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ニュータンタンメンとは?

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匿名ユーザー

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ニュータンタンメンを本家Wikiで調べると
川崎溶き卵タンタン
とラーメン界の巨匠石神氏が呼んでいるらしい。
すなわちれっきとした川崎地ラーメンです。

ここで、一点勘違いが・・・
ニュータンタンメン=川崎溶き卵系
と思っていたが、色々ニュータンタンおよびインスパイア店を食べ歩くことで他にも溶き卵系ラーメンが存在しているという考えに至った。

そもそも、なぜ坦々麺でなくタンタンメンなのか?色々な謎について検証及び考察してみた。

-仮説1

川崎溶き卵系=中華タンタンメン+昭和タンタンメン+タンタンメン+ニュータンタンメン+玉子ラーメン

※タンタンメンの表記は、イソゲンはカタカナオンリー、他にタンタン麺、坦坦めんなどいろいろあるが、基本はタンタンメン表記。
更に中華そばに溶き卵を加えた中華タンタンメンは五反田「大連」が長澤麺と名付けているため、これからは長澤タンタンメンと名付けたい。
情報源長澤麺はこちら

系統的には5種類ぐらいありそう。
系統 特徴 代表的なお店
長澤タンタンメン 醤油ラーメン+溶き卵+辛さはあったりなかったり 大連、かどや、鶴廣
昭和タンタンメン 醤油ラーメン+溶き卵+とろみ、辛さは豆板醤 タンタン屋、南宝亭
タンタンメン 太麺+溶き卵+ニンニク、辛さは豆板醤? 上大岡、次男坊、北京
ニュータンタンメン 太麺+溶き卵+ニンニク、ヘテ唐辛子 イソゲン
玉子ラーメン 川崎溶き卵系ラーメンに触発されたのか単に溶き卵を入れた普通のラーメン 埼玉屋、クマさん

仮説1検証その1
1940年代 川崎で生まれたタンタンメン。情報源はこちら
サンマーメンや、タンタンメンなど神奈川ラーメンの歴史を知るお店栄来軒

仮説1検証その2
1963年 五十嵐源吉さん創業!情報源はイソゲンポスターこのお店で発見

仮説1検証その3
1967年 ニュータンタンメン誕生!情報源はイソゲンポスターこのお店で発見

仮説1検証その4
1970年代 坦々めん(川崎・横浜で溶き卵餡かけ系ラーメンがブームに)情報源は昭和坦々めん(タンタン屋さん)

仮説1検証その5
1970~80年代 北京会で珍さんがタンタンメン(日本人向けにアレンジ版)を広める。(イソゲンさんも参加?)
情報源はこちら

仮説1検証その6
1980年代 ニュータンタンイソゲン北加瀬に誕生?横浜タンタン社長も居た?情報源はイソゲンファンクラブブログ

仮説1検証その7
時期は恐らく北京会に近い時期、平間でまんぷくというお店が、検証5と同様にタンタンメンを始める。

仮説1検証その8
1980年代、反町に「たんたん」というお店が出現。激辛ブームに乗って、このお店のタンタン麺が一世風靡。
たんたんが閉店後、川崎のニュータンタンが台頭。

検証3と検証5になにやら時間のずれがありそう。珍さんとイソゲンさんとの関わりは?
上記検証情報から推測するに、40年代に発明されたタンタン(川崎溶き卵)ラーメンが、60~70年代に多数のお店で様々なバリエーションとして乱立、そのなかからイソゲンさんが究極の川崎溶き卵であるニュータンタンメンを完成させデファクトスタンダードとなった。
といった感じでしょうか?
検証その8により、乱立したタンタン麺を制覇したのがニュータンタンという図式が成立しそう。

-仮説2

炸醤麺が盛岡で日本人風にアレンジされジャージャーメンになった。同様に、坦々麺が日本風にアレンジされタンタンメンになった

仮説2検証1
日本人は、外国からいろんなものを取り入れて、日本風に作り変える力がある。その結果、本場坦々麺と同じ名前を使うに忍びなく、タンタンメンと名付けた?
情報源はこちら

-仮説3

中国では、卵という言葉は鶏以外の動物全般を指すらしく、鶏の卵を特にタン(蛋)と呼ぶらしい。これすなわち、実はタンタンメンは坦々麺ではなく蛋湯麺のことを指しているのではないか?
この場合、坦々麺(tantanmian)ではなく、蛋湯麺(dantangmian)とダンタンメンと発音するのが正確化もしれない

仮説3検証1
ジャージャーメンつながりで、麺を食べ終わった後、卵と茹で割り肉味噌を加えた鶏蛋湯(チータンタン)という料理がある。
であれば溶き卵=タンタンメンという計算式は成立しそう。
情報源はこちら

何か情報お持ちの方は以下まで。
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