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「魔法少女、これからも。(中編)」(2011/02/17 (木) 18:53:35) の最新版変更点
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*魔法少女、これからも。(中編) ◆Vj6e1anjAc
先行したガジェットの軍団が、聖王のゆりかごへと向かっていって。
3人組の妹達が、それを追うように出撃して。
高町なのはとユーノ・スクライアの2人が、彼女らを迎え撃つために出てくる。
「聖王陛下サマは出てこないのね」
ドゥーエは脱出艇の操縦席につき、その光景を頬杖をつきながら眺めていた。
「出せないのよ。ゆりかごのシステムは、彼女の生命反応がなければ機能しないから」
「それもそうか」
どうやら敵はこちらの逮捕よりも、ゆりかごによる逃走を優先させるつもりらしい。
なるほど、あのボロボロな状態ならば、その方が賢明な判断か。
ウーノの返事を耳に入れながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
その傍らで長女の五指は、せわしなくキーボードを叩いている。
戦況に応じてガジェットのAIを書き換え、戦術をリアルタイムで変更しているのだ。
さすがに何百何千という機体を動かすのは無理だそうだが、これくらいならばギリギリ許容範囲とのこと。
「……ま、せいぜい高見の見物でもさせてもらおうかしら」
言いながら、ドゥーエは両手を後頭部で組み合わせた。
今の彼女に仕事はない。せいぜいスカリエッティとのコンタクトを試し続けるくらいだ。
戦闘能力に乏しく、ウーノ程のスキルもない隠密型には、できることなどさしてないだろう。
今回の仕事は、プレシアを刺し殺しておしまいか。
そんな暢気なことを考えながら、未だ返事をよこさない、通信画面を見つめていた。
◆
「はあぁぁぁぁーっ!」
女の叫びが戦場を揺らす。
女の右手が風を切り裂く。
妖しく煌めく太刀筋が、緑色の軌跡を描いた。
轟――鳴り響くは破壊の咆哮。
刀身から放たれた莫大な妖気が、無数の敵機へと襲いかかる。
爆散。爆裂。そして爆砕。
まるで獣の軍勢だ。鉄の軍勢を噛み砕き、飲み込み蹂躙する剣の波動を、エースオブエースはそう評していた。
「IS発動、レイストーム」
「!」
上空より響く、声。
程なくして天から殺到するのは、雲霞のごときレーザーの束。
殺意を孕んだ光の嵐を、縫うようにしてかわしていく。
白衣の女が天に向けるは、腰だめに構えた漆黒の杖。
「ディバィィィーンッ――」
魔法の呪文を口にした。
桜花の光が杖に宿った。
己が身より湧き上がる奇跡の波動を、練り上げかき集め砲弾へと変える。
魔力スフィアの照り返しを受け、バリアジャケットを輝かせる姿は、さながら神話に謳われた女神か。
「バスタァァァァァ―――ッ!!」
それが奇跡の砲弾のトリガーだ。
チャージされた桃色の魔力が、叫びと共に解放される。
風を唸らせ、大気を焦がし。
伝説の龍のブレスのごとく。
膨大なエネルギーの奔流が、一条の光線となって発射された。
「っ……」
目標には、当たらず。
茶髪を短く切った戦闘機人には、しかし命中することなく。
敵の射撃をことごとく飲み込み、天上高く放たれたそれは、虚空を穿つのみに留まった。
「アクセルシューター!」
黒杖ルシフェリオンを振る動作に合わせ、魔力の宝珠が展開される。
逃げるターゲットを追いかけるべく、10発の誘導弾を連続発射。
反撃に放たれた緑の光雨は、自身がそうしたようにかわしていった。
しかし半数が避け切れず、空中で相殺・四散した。
そして残り半数も、横合いから飛んできたブーメランに、次々と叩き落とされていく。
「くっ……!」
そして今度は、右脇からの強襲だ。
弾丸のごとき速度で突っ込んでくるガジェットⅡ型を、右手の妖刀で叩き落とす。
両断された残骸は、しばし虚しく宙を舞い、彼女の背後で爆発した。
魔性の剛剣・爆砕牙を構え直し、女は態勢を立て直す。
「はぁ、はぁっ……」
微かに息を荒げながら、エースオブエース・高町なのはは、次なる敵機へと魔力弾を放った。
今の彼女の戦闘スタイルは、爆砕牙とルシフェリオンの二刀流だ。
そうでもして立ち回らなければ、とても手数が足りなかった。
恐らくフィールドから出たことで、能力制限から解き放たれたのだろう。
あのアルハザードを脱出してから、魔法の調子は元に戻っていた。
しかし、もはやその程度の条件では、余裕を取り戻すには至れないのだ。
日付が変わってからの6時間の中で、なのはは二度もの激戦を繰り広げていた。
呪われし魔剣を携えた、異世界の八神はやてとの苦闘。
最強の不死者を自負していた、コーカサスアンデッドとの死闘。
立て続けに行われた戦いは、なのはの魔力と体力を、極限まで奪い取っていたのだ。
(このままじゃジリ貧だ……!)
眼下のユーノを見やりながら。
焦りの冷や汗を浮かべながら。
放たれるガジェットのレーザーを、プロテクションの光で防いだ。
双剣の機人を相手取る彼も、どうにか防衛線を築いてはいるが、
恐らくは自分同様、かなり厳しい戦いを強いられているだろう。
疲労は鎖となって四肢に付きまとい、負傷は体力を五体から削ぎ落とす。
本来なら楽勝であるはずのガジェットとの戦いが、今はどうしようもなくキツい。
そこに3体ものナンバーズだ。勝算の有無は、火を見るよりも明らかだった。
「っ!?」
その瞬間、背後より襲いかかる気配。
反応した時には既に遅かった。
極限状態に追いつめられたなのはは、それほどまでに判断力を削られていた。
触手のごとく迫るのは、ガジェットⅠ型の真紅のコード。
総勢4機の鉄の機影が、純白の四肢へと絡みつく。
「くぅっ……!」」
無人兵器の金のモノアイが、視界の片隅でちかちかと光る。
ぎりぎりと込められる圧力が、女の手足の自由を奪う。
利き腕でない方の右手から、爆砕牙がすり抜けるようにして落ちた。
両手両足を縛られたなのはは、空中で大の字になって拘束されていた。
「なのは! うわっ……!」
「ユーノ君っ!」
眼下から響いてきた悲鳴に、弾かれたようにして視線を向ける。
地上を見れば、ガジェットの一斉砲火を喰らったユーノが、後方へと吹っ飛ばされる姿が目に移った。
そしてそこへと迫る追撃の影。
茶髪の少女の振り上げる双剣と、桃髪の女が構えるブーメラン。
このままでは彼が八つ裂きにされる――!
