※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

葉崎」の検索結果
197葉崎京夜SS」 から 次の単語がハイライトされています :


No.197 葉崎京夜@詩歌藩国様からのご依頼品



それは変化のきざしであった。


/*/


夜明けの船の中でも人のいない静かな区画で、タガミはベンチにすわっている。
かなりめずらしい光景だった。

彼女は休息を必要としない。疲れを感じることがない。
それゆえどこかへ腰を落ちつける、ということは滅多になかった。
船の乗組員たちが知るかぎりでタガミが休んでいるとすれば、それはただ立ち尽くしている時。黙して沈むその時のみ。
今でもその雰囲気は変わらない。ただ違うのはベンチにすわっていることと、手元に置かれた一冊の本である。

真新しい絵本だった。
厚紙に色紙を貼り付けた貼り絵。
一目でわかる素人が作った物である。
表紙には鮮やかな虹とそれを見上げる者達が描かれていた。

まるで赤子をあやすようにやさしく、やさしくページをめくっていく。
まばたきすらなく、その瞳だけが描かれた物語を追っている。
普段と同じように、変わることのない無表情な顔。

だがよく見れば気づいた者もいたかもしれない。
本人すら気づかないほどの微細な変化ではあったが。
ほんの少しだけタガミは微笑んでいるように見えた。


それは変化のきざしであった。


/*/


ほどなくして絵本を読み終えた後、思いを反芻するように瞳を閉じる。
そのままくちも開かずに声をかけた。

<私になにかご用ですか?>
「なんだ、気づいてたのかい」

通路の影から出てきたのは、銀色の髪をした一人の女性。
いくぶん年はいってるようだがしなやかに鍛え上げられた体、不敵な笑み。
ダイエットに成功してかつての美貌を取り戻したエリザベス・リアティその人だった。

「悪かったねぇ、邪魔するつもりはなかったんだが」

そう言いつつも隣へと腰を下ろす。
癖のようなものなのか、ポケットからシガレットケースを出そうとして途中でやめた。

「にしてもめずらしい物を読んでるじゃないか。紙製の本とはねぇ」

エリザベスが生きてきた時代では情報媒体といえばホロペーパー、電子書籍が主流であった。
紙を使うのはごく一部の限られた場合であることはもちろんタガミも知っている。

<木と紙は大抵の世界に存在しますから>

つまりはそれが答えだった。


少しづつずれた場所に存在する、いくつもの世界。
それを行き来するのがTAGAMIのような風渡りである。
通常、身体も持ち物も渡った世界の法則にあわせて再構成され、ふさわしいカタチになるため問題はない。
だが、その許容されうる範囲には限界がある。

ようは着用アイドレスと同じ考えだ。
第五世界に魔法使いが存在できないように、レムーリアに人型戦車を持ち込めないように。世界は受け止めきれない異物を存在ごと抹消するのである。
ゆえに世界移動者は身体ひとつで旅をする。軽装であるのがつねで、余計な荷物は持ち歩かない。
化学繊維の服では移動したとたんにバラバラになる世界もある。もっぱら木綿などの植物繊維が使われた。

一方、タガミの持つ絵本。
手作りという他はなんの変哲もない普通の本である。
だがその製作には自然素材の使用が徹底されていた。
マジックではなく黒鉛を使い、紙は手すきの和紙が選ばれ、糊と白糸で丁寧に製本された苦心の作だった。

たとえ世界を渡れども、必ずそばにあるようにと。
変わらぬ姿であり続けるようにと願われた本だった。


「ふん、他世界の事情もよく知ってるやつってことか」

そうつまらなそうに言った後、エリザベスはニヤリと笑った。

「男かい」
<はい、男性です>

こともなげにそう言って、絵本の表紙をなでる。

<クリスマスのプレゼントだと>

答えが意外だったのか、おもいきり目を丸くするエリザベス。
そのまま豪快に笑い出した。

「あっはっはっは!そうかい、だったらやるこたぁ決まってる」

エリザベスはぴしゃりと膝を打った。
嬉しそうに立ち上がる。

「MAKI、全員を食堂に集めな!今夜は宴会だよ!!」

「了解しました。名目はどうしますか?」

「結婚式の前祝いだ。グラムに赤飯を炊くように言っとくれ!」

TAGAMIはなにもかも間違っていると思ったが、不思議と止める気にはならなかった。
胸に手を当てて考える。
ただ冷たいだけの自分の身体。

けれど。

小笠原と呼ばれる島でともに夕日を見たあの時。
彼はなんと言ったのか。

「で、相手はどんなやつなんだい?」

<えぇ、彼は――――>


/*/


浮上した船のトップデッキに、静かにたたずむふたつの影があった。

サウドと知恵者のオヤジコンビである。

二人はぼんやりとではなく、揺るがぬ瞳でまっすぐに星を見つめていた。

ふいに知恵者が口をひらく。

「なぁサウドや」
「なんじゃ」
「亭主としてのわしの立場ってどうなの」

サウドはいつものとおりに、優しそうにこう言った。

「すべては、慈悲深き方のおぼしめしじゃて」

知恵者、えーといった顔で思いっきり納得いかなそう。

食堂で繰り広げられている宴会の声も、二人の耳には届かなかった。


作品への一言コメント

感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です)

名前:
コメント:





引渡し日:


counter: -
yesterday: -