偏愛の輪舞曲

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偏愛の輪舞曲 - (2015/08/02 (日) 21:19:03) のソース

私は孤独だった。
学校へ通えば、即座に殴られ、罵倒され、差別され――ありとあらゆる虐めを受けてきた。
だからといって、家に居場所があるわけでもない。
両親は私を出来損ないだと云った。お前は劣等だから、他人よりも劣っているから差別されて当然だと嘲笑った。
「死ねばいいのに」――――それが親の口癖で、家でも学校でも、私は様々な人間に虐げられる。
誰も手を差し伸べる者などいない。当然だ。私を助ければ次はその人が虐めの対象になるのだから。
それにその頃の私の心は、かなり廃れきっていて。偽善者共が有り得ぬ夢物語を語る特撮番組は大嫌いだった。
だってこの世にヒーローなんていないのだから。もしもヒーローがいるのなら、とっくに私を救っているハズだ。
それでも特撮番組を見ていたのは、知らず知らずのうちに救いを求めていたからだろうか。
特に好きなヒーローは、結城陽太。現実とは大いに逸脱した、ネットでは偽善者と叩かれることすらある打ち切り作品の主人公。
けれども彼の心に宿る熱い太陽はたしかに私の心に僅かな光を与えてくれて――こんな絶望的な世界もいつしか照らしてくれることを、願っていた。
だけどもそれは所詮、テレビ番組だけの夢物語で。度重なるいじめに遂に心が擦り切れた私は自殺を決意した。
首吊りは辛そうだし、電車はあの巨体にぶつかるのを想像するだけでも恐ろしい。実践を試みても足がぴくりとも動かない。
そこで思い浮かんだのが飛び降り自殺。電車と違って大きな音や巨大な物体が迫るわけでもないし、ただ落ちるだけで済むから楽に違いない。
そうして建物の階段を駆け上がる。どんな名前かすら覚えてないほど必死に走って、解放を望んだ。

「よっ、人生の敗北者ちゃん。自殺して絶頂の公開自慰ってか」

背後から声をかけられて、しかも何故か知らないけどいきなり殴られた。
その人は身長の高い美人な少女だと思ったら実は男で、事情も話さないままとりあえずお前うちのガッコこいとか言われて。

「いじめられるなら強くなりゃいい。俺様も昔はアレだったし――とにかく何でもいいから特技でも身につけて他の奴ら見返せばいいんだよっ。
 といってもま、前の環境じゃ居心地悪いわな。てことでうちに転校確定、はいパチパチパチパチ~」

とまあ喜ばしいことに転入することになった。
その男の娘――副会長曰く、転校させる為に色々と工作してくれたらしい。
それからは自分の強さを磨く為に筋トレに励んで、性格も一新することに。結果的に新しいクラスからは受けが良くて、沢山の友達に恵まれることで些細な幸せを手に入れた。
だから私は副会長を一種の英雄(ヒーロー)だと思っている。会長もなかなかすごい人だけれど、一番のヒーローは間違いなく副会長だと断言出来る。

                    ♂


殺し合い。
それは強者が弱者を虐げ、儚き命が無意味に散らされてしまう、最悪の行事。
いつの間にやら配布された機械からは吐き気を催す邪悪が囁き、他者の殺害を強要している。
生きたくば、殺せ。反抗するならば、即座に殺す。たったそれだけの、実に単純な内容であった。
ゆえに我は――――存分に膨れ上がった筋肉を用いて、手中に収まる其れを破壊。平然と被害者を出そうとするAKANEとやらに対する挑発行為であり、そして叛逆の意思を示す宣戦布告である。
次いでデイパックを投げ捨てたい衝動に襲われるが、虐げられている人々を助ける為にも武器は必要。いじめっ子の用意した道具を利用するのは癪であるが、所詮我は一介の女子であり、生憎と素手のみで誰かを護り切る自信はない。

「ほう」

デイパックを開けた結果、なかなかの当たり。
武道の心得があるわけではないが、筋肉に自信のある我だからこそ使いこなせると確信出来る道具が、そこにはあった。
されど同時に問題点も発覚した。それこの参加者候補リストである。

クラスメイトの山村幸太、東雲駆、中野あざみ、中村敦信、藤江桃子。下級生であり、様々な噂の飛び交っている麻生叫。
我が学園の会長である、大空蓮。そして我の――私の人生を変えてくれた副会長、愛島ツバキ。
なんと此度の悪質極まりないこの現場には、我の知り合いも多数巻き込まれている可能性があるというのだ。
俄には信じられぬ――というよりも信じたくもないが、嘘ではないだろう。参加者候補であることから全員が参加している可能性は低いが、それでもこの人数だ。最低でも一人は参加していると認める他ない。


「呑気にしている場合ではない。何の取り柄もなく、唯の落ちこぼれであった我に優しく接してくれたクラスの皆を、失って堪るものか――!」

だから走れ。
たとえ見せかけであれど――――クラスの皆や副会長が褒めてくれた我が筋肉の総てを総動員して、疾走せよ。
彼らだけは死なせてはならぬ。我に出来ることなど限られているであろうが、それでも全力で護りたいと願う。
その過程で虐げられている者や他者を虐げている者がいるのならば、我がこの筋肉で成敗してみせよう。
他者に虐げられて傷付く者など、我だけで良いのだ。罪のない人々が苦しむ必要は、微塵もない。