「っ……レイジングハート、ブラスタービット!」
首から提げた愛機へと号令。
同時に背後に顕現するのは、黄金に輝く4つの聖槍。
レイジングハートの穂先を模した、合計4基の機動砲台が、なのはの背中から一斉に放たれる。
斬――と触手を切り裂いたビットは、その勢いを保ったまま、ユーノの待つ地上へと飛び去った。
天を舞い地へと迫る様は、さながら宇宙より降り注ぐ金色の流星。
その先端より放たれるのは、彗星のごとく煌めく灼熱の砲火。
どん、どん、どん、どん。
連続して放たれた砲撃が、ディードとセッテの2人を牽制する。
《すまない、なのは》
敵が後ずさった隙に、態勢を立て直したユーノから、なのはの脳へと念話が届いた。
《どういたしまして。それより、ユーノ君……》
《うん、思った以上に消耗が響いてる……このままじゃじきに押し切られるよ》
聞くや否や、耳に飛び込んできたのは爆発音。
先ほど放ったブラスタービットが、オットーのレイストームに撃ち落とされたのだ。
ひび割れ傷ついたフォルムが、爆炎に呑まれ消えていく。
その様はまさに未来の暗示だ。金の装甲に映ったのは、なのは自身の顔だった。
《……ユーノ君。ほんの少しの間でいいから、敵の戦闘機人を一か所に留められる?》
故になのははそう切りだした。
これ以上戦闘を長引かせるわけにはいかない。
そうなれば我が身どころか、ヴィヴィオ諸共共倒れだ。
この身に限界が来る前に、勝負をつけなければならなかった。
この力が枯れ果てる前に、覚悟を決めなければならなかった。
《やってみせるよ。というか、ちょうど同じことを考えてたところだ》
《何だかんだ言って、考えることは一緒か》
《君の考えくらい分かるよ。お互い、付き合い長かったしね》
くすり、と互いに苦笑を向き合わせた。
こんな状況でも笑っていられるのは、暢気というか、何というか。
まぁそれでも、そんな気分になってしまうのも仕方ない。
今肩を並べて戦っているユーノは、異なる世界で生きてきた、それも4年も前の人間なのに。
それでも心が通じ合うというのが、何だかおかしく感じられて、何だか暖かく感じられたから。
《――ヴィヴィオ、聞こえる?》
さぁ、そろそろ始めよう。
そのためにはもう1つだけ、条件を満たす必要がある。
最後の準備を整えるべく、なのはは後方へと念話を飛ばした。
◆
「なのはママ……!」
聖王のゆりかご、玉座の間。
そこに1人残されたヴィヴィオは、苦闘を続ける魔導師の姿を、不安げな視線をもって見つめていた。
ぐ、と手のひらを握りしめる。
もどかしい。
もっと早くゆりかごが直れば、彼女達を回収して逃げることができるのに。
自分がここから離れられれば、飛び込んで共に戦うことができるのに。
誰も死なせないと決めた誓いを、今の自分は果たせずにいる。
事実は自責となって胸に刺さり、ヴィヴィオの心を苛んでいく。
だが、それももうすぐ終わりだ。既にゆりかごの自己修復は、残り20パーセントを切っている。
完全に修復が完了すれば、なのは達を助けに行ける――
《――ヴィヴィオ、聞こえる?》
そこまで思考した、その瞬間。
外の光景が大映しになったモニターに、新たなウィンドウが表示された。
画面越しに伝わってくるのは、母なのはから届いた念話だ。
「ママ? どうしたの?」
一体何があったのだろうか。まさか、何か悪い知らせでもあるのだろうか。
嫌な予感を感じ取ったヴィヴィオは、おずおずとなのはに問いかける。
その様子は幼子そのものだ。
聖王モードと化したことで、大きく成長した姿には、ひどく不釣り合いな仕種だった。
《今、ゆりかごの修復率はどれくらい?》
「84パーセント……もうすぐ、また飛び立てるようになるよ」
《うん、ならいいんだ……いい、ヴィヴィオ? ゆりかごが飛べるようになったら、すぐにこの世界から離脱して》
「えっ……!?」
一瞬、耳を疑った。
目の前の顔が発した声を、言葉通りに受け止められなかった。
世界が反転したかのような。
天と地がひっくり返ったかのような、衝撃と虚脱感が襲いかかった。
何だ、それは?
この人は一体何を言っているんだ?
すぐにこの世界から離脱? 馬鹿な。そんなことができるものか。
それはつまり修理が終わったら、なのは達の帰還を待たず、即座に逃げろということじゃないか。
冗談じゃない。それじゃあ筋が通らないじゃないか。
みんなで帰ると決めたはずなのに、何故2人を見捨てなければならないのだ。
「なのはママ……それって、どういう……」
軽い放心状態の中、何とかそれだけを口にした。
《残念だけど、ママ達はもう帰れないの……
今ここで私達が、ゆりかごに戻るために後退したら、そのまま敵に押し切られちゃう。
だから私達は、ヴィヴィオを無事に帰すために、敵を抑えておかなくちゃならない》
理屈で判断するのなら、なのはの言うことはもっともだ。
少しずつ減ってきてはいるが、それでもガジェットの数はまだ多い。戦闘機人に至っては、未だ3機とも健在だ。
浮上時の無防備なところを狙われれば、所詮レプリカにすぎないゆりかごは、あっという間に攻略されてしまうだろう。
「そんな……そんなの駄目だよっ!」
それでも、そんなものはあくまで理屈だ。
理屈と感情は全くの別物だ。
そんな事実を受け入れられるほど、ヴィヴィオは冷徹な人間ではなかった。
「ユーノさんや、なのはママを置いてくなんて……ママ達を守るって、決めたのにっ……!」
涙がぼろぼろと溢れ出す。
ルビーとエメラルドが水滴に滲む。
オッドアイの両目から、とめどなく雫が込み上げてきた。
もう少しで、手が届くのに。
もう少しで、助けに行けたのに。
それでも諦めなければならないのか。最愛の母を捨て置いて、自分1人だけで生き延びなければならないのか。
そんな残酷な結論を、貴方は私に迫るというのか――!
《――大丈夫》
刹那。
耳を打った、母の声。
今まで自分を支えてくれた、優しくも力強いエースの声。
今まで自分を愛してくれた、慈愛に満ちたなのはの声だ。
《ヴィヴィオは、私に言ってくれたよね。ひとりで立って歩けるって……私みたいに強くなるって》
画面に映った母の顔は、これまで見てきたどの顔よりも、優しく穏やかに笑っていた。
この戦乱の最中にありながら。
まるで戦闘などなかったかのように。
画面越しの高町なのはは、何度となく惹かれたその笑顔を、涙するヴィヴィオに向けている。
《だから私は、ヴィヴィオに“これから”を託せるの。
ひとりでも歩いていけるって……強く優しくなるって信じてるから、ヴィヴィオを送り出していけるんだよ》
生まれて初めて巡り会った、自分に優しくしてくれる人。
生まれて初めてこうなりたいと思えた、誰よりも強く立派な人。
生まれた時からずっとずっと、私を支えてくれたなのはママ。
生まれた時からずっとずっと、私を愛してくれたなのはママ。
《だからお願い。ヴィヴィオだけは生き延びて。
この事件に巻き込まれた、全ての人達が生きた証を、生きて帰って、みんなに伝えて。
きっとそれが私達の――生きた証になるはずだから》
ああ、ずるいなぁ。
そんな笑顔を向けられたら、断るに断れなくなってしまう。
もうどんな反論も無駄なのだと、思い知らされてしまうじゃないか。
「……うん……」
高町なのはの最大の強さは、圧倒的な大火力でも、堅牢無比の防御力でもない。
自分がこうと決めたなら、最後までその道を貫き通す、決して折れない不屈の心だ。
そのなのはママが心に決めた想いを、誰かに止められるはずもない。
そのなのはママが心に抱いた願いを、誰かが止めていいはずもない。
「約束するよ……必ず、生きてミッドチルダに帰るって……みんなが生きてきた証は……絶対に無駄にしないって」
改めて、誓いを口にした。
貫き通すと決めた想いを、声に出して宣言した。
それが高町なのはにとって、せめてもの救いとなるのなら。
それが高町なのはにとって、一番の報いになるのなら。
《ありがとう――》
最高の笑顔をその顔に浮かべて、ヴィヴィオの愛したなのはママは、モニターの上から姿を消した。
◆
願いは伝えた。
想いは届けた。
これでいい。思い残すことはなくなった。
これでもう何も怖くない。
どんな戦いであろうとも、迷うことなく飛び込んでいける。
たとえこの身体が朽ち果てようとも、一切の後悔を抱くことなく、この身を捧げることができる。
この身がこの地に眠っても、その魂は死ぬことはなく。
受け継いだあの子が生きる限り、永遠に生き続けるだろう。
《……いくよ、なのは》
ああ、なんてことだろう。
今にも死んでしまいそうなほど、身体中が軋んでいるのに。
命を投げ出すような作戦に、身を投げ込もうとしているのに。
この殺し合いで多くを喪ったあの子の背中に、自分の死すらも背負わせようとしているというのに。
《うん》
私は今――この上なく幸せに感じてしまっているのだ。
◆
(何をする気なんだ、あれは?)
