- スレッド_レス番号 02_239-248
- 作者
- 備考 長編,従の旅の続編
「マスタァーッ!! 地べたに伏せろ!!」
反射的に身体が反応したのだろう。返事をする間も惜しんで黄土色の土に接吻する。
ガッ! ガッ!
その刹那、鼓膜を痺れさせる鋭い風圧が頭上を通過し、後方の大木より鈍く木皮の割れる音がまば
らに響いた。
伏せたまま振り返ると、並のそれよりやや長い矢が樹に突き刺さった衝動でしなって揺れている。
その特徴的な矢には、見覚えがある。
ああ、間違いない。
俺が数年前、苦楽を共にして、これからもそのように生きていこうなどと思い上がった夢――その
傍に、常に添えられていた形状だからだ。だがもしその予想通りならば、襲撃者は俺達の息づかい
さえ察知している距離にいる可能性が高い。なにせ向こうの聴覚は、このような薄暗い森の中に潜む
獲物を逃さない為に適応進化を遂げた賜物。かつての自己申告を信じるならば、半径百メートル圏内
は彼女の領域と思って良い。
「無事ですか、マスター」
先ほど俺に警告を発した声が傍に駆け寄ってきた。
普段の冷静沈着な様子が影を潜め、殺気だった警戒心を解かぬまま俺の横にしゃがみ込むその
女剣士は、数ヶ月前に「従の契約」を結んだ獣人。
犬の血統を身に宿す優秀な獣人種族であるらしく、驚異的な身体能力を武器に数本の刀を自在に
操り、雇用主に忠実で手堅く仕事をこなす事で評判の若き戦乙女である。
顔は犬耳と小さくも鋭い牙を別にすればさほど人と変わらないためか、顔の表情も読みやすいはず
なのだが、必要以上に己を律して表情を崩さないのは種族の特性以上に本人の性格が関係しているに
違いない。
だが、今はその顔も緊張で引きつっている。俺は頭を伏せたまま、腰の袋から雑記用紙を取り出す。
「ああ、大丈夫だ。だが、ここを見ろ」
「紙? ……なるほど。さすがです、マスター」
俺は走り書きで小さな紙上に文字を叩き付ける。すぐに彼女は、この筆談が相手の驚異的な聴覚を
警戒してのことであると察したらしく、周囲の警戒を解かぬままながらも俺の筆談に付き合う。
書いた内容は三つ。
相手はエルフの優秀な弓使いであり狙いは俺自身であること、今から任務としてエルフの注意を
引きつけつつ俺の逃走を助けること、落ち合い場所は今朝泊まった川辺のキャンプ地点にすること。
飲み込みの早い獣人剣士は、堅い性格に不釣り合いな可愛らしい犬耳をヒクッと奮わせて了承の意
を俺に伝える。
だが、よし、と紙を仕舞おうとした俺の手を彼女は掴んだ。
「どうした」
彼女はその横長に切れた瞼を意図的に二度動かす。俺に紙を貸せと言うのか。
今は悩む暇も惜しい。
無言で渡す。
そこに彼女はこう記した――
――殺してもいいですか、と。
背筋に冷たい汗が流れ落ちる。
だがそれも一瞬。
俺はゆっくりと、首を横に振った。冷静な護衛役はじっと俺を見つめ、再び犬耳を奮わせる。
そして聞き耳を立てているであろう相手を威嚇するかのような地蹴り音を立てて、俺の右手の方へ
走り出すと、チラッとこちらへ視線を投げかけた。
その仕草が少し悲しげに見えたのは、俺の中で歳に不相応の青い動揺が走ったからだろう……
……そうに違いない。
感傷を急いで吐き捨てると、囮となってくれた護衛の反対方向へと移動を開始した。
俺が集合予定地点に着いたのは逃走より数時間後。
距離から換算すれば円滑に辿り着いたのだろう。
しかし、俺を守護するために走っていった勇敢なる獣乙女はなかなか場所に現れない。気がつくと
太陽が沈み、普段ならば野宿用のキャンプを用意すべき時間に迫られた。
――遅いな……探しに行くか。しかし、下手に彷徨(うろつ)く方がむしろ落ち合いにくい…………
苦渋に決断を迫られ出した時、ガサッと物音がしたので思わず身構えると