そうして脳内に幾重にも思考を積み重ねている内に――もしかしたら軽いパニック状態になっていたのかもしれない――気が付けば駅に辿り着いていた。

                             †

麻生嘘子は考える。
明智光秀を自称する謎の少女――――彼女は果たして、何者なのだろうか。
勝手に信長だと思い込まれたことで保護されたまでは良いが、彼女の素性が解らなければ騙し続けることは困難である。
何故か本能寺の変について間違えて覚えているようだし、なにより彼女のことを知っておかなければ信長として振る舞うことに支障が出るだろう。
とはいえ、彼女はあまり自分語りをしてくれない。口を開けば信長様、信長様ばかりで――だからといって下手に詮索をしてしまえば自分の嘘が発覚する可能性もある。

(それに普通にしていればいい人っぽいのよね……)

まだ知り合ってそれほど経っていないが、嘘子には彼女があまり悪い人には見えなかった。
お腹が減ったと独り言を漏らした直後に笑顔で食料調達を申し出てくれたし、それ以外でも何かやたらと気遣ってくれるし――――。
何より信長について嬉しそうに語る時の彼女が悪人だとは思えない。最初に出会った殺戮者――フランクリン・ルーズベルトとは全く違う雰囲気だし、やはり殺し合いで変な気を起こしているだけで、元はいい人なのだろう。
だから自分が信長だと嘘を貫き通した上で、彼女を説得することさえ出来れば――――改心して元の善良な少女に戻ってくれるのではないだろうか。
麻生嘘子は嘘が得意だと自負している。事実、自ら吐いた嘘で兄を怪物染みた人物だと周囲に思い込ませることに成功しているではないか。
兄と自分が共に生き残る道はそれしかないのだから、迷う意味もない。そう嘘子が決意をしたと同時に。

「信長様、食料をお持ち致しました! どうぞ存分にお食べください」

元気な声と共に満面の笑みで食料調達を済ませた光秀とのぶのぶが帰還した。
おにぎりやカップラーメンから、ポッキーなどのお菓子まで――様々な食料がデイパックから取り出される。
その中から適当に何か食べようとして――数個だけ市販のものとは思えない、ラップに包まれたおにぎりを見つけた。

「……これはなんじゃ?」
「そ、それはその……」

嘘子がおにぎりを手に取り問い掛けると同時に急にもじもじとする光秀。
なんだこれ。おにぎりを食べようとしただけでどうして恥ずかしそうにしてるんだ、この人。

「食料調達へ行った際、米があったので……の、信長様の為にと思って作ってみたのですが……。
 よ、翌々考えてみれば、そんなものを信長様にお渡しするなんて無礼にも程がありましたっ。だからその……ししし、失礼しましたぁあああ! 私はとんだうつけですぅぅうう!」

手作りおにぎりについて追求されたことで気分を害したのだと勘違いしたのか、光秀は土下座で必死に謝り始めた。
ただそれだけならば信長ロールで手厳しく返すのが無難なのかもしれないが、よく見れば涙目になっている。
史実の明智光秀であればこの程度で泣かないだろう――と思うがロールプレイを忘れて泣き出してしまうほど、本気でおにぎりを作ったのだろう。
おにぎり自体は特に不味そうには見えないし、形も悪くない。他の食料と違い、ほかほかと温かいソレには寧ろ食欲がそそる程だ。
光秀が理想とする信長を演じる為。そしてなんというか、ずっと泣かせっぱなしも悪いからと嘘子はそのまま手作りおにぎりを食す。

「……おいしい!」

それは偽りなどでなく、信長と演技すらも忘れて素でおいしいと思った。
普通のおにぎりの中に梅干しが入っているだけなのに、何故か解らないが異様に美味しい。
普段ならば梅干しなんて大嫌いな食べ物なのに、一つ食べ終わるとすぐに次へ取り掛かってしまう。

「そ――それは何よりです!
 ほ、他にも目玉焼きなど作ってありますので良ければ存分にお食べください!」

光秀は褒められたことが余程嬉しかったのか、ぱあっと明るい表情で目玉焼きを差し出した。
姿形はどこにでもある目玉焼きだというのに――やはり此れも、かなり美味しい。料理人だと云っても通じる味だろう。
おにぎりと目玉焼きという質素な組み合わせであるのに、どこか高級レストランで食事しているように錯覚してしまう程だ。

「流石は我が忠臣。最高の料理で腹もふくれ、余は満足じゃ」
「ふぁいぃいい! 信長様が私にそのような勿体無いお言葉を……この光秀、感激の至りですぅうう!」

うんまあ、やはり予想通りの反応というか。
うっとりとした表情をした光秀の頭を撫でてやると、すぐさま彼女の頬が真っ赤に染まってゆく。
犬を自称するだけあって、なでなでされるのが好きらしい。こーたに対して犬みたいなもんだなんて言ったが、光秀を自称する少女はそれ以上に犬っぽくて、流石の嘘子も苦笑い。
でも彼女の料理が美味しいということは本当だし、あまり悪い気はしない。
ルーズベルトの襲撃、こーたの死、光秀を自称する謎の少女と遭遇――衝撃のイベントが立て続き起こったことで精神が疲労していたが、こうして平和な時間を過ごしている間は少し安心できる。
嘘で繋がれた偽りの関係ではあるし、問題は山積みだが――それでも今この時ばかりは光秀に出会えたことが幸運だとすら思えた。
こういう些細なことから互いの信頼を積み重ねれば、意外とあっさり光秀も正気を取り戻してくれるのではないか? そう考えずにはいられない。

「現代に蘇った後、信長様の生還を信じてはなよ――料理修行をした甲斐がありました! こうして信長様に褒められることが、何よりの幸せですぅ……!」
(えっ今この人、花嫁修業って言いかけなかったかしら)