内心でオットーが訝しがる。
高町なのはが奇妙な行動に出たのは、ちょうどこの瞬間だった。
これまで戦闘行動を続けていた、白いバリアジャケットの魔導師が、突如高度を上げ始めたのだ。
高く、ただ高く。
上へ、上へと飛んでいく。
ちょうど今まさに彼女と戦っていた自分の、およそ倍の高度まで上がったところで、彼女は静かに停止した。
分かっているはずだ。
そんな高度に敵はいないということも。
そんなことに意味はないということも。
ならば何故、そこまで飛ぶ?
ゆりかごを守らなければならないこの状況で、何故戦場からわざわざ遠ざかる必要がある?
《まずいわね……彼女、集束砲のチャージを始めるつもりだわ》
その疑問は即座に氷解した。
己が身体に組み込まれた無線に、ウーノが通信を入れてきたからだ。
なるほど確かに、それならばあの行動にも合点がいく。
強力な魔法のチャージを行う際、その術者は完全に無防備になる。
敵の攻撃を逃れるために、射程外へ退避したというのなら、合理的だと言えるだろう。
《撃ち落としなさい。あれを撃たせては駄目よ》
言われるまでもない。
恐らく敵はこの一撃で、一気にケリをつけるつもりなのだろう。
もちろん、既に敵は虫の息だ。普通なら警戒する程の相手ではない。
しかし不屈のエースオブエースは、普通の範疇に収まる相手ではないのだ。
たとえ満身創痍の身体でも、あの集束魔法を撃たれれば、こちらもただではすまなくなる。
そうなるのは真っ平御免だった。故にレイストームの照準を、天上のなのはへと合わせた。
びゅん、と。
両脇から2つの影が飛び出す。
ツインブレイズを携えたディードと、ブーメランブレードを構えたセッテが、ターゲット目掛けて上昇する。
そちらの思うようにはさせない。
むしろ我々3姉妹の手で、逆に高町なのはに終止符を打ってやる。
「――ぐぅっ!?」
刹那。
ぐっ、と何かが食い込むのを感じた。
弾幕を放とうとした自分の身を、何物かが強固に圧迫する感触を覚えた。
これは一体何なのだ。攻撃を止めたのは一体何だ。
己が身体を見下ろした先には、緑の光を放つ魔力の鎖。
「ぅっ……!」
「ガ……ッ!」
うめき声が近づいてくる。
近づいたと思えば遠ざかる。
頭上へ飛んでいったはずのディード達が、眼下へ落ちていくのを感じた。
そして自分自身もまた、地上へと急速に手繰り寄せられていった。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーっ!」
風圧の中で耳にしたのは、ユーノ・スクライアの放つ雄叫び。
緑の鎖の正体は、彼の魔力によって形成された、拘束魔法・チェーンバインド。
魔道の枷を嵌められた身体は、懸命な抵抗も虚しく地に堕ちる。
ウーノやドゥーエの待つ脱出艇へと、身体が勢いよく放り出される。
《そんな……一体どこに、あれほどの力が……!?》
驚愕も露わなウーノの声が聞こえた。
それはオットー自身も感じた驚愕だ。
「逃がす、ものかぁぁぁぁっ!」
何故あの男はこうまでやれる。
とうに魔力の尽きかけた男が、何故こうまで強力なバインドを発動できる。
考えられる可能性があるなら、それは火事場の馬鹿力。
自身の生存を度外視し、生命維持に必要なエネルギーさえも、根こそぎ発揮したが故の力。
こいつはそれほどの覚悟なのか。
それほどまでに思い詰めて、これだけの力を発揮したのか。
「くっ……!」
避けられない。
身動きがまるでとれやしない。
このままではあの一撃を喰らってしまう。
このまま反撃ができなければ、高町なのはの本気の一撃を、まともにこの身に浴びてしまう。
エースオブエースの必殺技が――集束魔法の一撃が、来る!
◆
「風は空に、星は天に――」
ぽぅ、と輝く光があった。
空に瞬く小さな光が、1つまた1つと浮かんでいった。
夜空に煌めく星々のように、淡い光が天に浮かんで。
夜空を駆ける流星のように、桜の光が天を走って。
されど今は夜ではない。光の浮かぶ空は青く、天頂に座しているのは太陽だ。
なればこそ、蒼天に煌めく星々は、自然の放つ煌めきではなく。
「――不屈の心は、この胸に」
人の想いが手繰り寄せた、魔道の輝きに他ならなかった。
円環をなすテンプレートが、天上を駆け廻り形を生む。
青一色の大空へと、桜色のラインが刻まれていく。
その円の中心にて脈動するのは、より強く大きな魔力の結晶。
人が己の身より湧き立たせ、形を成した奇跡の力――超特大の魔力スフィアだ。
光は全てを飲み込んでいく。
暗黒のブラックホールのように、全ての光を取り込んでいく。
高町なのはが繰り出した、幾多の攻撃魔法の桃の光も。
ユーノ・スクライアが繰り出した、数多の防御魔法の緑の光も。
この地の大気に漂っていた、様々な色の光でさえも。
がしゃん、がしゃんと響く音。
漆黒の杖に備えられた、カートリッジシステムの駆動音。
鋼の弾丸に封じられた魔力が、コッキング音と共に解放される。
この身の魔力は僅かしかない。一撃で勝負を決するためには、限界までエネルギーを取り込まねばならない。
デイパックの中に貯め込んでいた、予備のカートリッジさえもロード。
10発、20発と装填した弾丸が、己が身に魔力を注ぎ込んでいく。
「――――――っ」
同時に五体を襲うのは、苦痛。
このルシフェリオンに備わった機能が、見た目通りのものであるなら。
10年前のレイジングハートと、寸分たがわぬ構造であるのなら。
当時未成熟であったカートリッジ・システムは、術者の身体にも負担を強いる、諸刃の剣でもあるはずだった。
数発ロードするだけでも、相当な苦痛を強いるものを、既に2桁も使っているのだ。
その身にはね返る反動は、10年前の比ではなかった。
狙いを定めようとするだけで、全身の関節が砕けそうになる。
身体中の穴という穴から、鮮血がどくどくと溢れ出てくる。
目の前は霞み、意識は揺らぎ、もはや足元すらもおぼつかず、地へと墜ちてしまいそうになる。
それでも。
だとしても。
構うものか、と杖を握った。
負けるものかと己を鼓舞した。
どうせこの身はここで朽ちる。この一撃を放てば最期、高町なのはの肉体は、永遠に失われることになる。
ならば、何を気にすることがあろうか。
何を恐れることがあろうか。
どうせ中途半端に痛むくらいなら、地獄の苦痛を味わってもいい。
不発に終わるくらいなら、全力全開の覚悟で臨む。
痛みと苦しみに震える手を、確固たる意志で構えさせた。
血の涙が流れる双眸を、不屈の心で見開かせた。
持てる力の全てを込めて、狙うべき標的を確かに見定め、脈動するスフィアを地へと向けた。
轟――と。
耳に入った爆音は、自身の放ったものではない。
遥か眼下に身を横たえた、聖王のゆりかごの船体が、再び浮上を開始したのだ。
まったく、妙にちょうどいいタイミングで浮き上がるものだ。
ほんの少し、苦笑が漏れた。
ならばそれも悪くない。
この命の最期の一花を、愛娘に見せつけてやるのも悪くない。
ああ、そうだ。そうしよう。
これから放つ一撃を、彼女への餞別に捧げよう。
この命の全てを燃やし尽くし、盛大な花火で見送ってやろう。
それが母親としてしてやれる、最期のことであるならば。
エースオブエースと謳われた己の、持てる力と誇りの全てを、この一撃に注ぎ込んでやる。
「受けてみて」
デバイスの非殺傷モードを解除。
ありとあらゆるリミッターを解放し、星の光を最大限に高める。
殺さずに捕えるという選択肢は、既に存在していなかった。
眼下に拘束された者達は、どの道ミッドチルダへ連れて行くことはできない。
余計な手心を加えていては、確実にヴィヴィオを守りきることはできないかもしれない。
故に、一切の手加減はできない。彼女達には悪いとは思うが、目の前の標的は、ここで消す。
長きに渡る戦いの果てに、最後にたどりついたのは。
死と殺戮のゲームの中で、力強く否定し続けてきたはずの、殺意という名の意識だった。
「正真正銘――」
それでも、それを悔やむつもりはない。
後悔なんてあるはずがない。
自分自身で選んだ道だ。
他の誰でもない自分が選び、自分の手足で道を進み、自分の意志で示した選択肢だ。
殺人の業は自分で背負う。
自分で決めたことならば、自分で受け止めることができる。
だから、この手を止めはしない。
決して歩みを止めることなく、自分の道を貫いてみせる。
「――これが最後の、全力全開!」
魔法の杖を高々と掲げた。
決意の言葉を高らかに叫んだ。
大気をも震わす桜花の光は、自身が最も頼りとする超新星の煌めき。
管理局最強のエースとまで呼ばれた、高町なのはが思い描く、何物にも敗れぬ最強のイメージ。
この身に宿す力を。
この身が描く奇跡を。
今、万感の想いと共に。
揺らぐことなく駆け抜けた、不屈の誓いの名の下に。
これが高町なのはの放つ、一世一代の輝きだ――!
