夜の街を駆ける少女がいる。 短い手足を必死に振り、顔を恐怖で引き攣らせながら、しかし大人顔負けの速さで走る少女がいる。名を、柊麗香。 なぜ、少女は逃げるのか。それは、『恐怖』に追われているから。 「ふふふふ……待ちなさい、可愛い娘……」 地獄の底から聞こえてくるような声が、少女を追いかける。 「お姉さんが、優しく、優しく、や、さ、し、く、遊んであげますからねえ」 淫靡で、上品で、それでいて狂気を感じるその声は、正に追う者、ジル・ド・レェの性質を現していた。 麗香は走る。生き残るために。生物の本能に従い、彼女は慣れない街を必死で駆ける。 追うジルも走っている。が、その走り方、距離の取り方は追いかけるというより甚振るといった方が正しいかもしれない。 すでに、ジルの遊びは始まっているのだ。少女に恐怖を与えながら、一定のペースで追いかけ、疲れ切って動けなくなったところで、第二フェイズ(拷問)へ移る。生前もそうやって自分の城で彼女は追い駆けっこを楽しんだ。 それが彼女の死因、火炙りに繋がったのは皮肉だが。そして第二の生を与えられた彼女が生前と同じようにこの行為を繰り返すのは、彼女が狂っているためか。 5分ほど続いたこの逃走劇は、少女が逃亡に成功、あるいは少女がジルの思惑道理に力尽きて捕獲される、はたまたジルが気を変えて殺害される、の三つの結末しかないはずだった。 だが、第三者が現れることで、状況は大きく変わりだす。 「ねえ」 追いかけっこを続ける二人に、上から声が降りかかった。 麗香は希望に縋り付くように上を見上げ、ジルは声の性質から予想した新たな獲物の登場に思わず舌なめずりをする。追いかけっこは一旦中断された。 「師匠、知らない?」 そう言って、少女は二人が走る舗装道路へ気軽に降り立つ。 彼女はつい先刻まで一軒家の屋根の上に立っていたのだ。 赤い髪を腰まで垂らした少女は、二人をちらちらと見据える。 「師匠?……ごめんね、あなたの師匠はどんな方なの?」 そう聞いたのは意外にもジルだった。まるで大人が迷子の子供に話しかけるように、優しく、しかしどこか嘲りを含めて。 「私の師匠は、全身灰色で、声がけっこう渋い声。あとね、でっかい」 「なるほど、残念ですが私は知らない。あなたはどうです?」 突然ジルにそう声をかけられ、麗香はびくっと肩を震わせた。 「わ……わかりません」 なんとかそう言った麗香に少女はそっか、と小さく呟いた。 「私は早乙女エンマ。師匠の一番弟子。ていっても私以外弟子いないんだけどさ」 そして、エンマは無機質な視線を二人の首元に投げかける。 「二人とも、私と違うグループだね」 ぞくりと麗香の背中を冷たいものが流れた。 ジルの不気味さ、不吉さから逃走を続けていた彼女は今更ながらここが殺し合いの場だと理解しだしたのだ。こんな自分と同じくらいの少女でも、自分を殺しに来る可能性がある。 しかし恐怖に怯える麗香を気にも止めず、エンマは興味をなくしたように二人から目を離した。 アースHのヒーロー、早乙女父子はプライベートで戦うことはめったにない。仕事の時でなければ早乙女灰色はただの無機質な男で、エンマはただの無機質な幼女なのだ。 「じゃあね」 そう言って彼女は二人に背を向ける。今はただ、師匠を探して今後の方針を聞くのみ。 「あら、そんなつまらないこと言わないでくださいな。私はあなたと遊びたいのよ、エンマちゃん」 離脱しようとしたエンマをしかしジルは呼び止めた。エンマに用がなくても、ジルはエンマに用がある。正確にはエンマが出す声や絶望に歪んだ顔、流れる血液に。 「私の名前ははジル・ド・レェ。うふふ、あなたたちみたいな可愛い子を何人も、何十人も、何百人も殺して、死刑になった女。エンマちゃん、あなたは私にどんな悲鳴を聞かせてくれるの?」 恐怖を与えるために、ジルは分かりやすく、自分の異常性を、自分の危険性を伝えた。 そしてこの飄々とした少女がどんな反応をするのか楽しむためにエンマを嘗めつける。 怖がるのか、泣き叫ぶのか、逃げ惑うのか。 嘘に決まってると強気な笑みを浮かべるのか、狂人の妄言だと一笑に付すのか。 どの反応でも、それは後の拷問のスパイスになる。 そして、ジルの期待通り、エンマは立ち去ろうとした足を止め、ゆっくりとジルのほうへ向きなおる。 そこにあるのはただ明確な敵意。 エンマは知っている。善悪の判断ができないエンマでも、知っていることがある。死刑になるのは悪い奴だ。数々の『死刑』を実行してきたエンマはそう確信している。 そうじゃなければおかしいのだ。政府が『悪』だと認定した者を『死刑』にしてきたエンマからすれば、『死刑』になった者は『悪』のはずなのだから。 「悪い奴だな、お前」 早乙女エンマはジルを敵だと判断した。そして彼女の敵意と呼応するように、麗香の声が響き渡った。 「協力するよ!私、あなたの師匠探しに協力する!