いくらなんでももうとうの昔に死んでいる人物を相手に花嫁修業って――まあそういう設定なのだろう。散々と兄の設定を盛ってきた嘘子には、やたらととんでも設定を語る光秀の気持ちがわからないでもない。
もしも出会っていたのがこんな場でなければ、意外と仲の良い友達になれたのかもしれない。皆殺しだとか、そういう物騒なことさえ言わなければ基本的に好感のもてる人物だ。美味しい料理を作ってくれるし。

「わう」
「ちょ、そんないきなり舐めっ」
「コラ、のぶのぶ! 信長様のく、くくく……口を舐めるなんてうらやま――けしからぬ!」

流石に口を舐める行為に苛立ちを隠せないのか、のぶのぶを抱えて強引に引き離す光秀。
のぶのぶは少しだけしょんぼりした顔をしたと思えば、今度は己が入っていたデイパックをとん、とんと叩き始める。
何事かと首を傾げる嘘子だが、何か心当たりがあったのか水が入った瓶を取り出す。ユメミルクスリ――まるで麻薬の様な名前の道具だ。
平凡的日常生活を送っていた嘘子が使うには程遠い代物だ。こんなものを使ってはいけないという常識は、小学生の嘘子でも知っている。
ゆえにそのままデイパックへ戻そうとするが、興味深く瓶を観察している光秀が目に入り、少し苦笑い。

「……飲んでみるか?」

じーっと眺めている光秀にユメミルクスリを投げ渡すと、彼女は喜んで口に入れた。
嘘子としてはこんなもの絶対に口にしたくないし、あまり観察されても落ち着かない。
その結果がどうなろうと知ったことではないが、所詮はただの水か麻薬染みたものだろう。説明書が色々と怪しいが、こんなものは嘘に決まっている。

                     ♂♀

ユメミルクスリは、狂人の願いを元に能力を与える魔法の薬だ。
一見便利にみえる薬だが、その実かなり扱いづらい。狂おしいほどに心の底から渇望していなければ能力は生まれないし、与えれる能力も特別優れているわけではない。
一芸に特化しているゆえに並の魔術程度かそれよりそれを少し上回る程度の能力は得られるが、所詮はそれだけ。
様々な魔術を多彩に操る魔術師と比較して明らかに劣っているし、同じ一芸特化で比較しても魔力を有し鍛錬を積んだ魔術師の方が強くなりやすい。

明智光秀は、本能寺の変を悔いている。
今度こそ織田信長の命をお護りしたいと、彼の為に戦いたいと狂おしいほどに恋している。
生前は焰で焼き払われてしまったが――ならば今度は、その焰を意地でも食い止めてみせるだけ。
さて。ここで本来なら水の能力を与えるのが当然であるが、ユメミルクスリは捻くれている。
故に彼が与えた能力は――――。

                     ♂♀

扉を開けた刹那――先ず目に入ったモノは、騒がしい電子音と共にチェーンソーを振るう少女だった。
何の対策もない状態であれば直ぐにあの世へ送られてしまう厄介な代物であるが――されど、今の我には問題ない。
チェーンソーに恐れることなく、丸太の様に極限まで膨れ上がった左腕を盾に用いて、右手に拳骨を。
受け止められた刃が幾重にも回転、夥しい量の血肉が撒き散らされるが――この程度の痛みは、苦痛ですらない。

「ふんッ!」

全身全霊の気合いと共に右手の拳を振りぬき、少女の腹を捉える。
吹き飛ばされる少女。手加減をしたつもりではあるが、これで数時間は起きないだろう。
その間に我に対して怯えている金髪の少女に事情を――――とはいかないようだ。
なんと我の拳をまともに受けた少女は、平然とした状態で立ち上がっていた。それもあろうことか、傷一つすら負っていない状態で――何がどうなっている!?

「使い慣れぬ武器とはいえ、私の一太刀を受け止めるとは――――貴様、何者だ」
「金本優。見ての通り、どこにでもいる一介の女子高生だ。尤も現在はドーピングで身体能力が上昇している状態ではあるが、な」
「信じられぬ。普通の女子高生が、この明智光秀の攻撃を防ぐなど有り得ないっ!」

再度、チェーンソーによる猛攻。
一撃で仕留めることを諦めたのか、豪雨のように次々と連撃が降り掛かる。
どうにか全て受け切ることが出来れば良いが、喧嘩の経験が乏しい者が、これらを一つ一つ受け止めるのは難儀だ。
だからといって躱すなど論外。我は所詮筋肉しか取り柄がない存在であり、速さや技術は圧倒的に向こうが上だろう。この鈍重な肉体で躱せるとは到底思えない。
故に防御部位を、急所たる首から上のみに集中。無防備な身体を何度も何度も刃で斬りつけられるが、ここへ来る直前に施したドーピングで膨れ上がった筋肉は、この程度で千切れない。
そして放つは、右廻し蹴り。円を描く様に大袈裟に足を振るうことで、敵対者を強引に払いのける。
華麗に宙へ舞い、距離をはかる少女。明智光秀を自称しただけあり、その動作には無駄がない。
されど、どの様なプロでも隙というものは存在する。少女の着地と同時に拳を振るう為に両手で拳骨を作り、突進。命まで奪うつもりはないが、気絶程度はしてもらう――ッ!