「スターライトォォォ―――ブレイカアアァァァァァァァァ―――――――――ッッッ!!!」
奇跡の名前を口にした。
それが最後のトリガーだった。
煌々と輝く極星は、引き金を引かれた弾丸は、遂に地上へと発射された。
極限まで練り上げられた集束砲は、その軌道を微塵もぶれさせることなく、鮮やかな直線を描いて降下する。
仮に彼方から見た者がいれば、それは美しき彗星として、その者の瞳に映るだろう。
されどそこに込められた破壊力は、彗星と呼ぶにはあまりにも苛烈。
目の前の大気の壁はぶち破った。
目の前に漂う空気は焼き焦がした。
必倒? 必殺? もはや必滅の領域だろうか。
全天全地、三千世界の果てまでも、万象一切を滅ぼさんばかりの一撃は、さながら新星の大爆発。
熾烈、激烈、そして猛烈。
いかな形容詞を並べようとも、その本質には届かない。
いかに言葉で言い表そうとも、その真実には至らない。
宇宙創成の瞬間を、誰も見たことがないように。
天地創造の大爆発を、誰も言い表すことができないように。
道理の通らぬことが起きた時、人はそれを奇跡と呼ぶ。
道理を捻じ曲げてみせるからこそ、奇跡は奇跡として存在たりえる。
故に幾千万の奇跡を束ね、一条の光へとまとめた波動は、
地表へと着弾した瞬間、容易く世界の法則を捻じ曲げた。
雲ひとつないサバンナの大地に、巻き起こったのは熱風の嵐。
弾丸につきまとった衝撃波が、地表を舐め回し駆け廻り、獰猛な竜巻を形成する。
サイクロンをなす熱風は、その場に在った一切を、瞬きの間に蒸発させた。
無様に大地に横たわった、半壊状態の脱出艇も。
血と肉と鋼を元に構成された、一騎当千の超人達も。
超人達をも抑え込んでいた、魔性に輝く緑の鎖も。
死を前に微笑みさえ浮かべていた、盾と結界を操る魔導師すらも。
そこに善悪の区別はなく、有象無象の容赦もなく。
全てが平等に公平に、極大の奇跡へと飲み込まれ、存在を無為へと掻き消されていく。
どん、と爆発音が続いた。
最初に悲鳴を上げたのは、ナンバーズの脱出艇の動力だ。
スラスター周辺の故障により、容易く魔力の侵入を許したそれは、なす術もなく爆炎によじれた。
続いて炸裂したものは、彼女らが運んでいた積み荷だ。
プレシア・テスタロッサの研究成果には、当然ロストロギアの現物も存在する。
言うなれば火事に晒されたダイナマイト。
それが途方もないほどに、規模を拡大させたと考えればいい。
アルハザードの技術によって、大量の魔力を蓄えた遺失物は、次々と大爆発を起こし消えた。
激突が衝撃を巻き起こし。
衝撃が新たな衝撃を呼ぶ。
大地をめくり、岩盤を削り。
無間地獄をも連想させる破壊の連鎖は、戦場一帯を丸々呑み込み、世界に巨大な風穴を開けた。
見る者の網膜を、聞く者の鼓膜をも焼き切らんばかりの大爆発は、
この文明なき辺境の世界に、深々とクレーターを刻んだのだった。
目を覆いたくなるほどのカラミティが過ぎ去り。
耳を疑いたくなるほどの静寂が訪れ。
ぱらぱらと虚空を舞う桃色の残滓と、もうもうと立ち込める灰色の煙のみが、世界の全てを支配した頃。
純白の装束に身を包んだ天使が、ゆっくりと戦場跡へ墜ちていった。
ふわり、ふわりと風を掴み。
重力が衰えたかのような緩慢さで。
まるで桜の花びらのような、光の群れに包まれて。
ぼろぼろに引き裂けた戦装束を、翼のように羽ばたかせながら、魔導師の成れの果てが地に墜ちていく。
もう、何も残っていない。
自らが生み出した弾丸は、自らの身体の力の全てを、根こそぎ奪い取ってしまった。
天を掴む羽は実体を失い。
地を貫く杖は身を砕かれた。
もはや生きているのかどうかさえも、曖昧となった搾り滓が、ゆっくりと焦土へと向かっていく。
「……なのはママァァァァァァァ―――っ!!!」
聞こえるはずのない声が、彼女の耳に届いた気がした。
墜ちていく魔法使いの顔に、笑みが浮かんでいたような気がした。
◆
「やーれやれ、結局今回は出番なしか……」
退屈そうな女の声が、薄暗い部屋にこだまする。
無人となった時の庭園の、プレシア・テスタロッサの部屋。
誰もいないはずのその部屋で、1人のうら若い女性が、大魔導師の椅子に腰かけていた。
「邪悪な魔女と化学者は、正義の味方に退治され、悪夢のゲームはめでたくおしまい……
……何となく嫌な予感はしてたから、元々目立たないようにはしてたんだけどねぇ」
ぐわん、とリクライニングを傾けながら、右手を高々と掲げる。
外見年齢の割には大人げない仕種で、手に握った携帯端末をいじり回す。
左肩に刻み込まれた、藍色の羽の刺青が、妙に印象に残る女だった。
「ま、異世界の技術が手に入っただけでも、収穫とさせてもらいますかね」
言いながら、ひょいっ、と席を立った。
背もたれを倒し寝そべっていた身体を、飛び跳ねるようにして軽やかに起こす。
かつりと漆黒のブーツを鳴らして、女は出口へ向かって歩いていった。
「それにこれだけの小説があれば、しばらく暇潰しには困らないだろうし」
にっかと笑って見つめたものは、右手に持った携帯端末。
『CROSS-NANOHA』――表示されたアルファベットは、キングの携帯電話に登録されたサイトと、全く同じ名前だった。
違うところを挙げるならば、そこに蓄えられた蔵書量か。
プレシアが観測者の世界と評した世界――そこに存在するオリジナルのサイトと、
寸分たがわぬ量のテキストが、彼女の端末には保存されていた。
この実験における女の貢献度は、あのジェイル・スカリエッティに比べればあまりにも低い。
せいぜい強固な首輪を作るために、自分達の特異体質のデータを、プレシアに与えてやったくらいだ。
当然、大した見返りを望める立場ではない。
だからこそ彼女は、プレシアにとって価値が薄そうで、なおかつ自分にとっては楽しめるもの――この小説を報酬として所望した。
これが見事に大当たりだったのは、僥倖としか言いようがない。
管理局の英雄達や、異世界のヒーロー達の活躍を、様々な解釈・見地から楽しむことができるのだ。
史実通りとまでは行かずとも、アクション小説・時代劇小説としては、十分に楽しめるものだった。
「さってと! みんなも待たせちゃってるし、そろそろ元の世界に帰りましょうか」
ぱたん、と携帯端末を閉じる。
ぷしゅ、と自動ドアを開く。
黒ずくめの衣装を翻し、硬質なブーツの足音を鳴らして。
藍の羽のタトゥーを持った、プレシア・テスタロッサの最後の協力者は、誰にも知られることなく庭園を去った。
