ドミノ†(終点)

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ドミノ†(終点) - (2017/05/28 (日) 11:51:58) の1つ前との変更点

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____////|はじまり|  大空蓮(アースR、生徒会長)は、遊びに全力な、頼りになる兄ちゃんという言葉が似合う少年である。  過去に親友がいじめられていたのを諌めた経験から、彼は自分をヒーローの役に置くことを決めていた。  荒事が起きれば自作の仮面とベルトを装着して現場に向かい、  虐げられている者を救い、虐げていたものに制裁を加える。  体力テストで全て最高点を取れる持ち前の運動神経と身体能力は、彼の学園の平和のために存分に使われていた。  だからこの殺し合いに呼ばれたとき、彼は主催者に尋常ならざる怒りを覚えたし、  その次に考えたことはといえば、親しいものや弱きものがこの場でいたぶられ、殺されるのを止めることだった。  支給品は三つ。  身を軽くする魔法のマント(アースH)、屋台のヒーロー仮面(いつも使ってるのと同じもの)、  まさかの仮面の本人支給に嬉しがりながらまず二つを装着すると、本当に自分がヒーローになった気分になった。 (よし、沢山の人を救おう。きっとツバキも応援してくれる)   かけがえのない親友である愛島ツバキのことを思いながら、  大空蓮は最後の一つの支給品である、黒い柄をした銀色の剣に手を伸ばした。  どんなわるいやつでもやっつけるつもりで。  主催者が用意した中でも有数のハズレ支給品かつ最悪の支給品であるそれを、握って、しまったのだ。 ____////|おわり| 「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!」  ――加速。 「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!」  ――加速。 「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!」  ――加速、加速、加速、加速。  呪いを鍋で煮詰めたかのようなおぞましい叫び声と共に戦場の速度は上がり続けていた。  剣が振るわれる速度が、刃が鳴り火花を散らす速度が、  地面を足で蹴る速度が汗を流す速度が傷を負う速度が思考速度が限界を超えてなお上がり続けていた。  速度。  それは意思なき呪いのみで動く魔剣が、思考することができる人間に勝利するための知恵。  シンプルな浅知恵にして、効果的な戦略。  ラインハルトも渡月も、気づいたときには遅かった。  魔剣のがむしゃらで隙だらけの太刀筋も、人の思考速度を無視して振るい、  その隙を突く暇を与えずに重ねて重ねて重ね続けることでガードを破り、肉を裂き、骨を割る。  一撃の重さもかなりある。速度の乗ったそれは、いずれ命すら穿つ。 「やりますね……!」 「殺人鬼が防戦一方とは、面白い光景だな」 「尋問官さまにだけは言われたくありませんけど!」 「全く、君は早く死んでくれないかね!」  こうなってしまえば人間は、人間である以上後手に回らざるを得ない。  幸運は接近戦に長けた者がこの場に二人おり、相手の手数を事実上半分ずつ引き受けられることだろうか。  早々に鰺坂ひとみを失ったラクシュミーもこの二人に劣らぬ剣術の心得はあったが、  ラクシュミーが五分と持たなかったのに対し、  ラインハルトと渡月がある程度魔剣の攻撃を捌けているのは、つまりは単純な手数の違いだった。  そしてそんな数の不利をあざ笑うかのように魔剣の速度はさらに上がっていく。 「あ、あんなの……宿主の身体が持たなくなるんじゃ……」  後方から時折闇属性の攻撃でサポートするジェナスがおどつきながら懸念するもその懸念はハズレだ。  ある程度の動体視力があれば見えることだが、  大空蓮に絡みつく魔剣の枝触手は、戦闘開始から今までその数と面積を増やし続けている。  生体魔剣セルクは宿主の戦闘欲や加虐欲に働きかけ、  それを増大させると共に、より自らとのシンクロ率を高める“浸蝕”も同時に行っている。  じきに人から魔剣へと、彼の身体の構成物は置き換わってしまうのだ。  そうなればもう最悪、魔剣は魔剣のまま人の身体を手に入れ、魔王へと昇華される。  さらにひどいことに、本来ならば年端のいかぬ少女でも抑えられるはずのその呪いじみた浸蝕力は、  主催側に居る老齢にして醜悪な錬金術師の魔術により、ブーストされてしまっている。   「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!」  泣き声にも似た叫び声は、浸蝕の痛みによってあえぐ大空蓮自身の声なのかもしれなかった。  “大空蓮”は消滅し、その身体が魔王セルクへと変貌するまでどれほどなのか。  少なくとももう、腕を通り越して肩まで、黒の枝は到達しようとしている。  一秒に六回繰り出される剣戟を捌きながら、ラインハルトがため息を吐くのも致し方ないことだった。 「……協力など、何十年ぶりか」 「?」 「後ろの黒の小娘。落ちながら己は見ていたぞ。お前は、瞬間移動じみた技を使えるだろう」 「え……は、はい……」 「今から口頭で作戦を伝える。全て覚えてその通りに動け。敵を無力化する」 「……は、はいっ」 「それと舌悪な殺人鬼」 「丁寧語を使っているのに舌悪って言われたのは初めてですよおじさま」  渡月は頬を膨らませる。  その仕草には年頃の少女のような可愛げがあったが、ラインハルトは無視して続けた。 「今から、己は最も得意とする剣術スタイルに戦闘方式を変える。  ゆえに〆はお前が担当しろ。お前は人間のクズどころの騒ぎではない汚物存在だが、その剣の腕だけは本物だ」 「その言い方で人が素直に言うことを聞くと思っているなら、なかなかあなたもクレイジーですね」 「せいぜい良い働きを見せろ」 「無視は悲しいですよ」  ラインハルトは構えを変えた。  腰を低く落とし、足を前後に開く。剣は地面に平衡に、突きの構えを取る。  金毛の尋問官が最も愛している剣術は――フェンシングだ。 「――Prêts?(準備はいいか?)」  作戦の説明は手短に済ませ、  ラインハルトはドイツ人らしからぬ流暢な仏語にて開始の合図を化け物に問うた。  化け物は意味のない叫びで返すのみだった。  ラインハルトは思う。  人間は無価値な憎むべき生き物だが……思考することすらできぬ化け物は、ただただ哀れだと。  ただただ、哀れでしかないと。そう思った。 「Allez!(始めるぞ!)」    合図と共に動く。  まず剣崎渡月が一旦魔剣から離れ、側部へ、そして後方へと移動を試みる。  魔剣は剣であるがゆえに、視覚情報などを人間部分に頼っている可能性があった。  挟み撃ちを強いることで人間部分の対応力を越えることができれば、さらなる隙へと繋げることが可能かもしれない。 「◆◆◆◆!!」 「お前の相手は、己だ」  魔剣は追って渡月へと斬りかかろうとしたが――そこへラインハルト。  空気を切り裂く鞭のような音。  踏み込むと同時に飛び離れるような高速の剣さばき、突きと返しの閃き、フェンシング。  ラインハルトはフェンシング仕込みの鋭い突きでヒット・アンド・アウェイを繰り返す。  ヒット時は極限まで迫っているのに、離れればそれはもう生体魔剣の間合いの外。おそるべき脚力だ。  つまり手数が何だ、当たらなければどうということはない、ということである。  牽制のフェンシングで与えられる傷はかすり傷にすぎないが、じわじわと削る上に、  いざとなれば心臓を突くことも可能なフランベルジュという武器選択。無視はできないいやらしい攻撃。  そしてラインハルトのほうにばかり気を取られれば、後ろに回った渡月の格好の的……。 「――――◆◆◆◆◆、◆◆◆◆◆……!」  魔剣は自分の今までのやり方に“対策”されたことを感じ取ったらしい。  