「その蛮勇は賞賛に値するが――甘い」

それは――――信じられない現実(ゆめ)だった。
いや――これは果たして、夢なのだろうか? 現実なのだろうか? 空を蹴り、猛突進する少女が、現実に存在するというのだろうか?
あまりにも現実離れした光景に脳の処理が追いつかず――――気付けば左肩にチェーンソーが突き立てられ、その大部分が抉り取られていた。
咄嗟にがら空きの銅へ右の拳を振るうが、躱される。蹴りを見舞うが、躱される。
次いで両拳でラッシュ。躱される、避けられる、防がれる。

「苦し紛れの連撃か――哀れなものだ」

ラッシュを躱す際、身を屈めていた光秀がチェーンソーを切り上げる。
連撃ではなく、一撃を意識した斬撃。襲撃者に対する咄嗟の行動ではなく、最善のタイミングで描かれる一閃。
それは攻めに意識を集中していた優の左腕を斬り飛ばし、尋常ではない量の血飛沫が円を描く。

「ぐ――――ッ!」

めまぐるし状況の変化。全身を支配する鋭い痛み。光秀を名乗る少女の非現実的な猛攻。彼我の圧倒的な戦力差。
生存本能が、逃げろと警告を訴えている。足が震え、全身が小刻みに震え上がり――――。

「―――――喝!」

されど負けじと気合い、注入。
ここで逃げてどうするのだ。英雄(ヒーロー)はここで逃げては、ならぬだろう。
それに、この出血だ。どうせ逃げても死ぬのならば、せめて最期に己が生き様を刻み付けてやろうではないか。
後悔はない。一度は自殺を図り、会長と副会長に救われた身だ。学園の皆が、1人の人間として蘇らせてくれたのだ。

「~~~~~ッ!」

言葉にもならぬ少女の絶叫が、聞こえた気がした。
この地獄に耐え切れなかったのだろうか。見れば涙を流して、震えている金髪の少女がいるではないか。
優は彼女を一瞥すると、この絶望的な戦況に屈することなく前を見据えて、ポケットに隠し持っていたドーピングを更に注入する。

「……信長様?」

信長だと思い込んでいる者の奇行に、光秀が疑問符を浮かべる。
彼女の知る織田信長であれば、この程度で泣いたりはしない。寧ろ、喜ぶ筈である。
では何故、この少女は泣いているのか。嬉し涙には見えないが――果たして何を考えなさっているのか?
理解不能である。そもそも、信長だという確証はないのだが――本当に彼女は、光秀が恋心を寄せている信長様なのだろうか?

「どうして、泣いているのでしょうか? 私の知る信長様はもっと凛々しく――――」
「―――――それがどうした」

少女の我儘を遮り、前へ踏み出す。
ドーピングによって再構築された細胞が新たな拳を創り出し、今度こそ光秀を殴り飛ばした。
豪快にふっ飛ばしたが――直ぐに立ち直ったことから、ダメージは少ないだろう。外傷もなく、矢張り先と同じく全く通用していない。
だがしかし、得たものはある。拳を打ち据える寸前――氷の膜を盾のように展開しているのが、確かに見えた。つまり彼女は、氷使いの能力者。

「氷を扱う能力者、か。ヒーローが戦う敵としては、なかなかに面白い。そしてあまりにも、哀しい能力だ」
「勝手なことを。――――これは信長様の最期を悔い、私が望んだ能力だ。哀しくなどあるものかっ!」
「信長様、信長様と云っているが――織田信長はとうの昔に死んでいるハズだ。お前は何を言っている」
「死しても蘇生する術が、現代には存在する。明智光秀たる私がこうして生きていることが、何よりの証拠だ。そして信長様も、そこにおられるっ!」

そうですよね、信長様っ!と確認する光秀に、嘘子はぎこちない動作で頷く。
彼女は光秀のことを“なりきり病”の人、狂気に満ちた殺し合いが原因で危険な方針を掲げているだけだと思っていたが――まさかここまで強く、あっさりと人を斬る危険人物だとは思っていなかった。
何もない空を蹴るとか、氷の能力だとか――まるで漫画やアニメの世界ではないか。平然と人の腕を切り落とす少女が存在するだなんて、考えたこともない。
こんな狂人を説得するなんて不可能だ。それに少しでも逆らう素振りを見せたら、その瞬間に自分の首が刎ねられるだろう。
だから嘘子は、頷くしかない。それ以外の動作は許されない。自らが吐いた嘘の否定は赦されず、偽りの関係を貫くしか生きる道が残されていない。
その為に筋骨隆々の参加者が犠牲になったとしても、それは仕方のないことで。

「そ……そうじゃ。その無礼者を討ち取れ、光秀ぇ!」

精一杯に偽りの言葉を叫ぶ。
本心では殺したくないが、そうするしか生きる方法がないのだから。

「はい。必ずやこの無礼者めを討ち取ってみせましょう。 ……それでこそ私の愛する信長様ですっ」
「偽りの愛か」
「――――何?」

皮肉を吐き出す優を、鋭い眼光で睨む。
光秀にとって信長は愛しい存在であり、ゆえにこれは偽りではない純愛である。
それを何も知らない筋肉女に偽りだなどと一蹴されて――気分を害さないわけがない。

「我は恋愛経験がない生粋の処女であるが、これだけは断言しよう。――――貴様の愛は、間違っている」

チェーンソーを受け止めて――――軽く触れられた腕に氷が纏わり付き、流れるような動作で繰り出された蹴りに叩き割られる。
されど優は一歩も退くことなく、即座に再生。

「……ほう。では、どこが間違っているのか、訊かせてもらおうか」

優の再生力は驚嘆に値するが、それ以上に愛を否定されたことに腹が立つ。
ゆえに光秀は、己が純愛の何処が間違っているのか問うた。

「残念ながら、それは我にも解らん。先程も言ったが、生憎と恋愛経験が皆無の処女だ」
「ふざけているのか?」
「そうだな。我はただ、己が英雄(ヒーロー)の信じる愛を至高の形だと信じているに過ぎない。他人から見れば、巫山戯ていると思われても仕方のないことだ」

