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第6章「交錯の中で」 - (2007/07/15 (日) 02:20:02) の1つ前との変更点
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膨大な数の映像がめまぐるしく頭の中を回る。頭をかき混ぜ小波を混沌の中へと引きずり込む。頭の中がきんきんと鳴り響く。飛び込んできた情報を理解すると小波はおもむろに口を開いた。
「私は・・・何ですか?」
ずっと感じていた疑問が口について出る。
この30日間、一番怖かったのは自分自身だった。意識が朦朧として自分が今何をしているのか、これが自分である事さえ分からなかった。
分からない。
分からない。
自分が何であるのか。
自分はこの結論にたどり着くのが嫌だったのかもしれない。しかしあの映像を見て小波は思ったのだ。この女は、何かを知っていると。
その女は小波の顔をじっと見つめていた。流れる音のない時間。
小波の濁った目をしっかりと見据え、その中から何かを探り出そうとする。
瞬時に、悪寒が走った。
小波はとっさに目線をすっとそらす。
その反応を見てその女は何かを確信したような目つきでやっと口を開いた。
「おめでとう。<選ばれし者>。」
まるで宝くじが当たったかのようなぞんざいな軽い言い方。
「私は<名無し>。だけどそうすると業務に差支えがあるから、ええっとこれは・・・」
そう言うとスーツの袖をぐいっとあげる。そのほっそりとした白い腕に
『マンバヒサコ』という文字が白い肌を綺麗にえぐられて彫られていた。
「そうそう、今は萬羽比沙子というの。まあとりあえずよろしくね。」
そう他人行儀で自分の名前を告げ、さっそく本題に入る。
「私と一緒に来なさい。そうすれば教えてあげるわ。貴方が何であるかを。」
それは有無を言わせぬ口調だった。
「分かりました。」と瞬時に小波は即答する。
「お、おい、ちょっと待ってくれ!!」
話についてゆけない緒方警部が声を上げた。小波と萬羽がああ、いたのかとでも言うように警部に目を向ける。その目はまるで親子のように似ていた。
「いくらなんでもそれは決断が早すぎるんじゃないのかい?」
「じゃあ他に行くあてがあるんですか?それは具体的にどこですか?」
事務的に淡々と小波に反論され、警部は言葉に詰まる。そしてやっと声を絞り出した。
「私には昔、君と同じくらいの咲という娘がいたんだ。ある日咲が誘拐にあってな、身代金を要求されたんだ。そのとき私はもちろん警察に通報した。自分自身が警察なんだから通報しない意味なんてあるはずがないからな。そうやって高みの見物をしていたんだ。そしたら・・・」
恰幅の良い背を震わせ、話を進める。
「翌日、咲は川沿いの土手で発見された。死体になってな。あれは冬の寒い晩で珍しく雪が降っていた。俺の妻が寒かったろうに、痛かったろうにってむせび泣きながら咲を強く抱きしめて繰り返していたよ。それは警察内部の人間の犯行だったんだよ。だから、もう俺は・・・」
いつの間にか一人称が俺になって熱く語っている警部に止めが入る。
「俺は・・・何ですの?そういう弱い人を守りたいって?よく言うわね、<ポーン>みたいな捨て駒の分際で。」
「なんだとっ・・・」
「わたくし、貴方みたいな『熱血!汗まみれ警察野郎』はお嫌いなのよ。でもあの人は『好き』そうね。貴方みたいなバカな人。そういえばあの人の義体も減ってるようだし、この人何かとうるさそうだから・・今のうちに処理した方がよさそうね。」
そう言うとサッと拳銃を懐から取り出すと、何のためらいもなく撃った。
ぱんっという音とぐちょっという体に弾がめりこんだ音がしてから、緒方警部はようやく自分のこめかみの部分に穴が開いていることに気づいた。そして、後ろに糸が切れた操り人形のように倒れた。
その後の萬羽の動作はすばやかった。すでに事切れている緒方警部のこめかみの出血箇所をかばんから取り出した透明な糸で雑にざくざくと縫い合わせていく。