「……マスター、お待たせして申し訳ありませんでした」
「いや、無事ならなによ……おいっ!」
その肩を覆う布地が赤く染まっていることに気づいて駆け寄る。
俺は「いえ、これぐらい唾をつけておけば……ま、マスターッ」と愚図る控えめな獣人の腕を捕ま
えると無理矢理川辺に引っ張って座らせ、急いで荷物より救急消毒液と綿棒を取り出した。
上着を脱ぐように命じると少々顔が強張ったが、辛うじて冷静さを保ったのかあっさりと従って
くれた。剣士ならではの薄くて固い装甲を外して下着の首口から負傷した肩を出させると、傷口が
ぱくりと割れて赤い血がじわりと噴き出す。
俺は右手のないハンデをものともせず、消毒液を右肘(ひじ)と脇に挟んで固定して綿棒を浸し、
血を拭き取りながらえぐれるように走る矢傷を丹念になぞる。
「くっ」
「痛いだろうが、我慢しろ。普通の矢と違い、手当てしないと後に響くぞ」
「りょ、了解」
唇を噛んで消毒の痛みに耐える姿は意外と可愛らしい。俺はこのとき、彼女がまだ二十歳を超えた
ばかりの駆け出しの女であると、ようやく実感できた。それぐらい、普段の仕事姿はすでに完成され
ているからとも言える。もっとも、獣人といいエルフといい、高等種族の寿命は人間とは比較になら
ないほど長いので、年齢にそれほど意味はないが。
仕上げにガーゼを貼って包帯を巻いてやると、ようやく落ち着いたように女の表情は緩んだ。
が、それもつかの間、安心したように頬を緩ます俺をじっと見ると、
「ところでマスター、お聞きしたいことが」
「なんだ」
「あのエルフのことです」
俺の表情が無意識に硬くなる。こればっかりは条件反射で抑えようがない。
「なぜ、殺さないのですか」
「相変わらずの、直球勝負だな」
「至極当然です」
俺の茶々にもピクリとも動揺せず、優秀なる護衛は続ける。
「今までのように、身に降りかかる追っ手より逃げるのも一つの手ですが、彼女の場合は」
そこで一瞬、獣人の茶色い瞳は揺れた。
「決して諦めないでしょう。任務ではなく、明らかに私怨で動いています。おそらく彼女は優秀な
弓使いなのでしょうが、どうも冷静さを欠いています。まともに戦うと勝てるか未知数でも、今の
彼女なら確実に殺せるでしょう」
「……ああ、かもな」
俺は出来るだけ感情を表に出さぬように努めたつもりだが、失敗したようだ。喉がザラッと渇く。
逆に俺の様子を見てか、獣人剣士の勢いがまるで静かな清流が滝壺に流れるが如く増してしまう。
「12回」
「なにがだ」
「12回、あのエルフを殺す隙がありました。冷静さを欠いた武人は感情も直情的になり、動きも予想
しやすいためです。殺さなかったのは、マスターの命令があったからですが、追っ手を殺さずに生か
す任務は、よほどの技量の開きがなければ不可能なもの。今回うまくいったのは、相手が感情的で
ある以上に幸運であったからに他なりません」
そこで言葉を切ると、逡巡してから
「マスター……、あの女との間に何があったのですか」
「……プロの行動を重んじるお前にしては、珍しい質問だな」
「――っ!」
俺の指摘に、彼女の犬耳はくしゃりと斜めに折れ曲がる。
だが無理もない、彼女は護衛のプロとして、これまで俺の過去どころか、旅の目的についてさえ
一切聞いてこなかったのだ。彼女としても、その事に職業意識を以て努めていたのだろうし、それを
思わず破ってしまったことに軽くショックを受けているらしく固まっている。
まあ、犬耳の折れ曲がりが元に戻らぬまま頬を赤く染めて「それは……その」と戸惑う彼女は、
年相応に可愛いので、俺にとっては問題もないが。
「とりあえず、今は野宿の用意が先だ。急がないと闇に埋もれてしまうぞ」
「あ、マスター……、りょ、了解」