だから……」 少女は高らかに叫ぶ。ヒーロー番組に出てくる子役のように、彼女はただ助けを求める。 「助けて!あの女をやっつけて!」 麗香は賭けた。この場でもっとも力を持たない少女は、自分と年が近い少女にベットした。 賭けに勝てば、彼女は生きてこの場を切り抜けれる。負ければ待っているのは残酷な死。 そして彼女は神に祈る。エンマがジルを倒してくれるようにと。どうか、どうか。 ★ ジルはバックから黄色と黒の縞々で彩られたのカプセルを取り出した。 「ふふふ……」 そしてそれを空中へ投げる。エンマは無造作にそれを目で追い、麗香は何が起きるのかと不安げに見つめる。 カプセルが強烈な光を放つ。そして光が去った後、そこには圧倒的な絶望が鎮座していた。 「あ、ああ……」 麗香の口から洩れた音は絶望ゆえ。 怪物が、そこに鎮座していた。 虎だ。ただの虎ではない。5メートル以上はある巨大虎だ。 「ふむふむ、人食い虎に怪獣ウイルスを打ち込んでできた怪獣のなりかけ、ですか。完全に怪獣化すれば50メートルを超えますが、手がつけられなくなるのでその前に処分してください、まあ、なんて無責任なんでしょう。」 カプセルについていた説明書をジルは楽しそうに読み上げ、麗香はインターネットで見つけたある一文を思い出していた。 人は、猛獣に勝てない。 刀を持った成人男性で小型犬と同等。 どれだけ鍛えた格闘家でもシマウマにさえ劣る。 まして今目の前に現れたこれは何だ? 見るからに獰猛そうな肉食獣、しかも普通の虎よりでかいし、牙とか爪とか長いし、めっちゃ鋭い。 こんなの、もうどうしようもない。 大の大人が武装していても勝てそうにない怪物に、少女二人で挑むなど自殺行為だ。 麗香は逃げようとした。しかし足が縺れ、無様に転がる。 完全に腰が抜けていた。それでも生き残るために、彼女は可愛らしい服を汚しながら這って逃げようとする。 「ふっ」 その音は、麗香の耳に確かに聞こえた。 信じられない者を見るように麗香は阿呆な少女を見た。 怪獣トラと正面から相対するこの少女は、早乙女灰色の一番弟子、早乙女エンマは、 今確かに鼻で笑ったのだ。 まさか、とジルは思う。 二人を恐怖させるためにオーバーキルのような形で出した怪物だが、この反応はさすがに予想外だ。 エンマは恐怖を感じる頭脳もないのか、それとも……。 今、彼女の頭の中で一つのの可能性が浮かび上がっていた。 「怪獣トラ……名前は後でつけましょう。目の前の少女を痛みつけなさい。決して殺してはだめよ」 ぐるる……と怪獣トラは唸った。ただの唸り声なのに、まるで遠雷のようだと麗香は思う。 そして、ぐおおおおおおおおお!という叫び声と共に、怪獣トラは早乙女エンマへと躍りかかる。 筋肉を躍動させ飛び上がったその姿は正に野生の顕現。ぬめりと唾液で光る牙は少女の体など容易くバラバラにしそうである。 エンマは悠然と待ち構えた。そしてトラの動きに合わせて拳を作る。 5メートルを超すトラの跳躍は二人の距離を一瞬でゼロにする。 トラの牙がエンマを貫くことが先か、エンマの拳がトラに当たる方が先か。 大型猛獣の牙と少女の拳、同じ土俵に立てるなど正気の沙汰ではない。 ここで、一つの奇跡が起こった。トラの爪より先にエンマの拳がトラの右頬に当たったのだ。 いや、こう書くと語弊がある。 エンマの拳はトラの右頬を撃ち抜いた。 怪物トラは弾丸のような速さで住宅街へ突っ込み、建物を破壊しながらその巨体を地に晒す。 そして怪物トラが弱弱しくも立ち上がろうとする前に、エンマは怪物トラの元へと接近し、その大きな頭を両手でがっちりと掴み、強引に引き千切った。 トラの首元から溢れる血流がエンマの私服を血で汚すが、彼女はこれっぽちも気にしない。 「……え?」 麗香の声が、静かになった空間に空しく響いた。わけがわからない、今目の前で何が起きた? 逆にジルはああ、そういうことと呟く。 「その人間離れした力……あなた、魔族だったのね」 戦い、否一方的な屠殺を目の当たりにしたジルは、目にいくばくかの理性――魔族と戦争をしていた頃に宿していた眼光――を取り戻しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 人間は獣に勝てない。 それが通用するのは数ある世界でも一つか二つくらいだろう。 だが、大型猛獣を身体スペックだけでここまで圧倒できる存在など、そう多くない。 ジルの知ってる限りだと魔族。それも100年以上生きた上級の。 「魔族?私はエンマだよ」 「ふふ、どちらにしてもあなたで遊ぶのは骨が折れそうだわ」 ジルの心から嗜虐心が、そして油断が消えていく。 彼女は全盛期と比べると細く痩せ衰えた腕を後ろに引き、小声で力ある言葉を紡ぐ。 マナが動いたことを麗香は感じ取った。