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    <title>にゃべっち物語/コメントログ</title>
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      - お年玉、いくつになっても欲しいよね。神経はマトモなの？って言い過ぎでは・・・。  -- (まぁや)  &amp;size(80%){2007-07-18 02:36:48} 

- みゆさん、新垣結衣さんのケータイの電話番号を教えてください   --  (∠(^o^)／♂人生オワタの♂大冒険∠(^o^)／)  &amp;size(80%){2010-10-06 22:36:47} 
- みゆさんと友達になりたいです、いま電話していいですか   --  (∠(^o^)／♂人生オワタの♂大冒険∠(^o^)／)  &amp;size(80%){2010-10-06 22:55:59} 
- ぼく人生オワタさんっていいます、みゆさん、芸能人の携帯番号教えてください、今電話していいですか   --  (∠(^o^)／♂人生オワタの♂大冒険∠(^o^)／)  &amp;size(80%){2010-10-06 23:03:24}     </description>
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    <title>travel1/コメントログ</title>
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      - 私もキーホルダーを集http://plaza.rakuten.co.jp/11924649/めています。   --  (ＤＡＳＨ－８)  &amp;size(80%){2008-01-16 22:15:26} 
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    <title>おもろい地名1/コメントログ</title>
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      - あああああああああああああああああああああああああああああああああん   --  (うざき)  &amp;size(80%){2008-01-16 15:15:25} 
- たのしいよ＾０＾   --  (うざき)  &amp;size(80%){2008-01-16 15:15:58} 
- あんああんあんあんあんあああああん   --  (うざき)  &amp;size(80%){2008-01-16 15:16:27} 
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    <title>おもろい地名/コメントログ</title>
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      - .pqewp@ jnyl,thgk   --  (,l5uokkko5e,ji)  &amp;size(80%){2008-06-04 11:09:30} 
- いいのがでましたｗ   --  (うんこ)  &amp;size(80%){2008-06-20 15:26:41} 
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    <title>リアルにゃべっち</title>
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    <description>
      - 76
**詐欺師Ｔの前身　(*￣▽￣)=====C&lt; ＿△＿)))
　その後、SST社で親しくしていた役員にＤ氏の連絡先を訊くと 

　「今度、ウチの系列でST社という、新しい会社が出来たんだ・・・
　ウチの重役だった、Ｔというのが社長なんだが・・・Ｋは、そこにいるんじゃないかな」 

　と教わった携帯番号にアクセスし、５年ぶりくらいでＤ氏に会う事になった。 

　「今も営業活動をしているのなら、何かいい話があれば紹介してくださいよ」 

　と頼んでおいたが、その日のうちに電話をして来たのはＤ氏ではなくそれまで面識のなかったＴであった。 

　「Ｋから、アナタのデータを貰いました・・・
　私は以前、SST社にいたんだけど、今度独立して系列のST社を立ち上げましてね。
　ええ、Ｋも来月からウチに来ますよ・・・
　そこでにゃべっちさん、こんな話があるんです・・・」 

　まるで外人が喋っているのかと思うほどに、酷く聞き取り難い方言訛りで持ちかけてきたのが、事の始まりである。 

　その電話があった日の夜、Ｄ氏から電話があり 

　「今日、ST社のＴから連絡がありませんでしたか？　
　どうも、迷惑をかけちゃったかな？　
　Ｔが紹介しろ紹介しろと、煩いので・・・」 

　という謝りめいた連絡があり 

　「いや、迷惑ではないですよ・・・仕事が決れば、いいわけですからね。
　しかしＴさんという人は、SST社の役員から名前だけは訊いていましたが・・・
　で、ＫさんもあのＳＴ社という会社にいるんですか？」 

　「いや・・・オレは、あそこへは入らないよ。
　Ｔ社長から、一緒にやろうとしつこく誘われてるんだよね・・
　ハッキリ言って、あの人と一緒にやるの嫌なんだよな・・・」 

　「・・・私は電話で話したばかりなので良くわかりませんが、なんかなに言ってるんだか良くわからない感じがして・・・最初は外人・・・正直、コリアか東南アジア系の人かと思いましたが・・・」 

　「ハハハハ。
　そうかなー。
　オレは訊き慣れてるけど。
　ホント言うと嫌なんだよなー、あの人とやるのは」 

　無論、その時はなにが「嫌」という理由かは皆目わからなかったが、幾ら親しい仲とはいえわけもなくそんな事を言うＤ氏ではないから、あれだけ敬遠しているところを見ると、なにか問題がある人物なのだろうとは思っていたのであったが　(；-＿-；) ウーム

#comment_num2

- 75
**苦い回想　(-_-)
　それは、どことなく聞き覚えのあるような、ないような声であった。 

　「私、ST社のＭと申しますが・・・」 

　「ST社のＭさん・・・？」 

　ＳＴ社には、系列のSST社という会社がある。 

　系列と言うよりは元々がSST社から分離して後から出来たのがST社であり、例のＴ社長も元々はSST社の重役であったらしい事はSST社役員から訊いていた。 

　SST社との関係は、数年前からで同社が紹介してきた仕事をした事があり、その時の担当はＤ氏という真面目な人で随分世話になった。 

　その仕事が終わってからも、SST社のからは何度かオファーが掛かり面接にも何社かお呼びが掛かったものの、Ｄ氏は既に退社しており毎回、営業担当が変わっていた事もあってどれもあまり印象に残っていなかったが、確かにこの電話の声と名前には微かな記憶があった。 

　かつて触れたように、Ｋ社の面接ではまったく問題にされなかった事があったが、その時の窓口になっていたのがこのＭ氏であった事を思い出していた。 

　「にゃべっちさん、憶えておいでですか・・・？　
　以前、SST社でお会いしてると思いますが・・・」 

　「ええ、憶えてますよ・・・」 

　「ボクも今度、SST社からST社に移ったんですよ。
　それで、にゃべっちさんに是非とも、ご紹介したい案件がありまして・・・」 

　「しかし私はST社とは、もう縁を切りましたのでね。
　なにせＴ氏には、これまだ何度騙されてきた事か・・・」 

　と過去のＴの行状を、といってもとても電話で言い尽くせる程度の代物ではないから、ほんの一端だけを説明して聞かせると 
　「その辺りの事は、幾らかはＴからも訊いてますが・・・
　しかし、それはそれとして今度の話は、私が責任を持って紹介する話なので・・・」 

　とあくまでもＴと自分は違うのだ、と言わんばかりの口調である。 

　本来なら、ST社と訊いた時点で相手にもしないところだが、Ｍ氏自体の以前の印象がそんなに悪くはなかったし、Ｔよりは遥かにマトモそうでもあるから、話だけは訊いておいてもいいだろう。 

　ところで、こうした会社には様々なスタイルがあるが、かつて付き合いのあったSST社の場合は営業マン一人一人が自由に動いている雰囲気があり、Ｄ氏の場合でも総てＤ氏で自己完結していたから、打ち合わせなどがあれば外の喫茶店などで会い、SSTに顔を出す必要がなかった。 

　だから、当時は重役だったらしいＴは勿論の事、SST社にＤ氏以外のどんな社員がいるのかも、まったく知らなかったくらいであったし、またそれによるなんらの不都合もなかった。

#comment_num2

- 74
**アリ地獄　ヽ(`Д´)ノ　
　「なるほど。
　凡その経緯は、わかりましたが・・・」 

　「×××社の件は、導入支援で短期で終わりました・・・
　やけにそこに拘るには、なんらかの理由があるという事ですか？」 

　と問い掛けると 

　「お察しの通り・・・という事は今の資料作りは今月一杯で終わり、富士通某さんとの契約は切れると。
では、単刀直入に申し上げますが・・・」 

　と、元々目付きの悪い悪代官のような顔をした、リーダー格の人物が身を乗り出してきた。 

　「10月からは当社との契約でもう一度、×××社の現場に戻ってやっていただけないでしょうか？」 

　常識的には予想外ではありながらも、一方では話の途中からは凡その予測が付いていた、なんともありがたくない提案が持ち出されて来たのだ。 

　勿論、その話は即座に断った事は言うまでもないが、先方にとっては是が非でも決めてしまいたいらしく、目つきの悪い責任者風の人物（相手の５人のうち、終始喋っていたのはこの人物だけだった）が最後に 

　「その現場に戻るのは、なにか不都合だとか・・・？
　失礼ですが、なにか契約上の問題（トラブル）でもあったんですか？」 

　とまで突っ込まれるに至り 

　（これでは遥々、三重県までやってきた甲斐がないな・・・） 

　と考え、デリケートなコアのところは暈しながら、相当に実際的な部分を話して聞かせ納得してもらった。 

　「わかりました・・・そういう事情でしたら、その件はもうここまでにしましょう・・・
名古屋では他にも、官庁関係の仕事なども幾つかあると思いますので、改めて検討した上でご連絡します」 

　といってこの面接を終えたが、その後は何の連絡もないところを見ても、どうやら最初からお目当ては×××社の交代要員としてだった事は、明らかだった。 

　ところがこれは、その後の「×××社狂騒曲」の序曲に過ぎなかった・・・ 

　その後Webの就職サイトを始め、知り合いの会社や過去に勤務実績のある会社など、実に様々なルートから例の×××社関係（以下「Ａプロジェクト」と記述）のオファーが、次々に舞い込んできたのである。 

　８月から年末までの間に、サイトからは20件以上のスカウトメールが届いたが、そのうちわかっているだけでも10件近くがＡプロジェクトのオファーで、他にも具体的には触れておらず 

　「ご紹介したい案件があります。
　是非、ご来社下さい！」 

　といったものも含めれば、10件は優に超えていた事であろう。 

　これらに対しては 

　「Ａプロジェクトの仕事をする気はありません」 

　と、メールの返信で片っ端から断っていったが、中には 

　「それ以外の他の仕事も幾つかありますので、ともかく一度ご来社願いたい」 

　などと調子よく誘われ訪問すると、口から出て来るのはその件ばかりだったり、或いはもっと悪質なのは 

　「まったくの別件ですので、お越しください」 

　とまで言っておきながら 

　「実はこの前に電話でお話しました件は、他で決ってしまいましてね・・・申し訳ないのですが・・・
　それでにゃべっちさんには、是非とも例のＡプロジェクトの件を再考いただくというわけには・・・」 

　と、最初から計画的としか思えないような、狡猾な手を使ってくる会社もあった　ヽ(`Д´)ノ

#comment_num2

- 73
**嫌な展開  (ーー;)
　元の住居に戻った７月半ばからは、名古屋の富士通某社へ通って、資料作成を進める事になった。 

　前回までの経緯でも触れたように、ここに至る実情はかなり変則的ではあるが、外目には決った時間に自宅から会社までの通勤だから、普通の勤め人と変わる所がない。 

　外部委託者という身分となる富士通某では、空いている会議室を借りて資料作りに専念し、Ｑ市で分担している他のスタッフとはリモートで連携を取りながら、期日に指定された９月末まででどうにか資料が仕上がりそうな見通しである。 

　この間は、朝９時から夕方６時までの勤務で進捗管理は総て任されていたから、残業も滅多にない規則正しい勤務スケジュールが守れたため、空いた時間を利用してネットで求職活動を行う。 

　就職サイトからは何通かのスカウトメールが届き始め、その中から幾つかの面接をこなしてきたものの、今ひとつ気に入ったものがないままに、９月を迎えた。 

　富士通某との契約は資料作成の期限である９月末までだから、いよいよ本腰を入れて次の現場を探さないといけないというタイミングの９月に入り、三重県にある某社からオファーが入り、現地までの足代（近鉄特急）を負担してもらえるという事で代休を取り、現地へ赴く。 

　朝10時に設定された面接そのものは午前中で終わろうから、午後からは観光に当てる腹であった。

　社名は何度か訊いた事はあったが、思っていた以上に大きな会社のようで、地元ではかなり名が知られていたらしい。 

　面接会場に当てられた応接室には、５人もの面接官が雁首を並べいたのには、チト面食らった。 

　通常は面接官は２～３人くらいで、５人というのはあまり記憶にないが、勿論５人だろうが６人だろうが得意の弁舌に影響を受ける気遣いは毛頭ない。 

　面接が始まると、最初に型通り職歴をざっと説明しその後で質疑応答に入るのだが、何故か経歴の最後のところである×××社の件ばかりにやたらと拘って、一点集中のような執拗さで質問の矢を浴びせ掛けてくるのには参った。 

　直近のキャリアであるにしろ、あまりの執拗さに些かの不審を抱きながらも、あの複雑な一連の経過を第三者に誤解を招かぬよう説明するのは無理があると考え、適当に誤魔化しながら（とはいえ、話としてかなりの部分で納得できるような、理屈を構築しながら）説明を試みていったのだったが・・・

#comment_num2

- 72
**プリマとのニアミス（後編）　（*´ー`) フッ
　ワタクシにとってのClassic音楽とは17の時に初めて接して以来、今でも数ある趣味の中でも最も大切な、そして特別な宝物とでもいえるようなものです。 

　あの時の出し物は凡そ下らないローカル向けのオペラに、出演がアマチュアの地元合唱団だからまだ良かったといえるでしょう。 

　そういったシチュエーション（ワタクシ的には、こんなのはClassicやオペラ、或いは真の芸術とは認められない事は言うをまたない）で 

　《オペラの本場ドイツで活躍する（かつての恋人の一人でもある）、オペラ歌手・嶋田千春》 

　を聴きたくはなかったし、逆にしかるべきシチュエーションでモーツァルトやらヴェルディ、はたまたプッチーニを歌うソプラノ歌手・千春を本格的に聴くとなれば、やはりずっと聴き慣れたカラスやデバルディ、或いは大好きなリッチャレルリといった、世界に冠たるプリマと比較してしまうことになってしまう怖さは如何ともしがたく付き纏ってしまい、それでは千春には酷であろう（勿論、到底比較にはならないだろうけど・・・（*´ー`） フッ 

　こういったジレンマと闘った末の結論は、やはり 

　「にゃべっちのエゴイスト」 

　と言われようとも、一に 

　clas・sic（最高級の芸術） 

　としての価値を敢えて冒涜するかもしれないような、リスクを冒したくない・・・大切にしていたい」 

　という内なる欲求と、或いは 

　「選りによって青春の思い出の千春に、長年の聖域たるClassicを冒涜（あくまで比喩としての表現）される（可能性として）のは、我慢ならない」 

　という恐怖心があり、また同時に 

　「長い間、幻想の彼方に霞んでいた憧れの《オペラ歌手・千春》に、（万が一にも）幻滅する事があってはやりきれない」 

　という思いがあります。 

　それに比べるなら 

　「オペラ歌手・千春の勇姿を拝みたい」 

　という俗なる欲求というか、標準的な同級生やかつての友人としての思いなどは、ワタクシにとってはあくまで二の次の問題でしかなかったのでした。 

　こうして書くと、あたかも頭から千春の実力を疑ってかかっているようなニュアンスに受け止められ 

　「何で聴きもしないうちから、そんなにネガティブに考えるのか？」 

　と疑問に思われる事でしょうが、なにせこれまで聴いてきたソプラノといえば前にも触れたような、それこそ世界に冠たる超一流どころばかりであるというのが、あくまで大前提です。 

　それでなくともかつての友である誰かには、（ワタクシ的な感覚では）すでにしてその「聖域」を冒されてしまったのだから・・・ 

　勿論、彼は彼の活動として立派にやっている事であり、ワタクシのようなお気楽な門外漢が文句を付ける筋合いの事ではないですから、ここでの主張はあくまで独り言と認識しています。 

　ワタクシなりのClassicの解釈（といいながら、本当のところはこれが絶対の正解なんだと、殆んど一分の疑いをも持ってはいませんが・・・それについても、およそ「マニア」を称するような人種であれば、皆が皆それぞれに己が絶対の解釈を持ちうるという次元において・・・）に拠っている論なのであり、彼にはまったく関係のない話なのである。

#comment_num2

- 71
**プリマとのニアミス（中編）　(*^m^*) ﾑﾌｯ
　普段から、女の容姿は滅多に誉める事のない母も 

　「この写真で見る限りは、なかなかの美人じゃないの?！」 

　と珍しく誉めていましたが・・・ 

　Ｌ役員のオヤジから、タダチケット（オペラなどには関心のないオヤジは、5000円とかふんだくられたのが業腹らしく） 

　「こんなものが、5000円も・・・」 

　とブツクサ言ってはいたが、そのオヤジから思わぬ事でタダでチケットを手に入れることが出来たものの、結局オペラを、そしてクラシックを愛するが故と、若き日の幻想の板挟みとに葛藤した挙句、遂に 

　「ソプラノ歌手・千春」 

　の生公演を見る決断が付かず、千載一遇のチャンスをみすみす見送ってしまったのであった　（*´ー`） フッ 

　ところで、この千春がオペラ歌手になったと訊いた頃（大学の声楽部に入り、留学するところまでは知っていた）、偶々図書館へ行った時のついでに 

　「日本の音楽家事典」 

　とかいう本を引いてみたが 

　【ソプラノ歌手】 

　の欄にどう見ても「嶋田千春」の名が見つからず、尚もページを捻くりまわしていると、ナント【作曲家】の項目に 

　「ゴトー・カズマ」 

　の名が・・・ 

　出身地も、にゃべっちと×日違いの生年月日も間違いなく、何度見てもあのゴトーのものとしか思えないのである。 

　「ナヌッ？　あのゴトーが作曲家ぁ？
　しかも、こんなところに名が載るほどに、出世していたとは・・・」 

　なんでも、イギリスで逸早くコンピューター技法を採り入れた「電子音楽」とかを生み出した、ニューウェーブの一人として、そこそこ注目を集めていたらしい。 

　コンピューターグラフィックスだの、シュトックハウゼンやらケージらの流行らせた「電子音楽」だのは、クラシックとは断じて認めかねるワタクシだけに、ゴトーの音楽志向には賛同しかねるものの、英国でそれなりに認められているらしい点は素直に評価しなくちゃあなぁ　(-｡-) ボソッ 

#この物語自体は事実に基づいていますが、人名の記述に関しては人物の特定を避けるため、経歴等も含めて別の複数の作曲家とをごちゃ混ぜにした、まったくの架空のパーソナリティを創り上げています（当然の事ながら嶋田歌穂さん、後藤英さん、五島みどりさん等とは、一切無関係です。
　悪しからずｗ m(＿　＿)m

#comment_num2

- 70
**プリマとのニアミス（前編）　(*^m^*) ﾑﾌｯ
　先日、久しぶりで実家へ帰ると、Ｌクラブの役員を務めるオヤジから 

　「Ｌ主宰の催しだが・・・」 

　と、パンフと１枚のチケットを渡された。 

　まったく興味もなかったがお義理で見てみれば、地元出身の有名作家の作品をオペラ化した催しである。 

　（こんな二流の出し物なんぞに興味は・・・） 

　と、返しかけたチケットを持つ手が宙で制止したのは、パンフのある部分に目が留まったせいであった。 

　そこには 

----
　オペラ　××××× 
　主演　嶋田千春（ソプラノ歌手） 
----

　と書いてあり、裏にはあの懐かしい千春のプロフィールが、こんな風に載っていた。 

　《ドイツ国立デトモント音楽院、イタリア王立ナントカカントカ音楽院に留学し、現在はドイツで活躍中。 
　今回は久しぶりに、生まれ故郷のＡ市に帰っての特別公演です》 

　そして現在のものとオボシキ、外人のような派手なパーマ姿の千春が、ニッコリと微笑んでいる写真が載っていたのだった。 
　千春は最初に見た中学時代から、白人のような抜けるような色の白さが際立っており、ふっくらとした非常に女らしい色気がプンプン漂っていたイカス女だったが、写真で見る限りやはり今の容色はあの大人びていた学生時代とは比較にならぬほどに変身を遂げていて、外国にいるせいか職業柄かちょっとケバイ感じになっているのが惜しい　(^_^;) 

　オペラ歌手として、ヨーロッパで活躍しているという話は何度か風の噂程度には耳にしていたものの、写真とはいえこうしてかつての恋人の姿に接する事で、やはりある種の感慨を抑える事は出来なかった。 

　「オマエの同級生だろ、このシマダというのは？　
　偉く出世したもんじゃないか?！」 

　田舎モノのオヤジには 

　「（ヨーロッパ）留学」 

　とか訊くと、無条件に「出世した」と思ってしまうようである。 

　実際の活躍ぶりはどうにも評価のしようがないが、それでもオペラの本場ヨーロッパで喰ってるというだけでも、それなりの価値があるだろう。 

#comment_num2

- 69
**Ｎ××よ、ふざけんなよpart4　(メ｀□´)ｺﾗｯ!
　しかし、話はこれでまだ終わらなかった。 

　数日後・・・ 

　約束した時間に工事に来たＮ××の担当者が、なんと小柄で貧弱なあのバカモノなのであった。 

　まさか電話を受けていた人物が工事に来るとは夢にも思わなかったが、あの忘れようにも忘れ難い声と口調は紛れもない同一人物である。 

　以前の電話対応で、散々に不快な思いをさせられた事を思い出し 

　「この前の電話の人だね？」 

　と、念のために確認すると 

　「はぁ・・・そうでしたかね・・・」 

　「そうでしたけね、って・・・この前は工事費が３万円もかかるとか、言ってたよなー。
　一体、どっから３万なんて金額が出てきたのか？」 

　と、ジロリとひと睨みしてイヤミを言ってやると 

　「いや、ちょっと見積もりの仕方が間違ってたようでして・・・ハハハ」 

　とアダプターを覗き込むようにして、床に蹲った姿勢のままモゴモゴと返事をするのが精一杯の態である　(ﾟc_,ﾟ｀)ﾌﾟｯ 

　しかもその「工事」とやらは、僅か10分程度で実に呆気なく終わった・・・ 

　「これで、工事の方は終わりましたので・・・では、よろしくー」 

　と、慌てて去っていこうとする担当者に 

　「え？　もう終わりって・・・工事ってこんなけのもんだったのか・・・
　単にアダプターを付け替えただけにしか見えなかったが・・・」 

　「見てみましたところ、元々初期のADSLのが付いてましたからねぇ・・・」 

　「そんなもの、わざわざ見んでもＮ××の局内を見りゃわかりきってるじゃないの？」 

　と更に皮肉を飛ばしたが、案外に大人しく手応えがないので 

　「まあ、ともかくお疲れー。
　コーヒーでも飲んでくかい？」 

　と、お義理で勧めると 

　「いえ、結構です・・・急ぎますのでね・・・」 

　と差し出された請求書の工事代金は、ヒトケタも違う僅か3000円そこそこであった　(ﾟc_,ﾟ｀｡)ﾌﾟｯ 

　その後、Ｎ××から送られてきたフレッツ接続ツールには二つのバージョンの.exeファイルがあり、説明書に従って新しいバージョンの方をインストールすると、知らぬ間にiniファイルが書き換えられてしまい、ＰＣが死んでしまった・・・ 

　《XPの場合》、《ME・98の場合》と書き分けられているにもかかわらず、この酷いインチキである。 

　仕方なく、レジストリチェッカーでシステムファイルのリカバリーした後に、旧バージョンの方を再度インストールして何とか事なきを得たが・・・ 

　それにしても毎度毎度Ｎ××と係わり合うと、どうしてつもこうしたロクデモなくも腹立たしい思いばかりさせられるのだろう・・・　(*｀θ´*)ﾑｷｰ!!