大人のずる賢さで話を煙に巻くと、珍しく不満そうな表情を前面に出している護衛役を放置し、
テントの骨組みを袋から取り出した。
夜、焚き火を利用して作った野菜粥を二人で食した後、俺は床につくためにテントに潜る。
獣人はと言うと、夜の護衛の為にテントの入り口にて待機しながら時々仮眠を取るのが野宿におけ
る護衛業務の一つなので、外で毛布にくるまっている。ここら辺は夜それほど冷え込まないのが、
彼女にとって救いだろう。
横になって薄い毛布で腹部を覆い、身体中の力を抜き、まどろみながら目を閉じる。
頭で思うのは、無駄なことと分かりつつも昼間の襲撃について。
かつての俺の女――いやそう信じたかった若き日の驕(おご)りの象徴、か。
あれから、指折り数えて片手が塞がるほどになる年月が経った。
俺は当時、成人した前後だったろうか。能力ゆえに人類の希望を託されて、俺も若さゆえに期待に
応えるべく旅立ち、初めてこの特異能力を行使して従の契約を結んだのが、誇り高いエルフの女だっ
た。
武芸と学術を共に備えて、おまけに由緒正しき血統であるという彼女は、旅に不慣れな俺に呆れな
がらも、従者として、時に旅の先輩として俺を力強く導いてくれた。
俺も当時は必死だった。契約の力で手に余る能力者を得たものの、主人としての威厳が一切ない
自分を恥じ、彼女の主人足りうる器へと育たんとがむしゃらに足掻いた。その様子を彼女は長い銀髪
を細かく揺らせて、からかいながらも嬉しそうに笑ったものだ。
「……――タ…………マ――」
それより半年ほどして、お互いを意識し出してからは若い二人、あっという間だった。
告白は俺からだった。情けないことにそれが初恋でどうしようもなくあたふたした俺を、彼女は
クスクス笑いながら、ふふ、私も初めてだ、と手を握りかえしてくれた。それからは、これ以上ない
ほどに情熱的にエルフを――女を愛し、女もまた応えてくれた――そう錯覚していた、契約の切れる
あの日までは。
あの朝の、隣にあるはずの存在が消えたベッド。その空虚な風景は、俺を今でも――
「――ター……、マスターっ!」
「!? どうした、何かあったのか?」
「いえその……、先ほどからずっと呼んでいました」
気がつくと、横になって寝ていた背中に獣人の凹凸ある身体を感じ……、身体?
「何、している」
「……」
いつの間に潜り込んだのだろうか。どうも彼女は、俺がウトウトしている間に毛布に身を割り込ま
せるとぴたっと俺の背中に張り付いていた。顔も見えない獣人の息づかいのみを首筋に感じるのが、
少々くすぐったい。
だが、なぜ黙っているのか、常に単刀直入で、その生き方を「至極当然です」と言い切る彼女らし
くない。そもそも、生真面目な彼女が任務の一環である夜営監視を中断させる事などこれまでなかっ
たのに。
「……マスターは」
訝しげに振り返ろうとした時、首筋の息に音がついたので耳を澄ましたが、
「夜伽を……の、望みはしないのですか」
「………………………………なんだと?」
あまりにも彼女に不似合いな呟きに、硬直より復帰するのに長い時間を要してしまった。
何を言い出すんだ、全く。
「どこでそんな気配りを覚えた……お前は一流の武人だが、それ以外はからっきしか」
「私にも、意味ぐらい把握できています。それに従者の役目として、そういうのも必要かと」
らしくない物言いに、こちらもいい加減煩わしくなってきたので、俺は強めに吐き捨てる。
「俺が高い給金でお前を雇った際に頼んだのは、護衛と世話だけだ。決して慰み者の相手じゃない。
それともお前は、俺が今にもお前に襲い掛かりそうな顔をしていたとでも言うのか!?」
「い、いえ。決してそうでは……」
「なら、この話は終わりだ。警護に戻れ!」
不機嫌さを隠さず、強めに打ち切る。だが、返事がない。そして背中に伝わる獣人の高い体温は
