- スレッド_レス番号 02_123-126
- 作者 319 ◆lHiWUhvoBo
- 備考 長編,小隊長シリーズその4 ファミレス編
(凄い速さ……まるで旋風(つむじかぜ)のよう……)
男の食事を微笑みながら見守る、ピアキュロット6号店の偽ウェイトレスであり真マネージャーである越中雪乃(25+X)は
心の中で感嘆していた。きちんと飯椀と汁椀を持ち上げ、掻き込むでも無く適切な分量を口に運ぶ箸捌き。調味料を最初に
やたらに唐揚げに掛けず、まず一口食してから判断する常識も弁えている。…職業柄それらの事項を守れない人間を多く
見て来たが、これは目の前の男がしっかりとした躾を受けて来た証拠である。男が合掌し食事を始め、全ての食物を殲滅し
終え、男が再び合掌するまでの所要時間は僅か10分。…ちなみにベストタイムは昨日の所要時間、3分だ。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。食器をお下げ致します」
男が目を伏せ、何かに祈る姿がある種の求道者や修行者の如く美しかった。ピンと伸びた背筋、折り目正しい挙措、そして
清冽な響きを持つ声。以前からの知己の様に錯覚してしまう親しみ易い雰囲気。それでいて何者にも入らせないだろう聖域を
持つ厳格さ。……4日前の『やけっぱち』な自分の決断を天上に居るだろう『何か』に感謝したくなる越中雪乃(25+X)であった。
さあ、デザートの用意をしなければ。正直、今日はもう『勝負』に出たい。フェロモン増加のために、雪乃は甘い回想に浸るべく
長く綺麗な睫毛が彩る、切れ長の目を伏せた。
『何ぃ、来れない、ですってぇ?! 昨日シフト確認してOKしてたの貴女でしょう?! …彼が病気? 振っちゃいなさいそんなの! 』
4日前、出勤して直ぐにアルバイトの一人から『休む』と連絡を受けた雪乃は、まずはアルバイトスタッフ全員に休日出勤の
要請の連絡を取った。主力がパート・アルバイトで回る外食産業では良くある話だ。しかしその日に限って休みのアルバイトが
遠出。パートに連絡するも、小学校やら幼稚園やらの行事で×やら、都合が悪いやらで出勤不可。残るは社員だが…なんと
運悪く店長も含め社員は全員出撃の日。必然的にフロアをやれる人員は限られてくる。フロアは清潔感とある程度のルックスが
無いと務められない。雪乃は当日の勤務シフトを組み直し、配置の調整をしたがどうしてもフロアスタッフの『穴』が埋められない
時間帯があった。それが…あの『15時からの運命の1時間』だった。
『やるしか…無い、か…。あ~、もうっ! 』
1号店から支援を求められ、断る間もなく二つ返事で店長がヘルプを引き受け笑顔で行ってしまったとアルバイトから聞いた時、
あのブラコンめ絶対にブチ殺す何がお兄ちゃんが呼んでるだ畜生この色ボケ戯(たわ)けオンナがと腹立ち紛れにロッカーを
一つ金属粗大ゴミにした後に、雪乃は己が二度と着るまいと思っていた研修時代に『特注:バストとヒップ回りがキツ過ぎるので
一人だけオーダーメイド』したクリーニング済みのフロアの制服に嫌々袖を通したのだ。…今ではその色ボケ女に感謝している。
『やっ、止めてくださいっ! だから…私がその責任者なんですっ! 』
『嘘をつけ嘘を! そんなそそる服を来た責任者が居るかっ! 』
悪い時に悪い事は重なるもので、為れないスタッフが調理済み食品の解凍時間をうっかり間違えたものを客に出してしまったのだ。
クレームを受けたアルバイトに呼ばれ即座に謝罪に向かった雪乃だが、今の己がどんな格好でどんな立場かすっかり忘れていた。
…勿論、忘れてしまっていた己自身に現在は物凄ぉ~く、感謝している。
