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「百詩篇第5巻64番」(2012/08/26 (日) 12:51:01) の最新版変更点
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*原文
Les assemblés&sup(){1} par repoz du grand nombre,
Par terre & mer&sup(){2} conseil contremandé&sup(){3}:
Pres de l'Automne&sup(){4} Gennes, Nice&sup(){5} de l'ombre&sup(){6}
Par champs&sup(){7} & villes&sup(){8} le chef&sup(){9} [[contrebandé>contrebander]].
**異文
(1) assemblés ou assemblez : assemblées 1568I, assembles 1672
(2) terre & mer : Terre & Mer 1672
(3) contremandé : contre mandé 1611 1981EB
(4) l'Automne : l'Autonne 1568B 1568C 1568I 1597 1605 1611 1628 1649Xa 1981EB 1672 1772Ri, l'Antonne 1600 1610 1650Ri 1653 1716, l'Autone 1589Me, l' antonne 1627
(5) Nice : Nue 1672
(6) l'ombre : lombre 1672
(7) champs : Champs 1672
(8) villes : viles 1605 1628 1649Xa, ville 1668P, Villes 1672
(9) chef : Chef 1672
**校訂
3行目が l'Autonne ないし l'Antonne になっている版が主に使われてきたため、従来謎とされることが多かった。しかし、初出に従う限りでは l'Automne (秋) と明記されており、疑問の余地はない。
かつて提唱され、現代でも[[ピーター・ラメジャラー]]などが支持している校訂としては、l'Ausonne と読み替えることでアウソニア地方を導くものがある。
*日本語訳
集められた人々の大多数が落ち着くことで、
陸と海を通じての勧告は取り消される。
秋が近づくとジェノヴァとニースでは陰で
田舎と諸都市とを通じ、指導者が反逆される。
**訳について
3行目は特に校訂する必要を感じなかったため、そのまま「秋」で訳した。[[リチャード・シーバース]]も普通に秋と訳している。
4行目は[[contrebander]]の訳し方によって「~指導者が立てられる」「~指導者がこっそり運ばれる」などの訳を導きうる。いずれも3行目の「陰で」に対応するだけに、詩のモデルが特定されない限りは、どれが正しいとは確定しづらいものと思われる。
既存の訳についてコメントしておく。
[[大乗訳>ノストラダムス大予言原典・諸世紀]]は、1行目「会合は多くの残りの人によって」((大乗 [1975] p.165。以下、この詩の引用は同じページから。))がまず誤訳。仏語原文を見れば、[[ヘンリー・C・ロバーツ]]の英訳に使われている rest が「残り」ではなく「休息」の意味なのは明らかで、転訳による誤訳。
2行目「陸や海から、かれらの忠告を思いだし」も誤訳。contremander は「命令を取り消す、上書きする」の意味なので、ロバーツの英訳のrecall を「思い出す」と訳すのも転訳による誤訳。
3行目「アウトンヌ ジェンヌ 陰の雲の近く」は Nice が Nue になっている原文によるものなので、そう訳せなくもないが、その原文に妥当性はない。
4行目「野に町に首長はたがいに他に対抗するだろう」も[[contrebander]]に訳の幅があるといっても、受動態になっていることからすれば、大乗訳のようにはならないだろう。
[[山根訳>ノストラダムス全予言 (二見書房)]]について。
まず1行目「多数の平穏にささえられて寄り集いし者」((山根 [1988] p.198。以下、この詩の引用は同じページから。))は、言葉の係り方によってはありうる訳。
4行目「都市から田園から王に歯向かう革命の波」はほとんど意味不明になっているが、これは[[エリカ・チータム]]の英訳をほぼ忠実に転訳したものである。唐突に revolution が登場しているのは、レオニの英訳に出てきた in revolt を見間違えたか、飛躍させたかのどちらかだろう。
*信奉者側の見解
全訳本以外ではまず取り上げられてこなかった詩篇であり、20世紀以前では[[テオフィル・ド・ガランシエール]]以外にコメントした者が見当たらないが、その彼にしても「私の理解を超えている」としか述べていなかったので、誰も解釈しなかったといって差し支えない。
[[エリカ・チータム]]は Autonne が未解決のアナグラムの1つだという少々的外れなコメントを寄せ、のちには19世紀の事件(イタリア独立?)を予言しようとして失敗した詩篇ではないかとコメントした((Cheetham [1973], Cheetham [1990]))。
[[セルジュ・ユタン]]は1944年にフランス南部が解放されたことの予言とした((Hutin [1978], Hutin (2002)[2003]))。
[[ジョン・ホーグ]]は Autonne の u を r にかえて en [[Arton]] とアナグラムし、NATO(北大西洋条約機構)に言及した20世紀末から21世紀の情勢に関わる詩篇ではないかと解釈した((Hogue (1997)[1999]))(Arton から NATO を導くのは[[百詩篇第2巻22番]]に触発されたものだろう)。
*同時代的な視点
解釈が乏しいという意味では、信奉者側と変わらない。
[[エドガー・レオニ]]は Autonne についていろいろな解釈を展開し、これが前出のチータムの認識に影響したのは間違いないが、チータムと違い、初期の版では automne となっている版があることにもきちんと触れている。
モデルの特定に成功した者はいないが、クレベールの読みを参考にすると詩の情景は、平穏が取り戻されることで、ある国が他国を陸・海から攻めようとしていた作戦が取り消されるが、秋になるとニースやジェノヴァで何からの不穏な動きが見られる、といったもののようである。
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