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*Libra ◆zUZG30lVjY 狩猟とは常に己の忍耐との戦いである。 時にはいつ来るとも分からない獲物を待ちぶせ、時には獲物の痕跡を探って広大な大地を彷徨う。 たとえ丸一日の労力が無駄に終わることになったとしても、次の日にも同じことを続けられる忍耐力。 それこそが狩猟に要求される最大の能力だ。 無人の市街地を駆け抜けながら、ランサーはあまりにも基本的な心得を思い返していた。 「(だが……これは狩猟よりもよほど厄介だな)」 思わず歯噛みせずにはいられなかった。 ランサーを狩猟者、セイバーを獲物と喩えるのは容易いが、この表現は的を射たものとは言い難い。 これが"狩猟"であるならば、特定の標的を執拗に追いかける必要はない。 追跡困難と判断した時点でその標的を諦め、別の狩り易い標的を探すべきであり、そのサイクルをいつまでも続けられることこそが狩猟に求められる忍耐である。 唯一無二の標的を追い続ける忍耐力は狩猟に求められるものではないのだ。 ――思い出されるのはグラニアとの逃亡の日々。 怒りに燃えるフィン・マックールは、フィオナ騎士団の総勢のみならず盟約を結んだ外地の兵までも動員し二人を狩り立てた。 過剰とも言える兵力数は、しかし決して過ぎたものではない。 野に解き放たれた野兎一羽。 他のどの野兎でもなく、そのたった一羽を探し出し仕留めることがどれほど困難か分からぬ者はいないだろう。 現実的な手段で成し遂げようとするなら人海戦術で探し当てるより他にない。 翻って、現状はどうか。 総勢七十人――死亡者を十人程度と仮定して、残る六十人前後のうち標的はセイバーただ一人。 それを追うもディルムッド・オディナただ一人。 もはや藁の山から一本の針を見つけ出すにも等しい難行だ。 「(……やはり手がかりが少なすぎる)」 ランサーが得ている手がかりは、学院から見て東の方角に光を見たというただ一点のみ。 その光が具体的にどこで発せられたのかすら定かではなかった。 故にランサーは、ひたすら東へ進みながら破壊の痕跡を探し続けることしかできないでいた。 それでも『不可能だ』と諦めきれないのは、偏に宝具の破壊力の凄まじさを知っているからに他ならない。 光輝の眩さと魔力の迸りから察するに、開放されたのは対軍、あるいはそれ以上の種別の宝具。 ならば地表や周辺構造物に少なからぬ被害がもたらされているはずである。 その痕跡さえ見つかれば有力な手がかりとなるはずだ。 「…………」 この先に、痕跡が、あるのならば。 「だが……いや……」 ランサーは次第に歩みを緩め、やがて立ち止まった。 そも、あの光とセイバーの間に関係がある保証はどこにもない。 冷静になって考えてみればすぐに分かることだ。 仮にセイバーが東におらず、事もあろうに穂乃果を連れた本部の進行方向上に現れたとしたら。 ……結果は火を見るより明らかだ。 脳裏にセイバーとの緒戦とキャスターを相手取った共闘の光景が過ぎる。 ランサー同様、セイバーの宝具は一つではない。彼女は聖剣を覆い隠す風の宝具をも備えている。 しかもそれは単なる隠蔽宝具ではなく、様々な用途に転用可能な万能の逸品なのだ。 後方へ解き放てば音の数倍に比する速度を踏み込みに与える超突風となり。 前方へ解き放てば大量の怪魔を粉砕し肉片に変えて薙ぎ払う破城槌となる。 セイバーがこの宝具を封じられていなかったとしたら―― 万軍すらも吹き飛ばす豪風を二人に向けてしまったとしたら―― いくら本部が技巧者であろうと対抗することは不可能だ。穂乃果もろとも肉片と化して散るだろう。 自身の宝具を持っていないキャスターを任せられ得るとしても、こればかりはどうしようもない。 竜巻を格闘技術で止められる人間はいない。あの宝具はそういう類のものなのだから。 無論、そのような事態にならない可能性もある。 本当にセイバーが東にいた場合でも、偶然二人と行き違った場合でも、風の宝具を封じられていた場合でも、悲劇は回避し得る。 だがそれらは楽観論だ。期待して動いて良いものではない。 「そうでなくとも……やはり、この選択は短絡的だったかもしれない」 ランサーは己の貌を掌で覆うように掴んだ。 幸運が重なって無事に駅まで辿り着けたとしても、穂乃果の安全が保証されるわけではない。 それも、他ならぬこの魔貌のために。   ――もうランサーさんに危ない目に合って欲しくない――   ――お願い、私も連れて行って!―― 穂乃果からそう懇願されたとき、ランサーはこう考えた。 仮に突き放したところで彼女はランサーを追うだろう、彼女のそばに付き護衛した方が安全だろう、と。 もしも穂乃果が推測通りのことを考えていたなら、意識を取り戻した後で自分を追って駅を抜け出してしまうに違いない。 一人彷徨い歩いた先で危険人物と――あるいはセイバーと出遭ってしまったらどうなるか。 今までこの可能性に思い至らなかったのは不覚の一言に尽きる。 彼女の身の安全を案ずるならば、彼女を納得させられぬうちに別行動を取らせるなど愚策の極み。 これでは穂乃果を死地に誘おうとしているも同然。暗愚魯鈍にも程がある。 「穂乃果よ、早まってくれるな……」 ヴィヴィオや本部に引き止めて貰えることを期待することはできない。 