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惑星放棄作戦 1 - (2012/05/29 (火) 23:35:38) のソース

序章

発:民間軍事会社AMS 特殊作戦業務部 総務課
宛:3rd.LARP(第3長距離偵察部隊)
 
■■■■■■■■における潜入、情報収集を目的とした長距離偵察任務をここに命ずる。なお、■■■■■■潜入においては国連航空宇宙軍の指示に従い移動、降下艇により兵員を輸送するものとする。
装備クラスはC+を許可、兵員は2個小隊を指揮官の裁量により選抜すること。仮に接敵した場合は情報の回収を最優先とし、戦闘の回避に尽力することを命ずる。
なお、これは国連統合軍参謀本部からの正式な業務委託である。

追加事項に関しては別紙参照のこと。

特殊作戦業務部総務課長:アルフレッド・ヴォーデヴィッヒ(印)
作戦業務委託指揮官:ユーリ・ユリアス・マクドゥガル海兵大尉




機密処理が施されているようだ

 



『Phase.1 長距離偵察』




国連統合軍 航空宇宙軍 指揮所 現地時刻 18:09

 国連統合5軍の一つである航空宇宙軍の戦闘指揮所は、モニターの青白い輝きと暗い闇に覆い尽くされている。

 指揮所の間取りはそれほど広くない。前方に配置された大型のメインスクリーンと、各要員が腰掛けるコンソールが20個ほど並び、レーダー要員や通信士、火器管制官などが静かに任務に取り組んでいる。

 機械や指揮所に詰めた要員たちの熱気が、メインスクリーンの向こうの戦闘風景と相まって、奇妙な緊張感が漂っていた。

 熱感知望遠スコープが捉えているのは、長距離偵察のために潜入したLARP二個小隊の戦闘風景だ。モノクロの視界では、持ち込んだ小火器で応戦しながら、回収ポイントへと前進を続ける兵士たちの姿が確認できる。

 映像が縮小される。と、LARP小隊を半ば包囲している敵がモニターに入り込んだ。
 人に比べると異常発達した筋肉と、3m近い巨大な体躯。腕や胸、足を覆う鎧じみた装甲板と、手にした大きな銃火器。特徴的なのは、全身にくまなく生えた剛毛と、大きな口から覗く鋭く尖った歯。

 現在人類の『敵』とされている種族の戦闘員、ゴリアテと呼ばれているタイプで、体つきや毛の生え具合がゴリラに似ていることと、旧約聖書の巨人兵士になぞらえてそう名付けられた。

 音は回収できないが、ゴリアテが吠え立てていることは想像に難くない。なにせあいつらときたら、戦闘中に大声で怒鳴るのが大好きだからだ。

 にやりと口元をゆがめ、司令はモニターを見つめた。
 
ゴリアテの数は少なくとも40以上。対するLARPには負傷者も出ていて、体格で勝るゴリアテの大部隊とまともに戦うだけの余力はない。今は確認できないものの、もしこのまま時間が過ぎれば敵の兵力がさらに増加することだろう。
 回収を急がねば、情報が失われる。そして何より、貴重な24名の偵察隊員たちも殺されてしまう。

「代替の降下艇の発進はまだか」
 
司令は静かに、それでいて響く声で尋ねる。戦闘が始まってすぐに送り込んだ回収の降下艇3機のうち1機は、敵の誘導弾を受け、墜落している。残った2機のうち片方は兵員を回収し帰還していたが、もう一機は安全な着陸地点が得られるまで高空で待機していて、全員の回収にはあと1機送り込む必要がある。
指揮所の闇のどこからか、「発信準備完了、第一カーゴベイで出撃命令の確認を待機しています」とオペレーターの返事が返ってきた。

「ただちに出せ。航空支援代わりに『魔導兵』を乗せておけ」
「了解」
 もう一度、司令はモニターに目を向ける。下界での戦闘は、佳境へ至りつつあった。



 2か月。そう、2か月だ。 
 命令を受け、移動し、降下し、潜入し、何百キロもの距離を移動して偵察を続けること2か月。
その2か月の汚れを吸ったブーツで地面を踏みしめ、2か月の間に消耗した体を引きずり、そして擦り切れた野戦服で物陰に紛れ身をひそめる。
 