#comment_num2

- 68
**Ｎ××よ、ふざけんなよpart3　(メ｀□´)ｺﾗｯ!
　ともあれ引っ越し先で三ヶ月間（正式には、途中でPCを運んだため２ヶ月半）我慢をした後で、元の住居に戻ったのを契機にADSLに変更するようＮ××に「指示を出す」と、話のよく通じない上に至って態度の悪い担当者が、電話に出てきた。 

　色々と質問をしてもなにかと要領を得ないために、いい加減にイライラが嵩じて来た挙句の事だ。 

　「で、工事費は幾らくらい掛かるの？」 

　「工事費用？　
　まあ、３万円くらいでしょかうねぇ・・・」 

　この非常識なセリフには、日頃は温厚な（？）ワタクシも遂にキレタ　ヽ(`Д´)ノ　 

　「なにー？　工事費用が３万だと・・・？　
　ふざけるのもいい加減にせんか。
　オイ！　アンタ、なんて名前だよ？」 

　「私はＫと言いますがね・・・なにもふざけてませんし、見積もりをしてみないとなんともいえませんが・・・
　それくらいにはなるでしょうよ・・・」 

　「３万とはアホラシ・・・アホとは話が出来んわ・・・」 

　と言い捨てて、電話を切った事は言うまでもない。 

　再び受け付け窓口に電話をすると、今度は女性のオペレーターが出てまずまず常識的な対応で安心した。 

　改めて工事費について訊ねると 

　「見積もりをしてみないと正式なところはわかりませんが、まあ通常なら凡そ5-6000円くらいかと思います。
　ご家庭の状況を調べてみますので、少しお待ちを・・・」 

　と、しばらく待たされた後に 

　「ただ今お調べいたしましたところ、元々ISDNに変換する前の回線自体がまだ残っておりますので、そんなに大掛かりな工事は必要ないかと・・・」 

　「そんなもんだろうな。
　工事に、何万もかかるなんて事はまずないよね？　
　３万も掛かるとか？」 

　「工事費が３万ですか・・・それは、ちょっと普通では考えられませんが・・・」 

　（やはりそうだろう・・・あのバカモノめ！） 

　そうして、その電話で申し込みの手続きを済ませたまでは良かった。 

　ところが・・・である。 

　しばらくすると、先の大バカモノが着信記録を辿ってきたか、信じ難い事に携帯に電話をかけて来たのだった・・・ 

　「Ｎ××ですが・・・　先ほど、電話が途中で切れちゃったようなので・・・」 

　「切れたんじゃなくて、切ったんだよ。
　まず、電話を掛けて来る時は、最初に名を名乗れ！　
　デタラメばかりでクソの役に立たんから切ったんだが、今更なんの用なのか？」 

　「ええ、先ほどの工事費の件ですがね・・・あれから再度調査したところ、オタクの場合は大体1万3000円くらい・・・」 

　「もう、間に合ってるから結構だ、バカヤロー！」 

　携帯でなければ、受話器を叩きつけるところだ。 

　しかし・・・話はまだ、これでは終わらなかった。 

　さらに数日後になって・・・

#comment_num2

- 67
**Ｎ××よ、ふざけんなよpart2　(メ｀□´)ｺﾗｯ!
　そこへ住む期間は、僅か３ヶ月ポッキリと当初からわかっていたので大枚をはたいて光やケーブルを引くわけにもいかず、またしてもフレッツISDNの契約をしなくてはならない事態となった。 

　しかも輪をかけて腹立たしいのは、その頃には競争の激化していたADSLの料金設定がグングンと下がっていき、遂には（計算上は）30倍以上も遅いISDNよりも月額料金が安いという、なんともバカゲタねじれ現象が起きていた事である。 

　フレッツISDNに加入した当初は、ISDN回線及びDSU内臓TA（ターミナル・アダプタ）のリース料と通信料金を併せて、月額で8500円くらいしていた（勿論、電話料金は別である） 

　その後、少しずつ何度か値下げして、ADSLに変える直前には6600円くらいまで下がってはいたが、それでもフレッツADSLの電話回線及びモデム・スプリッタのリース料と、通信料金を併せて6000円程度のADSLの方が安いのである。 

　勿論、ISDNというものは一回線で二台の電話が使えるから、電話とファクシミリを兼用したりといったADSLには不可能な芸当が出来るメリットはあるが、そういったものは一切使う事のないワタクシとしては、何とも無駄な事この上ない。 

　しかも、失職中にフレッツを導入したからといって、一日中家に閉じ篭もって学習をしている訳にはいかないのは、近所に住んでいた小煩いオバタリアンの目がピカピカと光っていたがためで、平日の殆んどは勤め人のように朝９時前には家を出て、日が暮れてから帰宅するという生活スタイルを余儀なくされていた。 

　それがために、日中はそれまで同様にネットCafeで過ごすハメになり、月額２万円は変わるところがなかった。

　その上に、フレッツ使用料約１万円をプラスした月額通信費は、およそ３万円くらいは掛かっていた計算である。 

　ともあれ、引っ越し先で三ヶ月間（正式には、途中でPCを運んだため２ヶ月半）我慢をした後で、元の住居に戻ったのを契機にADSLに変更するようＮＴＴに「指示を出す」と、例によって話のよく通じない上に至って態度の悪い担当者が、電話に出てきやがったのだった　(メ｀□´)ｺﾗｯ! 

#comment_num2

- 66
**Ｎ××よ、ふざけんなよpart1　(メ｀□´)ｺﾗｯ!
　引っ越しで最も面倒なのは、なんといっても電話の移動である。 

　ベンダー認定技術者の資格取得のためのWeb教材（２種類＝約15万円）を購入し、インターネットの環境を整えたのは2000年の事だった。 

　当初は、固定電話を引いておらず電話と言えばPHSしか使っていなかったため、インターネットをするために一万円近くの大枚をはたいて、エッジ専用のネットワークカードを買ってきて繋いでいたが、これでは通話料分の接続料金が嵩んでしまうため、到底落ち着いて学習に打ち込めるような環境ではない。 

　そこで仕方なくネットCafeを利用していたが、当時はまだネットCafeも勃興期で料金設定も今のように安くはなく、少し学習に興が乗ってくると直ぐに、1000円くらいまで行ってしまう頃だった。 

　そのため、ネットCafeの月額支払いが軽く２万程度は超えてしまうという経緯となり、こんな事ならばいっそ自宅に常時接続の環境を作った方が、長いスパンで見れば遥かに安上がりに済むだろう、と電話を引く事にした。 

　といっても、当時はまだ「常時接続」といえばISDNくらいしかなく、ISDNの64KB（技術的には、２回線分を束にする事で倍速の128KBは可能）が「高速接続」と言われた時代だったから、このISDN回線を引きフレッツ接続の環境を整える。 

　元々、部屋にある電話回線は当然ながら従来のアナログ用回線のみだから、これをISDN用に変えるための工事やら初期費用やらで、結局３万円ほど掛かった。 

　ところが、そうしてやっとの思いでISDNの環境が整ったと思いきや、あたかもそのタイミングを狙ってでもいたかのように「フレッツADSL」（当時2MBくらい）が登場してきたのだ。 

　しかも月額料金の設定も、64KBのフレッツISDNと殆んど変わらないのだから、これではまるでサギに合ったようなものである。 
　といって、工事をしたばかりで再度ADSL回線に戻すために、またしても大金を取られるのは癪なのでISDNで我慢していたが、そのうちに世の中の主流がADSLやケーブル接続に移行していくに伴い、とてもISDNの環境には我慢ならなくなって来る。 

　ちょうどそんなタイミングで、仕事の関係から引っ越す事になり 

　（これでようやくADSLに代えられるか・・・） 

　とホッとしたのも束の間、引っ越し先は調査の結果 

　「光収容の地区に指定されており、ADSLを引くことは出来ません・・・」 

　という、思っても見なかった悪夢に見舞われる事に　ヽ(`Д´)ノ
 
#comment_num2

&amp;counter()    </description>
    <dc:date>2008-02-12T01:02:24+09:00</dc:date>
    <utime>1202745744</utime>
  </item>
    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/nyabecch/pages/43.html">
    <title>にゃべっち物語</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/nyabecch/pages/43.html</link>
    <description>
      - 171
**校内マラソン大会　εεε┏( ・＿・)┛ｽﾀｺﾗ
　体育祭と並ぶ、冬の名物イベント「マラソン大会」 

　学校運動場をスタートし、校外へ出て坂を登り市営球場の周りをグルリと一周した後、今度は逆に学校への坂を下っていくコース。 

　どのクラブも同じだが、にゃべっちの属するサッカー部でも 

　「我がサッカー部員には、部の名誉を汚さぬよう上位入賞を義務付ける。
　１年生は×番以内、２年生は120人だから25番、いや20番以内に入るよう死ぬ気で頑張って来い。
　それ以下の成績に終わった者にはペナルティがあるので、そのつもりで首を洗って来るように・・・」 

　と鬼のキャプテンから、厳しいお達しがあった。 

　前年は20番ギリギリでペナルティ（グランド20周）を逃れたにゃべっち。 

　今年はサッカー部のレギュラーとなり、また自宅で続けていた少林寺拳法の特訓の成果もあって、体力は格段に向上している手ごたえがあり、実のところこの日を楽しみに待っていたのであった。 

　「今年は去年よりはマシだろう。
　オマエは10番以内も夢じゃないよな」 

　「10番はムリムリ」 

　とかなんとかいいながらも、長距離には強い親友のイモはかなり自信ありげだった。 

　「オレんとこも、20番以内がノルマだぜ」 

　というムラカミ（バスケット部）は、昨年18位。 

　昨年13位のオグリの野球部もノルマは20番以内と厳しいが、元々短距離だけでなく長距離も得意とあって 

　「今年は、ヒトケタ入りが目標だ！」 

　と自信満々であった。 

　さて、いよいよスタートのピストルが鳴り一斉に駆け出すや、早くも先頭グループに立つのはやはり陸上部（長距離）と水泳部の精鋭。 

　さすがにスタミナの違いは歴然で、無理に付くことを避けたにゃべっちとムラカミ、マサ、イモ、オグリらは 

　「まあ、マイペースで行こうぜ」 

　と、並んで走る。 

　最初の難関、心臓破りの坂に差し掛かるやクラス一小柄なマサは、やはりスタミナ不足を露呈し苦しそうな喘ぎを残しながら、早々と脱落していった。 

　市営球場を一周し、いよいよ下り坂を経てゴールの校内運動場近くまで来た、にゃべっちとムラカミ。 

　スタミナ充分のイモとオグリは少し前にスパートして、今では背中が僅かに見えるほど小さくなっていた。 

　「オレは、そろそろスパートするぜ・・・」 

　「なんの、オレも」 

　と前半セーブした２人は、一気に前の生徒らを抜き去っていったが・・・ 

　結局、にゃべっちは15位と思ったほどには伸びなかったが、それでも前年からは５番アップ。 

　イモ、は惜しくも10位入りは逃したものの、11位と好順位につけた。 

　「ラストで、にゃべっちをかわせると思ったのに」 

　というムラカミは16位。 

　体力的に劣るマサは前年から大幅に順位を落とし、結局真ん中辺りに食い込むのが精一杯だった（美術部のシモッチは100番前後） 

上位は予想通り、エース・ヒグチのダントツトップを筆頭に陸上部の中・長距離メンバーと水泳部員らで固められ、野球部のオグリは目標のヒトケタに食い込む８位と、さすがの大健闘。 

　にゃべっちと親しい友人では、マチャ（ハンドボール部）の５位が最高順位であった　ヽ( ´ー`)ﾉ

#comment_num2

- 170
**にゃべっち復活も喜び半減　(￣ω￣;)!!
　２学期期末テストで前回３位から、見事トップに返り咲いたにゃべっち。 

　（これで、カミナガの３連覇を阻止したわい・・・） 

　と思ったのも束の間、しぶとくにゃべっちと同点のトップをキープし、前回に続く同点トップながら３連覇の偉業を達成してしまったカミナガ　(´Д` ) 

　当時は、なかなかトップの座を譲らないカミナガが憎い感じもしたが、考えてみれば何の努力もせずにトップに立とうなんてのは、ムシが良過ぎというものであろうか。 

　（まったく勉強をしていない現状でもカミナガと互角に近いのだから、少しでも勉強すればオレの方が絶対遥かに上だ） 

　というのを免罪符にして、終ぞまったく勉強してこなかったにゃべっち。 

　こんな調子でも、そこそこの成績が取れてしまうものだから、益々怠け癖に拍車がかかるという悪循環。 

　我ながら、まったく救いようのない怠け者というしかない　（*￣ｍ￣）ﾌﾞｯ 

　ライバルと目されるにゃべっちがこんな調子では、カミナガの方もさぞかし張り合いのなかったことだろうと当時は皆から思われたが、当初はなんとなくガリ勉とイメージされていたカミナガにしても実はムラカミ（今回３位）同様、塾にも通うことなく毎日30分～１時間程度の復習しかしていなかった事が、後に判明した(=&#039;m&#039;) ｳﾌﾟﾌﾟのだった　

#comment_num2

- 169
**町に平和が戻る　ヽ(･∀･)ﾉ ﾜﾁｮｰｲ
　この頃、アイドル歌手の松田聖子、中森明菜らのアイドルブームが巻き起こり、にゃべっちも早速ファンになる。 

　女子生徒の間では、トシちゃんこと田原俊彦が大人気だったが、流行のドラマ「金八先生」は 

（どうせ、くだらないだろ・・・） 

　と、１度として見る事はなかった。 

　歌番組で目にした田原は、ルックスもダンスも極凡庸で、大したものとは思えず 

　（あの程度なら、どの面から見てもオレのが遥かに上や・・・） 

　とバカにしていたものだった　(ﾟc_,ﾟ｀)ﾌﾟｯ 

　同時期、シモッチの影響からＹＭＯ（イエロー・マジック・オーケストラ）の熱烈なファンとなる。 

　熱心なシモッチは、遂にシンセサイザーを買い込んで練習を始めていて、見ているうちにシンセが欲しくなったものだった。 
　もっとも、家で埃を被っていたグランドピアノでは「ネコ踏んじゃった」くらいしか弾いた記憶はなかったが　( ´艸｀)ﾑﾌﾟﾌﾟ

　さて、そんな平和な日常の一方では・・・ 

----

　２年前ほど前、何の前ぶれもなくいきなり、にゃべっち家の前に引っ越してきたマル暴事務所についてはかつて触れたが、ドーベルマンの放し飼いから周囲の商店への嫌がらせなど、地区住民には長らく脅威を与える存在であった。 

　地区で知られた喫茶店は、すっかり組員の溜まり場と化してしまったため、それまでの常連を含めた一般客が寄り付かなくなり組員の入店を拒否して以来、店の入り口に朝から複数での座り込みを行った挙句、廃業に追い込まれた。 

　また出前うどん屋のオールドミスが、つり銭計算でイチャモンをつけられ主人が泣く泣く謝りに行ったなど、あちこちから被害の声があがった。 

　学校帰りの娘らが、野卑な下っ端に冷やかされたりは、日常茶飯事だった。 

　そうこうするうちに、近くに越してきたライバル関係にある組との抗争事件が勃発し、事態は急転。 

　元々、どこかでの抗争から逃れて当地に来ていたらしく、その追手が迫って来たという事だったのか。 

　遂に、白昼の派手なドンパチ合戦という最悪の事態に泥沼化し、恐怖が頂点に達した地域住民による決死の追放運動が盛り上がろうかという気運のところで、忽然とどこかへ越していった。 

　ひとまず、地域に平和が戻りみなホッ　ヽ(´―｀)ノやれやれ

#comment_num2

&amp;counter()    </description>
    <dc:date>2008-02-11T01:04:40+09:00</dc:date>
    <utime>1202659480</utime>
  </item>
    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/nyabecch/pages/7.html">
    <title>Mr.にゃべっち物語</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/nyabecch/pages/7.html</link>
    <description>
      - 45 
**若き闘争の日々（第二章part7） （；・＿・）ノ
　女子大生の手にある物を見ると、確かに怒るのも無理はないくらいに、酷い仕上がりになっていた。

　「ですから財布に関しては、弁償すると言ってます」

　と、女子大生が口を尖らせる。

　こうした事は、必ずしも人為的なミスばかりとは限らず、素材と薬品の相性によっては上手くやっても剥げてしまう事があっただけに、ネーム消しを依頼する客には予めその点を説明して、多少の色落ちは責任が持てない旨を告げておくのがルールになっていた。

　ただし明らかな技術的な失敗や、あまりにも色落ちが激しくなってしまった場合は、客と協議の上で弁償も含めた話し合いが行われ、店側でのその判断は言うまでもなく、総て社長が行っていた。

　「確かに、これはかなり酷くなってますね・・・ただ、これは技術的なミスではなく、あくまでも素材の関係の色落ちにしか見えませんが・・・

　いずれにしろ、これはデパートの商品のようですし、当初ご了解いただいていたように代替の品に代えさせていただく、という事でいかがでしょうか？」

　「まあ、それはそれだよ・・・今、私が問題にしているのはそうではなく、この人が笑いながら対応しているのが不謹慎だ、と言っているのだ」

　その彼女も今では半ば困ったような、また半ばは既に開き直って不貞腐れたような、なんとも言い難い表情をしていた。

　
　「いいかね・・・これは弁償するからいいだろうとか、そういった問題ではないのだ。

　物には使えば愛着が出てくるし、私も長年この財布を愛用して来てそれなりに愛着がある・・・新品に代えるから良い、というものではないだろう。

　そうした客の気持ちを理解せずに、接客なんてものが勤まるものかね・・・え？

　それを私が真面目に怒っているのに、笑いながら対応するというのはバカにしていると、先ほどから言っているのだ」

　「なるほど・・・今、事情を訊いて納得がゆきました。

　物に対する愛着は当然の事ですし、それゆえの憤りに対する理解が不充分なまま、無神経な応対によって気持ちを逆撫でされた点は、僭越ながら私にも充分に理解できるつもりです」

　「そうだろう・・・キミ？」

#comment_num2

- 44
**若き闘争の日々（第二章part6） (　´Д｀)はぁ?
　生来が怠け者のにゃべっちではあるが、真面目人間を絵に描いたような社長にこうまで言われては、さすがにやる気にならないわけはなかった。

　（そうまで期待されては、頑張らないとな・・・）

　なにせ若いだけに煽てにも乗りやすいし、それなりに意気に感じるところもあった点は、否定できなかったろう。

　名入れの仕事自体は、コツさえ掴めばそれほど難しいわけはない。

　一緒に仕事をする事になった女子大生は、小柄でまずまずは可愛らしいタイプだったが、仕事の面では殆ど頼りにならない事は、直ぐにわかっていた。

　一緒とは言え、向こうは学業優先の女子大生だけに、時間不定の勤務である。

　そうして、一週間くらいが経過した頃の事だ。

　昼休みから戻ると、その日は朝から出勤していたバイトの女子大生が中年サラリーマン風のおじさんに捕まり、なにやら強い調子で責め立てられていた。

　「一体、何がそんなに可笑しいのかね？　
　なにを笑ってるんだ、キミ！　
　フザケタ対応をするんじゃない！」

　見るからに神経質そうなメガネを光らせ、相当な剣幕で起こっている男を見た瞬間は正直、逃げ帰りたいところだったが社会人となったからには、そうもいかない。

　困り果てた表情で、シドロモドロに応対している女子大生を見捨てる事は出来なかった。

　「えーっと、あの・・・何があったんですか・・・？」
　
　「キミは誰だね？　
　お店の人？」
　
　「そうですが・・・」
　
　「この人は、人をバカにしているじゃないか・・・実に不愉快な事だよ、キミ・・・」
　
　「はぁ・・・」
　
　いきなりこんな風に言われたところで、居ない間の出来事だから何とも判断出来かねた。
　
　「私もこの店のものですが、昼休みから帰ったばかりで不在でしたので、話が見えていませんが・・・よければ、説明していただけませんでしょうか？」
　
　「説明もなにも・・・」
　
　と拳を振りかざす勢いだったが、新たな人間の介入により冷静さを取り戻したかのように、経過を話し始めた。
　
　「事の発端はだな・・・以前にここで入れたネームを入れ替えるために、ネーム消しを依頼したのだが、名前が消えたはいいが元の色自体が酷く剥げてしまっているのだ・・・」
　
　と、女子大生の手にある物を見ると・・・(;￣ー￣)...ン?