ぽこん、と小波の脳裏で音がした。
ぼんやりとその事態を眺めていた小波は、ふいに激しい飢えを感じた。
胃が萎縮しきゅうぅぅっ、という音を立てる。
緒方警部の胸から口へと、何か光り輝くいい匂いのするものが移動する。
そして小波は見てしまった。極上の食べものが今緒方警部の口からはみ出ているのを。
喉がごくり、と音を立てて唸る。
欲しい、あれが食べたい。
(こっちにおいで・・・)
無意識にこちらへと誘い込む。
(可愛がってあげるよ・・・)
その金色に光る球体は、緒方警部の口から出た瞬間、緒方警部の体がびくっとかすかに痙攣した。そして小波のほうへとぷかぷかと宙を浮かんで近付いてくる。小波が口をあけ、息を静かに吸い込むと球体はそれに応えるかのようにすぽん、と小波の口に飛び込んだ。
小波はこの美味しさにおもわず肩を震わせた。この世のものとは思えない極上の食べもの。今なら死んでもいい、と小波は思った。もちろん死ねるならの話だが。
それは次第に溶けて、小波の食道を通過し、胃の中に入るとぱちんっと
瞬時にはじけて消えた。
小波にとっていちばんの至福のときが終わると、小波は小さい子どもみたいに食べ残しがないかキョロキョロと辺りを見回した。
見つかったのは警部の死体とそれをちくちくと縫い合わせる萬羽さんだけだった。萬羽はかばんから青い水晶のようなものを取り出すと警部の胸の上に置き、それを警部の胸に押し込むと、萬羽は小さく「液化。」と唱えた。
ごぎゅっという胸に水晶がくい込む音と、しゅうぅぅという何かが溶ける音がした。
そこにはもう緒方警部の死体の固体は無かった。
あるのは血と、血でどろどろのゼリー状になった内臓や骨だった。
全てが液体と化していく。もうそこには人間の面影は無い。
緒方警部だったものは、やがてその水晶の中に取り込まれていった。
次第に青かった水晶が赤く染まってゆく。
一滴の血も残さずそれを水晶が回収すると、水晶はげふっと音を立てて
ころころと地面を転がると、床に置いてあった萬羽のかばんにひょいっと入った。
それをじっと眺めていた萬羽は、それをみてもじっと動かない小波を見て言った。
「『合格』よ。」
膨大な数の映像がめまぐるしく頭の中を回る。頭をかき混ぜ小波を混沌の中へと引きずり込む。頭の中がきんきんと鳴り響く。飛び込んできた情報を理解すると小波はおもむろに口を開いた。
「私は・・・何ですか?」
ずっと感じていた疑問が口について出る。
この30日間、一番怖かったのは自分自身だった。意識が朦朧として自分が今何をしているのか、これが自分である事さえ分からなかった。
分からない。
分からない。
自分が何であるのか。
自分はこの結論にたどり着くのが嫌だったのかもしれない。しかしあの映像を見て小波は思ったのだ。この女は、何かを知っていると。
その女は小波の顔をじっと見つめていた。流れる音のない時間。
小波の濁った目をしっかりと見据え、その中から何かを探り出そうとする。
瞬時に、悪寒が走った。
小波はとっさに目線をすっとそらす。
その反応を見てその女は何かを確信したような目つきでやっと口を開いた。
「おめでとう。<選ばれし者>。」
まるで宝くじが当たったかのようなぞんざいな軽い言い方。
「私は<名無し>。だけどそうすると業務に差支えがあるから、ええっとこれは・・・」
そう言うとスーツの袖をぐいっとあげる。そのほっそりとした白い腕に『マンバヒサコ』という文字が白い肌を綺麗にえぐられて彫られていた。
「そうそう、今は萬羽比沙子というの。まあとりあえずよろしく。」
そう他人行儀で自分の名前を告げ、さっそく本題に入る。
「私と一緒に来なさい。そうすれば教えてあげるわ。貴方が何であるかを。」
それは有無を言わせぬ口調だった。
「分かりました。」と瞬時に小波は即答する。
「お、おい、ちょっと待ってくれ!!」
話についてゆけない緒方警部が声を上げた。小波と萬羽がああ、いたのかとでも言うように警部に目を向ける。その目はまるで親子のように似ていた。