相変わらず伝わって来るまま。
「……しかし、あの女にはしたのでしょう」
――あの女
その単語を俺が理解する前に、背中の服を、獣人の手がギュッと掴んできた。
だが考えずとも、今日を振り返れば指し示す相手は一人しかいない。
「あいつと、話をしたのか」
俺の問いに、獣人は俺の首筋の後ろに鼻を擦りつける仕草で、頷きを俺に伝える。
「昼間、追い詰めた時に。相手は私の肩に負傷を追わせましたが、私は逆に脇腹と右膝に傷を負わせ
て身体の自由を奪ったので、接近戦に持ち込んでからは、完全に私が有利でした。程なく、私があの
女の首筋に剣をあてました」
言葉を交わしたのは、その時か。俺がそう聞くと、はいと頷いた。
俺の命令がなければあっさり殺したのだがそれも叶わず、護衛役としてどう対処すべきか考えあぐ
ねていたときに、エルフが「おい、犬っころ」と話しかけてきたらしい。
『もう少し、まともな名で呼びなさい。エルフの戦士』
『名など、どうでも良い。それよりも、犬っころ。お前、人間に操られておるな……私には分かる。
いずれ良いように言いくるめられて、下郎風情に股を開かされては穴という穴を凌辱されるぞ』
『……マスターを侮辱する気ですか。彼は私にそんな命令を強いた事などありません』
『ふん、マスターだって? その物言いこそが、操られておる証拠だっ! 曲がりなりにも誇りある
獣人の一員が素面で下劣な人間などに雇われるものか。なぜ、お前があいつをそれほどまでに信頼し
ているのか、自分でも分かっておるまいっ!』
『私は一目でマスターを信頼できました。そして現にマスターに値する方だと、マスターは私に証明
し続けている、それ故に今日の信頼があるのです。お前にどうこう言われる筋合いはありません!』
『その降って沸いた信頼こそ、疑うべき紛い物だとなぜ分からんっ! いや、……今言っても無駄か。
しかし、いずれお前はあの人間に言いくるめられて、気がつけば汚れた身へと墜ちていようぞっ!!
この、私のようになっ!!』
『――っ!? お前が、マスターの……?』
『まさか、知らなかったのか? ……くっくっく、お前はやはり、見せかけの信頼を見ているだけに
過ぎぬ』
『そんなことはありません。私の信条として、過度な情報詮索をしないだけです』
『ふん、まあいい、知らぬなら教えてやろう』
『……聞かせたいのなら構いません』
『あいつは昔、この私を雇って護衛の任に就かせた……ちょうど、今のお前のようにな。今から考え
ると、奴と出会ったときに、私はすでに奴の術に墜ちておったのだ。方法は分からぬが、あいつは
私が無条件に信頼するよう、術を仕掛けた』
『根拠もない事を……』
『嘘ではないっ! その証拠に出会いよりきっちり1年後の朝、奴の術がおそらく解けたのだろうが、
私の頭には湧き上がってきたぞ、何故か忘れていた人間への侮蔑が。誰かさんが強制的に抑圧して
いたどす黒い感情がなっ! そして気づいたときには、我が肉体は凌辱され果てた後だった。
卑劣な外道の手によってな』
『マスターを何度も侮辱するとは……黙りなさい』
『いいか、奴を殺せ。いずれ、お前に夜の相手を強いるようになり、気がつかぬままに汚れた肉体に
堕とされても知らぬぞっ』
『黙りなさい』
『……それとも犬っころ。もしやすでに、奴に惚れたか。ふん、だがその感情もまやかしだ。奴の
怪しげな術が消えると同時に、その感情がどうなるか見物だな』
『黙りなさい!』
『何度でも言おう、犬っころ。殺せないなら、あの人間の傍から離れるが良い、お前のような若造は
遊ばれていずれボロ雑巾のように捨てられるのがオチだ。そう、とっとと逃げるのがお前のためだ』
『黙れっ!!』
『ぐふっ!』
「――その後、頸部に挟撃を加えて気を失わせて、弓の弦を切っておきました。なので、今晩はきっ