何故なら、彼らは穂乃果が「思い入れのある学院に行きたいから」ではなく「ランサーに危ない目に遭って欲しくないから」付いて行ったのだという事実を知らないからだ。 この事実を知らなければ、音ノ木坂学院を訪問できた時点でランサーに付いて行く動機が消えたと思い込んでしまうだろう。 本部は気を失っていたし、穂乃果が心情を吐露したのはヴィヴィオと千夜が本部を伴ってその場を立ち去った後のこと。 唯一、千夜だけは表情を窺い知れる程度の距離にいたが、穂乃果の発言が聞こえていたかは定かではない。 千夜が偶然にも穂乃果の発言を聞き取り、その違和感を彼らに過不足なく伝え、なおかつ彼らが穂乃果の単独行動の可能性に思い至り目を配ってくれるという、極めて都合のいい偶然が重なることに期待するようでは、いよいよ愚昧というより他にあるまい。 最初から気をつけておくことができない以上、ほんの少し、誰にとってもやむを得ない理由を告げて席を外せば、それだけで事が済んでしまう。 まして本部にはキャスターへの対処も託している。駅に穂乃果を届けるなりすぐさま墓地へ向かってしまう可能性も充分にあるのだ。 ひょっとしたら、完全に客観的な視点から確率を計算すれば、最悪の事態に至る可能性は意外と低いのかもしれない。 そもそも最悪の事態に至る展開もまた、複数の不幸な偶然が積み重なった上にしか起こらないのだから。 実はランサーも思考の隅ではそう考えていた。だがそれは最悪の可能性を再優先に考えない理由には成り得ない。 現代風に喩えるなら、装填数六発の回転拳銃に一発だけ弾丸を仕込んだロシアンルーレット。 発砲に至る確率はほんの17%未満であるものの、それを引き当ててしまった結果はあまりにも致命的。 しかも引き金を引くのはランサーだが、銃口を突きつけられているのはランサー本人ではなく、高坂穂乃果という無辜の少女なのである。 それでいて穂乃果にはさしたる益もなく、ただ自分自身の満足感が充足されるのみ。 この状況で引き金を引く者がいるとしたら、キャスターにも肩を並べる真性の下衆であると断じて相違あるまい。 そのような愚行に片足を踏み込みかけていた己を甚く恥じるばかりだ。 思索の末、ランサーは低層の建物を踏み台に跳躍を繰り返し、近隣で最も高い建物の屋上に降り立った。 ここなら広範囲を見渡すには充分な高さがある。おおよそエリア1つ分かそれ以上の範囲を見渡すことができるだろう。 夜間故の視認性の悪さも、サーヴァントの超常的な視力にとってはさほど問題にはならない。 ――本来ならば濃霧が立ち上っていようと4km先を見通すことができるのだが、この戦場における弱体化は視覚にも及んでいるようだ。 「これが最後の賭けだ。何も見つからなければ、すぐにでも――」 川の河口、否、島々を分断する海峡の向こうに病院と思しき建築物が見える。 いかにも傷ついた者達が集まりそうな場所だ。 仮にランサーが無差別殺戮を試みるなら、真っ先に目をつけておく施設の一つだろう。 支給品というシステムが存在する以上、弱者を殺め装備を奪うことは戦力の拡充に直結する。 恥も外聞もかなぐり捨てて勝利を目指すのならという前提ではあるが、序盤の戦略としてこれ以上に有効なものはないはずだ。 あまり快くない想像を働かせながら、視線を手前の方に戻していく。 やがて、今まで見落としていたことが不思議なくらいの『違和感の塊』が目に止まった。 「(橋が――ない?)」 地図が正しければ、現在位置と病院の間の水域をまたぐ橋が存在することになっている。 しかし、どんなに目を凝らしてもそれらしきものは見当たらない。 ランサーは建物から飛び降り、本来橋があるべき場所へと一直線に駆け出した。 時間的猶予はない。最速のクラスの名に恥じぬ俊足で車道を走り抜け、瞬く間に郊外の岸壁まで辿り着く。 そこに広がっていたのは目を疑わずにはいられない光景だった。 橋梁の崩壊自体は想定の範囲内だが、破壊の痕跡が明らかに異質。 爆破による崩壊でも、橋脚の破壊による崩落でもなく、純然たる熱量で丸ごと焼き払らわれている。 一体どれほどの熱量を束ねればこんな芸当が出来るというのか。 「…………」 動かぬ証拠が目の前にある。 しかしながら、ランサーは安易にその場を動こうとはしなかった。 焦りに任せて行動を起こすべきではない。戦士としての経験がそう告げていた。 確かに、この破壊が宝具によってもたらされた公算は高い。 だがそれは『セイバーの宝具によってもたらされた破壊』であることを保証しない。 ランサーは腰に提げた――すぐさま抜き放てるようカードには戻していない――キュプリオトの剣に手をかけた。 征服王イスカンダルの剣。それがここにある以上、名簿に名のないサーヴァントの武具も存在しうると考えるのが道理である。 そう、アーチャーの宝具もまた然り。 バーサーカーに放たれた無数の宝具の中に、真名解放によってこれほどの破壊をもたらす宝具があったとしても何の不思議もないのだ。 しかも問題はそれだけではない。 ――仮に、橋を破壊したのがセイバーであると仮定しよう。 次に浮かぶ疑問は『何故』だ。 対軍宝具、あるいはそれを凌駕する対城宝具や対国宝具の真名解放ともなれば、魔力消費は極めて膨大なものとなる。 大量の魔力を何の意味もなく浪費するサーヴァントなどいるはずがない。 