#comment_num2

- 43
**若き闘争の日々（第二章part5）  (￣ー￣)ﾆﾔﾘｯ
　「いや、実はな・・・色々とミーティングが重なってしまって、今日の顔合わせは難しいそうだ」

　「はぁ？」

　「まあ歩きながら、話を聞け・・・ともかく売り場へ戻ろう・・・」

　と訳が解からないまま、現場へ向けて歩き出すと

　「結論から言うと、顔合わせはもうなくなった・・・フロマネが忙しくなって、時間が取れそうにないらしい」

　「それはまた・・・ちょっと意外な・・・」
　
　「オレも驚いた・・・テナントでもこんなケースは、本来はあり得ないんだがな。

　『社長を信頼しているから・・・社長の選んだ人なら、間違いないと思っているよ』

　とか言っていた。

　忙しい人だからという事もあるが、要するにそれだけオレの信用があると言う事だ」

　と、自慢げに鼻をうごめかした。

　「キミはまだ若いし、社会人としての経験が浅いから解からないだろうが、この世界で一番大事なのは「信用という看板」なんだぞー。

　フロマネがオレに一任したというのは、それだけオレに信用があるからこそで、それは今までの地道な積み上げが評価されての事なのだ。

　世の中は地道にコツコツと頑張って、周囲の人々の信用をいかに勝ち取るか・・・これに尽きるのだよ」

　と社長は「人から信用される」事の大事さについて、珍しく誇らしげにトクトクと捲くし立てていた。
　
　そうして話を聞きながら歩いているうちに、売り場に着いた。
　
　元々、社長とバイトの女子大生の二人で、女子大生が裏の雑務などをこなし、実質的な仕事は社長が一手に行って来ていたらしいが、社長の腰の低さやソツのない接客に加え丁寧な仕事ぶりも評価され、この頃には店舗を拡張するまでに評判が上がって来ていた時期だった。
　
　そんなこんなで多忙となり、次第に店の仕事が手につかなくなって来た、社長の穴を埋めるための増員という形で雇われる事になったのが、にゃべっちである。
　
　「今のところ、スタッフはバイトの女の子が一人だが、彼女も正直言っていつ気紛れをおこして辞めていくか解からないだろ・・・
　だからオレとしては、キミに早く一人前になって貰いたいのだ。

　一人前と認められるレベルに達したら、店長のような立場でこの店を任せたい気持ちを持っているよ」

#comment_num2

- 42
**若き闘争の日々（第二章part4） (-。-)y-゜゜゜
　翌日、約束通りデパートへ行くと、社長が待ち兼ねたように

　「じゃあ、早速フロマネ（フロアマネージャー）と顔合わせだ・・・来てくれ」

　残った女子大生に

　「あと、よろしく」

　と言い残した。

　売り場の奥まったところに、従業員の控え室やらなにやらの部屋が幾つかあるらしいが
　
　「キミはまだ、ここに入る権限を貰ってないから、そこ（売り場の隅）で待っていてくれ。

　フロマネを捕まえたら、オレが呼びに来るから・・・少しは緊張してる？」

　「全然・・・今日顔合わせがある事すら、さっきまですっかり忘れてました」

　「そういう事は、オレ以外の人間には言うなよ・・・」

　「なんで・・・？」

　予想以上に待たされた挙句、社長がしかめっ面をしながら戻って来た。

　「どうも参ったな・・・フロマネが、なかなか捕まらなくてね。
　やっと捕まえたと思ったら緊急でミーティングが入って、午前中はとても顔合わせをしている時間は取れそうにないらしい・・・午後からにしてくれ、という事だった」

　「それまで私は、どうすればいいのでしょう？」

　「そうだな・・・顔合わせが済んでないうちに現場に入れるわけにはいかんから、悪いが（デパートの）中にある喫茶店かどこかで、待っていてくれないかな？」

　といった経緯で、午前中は虚しく時間を潰した。

　午後の指定された時間に再度出向くと、今度は

　「さっきの話では、午後からは一緒に入って来てくれという事だったから・・・」

　と、今度は社長と一緒に「伏魔殿」の中に入っていくと、デパートだから当たり前の事だが制服の女性ばかりが闊歩しており、その中を腰を低くしながら社長が足早に歩いていく。
　
　フロマネの控えているらしい部屋は、さらに奥にあった。
　
　「ここからはさらに許可がないと入れないから、ここで待っていてくれないか・・・準備が出来たら、呼びに来るから・・・」

　と、さらに先ほどと同じように待っていると、案外に早く社長が戻って来た。

　「いよいよ、出番ですか？」

　「いや、それが・・・実はな・・・」

#comment_num2

- 41
**若き闘争の日々（第二章part3）  (;￣ー￣)...ン?
　「メガネが普通のなら、文句なくこの場で採用と言えるんだがな・・・親にも買って貰えない？」

　「それくらいは、自分で稼げと言われますよ・・・」

　「だな・・・問題は、デパートが何と言うかだが・・・」

　「案外、問題にされないかもしれないし、取り敢えず行ってみれば？」

　「それしかないか・・・何かクレームが出たら出たで、その時にまた対策を考える事にしよう・・・」

　慎重な性格で真面目一方と言うタイプの社長と対照的に、陽気で気さくな感じなのがメガネのオジサンの方だけに

　（メガネの方が、社長ならよかったのに・・・）

　と一瞬、考えた。

　そんな状況でデパートの販売部に挨拶に行ったのだが、担当のフロアマネージャーがミーティング中とかで少し時間がかかるという事もあって、まずは売り場を見るという流れに。

　裏のエレベーターの真ん前で、印章などを販売している隣の一角という、ロケーション的にはデパートの中でも最も目立たない場所である。

　最初の説明にもあった通り、財布やバッグなどにネームを入れるのが、そこでの仕事だ。

　ボーっと見ている間に社長は忙しく立ち回り、デパートの関係者と連絡を取り合っていたようだったが、しばらくすると電話を終えた社長がやって来た。

　「どうもフロアマネージャーは、忙しくて時間が取れないらしい・・・総てオレに任せるという事だったので、さっそく明日から来てくれないかな？

　メガネの件は、取り敢えず何か言われたらオレの方で対処するから、それから改めて考える事としよう・・・」

　とその日は、契約条件などの詳細を詰めた。

　この社長は真面目を絵に描いたような人物だけに、最初のうちは取っ付きの悪さを感じたものだったが、小なりとはいえさすがは一国一城の主だけにしっかり者であり、実際に現場で周囲の店の人々からの信頼の厚さを見ているうちに、次第ににゃべっちもこのムッツリ社長を見直しつつあった。

 「明日は、オレも忙しくて店に出られるかどうかわからんが、誰かがいるからその人に訊いてやっていてくれればいいよ」
 
 こうして翌日から、いよいよデパートに出勤する事にヽ( ´ー`)ﾉ

#comment_num2

- 40
**若き闘争の日々（第二章）part2  (*￣ー￣)y-~~~~フ～
　訪れた先は、普通の民家の一室を事務所に当てているような木造家屋で、40前後くらいの社長を名乗る人物が現れた。

「やって貰いたいのは、Ｍデパートで名入れの仕事だ・・・」

　「名入れというのは、何です？」

　「財布とかのものに、ネームを入れる事さ・・・アイディア商売だな・・・
　やってみる気はある？」

　 「アイディア商売か・・・」

　（接客業ではあるがモノを売るような商売ではないから、こちらから積極的にアプローチする必要がないのは魅力かも・・・）

　などと皮算用をしていると、社長と同じくらいの40絡みの年配のメガネの人物が、ひょっこりと現れた。

　 「彼は・・・？」
　
　「応募して来た人だよ」

　 「男前じゃん・・・いいねー」

　と関係のない（？）メガネのオジサンの方が、すっかりその気に。

　しかしながら、社長の方は感情が顔に表れ難いタイプらしく、何を考えているのかサッパリ読み取れなかった。

　「うむ・・・問題はメガネだな・・・」

　学生時代に洒落っ気で度付きサングラスを愛用していた名残りで、調光グラスのメガネを掛けていたのだが、それが気になるらしい。

　「調光グラスだから、今は外から入ったばかりでまだ色が残ってますが、そのうちに透明になりますが・・・」

　「いや、もうかなり時間が経ったから、色は抜けたんだけどね・・・元々の色が濃いんだよなー」

　（確かに、調光グラスでは最も色の濃い物を使っているとはいえ、サングラスに比べれば殆ど透明だというのに、随分と細かい事を言うものだ・・・）

　と思っていると

　「オレ自身は、そんなのは何とも思わんが、なにせ相手デパートだからなー。
　こういう事には、殊のほか煩いんだよなー」

　と顔を顰めた。
　
　「新しいメガネを作る予定なんてないよな？」

　 「そもそも、そんな余裕があるわけもないし・・・」

　 「メガネのひとつくらい、社長が買ってやればいいじゃん・・・
　儲かってるんだし、しれてるだろ」

　 「バカ言え・・・」

　 「ちぇ、ケチンボ」

　どうやらこの陽気なメガネの人物は、社長の取引関係の相手で長い付き合いが読み取れるような親しさだった。

　「メガネがないと、まったく見えないのかな？」

　「支障があります」

　 「それじゃダメか・・・メガネを取ると、また一段と男前になる気がするが・・・」

　 「ちょっと外してくれないかな？」

　「嫌です・・・意味がない」

#comment_num2

- 39
**若き闘争の日々・第二章part1　(￣ω￣;)!!
　またしても失職の身となった、にゃべっち。

　地元・愛知の実家に戻り、社会人としてデビューしたのが10月だった。

　幾つか渡り歩いた飲食店は、最短で半日か長くても数日、次のテレアポ営業の仕事も支店長と喧嘩の末、僅か一週間ばかりでピリオドとなった。
　
　気付けば早や一ヶ月以上が経過していたが、その間面接でトラブルを繰り返したりしているうちに、いつの間にやら師走を迎えていたのである。
　
　過去の例から、すっかりオバタリアンと飲食店に対してはトラウマを抱えていただけに、営業と販売を除外しての転職活動は簡単なものではなかった。
　
　腕に特別な技術があるわけでなく、専門的な資格もないとなれば尚更なのはわかりきっていたが、それなりに名の通った大学とはいえ卒業しているわけでもなく、また専攻していた「哲学」というのが、実社会では最も金儲けには結びつきそうもない、という点は早くも痛感できた。
　
　数年ぶりに住む事になった実家では、母屋とは離れた個人部屋を与えられていたから親の目は殆ど届く事がないとはいえ、それでも風呂と食事の時くらいは母屋へ顔を出さなくてはならない。
　
　本来ならば、風呂も食事も外で済ませてしまいたいところだったが、そんな金銭的な余裕があるわけもなかった。
　
　何はともあれ、煩いオヤジの追求から逃れるため、毎日朝９時前には家を出て夜の８時過ぎに帰宅するよう心がけ、外では就職雑誌を読み漁る日々が続いた。
　
　とはいえ、そうそう毎日面接があるわけでなく、余った時間は喫茶店などで無為に過ごすパターンへと流れてしまい、無駄な金ばかりを費消するという、悪循環である。
　
　ただ、当時は今とは違い贅沢さえ言わなければ、胡散臭いスキマ産業のような求人の需要はかなりあった。
　
　勿論、本人自身がまだ21歳と若く、未知の可能性に溢れていたという事情もあったろう。
　
　（結局、芸のない身では、販売業しかないのかな・・・）
　
　と妥協しそうな気分で、その日も新聞の求人広告を眺めていると
　
　&lt;大手百貨店で、名入れサービスをしませんか？&gt;
　
　という広告が目に入り
　
　（デパートで名入れって・・・一体、なんだろう・・・？）

　と興味を惹かれ応募すると、早速面接のお誘いが掛かった・・・(;￣ー￣)...ン?

#comment_num2

- 38
**若き闘争の日々（最終回） ヽ(`Д´)ノ
　（それくらいは、よほど鈍感でなければわかりそうなもんだ・・・）

　と、腹の中でせせら笑いつつも

　「そうですか・・・」

　とだけ答えた。

　「なぜ、私の話を疑った？　
　キミ以外はみな、真剣に聞いていたんだ・・・なぜ、私の話を信じなかったのかね？」
　
　この辺りから

　（なんでこんなクダラン事で、わざわざ呼び立てられなければならんのか？）

　と、次第に腹立たしさが込み上げて来たのである (&quot;￣д￣)けっ

　こうなると、直ぐにホンネが口を突いて出てしまうのが、持って生まれた性分だ。

　「なんでと言われてもね・・・私の心の持ちようにまで、異議を唱えるのはおかしいですな。
　あのヒトラーでさえ物理的な強制はしたけど、精神的なところ（思想）にまでは踏み込まなかったんでしょ？　
　てことは、ヒトラー以上の独裁者？」
　
　「それは話が違うだろう、君・・・」
　
　「違うって、どう違うの？」

　「なんで、そう理屈をこねるのかね・・・」
　
　「そもそも、いちいちそんな事で気分を悪くするような、そんな程度の人物なのか・・・？　
　それでは、いかにも大人げないと思わないの？」

　 「キミも、イチイチかわいげのない男だな。

　 一体、君はこの仕事に対して、真面目に取り組もうという気持ちがあるのかね？」

　 「まあ、最初はそのつもりでしたが・・・正直三日目くらいからは、虚しくなって来たというか。
　 みんなそう言ってますけど、その実態はご存知なのですか？」
　
　この際、開き直る腹を決めたのである。
　
　 「とにかくだ・・・キミのような万事に付けて疑い深い、いや不真面目な人間にこのシビアな仕事は、到底やり遂げられないというのが、私の結論だ」

　  「ああ、そりゃ結構だとも・・・オレも、こんな仕事は肌に合わないと思っていたところだったし、辞めるタイミングとしてはちょうど良いですな。
　 もう、こんなインチキくさい商売の片棒担ぐのは、こっちからも断るよ」
　
　と思わず「地」が出てしまい

　「インチキくさいとは何だ、貴様！」

　「あくまで、事実を言ったまでだ！」

　などと、支店長とはしばし口論が続いた　;(;(;*;ﾟ;∀;ﾟ;);););ﾉﾞｱｰｯﾋｬｯﾋｬｯﾋｬｯﾋｬｧｰ

#comment_num2

- 37
**若き闘争の日々part4  (￣д￣)ﾌﾞﾂﾌﾞﾂ
　支店長による、執拗なマインドコントロールの甲斐あってか、かなり有難がって緊張の面持ちでシャチホコばっていた愚か者が、案外に少なくなかったのは情けなかったが、頭から馬鹿にしていたワタクシの目には、どう見ても「ありがたーい生き神様」というよりは、単なる「赤ら顔で太った、俗物オヤジ」にしか見えなかった。

　ともあれ、異様なムードの中で「訓示」が始まった。

　（どーせ、ロクな話はしねーんだろーし・・・退屈になりそうだ）

　と頭から決め付けていただけに、どんな内容だったのかサッパリ記憶にない（というよりは、まともに訊いていなかったから、記憶に残るわけもないがｗ）

　と言う事は、途中からでも聞き直したくなるような魅力的な話は一切出なかったという事であり、微かに記憶にあるのは予想した通り、酔っ払いが呑み屋でオダを上げ、濁声張り上げ話すような与太話のオンパレードが延々と展開され、途中で面倒になるまでは

　（嘘付け、このデブが！　
　そんな事があったら、お笑い種だぞ）

　といった調子で、例によって腹の中でボロクソに扱き下ろしていた気がする （*￣ｍ￣）ﾌﾞｯ
　
　こうして、ひたすらに冗漫なばかりの「訓示」が終わり、皆がつまらない仕事を仕方なく再開してしばらくすると、支店長からにゃべっちにだけ、お呼びが掛かったのだった。
　
　（さては・・・オレの才能を一目で見抜いた？
　だとすれば満更、あのタヌキの話も満更与太ではなかったのか・・・？）
　
　と半信半疑で支店長室へ行くと、やけに険しい表情をした支店長が
　
　「まあ、そこへ掛けたまえ・・・」
　
　と、向かいのソファを勧める仕草をした。
　
　「なぜ、君だけを呼んだかわかるかね？」
　
　（そりゃ言うまでもなく、タヌキが私の天才を見込んでの事でしょう・・・）

　という本音は飲み込み

　「いや全然・・・サッパリ・・・」
　
　などと、空トボケテ見せると

　「先の社長の訓示だ・・・君は私の話を聞いてなかったのかね？　
　社長は一目で、相手の心を見抜く天才だという話を・・・」
　
　「一応、訊いてましたが・・・」
　
　「社長が大変に、気を悪くなされたようだ・・・
一人だけ、まじめに話しを聞いてないのがいるが、あれは何だと私がこっ酷く叱られたよ。

　疑いを持ったまま、話を聞いているところまで見抜かれていたぞ・・・」

#comment_num2

- 36
**若き闘争の日々part3　ｳｾﾞ──(-´д`-)y──┛~~
　「今日の午後に、東京から本社社長がおみえになられる事になった。

　社長から訓示があるので、皆謹んで聞くように」

　と勿体を付け

　「この、社長というお方は・・・」

　と、実に馬鹿馬鹿しい自慢話を始めたのである　(ー_ー )ノ&quot; パス

　内容を書くのも虫酸が走りそうだが、要するに一代で叩き上げてきたその人物が、いかに超人的な人物であるかという事を「販売の神様」だの「人の心を見透かす達人」だのと、使い古された陳腐な台詞を並べ立てながら、臆面もなくこれでもかと持ち上げてみせるのである。

　このような「生き神様」のような、ありがたーい存在に「拝謁」するような機会は人生においても滅多にない僥倖なのだから、謹んで拝聴するとともに訓話の時は、絶対に粗相のないよう注意しろ

　といったタワゴトが、壊れたテープレコーダーのように何度も繰り返されたのであった。

　そして、最後には

　「このお方の特技は、とても言い尽くせないくらいに沢山あるが、その中で最も優れているのは相手の表情を観ただけで、その人が何を考えているのかというところを、総て見抜いてしまう点である。

　まさに神懸りのようなお方であり、それだから疑いを持ちながら話を聞いていたりするような不埒者は、間違いなくお叱りを受けるであろう・・・」

　とまで、臆面もない真顔で言ってのけたのには思わず失笑を禁じえず、ジロリと睨まれてしまった。

　支店長自身が、あたかもインチキ新興宗教の俗物教祖を崇め奉る、盲目の羊と化した信徒の如しである。

　この際、あまりのバカバカしさに昼休みに抜け出したまま得意のトンズラを決め込もうかとも考えたが、趣味の悪い事に

　（果たして、どんなバカモノが出てくるやら  ( ;￢_)ジーーーッ

　という好奇心が少しだけ頭を擡げてきたから、我ながらタチが悪い。

　そうして昼過ぎには、勿体をつけるためか予定より大幅に遅れて「生き神様」がやって来ると、普段はソファに踏ん反り返って威張りまくっている支店長が、まるで人が違ったようにコメツキバッタよろしく、盛んにヘコヘコとしているさまは実に滑稽であった (ﾟc_,ﾟ｀)ﾌﾟｯ