そうやって任務を遂行し続け、ようやく帰還する段階になって、最年少の偵察隊員がドジをふんだ。たまたま接敵した相手に、消音器なしの拳銃で攻撃を仕掛ける愚を犯したのだ。その銃声を聞きつけた敵部隊が本部へ増援要請を行い、撤収する僕らは凄絶な消耗戦へと引きずり込まれた。

 とはいえ、僕にそれを責める権利はない。なにせこの3rd.LARPの人員選抜を行ったのは紛れもない僕――ユーリ・マクドゥガル大尉であり、部下のミスは選抜した僕に帰属されるからだ。 
すくなくとも軍隊とはそういう組織であり、それは民間の軍事企業であっても変わらない。そして僕は、僕を例外とするつもりは毛頭なかった。

 だから僕はここにいる。指揮官の責務と兵士の義務を履行するために。

 自費で購入し、自費で改造を施したM16A4ライフルを保持し、キャリングハンドルに直接載せたドットサイトを覗き込む。日が落ち、周囲はすでに薄暗い。木々のざわめきが敵の気配をかき消してしまうのではないかと心配になったが、もはやそれどころではない。

 支給品のシューティンググラス型HUDには、ケーブル接続されたヘルメット内臓ヘッドセットの暗視装置から送られてくる映像が映し出されている。

 物の輪郭をワイヤーフレームで表示、フレームカラーによるオブジェクトの種類分け、その上にサーマルを搭載した高性能な小型HUDが、今はひどくありがたいものに感じる。

 黄緑色のワイヤーに縁どられた雑草や木の幹、せりあがった岩。そしてその奥の、緑の靄状の闇に目を凝らし、わずかな動作も見逃すまいと息を詰める。それは部下たちも同様で、疲れ切った顔を闇へ突き合わせている。

 ここは最後の防衛地点だった
 
撤収の間に2度確保した着陸地点はことごとく使用不能にされ、そのうち一度は降下艇を破壊されている。その後、墜落した降下艇のパイロットたちを回収するために迂回し、敵と交戦。24名いた部隊員は6名の重傷者を出し、さらに2名の負傷パイロットを抱えているとあっては、これ以上の移動は不可能だ。

 マジノラインは、森林地帯を抜けた、岩に囲まれた草原に築かれている。残った弾薬をすべて分配し、扇方に部隊を展開。負傷兵をすぐ移送できる位置に置いて、あとはビーコンを設置。
 やれることはやった。そう呟き、そっと深呼吸する。実戦は何度経験しても緊張するもので、何度もセレクターの位置を確かめながら、地面に突き刺した防弾板に身を隠して監視を続ける。

『こちらロメオ47、現在貴隊の回収へ急行中。聞こえていたら応答願う』

 不意に、無線が飛び込んでくる。僕は銃口を動かさず、ハンズフリーの骨伝導イヤホンの感触を喉に感じながら、

「こちらアンダーテイカー、着陸地点を確保して待機中。急いでくれ、負傷兵が多くて接敵すれば逃げ切れる気がしない」
『ロメオ47よりアンダーテイカー、了解した。到着予定(ETA)は6分後、当機は『魔導兵』を積んでいる。支援要請の際はこちらへ頼む』
「了解したロメオ47、通信終わり」

 オープンチャンネル――隊全員が聴ける――の交信を終え、腕時計を見る。蓄光素材に時刻を確かめ、あと6分だ、とつぶやいた僕は、僕同様に警戒態勢をとる部下たちを見回し、その表情が先ほどよりも活気を得ていることに気が付いた。

 『魔導兵』あるいは『魔導士官』とも呼ばれる一種の強力な兵器が、いつでも援護可能な状況でこちらへ向かっている。その事実が、彼らを活気づけたのだろう。少なくとも『魔導兵』が駆使する『魔法攻撃』は戦車やヘリなどでは及ばないほどの威力がある。
 何とかここを死守しよう。そう思った時だった。

『大尉、設置した動体センサーに感あり。数は不明ですが、距離360、接近してきます』

 分隊長の報告に、心臓の鼓動がかすかに早まる。HUDに視線を走らせ、設置センサーのタブを見ると、いくつもの動体が林の中をこちらに向かってくるのが確認できる。

「自動機銃を用意。距離250で自動機銃をセット、各分隊長200になったら各々射撃を開始しろ」
『デルタ1、了解』
『デルタ3、いつでも行けます』
『デルタ2、命令を確認』