『下手にかばい立てしよってからに! 脳味噌に行くべき栄養が、全部このケシカラン乳や尻に行ったのか? んぅ? 』
『そんな…あ、ンぅッ! 』
『なんと! そのそそるカラダでお詫びとはなんとも効果的な方法じゃのぉ』
先程ウェイトレス姿で料理を運んだ人間が責任者だと言われても、若い世代ならともかく、老境に至った世代には信じろと言う方が
無理だった。哀しいが人は外見や服装でまず判断を下すものだ。さらにクイモノの恨みは怖ろしい。固い物でもバリバリと噛み砕く
若者なら問題ない固さだったが、入れ歯の老人ではそれも儘(ママ)ならない。…今にして思えば、自分の若さを見せたかったのだろう。
「痛いっ! 」
「おお、スマンスマン、乳首コリコリし過ぎたか? 乳の柔らかさが足りんのぉ…揉んでもらっとるか? 」
他のスタッフが止めに来る宛もない。ブレイクを取らせたから。自分のマネージャーとしての沽券に関わるのでブレイクを取った人間を
呼び戻すわけにも行かない。第一こんなスケベ爺いに良い様にされているこんな醜態を見せられない。腕には覚えが有るが、客商売では
暴力は御法度だ。それでも奮うと…死にそうに無い好色老人だが、多分加減出来ず殺してしまうかも知れない。もう駄目! 雪乃が叫ぼうと
息を呑んだ時…自動ドアが開いた。
「だれか…たすけて……」
雪乃の涙で滲む視界の中に、困惑しつつも義憤に燃えた男が一人、立っていた。
『ホレホレ、責任者を呼べと言うとろうに? ホッホッホッ! 』
『…済みません、僕がその責任者です。お客様、どうかされましたか? 』
突然何を言い出すのか理解出来なかった涙目の雪乃に、男は老人に見えないようにウィンクして見せた。あれほどタコの様に雪乃のカラダに
吸い付き、絡み付いて離れなかった老人の腕が、男の手によってアッサリと引き剥がされていく。急所を押さえているのだろう。見ると老人の顔が
先程の情欲からでは無く、痛みから歪んでいる。自然に手近な席に座ったように見えたが、実は男に強制されたに等しいのがその様子で解った。
それからが見事だった。先ずは老人から話を聞きだし状況把握、満足するまで喋らせたあと、謝罪。しかし老人の雪乃に対する行為は威力営業
妨害行為に当たると暗に恫喝。訴えられたく無かったら互いにこのまま黙って笑顔で手打ちと行きましょうと暗喩し、男に見惚れていた雪乃を
振り返った。
『さてと、それで当事者の貴女はどうしますか? 』
男に名前で呼んで欲しかったが、生憎ネームプレートは老人の狼藉により制服より取れていた。第一ネームプレートにしっかり責任者である
旨が刻印されていたのだが、相手には歳が歳で見えなかったのだろう。雪乃は飛びっ切りの笑顔を浮かべつつ、今回の件は大事にはしないと
オブラートに包んで老人に伝えた。実は顎の骨を砕いて一足早く流動食を喰う体にしてやりたい位だったが、もう一刻も早く店内から消えて
欲しかった。今は目先の復讐よりも、雪乃は突然現われたこの男の正体が知りたかったのだ。……後日判明した事だが、その老人はなんと
ビジネス街一帯の主要ビルのオーナー会社の会長であり、現在では良いお得意様となっている。来れば必ず雪乃を呼び出して、男との関係の
進展を、『あの本社の兄ちゃんとはどうなっとる? おっぱい揉んでもらっとるかの? 』と聞いて来るのが困り物だが。
『ワシも大人げ無かったわい。それじゃまた今度、の』
男は上機嫌で立ち去る老人の背に音の出るほど律儀に会釈し、姿が見えなくなるまで続けていた。その時雪乃は何故男が握り拳のままなのかと
不思議に思っていた。男はスパッとおもむろに頭を上げ、回れ右をした。1で右足を引き、2でクルッと回り、3で右足を引く。最後にカツン! と靴の
踵が合わさる音が店内に高らかに鳴り響く。全ての動作が颯爽としていた。豊かな双乳を己の腕で抱きしめる雪乃の様子を気遣う視線が暖かい。