動揺した……というよりは、ルーチンを組み直しているかのような、若干の挙動硬直がみられた。  シークエンス・プログラムされた機械のように、無感情にこちらの対応に対応を返そうとしている。  そしてこの隙はおそらく、剣で踏み込むべきではない。  機械的であるがゆえに人間の対応力よりはるかに早い切り替えの後に首を跳ね飛ばされるのがオチだ。  しかし銃弾ならば一手早い。 「やれ!」 「……当ったれぇえええええええええええッ!!!!!」  ビルの屋上から黒き小さな魔女の、喉全開の叫びが轟く。  彼女の魔法、3mのショートワープは横方向よりもむしろ縦方向でその真価を発揮する。  ラインハルトが近畿純一を殺し切るくらいの時間がかかってしまうはずのビル屋上への移動を圧倒的速度で成し遂げ、  ジェナス=イヴァリンはアースFにはあまりない狙撃手の忘れ形見を、即興の知識で仲間の仇へと撃ち放った。  彼女には実際、ラインハルトと渡月に割り込まれ命を拾った瞬間に逃げるという選択肢もあった、  でも引きこもりの彼女と少しの時間だったけれど一緒に過ごしてくれた仲間二人の仇を、取りたいというエゴくらいは持っていた。  瞬間的な思考硬直の隙を突いた完全な一撃。  銃弾は反射神経などでは避けられぬ速度で、魔剣の化け物へと迫る! 「◆◆◆、◆!!!」    魔剣は辛うじて、大剣の剣身を盾とし、その銃弾を弾くことに成功した。  それが詰めへの最終手順になっていると気付いていながらも、そうせざるを得ない。  完全に無防備になった背面へと迫るは日本刀、殺人鬼、剣崎渡月。  女学生は慣れた手付きで大空蓮の身体を切断しにかかった――その右腕を!! 「――――――◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!」 「ああ……久しぶりの、感触です♪」  赤い靴を踊らされ続けた少女がその足を斬られてしまったように。  銀の剣で斬らされ続けた少年はその腕を斬られることで、正気に戻すことができる。  黒の右腕が宙を舞う。  魔剣と魔剣に浸蝕されていた腕はしばらくはびたびたと跳ねていたが、  エネルギー不足か、すぐに動かなくなった。 「これで終わり、ですね」  腕だけを斬るこの作戦に違和感を感じる人もいるかもしれない。  人間嫌いのラインハルトが、人間を魔剣から助けたという形になったこの結末――。  ただ感情論で言えばこれは慈悲にもなるが、実際はラインハルトの冷酷な判断によるものだ。  おそらくここで、完全な無防備の形からなら渡月には少年の殺害も可能だった。  それをしなかったのは、寄生されている以上宿主が死んでも動く可能性を考慮する必要があったからだ。  確実な“無力化”ならば必然的に腕を跳ね飛ばすのが一番合理的という結論になる。  それだけの、ことである。 「あ……」  だからラインハルトは、正気を取り戻して、  ヒーローの仮面を取り落した少年の、嬉しそうで、でもいまにも泣き出しそうな表情を見ても何も思わない。  何も感じない。  ただただ、職務をまっとうするためにフランベルジュを持って歩み寄るのみ。  ジェナスの様子を見ていれば分かる、魔剣に寄生されていたとはいえ、少年は殺人を犯した。  ラインハルト・ハイドリヒの倫理では――人を殺した者は、殺されなければならない。 「ありが、とう……ござい、ます……」 「感謝を述べるな、反吐が出る」  その感謝が嘘ではないことが分かってしまうラインハルトにとって、  少年の胸に突き立てようと振りかざすフランベルジュは、珍しく重みを感じるものだった。 「そうそう、ありがとうだなんて言わない方がいいですよ」  だからだろう。  ラインハルトは、少し遅れてしまった。  少年を一撃で逝かせる攻撃を執行したのは、ラインハルトではなく剣崎渡月であった。  少年の首が、跳んだ。 「だって私もそこの人も、“ヒーロー”なんかじゃない。自分のエゴを貫いただけですから」  ねぇ、そうでしょう、おじさま?  変わりない笑顔を向ける剣崎渡月は、大空蓮の首を刎ねたというのに顔色一つ変えていない。  驚くべきことかどうなのか、彼女は三日月宗近はもう持っていない。  剣崎渡月がその手に携えている業物は、先ほど自らが斬り飛ばした、生体魔剣セルクへと変わっていた。  生体魔剣は、殺人鬼の手に。 「え……あ、あの……何を、して……?」 「……やはりな」  スナイプの役割を果たしてラインハルトたちの元へと帰還したジェナスが口をあんぐりと空けて固まる。  一方でラインハルトは、この状況を予見していたようで、目を細めつつため息。 「最初からその魔剣狙いだったんだろう、殺人鬼。  先ほどまで殺し合っていた己に協力を持ちかけたのも、そこの小娘に優しく話しかけたのすら。  お前自身がその剣を手にし、己を殺すための布石。――知っていたのか? その剣のことを」 「ええ。私はこう見えても、大衆向け・マニア向けを気にしない乱読家ですので。  『ハイルドラン・クエスト』、けっこう面白いんですよ。地獄に売ってるかは分かりませんが、見かけたら読んでみてください。  ちなみに私の推しは城門飛ばしのアステル・ウォランス青年です、イケメンなんですよ彼」 「う、嘘……さ、さっきまで、仲間だったじゃ……」 「黒の小娘。邪魔だ、失せろ」  ラインハルトがうろたえるジェナスに厳しく言葉を刺した。 「結局、当初のこの殺人鬼との殺し合いが再開するだけの話だ。  所詮人間など、このような下賤な生き物であると……それだけの、話だ。  巻き込まれて死にたくはないだろう。自慢の逃げ技(ワープ)で逃げろ、この女もそのくらいは待つ」 「あは、信頼して頂けているみたいで」 「お前は一方的より拮抗した殺し合いを望むのだろう。見抜くまでもない」 「分かって頂けてるみたいで嬉しいです♪」 「……あ……え……」 「いいから、行け」  ふらふらとラインハルトの近くまで歩み寄って来ていたジェナスは、  そこでラインハルトの皮靴により、蹴り飛ばされる。 「任務ご苦労だった――――お前はもう必要ない」 「あ……う……うわあああああああん!!」  走り、ワープし、ジェナスはその場から去る。  改めてその場には、血に濡れた空気と二人の殺人者だけが残った。 「さて、空気が戻ったな」 「どうして私が正気を保っているか聞かないんですか?」 「大方、その剣の殺戮衝動と同調できる者なら意識を奪われないといった所だろう。聞くまでもない」 「あ、正解です。じゃあ始めましょう」  と、唐突に。  雑談を途中で切って、二人の刃が交わる音が再開する。  かと思いきや、ラインハルト・ハイドリヒと剣崎渡月は交戦しながら雑談を始めた。  達人レベルの剣の嵐の中で、言葉と言葉もまた交錯する。 「あは、楽しいですね、おじさま!」 「そうか」 「おじさまが楽しくなさそうなのが少し残念ですけどね。どうしてそんなしかめ面なんですかね?  人生、もっと楽しんだほうが得だと思うのですが、何に悩んでいるんですか?」 「そうだな、何だろうな」 「はぐらかさないでくださいよ、斬りますよ?」 「斬れるものならやってみろ」 「そう簡単にはいきませんね。まだまだ私は人間ですので」  剣崎渡月は魔剣の浸蝕を抑えることに成功している。  剣の寄生を拒むと言うことは人間の反応速度に収まるということで、  生体魔剣セルクというチート武器を手にした剣崎渡月ではあるが、危険度も練度もそう上昇したわけではなかった。  ではなぜ彼女が魔剣入手にこだわっていたかというと、これは単純に、エゴである。 「いい挑発ですね、乗りたくなってしまいます。でも本当、生きたいように生きればいいと思いますよ?  私なんてほら、ちょっとこの剣で人を斬ったら楽しそうだなー、  って思いつきだけでさっきの流れまで演じたんですし? いや本当に、美しい剣ですよね」 「……生きたいように生きる、か」 「あは、大人だからできないとかですか?」 「そうじゃない。そういう部分では悩んでさえいない」  ラインハルトの袈裟切りが首をこてりと傾けてカワイイポーズをとっていた渡月の服をかすめる。  