#comment_num2

- 35
**若き闘争の日々 part2 ヽ(`Д´)ノ
　２日目の、昼休みの事。

　同じくらいの年齢の仲間（当然の事ながら、皆20代前半くらいのばかりだったが）３人と、昼食に行った。

　一番新入りのワタクシが

　「みんな、アポとか取れてるの？　
　オレは昨日からやってて、サッパリなんだけどなー」

　と水を向けると

　「ぜーんぜん。
　私は今日で一週間目だけど、まだたったの２件だよー。
しかも２件とも、営業が売れずに終わってるし・・・」

　「まだ、いい方じゃん。
私なんか4日目だけど、昨日までゼロだよ」

　「オレなんか１ヶ月近くやって、まだアポ２件だぜ・・・
　そのうち１件は売れたみたいだけど、結局トータルで５万くらいにしかなってないよ・・・」

　と、やはり誰もが上手く行っていないのは明らかなようだった。

　「やっぱ、みんな同じようなもんかー。
　どうも、インチキ臭くないかな？」

　「ホント、そう思うよな・・・
　名乗った途端に、電話切られちゃうようなのが多いし」

　「なんか、評判悪くない？」

　「９割くらいは、まったく相手にされないし・・・なんか虚しくなっちゃうよねー」

　「私も沢山の子に聞いたけど、成績のいいコで二週間で６件とかってコがいたけど・・・でも１件も売れなかっから、結局５万くらいにしかならないんだってさ」

　「なんか最初の支店長の言ってた話と、全然金額が違うような・・・」

　「計算が違ってませんか？　って訊いたら、経費とか差し引いてとかなんとか、ヘ理屈で丸め込まれちゃったらしいよ」

　「大体、契約取れたって話、滅多に聞かねーしな・・・
10件に１件も、なさそうだよな・・・」

　「あれも、なんだかインチキっぽくない？　
実際には取れてても、わかんないわけだしねー」

　「大体、あんなのを数万も出して買うヤツが、そうそういるわけないよなー。
実際いたとしても、売れなかったと言われれば確かに、オレたちにはわかんねーし」

　「１ヶ月もいても、訪問アポが２－３件しか取れないってコも多いみたいだよね。
まあ普通なら、それまでには辞めちゃうけどさ」

　「それだと、月収１万かそこそこだろ・・・やっぱ、完全歩合制ってのがインチキ臭かったんだよな」

　「つーか、１件も取れずに辞めたヤツの方が、遥かに多いんじゃねーか？」

　などと、訊けば訊くほどに何ともインチキ臭いのである。

　名古屋支店長から皆が集められたのは、そんな会話があった翌日であった・・・

#comment_num2

- 34
**若き闘争の日々 part1 ヽ( ´ー`)ﾉ
　とにもかくにも早く仕事を決めなければいけない、というところまで来ていたのである。

　英会話の教材販売で知られる「Ｂ社」の求人広告に釣られ、早速応募して面接に行くとその場で採用が決定した。

　仕事は訪問セールスだが、初心者はテレアポから始める。

　どこから手に入れたか、膨大にある名簿のようなものに片っ端から電話を掛けていき、自社の教材のPRをしていくのだ。

　電話の遣り取りで、少しでも興味を示した客にアポを取り訪問販売をしていく、あの悪評高い類の外資系企業であった。

　面接時の説明では

　「一セット売ったら、報奨金が５万円・・・ただし独力の場合だけどね。
　最初はベテランに付いて、セールスのコツを覚える。

　慣れてきたら、一人で行って貰うよ。

　ま、うちの教材ならフツーにしていても週に一セットは売れるはずだから、月に最低でも20万くらいにはなるはずだ。

　コツを掴んだ人なら、アナタのように20代前半の若い人でも週二～三セットは売るからね・・・これで、月収は50万。
　月収100万くらいはゴロゴロといるし、年収数億円も実際何人もいて、毎日ポルシェで出勤してるなー。
　ちなみに名古屋支部長のオレなんかは、月100～150くらいだからまだまだかな」

　（ホンマかいな・・・）

　月に100～150セットといえば、毎日三～五本はコンスタントに売る計算だからいかにもウソ臭い気がしたものの、週に一セットか二セットくらいなら案外、簡単そうに思えた。

　（仮に月六セットを売れば月収30万となり、大卒初任給が20万弱程度だろう事を考えれば、遥かに稼げるかも　(｀ｍ´+)ｳｼｼｼ

　などと、取らぬ狸の皮算用をしていたのだった。

　が、言うまでもなく、現実がそうそう甘いわけはない。

　まず、テレアポの段階で説明どころか社名を名乗っただけで、バチバチと電話を切られてしまうケースが多く、とても訪問どころではないのである。

　商品のせいもあるだろうが、テレアポというものの難しさや虚しさを散々に味わされる事になった。

　また首尾よく訪問アポを取り付けた場合も、まずは営業に渡さなければならず後は営業の手腕頼みで、売れれば大枚が手に入るが売れなければスズメの涙である。

　誰に聞いても、来る日も来る日も朝から夕方まで電話を掛け続けても、訪問アポを取り付けるまでがひと苦労、というのが実情のようであった　(￣＿￣；) うーん

#comment_num2

- 33
**コンピューター占いpart3　(-_-メ)
　なにしろ人一倍デリケートな性質だけに、学生時代のような気心の知れた相手とならともかく、知らない人間とでは雑魚寝はおろか二人部屋の同室でさえ、断じて我慢出来ないのである。

　（その点を今一度、よく確認せねば・・・）

　と思いつつも、いざ雑魚寝だと言われた場合に今更断る億劫さを考えると電話に手が伸びず、気にはなりながらもそのまま放っておくと、当然の事ながら先方から電話が入った。

　「どうですか？　
　やってみる気に、なりましたかな？」

　「いや実は・・・今更ながら一つお聞きしたいのですが、出張の時の宿泊ってのはどうなるんでしょう？」

　恐る恐る切り出したものの、相手は至極あっさりと

　「ああ、それは心配無用。
　宿舎は総て、ちゃんとしたホテルを抑えてありますからねー・・・
　勿論、出張費用も宿泊費等は、総てこちら持ちで・・・まあ、何人かで雑魚寝にはなるけどね・・・」

　「雑魚寝って・・・確かその仕事は、私が一人でやると訊いていたような・・・」

　「いや、一つのデパートには一人だけど、幾つかのデパートを分担してだからね。
　向こうにもウチと同じような業者があって、そこと提携しているんだけどね、そのメンバーたちと雑魚寝だな。
　なーに、みんなアナタと同じようなザックバランな若い連中ばかりだし、すぐに友達になれるだろう」

　（そういう問題ではないのだ・・・）

　「う～ん・・・雑魚寝だけは、遠慮したいですね・・・」

　「そうかー、雑魚寝は嫌かー・・・
　仕事そのものは最新のコンピューター占いだし、若い女性が相手だし色々行けて面白いと思うんだけどなー。
雑魚寝だけは、何とか我慢して出来ないかな・・・？」

　確かに雑魚寝さえなければ、魅力を感じる仕事なのだが・・・

　「個室ならば、喜んでやりますが・・・」

　さすがに若いだけに遠慮がない。

　「それは無理だなー。
　一人だけ個室というのはね・・・予算もあるしね・・・」

　「では折角で申し訳ありませんが、やっぱり雑魚寝だけはどうも・・・
　この前は、あれだけご馳走になってしまってからで大変に申し訳ないのですが、やはりそういうわけで今回は辞退させていただきたく・・・」

　さすがにこの時ばかりは、心底恐縮しきりのにゃべっちであった (-_-メ)

#comment_num2

- 32
**コンピューター占い part2　(゜艸゜;)フ゛ッ
（どうしたものか・・・いい話のようだし、引き受けるか？）

　と迷っていると

　「オーイ」

　というオジサンの呼び掛けに従って、奥さんが出て来たのである。

　「オイ、いい人が来てくれたよ・・・まさに、イメージにピッタリの人だ。
　前祝いに、ビールを持って来てくれ・・・あと何か、摘むものも並べてあげて・・・」

　とあっという間に昼間から、テーブルにズラズラと摘みが並び始めたのには参った　(;￣ー￣)...ン?

　「まあ、遠慮なくやって下さいな・・・オーイ、こんだけしかないのか・・・
　何か料理でも作って、持って来てくれよ・・」

　「いや、まだ正式にやると決めたわけじゃないし、今からご馳走になるわけにも・・・」

　「なーに、若い人が遠慮なんかしてちゃダメダメ。さあさあ」

　と言っているうちに、奥さんの手になる料理までが並び始めたから、益々困ってきた　(´-ω-`)うーん

　オジサンが酌をする間にも料理は続々と運ばれ、冷蔵庫のものを全部出して来ているのではないかと疑ったくらいに、まだ陽の高いうちから時ならぬ豪勢な宴となったのである。

　（取り敢えずやってみて、ダメだったらやめればいいかな・・・？）

　と例によって軽く考えつつ、半ばヤケクソ気味に食い散らかしている間も

　「いやー、本当にこんな良い人が来てくれるとは、思わなかったなー。
　この人なら、どこへ行っても女性に人気が出そうだねー」

　すっかり顔を赤くしたオジサンは目を細めて、奥さんに対して絶賛するばかりである。

　そんなこんなで、散々に呑み食べをした末に

　「前向きに考えて、明日には返事をします・・・」

　と答えておいたが、腹の中は半ば以上はやる方向に傾いており、オジサンの方も手応えありげな表情である。

　そうして自宅に帰ると、若い女性に囲まれて尤もらしい顔をして「コンピューター占い」をしている姿を想像しながら、しばらくほくそえんでいたが

　（まてよ・・・確か関西に出張の時は、１週間とか宿舎に泊まりがけだとか行っていたが・・・
　その間は知らない連中と、雑魚寝とかになるんじゃないだろーな？　
　確かやるのはオレ一人のハズだから、一人部屋のはずだよな・・・）

　と酒が入ってウワの空で話を訊いていて、肝心なところを訊き忘れていた事を後悔した　￣＿￣；) うーん

#comment_num2

- 31
**コンピューター占い （*´ー`） フッ
　度重なる「食い逃げ事件」によって、さすがのズボラなにゃべっちにも日毎に罪悪感がヒシヒシと募り

　「やはり、洗い場なんてのは向かんな・・・」　

　と、方針転換を図る事にした。

　そんな折り、新聞の求人広告で目にしたのは

　《コンピューター占い》

　なる仕事である。

　当時は、まだＰＣも一般家庭では高嶺の花であり、コンピューターには誰しも免疫のない時代だから

　「コンピューター××」

　という名前だけでも、あたかも大層な印象を与えた。

　広告には

　《デパートなどで、デモンストレーションを行っていただきます。
　客層は女性ばかり・・・大阪など関西方面へ出張出来る方、歓迎！》

　と謳ってあり

　（コンピューターなんてカッコ良さそうだし、少なくとも洗い場よりは楽だろ・・・）

　と、珍しくやる気がムクムクと頭を擡げてきたのも無理はない。

　しかも懐かしい思い出のある大阪方面へ、タダで行けるというのも大きな魅力に思えた。

　早速電話を入れると、ともかく一度来てくれという返事で名古屋にある指定の場を訪れると、会社というよりは個人商店といった平屋建てに「コンピューター」のイメージとはおよそ懸け離れた、50絡みのオジサンが出てきて

　「やあやあ、ようこそ！　
　ところで、あなたはコンピューター占いは知っていますかな？」

　知らないと答えると

　「デパートなんかの展示スペースを借りて、デモンストレーションをやって貰うんですよ。
　お客さんは大体、学生さんから20代前半の若い女性ばかりだから、私のような年寄りよりは若い男性の人にやって貰った方が、受けがいいと思ってね・・・　

　名古屋の４Ｍ（松坂屋・三越・名鉄・丸栄）だけでなくて、大阪方面にも行って貰いたいんだけど、その点は大丈夫なのかな？」

　「それは、まったく問題ないですが・・・」

　「そうそう。
　アナタは京都の大学を出ているんですね。
　そりゃ尚更好都合だ・・・どうです、ひとつやって貰えないですか？」

　「うーん、どうしたものか・・・少し考えさせて貰えますか・・・」

　「いいけど、私としてはアナタさえ良ければ、もうこの場で決めてしまおうと思ってますよ。
　何せ先にも言った通り客層は若い女性ばかりだから、あなたのような若い女性に好まれそうな人が理想でね。
　まさに私には、イメージピッタリなんだけどなー」

　とオジサンの方ではろくに話さないうちから、すっかりと乗り気になって来たから面喰った (;^_^A アセアセ

#comment_num2

- 30
**食い逃げ εεεεεヾ(*´ー`)ノ ﾄﾝｽﾞﾗｯ
　当時は今とは違い求人案件はかなり沢山あり、また贅沢を言わなければそれなりに選べた時代である。

　そして次に採用されたのは、和食の店であった。
　
　（ここなら怪しげな雰囲気と、カップルに悩まされる事もないだろう・・・）
　
　というのが目算であった。
　
　ところが、この店のスタッフはいずれもが中年以上で、この道ン十年というベテランという顔ばかり（実際には、30代前半くらいも混ざっていたかもしれないが、20歳そこそこの当時の目からすればかなりの年配者ばかりに見えたものである）である上に、職人気質というかムッツリとした性格が揃っていたために、陽気な青年のにゃべっちとしては、どうにも馴染めない雰囲気なのである。
　
　そんな針の筵のような状況の中、午前中の苦役をなんとか我慢して凌ぐとランチタイムに備えて一足早く昼食となり、皆でテーブルを囲んだ。
　
　この昼食の時さえもテーブルを囲んだ皆が押し黙ったままで、ただひたすらに黙々と箸を口に運ぶだけだから、初出勤の身としてこれほど座り心地の悪い事はない。
　
　そうした暗い雰囲気の中で、食事を終えると
　
　「ちょっと息抜きに、外へ出て来ます・・・」
　
　と言い残して、またしても早々にズラカル事に・・・εεεεεヾ(*´ー`)ノ ﾄﾝｽﾞﾗｯ
　
　前回と同じく、結果的には食い逃げと言う形となったのである (￣m￣*）ﾌﾞﾌﾞｯ
　
　こうして度重なる「食い逃げ」によって、さすがに罪悪感が募ったこともあり
　
　「やはり飲食店は向かんわ・・・」
　
　と方針転換を図る事にした、にゃべっち。
　
　ちょうどそんなタイミングで、新聞の求人広告に目を落としていると
　
　「コンピューター占い・スタッフ募集！
　大阪始め関西圏へ、定期的な出張デモあり！
　関西へ出張可能な若者優遇！」

　という、魅力的な好条件の案件が飛び込んで来た。

　（これなら洗い場よりは遥かに楽そうだし、関西へタダで行けて若い女性が相手とは、いい事ずくめじゃないか・・・）

　と早速、電話を取り上げてダイアルを回した・・・（　￣∇￣）σ｜[] ﾎﾞﾁｯ 

#comment_num2

&amp;counter()    </description>
    <dc:date>2008-02-10T01:10:49+09:00</dc:date>
    <utime>1202573449</utime>
  </item>
    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/nyabecch/pages/18.html">
    <title>IT講座</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/nyabecch/pages/18.html</link>
    <description>
      - 44
**ネット詐欺に注意part4　(* - -)ﾉ
　「という事は、実際にインターネットに繋いでいるのはどこだ？」

　「という事は・・・プロキシ（代理サーバ）は、本部のBBRのWANポートという事になるんじゃないですか・・・？」

　「いや、違うな・・・本部が直接インターネットに繋いでいるわけでなく、その先にはプロバイダのネットワークがあるじゃないか。

　しかも、本部と繋がっているのはプロバイダのLANの口であり、実際にインターネットに繋がっているのは反対側のプロバイダのデフォルト・ゲートウェイ・・・つまりWANの口の方になる・・・」

　「ん・・・ちょっと待って下さいよ・・・
　なんか、わけがわからなくなってきたぞ・・・」

　と、ヘタクソな図を描き始めたＫ君である。

　「わかった。
　図を描いたら、どうにかわかりました・・・
　という事は、ボクのPCＣも自分ではBBRを咬ましていなくとも、物件のBBRの下でLANを構成しているはずだから、同じような構成という事になりますね・・・」

　「そう。
　そしてその先は、プロバイダである事も同じだよ・・・
　つまり、さっきのCGIプログラムで見えていた実IPとやらは、直接インターネットに接続しているプロバイダのデフォゲであり、それ以外のインターフェイス（内側）は、向こう（インターネット）からは見えるはずがない・・・だからこそのプロキシ（代理）だ・・・」

　「てことは、あのエロサイト・・・いや怪しげなサイトからは、プロバイダから先（こっち側）は、全然見えてないのか・・・」

　「見えるわけがない・・・何を恐れているのかね、キミは？」

　「でも

　&lt;金を払わない時は、プロバイダに情報開示要求をして、クライアントを特定するぞ！&gt;

　とかいう、脅し文句が書いてあったな・・・」

　「確かにああした怪しげなサイトは、中にどんなプログラムが埋め込まれているかわからないから、ウィルスなど別の意味でも気をつけた方がいいのは事実だが・・・君子、危うきに近寄らずだべ・・・」

　そうＫ君に忠告しておき、帰宅してから試しにわざと怪しげなサイトに繋いでみた（　￣∇￣）σ｜[] ﾎﾞﾁｯ

#comment_num2

- 43
**NAPT（ＩＰマスカレードの優位性）　～　BBR教室・第十五限　＼(-_- )
　「ポート」という概念については以前にも触れましたが、念のためにもう一度おさらいをしておきましょうか。

　IPアドレスが住所であるとするなら、ポート番号というのはマンションなど、集合住宅の部屋番号に譬えるのがわかりやすいでしょう。

　BBR配下にある一つのセグメントから、複数のプライベートアドレスが同時にインターネットに接続しようと試みた場合、実際の動きとしてはインターネットに繋ぐ事が出来るグローバルアドレスは、ルーターに割り振られたただ一つしかない事は繰り返し説明してきましたね。

　が、これでは先の会社のネットワークに譬えたように、複数の端末から同時に接続の要求が出た場合には、同じLAN内のどのPCから要求が出されているのかを、BBRの方では識別出来なくなってしまいます。

　このため「ただのNAT」機能では、どのPCをインターネットに繋げてやれば良いのかがわからず、充分にクライアントの要求を満たす事が出来ませんでした。

　これに対して「NAPT」の方は、PCから要求が出る都度「ポート番号」という識別子を使って、どのPCから接続の要求が来ているのかを識別出来るようにしたものです。

　それが「NAT」に、ポート番号という識別子を表す「Ｐ」を加えた「NAPT」といわれる所以です。

　ここでもまた、わかりやすく身近な例を挙げていきましょうか。

　ＡさんはWebに繋ぐ要求（http=ポート80番）、Ｂさんはメールサーバへの受信アクセス（pop3=ポート110番）、Ｃさんはメールサーバへの送信要求（smtp=ポート25番）といった具合に、ポート番号によってクライアントを特定するため、複数のPCからの要求を識別する事が出来るというわけです。

　NATの場合はアドレス変換機能のみで、ポートの変換までは出来なかった事を思い起こせば、それだけでも格段の進歩だとわかりますが、両者の違いはそれだけではなかったのでした。

　実は、さらに大きな違いがあったのです。

　それは、何かと言えば・・・

　前回、NATについて

&amp;bold(){グローバルアドレスとプライベートアドレスの対応が、１対１である}

　と、くどいほどに説明を繰り返しましたが、「NAPT」の場合は

&amp;bold(){グローバルアドレスとプライベートアドレスの対応が、１対多である}

　という事は・・・

#comment_num2

- 43
**ネット詐欺に注意part3　(* - -)ﾉ
　「え？
　生IPなんて、見えるんですか？」

　「見えるよ。
　まあ、今、実演するから見ていろ・・・」

　職場で皆が他の議論などで盛り上がり、注意が逸れている時を見計らって、検証をしてみせる事にした。

　コマンド・プロンプトから

&amp;bold(){ipconfig/all}

　と打つと

&amp;bold(){192.168.1.3}

　といったような、IPアドレスが帰って来る。

　「基本中の基本だが、これが何のアドレスかはわかるよな？」

　「今更、こんなの・・・LAN内のプライベートアドレスでしょ」

　Ｋ君は、さもバカにするなと言わぬばかりだ。

　「さて・・・では実アドレスを見てみようか・・・色々方法はあるだろうが、最も手っ取り早い方法で・・・」

　と「google」で「IP　表示」とかをキーワードに検索をかけると「診断くん」、「確認くん」といったような、CGI(Common Gateway Interface)でＩＰの情報を取っているプログラムが出て来た。

　これらのプログラムではグローバルIPアドレスを始め、様々なクライアントの情報が出てくるのである。

　「ね。ちゃんと、グローバルアドレスが出てるでしょ」

　「グローバルアドレスといっても、一つしかないわけではないからな・・・」

　「え？　どういう事？」

　「つまりだ・・・ここからインターネットに繋ぐまでの、ルーティング（経路）の事を少しでも考えているのかな？」

　「いや。それは・・・」

　「オイオイ・・・いいか。仮にこのPCがＫ君のクライアント端末だと想定しても、このＰＣから直接にインターネットの、そのエロサイトに繋いでいるわけじゃないんだぞ」

　「それは・・・つまり・・・
　ど、どういう事ですか・・・？」

　「先に『ipconfig』コマンドを表示させたよな。

　あれの

&amp;bold(){デフォルト・ゲートウェイ　192.168.1.1}

　というのが、この部屋にあるBBRに割り振られたプライベートアドレスだ。

　まず、最初にここを通っていくのはわかるな」

　「うん。デフォルト・ゲートウェイだから、そうなんでしょ」

　「さて、BBRにはLANとWANという、２種類の口（ポート）があると言う事は、以前に何度も説明したが・・・」

　「知ってますよ。
　LANの方が、こちら側の今表示されていた192ナントカというので、WANの方はインターネットに出て行く口で、プロバイダからリースされたグローバルアドレスが付いてるんですよね？」

　「いや、必ずしもWANの方に、プロバイダのグローバルアドレスが付いているとは限らんな。
　例えばここの構成なら、本部と繋がっていて本部のプロキシを経由して外に出て行くんだから、当然WANの口は本部のプロキシ（BBR）と繋がっていなきゃならん。
　てことはWANポートの方も、本部から割り当てられたプライベートアドレスが付いているはずだよな？」