いや、マナの概念を理解していない麗香は、しかし何か目に見えない力がジルの両腕に集まっているのを感じる。 そしてジルの両掌からばちり、ばちりと音が響くようになり、やがてそれは小さな雷となって、視覚化された。 「まったく、戦うのは本当に久しぶり。いついらい、かしら、ね……」 「……」 もう取り戻せない何かを懐かしむようにジルは微笑するが、エンマは無言で後ずさった。 あの身体能力に加え、遠距離攻撃まで備えているのか。ジルは脳裏に魔族と、あるいは愚かな人間との魔法対決を思い浮かべる。 エンマはジルと距離をとりながら、やがて座り込む麗香の傍まで辿り着いた。 そして、片手で麗香を抱きかかえる。 まさか、とジルは思った瞬間、早乙女エンマは悪に背を向け、全力で逃走していた。 「くっ……」 慌ててジルは電撃を飛ばす。雷が二人の少女を焼き尽くさんと襲い掛かるが、ジグザグとゴキブリのように蛇行するエンマに当たらない。 そうこうしてるうちに彼女の背中はどんどん小さくなり、やがてジルの視界から完全に消えてしまった。 恨みがましい表情でジルはエンマの消えた方向を眺めていたが、やがて疲れたようにふぅと息をついた。 こうして、柊麗香、早乙女エンマの両少女は殺人鬼、ジル・ド・レェからの逃亡に成功した。 ★ 車道を爆走するものがいる。早乙女エンマだ。 でたらめで力任せなフォームで、しかしバイク並の速さで走った彼女はやがてマラソンを終えたランナーのように道路に倒れこんだ。 仰向けで倒れることで柊麗香に無駄なダメージを与えなかったことは、彼女の希薄な人間性から考えれば十分及第点をもらえる配慮だろう。 事実、柊麗香に外傷はなく、窮地を脱したことで安心したような表情で、エンマの胸の中から脱出する。 「あの、助けてくれて本当にありがとう!」 「その代り……師匠探すの手伝ってね」 「うん、もちろん。これでも私、学校の成績はいいんだよ」 灰色の教育方針により学校に行かせてもらえないエンマはその言葉を聞いて不機嫌な顔つきになる。 麗香もそれを察して、そういえばと話題を変えた。 「さっきなんで逃げたの?あんなでっかい虎に勝てるんだったら、あの細っこい女のひとにも勝てるんじゃ……」 「むり」 ばっさり、とエンマは切り捨てた。依然として顔は不機嫌なままだ。 麗香はなぜ無理なのか彼女なりに考えた。 「電池切れ?」 「違う」 「実は重症?」 「馬鹿にするな」 「フェミニスト?」 「なにそれ」 「電気が弱点?」 「……」 恥ずかしそうに目線を逸らしたエンマを見て、麗香はキスしたくなるくらい可愛いなと思う。 「とりあえず、なんかいつもより疲れたから、私寝るね。またあいつが来たら起こして」 そう言って、エンマは動物のように体を丸めて静かに寝息をたてはじめた。戦闘自体は短時間で終わったが、その後の全力逃走は思った以上にエンマの体力を削った。 麗香はとてもトラを素手で屠殺したとは思えない寝顔を眺めながら思う。 (いい駒、ゲットしたな♪) なんのことはない、あの場に善良な者は誰ひとりいなかったのだ。 【B-6/町/1日目/深夜】 【柊麗香@アースP(パラレル)】 [状態]:健康 [服装]:多少汚れた可愛い服 [装備]:なし [道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3 [思考] 基本:生き残る 1:早乙女エンマを利用する。 ※吸血鬼としての弱点、能力については後続の書き手さんにお任せします 【早乙女エンマ@アースH(ヒーロー)】 [状態]:疲労(中)、回復中 [服装]:血で汚れている [装備]:なし [道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3 [思考] 基本:師匠と合流して、指示を仰ぐ 1:zzz 2:麗香(名前は聞いていない)と一緒に師匠を探す 【C-6/町/1日目/深夜】 【ジル・ド・レェ@アースF(ファンタジー)】 [状態]:健康 [服装]:ファンタジーっぽい服装 [装備]:なし [道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2, [思考] 基本:不明 1:子供で遊ぶ ※明確な行動方針は後続の書き手さんにお任せします |010.[[私が戦士になった理由]]|投下順で読む|012.[[探偵は警察署にいる]]| |010.[[私が戦士になった理由]]|時系列順で読む|012.[[探偵は警察署にいる]]| |&color(blue){GAME START}|[[柊麗香]]|030.[[楽しさと狂気と]]| |&color(blue){GAME START}|[[早乙女エンマ]]|030.[[楽しさと狂気と]]| |&color(blue){GAME START}|[[ジル・ド・レェ]]|033.[[泣け]]|