と、ここまで嗅ぎつけてこないでしょう。あの怪我では気配も消せはしません」
彼女はつまり、警護の任務は緩くても大丈夫、と言いたいのだろうが……、今の俺にはそれに答え
る余裕はなかった。
彼女の生の罵声を、伝言とはいえ身に浴びるのはおそらく二年ぶり、か。
その呪詛のような言霊はむしろ増幅されているかに聞こえる。いや、実際そうなのだろう。
彼女も俺を何年も追い続けている内に、知らず知らず感情を制御できなくなってきたのかもしれな
い。まあ、俺にはそんな事を言われたくないだろうが。
だが、分からない。俺はそのままの感想を呟いた。
「それだけ聞いておいて、なぜ夜伽などと言う。お前は対人関係の機微に疎いところはあっても、
馬鹿ではないだろう」
「……」
「おい、聞いているのか」
反応がない。訝しんだ俺が痺れを切らして振り返ると、
「ま、マスター……はぁはぁ……」
頬を上気させて、上着をはだけて小ぶりの胸を歪ませて晒しながら、股を擦りつけて苦渋に満ちた
瞳を潤ませる。その様子は普段の自らを律する獣人からすれば、どう考えても尋常じゃない。
苦しそうに短い呼吸を繰り返し、切なそうにテントのシーツを掴んで得体の知れない何かを堪え
忍ぶ様子に、俺はハッと気づく。
「まさか、発情期か?」
「す、すみません、はぁ……はぁ、う……」
彼女の耳がカクリと折れ曲がる。発情期、聞いたことがある。かつて繁殖期になると雄を求める為
に、強制的に発情して雄を求める習慣のことだ。しかし、犬型獣人は進化の過程で自らその欲求を
抑圧できるようになったと聞いていたが……。
「はぅ……普段は理性で私の制御下にあるのですが……、実は戦闘の後からずっと……ぅ……」
「たがが外れてしまった、と。それは眠ると治まるのか?」
幸い、従の契約を結んでいるので、眠りへと誘導することは容易い。この特異能力の、数少ない
有益な副産物だが。しかし、彼女は瞳を潤ませたまま、首を横に振る。
「ね……眠りについても変わりません。この苦しみは発情日よりおよそ一週間、……はぁはぁ、続く
と、き、聞いています」
「解決にならない、か。くっ……」
獣人から咽せるような若い色香が漂う。俺の理性がぐらっと揺れた。
――静まれっ! 別のことを考えろ、慌てるな!
己に言い聞かせると、この辺りの地理に関する情報を脳内で収集する――、ここから森を抜けて
次の町に着くまで、一日。とりあえず今晩は力で無理矢理眠らせて、明日急げば夕刻までには間に
合うか。
「明日、急げば町に着く。そこで抑制剤を買うまでの辛抱だ」
「はぁはぁ、抑制剤は稀少品できっと、手に入りません、マスター」
「ならば男娼を買え。金は出す」
「マスターは、私に粗悪な一物でこの疼きを鎮めろとっ!?」
「抵抗があるのは始めだけだ。そのうち慣れる」
俺の物言いに、獣人は歯をグッと食いしばった。
とその次の瞬間、俺の左の手のひらを捕まえると、ぐっと引っ張って小ぶりな胸を掴ませた。痛々
しげに反り返った桃色の乳首が手の中でコリコリと存在を主張する。
「なぜ、はぁ……はぅ、言ってくれないのですか」
「…………」
何を、などと野暮な事は聞かない。なおも彼女は手の平を動かして、可愛らしく膨らんだ丸みを
撫でさせることで俺に切望する。さすがに相手は身体能力に優れた獣人、人間の非力な抵抗すらもの
ともせず、されるがままに柔らかな感触を左手全体で感じてしまう。
その感触は柔らかく、指が張りのある乳房にのめり込む。もう久しく女を抱いていない俺には苦悶
の拷問。
だが駄目だ。ああ、分かっている。駄目なのだ。
「言ってください、マスター……はぅ。その……魅力がないのは分かっていますが」
堪え忍ぶ俺の様子に何を勘違いしたのか、剣士は伏し目がちに呟きだした。ここで妙な精神的外傷