服二枚を貫通して柔肌に赤い線。  意に介さず、渡月は魔剣を振るい、ラインハルトの胸先から憲章のようなバッジを弾き飛ばす。  雑談をしながらもその剣舞はメリーゴーランドではなくジェットコースターだった。 「己は」  ラインハルトがフェイントを交えた剣を繰り出しながら叫ぶ。 「己もまた、自らが憎む人間であり、殺人者であることに自己矛盾を抱えているだけにすぎない」  それは普段から冷酷無比鉄面皮の尋問官からは想像できない、感情の吐露だ。 「人間を無価値だとしか思えない己こそが無価値な人間なのではないのか?」  斬りかかる。 「本当に尋問され、死に至らしめられるべきは己ではないのか?」  斬りかかる。 「人の嘘が、心が分かってしまうようになってから、  醜さを把握できるようになってから、ずっとそう思っていたのだ」  斬りかかり、受けられる。  渡月の反応速が上がった。  生体魔剣セルクと殺人鬼との協力的な調和が、徐々に深まりつつある。 「お前は思わぬのか。自分の信念が抱える脆弱性を。  例えばそうだな、誰すらも越えて一番になりたいという話だったが、  自分より優れている部分がある者を越えぬうちに殺してしまったらどうなる。  越えていないのに殺してしまったら、もうその部分は越えられないのではないのかね」 「それは――」  問いかけは、相手と魔剣の調和を崩す意味でも放った言葉。  しかし返ってきたのは、ラインハルトのフランベルジュにひびが入る音だった。  セキュリティホールの穴を付くかのような、  動揺していてはとても不可能な、精密な攻撃。  手が痺れる。辛うじて取り落さずに持ち続ける。渡月はあっけらかんと言う。 「それはもちろん。死んだ方が悪いんですよ♪  私に殺された人は、どんなスキルとかどんな強さとか、  どんなカリスマとかどんな優しさとかどんな複雑な立場とかを持ってても、殺された時点で私より下で、決定なんです。  私に殺されてしまう時点で、私より劣っているんですよ、その人は」  剣崎渡月は、止まらない。  ラインハルトのいかなる言葉でも、彼女を揺らがせることはできない。  ラインハルトが嘘を見抜けてしまうがゆえに。  この少女は一点の曇りも負い目もないただの殺人鬼であるということがラインハルトには分かってしまう。  悩むことを忘れた殺人鬼。  ある意味ではそれは、ラインハルトにはまぶしく思えた。 「おじさまは、私に殺されたいんですよね?」  渡月もまた、ラインハルトの深くまで斬り込む。 「おじさまがその長い人生で終ぞ会えていなかった、  “人間なんて無価値である”と認めた上で好きなように生きている私が、  枯れかけのおじさんからすると少し羨ましいとかそんな感じですかね?」 「……何を」 「じゃなきゃ、不利になると分かっていながら私にやすやすと魔剣を渡さないのではないですか?  あは、……人間に絶望しながら人間として生きるのは、さぞお辛いでしょう。  安心してください、私の腕なら一瞬ですよ。抵抗せずに首でも差し出してくれれば、一瞬です」  さあ!  踏み込み、ヒビをさらに深めるように打ちあった渡月は、すべてを見透かしたかのような笑顔を見せた。  だがラインハルトは冷酷な無表情のままだった。  無感動の、ままだった。 「……生憎むざむざと死ぬつもりはないし、死にたいなどと言うのもお前の誤解だ」 「強がり?」 「強がりではない。己は本当に、強いからな」  理解、協調、速度の上昇――魔剣とのシンクロが深まるほどに精緻さと手数を増す剣崎渡月の斬撃は、  しかしラインハルトを決定的に傷つけることができない。  魔剣に操られるのではなく、渡月が操っているが故の弱体化?  それもあるが、先ほどの戦闘とは違い一対一だし、ラインハルトは事実上二倍の手数を捌かなければならないのに。  上がるギアに、上げるピッチに、ラインハルトはついてくる。  冷や汗かかずについてくる。 「……あは?」  剣崎渡月もさすがに口の端を釣り上げて苦笑だ。  馴れて、きている。  機械めいたシークエンスに人間が勝利する方法のもう一つ。それは学習。  慣れること。慣れてしまうこと。ラインハルト・ハイドリヒは、魔剣の速度に、慣れてきていた。  それだけではない。剣崎渡月の剣のクセも、すでにラインハルトの頭の中だ。 「残念だが殺人鬼……お前は己とダンスを踊りすぎた」 「……嘘ですよね? わ、私を泳がせたのが……単純にあとからでも、私に対応できるからだなんて……!」 「嘘かどうか、見抜ける目を持っていれば分かったろうにな」  斬りかかる。  その一撃で完全にガードを外し、  不可避の二の太刀を袈裟に叩き込む。  それはあまりにも綺麗な流れで。思わず渡月も、笑ってしまった。 「お前の論理に則れば。お前を殺す己は、お前より永遠に上と言うことだが、気分はどうだ」 「あは……あはははは……っ♪」 「悩むことのない、眩しいほどに阿呆な太刀だった。本能のみでお気楽に生きるのはさぞ楽だったろうが。  己が唾棄する“人”からすら外れてしまったお前は獣――ただ哀れみの対象でしかなかったよ、最初からな」 「あははっ、う、ううううふふふあはは……!」  涎を垂らしながら命の危機に興奮する渡月は、結局は狂ったシリアルキラーだった。 「ラインハルト・ハイドリヒ。――地獄でこの名を復唱し続けろ、殺人鬼」 「あは……あはははは……た、楽しかったです……!!」  フランベルジュが致命的に肉を裂く。  飛散する鮮血。  ぐるんと白目を向いた女学生が、その意識をこの世から手放した。  死んだ。  同時にフランベルジュは折れて役割を失った。  生体魔剣セルクが、死体を動かしてでも挑んでくるか、ラインハルトは残心しておいたが……それもなかった。  この魔剣はあくまで持ち手の生の感情に付け込んで悪魔にする剣のようだった。  誰かに使われないように自分で持とうかとも考えたが、やめた。  懐から支給品のマッチを取り出す。火をつけ、渡月に放り投げた。  助燃物はなかったが、どうもこのマッチはよく燃えるらしく、すぐに一人と一振りは炎に包まれた。  そう、魔剣ごと燃やして消してしまうのが、ここでは最もマシな解決策だろう。  燃え盛る殺人鬼に背を向けて、  尋問官はもう一本マッチを取り出すと、胸ポケットに入れておいた煙草に火を点けた。 「まだまだ」  紫煙くゆらせながら、目的なき断罪官は歩む。 「まだまだ――まだまだだ……己の死に場所は、ここじゃない……」  そしてアサルトライフルの乾いた発砲音が響き、人間嫌いの断罪官のこめかみを貫いた。 _______/|エピローグ|   「みんな、死んじゃった。ヒーローマスクの変な人も、殺人鬼のお姉さんも、金髪のおじさんも」  街は燃えていた。  ヒーローと神様がその街にたどり着いた時には、その区画は燃えていた。  ビル十棟ほどが並ぶ大通り、いったい何がどうなってここまで延焼したのか、  まるで殺戮が起きた場所の全てを覆い隠して炎上するかのように、そこにはもう誰も入れない。  救いの手さえオコトワリだ。 「おじさんは、わたしが……必要と、してくれなかったから、殺しちゃった」  炎のすぐそばで壊れたように笑っていた黒の少女を、  その場から引き離そうと駆け寄った巴竜人は、淡々とした少女の独白を聞く。  殺してしまったと言う。  汚れてしまったと言う。  その声は後悔に血塗られて、確かに濁っていた。  だが波長を解析すれば、もともとは小さくも澄んだ声だったと言うのが、竜人にはありありと分かった。 「助けてくれた人なのに……突き放されたのが、辛すぎて……へへ、えへへへ、や、やっちゃった」 「お、おい待て! 落ち着け! 待て!」 「もういいの」  ジェナス=イヴァリンは歩き出す。  竜人はそれを助けたい。 「わたしを助けないで、ヒーローさん」  炎に向かって、歩き出す。  竜人はそれを、止めたかった。 「わたし、もう……汚れちゃったから。生きてるの、つらいから。  多分わたしなんかより……ずっとあなたに助けてもらいたいって思ってる人が、いると思うから」 「待てよ馬鹿野郎! 