- スレッド_レス番号 02_114-115,02_117-118
- 作者 319 ◆lHiWUhvoBo
- 備考 長編,小隊長シリーズその3 ファミレス編
15時。ビジネス街の真ん中にある、とあるファミレス。戦争の様なランチタイムが終わり、雲霞の如くに押し寄せた客の
姿も途絶え、店内は閑散としていた。兵(ツワモノ)どもの夢の跡、的な店内を見据えたフロア担当のアルバイトの女の子
がほっと溜息を吐く。今日も問題なく捌けて良かったな、と。この短いスカートと胸を強調した制服は男性客の視線が痛い
程に突き刺さる。ストレスと性欲の溜まっているオジサン達の視線を否応なしに浴びる格好のイケニエなのだ。
「ご苦労様都ちゃん。もうブレイク取っていいからね」
「は~い、では入らせて貰いますねマネー…」
都築 都(20)は振り向いた途端絶句した。このピア・キュロット6号店を常に陣頭指揮で切り盛りする、鉄の女と綽名
される敏腕マネージャーがそこに居た。なんと…フロアの制服で。そう言えば他のバイトの娘が噂をしていた。ここ数日、
マネージャーが決まってこの時間にブレイクを勧めたり、何故かフロアのシフトを変わってくれるようになった、などなど。
「都ちゃん? どうしたの? 」
普段のスーツ姿からは想像も出来ない程の色っぽさだった。…簡単に言ってしまえばまるでその筋の夜のオミズの
お店のお姉さんの卑猥さだ。キツイ切れ長の目の顔立ちと制服とのギャップが同じ女の目から見ても、もの凄くそそる。
特にボディラインのボンキュっポンの段差は犯罪的だ。思わず決して小さくは無い自分の胸を思わず撫でてしまう程に。
決して太くは無いウェストを確認する程に。決して弛んではいないヒップの張りを確認する程に。正に黄金率の極致だ。
「マネー…ジャー? 」
「この格好? 私も研修の時にしてたの。特に問題無いでしょう? 」
「くるっと回られても…その…」
その時、来客を告げる電子音のチャイムが言葉に詰まる都築 都(20)を救った。20ウン歳で四捨五入すれば30歳の
年増女がまるで同年代かそれ以下のような反応を返すのはまだ良いとして、店内スタッフからは般若とか鬼とか呼ばれて
畏れられつつも慕われている女性のやって良い事では無いな…と思っていると、思いを寄せる厨房スタッフがデレデレして
いたので、マネージャーの言葉に甘え、都は奥に厳然たる制裁を加えに行くことにした。駆け寄るようにしてマネージャーが
訪れた客に接客に向かう様がチラリと見えた。マニュアル通りの応対なのだが…何かが違う。厨房スタッフを予備メニューの
束でブン殴りながら、都は耳を澄ませつつ、そっと覗き見て店内の様子を伺うことにした。
「いらっしゃいませ、一名様ですか? 」
「ええ、申し訳ありませんが僕独りです」
「謝る必要は有りません。むしろお独りで安心…失礼を致しました、こちらへどうぞ」
幼い頃の、スプラッター映画を覗き見た感覚に都は襲われた。あの、氷を削って創られたんだとか言われてた女王様気質の
鉄面皮と冷静ぶりを誇るマネージャーが、頬まで染めて浮かれている。これはもう、店内スタッフ全員に対する犯罪レベルだ。
同人誌を書いていると言うアルバイト仲間にこれを見せたら『あ~ん、ギャップ萌えの極致ぃ!』とか言ってハァハァして見守るに
違いない。当然の如く、アルバイト仲間は同性だ。しかも少しその「ケ」があると言われている、近郊にある全寮制女子校出の。
「今日のお勧めは…私…と言って見ますけれど…どうでしょうか? 」
「…そうですね、今日もお綺麗ですが、僕には少し勿体無さ過ぎます。済みません。…チョコレートパフェをお願いします」
「畏(かしこ)まりました。残念です…。・・・っ!! 少々、お待ちください」
ヤバイ! 気付かれた? 都は厨房に注がれた鋭いマネージャーの目に射抜かれた気分にさせられた。己の親の敵を見る
ような目付きだ。マネージャーは客に丁寧に一礼すると、般若の顔をして都の方に向かってくる。もう逃げられない。足が竦む。
そして、固まったままマネージャーに襟を掴まれ持ち上げられる。…スゴイ筋力だった。きっと数々の繁忙期のオーダーの
修羅場を潜り抜けてきたに違いないと都は未知の恐怖に震えながらそう思った。…厨房スタッフは都の乱撃によりノビていた。
「私は休んでなさいと言ったわね? 都ちゃん? …貴方が今居る事がお客様に知られると、私が非っ常ぉ~に、困るの」
コクコクと頷く事しか都には出来なかった。途端にマネージャーの顔がパッと笑顔に戻る。釣られてフロアを見ると客が心を
定めたのか、先程のウェイトレス=マネージャーの姿を捜していた。必要最小限だけ首を動かし、何かこう、ビシュ! ビシィ!