セイバーには橋を壊さなければならない理由があったはずなのだ。 「それも……橋を渡る前に」 破壊の痕跡を見る限り、宝具の真名解放がこちら側の岸で行われたことは確定的だ。 これから渡ろうとする橋を破壊したというのなら、それこそ相応の意味があったに違いない。 真っ先に思い浮かぶのは、不可抗力。 橋に陣取った強大な敵を倒すため止むを得ず橋を巻き込んだというパターンだ。 この場合は単純明快。敵の撃破と引き換えに橋は破壊され、セイバーは渡海を諦めた可能性が高い。 無論、舟などの渡海手段を確保した可能性もあるが。 次に可能性が高いのは生存者の封じ込めだ。 海峡を渡る手段が豊富に存在するとは考えにくく、常人が自力で泳ぐには過酷過ぎる。 つまり、3箇所の橋と1箇所の鉄道橋が破壊されてしまえば、この島にいる参加者の大部分は他の島に移動できなくなる。 こちらの仮説が正しければ、セイバーは未だにこの北西の島に残っているはずだ。 そして三番目、最も可能性の低い仮説。 三つの島を結ぶあらゆる交通手段を途絶させ、全ての参加者から移動の自由を剥奪する―― 「……くっ」 宝具を用いた痕跡さえ見つければ手がかりになるとばかり思っていたが、いざ見つけてみると結果は真逆。 橋が落とされていたという事実が、ランサーに理不尽な選択を突きつけてきていた。 海を渡ったと判断して渡海を試みるべきか。 未だこの島にいると判断して引き返すべきか。 前者は、単なる移動の一環として渡った場合と、諸島全体を巻き込む計略が発動された場合に分かれる。 後者は、島を移ることを諦めた場合と、この島に狙いを絞った封じ込め戦略を取った場合に分かれる。 全体の被害を考慮するなら『島を渡った』と判断するべきだ。 しかし、この島には見知った者達がいる。無力な少女達がいる。 その中には、己の魔貌によって冷静さを失い、いつ死地へと迷い込むかもしれない高坂穂乃果がいるのだ。 もしもセイバーがこの島に残っていたとしたら、彼女達が凶刃に斃れることも覚悟しなければならない。 無様な槍兵が見当違いの方角を彷徨い歩いているうちに―― 今、ランサーの前には天秤がある。 片方の腕には、他の2つの島に送り込まれた顔も知らぬ多数の命。 もう片方の腕には、己の呪いが心惑わせた少女を含む少数の命。 選んだ側が『当たり』ならば両方が危機から逃れられる。 選んだ側が『外れ』ならば選ばれなかった側が危機に陥る。 あまりにも不自由な二択。それでもどちらかを選ばなければならない。 ランサーは苦悶を飲み込み、強く瞼を閉じた。 まさにその瞬間だった。まるで天啓のような策がランサーの頭に思い浮かんだのは。 「そうか、これならば……!」     □  □  □ 結論を言おう。 ランサーは橋の袂を去り、駅に向けて全速力で引き返していた。 『多数』を切り捨て『少数』を選ぶに等しいこの決断。 正しき天秤の守り手たらんとするならば、迷うことなく『多数』を選ぶべきである。 しかし、ランサーはそのように振る舞うことを良しとできなかった。 親しき者も見知らぬ者も強き者も弱き者も『1』と数え、純然たる数量の多寡で生死を切り分けるなど、到底許容することができなかったのだ。 そんなものは人間の考えではない。正しくあり続ける機械装置の在り方だ。 もしも人間がこのような思考回路で動こうとするなら、人間らしい感情を捨て去るか、或いは人間らしい感情を際限なく痛めつけ続けるより他にない。 故にランサーは海峡を前に踵を返した。 騎士として、サーヴァントとしての判断ではなく、心あるヒトとしての、ディルムッド・オディナとしての決断だった。 しかしながら、この判断は決して『多数』を――セイバーが海峡を渡った可能性を切り捨てたものではない。 仮にセイバーがこちらの島にいるとしたら、次に向かうであろう場所は島南部の二つの橋か駅のどちらかである。 橋の破壊が不本意だったなら代わりの移動経路を求めて、意図的な破壊工作なら次なる標的として、いずれにせよ橋か駅を目指すに違いない。 そしてセイバーが東の島へ渡っていたとしても、鉄道を利用して東の島の駅、あるいは南の島の駅に向かえば、セイバーの移動経路に先回りすることも不可能ではない。 また鉄道による移動は、南方にいるであろうキャスターとの遭遇を回避しつつ南の島へ向かえうことができる手段でもある。 即ち、一度駅に引き返すという判断はほぼ全ての可能性に対応できる一手なのだ。 妙手とも言える策を思いつきながらも、ランサーの表情は依然として晴れやかではない。 それどころか、駅に近付くにつれて煩悶の色を強めてすらいた。 薄暗い無人の街を疾走しながら、ランサーはこれから先の行動方針を整理する。 まずはまっすぐ駅に引き返す。到着後はすぐさま全員の安否を確認し、北東の橋が壊されていた事実を報告しなければならない。 そこから先は自分一人で決めるべき事柄ではない。 橋の消滅という要素を踏まえた上で、この島に残り続けるか、鉄道を使って別の島へ移動するか、キャスターとの遭遇を覚悟の上で南下するか。 全員でまとまって動くか、複数に分かれて行動するか。いずれの選択肢を選ぶかは全員の協議の上で決める必要があるだろう。 駅に残った面々に何事もなければ、それで話は終わりだ。ランサー単独での行動も最低限の偵察としての意味が出てくる。 