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EXiSTENCE - (2016/03/25 (金) 17:36:24) の編集履歴(バックアップ)


EXiSTENCE ◆45MxoM2216

「ったく、マジか……勘弁してくれよ」
鼻の良い者ならば潮の香も嗅げるであろう海辺近くの道。
そこに、少女を背負って進むアフロの青年―――ファバロ・レオーネがいた。

「気絶して重くなったガキ背負って情婦みてぇな格好の化け物女から必死に逃げて、やっと一息付けそうな場所が見えてきたってのによ……。
禁止エリアだぁ?そういう重要なことは最初に言えってんだよ」
ひとまず基地で腰を落ち着けようとしていたファバロだったが、放送にて禁止エリアという聞きなれない言葉を聞いて腕輪で調べたところ、なんでも放送の度に禁止エリアが増えていき、参加者が禁止エリアに入ると魂が引き剥がされ死亡するそうだ。

そして運悪く、ファバロの目的地だった基地は禁止エリアに選ばれてしまった。
基地でゆっくり今後のあれこれを考えようとしていたファバロの見通しは狂ってしまったことになる。
せめてファバロ一人ならば放送前に基地に着いたかもしれないが、気絶した人間一人背負っての移動は思いの外時間がかかってしまった。

「いつの間にか聖女さんも死んじまってるしよぉ……。
さっきの化け物女といい、どんだけ化け物が溢れてるんだっての」
悪魔ともサシでやりあえるような聖女、ジャンヌ・ダルクも死んでしまった。
先ほどの放送で呼ばれなかったにも関わらずマスターカードの情報では死亡扱いになっていることから、自分が聞き逃した一回目の放送の時点で死んでいたということになる。

「だからよ……俺らみたいな真っ当な人間は、いつくたばっても不思議じゃねぇよな」
アザゼルのような悪魔や、アーミラのような半神半魔に比べれば、普通の人間の力は取るに足らない小石のようなものだ。
一応自分達はかつてそのアザゼルに勝利したが、その勝利も神から賜った武器を使う聖女の力あってこその勝利だ。

「そういやさ……お前も成長したよな。
視野が狭くて後ろの橋にも気づかなかったようなお前がよ、あの時は後ろから聖女さんが来てるのに気付いたんだろ?
大したもんだよ」
あの時は自分たちの武器が全く有効打にならず、ジリ貧状態だった。
正直もうダメかと覚悟したが、まさか頭の固いあの男が機転を利かして戦うとは夢にも思わなかった。


「なぁ、カイザル……!」
いくら前より成長しても、馬鹿正直な本質は変わらない。
どこぞの悪人にいいようにあしらわれたのかもしれないし、化け物に敵わずに殺されたのかもしれない。
どちらにせよ、こういう悪意の溢れる場で長生きできるタイプの人間ではなかった。

そもそも、賞金稼ぎに身を窶した時点で、いつ死んでもおかしくなかったのだ。
そしてカイザルが賞金稼ぎになったのは……ファバロの父親のせいだ。
裏で悪魔が絡んでいようと、ファバロの父がカイザルの父を襲ったという事実は変わらない。
そのせいでリドファルド家が没落したという事実は変わらない。

「ちくしょう……!」
陰鬱な気持ちを抱えながら、ファバロは北へと進む。
基地が禁止エリアになった以上、来た道を戻るか北上するしかないが、まだ先ほどの女が近くにいるかもしれないのに来た道を戻るなど自殺行為だ。
とにかく進むしかない……のだが、その足取りは遅い。
基地以外に近場で休めそうな場所といえばガソリンスタンドだが、残念なことにファバロはガソリンスタンドがどんなものか知らない。
ならば少し遠くまで足を伸ばすかと言えば、長々と少女を背負って行動すれば、その分危険も増す。

「ああ、重いなちくしょう……いっそ捨てちまうか?」
そもそも、こんな小娘一人のために自分が苦労する必要などないはずだ。
確かに戦力として見れば有用だが、逆に言えばそれだけだ。
労力に対しての見返りが小さすぎる。
そもそもこの娘がアーミラのようなナイスバディでもないのに重すぎるのだ。
まぁ、重いと言っても比較対象がそのアーミラと―――