それは自分の主義主張ではないけれど。
絶望の淵に沈んだ優に手を差し伸べ、人生を変えてくれた副会長(ヒーロー)の語る愛は夢と希望に満ち溢れて、これぞ正しく真実の愛だと応援したくなったから。
だから――――他者へ一方的に押し付ける、まるで虐めの様な行為を愛だと云うのならば、己が拳で打ち砕くのみ。
自分勝手だといえば、そうだろう。愛の形は色々とあるだろうし、光秀の愛も間違ってはいないのかもしれない。
されど優は、ツバキの語る愛を信じたいが故に。一方が苦しむ愛など、そんなものなどあってはならないと思うが故に。


「そうか。ならば死ね、我が愛(ゆめ)の邪魔をする外道めがっ!」

拳とチェーンソーが真正面から激突する。
ドーピング効果で飛躍的に身体能力が上昇、膨大な筋肉はチェーンソーの刃に対抗し得る武器と化すが、それでも何度も切り裂かれる。
そのたびに再生と再構築が目にも留まらぬ速度で発動、観客たる嘘子にはまるで均衡しているようにすら見えた。
しかしその鍔迫り合いも一瞬の出来事。次の瞬間には優が空いた左拳を、無防備な銅へ叩き込もうとするが――光秀の足元に即席で作られた氷柱が現れ、躱される。
天高く伸びた柱から飛び降り、唐竹割り。優は咄嗟に迎撃態勢として両拳を構え、腰を据える。
再度、ぶつかり合う拳と刃。骨と金属が奏でる不協和音が戦場へ鳴り響き、地獄に耐え兼ねた嘘子が耳を塞ぐ。

「謂われなくとも、我は死ぬ。―――いや、とうの昔に私という人間は死んでいたハズだった」

あの日、自殺を止められていなければ――間違いなく自分は、この場に居ないだろう。
虐げられた心は絶望に塗れ、人間を嫌悪した。この世を憎み、いっそ死んでしまえば楽だと思った。
けれども――――。

「……何を嗤っている?」
「いや――特に意味は無い。ただ単純に、正義の為に我が命を燃やし尽くせることが、嬉しいと思った」
「信長様の覇道を邪魔する輩が正義だと――――嘲笑わせるっ!」

貴様のしていることは、ただの自己満足に過ぎない。
信長様こそが正義であり、信長様を勝利させる行為こそ我が愛の証明。
故に消え去れ、邪魔者め。正義を自称するのならば、真の正義と愛の為に、此処で死に晒すが良い――――!

「ああ。奇遇にも、我とお前は少しだけ類似点がある様だ。我もまた、英雄(ヒーロー)に憧れ、彼の語る価値観を正義だと信じている。
 それに――――恋愛や友情は互いに尊重するものだ。他者に強制して虐げるなど言語道断」
「何を言っている。私はただ信長様の為に――」
「そこにいる娘は、織田信長ではないだろう。彼女はどう見ても、怯えている」

此度の鍔迫り合いも一瞬。
光秀はどこか哀れな者を眺めるような瞳を向ける敵対者を蹴り、距離をはかる。
そして彼女が敬愛する信長様を一瞥して――――驚愕した。
のぶのぶの背後に隠れる様にして耳を塞ぎ、愕然とした表情で身体を震え上がらせている少女は、光秀の知る織田信長とは程遠い存在であり。
その姿はまるでただの臆病者。天下統一を目論んでいた頃のあの凛々しさは微塵も感じられず、無様を晒しているだけの腑抜け。

「莫迦な……」

信じられない光景を目撃して、瞬時に嘘子へ近付く光秀。
咄嗟に優も走りだすが、追い付けない。たとえ筋力が上がり、細胞が活性化しても脚力は未だ光秀が上回る。

「あ――」

嘘子が呆然と口を開いた。
織田信長を演じることに失敗した。そう気付くまでに、あまり時間は掛からなくて。
だからといって出鱈目な言い訳を垂れ流しても、状況が悪化するだけだろう。
ゆえに嘘子は何も語らず、塞いでいた耳から手を離して光秀の言葉を待つ。

「信長、様? いったいこれは……何をなさっているのですか?」

思いの外、声が小さい。
されどその瞳に宿る信愛なる愛は僅かに揺らぎ、代わりに疑問が満ちている。
光秀自身は気付いていない、無意識的な行動ではあるが――嘘子を値踏みする様な。本当に信長なのか、観察する様な鋭い視線。
彼女は盲目的に嘘子を信長だと思い込んでいたが、此度の行動はあまりにも自分の知る信長様とかけ離れすぎていた。
溢れ出るばかりの勇ましさ、凛々しさが感じられず、代わりに厭というほど臆病さが伝わる。
再開した際に提案した平和的な解決法――これはまあ、心境の変化だと理解することも出来なくはない。事実、光秀もアイドルとして平和な生活――それでも日々の鍛錬は欠かさなかったが――を送っていたのだから、信長も似たようなものだったと考られる。
だがしかし、こうして戦に怯えるこの態度は、あまりにも信長らしくない。たとえ平和ボケしていたとしても、かつて天下統一を目論んでいた至高の益荒男が、こんな醜態を晒すハズがない。

「それは……」

解らない。
どんな嘘を吐けばいいのか、思い付かない。
いや思い付かないというよりも――――この状況で平然と嘘を吐くことが難しい。
一歩間違えれば殺される。変な解答をした瞬間、嘘子の首は銅から切り離されているだろう。
平素の振る舞いこそ恋する少女の様であるが、光秀とて立派な武士。女子小学生如きが容易に手綱を握られる筈もなく、目前へ迫る死に怯え、思考が乱れる。

