幻惑の樹海、惑う心(仮)

鬱蒼と生い茂る木々に加え、自ら動き回る樹木の魔物が闊歩する『幻惑の樹海』。
熟練の探索者でも気を緩めれば感覚を狂わせ惑わせる、生きた迷路の如き森である。

そんな森の奥深くを鏖金の明星一行はとあるクエストで探索し、無事に目的の物を手に入れ街へと帰還しようとしていた。
だが魔物程度なら容易く退けられる強さはあれど、刻一刻と様相を変える自然の迷路には流石のグザン達も一筋縄ではいかず…。

気付けばすっかり陽も落ち始め、仕方なく今日は此処で野営をするかと話し始めていたその時。
何やら草陰から物音がして振り向けば、そこには一人の虫人族が佇み此方の様子を伺っていたのである。

パッシフローラ』と名乗ったこの“少女”は迷いの森に棲む部族の族長の娘であり、薬草採取の帰りに偶然グザン達を見かけたとの事。
野営をするつもりなのであれば自分の集落で泊める事も出来ると提案され、それならば助かるとグザン達はその誘いに快諾する。
そうしてパッシフローラの案内の元、更に森の奥深くへと進み部族の集落へと赴いた。

突然の来訪に集落の住人達は驚いたものの、事情を知ると客人として歓待される一行。
宴では森で採取された様々な素材の料理が振る舞われ、その中でパッシフローラも森の外を知るグザンと話し合う。

族長の娘として部族が古くから崇拝する『神』に祈りを捧げる神子を務めてきた事。
『とある儀式』が終わるまで決して森の外へ出る事が許されない事。
迷宮たるこの森では他者と出会える事は非常に少なく、『人間の男』と話したのはグザンが初めてである事。
互いに森の中での暮らし、森の外の世界の話を交わしながら楽しげな時間が流れていく。

だがその歓待の裏で、住民達はとある企みを実行していた。
宴の食事には眠り薬が混ぜられ、更に篝火にも同じ効果の香が焚かれていたのだ。

やがて体に力が張らなくなったグザンらを捕らえた住民達は、状況を飲み込めていないパッシフローラ諸共縛り上げて儀式を行う祭壇へと運んでいく。

そして混乱する蔦達とパッシフローラに向け、部族の長はこう言った。

『我らが神は歳若い雄を好む』
『贄は運命的な雄でなければならない』
『遂にこの日、神子が神より力を得る時が来た』
『後に神子を捧げ、我ら一族は彼方の場所と時を見る力を得るであろう』
…と。

奇妙なリズムの楽器の音色と名状し難き不気味な歌声が響き渡る中、グザンの周辺から何やら軋む音がし始めると同時に空間そのものが陶器やガラスの如く割れたのである。
そしてそこから音も無く不定形の腕がヌルリと現れグザンを掴むと、なんとその中へと引きずり込んだのだ。

グザンがこの世界から消えると同時、頭の中に強烈なまでの何かが流れ込みその場に倒れ伏すパッシフローラ。
こうして彼女は触れた物の過去や未来を読む力と千里眼を手に入れたのであった。





―――――――そして、灰色のオーロラが輝く薄暗い世界で、グザンは“ソレ”と対面する。



不思議と“ソレ”との間に、微かだがしっかりと感じる懐かしさに近い『何か』が繋がった。
出生の確かではない自分、昔から傷の治りが早かった体、今まで疑問に思っていた事に与えられた一つの可能性…。
それは今まで感情の爆発と言うものを知らなかったグザンの理性を凌駕する程の感情の本流となり、この空間に絶叫として響き渡った。

“ソレ”は手に掴んだ『贄』をじっくりと品定めをする。
やがて『何か』を感じ取ったのか、満足したかのように自分の腹に作った水疱の中へ入れようと手繰り寄せ…。

だがその瞬間、贄の身体から不安定ながらも眩い暗金色の神力が迸ったのである。
その溢れる様な光の奔流に驚いたソレは思わず手を放し、贄の身体はそのまま落ちるように世界から掻き消えてしまう。

“ソレ”は落とした贄を再び拾おうと手を伸ばしかけ、途中でその動きを止める。

そして一瞬とも永遠とも感じるような逡巡の末、諦めたかのように伸ばしかけた手を引き戻したのであった。




祭壇上の空間にヒビが入ったかと思うと、突如として消えた筈のグザンが祭壇上へと投げ出される。

彼がこの世界から消えていたのはほんの僅かな時間。
そして舞い戻った彼の目に最初に映ったのは、祭壇の前にて縛られているパッシフローラと蔦達、驚愕の感情で固まる族長、その側近達。

滝のような汗と共に頭は混乱し、身体もあり得ない程に憔悴しているのが分かる。
だが、自身が今この場でやるべき事は既に決まっていた。


・・・・・・。

・・・。


パッシフローラを除く、その場に居た全ての虫人族を鏖にしたグザン。
そして話だけ聞いていた過去を見る力で、自分の脳裏に渦巻く疑念が間違いであるという確証が欲しいとパッシフローラに頼み込んだ。
しかし彼女から得られた一連の答えは、グザンの淡い希望を打ち砕くには十分過ぎる物であった。

虫人の里を早々に脱し、苛立ちをぶつけるかの如く魔鏖を木々に振るい道を切り開き続け、何時しか森を脱したグザン。
だが森を抜けた後は剣を振るう気力も無い程に塞ぎ込み、これまでの覇気も雄々しさも消え、ただただ自分は何者だと問い続ける日々が続いた。

そんなある日。

あまりの不甲斐なさに見かねた蔦が遂にグザンの頬を平手打ちし、烈火の如く叱責したのである。
それは普段の甲斐甲斐しくグザンに付き添う姿からは想像出来ない、他のメンバーが羽交い絞めにして止める程の激昂であった。
だが蔦は同時にグザンの姉、そして正妻として彼の全てを肯定し、仲間と共に温かく励ましてゆく。

それにより出生がどうのではなく自分がどうであるか、かけがえのない仲間という絆を知らず知らずの結んでいた事に気付いたグザン。
そして自らが最も嫌悪し見下していた『弱さ』が自らにもあった事を知り、それと向き合う事によってここに冒険者パーティー『鏖金の明星』が完成したのである。

以降、厳格で苛烈な性質は変わらないまでも、身内には少しだけ柔らかい表情を見せるようになったようだ。


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最終更新:2023年04月10日 04:41