早まるな!  汚れた? そんなもん洗えばいいんだ!  どれだけ汚れようが、人間はやりなおせるんだよ! 俺はなあ……俺だって!!」 「……馬鹿だって……わたしも、思うけど。  助けられといて、こんなのって、怒られると、思うけどさ……もう、無理だ……」  道神の玄武が見守る中で。  黒の少女を、巴竜人は無理にでも引き戻そうと、  即座にスピードに優れたガイアライナーに変形し、その機動力で追いすがる。  服の裾を、掴もうとした。  でもそれは、叶わなかった。  ジェナス=イヴァリンはショートワープを使い、巴竜人から3m遠ざかった。 「ごめんなさい」 「……」 「ありがとう、ヒーローさん。――さようなら」  力なく笑って、殺人者は炎の中へと消えた。  一度倒れてしまったドミノは全て倒れ終えるまで止まらない。  強く固く、死ぬと決めてしまった少女を、  ヒーローが救うことは、できない。 「……ちくしょう……」  ここには大きい水源もない。  いずれ鎮火はするだろうが、アクアガイナーで消火をするには火の手は強すぎた。  燃える町を悔しそうに見つめ、竜人は地面に拳を殴りつけようとする。 「ちく、しょ……う!?」  しかし玄武が重力を操って、竜人の拳をふわりと浮かした。 「ダメやで、それは」  驚いて振り返る。物悲しそうな顔で玄武は竜人を見て、首を振った。  辛い感情を地面に叩き付けるのはダメだ。それでは、逃げになってしまう。  ヒーローは。ヒーローだからこそ。  救えなかった者の思いも全て、背負わなければならない。  ……巴竜人は三回深呼吸をして、立ち上がった。 「玄武さん」 「……なんだい、少年」 「俺たちがもっと早く着いていれば――誰か一人くらいは、救えたんじゃないか?  間違えていたかもしれない“ヒーロー”も、間違えてしまった今の女の子も、病院で死んでしまったやつらも。  こんなあっけなく死ぬべきやつらじゃなかっただろ。もっと、生きて、よかったはずだろ」 「……そうやもしれんね」 「過ぎたことをとやかく言うつもりはないし……俺たちの行動に問題があったとも思えない。  ただただ、タイミングだけが遅すぎて。それで死んでしまう。それで、最悪な方向に、転んでしまう。  こういうことが、今までにも無かった訳じゃないけど……そのたびに思うんだ」 「……」 「こんな機械の身体になっても、俺たちは無力なときは無力だって」  どれだけ個の力があろうと。  幾度の改造を受け、あるいは幾柱もの神がその中に入っていようと。  彼らは、ヒーローは、救えるものしか救えない。  救えない者は救えない。 「巴やん」 「でも俺は……僕はさ……死ぬのが救いになるだなんて、  “自分を無くす”のが救いだなんて、信じたくないんだ。こんな身体だからかもしれないけれど。  もちろん、誰もが強くはあれないし、逃げたい気持ちも分かるし、悩んだことだってある。  巴竜人の“ヒーロー”は悪への反抗でしかなくて、正義なんかじゃないのかも、とか、色々さ」 「……」 「でも……悩んだからって、立ち止まっちゃ、いけねえんだよな」  それでも巴竜人はヒーローで在り続ける。  危うく消えてしまう所だった自分と言う存在の意味を、証明し続けるため。  あるいは自分を救ってくれた、最高のヒーローの存在を、肯定し続けるために。  悪の改造を施された身体を、正義のために使い続ける。 「次の現場を探そう。……俺たちが。俺たちで、救える命を探そう」  涙を流す機能は、機械の身体にはついていなかったけれど。  巴竜人は手で眼を拭って歩き出した。  どれだけの命をその手から取りこぼしてしまおうとも、  どれだけその身の内に、危険を抱えていようとも。  ヒーローは、止まらない。  ヒーローは、続かなければならない。  ヒーローという名のドミノ倒しは、永遠に倒れ終わっては、いけないのだ。 &color(red){【鰺坂ひとみ@アースMG 死亡確認】} &color(red){【プロデュース仮面@アースC 死亡確認】} &color(red){【近畿純一@アースM 死亡確認】} &color(red){【ラクシュミー・バーイー@アースE 死亡確認】} &color(red){【大空蓮@アースR 死亡確認】 } &color(red){【剣崎渡月@アースR 死亡確認】} &color(red){【ラインハルト・ハイドリヒ@アースA 死亡確認】} &color(red){【ジェナス=イヴァリン@アースF 死亡確認】} ________|end|  【F-1/ビル街/1日目/早朝】 【巴竜人@アースH】 [状態]:健康 [服装]:グレーのジャケット [装備]:なし [道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3 [思考] 基本:殺し合いを破綻させ、主催者を倒す。 1:次の現場を探す。 2:自身の身体の異変をなんとかしたい。 3:クレアに出会った場合には― [備考] ※首輪の制限により、長時間変身すると体が制御不能になります。 【道神朱雀@アースG】 [状態]:健康、玄武の人格 [服装]:学生服 [装備]:なし [道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3 [思考] 基本:殺し合いを止めさせる。 1:竜人とともに付近を捜索する。 2:他人格に警戒、特に青竜。 (青竜) 基本:自分以外を皆殺しにし、殺し合いに優勝する (玄武) 基本:若者の行く末を見守る [備考] ※人格が入れ替わるタイミング、他能力については後続の書き手さんにお任せします。 ※F-1の大通り付近のビル街で火事が発生しました。  辺りの死体や支給品などを焼きつくし、放送後には鎮火します。 ※でも魔剣は消えないかもしれません。 【生体魔剣セルク@アースF】 参加者候補の一人リロゥ・ツツガに寄生している魔剣。製作にはヘイス・アーゴイルも関わった。 悪魔との戦争で瀕死で落ち延びた魔王の息子、セルクの無念と憎しみと怒りを込めた魂が宿っている。 正しい者が持てばその中に潜む闘争心を引き出して乗っ取り、暴れさせる。 正しくない者、特に戦闘する意思がある者と利害が一致した場合は、乗っ取らずに持ち手にある程度は任せる。 ロワに持ってこられるにあたりサン・ジェルミ伯爵の手によって強化されている。戦闘スタイルは単純で、手数で押し切るタイプ。 ---- |043.[[ドミノ†(始点)]]|投下順で読む|044.[[438年ぶり2回目]]| |043.[[ドミノ†(始点)]]|時系列順で読む|044.[[438年ぶり2回目]]| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[鰺坂ひとみ]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[ラクシュミー・バーイー]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[プロデュース仮面]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[大空蓮]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[剣崎渡月]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[ジェナス=イヴァリン]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[近畿純一]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[ラインハルト・ハイドリヒ]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[道神朱雀]]|[[次の登場話]]| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[巴竜人]]|[[次の登場話]]|