「答えられないのなら――」

愛しい信長様ではないと判断して、殺す。
そう脅し文句を言い掛けた刹那――丸太が飛来していることに気付いた。
本来の光秀では有り得ない失態。咄嗟に払い除けようとするが、剛力で投げられた丸太は既に目前まで迫っており。
着弾と同時に光秀は、驚いた。何故ならそれは丸太などではなく――――太く逞しい、優の腕だったのだから。

「狂っている……ッ!」

引き千切れた再生中の左腕を一瞥して、光秀は吐き捨てた。
いくら再生能力があるからといって、迷い無く自らの腕を引き千切り、それを投擲するなど狂気の沙汰だ。たとえ再生するとはいえ、その痛みは想像を絶するものだろう。
戦乱の世を駆け抜けた光秀ですら、ここまでイカれた狂人は見たことがない。何の力もない小学生を助けるという行為自体は英雄的だが、手段はまるで怪人のソレだ。

「――――おおおおおおおッ!」

――――だがそれでも構わない。他者に虐げられ、裏切られ、利用され――――そんな人々を救うことが出来るのなら、怪人だと罵られても構わない。
着弾と同時に追い付いた優が、疾風怒濤の勢いで光秀へ拳の散弾を叩き込む。
それはまるで乱射。喧嘩慣れしていない経験不足の射撃手であるがゆえに狙いが定まらず、されどその気迫は本物。
しかし光秀は恐れることなく、余裕を保った態度で冷静に躱し、度々命中する拳は氷の防壁で痛みを和らげる。
両者の戦力差は絶望的であり。百戦錬磨の武士を相手にこれまで戦と無縁であった女子高生が互角の勝負を演じられるほど、戦場は甘くない。
拳を振るうたびに、激痛が奔る。視界が次第にぼんやりとしたものへ変化してゆく。ドーピングの副作用が如実に現れ始めた証拠だろうか。
されど諦めることなかれ。“英雄(ヒーロー)が諦めない限り、そこに必ず希望は存在する”――――陽太の師匠が番組で語っていた言葉を脳裏に思い浮かべて、戦闘続行。

「のぶのぶっ!」
「わんっ!」

主人の言葉に応じたのぶのぶが、優の左脛を噛み千切る。
片足に大打撃を与えられたことで途端に態勢が崩れる少女。瞬時に氷の刃を形成した光秀が、容赦なく優の手足を斬る。
彼女の能力は本能寺の変に起因された“護る為の能力”であり、応用性は高くとも攻撃にはあまり向いていない。空に膜を張ることで通常では有り得ない動作を行う、単純に防壁として用いるなど、戦闘補助として扱うのが本来の使い方ともいえる。
ゆえに武器の形状を保つことが出来る時間はほんの僅か。敵対者を斬り裂き、役目を果たした刃は溶けて消え去った。
のぶのぶと光秀、二人のコンビネーションが可能とした流れる様に見舞われる連撃。人体へのダメージも甚大であるが、それ以上に常人であれば耐え切れぬ程の痛みが襲うに違いない。
もっとも此度の相手は常軌を逸した狂人であり。彼女が往生際悪く再生――――再び立ち上がろうとすることもまた、光秀が想定していた通りの展開。

「な――」

だから。
それを計算していたからこそ、敢えて氷の刃で斬ったのだ。
不屈の根性は認めよう。不退転の決意は、過去に刃を交えてきた武士達のソレとよく似ている。実力こそ圧倒的に劣る相手だが、その精神だけは立派な狂人(ヒーロー)である。
己が真愛を否定する点は気に食わないが――――誇らしき挟持を示した戦士を甚振るつもりは毛頭ない。ゆえに多少なりとも楽に逝かせてやるのが、せめてもの手向け。
のぶのぶに噛み千切られた左脚以外再生しない事実に驚愕する優を確認して、刃物状の氷を生成。嘘子に手渡す。
氷の刃による斬撃で凍結した細胞は、暫く再生しないだろう。この状態で信長に危害を加える事は不可能だと判断しての行動だ。

「――――もしもあなた様が信長様だと云うのなら、この氷で敵対者を殺して下さい」

つまりそれは――――殺人者になれということで。
こーたを殺したルーズベルトと同類に成り下がれという命令で。
真剣な面立ちの光秀に告げられる言葉の意味を理解して、手足が更に震える。
嘘子は明智光秀という少女を侮りすぎていた。普段通りの要領で嘘を吐いたコトを後悔しても、もう遅い。
他者を殺害して生きるか、拒否して諸共殺されるか――――選択肢はその二つしか残されていない。
それも殺す対象は、嘘子を救う為に果敢に強敵へ立ち向かった勇気ある英雄であり。特別親しいワケではないが――――彼女を殺すコトは、言うなればこーたを殺す様なものである。
優しい者から死にゆく理不尽な世界に嫌気が差すが、それでも麻生嘘子は生きたくて。だから、殆ど達磨と同等の存在に成り果てた英雄へ駆け寄った。

「こーた……」

処刑対象の少女が処刑者、嘘子へ向けた瞳はやっぱり優しくて、どうしてもこーたの最期を思い出してしまう。
知り合ったばかりの嘘子を護る為に命を投げ出した彼もまた、優しい人間だった。

「幸太? それはもしや――山村幸太か」
「え!? そ……そうだけど」

何故、この少女がこーたの名前を知っている?
嘘子は疑問を浮かべるが、仰向けに倒れたまま穏やかな表情で空を見上げる少女は、何かを悟っている様だった。

「既に殺されていた――か? もしもそうならば、彼はどんな最期を迎えた」
「それは……」

言葉に詰まる。
よく見れば少女は兄やこーたが通う学校の女子制服で、きっと知り合いなのだろう。
自分を庇って死んだ――などと言えば怨まれるかもしれない。相手の状態からして嘘子が殺されることはまず有り得ないが、恨み言を吐かれるに違いない。
そして自らの知り合いを犠牲に生き延びた少女を助けようとした行為に苛立つのだろう。彼女は最悪の最期を迎えるのだろう。

