った上半身からの旋回、鎧による身体能力の強化を受けた筋力は青年の胴体を遠心力にたなびかせ、そして、背後に並び立つレストランの大窓へと青年を叩き込んだ。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
破砕の音はやけに高音で、連鎖して起こるものだから断続的に響いた。
窓というよりもショーウィンドウに等しい大きな窓硝子は、砕けるともなれば破片の量も凄まじい。青年は破片によって身と言わず服と言わず切り裂かれながら、店内の机を割って床に叩き付けられた。
青年を放り投げた浅倉は姿勢を再び直立へ戻し、そして左手に握っていた小物を見る。
「あれは」
遠目であったが、始にはそれが薄っぺらい箱のように見えた。
真黒に着色されたそれは、浅倉がまとう鎧の腰に巻き付いたベルト、そのバックルに装填されているものと同系統であるように思われる。そして浅倉は箱を握ったまま左手を浅く掲げ、
「ふん」
鼻で笑うとともに、握りつぶした。
石版が割れるような音がして、大小無数の黒い破片はレストラン前の階段を跳ねながら下っていく。
それとともに、
「ーーむ」
始の視界に新しい影が生じた。
レストランの脇に拓かれた小道から誰かが歩いてくる。それも、何か大きなものを引き摺る、砂をかき分けて進むような効果音を引き連れながら、だ。
「…………」
睨んだ先にあるのは人影、しかし影を払ったそれは、人というには余りにも手足は太く巨体だ。
銀色の外殻に身を固めた怪物、浅倉の従えていたもう1匹の怪物だった。名をメタルゲラスといったか。人型の犀とも言うべき様相をしたメタルゲラスがその右腕に握り締めたものは、靴にくるまった足。
そして大通りに出て夕陽に照らされた足の主は、
「つかさ!!」
突如として名が叫ばれ、そして何者かが駆け出した。
始の左手から現れた声の主は小柄、デイバックを放り捨ててツインテールをなびかせるのは、先の浅倉との戦いで助けた少女だった。通り過ぎ様に見た少女の顔は、いつになく焦りに濡れている。
(知り合い、否、肉親か)
メタルゲラスへ向かう少女の周囲に変化が生じた。
少女の細い腰には何時の間にかベルトが装着され、その左脇に小さな影が並走していたのだ。大きく跳ねて並ぶ影はバッタを思わせる動き、少女は小さい影が高く跳ねたところをつかみ取る。
それを構えて、
「変しーーーーーー」
やはりあのベルトは仮面ライダーとなるための器具だったらしい。
だが、
(駄目だ)
始は少女の行動にダメ出しを入れる。変身するのが遅過ぎる、と。
今のメタルゲラスの手には、つかさというらしい少女が握られているのだから。
『VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOーーーーーーーー!!!』
少女の接近に滾ったのだろうか、メタルゲラスは咆哮とともに腕を振るった。太い4本の指で少女の足を締めつける、その右腕を。
浅倉が青年をレストランに叩き込んだ時と同じ要領だ。足を起点にして振るわれたつかさの身体は、風圧と遠心力によって伸びきり、さながら棍棒かバットの様相を描いて振り抜かれる。
その延長線上にあるのはツインテールの少女。
「あぅっ!!」
遠心力の恩恵を受けたつかさの頭が、少女の頬を殴りつけた。
抜き放たれたつかさの頭が遠心力を失って道路に叩き付けられるその前で、頬を赤く痛めた少女は背中から道路へと倒れていく。このまま倒れれば、少女もまた頭部を路上に叩き付けるだろう。
だがそれを、スロープを駆け下りた浅倉が受け止めた。
しかしそこに親切心や温情などあろう筈がない。そのことは、浅倉が掴んだ部位が少女のツインテールであったあたりで察しがついた。始としては、察する以前から解っていたようなものだが。
「ひぃう……!」
左右のツインテールを牽引される痛みに少女の顔が歪んだ。引っ張られるだけでは収まらず、彼女は倒れかけた拍子で半分路上に座っているような姿勢なのだ、牽引のリーチは長い。
浅倉は、そこでも笑っているように見えた。
「お前等」
浅倉は言葉を発した。
「顔、似てんな」
「双子よ!」
髪を引っ張られた姿で、少女は浅倉を睨みつける。
「だったら」
また、嗤った。
「行ってやれよ……!」
直後に浅倉がとった行動は、少女の後頭部に足裏を乗せる事。両腕によって引っ張られたツインテールの間に、鎧によって包まれた黒い足が出張ってくる。