無論、何事もなければ、だが。 「…………」 疾走を続けるランサーの脳裏に一抹の不安が過ぎる。 考えたくもない可能性、あっては欲しくない結末だが、取り返しの付かない事態が既に起こってしまっていたとしたら。 「彼女達のために戦う」「彼女達を護る」程度では到底間に合わない状況に陥っていたとしたら。 ――主催者の少女が告げていた、勝者の特権。願いを叶える権利。 最悪中の最悪が起こってしまったとしたら、ランサーはきっと『それ』を得ることを選択肢の内に入れるだろう。 無論、これは最後の生き残りになりたいと考えていることを意味しない。 一例を挙げるなら、駅の面々が一人を残してみな息絶えていたとして、その一人のために最後の"二人"にまで勝ち残り、己は自刎して優勝を捧げるという場合もありうる。 むしろランサーにとっては、万が一の場合はこのように自己犠牲を以って優勝を捧ぐことになるだろう、という思いの方が強かった。 いずれにせよ、これは最悪の状況において選ばれ得る選択肢の一つに過ぎず、現時点では積極的に狙うつもりなど毛頭ないのだが。 総勢七十名に及ぶ参加者の中には、あらゆる願いを叶える力の実在を疑う者もいるかもしれない。 ランサーがそうした発想に至らなかった理由は、聖杯戦争という魔術儀式(ころしあい)に当事者として参加していたからに他ならない。 時間軸を超越した英霊の座から七体の英霊を招き寄せ、七人の魔術師と共に万能の願望機・聖杯を勝ち取るべく殺し合わせる―― 数的な規模こそ違えど少なからぬ点がこの殺し合いに類似している。 繭と名乗る主催者は全くの素性不明だが、ランサーから見れば御三家と呼ばれる魔術師達も得体の知れなさでは同じこと。 "本当に権利を与えてくれるのか"という疑わしさについても同程度で、そもそもシステム構築者が相手である以上、不正を疑い出せばキリがない。 故にランサーは、現状この点に関して疑うことは全くの徒労であると認識していた。 懐疑的に立ちまわるのは疑わしい根拠が見つかってからでも遅くはない。 「(……彼女達の身にもしものことがあれば……例えどのような形であろうと、俺の責任だ)」 もしもこの場に中立の第三者がいたなら、きっと「君が悪いとは言えない」「暴走して窮地に立つのは自業自得ではないか」と評したかもしれない。 だがランサーは――否、ディルムッドはそう考えることができない質だった。 つねに我が身の苦難よりも相手の心の痛みに想いを致す。それがディルムッド・オディナという男の本質。たとえ騎士道を捨てようと消え失せない生まれ持った色である。 彼が"マスターに従うサーヴァント"として戦う心積もりでいたなら、あくまでも忠節を尽くす道を優先し、このような思考は心の奥底に押し込めていたかもしれない。 しかし、サーヴァントとしてではなくディルムッド・オディナとして戦い抜くと決めたのなら話は別だ。 彼は己に背臣の聖誓(ゲッシュ)を課したグラニア姫のことを生涯――死後でさえも恨むことはなかったが、決して苦悩がなかったわけではない。 栄光への未練もあった。主を裏切ることへの葛藤もあった。背徳に苦悩し続けた。 それでもなお、家族との絆も王女としての誇りも約束された未来も捨て去る決意を固めたグラニアとの逃避行を選んだのだ。 裏を返せば、仮に栄えある騎士団も忠を尽くすべき主君も存在しない状況だったとすれば、彼はグラニアの心の痛みに思いを巡らせ、迷わずその手を取っていたに違いない。 たとえ当代最強を謳われるフィオナ騎士団を敵に回すと分かっていようとも。 そして今、ディルムッドには仕えるべき騎士団も主も存在しない。 一切のしがらみを捨て一人の男として戦場に立つと決めた以上、あの少女達から心の痛みを訴える声と共に手を伸ばされたなら、きっとその手を取ることだろう。 たとえ多くを敵に回すことになろうとも―― 【B-3/市街地/一日目・早朝】 【ランサー@Fate/Zero】 [状態]:ダメージ(小) [装備]:キュプリオトの剣@Fate/zero、村麻紗@銀魂 [道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)      黒カード:不明支給品0~2枚 [思考・行動] 基本方針:『ディルムッド・オディナ』としてこの戦いを戦い抜く。 1:一旦B-2の駅に戻って情報を共有し、セイバー追討ルートを含めた今後の方針を決める。 2:穂乃果達から離れたことに対しての後悔。 3:状況が許す限り、セイバーの追討を優先。場合によっては鉄道も活用する。 4:穂乃果、千夜に「愛の黒子」の呪いがかかったことに罪悪感。 [備考] ※参戦時期はアインツベルン城でセイバーと共にキャスターと戦った後。 ※「愛の黒子」は異性を魅了する常時発動型の魔術です。魔術的素養がなければ抵抗できません。 ※村麻紗の呪いにかかるかどうかは不明です。 ※A-4の橋の消滅を確認しました。 ※セイバーの行先に関しては、向こう岸へ渡った場合とこちら側に残った場合の両方を考慮しています。 *時系列順で読む Back:[[それはあなたと雀が言った]] Next:[[]] *投下順で読む Back:[[僕の修羅が騒ぐ]] Next:[[]] |054:[[タカラモノズ]]|ランサー|:[[]]|