と効果音が入りそうなキビキビとした動きだった。
「ああ、あのヒトが私を求めてるぅ…
眉が太く、凛々しい。目も大きく、切れ上がっている。顎はガッシリとしている。首は太く、長い。それでいて、マッチョとは違う。
例えて言うなら…CSでやっている、昭和の日活東映の映画スターを思わせる精悍な顔付きだ。今風のフェミニンな坊やとは
根本的に土台から違う逞しさを持っている。骨付きのチキンの骨まで噛み砕きそうな顎を左手でつまみ、スタッフを呼び出す
ためのチャイムを押そうか押すまいか、右手を上下させ迷う様が、何故か可愛く見えた。
「都ちゃぁ~ん? どこを見てるのかなぁ~っ? 」
…ふと、都の背筋に戦慄が奔った。都はゴメンなさい、と小さく口の中で呟き、厨房スタッフが用意してくれた『賄い』を持って
スタッフルームへ素直に赴く事にした。これ以上邪魔すると殺すわよ、との言外の響きが込められていることを理解出来たから。
(俺とした事がメシを頼むのを忘れていた。ドリンクバーを頼むか否か…)
捜すも、ウェイトレスが見当たらない。席は背後から襲撃されないよう何時も壁を背に、店内の全てを見渡せる位置を
確保している。『今日のお勧めは…私…と言って見ますけれど…どうでしょうか?』頭の中にウェイトレスの言葉が反響
していた。それでつい甘いものを連想し、デザートに頼むはずだった「チョコレートパフェ」を連想してしまったのだった。
痛恨のミスだった。目の前のボタンを押して呼び出せば済む事だが、余計な手間を掛けさせたくない。しかし…! 男は
押そうか押すまいか、顎をつまんで悩んでいた。顎をつまむのは男の考えている時の癖だ。
「御用でしょうか? 『私を』捜していらしたようなので…」
ふと気付くとウェイトレスが傍に来ていた。鈍ったものだな、と男は苦笑した。戦場だったら既に自分は三回殺されている。
シャバに慣れて行くのが解る。ここはもう、『柵の外』。男の世界の統てだった駐屯地や演習場の外の、日常の世界なのだ。
あの時に嫌と言う程に想定していた危険要素などもう思考する事すら、はばかられるだろう人々の群れの中に居るのだ。
「どう、されました? 」
「いえ、何でも無いんです。有難うございます。唐揚げ定食の御飯大盛りと、ドリンクバーをお願いします」
「承りました。ご注文は以上で宜しいですか? 」
「ええ、以上でお願いできますか? 」
「畏まりました。……なんだか、とても寂しそうでしたから…ついお声を掛けてしまいました。ご容赦下さい」
「有難うございます。…貴女はとても優しい人ですね」
「そ、そんな…し、失礼…致しました…」
復唱と配慮を忘れない、非常に優秀な人材だと男は彼女について思う。4日前にふらりと始めてこの店に入った時、偉そうな
初老の男性が彼女に難癖をつけていたのを思い出す。とにかく責任者を呼べ、と仕切りに騒いでいたので、機転を効かせて
自分がそうです、とハッタリと話術と雰囲気で丸め込み、非常に満足してお帰り頂いたのだ。聞けば自分が来るまでの間、
体中を触りまくられたのだと泣いている彼女に、あの感触を忘れさせて下さいと泣いて『求められた』がその時も『至極丁重に』
お断り申し上げたのだ。それからこの時間、渋る上司に頼み込み昼食時間をシフトさせて通うようになった。理由は『誰も居ない
時間に仕事を覚えたいから』だが、実は来て1日で大体の事は把握している。下調べは転職を決断した際に終えている。
(あのカラダであの服ならば、大抵の男は欲望を抱くさ…)
遠ざかるウェイトレスの躍動する尻から足のラインをチラリと見て、男は思う。法学を専攻し、元自衛官だと言う枷が効いている