 各分隊、平均残数4名。それが4分隊で、今動けるのは18名しかいない。もはや部隊と名乗るのもおこがましいほどの少数だ。僕は自嘲の笑みを浮かべ、M16を保持する。

 森の中から敵の気配が伝わってくる。HUDに距離270を認めた次の瞬間、僕らよりも前方に配置した自動機銃が起動した。緑の闇の中で、光が膨れ上がった。それまで草木のざわめき以外に音のなかった着陸地点に、モーター音と自動機銃の連射音が轟き、幾筋もの光条が飛翔する。

 毎秒50発で連射するように設定してある自動式のガトリングガンが、容赦なく小銃弾の雨を降らせる。木々の奥で獣じみた咆哮がいくつも上がり、敵が応射する気配が伝わったけど、僕は距離メーターの数値減少に意識を向けていた。

 240…………235…………230――

 カウンターがゆったりと減少する。銃を握りしめ、森林から現れた巨躯に、ドットサイトを合わせる。
 輝く双眸と手にしたプラズマガン、全身を覆う薄い金属鎧の輝きが、自動機銃の発砲炎で浮かび上がる。さながらゴリラの魔物のような凶暴な顔をしたゴリアテ共が、弾丸の雨で引き裂かれながら飛び込んでくる。

 220……215…210…………
 カウンターが200になった瞬間、僕は自身が発した命令通りに引金を絞った。

 フルオートに設定したM16A4が火を噴き、短連射を繰り返す。同時に他のLARP小隊員も射撃を開始し、森から飛び出してきた敵は瞬く間にハチの巣になる。
 ただ、敵の数が多かった。

 撃ち倒すそばから、新手が死体を乗り越えてやってくる。ようやくそれが途切れるころには、弾倉を4本射耗していて、僕は新しい弾倉を押し込みながら、残りの弾倉数を数えた。
 残りの弾倉は5本。150発もない。

「各分隊長、兵員の残弾は?」
『デルタ2、平均90です』
『デルタ3、こちらは100と少し』
『デルタ1、残りは弾倉3本がいいところですね。ETAまで何分ですか?』

 腕時計を見下ろし、視線を森に戻して、

「あと3分。これからがひどいことになる」
『着剣は?』

 着剣、つまりは銃剣装着のことだ。彼は接触しての白兵戦に備えるかと聞いているのだ。

「そうなるころには全滅さでもまあ、備えておこう。総員着剣」
『了解』

 通信が終わる。代わりに回線を救助降下艇につなげた。

「アンダーテイカーよりロメオ47、応答願う」
『こちらロメオ47、どうしたアンダーテイカー』

 弾倉をとりやすいよう、身に着けたベストの弾倉カバーを外しておく。腿のホルスターのロックを解除することも忘れない。

「魔導兵による直接支援を要請する。攻撃要請座標は……いま送信した」

 HUDとセットで支給される、腕に装着する端末をいじくり、座標を送る。やや間を置き、『座標確認した。攻撃まで少し待て』と返事がやってくる。『魔導兵』、あるいは『魔導士官』が行使する能力は、使用まで些か時間がかかる。要請は早目でないと意味がないのだ。

 センサータブに、再度動体接近を知らせる表記が躍る。腕時計にあと2分強を確かめ、僕はポーチの胸に入れたデータチップに、グローブとナイロン越しに手を当てた。

 チップには情報が詰まっている。この地域の偵察で得た、敵情の観察と兵力に関する、軍事的にきわめて重要な情報が詰められている。これを持ち帰って報告することが僕の任務であり、なすべきことだ。

『敵、来ます!』

 押し殺した叫び声が言い終わらぬうちに、自動機銃が再稼働していた。機械音と発砲音、咆哮や悲鳴の合奏が、びりびりと鼓膜を刺激する。

「まだ撃つな、ひきつけて撃滅する」

 距離メーターを見遣り、無線に吹き込む。距離220、215……接近は止まらない。これ以上続けば自動機銃がオーバーヒートで役に立たなくなる。

「210……205! 撃て、撃て撃て!「
 
筒先を揃えたライフルが一斉に吠えた。先ほどと違い、セミオートにした小銃弾が飛翔し、無謀な突撃を続けるゴリアテの巨体を撃ちぬく。

 こういう時、敵の物量任せの攻撃はありがたい。連中が頭を冷やして砲撃で殲滅なんてことを考えたなら、今頃皆殺しされているだろう。まあ、僕らを捕えて尋問したいという側面もあるのだろうが――