*Libra ◆zUZG30lVjY 狩猟とは常に己の忍耐との戦いである。 時にはいつ来るとも分からない獲物を待ちぶせ、時には獲物の痕跡を探って広大な大地を彷徨う。 たとえ丸一日の労力が無駄に終わることになったとしても、次の日にも同じことを続けられる忍耐力。 それこそが狩猟に要求される最大の能力だ。 無人の市街地を駆け抜けながら、ランサーはあまりにも基本的な心得を思い返していた。 「(だが……これは狩猟よりもよほど厄介だな)」 思わず歯噛みせずにはいられなかった。 ランサーを狩猟者、セイバーを獲物と喩えるのは容易いが、この表現は的を射たものとは言い難い。 これが"狩猟"であるならば、特定の標的を執拗に追いかける必要はない。 追跡困難と判断した時点でその標的を諦め、別の狩り易い標的を探すべきであり、そのサイクルをいつまでも続けられることこそが狩猟に求められる忍耐である。 唯一無二の標的を追い続ける忍耐力は狩猟に求められるものではないのだ。 ――思い出されるのはグラニアとの逃亡の日々。 怒りに燃えるフィン・マックールは、フィオナ騎士団の総勢のみならず盟約を結んだ外地の兵までも動員し二人を狩り立てた。 過剰とも言える兵力数は、しかし決して過ぎたものではない。 野に解き放たれた野兎一羽。 他のどの野兎でもなく、そのたった一羽を探し出し仕留めることがどれほど困難か分からぬ者はいないだろう。 現実的な手段で成し遂げようとするなら人海戦術で探し当てるより他にない。 翻って、現状はどうか。 総勢七十人――死亡者を十人程度と仮定して、残る六十人前後のうち標的はセイバーただ一人。 それを追うもディルムッド・オディナただ一人。 もはや藁の山から一本の針を見つけ出すにも等しい難行だ。 「(……やはり手がかりが少なすぎる)」 ランサーが得ている手がかりは、学院から見て東の方角に光を見たというただ一点のみ。 その光が具体的にどこで発せられたのかすら定かではなかった。 故にランサーは、ひたすら東へ進みながら破壊の痕跡を探し続けることしかできないでいた。 それでも『不可能だ』と諦めきれないのは、偏に宝具の破壊力の凄まじさを知っているからに他ならない。 光輝の眩さと魔力の迸りから察するに、開放されたのは対軍、あるいはそれ以上の種別の宝具。 ならば地表や周辺構造物に少なからぬ被害がもたらされているはずである。 その痕跡さえ見つかれば有力な手がかりとなるはずだ。 「…………」 この先に、痕跡が、あるのならば。 「だが……いや……」 ランサーは次第に歩みを緩め、やがて立ち止まった。 そも、あの光とセイバーの間に関係がある保証はどこにもない。 冷静になって考えてみればすぐに分かることだ。 仮にセイバーが東におらず、事もあろうに穂乃果を連れた本部の進行方向上に現れたとしたら。 ……結果は火を見るより明らかだ。 脳裏にセイバーとの緒戦とキャスターを相手取った共闘の光景が過ぎる。 ランサー同様、セイバーの宝具は一つではない。彼女は聖剣を覆い隠す風の宝具をも備えている。 しかもそれは単なる隠蔽宝具ではなく、様々な用途に転用可能な万能の逸品なのだ。 後方へ解き放てば音の数倍に比する速度を踏み込みに与える超突風となり。 前方へ解き放てば大量の怪魔を粉砕し肉片に変えて薙ぎ払う破城槌となる。 セイバーがこの宝具を封じられていなかったとしたら―― 万軍すらも吹き飛ばす豪風を二人に向けてしまったとしたら―― いくら本部が技巧者であろうと対抗することは不可能だ。穂乃果もろとも肉片と化して散るだろう。 自身の宝具を持っていないキャスターを任せられ得るとしても、こればかりはどうしようもない。 竜巻を格闘技術で止められる人間はいない。あの宝具はそういう類のものなのだから。 無論、そのような事態にならない可能性もある。 本当にセイバーが東にいた場合でも、偶然二人と行き違った場合でも、風の宝具を封じられていた場合でも、悲劇は回避し得る。 だがそれらは楽観論だ。期待して動いて良いものではない。 「そうでなくとも……やはり、この選択は短絡的だったかもしれない」 ランサーは己の貌を掌で覆うように掴んだ。 幸運が重なって無事に駅まで辿り着けたとしても、穂乃果の安全が保証されるわけではない。 それも、他ならぬこの魔貌のために。   ――もうランサーさんに危ない目に合って欲しくない――   ――お願い、私も連れて行って!―― 穂乃果からそう懇願されたとき、ランサーはこう考えた。 仮に突き放したところで彼女はランサーを追うだろう、彼女のそばに付き護衛した方が安全だろう、と。 もしも穂乃果が推測通りのことを考えていたなら、意識を取り戻した後で自分を追って駅を抜け出してしまうに違いない。 一人彷徨い歩いた先で危険人物と――あるいはセイバーと出遭ってしまったらどうなるか。 今までこの可能性に思い至らなかったのは不覚の一言に尽きる。 彼女の身の安全を案ずるならば、彼女を納得させられぬうちに別行動を取らせるなど愚策の極み。 これでは穂乃果を死地に誘おうとしているも同然。暗愚魯鈍にも程がある。 「穂乃果よ、早まってくれるな……」 ヴィヴィオや本部に引き止めて貰えることを期待することはできない。 何故なら、彼らは穂乃果が「思い入れのある学院に行きたいから」ではなく「ランサーに危ない目に遭って欲しくないから」付いて行ったのだという事実を知らないからだ。 