名もなき者の手記

ギールシクリヒト大陸北部で発見された回想が書かれた手記。
誰が書いたかも定かではない。おそらく兵士だった人間と思われる
このような手記は各地で発見されており、これはその一つ。


【内容】

今日のこの日、我らの故郷が奪われた。
人ならざる者共がこの地を我らの手から奪ったのだ。
奴らは古の先祖の土地の後継者を名乗り、この地に訪れた。
獣の如き力を持つ半人に義も無き傭兵に蛮族共に、果敢な兵は殺されていった。

奴らがこの国を支配下に置くと、人々は故郷を追われた。
我々と共にこの故郷に住んでいた、人ならざる血を引く者共を除いては。
奴らだけは、この故郷に留まることを許されたのだ。

大変な数の人々が遠方の国へと散り散りに移住した。
当時私は子供だったが、母には故郷の美しい、美しい街のことを聞かされた。
その街に浮かぶ月は、なおさら美しかったことも。
しかしその時の私はそれを覚えていなかった。
だが私はその後、その美しいという故郷へと目前と迫ることになったのだ。

人々の団結を信じる教えを聞いた人々に、故郷を再び取り戻す想いが高まった。
そして各地から人が集まった。
故郷を取り戻すために、戦いを起こしたのだ。
多くの人と同じように、私もその戦争に参加した。
故郷の出身ではない者もその中に含まれていた。
人に対する愛と団結の大義のために参加した彼らの遺志はこの国の民の心に永く刻まれるだろう。

しかし、その戦いは壮絶を極めるものだった。
戦闘毎に敵味方が入り乱れ、お互いの死傷者も数知れないものとなった。
先の見えない戦いに明け暮れる日々だった。
やがて、故郷の街へと進軍する時が来た。

そこでの戦いは一層激しいものだった。
この戦いを私は一生忘れない。
生涯この戦いの悪夢を見るだろう。
その戦いで古くからの私の友も、血に塗れながら死んでいった。
わずかにその後、敵が逃れて行くのが見えた。
故郷の街から敵が、逃れていったのだ。

私はふと、空を見上げた。
雲一つない夜だった。
そこに浮かぶ三日月がとても美しかったことを覚えている
まるで、荒んだ私の心を慰めるかのように。
それから間もなく、戦争は終結した。


・・・やがてこの時代の生き証人も消えるだろう。
しかし、私は確かにそこに居た。
この目で見た。
あの月を・・・。


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最終更新:2022年11月28日 13:31