自分でも油断すれば見惚れてしまうだろう。不躾にそれを実行・実践しないのは男の矜持と自分の身体の遺伝情報と言う、特殊な
事情の御蔭である。心臓病因子を持つ男は、多感な少年時にそれを知らされた時、決して異性と性交渉は持つまいと決心したのだ。
性交渉は子供を為す為の行為であり、快楽を求めるための行為では無い。自分がもし女性に子供を生ませれば、9割5分の
確率で心臓に異常を持った子供が生まれる。…男は身体が成長するまでに心臓の痛みに耐え続けていた。自分の子にそんな
思いなどさせたくは無かった。それに第一、自分の選んだ女性にその事で悩ませたくない。だから…少年は他の誰かの幸せのために
生きると星空に誓い、今もこうして生きている。俺はずっと死ぬまで独りでいいのだ、と言い聞かせながら、生きている。
(ならば何故、こうして俺はここに居る? )
理由は簡単だ。自分が居る事で、誰かが守れるならばそれでいい。自分が誰かの為になればそれでいい。
ほんの少しの自分の骨折りで、誰かが幸せならば満足だ。俺の幸せは皆の幸せ。今ここに通うのも…彼女の
支えに少しでも為れれば良いと思ったから。あんな事が有ったのに、それでも彼女は踏み留まって戦っている。
陸上自衛隊では致命的な『男色家』の噂を立てられ、憤慨して退職届を叩き付けた短期な自分とは違うのだ。
そうだ。人間を、己を取り巻いて包囲している現実は…
「甘くない、か…」
行き場の無いと言う子犬を拾ったツモリが子猫でした。
上司がイロっぽく誘って来て困ってます。
偶然助けてしまったウェイトレスに好意を持たれてます。
魅力的な大家さんが家賃は要りませんからその代わり大家になって…と毎回せがんで来ます。
少年の頃に涙ながらに交際を諦めてしまった幼馴染が子供なんて要らないキミが欲しいのと言って来ます。
昔の女性の部下が駐屯地からの外出の際にいつも自分の部屋に来て他の女の影が無いか目を光らせてます。
調査隊の女性隊員が不審行動が無いかいつも自分をマーク…いた。今日は向かいのビルの喫茶店に居る。
大学時代に知り合った親友だと思ってた良家の子女が私を連れて逃げてと言っています。
高校時代のホームステイで知り合った上品な金髪碧眼のあのやせっぽちな娘がばいんばいんになって消息を
聞いてやってきて、執事になれと今最高級ホテルのロイヤルスイートルームに宿泊中です。
それも全員『触れなば落ちん』雰囲気を纏わせながら。男は目を右手で覆い、思わず天を仰ぐ。
「需要と供給のバランスって一体どうなってるのかねぇ…」
鋼鉄の理性で魅力的な誘惑のそのどれもを今だ退ける己に幸あらんことを。そう、願わずには居られなかった。
「お待たせ致しました。唐揚げ定食ライス大、ドリンクバーのカップをお持ち致しました。先のチョコレートパフェは
その…あの…大変お時間が掛かりますので失礼ながら後にさせて頂きました。…ご注文は以上で宜しいですか? 」
「ええ、結構です。ありがとうございます。…あの…チョコレートパフェですが…」
「ご承知の通り、『容器』が『特別性』ですので…」
男は先日のプリンアラモードの一件を思い出した。あの時、彼女はなんと直接、自分の豊かな胸の上に盛ってきたのだ。
即座にツッコミを入れたのだが彼女は無視して食べさせてくれた。今度も同じ事をするのだろう。当然、『器もご賞味を』と
言われたが、修辞法の限りを尽くして御辞退申し上げたのだ。店の責任者にこの事が知れたら彼女はどうなるだろうか?
一抹の不安を覚えながら、男は向かいに座ったウェイトレスの暖かい視線を浴びながら、合掌してから箸に手を付けた。
バグ・不具合を見つけたら? 要望がある場合は?
お手数ですが、メールでお問い合わせください。
最終更新:2008年02月14日 00:49