を形成されても困るんだがな。俺は内心溜息をつく。
「……お前は女だよ、間違いなく。色香だけでも俺には毒だ」
「はぁ、はぁ……それでも、マスターを誘惑することの叶わない程度の、女です……あぅ」
どうやら発情具合が進行しているのだろう、熱の帯びた喘ぎも多くなってきている。
たとえ今、力で眠らせても、解決を引き延ばしにするばかりか、症状の深刻化もありうるだろう。
――どうする。しかし、同じ過ちをするのか、俺は……
苦渋の汗が滲む。漂う色香の誘惑に、心に打ち込んだ楔がグラリと揺れだす。
と、獣人の顔を見るとその茶色い瞳の中に、「いつか」の日の晴れ姿で――
『まったく……お前は足掻いているときが一番、可愛いな。私の、愛しい主(あるじ)……』
くそっ! 俺はいつまで経っても、救えない。
「発情期は、」
「はぁ、はぅ、ま、マスター……?」
「イクことで、多少は治まるのか?」
「え……はい、教育課程でそう教わりました」
「そうか……」
「ま、マスター……、きゃ、ひぅ」
俺は獣人の股の間で、すでに湿気でぐっしょりと質量を増したくしゃくしゃの下着を掴むと、乱暴
に足の先へと引きずり下ろす。
期待と不安混じりにこちらを窺う獣人の柔らかな髪をクシャッと撫でて、耳許で囁く。
「お前にこれから、自慰を教える。汚い手を突っ込むが、許せ」
「じ、じい、爺とは?」
「……全く、教わるなら全部教わってこいよ」
「すみません」
頬を染めて羞恥を隠そうともしない彼女を快く想いながらも、左手を足の太ももからすっと爪先を
なぞり、股関節へと迫る。
「ぁひ、ま、マスター……、こ、こそばいです」
「始めはそうでも、そのうち変わってくる。辛ければ、俺につかまれ」
「はぃ、ま、マスター、あ、ぁ、ぁ、ひぃっ」
指先を軽く折り曲げて刺激を変える度、敏感に喉を奮わせて反応する。もはや生娘であることは
疑いようがないのだが、身体の開花はすでに始まっており、ふくよかな蕾がはち切れんばかりという
ところだろう。
太腿の裏側にうっすらと浮かび上がる骨をなぞると、獣人の耳は折り曲がったり震えたりと忙しな
く動き出し、両手は俺の背中に回されて上着をギュッと握りしめる。
「マス、ター、ぁ、ぁ、せつ、ないです。股の、間が……んんっっ!」
望み通りに、もはや洪水状態の緩やかに蛇行した割れ目の肉びらをなぞってやる。経験が皆無であ
ろうとも、これが待ち望んでいた刺激であると本能的に察知したのか、俺の手に下半身が押しつけら
れる。
「は、はした、なくて、はぅ、すみませ……ん、あぁ」
「……お前は知らないだろうが、そういう仕草を好む男は多い。謝るな」
「ま、マスターも、その、好きですか」
切なげに長い睫毛を揺らしながらこちらを窺う獣人。否、と言える空気じゃない。
「それなりに、な」
「そぅ、ですか……はぅ、んふ」
そう言ったかと思えば、割れ目を積極的に手の平へと押しつけて擦り始めだした。淫靡な貝を取り
囲む陰毛が溢れだした液に濡れている。そのため、互いに擦られる度に俺の手の甲には愛液が、じっ
とりと濡れた陰毛によって塗りたくられた。
動きは乱雑で、まるで遊戯が上手くできずに喘ぐ幼児のようだ。
しかし、男の手のひらを使って淫靡な息を吐き出しては、無我夢中でマスターと連呼する姿に俺の
雄の部分も痛々しく反応する。
それを察知するや否やそっと腰を引こうとしたが、獣人の両手が相変わらず俺の背中を捉えてきつ
く抱きしめているため、動けない。
むしろ、その動きに異変を感じたのか、息も絶え絶えなまま発情した女は俺の下半身を一瞥する。
「マスター、……下腹部が膨らんでいます」
「気にしないでやってくれ」
「しかし……」
「頼む」
「……」
獣人はジッと俺を見つめる。その顔は今まで見たことがないほど複雑な様相を浮かべており、感情