「いくらなんでもそれは決断が早すぎるんじゃないのかい?」
「じゃあ他に行くあてがあるんですか?それは具体的にどこですか?」
事務的に淡々と小波に反論され、警部は言葉に詰まる。そしてやっと声を絞り出した。
「私には昔、君と同じくらいの咲という娘がいたんだ。ある日咲が誘拐にあってな、身代金を要求されたんだ。そのとき私はもちろん警察に通報した。自分自身が警察なんだから通報しない意味なんてあるはずがないからな。そうやって高みの見物をしていたんだ。そしたら・・・」
恰幅の良い背を震わせ、話を進める。
「翌日、咲は川沿いの土手で発見された。死体になってな。あれは冬の寒い晩で珍しく雪が降っていた。俺の妻が寒かったろうに、痛かったろうにってむせび泣きながら咲を強く抱きしめて繰り返していたよ。それは警察内部の人間の犯行だったんだよ。だから、もう俺は・・・」
いつの間にか一人称が俺になって熱く語っている警部に止めが入る。
「俺は・・・何ですの?そういう弱い人を守りたいって?よく言うわね、<ポーン>みたいな捨て駒の分際で。」
「なんだとっ・・・」
「わたくし、貴方みたいな『熱血!汗まみれ警察野郎』はお嫌いなのよ。でもあの人は『好き』そうね。貴方みたいなバカな人。そういえばあの人の義体も減ってるようだし、この人何かとうるさそうだから・・今のうちに処理した方がよさそうね。」
そう言うとサッと拳銃を懐から取り出すと、何のためらいもなく撃った。
ぱんっという音とぐちょっという体に弾がめりこんだ音がしてから、緒方警部はようやく自分のこめかみの部分に穴が開いていることに気づいた。そして、後ろに糸が切れた操り人形のように倒れた。
その後の萬羽の動作はすばやかった。すでに事切れている緒方警部のこめかみの出血箇所をかばんから取り出した透明な糸で雑にざくざくと縫い合わせていく。
ぽこん、と小波の脳裏で音がした。
ぼんやりとその事態を眺めていた小波は、ふいに激しい飢えを感じた。
胃が萎縮しきゅうぅぅっ、という音を立てる。
緒方警部の胸から口へと、何か光り輝くいい匂いのするものが移動する。
そして小波は見てしまった。極上の食べものが今緒方警部の口からはみ出ているのを。
喉がごくり、と音を立てて唸る。
欲しい、あれが食べたい。
(こっちにおいで・・・)
無意識にこちらへと誘い込む。
(可愛がってあげるよ・・・)
その金色に光る球体は、緒方警部の口から出た瞬間、緒方警部の体がびくっとかすかに痙攣した。そして小波のほうへとぷかぷかと宙を浮かんで近付いてくる。小波が口をあけ、息を静かに吸い込むと球体はそれに応えるかのようにすぽん、と小波の口に飛び込んだ。
小波はこの美味しさにおもわず肩を震わせた。この世のものとは思えない極上の食べもの。今なら死んでもいい、と小波は思った。もちろん死ねるならの話だが。
それは次第に溶けて、小波の食道を通過し、胃の中に入るとぱちんっと
瞬時にはじけて消えた。
小波にとっていちばんの至福のときが終わると、小波は小さい子どもみたいに食べ残しがないかキョロキョロと辺りを見回した。
見つかったのは警部の死体とそれをちくちくと縫い合わせる萬羽さんだけだった。萬羽はかばんから青い水晶のようなものを取り出すと警部の胸の上に置き、それを警部の胸に押し込むと、萬羽は小さく「液化。」と唱えた。
ごぎゅっという胸に水晶がくい込む音と、しゅうぅぅという何かが溶ける音がした。
そこにはもう緒方警部の死体の固体は無かった。
あるのは血と、血でどろどろのゼリー状になった内臓や骨だった。
全てが液体と化していく。もうそこには人間の面影は無い。
緒方警部だったものは、やがてその水晶の中に取り込まれていった。
次第に青かった水晶が赤く染まってゆく。
一滴の血も残さずそれを水晶が回収すると、水晶はげふっと音を立てて
ころころと地面を転がると、床に置いてあった萬羽のかばんにひょいっと入った。
それをじっと眺めていた萬羽は、それをみてもじっと動かない小波を見て言った。
「『合格』よ。」