「お前しかいないわけだがな、リタ!」
「……何の話よ?」
「こっちの話だ」



(まったく、運が良いのか悪いのか……)
殺し合いに乗って早々に知り合いと遭遇してしまったリタは、舌打ちの一つでもしたい気分になった。

リタは殺し合いに乗っているとはいえ、表立って動く気はなかったのだ。
本当に繭に願いを叶えるような力はあるのか。
囚われたカイザルの魂を救い出すことはできるのか。
その確証が持てるまでは、行動は下準備に留めるつもりだった。
というのも、もし繭の言っていることがハッタリだった場合には、繭を打倒しようとする者たちに混ざるつもりだからだ。
あまり派手に暴れまわると、いざ他の参加者と合流しようとした時に不利益が起こることは確実だ。

あくまで下準備。
確実に殺せると判断した相手にしか手を出さない。

では、この男―――ファバロ・レオーネとその男に担がれている少女は確実に殺せるだろうか?

まずは担がれている少女。
重傷を負っている上に気絶しているので、その気になればココアでも殺せるくらいの存在だ。
計算に入れる必要すらない。

しかし、ファバロはそうもいかない。
この男は歴戦の賞金稼ぎであり、カイザルとアーミラもいたとはいえ自分のけしかけたゾンビを危なげなく殲滅したこともある。
決して勝ち目がないわけではないが、確実に殺せるかと言われれば疑問が残る。
疑問が残るのだが……。

「リタ、お前―――やる気か?」

気付く頃にはもうyou're in a coffin
it's too late if you want to do something




ファバロがリタが殺し合いに乗っていることに気付けたのは何故か?
リタのカイザルへの入れ込み具合を元々知っていたこともある。
アーミラとカイザルがアザゼルに攫われた時には一も二もなく助けだそうとしたし、アザゼルとの会話から一時休戦の取引を持ち掛けてまで自分たちの身を守ろうとしたらしい。
そんなリタがカイザルの死を知って、外道へと堕ちるのを想像するのは容易だった。

だが、一番の要因は……目だ。
かつてアーミラに散々自分の目が嘘を付いている人間の目かと嘯いてきたが、実際良からぬことを企んでいる人間というのは目に移る。
今まで賞金稼ぎとしてたくさんの人間のクズの目を見てきたファバロは、リタの瞳に卑しい光が宿っている事を見逃さなかった。

「ええ、そのつもりよ」
ばれた以上、下手に取り繕う必要もない。
リタはあっさりとその事実を認めた。
分かってる。
こんな馬鹿げた殺し合いに乗るなど、鬼畜にも劣る所業だ。
今ならまだ引き返せる。
まだ誰も傷つけていない今なら。

「悪いけど……カイザルの魂を救うことにしたの」
だけど、それはできない。
村が魔獣に襲われ、自分一人だけ生き残った。
それを認められなくて、死人に鞭打ってまでくだらない家族ごっこを続けた。

「けっ、所詮賞金首だったってことかよ」
今引き返したら、自分はもう進めない。
二百年も引きこもっていた自分と―――カイザルに救われる前の自分と同じになってしまう。
そんなのは御免だ。

ファバロは背負っている少女に何か話しかけながら慎重な手つきで地面に降ろした。
その間も、決してリタから目を離さない。
ファバロはああ見えて意外とお人よしな所もある。
気絶して足手纏いになった少女も、なんだかんだ言いながら見捨てるようなことはしないのだろう。

(アスティオンは戦闘には使わない方が懸命ね……
機械のくせに意思があるみたいだし、最悪手を貸してくれなくなるかもしれないわ)
アスティオンは支給品だが、人殺しをする時に使われて良い気分はしないだろう。
いざという時に飼い犬(猫だけど)に手を噛まれたら目も当てられない。
バトルロワイヤルという長期戦において、一時的なハイリターンと恒久的なローリターンのどちらが重要かは言うまでもないことだ。
白のマスターカードによればアスティオンは攻撃補助をしないが、ダメージ緩和と回復補助能力に特化しているらしい。