を読み取ることができない。
だが、超能力者でなくとも、今の俺には彼女の考えていることが手に取るように分かる。
そう、きっと昼間にエルフの弓乙女がぶちまけた俺の過去について、思い返しているのだろう。
俺の卑劣な過去の告発を聞いても逃げ出さないばかりか、全く耳にも入れずにはね除けたのは、
ひとえに強制遵守の力が彼女に全幅の信頼を植え付けているからに他ならない。
しかし、エルフ女の話を歯牙にもかけずとも、彼女は俺とエルフの乙女の間に何らかの過去がある
ことを感じ取っている。
それが俺の行動の規範の根本に絡みついていることも。
彼女の瞳は、真珠のような深遠な輝きを放っている。感情は依然、読み取れない。
蔑んでいるのか、
同情しているのか、
それとも――
哀れんでいるのか。
やがて、彼女はポツリと漏らした。
「命令、してください。それならば、この心はいつでも貴方に従います」
「……主として命ずる。我が衝動を関知せず、ただ、己の慰みのみに心を砕け」
「了解。……マスター」
そう言って、彼女は目を閉じる。
目尻から、涙がうっすらと流れ落ち……、俺は見ないふりをした。
俺は愛撫を再開する。
赤々に腫れ上がったクリトリスの輪郭をなぞり出しながら、小指で肛門の傍の皺を何度もさすり、
女体の感度を全体的に敏感な状態へと導いていく。
獣人もまた、稚拙な動きながらも腰を使って俺の左手に奉仕するが如く擦りつけ、汗をちらして
耳許で何度もマスターと繰り返す。
女の感度が充分に高まってきたと見えたので、いよいよ指を入れる。挿入されるという未知の感触
に、ブルッと女体が獣耳の先まで震えた。
「始めだけだ。気持ち悪くても、少し我慢しろ」
「はいっ、ひぅ、んん――っ! ぁ、熱い、です……」
俺の中指がむっちりとした肉感をかき分けていくに従い、獣人は背中に回していた両手を上にずら
し、俺の頭を包み込むように抱きしめる。中の肉壺は、未踏の穴とは思えないほどに潤っており、
俺が指を折り曲げずとも、それを促すようにギュウギュウと締め付けてくる。
おもむろに、指の関節を折り曲げて、内壁の表面を掻き出す動きを反復させる。その一挙一動に
獣人は呼吸を荒げたり悶えるように呻いたり、肩をビクビク動かしたりして膣から淫らな汁を飛ばす。
その濃厚な匂いは、俺の中枢をも熱くする。
膣の中でヒクヒク収縮する柔突起の表面を引っ掻いてみる。獣人は敏感に身体を震わせた。
「分かるか、俺の指が」
「は、はい! マスターのゆ、指が、よく、んん、あ、わかりま、す……ひぃ」
「どこを弄れば気持ちよくなるのか、しっかり覚えておけ」
「はひ、ずっと、ずっと覚えておき、ます、マスターの指……ぅんっ」
獣人の両手に一層力が込められる。俺の顔は必然的に、彼女の胸へと押しつけられて、痛々しく
勃起した乳首が頬を擦った。小豆程度の大きさではあるが、桃色に染まった突起は感度が高められて
いるのか、常にピクピクと動いて俺の視覚を惑わせる。
俺はその動きを止めるべく、ぱくりと口に乳首を含むと付け根を中心に舌を何度も這わせる。
桃色の突起を俺の口の中で飴玉のように転がし、時に優しく咬んで緩急をつける。すると、俺の頭
の上で獣人がフフッと恥ずかしそうに笑いを漏らした。
「ま、マスター、んぅ……それではまるで、赤ん坊です。私はしっかりと成獣して、んん、くすぐっ
たいっ」
俺は抗議を受け付けず、予告無しに強く吸う。
それまで甘く、優しく刺激されていた乳首は面白いほどにビクッと震えると、逆にもう一度とせが
むように俺の口に押しつけられた。
「んぅうぅ、もっと。一杯吸ってください……それと、ちょっと咬んでくれたら、その」
「そういうのが、好きか」
「はい、ひぅっ、それ、好きです、マスターの舌がざらっと絡んできて、一杯感じられて」