　「あ、そうか・・・」

#comment_num2

- 42
**NATとNAPT（ＩＰマスカレード）の違い　～　BBR教室・第十四限　＼(-_- )
　では次に「Ｎ社」という会社を例に挙げて、説明していく事にしましょう。

　Ｎ社のＮ課には、10人の社員がいます。

　仕事の性格上、頻繁にインターネットを使う必要があり、BBR配下にＡさんからＪさんまで10人のクライアントがいます。
　
　この場合に、Ｊさんが先の「NAT」を使ってインターネットに接続している間は、一つしかないBBRのグローバルアドレスは、ＪさんのPCが独占して使用中という事になっているために、他のＧさんやＦさんらは、Ｊさんの作業が終わるまでの間はインターネットが使えないという、非常に困った状態になってしまいます。
　
　先のPC好きなＡさん一家とは違い、こちらの場合は仕事上の必要性を考えると、こんな事では殆ど「役立たず」だと言い切ってしまっても良いくらいです。
　
　そこで、このNATを改良した技術が登場して来ました（と言っても、もう随分前の話ですが・・・）

　「IPマスカレード」、或いはＮＡＴの拡張版である「NPAT」と言われるものがそれで、BBRを使っている人や少しでも興味を持った事のある人なら、大抵のBBRの箱などに「IPマスカレード搭載」とか麗々しく書いてある、この名前には記憶があるのではないでしょうか。

　ちなみに「IPマスカレード」と「NPAT」は、名前が違うだけで実質的には同じものです。

　正式名は「NPAT」の方ですが、BBRなどでは元々Linuxで使われていた「ＩＰマスカレード」と表記されているのが一般的です。

　今では寧ろ「ただのNAT」を探すのが困難なくらいに、IPマスカレードが浸透しているため、こちらの方が遥かに有名です。
　
　では「NAT」と「NPAT」の違いは、一体どこにあるのでしょうか。
　
　両者の違いはまず、その名前を比べてみれば一目瞭然です。
　
　「NAT」が

Network Address Translation

　つまり「ネットワークアドレス（だけ）」を変換するのに対し、「NPAT」の方は

Network Address and Port Translation

　というように、ネットワークアドレスだけでなく「ポート（番号）」も変換するというところに、両者の大きな違いがあります

　では、NPATまたはIPマスカレードの意味について、説明していきましょう（=￣∇￣=）ﾆｨ

#comment_num2

- 41
**ネット詐欺に注意part2　(* - -)ﾉ
　こうして、すっかり仲良くなった（？）にゃべっちとＫ君は、喫煙所で顔を合わせる度（と言うか、喫煙所にいると必ずＫ君がやって来るのだった）に世間話に花を咲かせ、時折りはＫ君からネットワーク技術に関する、鋭い質問が飛んでくるまでになっていた。

　「Dos窓（コマンド・プロンプト）の、ipconfigコマンドで出てくるアドレスが、プロバイダから割り当てられたアドレスじゃないですか？」

　「キミんとこは、BBRは咬ましてないの？」

　「BBRって、ブロードバンドルータの事でしたっけ？　ボクは、壁のモジュラー直結ですけど・・・」

　「んじゃ、そうなるな・・・」

　「でもボクのはipconfigで見ると、いつも同じグローバルアドレスになってるんですけど・・・普通はDHCPだから、毎回違うアドレスが割り振られるハズですよね？」

　「大体はそうだが・・・必ずしも、100％そうとは限らんな・・・」

　「で・・・インターネットに繋いだ時に、外から見えるアドレスってこれなんですか？」

　「その辺りは、キミんとこの物件の環境がわからんから微妙だが・・・そのアドレスはＫ君のかもしれんし、あるいはデフォルトゲートウェイ・・・つまり物件のBBRに割り振られた、グローバルアドレスかもしれんからな」

　「なるほど・・・」

　と、なにやら考え込んでいる様子のＫ君である。

　「しかし、なんでまた・・・どうかしたか？」

　「いや、実はですね・・・」

　と、Ｋ君がおもむろに口を開いた。

　「昨日ですけど、家でネットをやっていたら、知らないうちに変なとこに迷い込んでしまったんですよ・・・」

　「フムフム・・・要するに、エロサイトを見ていたと・・」

　「いや、決してエロじゃないです・・・怪しげなサイトである事は事実ですが、エロではないです。ボクは、断じて・・・」

　「いいから、続けたまえ・・・」

　「で、ネットサーフィンとかやってると、知らないうちに変なポップアップとかが出て来て、勝手にダウンロードとか始めるヤツがあるじゃないですか？　あれなんですけどね・・・」

　「ほーほー」

　「あれでエロみたいなのが出て来て、勝手にダウンロードが始まっちゃったんですよ。ボクは、なんもクリックとかしてないのに・・・」

　「ありそうなパターンだな・・・」

　「で、ダウンロードは直ぐに終わったんですが・・・終わった時に

　&lt;アナタの情報は、以下の通りです&gt;

　とかいうのが出て来て、ボクの生IPとかが出てるんですよ・・・で、３日以内にどこそこの銀行に、３万円を振り込めと・・・３日過ぎたら１日１万円の延滞料金が発生するって・・・」

　「ワンクリック請求とか言う典型的な詐欺のパターンだな、それは・・・そんなんでも払ってしまうような、ナイーブなヤツもいるんだろうな・・・」

　「生IPが見えてますからね・・・一瞬ビビリますよね・・・」

　「それは、本当に生ＩＰなのかな？」

　「でも『221』とかから始まるIPが出てましたから、実IPなんじゃないですか・・・あのグローバルアドレスは・・・」
　
「果たしてそうかな？
 なんなら、ここで検証してみせようか？　(￣ー￣)ﾆﾔﾘｯ 」

#comment_num2

- 40
**ネット詐欺に注意part1　(* - -)ﾉ
　喫煙所でタバコを蒸かしていると、現場の最年少で24歳のＫ君がいつものように近寄ってきた。

　「にゃべっちさん、ちょっと教えて欲しいんですけど・・・？」

　「うん？」

　「ボクが自宅で使ってるPCのIPって、プロバイダから与えられたグローバルアドレスですよね？」

　「まあな・・・正確には与えられてるんじゃなくて、単にリースされてるだけなんだけどね」

　「あ、そうでした・・・リース期間とか言うのがあって、一定期間ずつ借りてるんでしたっけ・・・」
 
　職場では１年以上先輩の彼には、当初から親切に業務を教えて貰った間柄である。

　親切とはいえ、勉強家で他人にも厳しいところのある彼からは

　「この前教えた事、もう忘れたんですか？　
　メモも取ってないし、家に帰ってからちゃんと復習とかしてるんですか？」

　などと何度かやられていただけに、ひと通り業務を覚えかけた頃から、今度はネットワーク技術に関して彼を試す事にした。

　国立大学工学部でunixの演習を積んで来ていただけに、unixのあまり得意でないワタクシとどっこいどっこいといったレベルだったが、こと会社で教育を受けて来たというネットワーク技術に関しては、ワタクシの目から見れば殆ど素人レベルだっただけに、これまでの鬱憤を晴らすかのように

　「こんな事も知らんとは・・・まったくの素人だな・・・」

　などとボロカスに扱き下ろしては、密かに溜飲を下げていたのだった。

　しかしながら、若いのに似合わずしたたかなＫ君も負けてはおらず

　「ボクは別に、ネットワーク管理者じゃないですからね・・・自分の得意分野で、ボクをやっつけようというのは卑怯じゃないですか？」

　などと唇を尖らせて抗議していたが、そんな抗議くらいで撤退するワタクシであるわけもなく、連日ニヤニヤしながら小生意気な若造に対する嫌がらせには、益々拍車がかかったのである　Ψ(｀∀´)Ψｹｹｹ

　ワタクシにとっては嫌がらせのつもりが、勉強家のＫ君はバカにされながらも吸収するものはしっかり吸収して、いつの間にやらつい２ヶ月くらい前までは素人レベルだったネットワーク技術に、かなり詳しくなっていた・・・

　殊に、IPアドレスとサブネットの説明辺りから

　「ネットワークって、凄い奥が深いよ・・・いやー、おもしろいですねー」

　と俄然興味を示し始め、何度説明しても理解できなかったIPv4のサブネッティングも、かなりのところまで理解できるまでになっていた（言うまでもなく、教え方が良いためもあったろうｗ）

#comment_num2

- 39
**ＮＡＴの功罪　～　ＢＢＲ教室・第十三限　＼(-_- )
　さて、ではNATによるメリットとは一体、何でしょうか？

　まずは言うまでもなく、一契約分のIPアドレスで複数のPC（この場合は4台）のどれからでも、自由にインターネットに接続が可能になった点です。
　
　さらに大きなメリットとしては、前述したようにインターネットに直接接続しているのはルーターだけなので、外部（インターネット側）から見た場合はルーターしか見る事が出来ず、実際にはルータの配下にぶら下っている4台のPCは背後に隠れてしまったために、セキュリティ対策として非常に効果的であるという事がわかります。

　またNATでは、データの送受信は総て双方向通信として通しますが、WAN（外部）側からの一方的なアクセスは遮断する設定が可能なため、いわゆるクラッカーなど悪意の第三者の攻撃から、PCを守る事も出来ます。

　これらがNATのメリットとして、挙げられる点でしょう。　

　ところが、この「NAT」という優れものにも大きな問題というか、限界がありました。　

　NATの致命的な欠点・・・

　それは「グローバルアドレス」と「プライベートアドレス」が「一対一」の関係になっている事、つまり一つのプライベートアドレスに対して一つのグローバルアドレスが、絶対に必要となるという点です。

　壁｜Д｀;)ﾊｧﾊｧ

　つまりは、どういう事かと言えば・・・
----
BBRのLANポートに4台のPCを繋ぐ事によって、たった一つしかないグローバルアドレスを使って、どのPCからでもインターネットに接続出来るようになった・・・
----
　というところまでは、良いですね？

　ここが理解できてないと、まったくお話になりませんので・・・（*´ｍ｀）

　わかり難いのは、次の
----
&amp;bold(){グローバルアドレスとプライベートアドレスの対応関係が、一対一である}
----
　という点でしょうが、要するに平たく言えば

　家族４台のPCからインターネットに繋ぐ事は出来るけれど、誰か一人が使っている時は他の人のPCから同時には使えない
　
　さらに言い換えれば
----
&amp;bold(){複数のPCで、同時にはインターネットに繋げない}
----
　という事です。

　これが、いわゆる「NATの限界」といわれるところです。

　さて、今までの例はＡさん一家という、あくまで趣味でインターネットを楽しんでいる一般の家庭の話だっただけに、不自由を感じようとも大きな問題に発展するまでには至りませんでしたが、これが企業など営利が絡んでくるネットワークなどになると、話が根底から違ってくるのは自明の理でしょう　(´ー｀)y─┛~~

#comment_num2

- 38
**ＮＡＴ早分かり　～　ＢＢＲ教室・第十二限　＼(-_- )
例えばここにPC好きの、Ａさんという一家が居るとしましょう。

　PCの自作が趣味のＡさんは、マンションの部屋も狭しと４台のPCを作り、自分用と奥さん、また２人の子供にそれぞれ一台ずつ使わせる事にしました。

　そんな環境にあって、一人彼がニヤツキながらcafeなどを楽しんでいると、横から覗き込んで来た好奇心旺盛な２人の子供と奥方が、自分たちのPCでもインターネットが出来るようにして欲しい、とせがみ始めたとしても不思議はないでしょう。 

　この場合の最も下の下策は、家族４人がそれぞれプロバイダに加入する事で、これだと単純計算で月々４人分のプロバイダ料金が掛かってしまい、ただでさえ火の車の家計を圧迫しますが、幸いにしてＡさんには幾らかの知識がありました。

　プロバイダから貸与されている、一つのIPアドレス（一契約）で、複数のPCをネットに繋ぐには、ブロードバンドルーター（BBR）があれば良いのだ、ということを知っていたのです（ある種のスイッチでも可能ですが、話をわかりやすくするため、ここではBBRという事にします） 

　こうして家族４人それぞれ４台のPCと、インターネット用のモデムとの間に「ルーターをカマシタ」事によって、これまで直接モデムに繋がっていたＡさんのPCだけでなく、（一台分の契約料で）家族みんなのPCからも同じようにして、インターネットに接続する事が可能となりました。

　これによって、ただでさえ枯渇していると言われるIPアドレスを、それぞれ４台分のPCに割り当てるという、愚かしい無駄を省く事で地球資源の節約にも大いに貢献し（？）、その上に４台のPCはインターネットに接続する時だけルータに割り当てられた、一つだけの（つまりプロバイダとの間では、一契約分の）IPアドレスを拝借すれば済むという、大変に効率の良いシステムが出来上がります。 

　この時にルータに割り当てられている、インターネット接続用のアドレスが「グローバルIPアドレス」であり、家族４台の端末それぞれに割り当てられるのは、Ａさんが勝手に（といっても一定のアドレス範囲から、というルールに則り）割り振った「プライベートIPアドレス」というものになります。

　言うまでもなく「プライベートアドレス」の方は、ルータの配下だけで通用するローカルなアドレスであり、それ単独でインターネットに接続する事は出来ず、インターネットに接続する時は常にルーター（に割り振られた、グローバルアドレス）を通す形になります。 　

　これが、BBRの「ＮＡＴ」という機能です。 

　さてでは、これによるメリットとデメリットは、一体なんでしょうか・・・？　(￣ー￣)ﾆﾔﾘｯ

#comment_num2

- 37
**ＮＡＴ　～　ＢＢＲ教室・第十一限　＼(-_- )
　前回、ご紹介してきたルータのフィルタリング機能について、その面倒な設定が簡単に出来、セキュリティを強化出来るのが「NAT」及び「IPマスカレード（NAPT）」という仕組みです。

　「NAT」や「IPマスカレード」といっても、名前だけは訊いたことがあるが何の事やらわからない、という人は少なくないでしょうから、まずは「NAT」から説明していきます。

　「NAT」の正式名称は「Network Address Translation＝ネットワークアドレス変換」であり、その名が示す通りIPアドレスを変換する機能を持ちます。
　
　以前からこのシリーズでは、再三に渡って「グローバルアドレス」と「プライベートアドレス」の違いを、ご紹介してきました。
　
　「グローバルアドレスは、世界共通のインターネット（用）のアドレスであるのに対し、プライベートアドレスの方は外部からは遮断された、社内環境などある特定のセグメント（領域・範囲）だけで通用する、ローカルなアドレス」

　の事です。
　
　なぜ、こういう分類が必要になったのかといえば、現在まで使われてきた「IPアドレス」の形式が「32bit形式」である事から、物理的に約43億個（2の32乗）までしか割り当てる事が出来ないためです。
　
　43億個といえば、当初は永久に枯渇することのないであろう、気の遠くなるような膨大な数と思われましたが、現実はそれ以上に物凄い勢いで世界中でＩＴ化が進み、地球上に存在するIPアドレスが

　「43億個程度では、到底足りない」

　という

　「IPアドレスの枯渇問題」

　が深刻になって来たのです（今の予測では、あと20年が限度と言われています）
　
　そこで43億個とはいえ、60億とも言われる地球人口から見れば、数に限りのあるIPアドレスを有効利用しなければいけないという観点から、こうした「グローバルアドレス」と「プライベートアドレス」という使い分けが、編み出されました。
　
　これでは説明があまりにも漠然とし過ぎて、わかり辛いでしょうか？

　では次回からは、実際にこれをどう使うかをわかりやすい身近な例を挙げて、説明していく事にしましょうか・・・(￣ー￣)ﾆﾔﾘｯ

＃その後、これまでの「ＩＰv4」に代わり、「ＩＰv6」という新しい技術が登場して来た事で、理論的には

　2の128乗のアドレス空間＝約340澗(かん)

　澗は、一・十・百・千・万・億・兆・京・垓・杼・穣・溝・澗←この位

　１澗＝１兆×1兆×1兆

　というほぼ無限大になる事から、この技術が本格的に導入されれば将来家電製品などに、総てIPアドレスが割り振られても、枯渇する事はありえない事になります（現状では、まだ試行段階）

#comment_num2

- 36
**フィルタリング機能　～　ＢＢＲ教室・第十限　＼(-_- )
「パケット・フィルタリング（packet filtering）」

　とは

　「個々のパケット（データ）単位で、任意で通過させたり禁止させたりの設定をする」

　機能の事です。

　これにより、外部（インターネット）から送られて来る嫌がらせや悪質なパケットを、ネットワークに送る前に自動的にチェックして、遮断する事が出来ます。
　
　ルータによるフィルタリングは「パケット」だけでなく「ポート」単位で行う事も可能です。
　
　ここで言う「ポート」とは、前に記述してきたWANやLANの口の事ではなく「ポート番号」というものを表し、サーバの提供する各種のアプリケーションなどの、サービスの事を指しています。
　
　http（インターネット）や電子メールなど、サーバの提供するアプリケーションは、サーバ上では総てプロトコルとして識別及び管理がなされており、それらは世界共通のものとして「ポート番号」という分類によって予約されています。
　
　ポート番号は総計で65535個もあり、1番から1023番まではウェルノウンポート（well-known port number）と呼ばれ、以下の例に挙げるような一般に馴染みの深い代表的なサービスなどが、予め予約されています。
 
・ポート20　FTP（データ転送用プロトコル）
・ポート21　FTP（ファイル転送用プロトコル）
・ポート23　telnet（リモートアクセス）
・ポート25　SMTP（メール送信用プロトコル）
・ポート53　DNS（ドメインネームシステム）
・ポート80　HTTP（ＷＷＷｈｔｔｐプロトコル）
・ポート110　POP3３（メール受信用プロトコル）
 
　「ポート・フィルタリング（port filtering）」と呼ばれる機能では、これらのポート番号によってネットワーク上で特定の（アプリケーションを提供している）プロトコル単位で、通信を任意で許可したり禁止したりする事です。

　世の中には奇特な御仁がいて、ポートスキャン(port scan＝ポート番号を虱潰しに順番で調べていき、どのようなサービスが稼動中か停止中かを確認していく、クラッキング行為)という手を使い、不備のあるポート番号が存在するとそこを足掛かりとして悪意の侵入を試み、嫌がらせの攻撃をするのを生きがいにしているような愚か者も少なくないようですが、これらはポート・フィルタリングの設定によって、防ぐ事が出来ます。

　これらの設定は総てユーザーが手動で行う必要があり、一つずつやっていくのはとても面倒なように思えるでしょうが、実際のBBRではこうした設定を簡単に行う事が出来る機能も備わっています。

 次回辺りから、そのあたりをご紹介していきましょうか　(￣ー￣)ﾆﾔﾘｯ

#comment_num2

- 35
**ルータの二大機能　～　ＢＢＲ教室・第九限　＼(-_- )
　以前に、BBRの大きな機能として「簡易ファイアウォール機能」を詳細に説明してきましたが、実はそれとは別に「ルータの二大機能」と言われるものがあります。

　ルータの二大機能とは

　&amp;bold(){パス（経路）決定
　パケットフィルタリング}

　です。

　つまり、ルーターの基本的な役割は

・外部から流れてくるパケットを必要か不要かを篩いにかける
・必要なものだけをネットワーク上に送り、不要なものは破棄する
・ルーティング・テーブルの記述に従い、パケット（データ）を送る経路を決定する

　という流れになります。

　ちなみに、外部から流れてくるフレーム（データ）をフィルタリングせずに、総てネットワークに流してしまうのが、最初の方で紹介したレイヤ２スイッチ（以下、Ｌ２スイッチ＝スイッチングハブの事＝と記述）やブリッジといった機器であり、これがルータ（レイヤ３の機器）との決定的な違いになります（ただしスイッチの場合は、Ｌ３スイッチなど、ルータと同様の働きをするものもあります）

　つまりＬ２スイッチやブリッジの場合は、データの中身をチェックする事なく総てをネットワークに流してしまうので、要らないデータが溢れてネットワークのボトルネックが起きるなど、負荷が掛かってしまうと同時にファイアウォールのような機能を備えていないため、悪質なデータも無条件に通してしまう事になり、ネットワークそのものに悪影響を及ぼす危険性をも孕んでいると言えます。

　この違いが「OSI参照モデル」における、レイヤ２「データリンク層」デバイスのＬ２スイッチやブリッジと、レイヤ３「ネットワーク層」デバイスであるルータ（またはＬ３スイッチ）との違いであり、同じデータを「フレーム」と「パケット」と呼び分けているのも「OSI参照モデル」のルールに従ったものです（OSI参照モデルに関しては、無理に理解する必要はまったくありません）

　「フィルタ(filter)」とは、文字通り

　「（データを）篩いにかける」

　という意味を表しMACアドレスやIPアドレス、或いはポート番号やプロトコル単位など、ルータによってフィルタに設定できる条件レベルが異なってきます。

　例えばTCP/IPプロトコルならば、IPパケットを単純にフォワードするだけでなく、パケット中に含まれるデータを詳細に調べて送信元や送信先IPアドレス、プロトコルタイプ(TCPかUDPか)、ポート番号などに基づいてパケットを通過させたり破棄したりする機能であり、実はこの機能を如何に使いこなすかが「不正アクセス防止」の重要なポイントになって来ます。