これでもし戦闘に特化していたらもっと迷ったかもしれないが、戦闘で使用する際の利益と戦闘以外で使用する利益はトントン。
ただ戦うだけなら相手を無力化した後にカードに戻してから殺せば済む話だが、今回は相手が悪い。
気絶した少女を庇う男と戦っていれば、どう取り繕ってもこちらが悪玉だとバレてしまう。
とりあえず今回は、戦闘後の回復に使うに留めなければならない。
と、なれば……

「……ファバロ、手を組むつもりはないかしら?」
「なにぃ?」
「私だって、できればあんたを殺したくはないもの。
あんただって、カイザルとアーミラを助けたいでしょ?」
リタが行ったのは、勧誘。
勝てるかどうか五分五分の上、心情的にも戦いたくない相手に対する行動てしては妥当な所だろう。

「へっ、俺が?あいつらを助けたいだって?
俺に呪いをかけやがった悪魔の女と、年中俺の命を狙ってる商売敵をか?」
「前もそんなこと言ってたけど、結局賞金稼ぎの腕輪を壊してまで助けにいったじゃない」
彼はお人好しだ。
憎まれ口を叩いたり、良からぬことを企んだりはしても、根っこの所は善人なのだ。
だから―――

「はっ、お断りだ」
こう言われることは、心のどこかで分かっていたかもしれない。


「俺は俺のために生きる」
この殺し合いが始まってすぐ、ファバロはアザゼルと遭遇し、少し話をした。
その時の葛藤を思い出す。
復讐に縛られた生き方なんざ真平ゴメン。
ならば、生かすための生き方はどうか?
アザゼルには教えてやらなかったが……リタには少しだけ胸の内を明かしてもいいかもしれない。

「他人を蹴落としてまで誰かを助けるような生き方ができるんだったら、俺はとっくに親父の後を継いで義賊にでもなってるっての」
結局、ファバロ・レオーネとはこういう男だ。
他人を頼りにしない、他人に寄生しない。
自分を守れるのは自分だけ。
だから、自分らしく生きられる。
友の死に悲しみはしても、畜生にも劣るような所業に手を染めてまで助けたいとは思わない。

「じゃあ、優勝する気……はないわよね、わざわざそんなお子ちゃま背負ってたくらいだし」
「別に義理人情だけで助けたわけじゃねぇよ……ま、殺し合いに乗らない程度の義理人情はあるつもりだけどな」
軽口を叩くファバロだが、その殺し合いに乗っているリタからすれば笑えない話だ。
ここまでくれば、流石にリタも腹をくくる。
リタとファバロは戦うしかないのだ。
しかし、悲壮感はない。賞金首と賞金稼ぎが結局、戻る所に戻っただけ。

「仕方ないわね……!恨むんじゃないわよ!」
カイザルの剣を構えて突っ込む。
彼我の距離は20メートル足らず。
剣を持ちながらでも、全力で走れば数秒で詰められる距離だ。
自分は訓練など受けていないし、型もまるでなっていないデタラメな斬りつけ方しかできない。
それでも、杖でスケルトンをバラバラにできる程の力によってそこそこの脅威となる。
ゾンビとはいえ、銃撃をモロに喰らえば無事ではすまない。
剣を両手で水平に構えて防御の構えを取りつつ、横に平行移動して可能な限り銃弾を避ける。

(やはり、簡単にはいかないわね……
でも、あの妙な武器、火力自体はそれほどでもないみたいね)
見たこともない武器だが、戦闘の後にアスティオンで回復できることも考えれば多少の無茶は聞く。
自分の獲物が剣である以上、近づかなくては始まらない。
腕を飛ばせば一応遠距離攻撃も可能だが、飛ばした後にしばらく片腕で戦わなければならなくなるので却下。
多少のダメージは覚悟して突き進もうとするリタ。
しかし―――

「おらよっと!」
戦闘においては、ファバロが一枚上手だった。
なんとファバロは、自分からリタとの距離を詰め、水平になった剣の切っ先側に身を晒したのである。

「!」
慌てて切っ先を突き付けるが、ファバロの予想外の行動に意表を突かれ、動きが僅かに鈍る。
さらに言えば、突きというのは難しい技だ。
右手に少しでも力を入れてしまうと、太刀筋が簡単にぶれてしまう。
動きも鈍く、太刀筋もぶれた突きを躱すことなど、ファバロにとって朝飯前だった。