「これにてバトルロワイアルは終了。
フッケバインの大親分――カレン・フッケバイン姉さんは、本業に戻らせてもらいますよ、っと」
◆
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*魔法少女、これからも。(中編) ◆Vj6e1anjAc
先行したガジェットの軍団が、聖王のゆりかごへと向かっていって。
3人組の妹達が、それを追うように出撃して。
高町なのはとユーノ・スクライアの2人が、彼女らを迎え撃つために出てくる。
「聖王陛下サマは出てこないのね」
ドゥーエは脱出艇の操縦席につき、その光景を頬杖をつきながら眺めていた。
「出せないのよ。ゆりかごのシステムは、彼女の生命反応がなければ機能しないから」
「それもそうか」
どうやら敵はこちらの逮捕よりも、ゆりかごによる逃走を優先させるつもりらしい。
なるほど、あのボロボロな状態ならば、その方が賢明な判断か。
ウーノの返事を耳に入れながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
その傍らで長女の五指は、せわしなくキーボードを叩いている。
戦況に応じてガジェットのAIを書き換え、戦術をリアルタイムで変更しているのだ。
さすがに何百何千という機体を動かすのは無理だそうだが、これくらいならばギリギリ許容範囲とのこと。
「……ま、せいぜい高見の見物でもさせてもらおうかしら」
言いながら、ドゥーエは両手を後頭部で組み合わせた。
今の彼女に仕事はない。せいぜいスカリエッティとのコンタクトを試し続けるくらいだ。
戦闘能力に乏しく、ウーノ程のスキルもない隠密型には、できることなどさしてないだろう。
今回の仕事は、プレシアを刺し殺しておしまいか。
そんな暢気なことを考えながら、未だ返事をよこさない、通信画面を見つめていた。
◆
「はあぁぁぁぁーっ!」
女の叫びが戦場を揺らす。
女の右手が風を切り裂く。
妖しく煌めく太刀筋が、緑色の軌跡を描いた。
轟――鳴り響くは破壊の咆哮。
刀身から放たれた莫大な妖気が、無数の敵機へと襲いかかる。
爆散。爆裂。そして爆砕。
まるで獣の軍勢だ。鉄の軍勢を噛み砕き、飲み込み蹂躙する剣の波動を、エースオブエースはそう評していた。
「IS発動、レイストーム」
「!」
上空より響く、声。
程なくして天から殺到するのは、雲霞のごときレーザーの束。
殺意を孕んだ光の嵐を、縫うようにしてかわしていく。
白衣の女が天に向けるは、腰だめに構えた漆黒の杖。
「ディバィィィーンッ――」
魔法の呪文を口にした。
桜花の光が杖に宿った。
己が身より湧き上がる奇跡の波動を、練り上げかき集め砲弾へと変える。
魔力スフィアの照り返しを受け、バリアジャケットを輝かせる姿は、さながら神話に謳われた女神か。
「バスタァァァァァ―――ッ!!」
それが奇跡の砲弾のトリガーだ。
チャージされた桃色の魔力が、叫びと共に解放される。
風を唸らせ、大気を焦がし。
伝説の龍のブレスのごとく。
膨大なエネルギーの奔流が、一条の光線となって発射された。
「っ……」
目標には、当たらず。
茶髪を短く切った戦闘機人には、しかし命中することなく。
敵の射撃をことごとく飲み込み、天上高く放たれたそれは、虚空を穿つのみに留まった。
「アクセルシューター!」
黒杖ルシフェリオンを振る動作に合わせ、魔力の宝珠が展開される。
逃げるターゲットを追いかけるべく、10発の誘導弾を連続発射。
反撃に放たれた緑の光雨は、自身がそうしたようにかわしていった。
しかし半数が避け切れず、空中で相殺・四散した。
そして残り半数も、横合いから飛んできたブーメランに、次々と叩き落とされていく。
「くっ……!」
そして今度は、右脇からの強襲だ。
弾丸のごとき速度で突っ込んでくるガジェットⅡ型を、右手の妖刀で叩き落とす。
両断された残骸は、しばし虚しく宙を舞い、彼女の背後で爆発した。
魔性の剛剣・爆砕牙を構え直し、女は態勢を立て直す。
「はぁ、はぁっ……」
微かに息を荒げながら、エースオブエース・高町なのはは、次なる敵機へと魔力弾を放った。
今の彼女の戦闘スタイルは、爆砕牙とルシフェリオンの二刀流だ。
そうでもして立ち回らなければ、とても手数が足りなかった。
恐らくフィールドから出たことで、能力制限から解き放たれたのだろう。
あのアルハザードを脱出してから、魔法の調子は元に戻っていた。
しかし、もはやその程度の条件では、余裕を取り戻すには至れないのだ。
日付が変わってからの6時間の中で、なのはは二度もの激戦を繰り広げていた。
呪われし魔剣を携えた、異世界の八神はやてとの苦闘。
最強の不死者を自負していた、コーカサスアンデッドとの死闘。
立て続けに行われた戦いは、なのはの魔力と体力を、極限まで奪い取っていたのだ。
(このままじゃジリ貧だ……!)
眼下のユーノを見やりながら。
焦りの冷や汗を浮かべながら。
放たれるガジェットのレーザーを、プロテクションの光で防いだ。
双剣の機人を相手取る彼も、どうにか防衛線を築いてはいるが、
恐らくは自分同様、かなり厳しい戦いを強いられているだろう。
疲労は鎖となって四肢に付きまとい、負傷は体力を五体から削ぎ落とす。
本来なら楽勝であるはずのガジェットとの戦いが、今はどうしようもなくキツい。
そこに3体ものナンバーズだ。勝算の有無は、火を見るよりも明らかだった。
「っ!?」
その瞬間、背後より襲いかかる気配。
反応した時には既に遅かった。
極限状態に追いつめられたなのはは、それほどまでに判断力を削られていた。
触手のごとく迫るのは、ガジェットⅠ型の真紅のコード。
総勢4機の鉄の機影が、純白の四肢へと絡みつく。
「くぅっ……!」」
無人兵器の金のモノアイが、視界の片隅でちかちかと光る。
ぎりぎりと込められる圧力が、女の手足の自由を奪う。
利き腕でない方の右手から、爆砕牙がすり抜けるようにして落ちた。
両手両足を縛られたなのはは、空中で大の字になって拘束されていた。
「なのは! うわっ……!」
「ユーノ君っ!」
眼下から響いてきた悲鳴に、弾かれたようにして視線を向ける。
地上を見れば、ガジェットの一斉砲火を喰らったユーノが、後方へと吹っ飛ばされる姿が目に移った。
そしてそこへと迫る追撃の影。
茶髪の少女の振り上げる双剣と、桃髪の女が構えるブーメラン。
このままでは彼が八つ裂きにされる――!