この事実を知らなければ、音ノ木坂学院を訪問できた時点でランサーに付いて行く動機が消えたと思い込んでしまうだろう。 本部は気を失っていたし、穂乃果が心情を吐露したのはヴィヴィオと千夜が本部を伴ってその場を立ち去った後のこと。 唯一、千夜だけは表情を窺い知れる程度の距離にいたが、穂乃果の発言が聞こえていたかは定かではない。 千夜が偶然にも穂乃果の発言を聞き取り、その違和感を彼らに過不足なく伝え、なおかつ彼らが穂乃果の単独行動の可能性に思い至り目を配ってくれるという、極めて都合のいい偶然が重なることに期待するようでは、いよいよ愚昧というより他にあるまい。 最初から気をつけておくことができない以上、ほんの少し、誰にとってもやむを得ない理由を告げて席を外せば、それだけで事が済んでしまう。 まして本部にはキャスターへの対処も託している。駅に穂乃果を届けるなりすぐさま墓地へ向かってしまう可能性も充分にあるのだ。 ひょっとしたら、完全に客観的な視点から確率を計算すれば、最悪の事態に至る可能性は意外と低いのかもしれない。 そもそも最悪の事態に至る展開もまた、複数の不幸な偶然が積み重なった上にしか起こらないのだから。 実はランサーも思考の隅ではそう考えていた。だがそれは最悪の可能性を再優先に考えない理由には成り得ない。 現代風に喩えるなら、装填数六発の回転拳銃に一発だけ弾丸を仕込んだロシアンルーレット。 発砲に至る確率はほんの17%未満であるものの、それを引き当ててしまった結果はあまりにも致命的。 しかも引き金を引くのはランサーだが、銃口を突きつけられているのはランサー本人ではなく、高坂穂乃果という無辜の少女なのである。 それでいて穂乃果にはさしたる益もなく、ただ自分自身の満足感が充足されるのみ。 この状況で引き金を引く者がいるとしたら、キャスターにも肩を並べる真性の下衆であると断じて相違あるまい。 そのような愚行に片足を踏み込みかけていた己を甚く恥じるばかりだ。 思索の末、ランサーは低層の建物を踏み台に跳躍を繰り返し、近隣で最も高い建物の屋上に降り立った。 ここなら広範囲を見渡すには充分な高さがある。おおよそエリア1つ分かそれ以上の範囲を見渡すことができるだろう。 夜間故の視認性の悪さも、サーヴァントの超常的な視力にとってはさほど問題にはならない。 ――本来ならば濃霧が立ち上っていようと4km先を見通すことができるのだが、この戦場における弱体化は視覚にも及んでいるようだ。 「これが最後の賭けだ。何も見つからなければ、すぐにでも――」 川の河口、否、島々を分断する海峡の向こうに病院と思しき建築物が見える。 いかにも傷ついた者達が集まりそうな場所だ。 仮にランサーが無差別殺戮を試みるなら、真っ先に目をつけておく施設の一つだろう。 支給品というシステムが存在する以上、弱者を殺め装備を奪うことは戦力の拡充に直結する。 恥も外聞もかなぐり捨てて勝利を目指すのならという前提ではあるが、序盤の戦略としてこれ以上に有効なものはないはずだ。 あまり快くない想像を働かせながら、視線を手前の方に戻していく。 やがて、今まで見落としていたことが不思議なくらいの『違和感の塊』が目に止まった。 「(橋が――ない?)」 地図が正しければ、現在位置と病院の間の水域をまたぐ橋が存在することになっている。 しかし、どんなに目を凝らしてもそれらしきものは見当たらない。 ランサーは建物から飛び降り、本来橋があるべき場所へと一直線に駆け出した。 時間的猶予はない。最速のクラスの名に恥じぬ俊足で車道を走り抜け、瞬く間に郊外の岸壁まで辿り着く。 そこに広がっていたのは目を疑わずにはいられない光景だった。 橋梁の崩壊自体は想定の範囲内だが、破壊の痕跡が明らかに異質。 爆破による崩壊でも、橋脚の破壊による崩落でもなく、純然たる熱量で丸ごと焼き払らわれている。 一体どれほどの熱量を束ねればこんな芸当が出来るというのか。 「…………」 動かぬ証拠が目の前にある。 しかしながら、ランサーは安易にその場を動こうとはしなかった。 焦りに任せて行動を起こすべきではない。戦士としての経験がそう告げていた。 確かに、この破壊が宝具によってもたらされた公算は高い。 だがそれは『セイバーの宝具によってもたらされた破壊』であることを保証しない。 ランサーは腰に提げた――すぐさま抜き放てるようカードには戻していない――キュプリオトの剣に手をかけた。 征服王イスカンダルの剣。それがここにある以上、名簿に名のないサーヴァントの武具も存在しうると考えるのが道理である。 そう、アーチャーの宝具もまた然り。 バーサーカーに放たれた無数の宝具の中に、真名解放によってこれほどの破壊をもたらす宝具があったとしても何の不思議もないのだ。 しかも問題はそれだけではない。 ――仮に、橋を破壊したのがセイバーであると仮定しよう。 次に浮かぶ疑問は『何故』だ。 対軍宝具、あるいはそれを凌駕する対城宝具や対国宝具の真名解放ともなれば、魔力消費は極めて膨大なものとなる。 大量の魔力を何の意味もなく浪費するサーヴァントなどいるはずがない。 セイバーには橋を壊さなければならない理由があったはずなのだ。 