斜めに袈裟切りするならば剣の腕が悪くても腕力さえあればかなりの脅威となったであろう。
ゾンビであるリタならば真横、それも切っ先側に回り込まれてしまっても人体の構造を無視して腰を曲げ、袈裟切りを放つことだってその気になれば可能だった。
しかし咄嗟の行動故に、袈裟切りではなく出の早い突きを放ってしまった。

どこまで計算していたかは分からないが、自分は突きを放って腕が伸びきってしまって隙だらけなのに対し、ファバロは身を捻って剣を躱したことで、完璧な体重移動をしている。
そのまま身体のバネをフルに使って繰り出してきた蹴りを、リタは躱すことができなかった。

「ガハッ!」
元々、ファバロとリタにはかなりの体格差がある。
蹴りの一発だって脅威だ。
踏ん張りきれずに後ろへと吹っ飛んでいくリタ。
ファバロは糸巻き型の手榴弾のピンを抜き、容赦のない追い打ちをかける。

「く……!少しは死人を労わりなさいよ。これだから若造は」
軽口を叩きつつバックステップで手榴弾を躱すも、爆風に煽られて身体が熱い。
ゾンビは炎に弱いというのが通説だというのに容赦のないことだ。

(まずいわね……結局、気絶してるお子様とも大分離されたわ。
利用できるかと思ったのだけど、上手くいかないものね)
この攻防によって自分は後退せざるを得なくなり、気絶している少女との距離も離されてしまった。
ファバロにとっては一石二鳥の攻防だったが、自分にとっては骨折り損のくたびれ儲けだ。

と、爆発による煙の中からファバロが突っ込んでくる。
横薙ぎに剣を振るうも、ファバロはナイフで剣をいなしながら懐に潜りこんできた。
近付かれすぎるとナイフの方が強い。
慌てて距離を取ろうとするも、ファバロに右手を掴まれる……と思ったら、次の瞬間には視界が反転し、背中に強い衝撃が走る。

背負い投げ……というには少々大味すぎるが、ファバロが行ったのは確かに背負い投げだった。
掴んだ右腕を振り上げ、そのまま反対側の地面に叩きつける。
普通は右腕だけ掴んで背負い投げなどできない……が、リタは普通ではない。
かつてアザゼルに捕まったアーミラとカイザルを助けようと、アザゼルの空飛ぶ城グレゴールに突入したことがある。
その時にリタを背負ったことがあるファバロは、リタの体重が異常なまでに軽いことを知っていた。
故にファバロは大味な背負い投げを行う大胆な行動に移れたのである。

「ぐぁ……!」
それでも、リタはカイザルの剣を決して手放さない。
必ず返すと誓った、この剣だけは!

起き上がりざまに剣を振るうも、ファバロは飛び退って簡単に避ける。
そのまま剣を支えに起き上がり、ファバロを睨み付ける。

「おー、怖い怖い。でもな、一つ忠告してやる。お前の欠点はカイザルと同じだ。とにかく視野が狭い。
もっと周りに目を向けないとな」
「……?何を言っているのかしら?」
「俺がなんでわざわざお前に背負い投げしたんだと思う?」
急に語りかけてきたファバロに対して訝し気な表情を作るリタ。
ファバロは勝ち誇ったようなムカつく顔をしたかと思うと―――


「今だ緑子ぉおおおお!!」
「う、うわあああああ!」

「な!?」
しばらくは気絶したまま動かないと思っていた少女の方向から、突如鬨の声が響く。
まずい。
今自分は少女にガラ空きの背中を晒している。
咄嗟に後ろを振り返るが―――そこには誰もいない。
否、厳密に言えば離れた場所に少女がいるのだが、その少女は依然として気絶したままである。
そして鬨の声は、少女の近くに置いてあるカードから響いている。

「かかったなアホが!」
罠だ、と気付いた時にはもう遅い。
既にファバロは光る剣―――ビームサーベルを取り出して目前に迫っている。
咄嗟に剣で防御するが、ビームサーベルはまるでバターを切るかのように剣をスライスする。