____////|はじまり|  大空蓮(アースR、生徒会長)は、遊びに全力な、頼りになる兄ちゃんという言葉が似合う少年である。  過去に親友がいじめられていたのを諌めた経験から、彼は自分をヒーローの役に置くことを決めていた。  荒事が起きれば自作の仮面とベルトを装着して現場に向かい、  虐げられている者を救い、虐げていたものに制裁を加える。  体力テストで全て最高点を取れる持ち前の運動神経と身体能力は、彼の学園の平和のために存分に使われていた。  だからこの殺し合いに呼ばれたとき、彼は主催者に尋常ならざる怒りを覚えたし、  その次に考えたことはといえば、親しいものや弱きものがこの場でいたぶられ、殺されるのを止めることだった。  支給品は三つ。  身を軽くする魔法のマント(アースH)、屋台のヒーロー仮面(いつも使ってるのと同じもの)、  まさかの仮面の本人支給に嬉しがりながらまず二つを装着すると、本当に自分がヒーローになった気分になった。 (よし、沢山の人を救おう。きっとツバキも応援してくれる)   かけがえのない親友である愛島ツバキのことを思いながら、  大空蓮は最後の一つの支給品である、黒い柄をした銀色の剣に手を伸ばした。  どんなわるいやつでもやっつけるつもりで。  主催者が用意した中でも有数のハズレ支給品かつ最悪の支給品であるそれを、握って、しまったのだ。 ____////|おわり| 「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!」  ――加速。 「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!」  ――加速。 「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!」  ――加速、加速、加速、加速。  呪いを鍋で煮詰めたかのようなおぞましい叫び声と共に戦場の速度は上がり続けていた。  剣が振るわれる速度が、刃が鳴り火花を散らす速度が、  地面を足で蹴る速度が汗を流す速度が傷を負う速度が思考速度が限界を超えてなお上がり続けていた。  速度。  それは意思なき呪いのみで動く魔剣が、思考することができる人間に勝利するための知恵。  シンプルな浅知恵にして、効果的な戦略。  ラインハルトも渡月も、気づいたときには遅かった。  魔剣のがむしゃらで隙だらけの太刀筋も、人の思考速度を無視して振るい、  その隙を突く暇を与えずに重ねて重ねて重ね続けることでガードを破り、肉を裂き、骨を割る。  一撃の重さもかなりある。速度の乗ったそれは、いずれ命すら穿つ。 「やりますね……!」 「殺人鬼が防戦一方とは、面白い光景だな」 「尋問官さまにだけは言われたくありませんけど!」 「全く、君は早く死んでくれないかね!」  こうなってしまえば人間は、人間である以上後手に回らざるを得ない。  幸運は接近戦に長けた者がこの場に二人おり、相手の手数を事実上半分ずつ引き受けられることだろうか。  早々に鰺坂ひとみを失ったラクシュミーもこの二人に劣らぬ剣術の心得はあったが、  ラクシュミーが五分と持たなかったのに対し、  ラインハルトと渡月がある程度魔剣の攻撃を捌けているのは、つまりは単純な手数の違いだった。  そしてそんな数の不利をあざ笑うかのように魔剣の速度はさらに上がっていく。 「あ、あんなの……宿主の身体が持たなくなるんじゃ……」  後方から時折闇属性の攻撃でサポートするジェナスがおどつきながら懸念するもその懸念はハズレだ。  ある程度の動体視力があれば見えることだが、  大空蓮に絡みつく魔剣の枝触手は、戦闘開始から今までその数と面積を増やし続けている。  生体魔剣セルクは宿主の戦闘欲や加虐欲に働きかけ、  それを増大させると共に、より自らとのシンクロ率を高める“浸蝕”も同時に行っている。  じきに人から魔剣へと、彼の身体の構成物は置き換わってしまうのだ。  そうなればもう最悪、魔剣は魔剣のまま人の身体を手に入れ、魔王へと昇華される。  さらにひどいことに、本来ならば年端のいかぬ少女でも抑えられるはずのその呪いじみた浸蝕力は、  主催側に居る老齢にして醜悪な錬金術師の魔術により、ブーストされてしまっている。   「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!」  泣き声にも似た叫び声は、浸蝕の痛みによってあえぐ大空蓮自身の声なのかもしれなかった。  “大空蓮”は消滅し、その身体が魔王セルクへと変貌するまでどれほどなのか。  少なくとももう、腕を通り越して肩まで、黒の枝は到達しようとしている。  一秒に六回繰り出される剣戟を捌きながら、ラインハルトがため息を吐くのも致し方ないことだった。 「……協力など、何十年ぶりか」 「?」 「後ろの黒の小娘。落ちながら己は見ていたぞ。お前は、瞬間移動じみた技を使えるだろう」 「え……は、はい……」 「今から口頭で作戦を伝える。全て覚えてその通りに動け。敵を無力化する」 「……は、はいっ」 「それと舌悪な殺人鬼」 「丁寧語を使っているのに舌悪って言われたのは初めてですよおじさま」  渡月は頬を膨らませる。  その仕草には年頃の少女のような可愛げがあったが、ラインハルトは無視して続けた。 「今から、己は最も得意とする剣術スタイルに戦闘方式を変える。  ゆえに〆はお前が担当しろ。お前は人間のクズどころの騒ぎではない汚物存在だが、その剣の腕だけは本物だ」 「その言い方で人が素直に言うことを聞くと思っているなら、なかなかあなたもクレイジーですね」 「せいぜい良い働きを見せろ」 「無視は悲しいですよ」  ラインハルトは構えを変えた。  腰を低く落とし、足を前後に開く。剣は地面に平衡に、突きの構えを取る。  金毛の尋問官が最も愛している剣術は――フェンシングだ。 「――Prêts?(準備はいいか?)」  作戦の説明は手短に済ませ、  ラインハルトはドイツ人らしからぬ流暢な仏語にて開始の合図を化け物に問うた。  化け物は意味のない叫びで返すのみだった。  ラインハルトは思う。  人間は無価値な憎むべき生き物だが……思考することすらできぬ化け物は、ただただ哀れだと。  ただただ、哀れでしかないと。そう思った。 「Allez!(始めるぞ!)」    合図と共に動く。  まず剣崎渡月が一旦魔剣から離れ、側部へ、そして後方へと移動を試みる。  魔剣は剣であるがゆえに、視覚情報などを人間部分に頼っている可能性があった。  挟み撃ちを強いることで人間部分の対応力を越えることができれば、さらなる隙へと繋げることが可能かもしれない。 「◆◆◆◆!!」 「お前の相手は、己だ」  魔剣は追って渡月へと斬りかかろうとしたが――そこへラインハルト。  空気を切り裂く鞭のような音。  踏み込むと同時に飛び離れるような高速の剣さばき、突きと返しの閃き、フェンシング。  ラインハルトはフェンシング仕込みの鋭い突きでヒット・アンド・アウェイを繰り返す。  ヒット時は極限まで迫っているのに、離れればそれはもう生体魔剣の間合いの外。おそるべき脚力だ。  つまり手数が何だ、当たらなければどうということはない、ということである。  牽制のフェンシングで与えられる傷はかすり傷にすぎないが、じわじわと削る上に、  いざとなれば心臓を突くことも可能なフランベルジュという武器選択。無視はできないいやらしい攻撃。  そしてラインハルトのほうにばかり気を取られれば、後ろに回った渡月の格好の的……。 「――――◆◆◆◆◆、◆◆◆◆◆……!」  魔剣は自分の今までのやり方に“対策”されたことを感じ取ったらしい。  動揺した……というよりは、ルーチンを組み直しているかのような、若干の挙動硬直がみられた。  シークエンス・プログラムされた機械のように、無感情にこちらの対応に対応を返そうとしている。  