意図を察したのか、少女の顔が青ざめた。
「やめーー」
それがスタートとなったのだろうか。
ぶ、と糸を引き千切るような音がして、少女のツインテールは頭皮から剥離した。
「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!?」
後頭部を踏みつけた足で頭部を踏み抜いたのだ。しかし両手によって掴まれたツインテールはそのまま、握力よりも接合の弱かった毛根は、皮膚と血液と、幾許かの肉片を散らして路上に散った。
そして、悲鳴を上げる少女の顔は踏みつけられるままに路上へ激突する。ごき、と鈍い音がする。あの様子なら、鼻と言わず前歯と言わず、顔を構成する骨格は幾らでもへし折る事が出来ただろう。
だが、
「うぅぅ……!!」
それでも少女は動いた。
浅倉が足を離してから少しの間を置いて、少女は這いつくばった姿勢から匍匐前進に進んでいく。顔はこちらから見る事は出来ないが、おそらくは暴力による整形で骨格の一部は完膚なきまでに破壊されている筈だ。
蜥蜴かなにかのように、頭部に2つの丸い脱毛を刻んだ姿が、路上を這う。
「づか、さぁ……」
意外だな、と始は思う。
邂逅した時の彼女は自分以外の何もかもを憎んだような目をして、それらを死なせる事に躊躇をしない人間のように思われた。しかし今、彼女はこうした姿になったというにも関わらず、つかさの救助を諦めていなかった。
だが目の前で起こる事実は無情だ。
首をもたげた少女の頭上に、メタルゲラスはつかさを掲げた。掴んだ右脚を天に向け、逆さ吊りにされた彼女は腹やら下着やらを露出させるが、今この場にいる中でそれに欲情するものはいない。
「つ、か……!」
吊り下げられた少女の顔を見て、少女は息を飲んだ。
怪物に足を掴まれて引き摺られた少女の顔がいかなるものだったのか、始は想像する事を止める。どうしたって不快にしかならなかったからだ。
その時、
「ぉ、ねへ、ちゃん」
逆さ吊りのつかさが唇を動かした。生きているらしい。
か細く歪んだ声で、だがそれは肉体の損傷による歪みだけではないように思えた。
(あの娘、どんな性根をして……)
心を病んだか、それも当然の状況だと思いつつ、メタルゲラスの動きに始は眉をひそめた。
大きな左手が放り出されるつかさの左脚を鷲掴みにする。怪物の両腕に足を掴まれた人間の行き着く先は古今東西決まりきっている。
「たすけてょ」
それが病んだ少女の遺言となった。
右半身を留めながら左脚は強引に牽引され、つかさという少女は股から左右に引裂かれた。
&color(red){【柊つかさ@なの☆すた 死亡】}
&color(red){【残り 25人】}
「ああ」
双子と言うからには、元々はほとんど同じ顔をしていたに違いない。自分と瓜二つの顔が目の前で断裂されるのはいかなる気分なのだろうか、始にその思いが解る筈はなかった。
ただ、少女の声からそれを察するだけだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
始まりは左脚の付け根が鳴るところからだ。
ご、と岩が砕けるような音がして太ももが有り得ない方向へ曲がり、続けて内股を裂いて大腿骨の骨盤との接合部分が突出した。下着とスカートを引き裂き、尿道から尿を飛び散らせ、子宮を晒しものにして、しかし強靭な人肉はそこで千切れてはくれなかった。
それどころか下腹部で剥離は広がり、避けた服の中から腹筋を露出させる。始には見えなかったが、メタルゲラスは少女の背筋を目にしていただろう。それでも肉は引き剥がされ続け、遂には胸部に至る。
女性体として平たいながらも精一杯の自己主張をしていた乳房は、その片割を永久に失う事となる。次代を育てるために蓄えられようとしていた脂質は飛び散り、乳腺や血管は引き延ばされて千切れ、胸壁を痛めつけ、血液の花を無数に裂かせる。
左腕、逆さまになった現状では右腕なのかもしれないが、始から見て左側の腕は肩が砕けたらしい。肩甲骨との絆を失った腕は単なる枝分かれした肉だ、その重みに振り乱れながら、引き剥がされていく肉体に持っていかれてしまった。
そうしていよいよ剥離は頭部に迫る。
まずは首の破壊、引き剥がしは薄っぺらな喉を完全に切断し、食道、気管、頸椎を支える背骨の末端を覗かせ、脳に繋がる神経の束は次々と弾裂していく。ひゅ、と耳を掠めたのは生理的な呼吸の音だったのか。