#comment_num2

- 34
**サブネットマスクとデフォルトゲートウェイまとめ　～　ＢＢＲ教室・第八限　＼(-_- )
　このように、それぞれ重要な役割を担っている「サブネットマスク」と「デフォルトゲートウェイ」の設定が間違っていれば、外部との通信が出来なくなるのは当然の事ですが、通常はISPからはDHCPのアドレスが割り当てられるため、IPアドレスに対応する「サブネットマスク」と「デフォルトゲートウェイ」も一緒に自動取得されるので、特に設定の必要はありません。
　
　単純に、インターネットに繋いで楽しむだけの場合は、ISPから割り当てられるDHCPアドレスさえあれば（実際には、それさえも意識する必要は、まったくありませんが）あとは総てWindowsが勝手に設定をしてくれますが、固定アドレスを使うなど、なんらかの事情によって手動で設定した時に通信が上手くいかない場合は、IPアドレスだけでなく「サブネットマスク」と「デフォルトゲートウェイ」の設定が正しいかどうかも、併せて確認するところが基本となります。
　
　要するに

IPアドレスはそれ単独では大きな意味を持たず、サブネットマスクとのセットによって初めて意味を持つ

　という事が、わかるでしょう。
　
　では最後に、これらの情報の確認の仕方を見ていきましょうか。

　以前にもご紹介してきたIPアドレスの時と同じで、コマンド・プロンプト（Dos窓）から

&amp;bold(){ipconfig}

　と入力すると

・（加入しているプロバイダの）ドメイン名（例：ocn.ne.jp）
・IPアドレス（PCに割り振ったアドレス＝例：192.168.0.2）
・サブネットマスク（デフォルト・サブネットマスク＝例：255.255.255.0）
・デフォルトゲートウェイ（ルータに割り振ったアドレス＝例：192.168.0.1）

　などといった具合に表示されます。

　さらに、詳細な情報を見たい場合は

ipconfig /all　または　ipconfig -all

　と「ipconfig」の後に半角スペースを入れて「/all」または「-all」というスイッチを指定すると

・Host Name（PCの名前）
・Dhcp enable（DHCPの使用許可）YES
・Physical Address（MACアドレス＝PCネットワークカードのアドレス）
・DHCPサーバー・アドレス
・DNSサーバー・アドレス
・Lease Obtained（DHCPの場合、リース取得時間）
・Lease Expires（DHCPの場合、リース満了時間）

　等々といった、さらに多くの情報が画面に表示されます。

上記のコマンド結果はOSがWindowsXPまたは2000の場合であり、Windows95/98/Meの場合はスタートメニューの「ファイル名を指定して実行」から「winipcfg」コマンドを使用しますが、実行結果の表示がやや異なります。

#comment_num2

- 33
**デフォルトゲートウェイ　～　ＢＢＲ教室・第七限　＼(-_- )
　前回「サブネットマスク超入門編」でご紹介したように、ネットワーク上を流れるパケットは送信元と宛先が同じネットワークアドレスを持つもの同士（同じネットワーク＝セグメントに属するホスト同士）であれば、ホストアドレスを確認して直接の通信をする事が出来ますが、宛先とは別のネットワーク（アドレス）から流れて来たパケットに関しては、どこへ送って良いのかルータにも宛先となるマシンの送信先がわからない事になります。

　こうした場合に備えて、ネットワーク外部へのデフォルトとなる出口を予め用意しておき

宛先のわからない（別のネットワークアドレスから送られて来た）パケットを受け取った場合は、一旦そのパケットを外部への決められた出口へ送る

　という仕組みがあり、この出口となるのがデフォルトゲートウェイ（default gateway）です。

　本来ならば、名前の通り

「予め用意された出入り口」

　といった意味ですが、以前にもご紹介したように

内部から外部への通信は総て通すが、外部から内部への通信は総て拒否する

　のが、一般的なＢＢＲの仕様である事を考慮すれば、この場合には

「予め用意された出口」
　
　と解釈すべきでしょう。
　
　このシリーズの最初の方で

「BBRと本当のルータとは違う」
　
　という話をしましたが、BBRの大きな特徴は家庭内ネットワークのような小規模のLANとプロバイダ（正式には、インターネット・サービス・プロバイダ＝以下、ISP）を繋ぐという前提が、基本的な仕様になっているという点です。
　
　前にも記述した「WANポート」と「LANポート」を明確に切り分けている部分がそれであり、実際の業務用などのルータは単に同じような口が沢山（大きいものでは、数十から数百ものポートが付いています）ズラズラと並んでいるに過ぎません。
　
　それだけ沢山あるポートの中で、どこを外部と通じるためのルート（デフォルトゲートウェイ）にするのかといったルール（rule set＝ルール・セット）はネットワーク管理者などが決めていきますが、ルータはそれらの経路情報のルール一覧を記述した「ルーティング・テーブル」（routing table）という、ネットワークの地図のようなものを元にパケットの流れを制御していきます。

　BBRも勿論ルーティング・テーブルは所有していますが、基本的にはWANの口が一つしかないため、自動的にこれが外部との通信の基点となる「デフォルトゲートウェイ」になります。

　そのためＢＢＲにおいては、ユーザーが「ルーティング・テーブル」などという小難しい事を意識する必要は、まったく不要となるわけです。

#comment_num2

&amp;counter()    </description>
    <dc:date>2008-02-09T10:54:54+09:00</dc:date>
    <utime>1202522094</utime>
  </item>
    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/nyabecch/pages/14.html">
    <title>gourmet</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/nyabecch/pages/14.html</link>
    <description>
      - 
**正月グルメ決戦　(;￣ー￣)...ン?
　2004年に上京して以来、今回で4度目の正月を迎える事になったワタクシだけに、悪辣な「東京の正月暴利」は、これまでの体験で身に沁みている。

　蒲鉾や出し巻玉子といった、普段は200円程度で買えるものを、500円も600円も出して買うのは、どう考えても愚の骨頂なのである。

　そもそも、正月だと張り切りすぎるのがいけない。

　それこそがまさに、悪辣な東京市場の思うツボであり、要するに蒲鉾や出し巻やらといった、正月らしい食材が食べられるなら100均の物でも良いわけで、実際のところ味だって大して変わりはしないのだ。

　幸いにして、去年の暮れに忽然と現れたSHOP99には、こうした食材が色々と揃っている事は昨年の正月に確認済みであり、「築地市場直送」の立派な蒲鉾も、99円で棚に並んでいたではないか・・・

　などと記憶を呼び覚ましつつ、早速お目当てのSHOP99に駆けつけると、いつの間にやら200円に値上がりしている上に、紅白の小さいのが一つずつしか残っていない　(￣ω￣;)!! ｱﾁｬ-

　仕方なく、スーパーを2～3軒回り、まあまあ適正な価格と言える鯛入り蒲鉾（198円）を四つと、出し巻玉子（は、少々高い気もするが）を500円で入手した。

　東京市場の悪辣さは、過去3度の経験から骨身に沁みて知り尽くしているワタクシだけに、今年は無駄なものを極力排除して、必要なものだけを買う事に成功した。

　その分、内容がやや豪華になったとはいえ、目標としていた「総額１万円以内」はクリアしたから、まあよしとしよう（酒は別ｗ）

　かつて大晦日から正月３が日まで、連日刺身やらロースハムやらを鱈腹食べて酒をがぶ飲みしながら、まったく動かずにゴロゴロと昼寝や読書ばかりをしていたせいか、トンデモナイ便秘の地獄を味わった事もあったが、幸いにして今年はフィットネスが３日からの営業だから、それも計算済みである。

　あとは年末に行きそびれた、箱根の温泉宿の物色でもしておこう。

　そんなわけで今年は、水のように穏やかに正月を過ごすのであった　( *＾艸＾)ﾑﾌﾟﾌﾟ

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
正月恒例お買い上げレシート公開（2007版）

・ 丹波黒豆　￥228
・ 鯛入り&amp;お造り蒲鉾(2×2=4)　￥792
・ 特級ロースハム　￥1,280
・ テリーヌ　￥398
・ 料亭出し巻 ￥500
・ 厚焼き玉子焼き　￥359
・ 白菜(2)　￥256
・ 具だくさん料亭茶碗蒸し（2）　￥396
・ 下仁田ネギ　￥198
・ 国産豚ロース（200g）　￥510
・ 刺身六点盛り　￥1,980
・ 酢タコ　￥399
・ 味ぽん　￥228
・ きしめん(2)　￥148
・ ご飯(3)　￥348
・ どん兵衛　￥98
・ カップヌードル　￥98
・ 安曇野豆腐　￥128
&amp;bold(){計　￥8344}

酒
・ 八海山本醸造（１升）　￥2,407
・ 剣菱上撰本醸造（１升）　￥1,889
・ 一の蔵（720ml）　￥820
&amp;bold(){計　￥5,116} 

#comment_num2

- 
**東京正月料理の暴利 2006年版（後編） (メ-_-)ノ~┻━┻ｶﾞｼｬｰﾝ
　思えば25日（世間では、Xmasとか何とかで騒いでいた日＝ワタクシ的には日曜日）の夜に刺身を買いに行きつけのスーパーへ行くと、店のオジサンがせっせと派手な意匠の商品を並べている姿に出くわし、少しばかり嫌な予感が脳裏を過ぎったものだったが、あの嫌な予感は単なる予感ではなくあの段階にして既に、昨年に続いて「悪辣な東京市場」の計画が着々と進行していたのであろう。
　
　つまりXmas商品の片付けと同時に、早くもスーパーの棚は「正月素材」がデカイ顔（でもないがｗ）をして占領していた模様なのである。
　
　「正月素材」とは、即ち一本1000円以上もする「小田原直送の蒲鉾」であり、やはり一本1000円もする「小田原直送の出し巻き」であり、これまた1000円以上もする「煮〆セット」や「栗きんとん」の事である。
　
　要するに「たかが魚のカスのようなもの」であり、「たかが味付けをしただけの卵焼き」であり、「たかがごった煮」と「たかが栗の豆」にしか過ぎない。

　これら主食にも主采にもなりえないようなものが、額に汗して働く高校生の時給よりも遥かにバカ高いというのは、実に怪しからん話ではないのか。
　
　しかも蒲鉾にしろ玉子焼きにしろ、普段は200円かそこいらで売っているヤツが「正月」というだけでこの暴利だから、余計に腹立たしいのだ。
　
　一体、これらの商品はいつもの200円のヤツと比べ、どこがどう違うというのか？「小田原直送」とか書いてあるが、疑えばそれも本当かどうか怪しいものだし、単に「小田原から運んで来ただけ」であって、実は名も知れないところで密かに二束三文で仕入れて来た疑いもあるのだ (;一一) ジロー

　勿論、以前に住んでいた地元のスーパーでも、正月に便乗してバカ高い蒲鉾や出し巻きは登場して来ていたが、それでも精々500円か高くても800円くらいであり、それとは別に普段の200円くらいのヤツはそのまま置いてあるから、好きな方を選んで買える「良識」がまだあったが、「悪辣な東京市場」に限っては普段の安いヤツは総て店頭から掻っ攫っておいてから、正月用の高いヤツだけを並べるというなんとも犯罪的な行為なのが許せない。

　また、これまでは正月といえばロースハムや焼き豚が定番だったが、今年は「テリーヌ」やら「ローストビーフ」、或いは「オードブルセット」といった、要するに一週間前まで所狭しと並んでいた「Xmas商品」と同じヤツが目に付いたのも気に喰わない。

　いかに「悪辣な東京市場」といえど、よもや賞味期限だけ貼り替えるような詐欺はしないだろうが（？）、これはこれでまた「Xmas狂騒に便乗した阿漕な商法」と言えるのではないか（と言いつつワタクシも、テリーヌを二つも買ってしまったのだが （*￣ｍ￣）ﾌﾞｯ

　そして翌日・・・

　近所に12月に出来たばかりの「SHOP99」を冷やかしに行った折りに、生鮮食品などがズラズラと並んだ棚をしげしげと眺めていると

　「築地市場直送蒲鉾・紅白」

　なるものが腐るほどに積み上げてあったのだった（勿論99円で）　(￣▽￣;)!!ガーン

#comment_num2

- 
**東京正月料理の暴利 2006年版（前編） ∑(￣皿￣；；ｷｨｨｨｨｨｨｨｨｨｨｨ!!!
　タイトルに「2006年版」とあるように、昨年に続いてのテーマである。 

　元々このワタクシ、昨年の7月まではずっと愛知県に住んでいた。

　過去に色々と書いて来たのでここでは繰り返さないが、様々な事情により昨年７月後半から東京に住み始める事になったのである。
　
　なにせ、以前住んでいたのが人口10万そこそこのイナカだっただけに、当初は外野から

　「東京なんかで暮らしていくのは大変だべ・・・？」
　
　などと散々に脅されたものだったが、根が楽天的なワタクシとしては
　
　「なーに、東京と言ったって所詮はよそ者の集まりだから、別段たいした事はないだろう・・・」
　
　などと、まったく心配などはしていなかった。
　
　そして事実、イナカから新幹線で上京する時の、品川辺りを過ぎたところから東京駅までの間に車窓から見える、あの大企業の本社ビル群とオボシキ巨大な建物が林立する摩天楼を見た時だけは

　（これが世界のトーキョーか・・・）
　
　などと思わずため息が出たものだが、それ以降年末までの半年間というものは新宿辺りにも住んでいたものの、東京だからと臆するような場面にはこれまで一度として出くわした記憶がなかった人間であり、また心配していた「世界一、二を争う」と言われた物価高に関しても

　（そんなに高くはないじゃないの・・・）

　と、すっかり安心しきっていた状態だったのである (*￣ー￣)y-~~~~フ～

　そんな状況で迎えたのが昨年の大晦日であり、その時の憤りについては冒頭のリンクに縷々綴って来たので、ここで敢えて繰り返す事はしない。

　さてここからは読者の皆さんが、冒頭に掲げたリンクを読んだものとして、話を進めていく事にする。

　昨年の大晦日では、油断を突かれ「悪辣な東京市場」の前に見事な一敗地に塗れたワタクシであり、今年こそは「そうは問屋が卸すまいか」と手薬煉を引いて29日を迎えたのだった。
　（皆がスーパーにドッと繰り出す事がわかりきっている、31日なんぞに買いに行くワタクシもいけなかったのだ・・・大晦日は刺身や肉など、最低限の日持ちしないものだけを買えば良く、それ以外は悪辣な「東京の正月暴利」になる前に集めてしまうべし・・・）
　
　と勇んでスーパーに駆けつけたところが、驚くべき事に既に棚は「迎春」ラベルも麗々しいばかりの「正月素材」で埋め尽くされているではないか・・・ｵ―ｲ･･ (;´д｀)ﾉ
#comment_num2
- 
**暴利の東京正月料理（後編）2005版　(*｀θ´*)ﾑｷｰ!!
　おせちといえば、週に３回は通っているオリジン弁当で３１５０円の「おせちセット」の予約を頼もうかと一瞬迷ったが、予約の面倒が先立って結局買わなかった。

　「３１日に店頭でお渡し」
　と書いてあったから、あの大雪の中で自転車で取りに行く難行を考えたら、結果的には注文しなくて良かったが（*&#039;ー`) フッ

　それにしても有名デパートならともかく、名も知れぬ（？）スーパー辺りの一万円もする「おせち料理」を買う酔狂な御仁がいるのだろうか？　などと要らぬ勘繰りをしてしまった。
　
　しかしながら、なんと言っても腹立たしさの極みは、正月料理の定番ともいえる刺身の盛り合わせである。　

　これまた地元を引き合いに出して申し訳ないが、去年まで毎年違うスーパーへ買い出しに行っていたが大晦日に限って身が通常の半分くらいしかないような、ショボイ盛り合わせばかりを並べて恬として恥ないような店には

　一度としてお目に掛かった事がなかったべ・・・(-｡-) ボソッ

　東京では、どのスーパーもこうした「阿漕な」事を平気でやるものなのだろうか？

　繰り返すが地元では大晦日も他の日も変わりない品を、ごく当たり前に普通に提供しているのである。

　もしや全国的に見て、こっちの方が変り種なのか？
　そんな疑問を胸に、３店舗歩いて見た末に最もマシに見えた店で買い「黒松白鹿・特選本醸造」のお燗をしながら盛り合わせをパックから取り出して、再度仰天した　(￣▽￣;)!!ガーン

　ナント・・・















　それまではてっきり「つま」に埋もれていると思っていた下の部分が、元から切り取ってある「半ペラ」だったのである。

　ここまで来ると、最早詐欺も同然だべ・・・&#039;_ゝ`）∂゛チョットコイヤ

　しかも「ふぐ刺し」などは

　調理師薄切り選手権・優秀作品かい　(ﾟc_,ﾟ｀)ﾌﾟｯ

　と思えるくらい見事なまでに透け透けに捌いてあり、思わず柳刃包丁を持つ手がワナワナと震えました　(メ-_-)ノ~┻━┻ｶﾞｼｬｰﾝ　


【１/３夕方の追記】
　「厚焼き玉子」２００円也で並んでました・・・名前違うだけやん　(;｀O&#039;)oｺﾗ～

#comment_num2

- 
**暴利の東京正月料理（前編）2005版　(*｀θ´*)ﾑｷｰ!!
「東京は物価が高い」

　というのは耳にタコが出来るほどによく訊く話だが、東京に移住して半年のワタクシの感じでは住居家賃のバカ高いのを別にすれば、正直地元と比べてもそれほど変わらない気がしていた。

　名古屋に居た時に比べ、日常的な感覚で割高感を実感するのはドラッグストアとスーパーである。

　ドラッグストアはあまり用がないからまだしもいいが、スーパーとなるとモロに打撃を受けるから堪らない。

　たまたま今住んでいる吉祥寺など、これまで住んで来た土地にロクなスーパーがなかっただけなのかもしれないが、かつては地元に大型スーパーが幾つもあってお値打ちな品揃えをしていたのが当たり前だっただけに、東京のスーパーはどれも小さい店舗ばかりのくせにやたらと高いイメージなのである。

　殊に先日の大晦日の買出しでは、いよいよ東京スーパーの「阿漕さ」を実感した。

　正月と言えば欠かせないのが蒲鉾と出し巻き玉子であるが、地元のスーパーでは３６５日変わる事なく通常の１８０～２００円くらいで並んでいる蒲鉾や出し巻きが、東京では大晦日を迎えた途端に店頭から姿を消し、代わって「小田原直送」だのなんだのの「熨斗」が付いた「２本入り９８０円」といったようなものばかりが並んでいるのではないか。

　しかも値段が、一本で５００～６００円もしているのには仰天した　(;゜△゜)ノ　

　これが蒲鉾の値段かよ・・・(-｡-) ボソッ

　出し巻き玉子も同様で、一本５００～６００円もする「伊達巻」ばかりがデカイ顔をして並んでいるのは、いかなる了見なのか。

　たかが玉子焼きだべ・・・(-｡-) ボソッ

　おせち用の佃煮や食材がこの日に高くなるのは仕方ないとしても、大した実のない「煮〆」が７８０円もしているのにさらに驚いた。

　どう見てもコンビ二辺りでは250円くらいで売っているヤツが、精々二皿分程度のボリューム程度であるにもかかわらず、なのである。

　これなら行きつけのオリジン弁当の惣菜を買った方が遥かに安いし、好きなものだけをチョイス出来る上に半額くらいで済むハズだ。

#comment_num2

- 38
**夏の風物詩（中編）
　某有名デパートのグルメフロアと、名古屋駅新幹線地下街などに店を構える「よしだ」という店は「えびおろしそば（きしめん）」が格別旨いし、サカエ地下街にある名前は忘れましたが少しばかり薄汚い店も、本ワサビを添えて出してくれる美味しい店で、これらの店はいずれもワタクシが20歳そこそこの頃に初めて開拓した店ばかりですが、今もってワタクシの中ではベスト３に数え上げられるでしょう。 

　さて「ざるそば（きしめん）」といえば、そばや麺そのものの味が最も大事なのは言うまでもありませんが、それと同じくらいに大事なのが「そばつゆ」であり、またそこに入れる「薬味」も重要な脇役と言えます。 

　名古屋の大抵の店では、薬味としてワサビを添えてきますが、店によってはワサビではなく生姜だったり、或いはワサビと生姜の両方が付いて来るところもあります。 

　煎りゴマや擂りゴマと刻みネギ、そして麺に乗っている刻みノリなども、定番と言えるでしょう。 

　ざるそばといえば、今でも思い出すのが学生時代の友人だったＫ君と、学食へ一緒にそばを食べに行った時の事です。 

　ワタクシは元々、食事のペースは人よりかなり早い方ですが、殊にそばとなると目がないだけに通常のボリュームのものであれば、精々２～３分もあればズルズルと平らげてしまいます。 

　ところが、この変人として校内でも有名だったＫ君は、頭脳は至って明晰（東大理Ⅰへ進学）ながら、元々普段から気忙しく落ち着かない事この上ない性質の超変人でしたが、食事を始めるや普段のマシンガントークが影を潜め、ひと言も声を発する事もなくひたすらに黙々とそばを啜り、ワタクシがまだ半分も食べたか食べ終わらぬうちに、早々と食べ終わっていたのには驚きました。 

　（幾らなんでも、メチャクチャに早いやっちゃなー） 

　と、呆気にとられて何気なく向かいの彼の方に目をやると、ナント薬味を入れた小皿がまったく手付かずのまま、残っているではないですか。 

　「オイオイ・・・オマエが変人だってのは、これまでにも散々わかっていたつもりだったが・・・
　薬味を入れずに、ざるそばを食うヤツは始めて見たぞー。
　そんなの、全然味がないじゃねーかよ」 