(カイザルの剣が……!)
必ずカイザルに返すと誓った剣が、あっさりと両断された。
そのことにショックを受ける暇もない。
返す刀でリタを両断しようと迫るビームサーベルをなんとか避ける。
しかし、その避け方は先ほどファバロがしたような次に繫げる避け方ではない。
足さばきも体重移動もめちゃくちゃな、避けた後に隙だらけになるような避け方だ。

「まさか、『あの時』に……!」
絶体絶命のピンチの中、先ほどの罠のからくりに気付くリタ。
後から思い返せば、とても単純なことだった。

「察しが良いな、そう、『あの時』だよ」
背負った少女を地面に降ろした時、ファバロは何か呟いていた。
てっきりその少女に語りかけていると思ったのだが……
実はその時にリタからは見えないように緑子のカードを取り出し、合図をしたら鬨の声をあげるように指示していたのである。
やけに慎重な手つきで地面に降ろしたのも、多少説明に時間がかかっても不信感を与えないため。
リタは最初から、ファバロの術中にはまっていたことになる。

「ま、今さら気付いたって遅いけどなぁ!」
無理な避け方をして体制の崩れたリタにトドメを刺すべく、ファバロはビームサーベルを振るう。
剣をバターのようにスライスするあの光の剣に貫かれれば、いくらゾンビとはいえ致命傷だ。
元々二百年前に潰えるはずだった命だ。今さら死ぬのは怖くない。
だが、今ここで自分が死んだら、カイザルはどうなる。
自分は二百年もの間、寂しさに耐えられずにたった一人でくだらないおままごとを続けた。
それでも嫌になるくらい苦しかったというのに、カイザルは寂しさを紛らわすおままごとすらできずに、永遠に―――

「う、」
そんなことはさせない。
繭に本当に願いを叶える力はあるのか、それはまだ分からない。
それでも、この男は今殺さなければならない。
殺し合いに乗っていることがばれた上、自分の情報をばら撒かれたりしたら、せっかくの幼い見た目とゾンビの特殊性の利点が薄くなってしまう。

「うああああああああああああああああ!!!」
そして何より、何より自分自身にけじめを付けたい!
最初にファバロを殺せれば、自分はもう絶対に迷わない。
残った知り合いは敵のアザゼルと胡散臭いラヴァレイのみ。
腐った行動を心情的に阻害するものはなくなる。
我ながら似合わない叫び声をあげながら、最後の意地で左腕をビームサーベルへ突き出す。


ビチャリ、という嫌な音が聞こえた。
リタの左腕が切断された音……ではない。
切断されたリタの左腕から飛び出た液体が、ファバロの顔面にかかった音だ。

「んな!?」
流石のファバロもこれは予想外だったらしく、ビームサーベルを振りぬこうとしていた動きが一瞬止まった。
その一瞬の隙を逃さず、リタは右腕の腕輪でビームサーベルを抑えにかかる。
SFチックな音を立てながらも、ビームサーベルは腕輪を切断できずに大きく弾かれた。
ファバロの攻撃を防ぎつつ、隙を作る。
ゾンビの左腕一本にしては十分すぎる成果だ。

リタの左腕から飛び出した液体とは、ガソリンである。
そう、リタはカイザルの遺体を見つけてから、すぐには南下せずに近くのガソリンスタンドへと立ち寄ったのだ。
ガソリンスタンドにて発火性も強く、燃料としても非常に優秀な液体を見つけたリタはなんとかその液体を持ち運ぼうとするも容れ物を持っていなかった。
そこで彼女が選んだのは、自分の体内にガソリンを入れるというゾンビならではの行動だった。

自分の左腕を外し、ホースでガソリンを注入。
右腕も外そうとしたが、こちらは何故か外れなかった。
おそらく、右腕を腕輪ごと簡単に取り外せるリタに対しての繭の制限だと当たりを付けたのだが、そこまでするということは当然腕輪自体にも細工を施しているだろう。
軽い耐久テストをした結果、腕輪はかなり頑丈な素材で作られていることが判明した。
そう、いざという時の盾にもできるくらい頑丈な素材で。

ここに来て、放送までの空き時間を有効に使ったリタと無為に使ったファバロの差が如実に現れた。
殺し合いに乗り、一人で行動したが故に気軽に探索へ動きだせたリタ。
殺し合いに乗らず、気絶した少女を背負ったが故に行動範囲が狭まったファバロ。
道徳的にはファバロが善でリタが悪だろうが、お生憎様リタはゾンビだから道徳など気にかけない。
おそらくリタにとって最大かつ最後であろうチャンスが生まれたことの方が重要だ。