「っ……レイジングハート、ブラスタービット!」
首から提げた愛機へと号令。
同時に背後に顕現するのは、黄金に輝く4つの聖槍。
レイジングハートの穂先を模した、合計4基の機動砲台が、なのはの背中から一斉に放たれる。
斬――と触手を切り裂いたビットは、その勢いを保ったまま、ユーノの待つ地上へと飛び去った。
天を舞い地へと迫る様は、さながら宇宙より降り注ぐ金色の流星。
その先端より放たれるのは、彗星のごとく煌めく灼熱の砲火。
どん、どん、どん、どん。
連続して放たれた砲撃が、ディードとセッテの2人を牽制する。
《すまない、なのは》
敵が後ずさった隙に、態勢を立て直したユーノから、なのはの脳へと念話が届いた。
《どういたしまして。それより、ユーノ君……》
《うん、思った以上に消耗が響いてる……このままじゃじきに押し切られるよ》
聞くや否や、耳に飛び込んできたのは爆発音。
先ほど放ったブラスタービットが、オットーのレイストームに撃ち落とされたのだ。
ひび割れ傷ついたフォルムが、爆炎に呑まれ消えていく。
その様はまさに未来の暗示だ。金の装甲に映ったのは、なのは自身の顔だった。
《……ユーノ君。ほんの少しの間でいいから、敵の戦闘機人を一か所に留められる?》
故になのははそう切りだした。
これ以上戦闘を長引かせるわけにはいかない。
そうなれば我が身どころか、ヴィヴィオ諸共共倒れだ。
この身に限界が来る前に、勝負をつけなければならなかった。
この力が枯れ果てる前に、覚悟を決めなければならなかった。
《やってみせるよ。というか、ちょうど同じことを考えてたところだ》
《何だかんだ言って、考えることは一緒か》
《君の考えくらい分かるよ。お互い、付き合い長かったしね》
くすり、と互いに苦笑を向き合わせた。
こんな状況でも笑っていられるのは、暢気というか、何というか。
まぁそれでも、そんな気分になってしまうのも仕方ない。
今肩を並べて戦っているユーノは、異なる世界で生きてきた、それも4年も前の人間なのに。
それでも心が通じ合うというのが、何だかおかしく感じられて、何だか暖かく感じられたから。
《――ヴィヴィオ、聞こえる?》
さぁ、そろそろ始めよう。
そのためにはもう1つだけ、条件を満たす必要がある。
最後の準備を整えるべく、なのはは後方へと念話を飛ばした。
◆
「なのはママ……!」
聖王のゆりかご、玉座の間。
そこに1人残されたヴィヴィオは、苦闘を続ける魔導師の姿を、不安げな視線をもって見つめていた。
ぐ、と手のひらを握りしめる。
もどかしい。
もっと早くゆりかごが直れば、彼女達を回収して逃げることができるのに。
自分がここから離れられれば、飛び込んで共に戦うことができるのに。
誰も死なせないと決めた誓いを、今の自分は果たせずにいる。
事実は自責となって胸に刺さり、ヴィヴィオの心を苛んでいく。
だが、それももうすぐ終わりだ。既にゆりかごの自己修復は、残り20パーセントを切っている。
完全に修復が完了すれば、なのは達を助けに行ける――
《――ヴィヴィオ、聞こえる?》
そこまで思考した、その瞬間。
外の光景が大映しになったモニターに、新たなウィンドウが表示された。
画面越しに伝わってくるのは、母なのはから届いた念話だ。
「ママ? どうしたの?」
一体何があったのだろうか。まさか、何か悪い知らせでもあるのだろうか。
嫌な予感を感じ取ったヴィヴィオは、おずおずとなのはに問いかける。
その様子は幼子そのものだ。
聖王モードと化したことで、大きく成長した姿には、ひどく不釣り合いな仕種だった。
《今、ゆりかごの修復率はどれくらい?》
「84パーセント……もうすぐ、また飛び立てるようになるよ」
《うん、ならいいんだ……いい、ヴィヴィオ? ゆりかごが飛べるようになったら、すぐにこの世界から離脱して》
「えっ……!?」
一瞬、耳を疑った。
目の前の顔が発した声を、言葉通りに受け止められなかった。
世界が反転したかのような。
天と地がひっくり返ったかのような、衝撃と虚脱感が襲いかかった。
何だ、それは?
この人は一体何を言っているんだ?
すぐにこの世界から離脱? 馬鹿な。そんなことができるものか。
それはつまり修理が終わったら、なのは達の帰還を待たず、即座に逃げろということじゃないか。
冗談じゃない。それじゃあ筋が通らないじゃないか。
みんなで帰ると決めたはずなのに、何故2人を見捨てなければならないのだ。
「なのはママ……それって、どういう……」
軽い放心状態の中、何とかそれだけを口にした。
《残念だけど、ママ達はもう帰れないの……
今ここで私達が、ゆりかごに戻るために後退したら、そのまま敵に押し切られちゃう。
だから私達は、ヴィヴィオを無事に帰すために、敵を抑えておかなくちゃならない》
理屈で判断するのなら、なのはの言うことはもっともだ。
少しずつ減ってきてはいるが、それでもガジェットの数はまだ多い。戦闘機人に至っては、未だ3機とも健在だ。
浮上時の無防備なところを狙われれば、所詮レプリカにすぎないゆりかごは、あっという間に攻略されてしまうだろう。
「そんな……そんなの駄目だよっ!」
それでも、そんなものはあくまで理屈だ。
理屈と感情は全くの別物だ。
そんな事実を受け入れられるほど、ヴィヴィオは冷徹な人間ではなかった。
「ユーノさんや、なのはママを置いてくなんて……ママ達を守るって、決めたのにっ……!」
涙がぼろぼろと溢れ出す。
ルビーとエメラルドが水滴に滲む。
オッドアイの両目から、とめどなく雫が込み上げてきた。
もう少しで、手が届くのに。
もう少しで、助けに行けたのに。
それでも諦めなければならないのか。最愛の母を捨て置いて、自分1人だけで生き延びなければならないのか。
そんな残酷な結論を、貴方は私に迫るというのか――!
《――大丈夫》
刹那。
耳を打った、母の声。
今まで自分を支えてくれた、優しくも力強いエースの声。
今まで自分を愛してくれた、慈愛に満ちたなのはの声だ。
《ヴィヴィオは、私に言ってくれたよね。ひとりで立って歩けるって……私みたいに強くなるって》
画面に映った母の顔は、これまで見てきたどの顔よりも、優しく穏やかに笑っていた。
この戦乱の最中にありながら。
まるで戦闘などなかったかのように。
画面越しの高町なのはは、何度となく惹かれたその笑顔を、涙するヴィヴィオに向けている。
《だから私は、ヴィヴィオに“これから”を託せるの。
ひとりでも歩いていけるって……強く優しくなるって信じてるから、ヴィヴィオを送り出していけるんだよ》
生まれて初めて巡り会った、自分に優しくしてくれる人。
生まれて初めてこうなりたいと思えた、誰よりも強く立派な人。
生まれた時からずっとずっと、私を支えてくれたなのはママ。
生まれた時からずっとずっと、私を愛してくれたなのはママ。
《だからお願い。ヴィヴィオだけは生き延びて。
この事件に巻き込まれた、全ての人達が生きた証を、生きて帰って、みんなに伝えて。
きっとそれが私達の――生きた証になるはずだから》
ああ、ずるいなぁ。
そんな笑顔を向けられたら、断るに断れなくなってしまう。
もうどんな反論も無駄なのだと、思い知らされてしまうじゃないか。
「……うん……」
高町なのはの最大の強さは、圧倒的な大火力でも、堅牢無比の防御力でもない。
自分がこうと決めたなら、最後までその道を貫き通す、決して折れない不屈の心だ。
そのなのはママが心に決めた想いを、誰かに止められるはずもない。
そのなのはママが心に抱いた願いを、誰かが止めていいはずもない。
「約束するよ……必ず、生きてミッドチルダに帰るって……みんなが生きてきた証は……絶対に無駄にしないって」
改めて、誓いを口にした。
貫き通すと決めた想いを、声に出して宣言した。
それが高町なのはにとって、せめてもの救いとなるのなら。
それが高町なのはにとって、一番の報いになるのなら。
《ありがとう――》
最高の笑顔をその顔に浮かべて、ヴィヴィオの愛したなのはママは、モニターの上から姿を消した。
◆
願いは伝えた。
想いは届けた。
これでいい。思い残すことはなくなった。
これでもう何も怖くない。
どんな戦いであろうとも、迷うことなく飛び込んでいける。
たとえこの身体が朽ち果てようとも、一切の後悔を抱くことなく、この身を捧げることができる。
この身がこの地に眠っても、その魂は死ぬことはなく。
受け継いだあの子が生きる限り、永遠に生き続けるだろう。
《……いくよ、なのは》
ああ、なんてことだろう。
今にも死んでしまいそうなほど、身体中が軋んでいるのに。
命を投げ出すような作戦に、身を投げ込もうとしているのに。
この殺し合いで多くを喪ったあの子の背中に、自分の死すらも背負わせようとしているというのに。
《うん》
私は今――この上なく幸せに感じてしまっているのだ。
◆
(何をする気なんだ、あれは?)
内心でオットーが訝しがる。
高町なのはが奇妙な行動に出たのは、ちょうどこの瞬間だった。
これまで戦闘行動を続けていた、白いバリアジャケットの魔導師が、突如高度を上げ始めたのだ。
高く、ただ高く。
上へ、上へと飛んでいく。
ちょうど今まさに彼女と戦っていた自分の、およそ倍の高度まで上がったところで、彼女は静かに停止した。
分かっているはずだ。
そんな高度に敵はいないということも。
そんなことに意味はないということも。
ならば何故、そこまで飛ぶ?