　と突っ込んでみると、顔色一つ変えぬ彼は 

　「要するに、そばの味がわかればいいんだろ・・・」 

　と、済ました顔でした。 

　しかも、水もお茶も一滴も飲まずに・・・(=&#039;m&#039;) ｳﾌﾟﾌﾟ

#comment_num2

- 37
**夏の風物詩（前編）
　ワタクシが大の麺類好きである事は、これまで８ちゃんねるを読んでこられた方なら、もうお分かりだと思います。 

　最初は「麺類」というテーマでひと括りにして一回分で終わらせる予定でしたが、書いているうちに思いもよらず長くなってしまい「みそ煮込みうどん」、「ラーメン」に続き早くも３回目と、すっかりシリーズ化の様相を呈してきました。 

　さて、そんなわけで今回は夏の風物詩とも言える「ざるそば（きしめん）」を採り上げます。 

　きしめんもそばも大好物のワタクシですが、冬場に食べるオーソドックスなものよりは、夏場の「ざる」の方が遥かに好みです。 

　夏バテなんてものとは一切無縁のワタクシも、真夏の暑い時にはやはり簡単な食事で済ませたくなる場合が多く、勢い昼食においては週の半分以上は「ざる」、もしくは「冷し中華」等で済ませることになります。 

　これまで、ワタクシが食べてきた無数にある店の中でも最も旨いと感じたのは、名古屋駅裏にある個人営業のＡという老舗です。 

　ここは、そばもきしめんも同じくらい旨いため、さして大食いというわけでもないワタクシは、いつもどちらを食べるべきかとハムレットの心境よろしく迷いに迷った挙句、大抵は「相のり」というそばときしめんが半々に盛られた（様々な呼び名がありますが、一般的には「相盛り」と呼ぶ店が多いようです）のを食べる結果になります。 

　さらに、お金がある時に張り込むのは「天ざるきしめん」 

　大ぶりのエビが２尾にシイタケ、かぼちゃ、サツマイモ、のり、しその葉、ナスなど、揚げたてホカホカの天ぷらを食べながら飲む日本酒は、マコトに至福の歓びといえます。 

　きしめんは２段重ねになっていて、上の段にはノリが塗してあります。 

　このような場合、普通の店では二段目を食べるころにはそばつゆがすっかり薄まってしまい、味が格段に落ちてしまうのが欠点ですが、この店の賢いところは下の段のきしめんには黒ゴマが塗してあり、このゴマのピリッとした隠し味が薄くなりかけたツユを絶妙に補っているのです。 

　かつてマスコミ関係の仕事をしていた頃に、某有名デパートが「グルメ館」という別館をオープンし、その時に取材に訪れて知り合ったデパートの広報課長と思わぬ「そば談義」で意気投合して、個人的な友人としてご馳走をしてもらった事がありました。 

　その時は、先方の奢りでしこたま飲ませてもらったので、後日お礼にと今度はワタクシの方がこのＡという店に連れて行くと、このそば通で鳴る課長も 

　「お世辞抜きで、こんな旨いそばは私も初めてだなー。
　うーむ・・・確かに、そば自体の色艶からして違うね」 

　と、職種柄様々な店を食べ歩いてきたこの食通も、すっかり唸っていたほどです。

#comment_num2

- 36
**パン（後編） （￣～￣）ﾑｼｬﾑｼｬ
　無論、出来たてホカホカのパンなどとは縁のないワタクシですが、かつて（10年以上も前）大名古屋ビルの地下にPASCO（シキシマ製パン）の直営店があり、いつも袋入り200円也くらいで買っていた菓子パンの何種類かがバイキング形式で食べ放題に加え、コーヒーも飲み放題のモーニング・バイキングをやっていた事があり、直営店なので朝一番に工場直送なのだろうと勝手に想像しながら、足繁く通っていた時期がありました。 

　通常はパンだけでも６つも７つも食べれば200円くらいはするところであり、それにコーヒーも通常料金の300円くらいでお替わり自由ですから非常におトクです。 

　毎日通っているうちに、大体似たような顔ぶればかり来ていることに気が付きましたが、中に２人ばかり大変な大喰らいがいました。 

　マンガ雑誌や週刊誌を読み漁りながら、いつまで経っても帰っていく気配のないこのブオトコは、トレイを山盛りにしては２度も３度も往復していたから、どう少なめに見積もってもパンだけで20個以上は食べていたようで、何時間粘っていたのかすら定かではないという、厚かましい御仁でした。 

　その後、仕事の現場が変わりしばらく行くチャンスがないままに久しぶりに訪ねてみると、知らぬ間に潰れてしまったのかその店はなくなっていたのでした。 

　そこで次に眼を皿のようにして見つけたのが、直ぐ近くのユニモール地下街にある「ベル・ヘラルド」という喫茶店で、同じようなモーニング・バイキングをやっていたのでしばらく通っていましたが、ここでも同様に現場が変わったのをシオに遠のいているうちに、久方ぶりで入るとバイキングコーナーが見当たりません。 

　「ありゃりゃ？　
　バイキングのパンは、どこへ行ったの？」 

　と訊ねると 

　「朝のバイキングは、終了いたしました・・・」 

　と、非常な宣告が降されたのでした。 

　さては、きっとPASCOで毎朝喰い散らかしていた、あのポリバケツのようなブオトコがシマを代えて荒らしたに違いない、と決め付けたワタクシは 

　（チクショウ、バカの大喰らいが。
　あちこち潰して歩きやがって・・・） 

　と腹の中で、あの非常識で恥知らずのバカモノ（化け物？）を罵った事は言うまでもありません　(;｀O&#039;)oｺﾗ?！

#comment_num2

- 35
**パン（前編）  （￣～￣）ﾑｼｬﾑｼｬ
　《あなたは米党ですか、パン党ですか？》 

　と訊かれたら、即座に 

　「勿論、米党です！　
　訊くまでもない」 

　と答えます。 

　朝食はホカホカのご飯と赤だしの味噌汁、焼き海苔に焼き魚なんてのが理想的ですが、なんせ独身の身ではそんなのは夢のまた夢であり、また朝の慌しさもあって理想とは大きく懸け離れた現実は、パンで済ませる事になります。 

　パンの利点はなんと言っても、あの食べ易さでしょう。 

　特に時間の制約のある朝は、着替えから始まり車を運転しながらやＰＣをしながらと基本的に片手で間に合う点で、最近は朝一番のメールチェックの時に、パンを齧って済ませる朝食が日課となっています。 

　食べるパンは、袋に沢山入った（200円くらいの）バターロールで、６ー８個入りくらいのを３日に分けてコーヒーで流し込みます。 

　勿論、こんなものが旨いわけはないから、あくまで空腹を満たすための「エサ」に過ぎません。 

　朝の時間に比較的余裕がある時は、喫茶店でモーニングを食べる事もあります。 

　ところで、以前にどこかで見たパンのシェアは 

1.ヤマザキ 
2.シキシマ（PASCO） 
3.フジパン 

　という事でした。 

　奇しくも２，３位はともに名古屋に本社を構える会社ですが、皮肉な事にワタクシの好みはパサパサとした食感のフジパンよりは、モチモチとしたヤマザキ（PASCOは中間くらい）です。 

　かつて、名古屋の社長令嬢だったワタクシの母は、中学から大学までを名古屋随一のお嬢様学校と言われる『Ｋ学院』で送ったそうですが、ここの高等部が昔のお屋敷町と言われた白壁にあり、当時も今も校舎の隣にシキシマ製パンの本社工場があります。 

　で、昼食の時間になると毎日隣の工場から学校へ、作りたてで湯気の立っているパンを運んで来ていたらしい。 

　「可哀想に・・・アンタたちは、パンの本当の美味しさを知らないでしょう？　
　ああ、あの出来立ての湯気が出ている、パンの美味しい事よ！　
　あんなスーパーなんかの、古いパンなんかとは全然別の食べ物だわさ」 

　と散々に自慢を訊かされ、腹立たしい思いをしたっけ　（*&#039;ー`) フッ

#comment_num2

- 34
**gourmetの王様・かに　:*:･(￣∀￣ )･:*:･ボワァァァン
　海産物が大好物のワタクシはイカ、タコ、エビなどどれも目がないのですが、最も好きなのが一匹丸ごと食せる上に多様な用途に使えるカニです。 

　といっても、名古屋にも沢山ある「かに道楽」や「かに本家」のような高価な店にはさっぱり縁がないため、精々が「かに本家」別館の回転寿司「寿司本家」で、名物の「かに寿司」を月に一度くらい食べるのが関の山で、普段はスーパーで買ってきたインチキ臭い「カニかまぼこ」で我慢しています。 

　そんな折りも折り（って、どんな折り？）、知人からタラバガニを頂くという僥倖に恵まれたのだから、悦ぶまいことか　ヽ(･∀･)ﾉ ﾜﾁｮｰｲ 

　どうやらカニは美味しいが、無精者には殻を剥いで身を削り取っていくのがどういもシチ面倒臭いらしく、なにかのパーティーに出てきたカニを丸ごとパックに入れて、持って帰ったようです。 

　そうして、何はともあれ数年ぶり（？）に、カニを一匹丸ごと食する機会に恵まれる事に。　 

　まずは甲羅の裏側の「ふんどし」と言われる部分を持ち上げるようにしてバリバリと剥がすと、珍味として名高いカニ味噌（肝臓）が大量にくっ付いてくるので、甲羅に集めて味わいます。 

　カニ味噌と内側に付着した薄皮の部分を削り取り、粕が残った甲羅に注いで呑む「カニ酒」が、これまた堪えられません　ﾟ+.(･∀･)ﾟ+.ﾟｲｲ!!! 

　胴を二つに割ってしまっては、このカニ酒の醍醐味が薄れてしまうため胴体はそのままにして、足を千切ります。 

　カニバサミやカニスプーンはないので堅い足には出刃で裂け目を入れておき、手でバシッと割って肉を取り出し味ポンで戴きます。 

　細かい繊維質の肉がビッシリと付いている足の付け根、ハサミのついている足は他の足に比べ繊維質が粗いといわれますが、これまた独特の旨みがあります。 

　余談ながら、以前に偶々家を出た時に隣家にクール宅急便のワゴンが停まり、ダンボール箱を幾つも運んでいる場面に出くわし、偶々出てきた長距離トラック運転手の亭主とバッタリ顔を合わせました。 

　「ほぉー。これは・・・？」 

　と、思わず口に出すと 

　「女房のヤツがインターネットとやらで「北海道の毛ガニ」だの「伊勢エビ」のグルメセットだの、ワケのわからんものばかり注文して参るわー」 

　と溢していましたが、そういえば「ＹＡＨＯＯ！ニュース」で 

　「北海道産のカニと偽り、カナダ産のカニをネットで販売のサギ業者摘発！」　 

　というものを見かけた記憶が・・・(ﾟc_,ﾟ｀｡)ﾌﾟｯ

#comment_num2

&amp;counter()    </description>
    <dc:date>2008-02-07T00:52:54+09:00</dc:date>
    <utime>1202313174</utime>
  </item>
    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/nyabecch/pages/12.html">
    <title>おもろい地名</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/nyabecch/pages/12.html</link>
    <description>
      - 44
**日暮里とナポリ　(*≧m≦*)　
　日暮里と書いて「にっぽり」は、土地に馴染みのある人でなければ読めない地名でしょう。 

　そもそもの語源は「新堀」から来たものだという事です。 

　以前ある人から訊いた、こんなおもしろい話があります。 

　《日暮里とナポリ・・・インド語に「プル」という「町」を意味する語が有りました（例：クアラルンプール＝Kuala Lumpurのプル＝pur） 

　これがヨーロッパに伝わり「ポリス（都市）」という語になったそうです。 

　一方「プル（pur）」は日本にも伝わり、日本では「堀（町）」という語になります。 

　ナポリの旧称であるネアポリスは「新しい街」という意味です。 

　一方、日暮里の語源は、これも「新しい町」を意味する「新堀（にいほり）」だそうです。 

　「ネアポリス」が転訛したものが「ナポリ」であるのと同じように「新堀」の転訛が「日暮里」という事になります。 

　つまり、どちらも元々は「新しい町」という意味の地名だったのです》 

　これはある大学における英語史の授業で、教授から訊いた小話だそうです。 

　他にも、以下のような諸説があります。 

　《荒川区にある日暮里は、その昔には新しく堀を設けて開墾した耕地を意味した新堀と書いていたが、風流人たちが日が暮れるまで山を散策しても飽きないという意味合いから日暮れの里、日暮里という字を当てたらしい。 
　明治22年に正式に改められている》 

　《日暮里はそもそもは新堀と書き、その由来は太田道灌がこの周辺に敵を攻める際の斥候台を築かせ堀を掘ったために、新堀と呼ぶようになったらしい。 

　江戸中期になり、道灌山から眺める風景が当時の文人達に好まれ「日暮の里」と呼ばれるようになって、新堀の語呂から転じ日暮里としたらしい。 

　明治22年（1889）に周辺の村を併せ日暮里村となり、町制施行後昭和７年（1932）の荒川区西日暮里（にしにっぽり）成立の際に、日暮里町として町名になった。 

　昭和41年（1966）に、住居表示により東西を分けた》 

　《また聞くところでは、夕焼けを見ながら家路につくところという意味で「ひぐれさと」とも言うらしい・・・》 

　これなどはいかにも情緒ありげですが、ある東京人は 

　「日暮里って、田舎道って感じだな。
　寧ろ日暮れて道遠し・・・・」 

　などと言っておりましたが・・・(≧ｍ≦)ぷっ 


●ポリネシア語による解釈 
　《日暮里はもと新堀（にいぼり）村で、江戸期に道潅（どうかん）山から諏訪台一帯（現在JR西日暮里駅の西の台地）が「文人雅客の風景を探るもの多」く「日暮しの里」として江戸の名所となり、日暮里村となったといいます。 

　この「にいぼり、にっぽり」、「どうかん」は、マオリ語の 

　「ニヒ・ポリ」、NIHI-PORI(nihi=steep;pori=wrinkled as of the skin with fat)、「嶮しい（皮膚がたるんだ）皺（のような崖のある土地）」（「ニヒ」のＨ音が脱落してが「ニイ」になり、「ニイ・ポリ」が「ニッポリ」となった） 

　「タウ・カネ」、TAU-KANE(tau=alight,settle down,beautiful;kane=head)、「美しい頭のような（山）」（「タウ」のＡＵ音がＯＵ音に変化し、濁音化して「ドウ」となつた） 
の転訛と解します》 

　凡そ、どの説にも共通する部分が見られる事からも、これにて「日暮里」の由来はほぼ確定したと見てよいでしょうか　(=ﾟωﾟ)ﾉｲﾖｳ 

#comment_num2

- 43
**『祇園』って何の事？（後編） 
　&lt;『阿弥陀経』説法の舞台である祇園精舎は、現在の北インドのバルランプールという町の郊外、サヘートにその遺跡が残ります。

　釈尊の時代、ここはコーサラ国の首都舎衛城（シュラーヴァスティ）の、町外れでした。 

　舎衛城に住む、スダッタ（須達多）という大商人は、常に孤独な者や貧しい者に慈善を施すので『アナータピンディカ（孤独な者に食を供給する者、給孤独）長者』と呼ばれていました。 
　 
　彼は、マガダ国でたまたま出会った釈尊に深く帰依し、何とか舎衛城に釈尊を招こうと精舎の建設を思い立ちました。 

　その最適な場所として選んだのは、国王プラセーナジット（波斯匿王）の王子ジェータ（祇陀）の所有する、マンゴー樹園でした。

　スダッタの懇願にもかかわらず、王子は頑として買収に応じませんでした。

　しかしその交渉の中で王子は、金貨を庭園に敷き詰める事ができたらその広さだけ譲ってもよい、と口を滑らせました。 

　そこでスダッタは家屋を売り払い、全財産を金貨に代えて一枚一枚、樹園に敷き始めました。

　この、スダッタの尋常でない行為をみたジェータ王子は彼の誠意にいたく感動し、とうとう樹園を寄付し広大な精舎が完成した、という事です。 

　『阿弥陀経』にみえる「祇樹給孤独園」は、ジェータ王子の樹園（祇樹）・アナータピンディカの園（給孤独園）という、２人の名を冠した名称です。

　それを略して「祇園」と呼ばれるのです&gt; 

　このように「祇園精舎」のルーツはすっかりわかりましたが、依然としてこの「祇園精舎」と、京都の「祇園」との関連性はハッキリしていません。 

　ところで、お隣の滋賀県（長浜市）にも同じ「祇園」の地名があり 

　&lt;長浜市の両端に位置し、東は県道（北陸脇道）が通り、西は琵琶湖に接する農村地帯であったが、市の発展に伴い工場や住宅が建設され、次第に市街化されつつある。 

　古く、京都の祇園社の領地となっていた事が、地名の由来である。
　氏神として、八地神社がおかれているのは、その証拠である&gt; 

　と、どこかのWebページに出ていたのを見た記憶がありますが、このように「祇園」の名は京都東山の八坂神社の別名といわれ、同じ地名は各地に見られるようであり、いずれも祇園の神を奉ってある事によるそうです。 

　ちなみに、京都の祇園と呼ばれる一帯の中には「石塀小路」、「切り通し」、「花見小路」、「団栗（どんぐり）通り」といったユニークな通り名が、数多く見られるのも特徴です。

#comment_num2

- 42
**『祇園』って何の事？（前編）
　生まれも育ちも愛知のワタクシは、大学で京都に下宿した折りにかねてから、その名に強い憧れのあった「祇園」の街を何度もあてどもなく、ブラブラとさ迷い歩いたものでした。

　そこは噂に訊いていた通りの華やかで煌びやかな世界であり、一介の貧乏学生たるワタクシなどはお呼びでなかったわけですが　（*￣ｍ￣）ﾌﾞｯ

　「祇園」と訊くとまず真っ先に思い出すのが、学生時代に散々暗記させられた『平家物語』の 

　「祇園精舎の鐘の音・・・」 

　というあの有名な出だしですが、この

　「祇園精舎」とは、そもそも何ぞや？　

　と疑問に思ったのが、事の始まりでした。 

　「祇園」は単純に地名と解釈するとして、その後に続く「精舎」は字面からして「学び舎」（＊実際の「精舎」とは侶が仏道を修行する所。てら。寺院を指す梵語《goo国語辞典より》）と見当がつきますから、その後の 

　「鐘の音・・・」 

　のフレーズにくわえ、それに続く 

　「諸行無常の響きあり・・・」 

　に至ってはどう考えても仏教の世界のお話で、花街の京都・祇園とは到底関係なさそうだワイ、などと漠然と考えた事があります。

　その後、時を隔ててン年、インターネットの時代が訪れるとともに、再び 

　（そも『祇園精舎』とは、何ぞや？） 

　という疑問が頭を擡げ、まずそこから調べてみようという経緯と、相成りました　(*^m^*)ぶはは 
　　　　　　　　　　
#comment_num2

- 41
**「愛知」という歴史（後編） （ ﾟ∀ﾟ ）　
　｢あゆ｣にしろ｢あえ｣にしろ、土地の豊かさを表現したものである。 

　肥沃な平野の拡がる愛知県は周辺地方の穀倉として、古くから農業の盛んな地域であった。 

　そして天白川河口前面に展開する伊勢湾も、陸地に劣らぬ豊かな海で海産物の宝庫だった。 

　今から一万年前から紀元前300年までの縄文時代、まだ本格的な農耕文化の起こっていない遺跡から、さまざまな魚貝や獣の骨などが出土している。 

　名古屋市の瑞穂区に大曲輪貝塚があるが、土器に混ざって石鏃が多量に発掘されている》 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 

　また『日本書紀』にも 

　『日本武尊の佩せる草薙横刀は、是今、尾張国の年魚市郡の熱田社に在り（巻第七、景行天皇五十一年）』 

　『素盞嗚尊、剣を抜きて斬りたまふ。 
　尾を斬る時に至りて、剣の刃少しき欠けたり。割きて視せば、剣、尾の中に在り。是を草薙剣と号く。 
　此は今、尾張国の吾湯市村に在す。即ち熱田の祝部の掌りまつる神是なり』（巻第一、神代上） 

　といった記述に見られる通り、「年魚市」または「吾湯市」という地名は、古代から既に散見していたようです。 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 

●ポリネシア語による解釈 
　愛智（あいち）郡＝古代からの郡名。 

　尾張国東部、伊勢湾に面する地域でおおむね現在の名古屋（なごや）市（西部から北部の一部（庄内川右岸）、東部の一部（矢田川右岸および天白川流域の北部）を除く）、日進（にっしん）市の南部、豊明（とよあけ）市（南部の一部を除く）、愛知（あいち）郡東郷町の南部、三好町の地域です。 

　中世末期には山田郡は廃郡となり、日進市の北部、長久手町、東郷町の北部の地域は愛智郡に編入されました。 

　古くは「あゆち」といい、和銅６年の好字令によって「愛智」の字が用いられるようになった、とされます。 

　『和名抄』は、「阿伊知（あいち）」と訓じます。 

　郡名の由来の「あゆ」は湧き出る意で「湧き水の多いところ」とする説、東風を「あゆ」と訓む（『万葉集』）ところから「めでたいものを齎す風」の意、などとする諸説があります。 