懐に隠し持っていた元々は龍之介の支給品だったブレスレットを取り出す。

龍之介本人の腕輪ではなかったせいか曖昧な情報しか記されていなかったが、白のマスターカードによれば強力なマジックアイテムらしい。
こんな曖昧で不確かな手段に頼るなんて、自分も焼きが回ったものだ。


焼きが回ったついでに、もう一つ柄でもないことをやってみよう。
この男との決着に相応しい台詞がある。
それをカイザルへの手向けとしよう。
気の利いた台詞の一つも出てこないが、そんなものは必要ない。
さぁ、叫ぼう―――あの騎士のように。


「ファバロォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」



(のりピー……!)
神楽が目を覚まして最初に思い浮かべたのは、あの白い女にその身を貫かれた花京院のことだった。
しかし、周囲の光景は先程までの放送局ではなく、野外だった。
近くにはファバロが突っ立っている。気絶した自分を助けてくれた後、上手くあの女から逃げられたようだ。
そのことには素直に感謝するが、やはり花京院は助からなかったらしい。
自分があの女に勝てていれば、花京院を早いうちに手当できたかもしれない。
花京院は死なずにすんだかもしれない。

『てめえ、弱すぎんだよ。
何もかも、兄貴の劣化でしかねえ』

『夜兎の本能を抑えようとするあまり、拳が俺に届く前に死んじまってんだよォ!』

あの白い女の言葉と、かつてとある夜兎に言われた言葉が自分の中で重なる。
結局、自分は誰かを傷つけるのが怖い臆病者だ。
血と戦うと言えば聞こえは良いが、いざという時に本気を出せずにむざむざ仲間を殺させてしまった。

(強くなりたいアル……!)
今まで幾度となく思ってきたことだが、今はひと際強くそう思う。
夜兎の血に頼らずとも、みんなを守れるくらい強くなりたい。
あの白い女にも、馬鹿兄貴にも負けないくらいに……強く。

「ファバロ!」
急に耳元で響いた声にハッと我に帰る。
何故か自分のすぐそばに遊○王みたいなカードが置いてあり、その中で緑子がファバロの名を叫んでいる。

(そもそも、あのハナ○ソ頭はさっきから突っ立って何をやってるアル……え?)
突っ立ったまま動こうとしないファバロに痺れを切らして首を伸ばしてファバロの方を覗き込んだ神楽は、絶句する。
夜兎である自分すらも霞む程異常なまでに青白い肌をした少女が、短剣をファバロに突き刺していた。


ドクン、と心臓が波打ち、血が滾る。

「やめろ……」
ファバロは動かない。
ただ、少女にされるがままになっている。
何をやってるのだと緑子が叫ぶも、ファバロはまるで動かない。

「やめろ……!」
神楽は動けない。
白い女にやられた傷のせいだ。
何をやってるのだと自問するも、身体はまるで動かない。

『どいつもこいつも、やれ意地だ、救いだと。
地獄でやってろ』

『人を傷つけたくない、人を殺したくない、大層立派な考えだ。
このぬるま湯地球ではな』


『言ったはずだ……弱い奴に、用はないって』


「やめろぉおおおおおおおおおおおおお!!」



グシャリ、という嫌な音がした。
リタが折れたカイザルの剣でファバロを突き刺した音……ではない。
気絶していた少女が突如起き上がり、リタを殴り飛ばした音だ。

その人ならざる腕力によってありえない程吹き飛ばされたリタは、何が起こったのか理解できなかった。
それはそうだろう。
重傷を負っていた少女が急に起き上がるなど予想できるはずもない。
起き上がった少女が常識外れの腕力を発揮してくるなど予想できるはずもない。

(一体……何が……)
なんとか状況を把握するため起き上がろうとするも―――
次の瞬間、肩を踏みつぶされた。

思わず悲鳴をあげるリタだが、目の前の獣は止まらない。
執拗なまでに何度も何度も、リタの肩を、足を、腕を、腹を踏みつけ続ける。

(見誤ったわね……!ファバロは後回しにして、どうにかして先にこのお子様に対処しておくべきだったわ)
どうせ気絶しているから計算に入れる必要もないと侮っていた少女は、手負いの獣だった。
情け容赦ない、夜の兎が解き放たれた。