そしてこの隙はおそらく、剣で踏み込むべきではない。  機械的であるがゆえに人間の対応力よりはるかに早い切り替えの後に首を跳ね飛ばされるのがオチだ。  しかし銃弾ならば一手早い。 「やれ!」 「……当ったれぇえええええええええええッ!!!!!」  ビルの屋上から黒き小さな魔女の、喉全開の叫びが轟く。  彼女の魔法、3mのショートワープは横方向よりもむしろ縦方向でその真価を発揮する。  ラインハルトが近畿純一を殺し切るくらいの時間がかかってしまうはずのビル屋上への移動を圧倒的速度で成し遂げ、  ジェナス=イヴァリンはアースFにはあまりない狙撃手の忘れ形見を、即興の知識で仲間の仇へと撃ち放った。  彼女には実際、ラインハルトと渡月に割り込まれ命を拾った瞬間に逃げるという選択肢もあった、  でも引きこもりの彼女と少しの時間だったけれど一緒に過ごしてくれた仲間二人の仇を、取りたいというエゴくらいは持っていた。  瞬間的な思考硬直の隙を突いた完全な一撃。  銃弾は反射神経などでは避けられぬ速度で、魔剣の化け物へと迫る! 「◆◆◆、◆!!!」    魔剣は辛うじて、大剣の剣身を盾とし、その銃弾を弾くことに成功した。  それが詰めへの最終手順になっていると気付いていながらも、そうせざるを得ない。  完全に無防備になった背面へと迫るは日本刀、殺人鬼、剣崎渡月。  女学生は慣れた手付きで大空蓮の身体を切断しにかかった――その右腕を!! 「――――――◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!」 「ああ……久しぶりの、感触です♪」  赤い靴を踊らされ続けた少女がその足を斬られてしまったように。  銀の剣で斬らされ続けた少年はその腕を斬られることで、正気に戻すことができる。  黒の右腕が宙を舞う。  魔剣と魔剣に浸蝕されていた腕はしばらくはびたびたと跳ねていたが、  エネルギー不足か、すぐに動かなくなった。 「これで終わり、ですね」  腕だけを斬るこの作戦に違和感を感じる人もいるかもしれない。  人間嫌いのラインハルトが、人間を魔剣から助けたという形になったこの結末――。  ただ感情論で言えばこれは慈悲にもなるが、実際はラインハルトの冷酷な判断によるものだ。  おそらくここで、完全な無防備の形からなら渡月には少年の殺害も可能だった。  それをしなかったのは、寄生されている以上宿主が死んでも動く可能性を考慮する必要があったからだ。  確実な“無力化”ならば必然的に腕を跳ね飛ばすのが一番合理的という結論になる。  それだけの、ことである。 「あ……」  だからラインハルトは、正気を取り戻して、  ヒーローの仮面を取り落した少年の、嬉しそうで、でもいまにも泣き出しそうな表情を見ても何も思わない。  何も感じない。  ただただ、職務をまっとうするためにフランベルジュを持って歩み寄るのみ。  ジェナスの様子を見ていれば分かる、魔剣に寄生されていたとはいえ、少年は殺人を犯した。  ラインハルト・ハイドリヒの倫理では――人を殺した者は、殺されなければならない。 「ありが、とう……ござい、ます……」 「感謝を述べるな、反吐が出る」  その感謝が嘘ではないことが分かってしまうラインハルトにとって、  少年の胸に突き立てようと振りかざすフランベルジュは、珍しく重みを感じるものだった。 「そうそう、ありがとうだなんて言わない方がいいですよ」  だからだろう。  ラインハルトは、少し遅れてしまった。  少年を一撃で逝かせる攻撃を執行したのは、ラインハルトではなく剣崎渡月であった。  少年の首が、跳んだ。 「だって私もそこの人も、“ヒーロー”なんかじゃない。自分のエゴを貫いただけですから」  ねぇ、そうでしょう、おじさま?  変わりない笑顔を向ける剣崎渡月は、大空蓮の首を刎ねたというのに顔色一つ変えていない。  驚くべきことかどうなのか、彼女は三日月宗近はもう持っていない。  剣崎渡月がその手に携えている業物は、先ほど自らが斬り飛ばした、生体魔剣セルクへと変わっていた。  生体魔剣は、殺人鬼の手に。 「え……あ、あの……何を、して……?」 「……やはりな」  スナイプの役割を果たしてラインハルトたちの元へと帰還したジェナスが口をあんぐりと空けて固まる。  一方でラインハルトは、この状況を予見していたようで、目を細めつつため息。 「最初からその魔剣狙いだったんだろう、殺人鬼。  先ほどまで殺し合っていた己に協力を持ちかけたのも、そこの小娘に優しく話しかけたのすら。  お前自身がその剣を手にし、己を殺すための布石。――知っていたのか? その剣のことを」 「ええ。私はこう見えても、大衆向け・マニア向けを気にしない乱読家ですので。  『ハイルドラン・クエスト』、けっこう面白いんですよ。地獄に売ってるかは分かりませんが、見かけたら読んでみてください。  ちなみに私の推しは城門飛ばしのアステル・ウォランス青年です、イケメンなんですよ彼」 「う、嘘……さ、さっきまで、仲間だったじゃ……」 「黒の小娘。邪魔だ、失せろ」  ラインハルトがうろたえるジェナスに厳しく言葉を刺した。 「結局、当初のこの殺人鬼との殺し合いが再開するだけの話だ。  所詮人間など、このような下賤な生き物であると……それだけの、話だ。  巻き込まれて死にたくはないだろう。自慢の逃げ技(ワープ)で逃げろ、この女もそのくらいは待つ」 「あは、信頼して頂けているみたいで」 「お前は一方的より拮抗した殺し合いを望むのだろう。見抜くまでもない」 「分かって頂けてるみたいで嬉しいです♪」 「……あ……え……」 「いいから、行け」  ふらふらとラインハルトの近くまで歩み寄って来ていたジェナスは、  そこでラインハルトの皮靴により、蹴り飛ばされる。 「任務ご苦労だった――――お前はもう必要ない」 「あ……う……うわあああああああん!!」  走り、ワープし、ジェナスはその場から去る。  改めてその場には、血に濡れた空気と二人の殺人者だけが残った。 「さて、空気が戻ったな」 「どうして私が正気を保っているか聞かないんですか?」 「大方、その剣の殺戮衝動と同調できる者なら意識を奪われないといった所だろう。聞くまでもない」 「あ、正解です。じゃあ始めましょう」  と、唐突に。  雑談を途中で切って、二人の刃が交わる音が再開する。  かと思いきや、ラインハルト・ハイドリヒと剣崎渡月は交戦しながら雑談を始めた。  達人レベルの剣の嵐の中で、言葉と言葉もまた交錯する。 「あは、楽しいですね、おじさま!」 「そうか」 「おじさまが楽しくなさそうなのが少し残念ですけどね。どうしてそんなしかめ面なんですかね?  人生、もっと楽しんだほうが得だと思うのですが、何に悩んでいるんですか?」 「そうだな、何だろうな」 「はぐらかさないでくださいよ、斬りますよ?」 「斬れるものならやってみろ」 「そう簡単にはいきませんね。まだまだ私は人間ですので」  剣崎渡月は魔剣の浸蝕を抑えることに成功している。  剣の寄生を拒むと言うことは人間の反応速度に収まるということで、  生体魔剣セルクというチート武器を手にした剣崎渡月ではあるが、危険度も練度もそう上昇したわけではなかった。  ではなぜ彼女が魔剣入手にこだわっていたかというと、これは単純に、エゴである。 「いい挑発ですね、乗りたくなってしまいます。でも本当、生きたいように生きればいいと思いますよ?  私なんてほら、ちょっとこの剣で人を斬ったら楽しそうだなー、  って思いつきだけでさっきの流れまで演じたんですし? いや本当に、美しい剣ですよね」 「……生きたいように生きる、か」 「あは、大人だからできないとかですか?」 「そうじゃない。そういう部分では悩んでさえいない」  ラインハルトの袈裟切りが首をこてりと傾けてカワイイポーズをとっていた渡月の服をかすめる。  服二枚を貫通して柔肌に赤い線。  意に介さず、渡月は魔剣を振るい、ラインハルトの胸先から憲章のようなバッジを弾き飛ばす。  雑談をしながらもその剣舞はメリーゴーランドではなくジェットコースターだった。 