「それも……橋を渡る前に」 破壊の痕跡を見る限り、宝具の真名解放がこちら側の岸で行われたことは確定的だ。 これから渡ろうとする橋を破壊したというのなら、それこそ相応の意味があったに違いない。 真っ先に思い浮かぶのは、不可抗力。 橋に陣取った強大な敵を倒すため止むを得ず橋を巻き込んだというパターンだ。 この場合は単純明快。敵の撃破と引き換えに橋は破壊され、セイバーは渡海を諦めた可能性が高い。 無論、舟などの渡海手段を確保した可能性もあるが。 次に可能性が高いのは生存者の封じ込めだ。 海峡を渡る手段が豊富に存在するとは考えにくく、常人が自力で泳ぐには過酷過ぎる。 つまり、3箇所の橋と1箇所の鉄道橋が破壊されてしまえば、この島にいる参加者の大部分は他の島に移動できなくなる。 こちらの仮説が正しければ、セイバーは未だにこの北西の島に残っているはずだ。 そして三番目、最も可能性の低い仮説。 三つの島を結ぶあらゆる交通手段を途絶させ、全ての参加者から移動の自由を剥奪する―― 「……くっ」 宝具を用いた痕跡さえ見つければ手がかりになるとばかり思っていたが、いざ見つけてみると結果は真逆。 橋が落とされていたという事実が、ランサーに理不尽な選択を突きつけてきていた。 海を渡ったと判断して渡海を試みるべきか。 未だこの島にいると判断して引き返すべきか。 前者は、単なる移動の一環として渡った場合と、諸島全体を巻き込む計略が発動された場合に分かれる。 後者は、島を移ることを諦めた場合と、この島に狙いを絞った封じ込め戦略を取った場合に分かれる。 全体の被害を考慮するなら『島を渡った』と判断するべきだ。 しかし、この島には見知った者達がいる。無力な少女達がいる。 その中には、己の魔貌によって冷静さを失い、いつ死地へと迷い込むかもしれない高坂穂乃果がいるのだ。 もしもセイバーがこの島に残っていたとしたら、彼女達が凶刃に斃れることも覚悟しなければならない。 無様な槍兵が見当違いの方角を彷徨い歩いているうちに―― 今、ランサーの前には天秤がある。 片方の腕には、他の2つの島に送り込まれた顔も知らぬ多数の命。 もう片方の腕には、己の呪いが心惑わせた少女を含む少数の命。 選んだ側が『当たり』ならば両方が危機から逃れられる。 選んだ側が『外れ』ならば選ばれなかった側が危機に陥る。 あまりにも不自由な二択。それでもどちらかを選ばなければならない。 ランサーは苦悶を飲み込み、強く瞼を閉じた。 まさにその瞬間だった。まるで天啓のような策がランサーの頭に思い浮かんだのは。 「そうか、これならば……!」     □  □  □ 結論を言おう。 ランサーは橋の袂を去り、駅に向けて全速力で引き返していた。 『多数』を切り捨て『少数』を選ぶに等しいこの決断。 正しき天秤の守り手たらんとするならば、迷うことなく『多数』を選ぶべきである。 しかし、ランサーはそのように振る舞うことを良しとできなかった。 親しき者も見知らぬ者も強き者も弱き者も『1』と数え、純然たる数量の多寡で生死を切り分けるなど、到底許容することができなかったのだ。 そんなものは人間の考えではない。正しくあり続ける機械装置の在り方だ。 もしも人間がこのような思考回路で動こうとするなら、人間らしい感情を捨て去るか、或いは人間らしい感情を際限なく痛めつけ続けるより他にない。 故にランサーは海峡を前に踵を返した。 騎士として、サーヴァントとしての判断ではなく、心あるヒトとしての、ディルムッド・オディナとしての決断だった。 しかしながら、この判断は決して『多数』を――セイバーが海峡を渡った可能性を切り捨てたものではない。 仮にセイバーがこちらの島にいるとしたら、次に向かうであろう場所は島南部の二つの橋か駅のどちらかである。 橋の破壊が不本意だったなら代わりの移動経路を求めて、意図的な破壊工作なら次なる標的として、いずれにせよ橋か駅を目指すに違いない。 そしてセイバーが東の島へ渡っていたとしても、鉄道を利用して東の島の駅、あるいは南の島の駅に向かえば、セイバーの移動経路に先回りすることも不可能ではない。 また鉄道による移動は、南方にいるであろうキャスターとの遭遇を回避しつつ南の島へ向かえうことができる手段でもある。 即ち、一度駅に引き返すという判断はほぼ全ての可能性に対応できる一手なのだ。 妙手とも言える策を思いつきながらも、ランサーの表情は依然として晴れやかではない。 それどころか、駅に近付くにつれて煩悶の色を強めてすらいた。 薄暗い無人の街を疾走しながら、ランサーはこれから先の行動方針を整理する。 まずはまっすぐ駅に引き返す。到着後はすぐさま全員の安否を確認し、北東の橋が壊されていた事実を報告しなければならない。 そこから先は自分一人で決めるべき事柄ではない。 橋の消滅という要素を踏まえた上で、この島に残り続けるか、鉄道を使って別の島へ移動するか、キャスターとの遭遇を覚悟の上で南下するか。 全員でまとまって動くか、複数に分かれて行動するか。いずれの選択肢を選ぶかは全員の協議の上で決める必要があるだろう。 駅に残った面々に何事もなければ、それで話は終わりだ。ランサー単独での行動も最低限の偵察としての意味が出てくる。 無論、何事もなければ、だが。 「…………」 疾走を続けるランサーの脳裏に一抹の不安が過ぎる。 