頬はもぎ取られて上下の歯茎を露見させ、舌が痙攣する口内に風が注がれる。左側の鼻の穴は失われ、瞼を失った眼球は滑り落ち、頭頂部に至ってようやく剥離は終える。頭髪の半分は千切れた方の肉に持っていかれていた。
今やつかさは、否、つかさだったものは、人体模型を我が身で実演していた。
『VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO…………』
つかさを引き裂いたのは、おそらくメタルゲラスの口がベノスネーカーほどに大きくなかったからだろう。細くなったつかさの肉体は、まるで麺を啜るようにしてメタルゲラスに吸い上げられていく。
その様子に、剥離によって大量発生した血液を少女に浴びせている事を気付いた風は、全くなかった。
「……ばっ! がっ、はぁっ、……ぷふっ!!」
位置が悪かった。
つかさを見上げる形となっていた少女は、つかさが秘めていた体液をその顔に浴びる形となってしまったのだ。しかも叫んでいたのが悪い。めいいっぱいに開いた口はさながら餌を求める雛の様相、少女は双子の片割から溢れ出した血や体液を嚥下する羽目になったのだ。
「……はっ」
そして血の滝は途絶え、左の眼球を嚥下したところで少女は息をついた。
直後、
「おおおおぇぇぇぁぁぁぁぁ……」
吐瀉される液体は真っ赤だった。
喉と口を全開にして放たれた嘔吐物に顔を埋めて、少女はそれっきり動かなくなった。
レストラン前の大通りの音は死に絶えた。
両手の指の数に等しい人数がいるであろうに、誰1人として喋るものはいない。目の前の暴力を前にして何れもが言葉と心を失い、語るものがいなければ器物はそれに応えない。人に始まり物で終わる静寂に鼓膜は寂しいと叫び、耳鳴りだけがおわす者共の耳を苛む。
だがその中にあって声を作れる者がいる。
加害者だ。
「はは……っ」
紫の鎧を身に包んだ浅倉は、鎧に守られた肩を小刻みに上下させる。幾度となく連呼する、は、という哄笑が大気を叩き、仰け反った首は見ている筈もない空へと向けられた。
その嗤いが、酷く気に障る。
「貴様ーー」
カードを仕舞い込んだポケットに手を滑らせ、始は浅倉へ1歩を踏み出す。
掲げた足裏が路上を踏んだ、直後、
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーーーーーー!!!!』
哄笑を掻き消す咆哮が大通りを揺らした。
「!!?」
大音量は重力に似ている。あらゆる物体を透過し、全てに与えられる衝撃を受け、何人かの人影が膝をつく。そうでないものであっても、思わず耳を抑えざるを得ない猛りだ。
ビルは窓という窓を口にして、しゃ、という大合唱を唄う合唱隊に早変わりだ。1棟につき何十個はあるであろう窓口は硝子を打ち砕くことを歌声とし、路上にたむろする小人どもへ形ある歌声の雨を降らせる。
誰も彼もが耳を塞ぎうずくまるところに注いだ硝子の雨は、まさしく弱り目に祟り目を表現する。
「……ぐ」
咆哮に降り注ぐ雨がどれほど降り注いだだろうか。硝子の破片は積雪のように始へのしかかり、重さこそないものの、硬質な痛みが突き刺さる。右膝をついて頭を垂れていた始は震える足を奮い立たせ、体中に乗る硝子を手で払った。
そして、周囲がいやに影っている事に気付く。
何であろうか、と見上げ、
「…………!!」
太陽を遮る赤龍の姿に目を見開いた。
見やる余裕もなく、しかし見るまでもなく周囲の者共は自分と同じなのだと理解する。これに気付けないほどの愚か者は有り得ない、という事だろう。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA…………!!』
唸り声をあげる龍は、先から少年や少女を喰らい続ける化物の同類らしかった。
光沢で何処か無機質な身体と瞳のない双眸は、ベノスネーカーやメタルゲラスに通じる様相だ。ベノスネーカーのように長い胴を持つが身体は赤く、爪もあれば牙もある。顎を縁取る牙や細長い髭は、東洋の龍を再現していた。
極めつけはその威圧感だ。
空中に長胴をうねらせた姿が重力を強めているかのようだ。たった1回の咆哮で周囲一体の窓硝子を粉砕した龍は、まさしく鏡写しの世界の支配者といった風体、この世界に2体といない覇王の存在感だった。
だがそれを前にして尚、浅倉は哄笑の姿勢を変えようとはしない。
「来たか、ドラグレッダー」
浅倉は龍の名を、そして到来を予期していたらしかった。
何故解ったのだろうか、と始は思い、
(あの時砕いた箱……!)