こうなっては四の五の言っていられない。
虎の子のアスティオンを使おうと黒カードを取り出そうとして―――腕を蹴り飛ばされた。
嫌な音を立てながら千切れた右腕があらぬ方向へと飛んでいく。
左腕は先ほどのファバロとの戦闘で使い物にならなくなった。

両腕を失い、目の前には獣……いや、化け物がそびえ立つ。
ああ、自分は死ぬんだな、と他人事のように思う。
カイザルの魂を救うこともできずに、ただ無為に死ぬ。
結局、外道は何をしても失敗するようだ。

そう、自分はただの外道だ。
ネクロマンサーとして、ゾンビとして、人殺しに乗った危険人物として。
真っ当な人間というには、余りにも道を踏み外しすぎた。
それでも、ネクロマンサーとしての、ゾンビとしての、危険人物としての生き方は―――全部ひっくるめて自分の性。

(腕輪ごと腕が飛ばされたから捕まらない……なんてお気楽なことにはならないわよね)
これから殺されるというのに、妙に晴れやかな気分だ。
誰も手にかけないうちに死ねるのは、それはそれで悪くないようにも思う。
カイザルの魂を救えずに死ぬのは心残りだが、逆に言えばそれぐらいしか無念はない。
自分は長く生きすぎた。
そろそろ年貢の納め時だろう。


(カイザル、魂が囚われた先で―――私はあんたに呼びかけ続けるわ。
向こうで喋れるかは分からないし、喋れても届かないかもしれない。
それでも、ずっとずっと、呼びかけ続けるわ。
だから、もし私の声が聞こえたら―――ちゃんと返事してよね)

化け物の足が振り上げられる。
狙いはリタの首だ。

(向こうに行ったら、ちょっと今までとは違う私になってるかもね。だって―――)

足で首を撥ねられた。
死ぬのは二度目だが、どうにも慣れないものだ。

(死んだらもう、私はゾンビじゃないから)

【リタ@神撃のバハムートGENESIS 死亡】


我に帰ったファバロの目に移ったのは、立ち尽くす神楽と変わり果てたリタの姿だった。
別にリタが死んでるのはいい。
思う所がないと言えば嘘になるが、リタは殺し合いに乗っていた。
普段より生き死にをドライに捉えている今のファバロにとってみれば、死んでも仕方ない存在だと割り切れる。

「おい、神楽……」
だが、神楽の様子がおかしい。
思わず声をかけたファバロは、ゆっくりと振り返った神楽の目を見て絶句する。
目が完全にイッている。

思わずファバロが後ずさった時―――
神楽は声にならない叫びをあげ、北へと走って行ってしまう。

「ちょ、おい……!いってぇ……!」
反射的に呼び止めようとしたファバロだったが、急に腹部が痛み出してきた。
痛みの原因を確かめようと腹部を見れば、いつの間にか血が滲んでいた。

「リタの奴、また妙なマジックアイテム使いやがったな。
……なぁカイザル、お前が助けてくれたのか?」
リタのブレスレットによって意識が飛び、抵抗もできずに刺されたファバロが何故こうも元気なのか?
それは、リタがカイザルの剣を使ってファバロにトドメを刺すことにこだわったからである。
ビームサーベルによって壊されたカイザルの剣は、殺傷力が著しく低下していた。
騎士として剣でファバロと決着を付けようとし続けたカイザル。
その姿を知っているが故に、リタは壊れていてもカイザルの剣でファバロを殺すことにこだわった。
つまり、カイザルに助けられたと言っても過言ではない。

「ねぇファバロ、神楽を追いかけないと!」
「あー?」
後ろから響いてきた声に振り向けば、カードの中の少女が必死な様子で叫んでいる。
すっかり忘れてたが、近くには緑子がいたのだった。

「あんな目がイッてる女、わざわざ追いかけてどうすんだよ」
「ファバロ!神楽は君を助けるためにああなったんだよ!」
確かに、リタに殺されかけた自分を助けたのは神楽だ。
だが、明らかにあの神楽はまともではない。
下手に刺激してなにかの拍子にこっちにまで被害が飛び火しないとも限らない。
限らないのだが―――