その男の気遣いに、自然と涙が溢れてくる。
『怪我は無いようで何より。…よく我慢しましたね』
『…有難う御座いました。で、貴方はいったい…』
『え~と、あの……もう、ランチタイムって…終わってしまったんですよね? 1459(ヒトヨンゴオキュウ)で』
『…その…、まさか、お客様…ですか? 』
『ええ、そのまさかの客…なんです。お困りのようでしたので、つい芝居を』
慌てて涙を拭って男を席に案内した雪乃に、男はドリンクバーをオーダーして、カップを取ってミルクコーヒーを作ってから、雪乃に飲む様に勧めた。
男は雪乃の受けたショックが余りにも強かったのだろうと言い、落ち着くまで休むと良い、と言ってくれたのだ。幸い店内には他の客は存在しなかった。
雪乃は礼を言ってからカップに手を伸ばし、口を付けた。…コーヒーはガムシロップが良く聞いていた。
『甘いのが…お好きなんですね』
『ええ、ブラックは飲み過ぎて嫌いになりましたので』
老人に揉まれ、触られた記憶が雪乃の脳裏を走った。気味の悪い、肌を這い回る指の感蝕が止まらない。雪乃の震えを痛ましげに見守る男が、
太い眉を顰めた。自然とまた涙が溢れてくる。百戦練磨の身体を持ち、そんな雰囲気を纏う雪乃だが、こと色気に関する経験は男女問わず皆無だった。
ポツリポツリと老人にされたこと話す雪乃の話を、男はただ、異を唱える事無く黙って時々気遣いながら聞いてくれた。男って不潔です、皆あんなこと
を私にしたいと思ってるんですか等等、知らず知らずの内に小娘のような事まで口走っていた。それでも老人の手の感触は消えなかった。
『あの…貴方も、私にあんな事をしたい、と思っているんですか? 』
『僕は違う。…と信じたい。…と思う。いや…深層心理では思っているのかも…。何せ、僕も男性ですから』
『あの老人と同じことを…私に…してください! 貴方の手で、この嫌な感触を消してください! 』
『確かに貴女は魅力的だが、それだけは出来ない! 貴女には悪いが、僕は己の情欲に負けたく無い! ……ずっとそうして生きてきたんだ』
雪乃の涙が止まった。肺腑を鋭利な刃物で抉られたが如く苦しげに絞り出した男の述懐に、気圧(けお)されてしまっていた。我に還った男が、
含羞の微笑みを浮かべ、ゆっくりと、目を見張る程大きく形の良い胸の上に組み合わされた雪乃の繊手を包んだ。とても冷たい手をしていた。
『しかし僕は、貴女が辛い記憶を乗り越える手助けは惜しみません。……けれど最後には、自分で乗り越えなければ永久に解決はしないんです。
…貴女があの出来事を克服出来るように、僕は此処にこの時間、通い続けます。…僕を見てもあの出来事を思い出さなくなるまで、ずっと』
男の真摯な視線を、雪乃は真正面から受け止めていた。心臓の鼓動が耳の奥から早鐘の如く鳴り響いた。絶対に忘れるものか。この記憶を。
雪乃は男の言葉を心に刻み付けた。『僕は此処にこの時間、通い続けます…ずっと』と言う、自分に都合のいい、フレーズだけを。
「絶対に逃がさないんだから、あんな…」
優しく、理想の男を。そして雪乃は回想を打ち切り、勢い良く冷凍庫を開けた。これからは時間だけが勝負だ。アイスキューブを大量にビニール袋に
突っ込み、胸を肌蹴けさせて袋を当てる。火照った肌に心地良い。が、チョコレートパフェのグラスを挟むのに、この身体の火照りをもっと冷やさねば。
雪乃は羞恥に頬を染めながら、男の戸惑いうろたえる様を想像し、妖しく艶やかに微笑んだ。……例え無情に拒まれたとしても、己自身の恋のために。
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最終更新:2008年02月14日 00:49