考えたくもない可能性、あっては欲しくない結末だが、取り返しの付かない事態が既に起こってしまっていたとしたら。 「彼女達のために戦う」「彼女達を護る」程度では到底間に合わない状況に陥っていたとしたら。 ――主催者の少女が告げていた、勝者の特権。願いを叶える権利。 最悪中の最悪が起こってしまったとしたら、ランサーはきっと『それ』を得ることを選択肢の内に入れるだろう。 無論、これは最後の生き残りになりたいと考えていることを意味しない。 一例を挙げるなら、駅の面々が一人を残してみな息絶えていたとして、その一人のために最後の"二人"にまで勝ち残り、己は自刎して優勝を捧げるという場合もありうる。 むしろランサーにとっては、万が一の場合はこのように自己犠牲を以って優勝を捧ぐことになるだろう、という思いの方が強かった。 いずれにせよ、これは最悪の状況において選ばれ得る選択肢の一つに過ぎず、現時点では積極的に狙うつもりなど毛頭ないのだが。 総勢七十名に及ぶ参加者の中には、あらゆる願いを叶える力の実在を疑う者もいるかもしれない。 ランサーがそうした発想に至らなかった理由は、聖杯戦争という魔術儀式(ころしあい)に当事者として参加していたからに他ならない。 時間軸を超越した英霊の座から七体の英霊を招き寄せ、七人の魔術師と共に万能の願望機・聖杯を勝ち取るべく殺し合わせる―― 数的な規模こそ違えど少なからぬ点がこの殺し合いに類似している。 繭と名乗る主催者は全くの素性不明だが、ランサーから見れば御三家と呼ばれる魔術師達も得体の知れなさでは同じこと。 "本当に権利を与えてくれるのか"という疑わしさについても同程度で、そもそもシステム構築者が相手である以上、不正を疑い出せばキリがない。 故にランサーは、現状この点に関して疑うことは全くの徒労であると認識していた。 懐疑的に立ちまわるのは疑わしい根拠が見つかってからでも遅くはない。 「(……彼女達の身にもしものことがあれば……例えどのような形であろうと、俺の責任だ)」 もしもこの場に中立の第三者がいたなら、きっと「君が悪いとは言えない」「暴走して窮地に立つのは自業自得ではないか」と評したかもしれない。 だがランサーは――否、ディルムッドはそう考えることができない質だった。 つねに我が身の苦難よりも相手の心の痛みに想いを致す。それがディルムッド・オディナという男の本質。たとえ騎士道を捨てようと消え失せない生まれ持った色である。 彼が"マスターに従うサーヴァント"として戦う心積もりでいたなら、あくまでも忠節を尽くす道を優先し、このような思考は心の奥底に押し込めていたかもしれない。 しかし、サーヴァントとしてではなくディルムッド・オディナとして戦い抜くと決めたのなら話は別だ。 彼は己に背臣の聖誓(ゲッシュ)を課したグラニア姫のことを生涯――死後でさえも恨むことはなかったが、決して苦悩がなかったわけではない。 栄光への未練もあった。主を裏切ることへの葛藤もあった。背徳に苦悩し続けた。 それでもなお、家族との絆も王女としての誇りも約束された未来も捨て去る決意を固めたグラニアとの逃避行を選んだのだ。 裏を返せば、仮に栄えある騎士団も忠を尽くすべき主君も存在しない状況だったとすれば、彼はグラニアの心の痛みに思いを巡らせ、迷わずその手を取っていたに違いない。 たとえ当代最強を謳われるフィオナ騎士団を敵に回すと分かっていようとも。 そして今、ディルムッドには仕えるべき騎士団も主も存在しない。 一切のしがらみを捨て一人の男として戦場に立つと決めた以上、あの少女達から心の痛みを訴える声と共に手を伸ばされたなら、きっとその手を取ることだろう。 たとえ多くを敵に回すことになろうとも―― 【B-3/市街地/一日目・早朝】 【ランサー@Fate/Zero】 [状態]:ダメージ(小) [装備]:キュプリオトの剣@Fate/zero、村麻紗@銀魂 [道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)      黒カード:不明支給品0~2枚 [思考・行動] 基本方針:『ディルムッド・オディナ』としてこの戦いを戦い抜く。 1:一旦B-2の駅に戻って情報を共有し、セイバー追討ルートを含めた今後の方針を決める。 2:穂乃果達から離れたことに対しての後悔。 3:状況が許す限り、セイバーの追討を優先。場合によっては鉄道も活用する。 4:穂乃果、千夜に「愛の黒子」の呪いがかかったことに罪悪感。 [備考] ※参戦時期はアインツベルン城でセイバーと共にキャスターと戦った後。 ※「愛の黒子」は異性を魅了する常時発動型の魔術です。魔術的素養がなければ抵抗できません。 ※村麻紗の呪いにかかるかどうかは不明です。 ※A-4の橋の消滅を確認しました。 ※セイバーの行先に関しては、向こう岸へ渡った場合とこちら側に残った場合の両方を考慮しています。 *時系列順で読む Back:[[それはあなたと雀が言った]] Next:[[クラッシュ・オブ・リベリオン]] *投下順で読む Back:[[僕の修羅が騒ぐ]] Next:[[クラッシュ・オブ・リベリオン]] 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