「己は」  ラインハルトがフェイントを交えた剣を繰り出しながら叫ぶ。 「己もまた、自らが憎む人間であり、殺人者であることに自己矛盾を抱えているだけにすぎない」  それは普段から冷酷無比鉄面皮の尋問官からは想像できない、感情の吐露だ。 「人間を無価値だとしか思えない己こそが無価値な人間なのではないのか?」  斬りかかる。 「本当に尋問され、死に至らしめられるべきは己ではないのか?」  斬りかかる。 「人の嘘が、心が分かってしまうようになってから、  醜さを把握できるようになってから、ずっとそう思っていたのだ」  斬りかかり、受けられる。  渡月の反応速が上がった。  生体魔剣セルクと殺人鬼との協力的な調和が、徐々に深まりつつある。 「お前は思わぬのか。自分の信念が抱える脆弱性を。  例えばそうだな、誰すらも越えて一番になりたいという話だったが、  自分より優れている部分がある者を越えぬうちに殺してしまったらどうなる。  越えていないのに殺してしまったら、もうその部分は越えられないのではないのかね」 「それは――」  問いかけは、相手と魔剣の調和を崩す意味でも放った言葉。  しかし返ってきたのは、ラインハルトのフランベルジュにひびが入る音だった。  セキュリティホールの穴を付くかのような、  動揺していてはとても不可能な、精密な攻撃。  手が痺れる。辛うじて取り落さずに持ち続ける。渡月はあっけらかんと言う。 「それはもちろん。死んだ方が悪いんですよ♪  私に殺された人は、どんなスキルとかどんな強さとか、  どんなカリスマとかどんな優しさとかどんな複雑な立場とかを持ってても、殺された時点で私より下で、決定なんです。  私に殺されてしまう時点で、私より劣っているんですよ、その人は」  剣崎渡月は、止まらない。  ラインハルトのいかなる言葉でも、彼女を揺らがせることはできない。  ラインハルトが嘘を見抜けてしまうがゆえに。  この少女は一点の曇りも負い目もないただの殺人鬼であるということがラインハルトには分かってしまう。  悩むことを忘れた殺人鬼。  ある意味ではそれは、ラインハルトにはまぶしく思えた。 「おじさまは、私に殺されたいんですよね?」  渡月もまた、ラインハルトの深くまで斬り込む。 「おじさまがその長い人生で終ぞ会えていなかった、  “人間なんて無価値である”と認めた上で好きなように生きている私が、  枯れかけのおじさんからすると少し羨ましいとかそんな感じですかね?」 「……何を」 「じゃなきゃ、不利になると分かっていながら私にやすやすと魔剣を渡さないのではないですか?  あは、……人間に絶望しながら人間として生きるのは、さぞお辛いでしょう。  安心してください、私の腕なら一瞬ですよ。抵抗せずに首でも差し出してくれれば、一瞬です」  さあ!  踏み込み、ヒビをさらに深めるように打ちあった渡月は、すべてを見透かしたかのような笑顔を見せた。  だがラインハルトは冷酷な無表情のままだった。  無感動の、ままだった。 「……生憎むざむざと死ぬつもりはないし、死にたいなどと言うのもお前の誤解だ」 「強がり?」 「強がりではない。己は本当に、強いからな」  理解、協調、速度の上昇――魔剣とのシンクロが深まるほどに精緻さと手数を増す剣崎渡月の斬撃は、  しかしラインハルトを決定的に傷つけることができない。  魔剣に操られるのではなく、渡月が操っているが故の弱体化?  それもあるが、先ほどの戦闘とは違い一対一だし、ラインハルトは事実上二倍の手数を捌かなければならないのに。  上がるギアに、上げるピッチに、ラインハルトはついてくる。  冷や汗かかずについてくる。 「……あは?」  剣崎渡月もさすがに口の端を釣り上げて苦笑だ。  馴れて、きている。  機械めいたシークエンスに人間が勝利する方法のもう一つ。それは学習。  慣れること。慣れてしまうこと。ラインハルト・ハイドリヒは、魔剣の速度に、慣れてきていた。  それだけではない。剣崎渡月の剣のクセも、すでにラインハルトの頭の中だ。 「残念だが殺人鬼……お前は己とダンスを踊りすぎた」 「……嘘ですよね? わ、私を泳がせたのが……単純にあとからでも、私に対応できるからだなんて……!」 「嘘かどうか、見抜ける目を持っていれば分かったろうにな」  斬りかかる。  その一撃で完全にガードを外し、  不可避の二の太刀を袈裟に叩き込む。  それはあまりにも綺麗な流れで。思わず渡月も、笑ってしまった。 「お前の論理に則れば。お前を殺す己は、お前より永遠に上と言うことだが、気分はどうだ」 「あは……あはははは……っ♪」 「悩むことのない、眩しいほどに阿呆な太刀だった。本能のみでお気楽に生きるのはさぞ楽だったろうが。  己が唾棄する“人”からすら外れてしまったお前は獣――ただ哀れみの対象でしかなかったよ、最初からな」 「あははっ、う、ううううふふふあはは……!」  涎を垂らしながら命の危機に興奮する渡月は、結局は狂ったシリアルキラーだった。 「ラインハルト・ハイドリヒ。――地獄でこの名を復唱し続けろ、殺人鬼」 「あは……あはははは……た、楽しかったです……!!」  フランベルジュが致命的に肉を裂く。  飛散する鮮血。  ぐるんと白目を向いた女学生が、その意識をこの世から手放した。  死んだ。  同時にフランベルジュは折れて役割を失った。  生体魔剣セルクが、死体を動かしてでも挑んでくるか、ラインハルトは残心しておいたが……それもなかった。  この魔剣はあくまで持ち手の生の感情に付け込んで悪魔にする剣のようだった。  誰かに使われないように自分で持とうかとも考えたが、やめた。  懐から支給品のマッチを取り出す。火をつけ、渡月に放り投げた。  助燃物はなかったが、どうもこのマッチはよく燃えるらしく、すぐに一人と一振りは炎に包まれた。  そう、魔剣ごと燃やして消してしまうのが、ここでは最もマシな解決策だろう。  燃え盛る殺人鬼に背を向けて、  尋問官はもう一本マッチを取り出すと、胸ポケットに入れておいた煙草に火を点けた。 「まだまだ」  紫煙くゆらせながら、目的なき断罪官は歩む。 「まだまだ――まだまだだ……己の死に場所は、ここじゃない……」  そしてアサルトライフルの乾いた発砲音が響き、人間嫌いの断罪官のこめかみを貫いた。 _______/|エピローグ|   「みんな、死んじゃった。ヒーローマスクの変な人も、殺人鬼のお姉さんも、金髪のおじさんも」  街は燃えていた。  ヒーローと神様がその街にたどり着いた時には、その区画は燃えていた。  ビル十棟ほどが並ぶ大通り、いったい何がどうなってここまで延焼したのか、  まるで殺戮が起きた場所の全てを覆い隠して炎上するかのように、そこにはもう誰も入れない。  救いの手さえオコトワリだ。 「おじさんは、わたしが……必要と、してくれなかったから、殺しちゃった」  炎のすぐそばで壊れたように笑っていた黒の少女を、  その場から引き離そうと駆け寄った巴竜人は、淡々とした少女の独白を聞く。  殺してしまったと言う。  汚れてしまったと言う。  その声は後悔に血塗られて、確かに濁っていた。  だが波長を解析すれば、もともとは小さくも澄んだ声だったと言うのが、竜人にはありありと分かった。 「助けてくれた人なのに……突き放されたのが、辛すぎて……へへ、えへへへ、や、やっちゃった」 「お、おい待て! 落ち着け! 待て!」 「もういいの」  ジェナス=イヴァリンは歩き出す。  竜人はそれを助けたい。 「わたしを助けないで、ヒーローさん」  炎に向かって、歩き出す。  竜人はそれを、止めたかった。 「わたし、もう……汚れちゃったから。生きてるの、つらいから。  多分わたしなんかより……ずっとあなたに助けてもらいたいって思ってる人が、いると思うから」 「待てよ馬鹿野郎! 早まるな!  汚れた? そんなもん洗えばいいんだ!  どれだけ汚れようが、人間はやりなおせるんだよ! 俺はなあ……俺だって!!」 「……馬鹿だって……わたしも、思うけど。  