「い――生きてるわ。こーたはあたしの犬みたいなもんなのよ、生きてるに決まってるじゃない!」

ゆえに麻生嘘子は嘘を吐く。
まともに拳を振るうことも出来ないであろう参加者が呪詛を撒き散らしたところで何かあるわけではないが、自分を助け様とした優しい人が絶望に塗れて死ぬのは気分が悪い。
無論、この程度の嘘で救えるとは思っていないし救うことは不可能だ。生きるには殺さねばならないし、この少女が死を恐れないとは限らない。所詮は嘘子のエゴだと云われれば、そうだろう。
されど嘘を聞いた優は僅かに一笑して。

「そうか。それは、よかった」

ナイフを手にした少女の言葉は話し方からして簡単に見破れるものだが、優しい嘘だと思った。
一瞬言葉に詰まった時点で既に山村幸太の死は察せられる。どんな最期を迎えたのか不明であるが、きっとこの少女に多少なりとも好かれていたのだろう。
彼の死亡が恋人の花巻咲に良からぬ影響を与えなければ良いのだが――果たしてどうなるのか。もしも道を踏み外してしまったのならばどうにかして戻してやりたいが、金本優の死は揺らがない。
既に道を踏み外しているであろう明智光秀を名乗る少女を、正しい道へ引っ張り戻してやりたかったが、この状況ではもう厳しいだろう。
ゆえに託す。会長に、副会長に、駆に、あざみに、敦信に、桃子に――――信じられる者たちだからこそ彼らに託せば安心だと心から思える。

だから優は、立ち上がった。いや立ち上がったというよりも、一瞬だけ起き上がった。
その動きはゾンビのようで、嘘子は恐怖に震えるが――――体勢を維持できない優は必然的に少女へ凭れ掛かる様に斃れる。

「え……」

ぬるりとした生暖かい感触に愕然と自らの手元を見つめる嘘子。
恐怖から咄嗟に突き出した刃物が優の心臓を貫き、止め処なく鮮血が溢れ出していた。
これは嘘子にとって想像もしていない事故の様なもので、彼女に非はない。優の自分勝手な行動が原因であり、嘘子は反応することも出来ずに呆然と立ち尽くしていただけである。
だのに罪悪感が止まらない。どれだけ嘘を吐こうとしても、不本意であっても。他者を殺したという重罪を犯した事実に変わりはない。
そもそも嘘子は優を殺す為に近付いたのだし、不本意ということは言い訳にならない。罪を犯すことが厭ならば、生きる為に殺そうと近寄ったこと自体が間違いなのだ。

「……済まない。だがこれ以外の解決策が、我には思い浮かばなかった」

光秀に聞こえない様に小さな声で優が囁き、謝罪する。
生き永らえさせる為とはいえ、殺人の少女に罪を背負わせてしまった。これで英雄を気取っていたなど、お笑いだ。
きっと会長や副会長、クラスの友人たちや憧れのヒーロー達ならばもっと賢い方法を選択していただろうが、優はそこまで賢くない。
長年の虐め経験で他者に嫌われ、憎まれることには慣れている。無論それは多大なる苦痛を齎し、ゆえに彼女は自殺一歩手前まで追い詰められたのだが――――今回は不思議と、苦痛を伴わぬ決断だった。
彼女はあまりにも、優しすぎたのだ。かつて友人の為に自らが怪人となった英雄も居たと云うが、皮肉にも彼女の行動は正しくその英雄像に合致している。
尤も優の場合は嘘子と出会ったばかり、それもまともに会話していないので英雄というよりは狂人。過去に虐げられたことが起因して英雄に焦がれたいじめられっ子の末路であり、無力な一般人を命懸けで救った英雄の最期。
最期まで運命に翻弄された哀れな存在ともいえるが、されどそんな滑稽なる道化を嘲笑う者は誰もいない。彼女は己が蛮勇を胸に無謀なる戦へ出陣した立派な戦士。それを嗤うことは武士道に反する。

「――――明智光秀。お前が間違った覇道を突き進む限り……ヒーローは、屈さない!
 悪しき野望(ゆめ)を砕き、必ずお前を正しき光へ、導いて、みせ、る」

僅かに残された命を振り絞り、少女はこの期に及んで夢物語を語る。
そこにはテレビで放送されているヒーローに限らず、会長や副会長も含んでいて。
確固たる信念もなく生きてきた自分と違い、彼らなら光秀を止められると信ずるからこそ、断言出来る。

「そこまで云うのなら、問おう。貴様が信ずる至高の愛を語る英雄の名を」
「我が高校の副会長……愛島ツバキ。我は恋愛に疎いが、彼ならその歪んだ愛を……本物の、愛、に……」

己が最も信じる英雄の名を残して――――少女は絶命した。
その表情は苦痛に歪むこともなく、然と希望を見据えたままに。

「敵ながら、天晴。狂ってはいるが、その蛮勇と忠誠心は実に素晴らしいものであった。
 ゆえにその誇らしい最期を尊重し、貴様の信ずる愛島ツバキと果たし合い、どちらの愛が本物であるか決着をつけよう」

自分の愛こそが至高であり、偽りではないと信じているが、この少女が憧れていた人物には興味がある。
それに二つの異なる意見があるのならば、戦で互いの愛をぶつけ合えば良い。一切の手加減をしないゆえ、その至高の愛とやらを存分に魅せてみろ。