ゆりかごを守らなければならないこの状況で、何故戦場からわざわざ遠ざかる必要がある?
《まずいわね……彼女、集束砲のチャージを始めるつもりだわ》
その疑問は即座に氷解した。
己が身体に組み込まれた無線に、ウーノが通信を入れてきたからだ。
なるほど確かに、それならばあの行動にも合点がいく。
強力な魔法のチャージを行う際、その術者は完全に無防備になる。
敵の攻撃を逃れるために、射程外へ退避したというのなら、合理的だと言えるだろう。
《撃ち落としなさい。あれを撃たせては駄目よ》
言われるまでもない。
恐らく敵はこの一撃で、一気にケリをつけるつもりなのだろう。
もちろん、既に敵は虫の息だ。普通なら警戒する程の相手ではない。
しかし不屈のエースオブエースは、普通の範疇に収まる相手ではないのだ。
たとえ満身創痍の身体でも、あの集束魔法を撃たれれば、こちらもただではすまなくなる。
そうなるのは真っ平御免だった。故にレイストームの照準を、天上のなのはへと合わせた。
びゅん、と。
両脇から2つの影が飛び出す。
ツインブレイズを携えたディードと、ブーメランブレードを構えたセッテが、ターゲット目掛けて上昇する。
そちらの思うようにはさせない。
むしろ我々3姉妹の手で、逆に高町なのはに終止符を打ってやる。
「――ぐぅっ!?」
刹那。
ぐっ、と何かが食い込むのを感じた。
弾幕を放とうとした自分の身を、何物かが強固に圧迫する感触を覚えた。
これは一体何なのだ。攻撃を止めたのは一体何だ。
己が身体を見下ろした先には、緑の光を放つ魔力の鎖。
「ぅっ……!」
「ガ……ッ!」
うめき声が近づいてくる。
近づいたと思えば遠ざかる。
頭上へ飛んでいったはずのディード達が、眼下へ落ちていくのを感じた。
そして自分自身もまた、地上へと急速に手繰り寄せられていった。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーっ!」
風圧の中で耳にしたのは、ユーノ・スクライアの放つ雄叫び。
緑の鎖の正体は、彼の魔力によって形成された、拘束魔法・チェーンバインド。
魔道の枷を嵌められた身体は、懸命な抵抗も虚しく地に堕ちる。
ウーノやドゥーエの待つ脱出艇へと、身体が勢いよく放り出される。
《そんな……一体どこに、あれほどの力が……!?》
驚愕も露わなウーノの声が聞こえた。
それはオットー自身も感じた驚愕だ。
「逃がす、ものかぁぁぁぁっ!」
何故あの男はこうまでやれる。
とうに魔力の尽きかけた男が、何故こうまで強力なバインドを発動できる。
考えられる可能性があるなら、それは火事場の馬鹿力。
自身の生存を度外視し、生命維持に必要なエネルギーさえも、根こそぎ発揮したが故の力。
こいつはそれほどの覚悟なのか。
それほどまでに思い詰めて、これだけの力を発揮したのか。
「くっ……!」
避けられない。
身動きがまるでとれやしない。
このままではあの一撃を喰らってしまう。
このまま反撃ができなければ、高町なのはの本気の一撃を、まともにこの身に浴びてしまう。
エースオブエースの必殺技が――集束魔法の一撃が、来る!
◆
「風は空に、星は天に――」
ぽぅ、と輝く光があった。
空に瞬く小さな光が、1つまた1つと浮かんでいった。
夜空に煌めく星々のように、淡い光が天に浮かんで。
夜空を駆ける流星のように、桜の光が天を走って。
されど今は夜ではない。光の浮かぶ空は青く、天頂に座しているのは太陽だ。
なればこそ、蒼天に煌めく星々は、自然の放つ煌めきではなく。
「――不屈の心は、この胸に」
人の想いが手繰り寄せた、魔道の輝きに他ならなかった。
円環をなすテンプレートが、天上を駆け廻り形を生む。
青一色の大空へと、桜色のラインが刻まれていく。
その円の中心にて脈動するのは、より強く大きな魔力の結晶。
人が己の身より湧き立たせ、形を成した奇跡の力――超特大の魔力スフィアだ。
光は全てを飲み込んでいく。
暗黒のブラックホールのように、全ての光を取り込んでいく。
高町なのはが繰り出した、幾多の攻撃魔法の桃の光も。
ユーノ・スクライアが繰り出した、数多の防御魔法の緑の光も。
この地の大気に漂っていた、様々な色の光でさえも。
がしゃん、がしゃんと響く音。
漆黒の杖に備えられた、カートリッジシステムの駆動音。
鋼の弾丸に封じられた魔力が、コッキング音と共に解放される。
この身の魔力は僅かしかない。一撃で勝負を決するためには、限界までエネルギーを取り込まねばならない。
デイパックの中に貯め込んでいた、予備のカートリッジさえもロード。
10発、20発と装填した弾丸が、己が身に魔力を注ぎ込んでいく。
「――――――っ」
同時に五体を襲うのは、苦痛。
このルシフェリオンに備わった機能が、見た目通りのものであるなら。
10年前のレイジングハートと、寸分たがわぬ構造であるのなら。
当時未成熟であったカートリッジ・システムは、術者の身体にも負担を強いる、諸刃の剣でもあるはずだった。
数発ロードするだけでも、相当な苦痛を強いるものを、既に2桁も使っているのだ。
その身にはね返る反動は、10年前の比ではなかった。
狙いを定めようとするだけで、全身の関節が砕けそうになる。
身体中の穴という穴から、鮮血がどくどくと溢れ出てくる。
目の前は霞み、意識は揺らぎ、もはや足元すらもおぼつかず、地へと墜ちてしまいそうになる。
それでも。
だとしても。
構うものか、と杖を握った。
負けるものかと己を鼓舞した。
どうせこの身はここで朽ちる。この一撃を放てば最期、高町なのはの肉体は、永遠に失われることになる。
ならば、何を気にすることがあろうか。
何を恐れることがあろうか。
どうせ中途半端に痛むくらいなら、地獄の苦痛を味わってもいい。
不発に終わるくらいなら、全力全開の覚悟で臨む。
痛みと苦しみに震える手を、確固たる意志で構えさせた。
血の涙が流れる双眸を、不屈の心で見開かせた。
持てる力の全てを込めて、狙うべき標的を確かに見定め、脈動するスフィアを地へと向けた。
轟――と。
耳に入った爆音は、自身の放ったものではない。
遥か眼下に身を横たえた、聖王のゆりかごの船体が、再び浮上を開始したのだ。
まったく、妙にちょうどいいタイミングで浮き上がるものだ。
ほんの少し、苦笑が漏れた。
ならばそれも悪くない。
この命の最期の一花を、愛娘に見せつけてやるのも悪くない。
ああ、そうだ。そうしよう。
これから放つ一撃を、彼女への餞別に捧げよう。
この命の全てを燃やし尽くし、盛大な花火で見送ってやろう。
それが母親としてしてやれる、最期のことであるならば。
エースオブエースと謳われた己の、持てる力と誇りの全てを、この一撃に注ぎ込んでやる。
「受けてみて」
デバイスの非殺傷モードを解除。
ありとあらゆるリミッターを解放し、星の光を最大限に高める。
殺さずに捕えるという選択肢は、既に存在していなかった。
眼下に拘束された者達は、どの道ミッドチルダへ連れて行くことはできない。
余計な手心を加えていては、確実にヴィヴィオを守りきることはできないかもしれない。
故に、一切の手加減はできない。彼女達には悪いとは思うが、目の前の標的は、ここで消す。
長きに渡る戦いの果てに、最後にたどりついたのは。
死と殺戮のゲームの中で、力強く否定し続けてきたはずの、殺意という名の意識だった。
「正真正銘――」
それでも、それを悔やむつもりはない。
後悔なんてあるはずがない。
自分自身で選んだ道だ。
他の誰でもない自分が選び、自分の手足で道を進み、自分の意志で示した選択肢だ。
殺人の業は自分で背負う。
自分で決めたことならば、自分で受け止めることができる。
だから、この手を止めはしない。
決して歩みを止めることなく、自分の道を貫いてみせる。
「――これが最後の、全力全開!」
魔法の杖を高々と掲げた。
決意の言葉を高らかに叫んだ。
大気をも震わす桜花の光は、自身が最も頼りとする超新星の煌めき。
管理局最強のエースとまで呼ばれた、高町なのはが思い描く、何物にも敗れぬ最強のイメージ。
この身に宿す力を。
この身が描く奇跡を。
今、万感の想いと共に。
揺らぐことなく駆け抜けた、不屈の誓いの名の下に。
これが高町なのはの放つ、一世一代の輝きだ――!