助けられといて、こんなのって、怒られると、思うけどさ……もう、無理だ……」  道神の玄武が見守る中で。  黒の少女を、巴竜人は無理にでも引き戻そうと、  即座にスピードに優れたガイアライナーに変形し、その機動力で追いすがる。  服の裾を、掴もうとした。  でもそれは、叶わなかった。  ジェナス=イヴァリンはショートワープを使い、巴竜人から3m遠ざかった。 「ごめんなさい」 「……」 「ありがとう、ヒーローさん。――さようなら」  力なく笑って、殺人者は炎の中へと消えた。  一度倒れてしまったドミノは全て倒れ終えるまで止まらない。  強く固く、死ぬと決めてしまった少女を、  ヒーローが救うことは、できない。 「……ちくしょう……」  ここには大きい水源もない。  いずれ鎮火はするだろうが、アクアガイナーで消火をするには火の手は強すぎた。  燃える町を悔しそうに見つめ、竜人は地面に拳を殴りつけようとする。 「ちく、しょ……う!?」  しかし玄武が重力を操って、竜人の拳をふわりと浮かした。 「ダメやで、それは」  驚いて振り返る。物悲しそうな顔で玄武は竜人を見て、首を振った。  辛い感情を地面に叩き付けるのはダメだ。それでは、逃げになってしまう。  ヒーローは。ヒーローだからこそ。  救えなかった者の思いも全て、背負わなければならない。  ……巴竜人は三回深呼吸をして、立ち上がった。 「玄武さん」 「……なんだい、少年」 「俺たちがもっと早く着いていれば――誰か一人くらいは、救えたんじゃないか?  間違えていたかもしれない“ヒーロー”も、間違えてしまった今の女の子も、病院で死んでしまったやつらも。  こんなあっけなく死ぬべきやつらじゃなかっただろ。もっと、生きて、よかったはずだろ」 「……そうやもしれんね」 「過ぎたことをとやかく言うつもりはないし……俺たちの行動に問題があったとも思えない。  ただただ、タイミングだけが遅すぎて。それで死んでしまう。それで、最悪な方向に、転んでしまう。  こういうことが、今までにも無かった訳じゃないけど……そのたびに思うんだ」 「……」 「こんな機械の身体になっても、俺たちは無力なときは無力だって」  どれだけ個の力があろうと。  幾度の改造を受け、あるいは幾柱もの神がその中に入っていようと。  彼らは、ヒーローは、救えるものしか救えない。  救えない者は救えない。 「巴やん」 「でも俺は……僕はさ……死ぬのが救いになるだなんて、  “自分を無くす”のが救いだなんて、信じたくないんだ。こんな身体だからかもしれないけれど。  もちろん、誰もが強くはあれないし、逃げたい気持ちも分かるし、悩んだことだってある。  巴竜人の“ヒーロー”は悪への反抗でしかなくて、正義なんかじゃないのかも、とか、色々さ」 「……」 「でも……悩んだからって、立ち止まっちゃ、いけねえんだよな」  それでも巴竜人はヒーローで在り続ける。  危うく消えてしまう所だった自分と言う存在の意味を、証明し続けるため。  あるいは自分を救ってくれた、最高のヒーローの存在を、肯定し続けるために。  悪の改造を施された身体を、正義のために使い続ける。 「次の現場を探そう。……俺たちが。俺たちで、救える命を探そう」  涙を流す機能は、機械の身体にはついていなかったけれど。  巴竜人は手で眼を拭って歩き出した。  どれだけの命をその手から取りこぼしてしまおうとも、  どれだけその身の内に、危険を抱えていようとも。  ヒーローは、止まらない。  ヒーローは、続かなければならない。  ヒーローという名のドミノ倒しは、永遠に倒れ終わっては、いけないのだ。 &color(red){【鰺坂ひとみ@アースMG 死亡確認】} &color(red){【プロデュース仮面@アースC 死亡確認】} &color(red){【近畿純一@アースM 死亡確認】} &color(red){【ラクシュミー・バーイー@アースE 死亡確認】} &color(red){【大空蓮@アースR 死亡確認】 } &color(red){【剣崎渡月@アースR 死亡確認】} &color(red){【ラインハルト・ハイドリヒ@アースA 死亡確認】} &color(red){【ジェナス=イヴァリン@アースF 死亡確認】} ________|end|  【F-1/ビル街/1日目/早朝】 【巴竜人@アースH】 [状態]:健康 [服装]:グレーのジャケット [装備]:なし [道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3 [思考] 基本:殺し合いを破綻させ、主催者を倒す。 1:次の現場を探す。 2:自身の身体の異変をなんとかしたい。 3:クレアに出会った場合には― [備考] ※首輪の制限により、長時間変身すると体が制御不能になります。 【道神朱雀@アースG】 [状態]:健康、玄武の人格 [服装]:学生服 [装備]:なし [道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3 [思考] 基本:殺し合いを止めさせる。 1:竜人とともに付近を捜索する。 2:他人格に警戒、特に青竜。 (青竜) 基本:自分以外を皆殺しにし、殺し合いに優勝する (玄武) 基本:若者の行く末を見守る [備考] ※人格が入れ替わるタイミング、他能力については後続の書き手さんにお任せします。 ※F-1の大通り付近のビル街で火事が発生しました。  辺りの死体や支給品などを焼きつくし、放送後には鎮火します。 ※でも魔剣は消えないかもしれません。 【生体魔剣セルク@アースF】 参加者候補の一人リロゥ・ツツガに寄生している魔剣。製作にはヘイス・アーゴイルも関わった。 悪魔との戦争で瀕死で落ち延びた魔王の息子、セルクの無念と憎しみと怒りを込めた魂が宿っている。 正しい者が持てばその中に潜む闘争心を引き出して乗っ取り、暴れさせる。 正しくない者、特に戦闘する意思がある者と利害が一致した場合は、乗っ取らずに持ち手にある程度は任せる。 ロワに持ってこられるにあたりサン・ジェルミ伯爵の手によって強化されている。戦闘スタイルは単純で、手数で押し切るタイプ。 ---- |043.[[ドミノ†(始点)]]|投下順で読む|044.[[438年ぶり2回目]]| |043.[[ドミノ†(始点)]]|時系列順で読む|044.[[438年ぶり2回目]]| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[鰺坂ひとみ]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[ラクシュミー・バーイー]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[プロデュース仮面]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[大空蓮]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[剣崎渡月]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[ジェナス=イヴァリン]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[近畿純一]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[ラインハルト・ハイドリヒ]]|&color(red){GAME OVER}| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[道神朱雀]]|051.[[人でなし達の宴]]| |043.[[ドミノ†(始点)]]|[[巴竜人]]|051.[[人でなし達の宴]]|

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