「――少々、疲れたな。まさかここまで、疲労するとは」

此度の戦は盾の生成を数度、超人的な動作を可能とする為に薄い氷の足止め場を作り、刀とナイフの生産を各一度ずつ。
あまり大した使い方をしていないのに、それに見合わぬ想定外の疲労。これは魔力の代わりに体力を消費していることが原因であるが、本人は何も知らない。
だが自分に与えられた能力が諸刃の剣だということは理解出来た。特に刀の生産以降に疲れが一気に増したことから、あれは特に使い所を見極める必要がある。


「……」

二人の戦士が言葉を交わす傍らで、真紅に染まった氷も溶けて、無手になった嘘子は呆然とやり取りを眺めていた。
たった今死んだ優しい少女の言ったことなんて、所詮はひなと同等の夢物語だ。
この世にテレビ番組で活躍している様なヒーローなんて存在しない。兄の様に噂を広めることで超人然とした人物像に仕立て上げることは出来るが、実際はただの人間である。
それにたとえ愛島ツバキがどれほど凄い人物でも、この明智光秀気取りの少女に勝つことは不可能だろう。一見激戦にみえた先の戦闘も、終わってから彼女の姿を眺めてみれば全く傷が残っていない。
絶望的な戦力差。素人が超人的な身体能力を得ても覆すことが出来ない、圧倒的な技術。一般人や剣道で優秀な成績を収めた程度の人物が束にろうと、彼女に勝つことは到底無理だ。
明智光秀を語っている辺り剣術に自信があるのだろうが、剣もなしでこの実力なのだから恐ろしい。

それに。もしもヒーローなんて存在と遭遇してしまったら、嘘子は殺されてしまうかもしれない。
万が一に光秀に勝利したとしても、正義の味方は罪を犯した殺人者を容赦なく成敗することだろう。
光秀より実力の劣る相手だったとしても、まずは殺人に手を染めた弱者の自分から狙って殺される可能性もある。
何よりも殺人を犯したという罪悪感。ヒーローが訪れてハッピーエンドをプレゼントしてくれても、この罪悪感は永劫消えることはないだろう。
果たして嘘子はそれに耐え切れるだろうか? 心臓を刺した際の感触は、今でも然と覚えている。思い出したくもないが、忘れられない。
だから。そんな未来を否定する為にも、光秀と共に悪人として開き直るという道もある。
一度虐殺を肯定してしまえば、後は楽かもしれない。どうせ生き残るには、自分と光秀以外の全参加者を殺さなければならないのだ。
何の罪もない人を殺してしまった以上、今更何をしても平和な日常には戻れないのだ。ならば悪に染まるのも、有りではないだろうか。
麻生嘘子は、迷い続ける――――。

&color(red){【金本優@アースR 死亡】}


【B-2/駅・待合室/1日目/黎明】


【麻生嘘子@アースR】
[状態]:不安、罪悪感、迷い、膝にけが、精神的疲労(極大)
[服装]:ゴシック調の服
[装備]:のぶのぶ@アースP
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~1
[思考]
基本:他人の力を借りて生き残りたい。兄と合流したい。
1:兄さんに会いたい。でも今のままだと…
2:この人なんなの…とりあえず信長のフリしなきゃ
3:ひながいることに驚き
4:こーた…犬とかいってごめんなさい…なんかもっと犬な人が来た…
5:開き直って悪に染まるのもありかもしれない
[備考]
※明智光秀を「変な設定の明智光秀を演じてる狂った人」だと思っています。
※支給品は山村幸太のものと入れ替わっていました。

【明智光秀@アースP(パラレル)】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(極小)
[服装]:アイドル衣装
[装備]:マキタのチェーンソー@アースF
[道具]:基本支給品一式、ポケットティッシュ、ランダムアイテム0~1
[思考]
基本:信長様の軍を勝利へ導く
1:信長様の牙として信長様に仕える
2:信長様とチームが違うなんて考えもしていなかった
3:信長様はしかしどうやら平和ボケしておられるようだ
4:信長様を励ましながら他の参加者を殺戮する
5:信長様と私だけになったところで信長様に殺してもらう
6:そうして信長様を生かすしかもはや道はないというのに…
7:ああでも信長様めっちゃ可愛いなあ金髪ロリとかさあ
8:正直いって超タイプだし愛し合いたいラブしたい
9:でもまずは戦、戦だぞ光秀
10:戦でいいところを見せて、信長様に明智光秀が必要だと思われないと!
11:愛島ツバキと果たし合い、どちらの愛こそが至高であるか決着をつける
12:疲労が激しい武器の生成は出来る限り使用を控えたい。その他、能力は慎重に扱う。
[備考]
※麻生嘘子のことを織田信長だと思いこんでいます
※氷を操る能力を習得しました。体内に存在しない魔力の代わりに体力を消費します
・ただし彼女の渇望=織田信長を護ることに起因している能力である為、氷柱を射出するなど能力自体で直接的に相手を傷付ける、攻撃性を伴う使い道は使用できません。当たった瞬間に氷が砕け散ります
・能力を応用して武器を生成することも可能ですが、刀程度の大きさともなればあまり維持出来ない上に体力の消耗が激しいです。

【ドーピング剤@アースF】
筋肉を飛躍的に増大させるドーピング剤。副作用として慢性的な痛みに襲われる。
短時間に複数使用することで細胞が活性化、再生まで行える程になるが副作用が強くなる。

【ユメミルクスリ@アースF】
使用者の根底に眠る願望に起因した能力を与える薬。
ただし病的なまでに渇望している必要があり、これを使用して効果がある者は狂人に限ると言われている。


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