　この「あいち」、「あゆち」は 

　「アイ・チ」、AI-TI(ai=beget,procreate;ti=throw,cast,overcome)、「子供を産んで・捨ててある（支流が分かれている。または川の途中に川と連結した池沼がある。地域）」または「アイ・イチ」、AI-ITI(ai=beget,procreate;iti=small,diminutive)、「ほんの小さな・子供を産んでいる（小さな支流が分かれている。または川の途中に川と連結した小さな池沼がある。地域）」（「アイ」のＩ音と「イチ」の語頭のＩ音が連結して「アイチ」となった） 

　「ア・イフ・チ」、A-IHU-TI(a=the...of,belonging to;ihu=nose,bow of a canoe;ti=throw,cast,overcome)、「あの・鼻（断夫山古墳）が・放り出されている（地域）」（「イフ」のＨ音が脱落して「イウ」から「ユ」となった） 

　の転訛と解します。 

　うーむ、仲々奥が深い地名じゃ　（￣+ー￣）ｷﾗｰﾝ 

#comment_num2

- 40
**「愛知」という歴史（前編） （ ﾟ∀ﾟ ）
　以前に偶々、何かのアンケートを見ていたら 

　「好きな都道府県名」人気投票 

　というものをやっていて、47都道府県中「愛知」が１位に輝いていました。 

　理由として 

　「字の並びがキレイ」 

　とか何とか出ていましたが、愛知生まれで愛知育ちのワタクシとしては 

　（そういや、そうか・・・） 

　という程度の認識しかなかった。 

　しかし「愛知」という、少し異色ともいえる地名がどこから来たのかという点が気にはなります。 

　そこで調べてみると、この地名の由来は古く『万葉集』にまで遡る事が出来るようです。 

----
 
　『桜田(さくらだ)へ鶴(たづ)鳴き渡る年魚市潟(あゆちがた)潮干にけらし鶴鳴き渡る』 

　（桜田の方へ、鶴が鳴いて渡ってゆく。 
　年魚市潟は潮が引いたのであるらしい。 
　鶴が干潟の上を鳴きながら渡ってゆく） 

　《名古屋市南区には、現在も桜田の地名が残る。

　年魚市潟の東。 

　鶴鳴き渡る　干潮になった年魚市潟を飛び立ち、鳴きながら干潟の上を渡ってゆくといった意味である。 

　年魚市潟とは名古屋市熱田区と南区の境辺りにあった干潟の事で、熱田神宮が近い。 

　どうやら、この「あゆち」が今日の「愛知」の県名の由来と言われる》 

----

　さらに、別のWebページで興味深い記述を見つけましたので、少し手を加えて引用します。 

　《愛知県の「愛知」の由来は、愛知郡に名古屋城があったことから来ているようですが、その愛知郡の愛知はどこから来たのでしょうか？ 

　某Webページによれば、万葉集にも詠まれている「年魚市（あゆち）」が、その後「愛智（あいち）」になったのだと言われます。 

　｢年魚市潟｣というのは、当時の天白川河口附近の入りくんだ潟を指している。 

　天白川の河口近辺は、アユやウグイが群れ遊んでいたのだろう。 

　アユばかりでなく、いたるところに発達した入江や湾には多彩な魚が棲みつき、浅瀬の砂地には貝類が繁殖していたに違いない。 

　｢年魚市潟｣は、結局｢愛知｣という地名のもととなるわけだが「愛知」の由来は、アユが豊富に獲れた土地という意味ではないだろうか。 

　それを裏付けするように、平安時代には当地から京都に大量の｢あゆの塩煮｣、つまり｢あゆのつくだ煮｣が税金として送りこまれているし、江戸時代になると徳川家に｢あゆの鮨｣や｢うるか｣が献上されている》 

　《また｢あゆち｣の｢あゆ｣は、｢あえ｣の変形とみることもできる。 

　｢あえ｣は｢饗｣で｢もてなす｣とか｢ごちそう｣、または｢多くの人々が集まって宴会を開く事｣、｢神に飲食物を供える事｣などの意味になる。 

　いずれにしても｢愛知｣という地名が、飲食と密接な関係のある事ことを物語っているようだ。 

#comment_num2

- 39
**職業集落と地名の密接な関係「穴太」（後編）
　この「穴太積み」による石垣では、佐賀県の名護屋城のほか県内では玖珠町の角牟礼城が有名です。 

　石材は全て大小不揃いの自然石を用いて、独特の配石をしながら積み上げていく工法であり、歴史的に非常に価値が高いようです》 

　《穴太とは、滋賀県大津市坂本にある地名で、比叡山と関わりのある石工がいました。 

　こうした石工が、城館の石垣築造に技術を発揮したのです。 

　その後、石垣技術者のことをそのまま穴太衆と呼ぶようになりました。 

　穴太衆が最初に積んだのは野面積みでしたが、やがて石材を一定の大きさに加工した、切石積みになっていきました。 

　切石積みによって正確に必要な石材の数を算出できるうえ、野面積みではできなかった高い石垣、高石垣を築くことが可能となったのです》 

----

●ポリネシア語による解釈 
　日枝大社のある大津市坂本の南、西近江路の旧街道に沿って近江国志賀郡穴太の地があります。 

　古くは穴穂、穴多とも記され、駅家が置かれました。 

　ここは景行・成務・仲哀の三天皇の高穴穂宮の故地とされ、付近には渡来人の横穴式古墳が数多く存在します。 

　大小の自然石を野積みする技術を持つ石工集団である、穴太衆（あのうしゅう）の本拠地でもあります。 

　この「あのう」は 

(1)『日本書紀』雄略紀19年3月13日に設置された「穴穂部」に由来するとする説 

(2)「アナ（端（はな）の転、崖地・急傾斜地の先端）・ホ（先端。美称）」の意とする説 

　があります。 

　この「あのう」は、マオリ語の 

　「ア（ン）ゴ」、ANGO(gape)、「大きく口を開いた場所（湾、潟など）」 

　の転訛（NG音がN音に変化して「アノ」となり、長音化した）と解します。 

伊勢国安芸郡安濃（あのう）津、大和国吉野郡賀名生（あのう）なども同じ語源です。 

　いくつか重複するところがありますがご容赦　m(＿　＿)m

#comment_num2

- 38
**職業集落と地名の密接な関係「穴太」（前編）
　古都・京都と湖国・滋賀の境に跨るようにして聳え立つ比叡山は、かつての織田信長の焼き討ちと伝教大師・最澄で有名な天台宗総本山の「延暦寺」で知られる有名な霊山であるとともに、関西地方を代表する山としてケーブルやドライブウェイが整備され、近年では観光コースとしてもよく知られています。 

　京都側からは、雲母（きらら）坂から修学院を見下ろす八瀬からのケーブルで登って行くコース、一方滋賀側からは石積みの町として知られる坂本からのケーブルとドライブウェイがあり、どちらからも素晴らしい眺望が楽しめます。 

　この滋賀県・坂本側、つまり大津市ですが、ここに「穴太」と書いて「あのう」と読む地名があります。 

　城などに興味のある方なら「穴太衆積み」という言葉をご存じでしょうが、この地名がその発祥に纏わるものでした。 

　《日吉大社参道両側や寺院・里坊の周囲に築かれた石垣を「穴太衆積み」と言い、大小の自然石を巧みに積み上げたものでその美しさと堅牢さは全国の主な城郭の石垣にも用いられおり、市の指定文化財となっています》 

　《現在、この安土城の石垣は一般には「穴太（あのう）積み」の石垣として、知られています。 

　穴太とは、比叡山の麓（ふもと）にある現在の大津市坂本付近の地名ですが、ここには高い技術を持った石工たちが住んでいたといわれており、彼ら穴太衆が安土城築城に動員されて積み上げた石垣を、一般的に穴太積みの石垣と呼んでいるのです》 

　《穴太とは、大津市坂本付近に今も残る地名。 

　室町時代の末頃、この地に居住し延暦寺の土木営繕的な御用を勤めていた人々は「穴太衆」と呼ばれ、織田信長の安土城を始め江戸時代初期、各地の石垣普請に従事した。 

　大小の整形していない自然石を巧みに積み上げたもので、堅固に積むことから城の石垣などに利用されたという。 

　延暦寺の門前に開けた坂本の町には同寺の里坊が点在しているが、その町並み景観を特色付けているのが、この穴太衆積み石垣である》 

　《「あなふと」ではありません。 

　「あのう」と読みます。 

　穴太とは、比叡山のふもとで現在の大津市付近の地名ですが、ここには高い技術を持った石工が住んでいたと言われており、彼ら石工衆によって考案された工法として織田信長の安土城構築の時に初めて用いられ、以降近世城郭の基礎となったものです。　 

#comment_num2

- 37
**大物　ﾑﾌﾌﾌ　(￣ー￣   
　阪神電車に「大物」という駅があります。 

　初めて眼にした時は 

　（え？　おおもの・・・？） 

　と思わず吹き出しそうになりましたが、読みは「おおもの」ではなく「だいもつ」ということで、それはそれでまたユニークだわいと感心してしまいました。 

　いかにも関西らしい大胆な名前ですが、そもそもなぜこんな名前なのかというところが大いに気になりますのでさっそく調べてみました。 

　《大物は尼崎城下町の一つで、平安時代以来繁栄した町場です。 

　大物の地名由来には諸説ありますが、平安時代に港町として栄え材木の集散も盛んであり、取引された巨材を意味する「大物」から、この地を大物と呼ぶようになったとの説が有力です。 

　大物浜から源義経が兄の頼朝の追討を逃れるため船出した史実が、のちに謡曲『船弁慶』や『義経千本桜』として歌舞伎でも上演されています。

　平成７年の発掘調査では、中国製の白磁や青磁の椀や壷などが大量に発見されました》 

　《「大物」の地名の由来にはいろいろな説がありますが、平安時代に港町として栄え取引された材木の大きさを意味する「大物」からきている、という説が有力だそうです。 

　大物主神社の境内には「義経弁慶隠家跡」の碑があり、謡曲史跡保存会の立て札が立っています。 

　大物主神社は古く、平安時代からこの地にあったとも言われています。 

　水路を下る人々や、この地を通って大阪湾から瀬戸内海へ船出する人々にとって、守り神だったようです。 

　大物の浦から船出した義経主従が、この大物主神社の傍らに潜んだのには、船出の無事を祈る意味合いもあったのかもしれません》 

　なるほど、当然の事ながら単なるオフザケの地名ではなく、しっかりとした由緒のある地名ということがわかりましたが、さらに掘り下げていくと 

　《大物駅の南にある、大物主神社（おおものぬしじんじゃ） 

　祭られているのは、大物主の大神つまりオオクニヌシノミコト。 

　この大物（だいもつ）の地名の由来ともいわれる神社で、一般的には大物神社でも通ります。 

　また大物は源義経が兄である源頼朝に追われ、出帆しようとして遭難した地としても有名で、その際この大物主神社にて隠れ住んだとの伝説もあります》 

　なんと、オオクニヌシノミコトに関係していたとは驚きですが、言われてみれば確かにという気もします。 
　 
　参考までに、ポリネシア語による解釈では 

　《大物浦の「だいもつ」は、マオリ語の 

「タイ・モツ」、TAI-MOTU(tai=the sea,the coast,tide;motu=separated,escaped,cut)、「海流から切り離された（崎によって海流の影響を受けない静かな港）」 

　の転訛と解します》 

　となっています。 

　なお阪神電車沿線は 

　「姫島」、「千船」、「出屋敷」、「打出」、「千鳥橋」、「福」、「出来島」等々、おもろい地名のオンパレードですが、これらはおいおい採り上げていく予定です。

#comment_num2

- 36
**立売堀＝いたちぼり（後編）　（：´Д｀）ﾊｧﾊｧ?
　別名「鼬（いたち）堀」とも呼ばれたそうです。 

　この堀を慶元の戦の時に、近くに陣所を構えた伊達家が要害の為に掘切りし跡を削り足して川とした事で「伊達堀」と呼ばれ、後は俗に訛りして「いたちぼり」と言われた。 

　その後、近くに材木市場があり、材木の立ち売りが行われるに至り「立売堀」と改めたと言われている》 

　《立売堀は元和６年（1620）に開削に着手され、一時工事が中断されていたところへ三郷惣年寄り宍喰屋次郎右衛門が受け継いで、寛永３年（1626）に完成した。 

　なぜ「いたちぼり」と呼ぶかというと、次のように四つの説があげられる。 

1.もと阿波座の阿波屋西村太郎助家の所有地だったのが、寛永８年（1631）新町郭が出来た時に敷地を割り売りしたので断売堀、また居断堀の地名が出来た西村家家伝に記されている。 

2.攝津名所図会大成によると、大阪冬の陣・夏の陣の時に伊達正宗が陣地を構え要害の堀切をした跡を掘り足して川としたので、始めは伊達掘と呼んでいたのが字音のまま、伊達掘と言いならわしたという。 

3.鼬がいたから鼬堀となり、転化して立売堀になったという説もある。
 
4.もと材木の立売りが行われたので立売堀と書き、これを「いたちぼり」と転音して読むようになったという》 

　まずはどれも同じような内容であり、どうやら真相からそう大きく外れてないだろうと思われます。 

　なお、京都にも「立売××」といった地名があったように記憶していますが、こちらは「いたち」とは読まず「たちうり」と読みます。 

　もっとも普通に「たちうり」と読むケースはあまり耳にしたことはなく、大抵の人は「たちゅ～り」といったような関西風のアクセントで呼ばれていたため、尚更わかりづらく感じましたが　（*´ー`） フッ

#comment_num2

- 35
**立売堀＝いたちぼり（前編）　（：´Д｀）ﾊｧﾊｧ?
立売堀にある某社支店で働いた、ある人から訊いた話で 

「『立つ、売る、掘りと書いて何支店ですか？』

　と、尋ねられたことがあります・・・」 

というような話を訊きましたが、確かに字面もおもろい上に読みがまた、それ以上に意表を突きます。 

では、このヘンテコリンな地名は、一体どこからやって来たのか？ 

《大阪の陣の時、伊達家が陣所を設けた要害の堀であったのを更に堀足して開発したもので、始めは伊達堀（だてぼり）と呼んだ。 

　しかしその後、伊達（いだち）が伊達（いたち）になり、後にこの地で材木の立ち売りが許可されると、立売堀と書いて「いたち堀」と読むようになった。 

　材木市は「立売堀」と「長堀」のみに限って市を立てる事ができ、この辺りは材木浜として有名になった》 

　《大坂冬の陣・夏の陣の時、伊達家がここに壕を堀り陣地としていたが、その跡を掘り進んで川としたことから始めは伊達堀（だてぼり・後には、いたちぼり）と呼んでいた。 

　その後、沿岸で材木の立売（たちうり）が許されたため字は立売堀と改められたが、これを今まで通り「いたちぼり」と読ませていた》 

　《「いたちぼり」の地名の由来は、大坂の陣にあたって寛永３年に開削された川のそばを、伊達氏が陣所としていた事に始まる。 

　「伊達堀（だてばり）」と呼ばれた堀は、いつしか「伊達」を「いたち」と読むようになったと言われている。 

　江戸時代には、木材市がこの地で行われるようになり、明治中期頃からは鉄材問屋が建ち並んだ。 

　現在でも立売堀といえば、わが国でも有数の機械工具問屋街として知られる。 

　地名の由来となった堀川は、昭和31年1月に埋め立てられた》 

　《元和六年、開削に着手。 

　一時工事が中断の後、時の三郷総年寄であった宍喰屋次郎右衛門により、寛永三年（西暦1626）竣工した堀がありました。 

#comment_num2

- 34
**飛ぶ鳥の明日香（後編）　(´ｰ｀*)･:*:･
　明日香村は、現代的感覚で新しく造られた名前のように理解されている向きが多いが、実は非常に古い地名である事は「記・紀」など、古代の文献からも見て取れます。 

　アスカの表記について古事記、日本書紀、万葉集等から拾ってみると、 

　明日香、飛鳥、安宿、阿須賀、阿須可、安須可 

　等々色々の文字が用いられており、地名或いは川の名前としては「明日香」及び「飛鳥」は、最も頻繁に用いられている。 

　古事記、日本書紀では主として「飛鳥」が用いられ、万葉集では「明日香」と出てくる場合が多く、飛鳥はアスカという場合とトブトリとして明日香の枕詞になっている場合とがある》 

　《空飛ぶ小鳥の姿がカスカに見えたので、アスカの字に「飛ぶ鳥の」という説明の言葉を冠せたという説。 

　渡来人が流浪の旅の末、安宿（明日香）の地に落ち着いた。 

　流浪の旅はあたかも飛ぶ鳥の移動のようなもので、明日香の地に「飛ぶ鳥」の枕詞を冠せたという説》 

　と、実に様々な解釈があるようです。 

●ポリネシア語による解釈 

　飛鳥は、奈良盆地南東部の歴史的地名です。 

　通常高市郡明日香村の東部と、橿原市の一部のかなり広い地域を指しますが、本来は天香具山の南、橘寺・岡寺に至る間の低い丘陵に囲まれた中央を飛鳥川が流れる、小範囲の地域を指しました。 

　この地には早く允恭天皇の遠飛鳥宮、顕宗天皇の近飛鳥宮が営まれ７世紀の初め推古天皇が豊浦宮で即位し、さらに近くに小墾田宮を造営して以後、舒明天皇の飛鳥岡本宮、皇極天皇の飛鳥板葺宮、斉明天皇の飛鳥川原宮・後飛鳥岡本宮、天武天皇の飛鳥浄御原宮が次々に営まれ、孝徳朝の難波遷都と天智朝の近江遷都の短期間を除き、持統８（694）年の藤原京遷都まで、日本の古代政治の中心をなし、律令制国家もここで誕生しています。 

　この「あすか」は 

(1)「ア（接頭語）・スカ（住処）」の意 
(2)「ア（接頭語）・スカ（州処）」の意 
(3)「アスカラ（安伽羅、伽耶諸国のうちの１国。所在不明）」の約 

　などとする説がありますが、定説はありません。 

　この「あすか」は、マオリ語の 

　「アツ・カ」、ATU-KA(atu=to form comperative or superlative or simply as an intensive,very;ka=take fire,be lighted)、「最高（最上）の居住地」 

　の転訛と解します。 

　というわけで、お好きなのをどうぞ　(｡￣Д￣)d□~~

#comment_num2

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**飛ぶ鳥の明日香（前編）　(´ｰ｀*)･:*:･
　日本のふるさとがどこにあるかと言えば、奈良の明日香村辺りが真っ先に挙げられるでしょう。 

　ところで「明日香村」は正式な自治体名ですが、近鉄線の駅名は「飛鳥駅」であり、また『東大寺』の遮那仏を抑えて日本最古の有名な「飛鳥大仏」の鎮座ましますお寺も「飛鳥寺」です。 

　かつて合併された時に、各村議会で「飛鳥村」にするか「明日香村」にするかについて侃侃諤諤の議論が沸いていたようで、結局は伝統的な「明日香村」に落ち着いたわけですが、近鉄は敢えて「飛鳥」という名前を存続させたようです。 

　元々は「飛鳥」の字の方は「大和志料」では 

　《和銅中、高市郡飛鳥寺を平城に移し建つ。新元興寺是なり。
　因て故郷の名をここに移し、奈良の飛鳥の里と称す》 

　と記されています（＊この元興寺で寺小屋だったものが、現在の奈良市にある飛鳥小学校となった） 

　その後 

　《飛ぶ鳥の明日香》 

　と言われるように「飛鳥」が「明日香」にかかる枕詞であったのが、転じて「あすか」と読むようになったというのが経緯です。 

　「あすか」の由来については「明日香村Webページ」に詳しいので、以下に引用します。 

《◆外来説１＝渡来人が日本に来て、安住の宿とした場所を安宿（あすか）と名付けた。
　安宿は朝鮮語でアンスク、これが訛ってアスカになったという説。 

　◆外来説２＝古代朝鮮語で村を意味するスカに、接頭語のアがついて出来たという説。 

　◆外来説３＝仏教発祥の地インドのアショカ王の名前から転化したものであるという説。 

　インドでは、アスカとは「理想の楽園」という意味の言葉だとも言われている。 

　◆鳥説＝古代においては、年号等に白雉、朱鳥、白鳳と用いられているように、鳥はしばしば瑞兆として尊ばれた。 

　アスカの音は、イスカという鳥の名前から転じたとする説。 

　◆地形説＝地形を表現する単語が合成されて出来たもので、ア（接頭語）スカ（洲処ー川水、海水等によって生じた砂地）、或いはアス（浅すー川、海等が浅くなる又は水が涸れる）＋カ（処）もしくはアス（崩地）＋カ（処）であるという説。 

　飛鳥地方は、川原とか豊浦といった水辺に関係ある地名が残っており、水（海）で覆われていた部分が山の浸蝕土砂の堆積等によって、陸地化する過程で生まれた地名である。 

　この説によると横須賀等も同じ語源であり、アスカから訛った場合として安積、朝香、浅香等があるという。 

　◆聖地説＝スカという語がイスケ、イスズ、ミソギ等と同様、禊をする等の神聖な意味を持ち、神聖地に用いられたという》 
　《アスカの地名としては「飛鳥」の字が一般的に定着しており、昭和３１年高市村、阪合村、飛鳥村の３村が合併して生まれた村名である。 

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