「ねぇ、ファバロ!」
「だぁもう分かったよ、追いかけりゃいいんだろ追いかければ!」
結局、ファバロ・レオーネとはこういう男だ。
なんだかんだ言いつつ根っこの所はお人よしなのだ。

「そこらへんにちょうどリタが持ってた医療道具があることだし、ちょっくら応急処置したら神楽を追いかけるか」
腹部を押さえつつ近くに散らばったリタの持ち物を回収しながら、ファバロは思う。
これでよかったのかと。
本気で説得すれば、リタは殺し合いに乗るのを止めてくれたかもしれない。
そうすれば死なずにすんだかもしれない。

そんなたらればを考えながら、リタの遺品を回収し続ける。
一瞬、リタの死に顔でも見てみようと思ったが……やっぱり止めた。

明日へとそよぐ風の中、心の中には、ぽっかりと穴が空いたようだった。

【C-2とC-3の境目/一日目・日中】

【ファバロ・レオーネ@神撃のバハムート GENESIS】
[状態]:疲労(大)、腹部にダメージ(小)、精神的疲労(中)
[服装]:私服の下に黄長瀬紬の装備を仕込んでいる
[装備]:ミシンガン@キルラキル グリーンワナ(緑子のカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(8/10)
    黒カード:黄長瀬紬の装備セット、狸の着ぐるみ@のんのんびより、小型テレビ@現実、、カードキー(詳細不明)、ビームサーベル@銀魂
[思考・行動]
基本方針:俺は俺のために生きる。殺し合いに乗る気はねぇ。
   0:リタの遺品を回収し、傷の応急処置をする。
   1:神楽を追う。
   2:カイザル……リタ……。
   3:『スタンド』ってなんだ?    
   4:寝たい。
 [備考]
※参戦時期は9話のエンシェントフォレストドラゴンの領域から抜け出た時点かもしれません。
 アーミラの言動が自分の知るものとずれていることに疑問を持っています。
※繭の能力に当たりをつけ、その力で神の鍵をアーミラから奪い取ったのではと推測しています。
 またバハムートを操っている以上、魔の鍵を彼女に渡した存在がいるのではと勘ぐっています。
 バハムートに関しても、夢で見たサイズより小さかったのではと疑問を持っています。
※今のところ、スタンドを召喚魔法の一種だと考えています
※白のマスターカードによって第一回放送の情報を得ました。
※C-2とC-3の境目にリタの持ち物が散乱しています。


鎖が外れ、夜兎の本能に呑まれた神楽。
ファバロの怯えたような目を見た瞬間、本能はファバロから逃げるかのように身体を北へと動かした。
彼女は知らない。
本能に呑まれた自分をかつて止めてくれた少年は、もうこの世にいないことを。
彼女は知らない。
自らの進む先に、大切な仲間の侍や相容れない兄がいることを。

彼女は考えられない。
理性と知性の吹っ飛んだ神楽には、この先に何が待っているかなど―――想像すらできない。

【C-2/一日目・日中】

【神楽@銀魂】
[状態]:暴走、疲労(中)、頭にダメージ(大)、胴にダメージ(大)、右足・両腕・左足の甲に刺傷(行動に支障なし)
[服装]:チャイナ服
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)、黒カード:不明支給品0~2枚
[思考・行動]
基本方針:殺し合いには乗らないアル
   1:………………(ひとまず北上する)。
   2:神威を探し出し、なんとしてでも止めるネ。けど、殺さなきゃならないってんなら、私がやるヨ。
   3:銀ちゃん、新八、マヨ、ヅラ、マダオと合流したいヨ
[備考]
※花京院から範馬勇次郎、『姿の見えないスタンド使い』についての情報を得ました。
※第一回放送を聞き流しました
どの程度情報を得れたかは、後続の書き手さんにお任せします


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133:色即絶空空即絶色-Dead end Strayed-(前編) ファバロ・レオーネ :[[]]
133:色即絶空空即絶色-Dead end Strayed-(前編) 神楽 :[[]]
130:変わる未来 リタ GAME OVER