レストランへ青年を叩き込んだ直後に、浅倉の左手は何か黒い箱を握りつぶしていた。やはりあれは、ベノスネーカーやメタルゲラスを支配する道具と同じものだったのだ。あの赤い龍、ドラグレッダーなるモンスターもまた箱に隷属する怪物の1体。それが砕かれた事で、今現れた。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA…………』
ドラグレッダーの凶貌は浅倉を見据えて離さない。
さながら箱を砕いた主を、青年を害した浅倉を許すまじと怒っているかのようだ。
(だが)
まずい、と始は思う。
浅倉があの箱で変身する仮面ライダーのいた世界の人間だったならば、箱を砕いたことによって、それに隷属するモンスターが現れることは予想してしかるべきだ。現にドラグレッダーが現れた今も、浅倉は微塵も揺るがない。
(何か、企んでいる……!!)
何を企んでいる、反復するように始は思い、しかし目の前にしてドラグレッダーは動いた。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーーーーーー!!!』
巨体を軽やかにうねらせ、ドラグレッダーの開かれた牙が強襲する。
空気を穿って向かう先に立つのは、紫の鎧を纏う浅倉威。
バックルに装填した箱から取り出した1枚のカードをドラグレッダーに掲げる、浅倉威だ。
(あれは)
思う言葉を音にする間もなかった。
それほどまでの須臾であったし、何より、掲げられたカードとドラグレッダーが接触する寸然に起きた強烈な発光が始の網膜を貫いたからだ。
「ぐ、ぅ」
腕を交差して両目を守り、だがそれも10秒と満たない短時間。しかし取り戻された視界は劇的な光景を描いている。
ドラグレッダーの姿がないのだ。
龍の姿は今や浅倉が掲げるカードの中にある。
「契約完了、だ」
告げる浅倉は、どこに隠していたのだろうか、ベノスネーカーを模す杖を取り出した。
コブラの形相を象る杖の先端はやや平らに広がっている。カードを親指と人差し指で摘んだ掌は形相の後頭部に触れ、するとその部位がスライドしてスロットが飛び出す。
丁度手にしたカードが嵌るような大きさだ、と始が思った通りに浅倉はカードをスロットに挿入、叩き付けられた五指によってスロットはカードごと杖内部に送り込まれる。
直後に杖の双眸が発光、電子音声が響く。
『ADVENT』
それは契約を意味する言葉であり、どうやらカードそのものの種名でもあったらしい。そして同時に、契約の履行を求める命令でも、あったらしい。
姿を消していたドラグレッダーが、ビルの合間からその長胴を出現させる。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーーーーーー!!!』
浅倉の頭上でとぐろを巻いたドラグレッダーの姿は、先ほどまでとは違ってどこか意図的だ。
「支配、されたのか」
それは始の言葉ではなかった。
この場にいる十数人の人影、そのうちのどれか1つが紡いだ声である。だがそこに込められた感情は始のそれと同種のものであり、また、この場にいる浅倉以外の全員が抱いている思いでもあっただろう。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーーーーーー!!』
『SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
『VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOーー!!』
上空のドラグレッダーに対抗するかのように、ベノスネーカーとメタルゲラスも浅倉の背後に現れた。
赤い龍、紫の大蛇、銀鎧の犀、3体の異形を従える浅倉の哄笑は、いよいよをもって堪え切れないところまで来たらしい。咆哮の中にあって、その耳障りな愉悦は確かに聴こえる。
「はは……! はははははははははっ!!」
身を仰け反らせ、腕を、顔を、喜悦を辺りへ撒き散らすかのように振り回す。狂人じみた振る舞いだ。
「……これで!」
不意に、哄笑混じりの言葉が紡がれた。
「これでっ! ようやくっ!! 始められるよなぁ!!!」
「何をだ」
始は問い返さずにいられなかった。
「我々を攫い、惨殺した人間を怪物に喰わせ、ーーこの上何を望んでいる!!?」
「戦いだ!!! それ以外に何がある!!!」
断言は響く。
「カードデッキを手に入れた今、我慢する必要はねぇんだ!! 距離も場所も関係ねぇ、このミラーワールドがある限り、鏡がある限り、どこに至って化物共で引きずり込めるんだからなぁ!!!」
一息。
「あのババアの言う事聞くこたぁねぇんだ……!! 俺達は!! 俺達で!! 殺し合おうぜ!!!」
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