 弾が切れた。取り換える間すら惜しく、手早く弾倉を破棄して次を送り込み、間を開けずに次弾を送り込む。 向こうの応射が近くや身を隠した防弾板に命中し、プラズマの軌跡が頬を掠める。肉が焼ける臭いを嗅ぎながらも、指は機械的に動き続ける。

『残弾僅か、自動機銃は弾切れか、破壊されました!』
『敵が止まりません!』

 先ほどまで無線会話は、敵に声を聴かれない意味もあった。しかし今は無線でなければ声が通らないほどに周りが騒々しい。僕は手近な相手から順次撃ち殺し、

『畜生、プラズマキャノン持ちがいるぞ!』

 部下の声。敵が持つプラズマガンとは比べ物にならない威力を持つプラズマキャノンは何としてもつぶさねばならない。
 肩に担ぐ砲のような武器を構えているであろうゴリアテの姿を探ろうとした僕は、ふいに飛んできた太い緑のラインに視界をつぶされ、次の瞬間には重力が消え失せていた。





『嬢ちゃん、攻撃支援要請だ。座標は、今送った』

 高速で移動する降下艇のカーゴルームに腰掛けていた少女は、自分の携帯端末に送られてきた情報タブを確認し、ゴーグル型HUDに転送する。そこに記された座標の数値を確かめ、「わかりました。少し待ってください」と返して、目を閉じた。

 彼女たち魔導兵が扱う『魔法』は、いわばファンタジー世界の魔法そのものと言える。違うとことは、杖も呪文も必要ないところ。

 そっと深呼吸して、座標の位置を意識する。すべての神経をその範囲へ収斂させて、一気に押しつぶすイメージを想像しながら、自分でもどこに存在し、どんなものなのか見当すらつかない『世界のナニか』を意識する。

 魔法とは、世界法則へ働きかける超常の力だ、と教官には教わった。

 まさにその通りだ。自分の想像通りにナニかが動き、法則が書き換えられるのを感じながら、少女は目を見開き――





 目が覚めた。
 というより、吹き飛んだ意識が引き戻されたのだろう。
 耳鳴りと眩暈が酷い。とりあえずは手足を動かし、五体満足を確かめ、重い瞼を持ち上げる。
 どうやら誰かに引きずられているようだった。

 自分で動いているわけでもないのに、体がずるずると動いていく。背中がこすれる感触を味わいながら、僕は左手で胸のチップに触れ、右手で腿のM1911A1拳銃を引き抜いた。僕が盾にしていた防弾板は半ば溶解しているようだった。ぼやけたままの視界に、あれがなければ即死だったな、と今更の感慨を抱きつつ、重い腕を持ち上げる。

 無線に、味方の声が飛び込んできた。でもどういったわけか音が霞みかかっていて、耳鳴りのせいもあってうまく聞こえない。手にしたM1911A1カスタム拳銃の発砲音すらくぐもっていた。

 敵が近い。弾幕が凄まじい。
 青い筋が幾重にも飛来する。

 ああ、もしかしてここで全滅かもしれないな、などと思った瞬間、森のほうで爆発的な光が膨れ上がり、次の瞬間には噴き上がった火柱と膨大な熱量が押し寄せてくる。

 弾幕が嘘のようにとだえ、接近しつつあったゴリアテの姿が炎に飲み込まれる。ああ、攻撃魔法だ、と理解した僕の視界にロケット弾と機銃の弾道が割り込み、ようやくたどり着いたらしい降下艇の存在を教えてくれた。

 僕の体が担ぎ上げられる。横を向くと、肩を担いでくれた曹長の顔があって、彼が何か僕に声をかけた。
 前に顔を向けると、着陸した降下艇が装備した機関砲をばら撒きながら兵士を収容している。先に乗り込んだ一人が差し伸べた手を掴み、ふらつく体で席に着いた僕は、ここ最近回数が増えた溜息を、そっと吐きだした。



- ぜひ感想くださいな
- 先ほどプレデターを見終わったばかりで、ちょうど身体が温まっていたので、戦闘シーンが無理なく読めましたわ!  -- みゃーこ  (2012-05-20 23:28:35)
- 引きこまれるような文章ですね  -- 名無しさん  (2012-05-23 19:37:39)
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