「スターライトォォォ―――ブレイカアアァァァァァァァァ―――――――――ッッッ!!!」
奇跡の名前を口にした。
それが最後のトリガーだった。
煌々と輝く極星は、引き金を引かれた弾丸は、遂に地上へと発射された。
極限まで練り上げられた集束砲は、その軌道を微塵もぶれさせることなく、鮮やかな直線を描いて降下する。
仮に彼方から見た者がいれば、それは美しき彗星として、その者の瞳に映るだろう。
されどそこに込められた破壊力は、彗星と呼ぶにはあまりにも苛烈。
目の前の大気の壁はぶち破った。
目の前に漂う空気は焼き焦がした。
必倒? 必殺? もはや必滅の領域だろうか。
全天全地、三千世界の果てまでも、万象一切を滅ぼさんばかりの一撃は、さながら新星の大爆発。
熾烈、激烈、そして猛烈。
いかな形容詞を並べようとも、その本質には届かない。
いかに言葉で言い表そうとも、その真実には至らない。
宇宙創成の瞬間を、誰も見たことがないように。
天地創造の大爆発を、誰も言い表すことができないように。
道理の通らぬことが起きた時、人はそれを奇跡と呼ぶ。
道理を捻じ曲げてみせるからこそ、奇跡は奇跡として存在たりえる。
故に幾千万の奇跡を束ね、一条の光へとまとめた波動は、
地表へと着弾した瞬間、容易く世界の法則を捻じ曲げた。
雲ひとつないサバンナの大地に、巻き起こったのは熱風の嵐。
弾丸につきまとった衝撃波が、地表を舐め回し駆け廻り、獰猛な竜巻を形成する。
サイクロンをなす熱風は、その場に在った一切を、瞬きの間に蒸発させた。
無様に大地に横たわった、半壊状態の脱出艇も。
血と肉と鋼を元に構成された、一騎当千の超人達も。
超人達をも抑え込んでいた、魔性に輝く緑の鎖も。
死を前に微笑みさえ浮かべていた、盾と結界を操る魔導師すらも。
そこに善悪の区別はなく、有象無象の容赦もなく。
全てが平等に公平に、極大の奇跡へと飲み込まれ、存在を無為へと掻き消されていく。
どん、と爆発音が続いた。
最初に悲鳴を上げたのは、ナンバーズの脱出艇の動力だ。
スラスター周辺の故障により、容易く魔力の侵入を許したそれは、なす術もなく爆炎によじれた。
続いて炸裂したものは、彼女らが運んでいた積み荷だ。
プレシア・テスタロッサの研究成果には、当然ロストロギアの現物も存在する。
言うなれば火事に晒されたダイナマイト。
それが途方もないほどに、規模を拡大させたと考えればいい。
アルハザードの技術によって、大量の魔力を蓄えた遺失物は、次々と大爆発を起こし消えた。
激突が衝撃を巻き起こし。
衝撃が新たな衝撃を呼ぶ。
大地をめくり、岩盤を削り。
無間地獄をも連想させる破壊の連鎖は、戦場一帯を丸々呑み込み、世界に巨大な風穴を開けた。
見る者の網膜を、聞く者の鼓膜をも焼き切らんばかりの大爆発は、
この文明なき辺境の世界に、深々とクレーターを刻んだのだった。
目を覆いたくなるほどのカラミティが過ぎ去り。
耳を疑いたくなるほどの静寂が訪れ。
ぱらぱらと虚空を舞う桃色の残滓と、もうもうと立ち込める灰色の煙のみが、世界の全てを支配した頃。
純白の装束に身を包んだ天使が、ゆっくりと戦場跡へ墜ちていった。
ふわり、ふわりと風を掴み。
重力が衰えたかのような緩慢さで。
まるで桜の花びらのような、光の群れに包まれて。
ぼろぼろに引き裂けた戦装束を、翼のように羽ばたかせながら、魔導師の成れの果てが地に墜ちていく。
もう、何も残っていない。
自らが生み出した弾丸は、自らの身体の力の全てを、根こそぎ奪い取ってしまった。
天を掴む羽は実体を失い。
地を貫く杖は身を砕かれた。
もはや生きているのかどうかさえも、曖昧となった搾り滓が、ゆっくりと焦土へと向かっていく。
「……なのはママァァァァァァァ―――っ!!!」
聞こえるはずのない声が、彼女の耳に届いた気がした。
墜ちていく魔法使いの顔に、笑みが浮かんでいたような気がした。
◆
「やーれやれ、結局今回は出番なしか……」
退屈そうな女の声が、薄暗い部屋にこだまする。
無人となった時の庭園の、プレシア・テスタロッサの部屋。
誰もいないはずのその部屋で、1人のうら若い女性が、大魔導師の椅子に腰かけていた。
「邪悪な魔女と化学者は、正義の味方に退治され、悪夢のゲームはめでたくおしまい……
……何となく嫌な予感はしてたから、元々目立たないようにはしてたんだけどねぇ」
ぐわん、とリクライニングを傾けながら、右手を高々と掲げる。
外見年齢の割には大人げない仕種で、手に握った携帯端末をいじり回す。
左肩に刻み込まれた、藍色の羽の刺青が、妙に印象に残る女だった。
「ま、異世界の技術が手に入っただけでも、収穫とさせてもらいますかね」
言いながら、ひょいっ、と席を立った。
背もたれを倒し寝そべっていた身体を、飛び跳ねるようにして軽やかに起こす。
かつりと漆黒のブーツを鳴らして、女は出口へ向かって歩いていった。
「それにこれだけの小説があれば、しばらく暇潰しには困らないだろうし」
にっかと笑って見つめたものは、右手に持った携帯端末。
『CROSS-NANOHA』――表示されたアルファベットは、キングの携帯電話に登録されたサイトと、全く同じ名前だった。
違うところを挙げるならば、そこに蓄えられた蔵書量か。
プレシアが観測者の世界と評した世界――そこに存在するオリジナルのサイトと、
寸分たがわぬ量のテキストが、彼女の端末には保存されていた。
この実験における女の貢献度は、あのジェイル・スカリエッティに比べればあまりにも低い。
せいぜい強固な首輪を作るために、自分達の特異体質のデータを、プレシアに与えてやったくらいだ。
当然、大した見返りを望める立場ではない。
だからこそ彼女は、プレシアにとって価値が薄そうで、なおかつ自分にとっては楽しめるもの――この小説を報酬として所望した。
これが見事に大当たりだったのは、僥倖としか言いようがない。
管理局の英雄達や、異世界のヒーロー達の活躍を、様々な解釈・見地から楽しむことができるのだ。
史実通りとまでは行かずとも、アクション小説・時代劇小説としては、十分に楽しめるものだった。
「さってと! みんなも待たせちゃってるし、そろそろ元の世界に帰りましょうか」
ぱたん、と携帯端末を閉じる。
ぷしゅ、と自動ドアを開く。
黒ずくめの衣装を翻し、硬質なブーツの足音を鳴らして。
藍の羽のタトゥーを持った、プレシア・テスタロッサの最後の協力者は、誰にも知られることなく庭園を去った。
「これにてバトルロワイアルは終了。
フッケバインの大親分――カレン・フッケバイン姉さんは、本業に戻らせてもらいますよ、っと」
◆
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