「恥ずかしい奴だな、お前は……」
「うぅ、んう、すみません……んんうっ!」
直接的な表現に俺の頬も紅潮してしまう。10代の思春期でもないのに。
年甲斐もない照れを誤魔化すように、今は切なさを全身から放っている護衛の望み通りに舌の動き
を再開した。おそらく、誰にも触れられたことのない肌を、乳首を中心に強弱つけてついばみ、蹂躙
する。獣乙女もまた、俺の愛撫一つ一つに意識を集中させているのか、指の一折りにまで音にならな
い微細な喘ぎ音で応えてくる。
俺の一挙一動全てを受け止める貪欲な牝を前に、忘れかけていた牡(おす)の自尊心が蘇る。
たとえ、自慰を教えるという体裁でも。この刹那だけは、俺はこの獣乙女に全てを注いでやりたい。
左の乳首と右の乳首を交互に舌先表面のざらついた部分で転がし、快感に喘ぐ乳頭の皺を丹念にな
ぞる。それと同時に、左手で膣の内壁を舐めるように刺激することも忘れない。
「ん、んんっ、マスター、その下半身の奥が、熱くなって」
「奥? ここか?」
そう言いながら、膣に埋没した中指を更に突き入れて、より内壁のプチプチとした内壁が指に絡み
つくスペースで第一関節を折り曲げる。それと同時に、しなやかな筋肉で彩られた腹筋がびくんと浮
き上がった。
「そ、そこですっ! マスターの指が、良すぎて、わ、私、うぅ」
すると、それまでずっと俺の頭に巻き付いていた両手が離れた、と思えば、俺の胸や腕を無我夢中
でさすり出す。
「あの、アソコ以外なら、さ、触ってもいいですよね……マスターの身体……」
「……別にいいが、面白くもないぞ。人間の身体なんて」
「いいえ、マスターだからいいんです。んちゅ、マスターので……んんにゅ……ないと……ぬぷ」
「んんっ、こら、耳を吸うな」
「拒否、します、んんっ、じゅる……」
性的興奮に夢中になりすぎたのか、クスクスと笑うとさらに俺の耳たぶを甘咬みしつつ、その左手
はシャツをめくって胸板の広さを確かめるようになで回し、右手は俺の背中から尻の間の皮膚を掴ん
だり揉んだりする。
その行為は荒々しくて稚拙だが、ぶつけられる感情は直接的で強烈。
久しく縁のなかった愛撫に、危機感が膨れ出す。
やばいな、洒落にならない。
俺は指先に神経を集中すると、子宮の入り口でくねる肉壺の快感地帯を探し出す。細やかに押し
返してくる女肉をひっかき、それに対する獣人の変化をつぶさに観察する。
しばらくは変わらぬ喘ぎを漏らしながらも俺への愛撫に夢中になっていた獣人の声色が、突然
半オクターブ上昇する。どうやら、掘り当てたようだ。
「い、いやです、そこっ! ま、マスター!?」
「気持ちいいなら、我慢するな」
でないと、俺が耐えられないからな。
「し、しかし、こんな急激にクるなんて、うう、熱い、頬が熱くて燃えてしまい、んん、んっ!!」
「絶頂が近いんだろう。感覚に身を任せればいい」
「ぜ、絶頂? 性的満足、を、んぁっ、得られる意ですか……こ、こんな激しいなんて、んぅ」
「大丈夫だ、俺に掴まってろ。ほら」
俺はあるはずのない右手を伸ばすように、右の肘をその怯える腰に添える。
不細工な肘の断面に一瞬躊躇するものの、すぐにすがりつくように掴んできた。
「は、はひ、…あ、あぅ、マスターっ……マスター!!」
一度掴まるとむしろ気に入ったのか、まるで断面の皺を愛おしむかのように撫で回しだし、徐々に
荒々しくなる。淫らに広がって隆起したクリトリスを俺の手の平に押しつけ、焦れったそうに腰を
振って擦りつける。
まさに快感に溺れた一匹の牝。きっと、今の姿を見てこの獣人が生娘であるなどと誰も信じない
だろう。
膣の中に、さらに挿入する指を増やして、さらに上下前後分からないほどの反復刺激を与えると、
ますます嬉しそうに膣全体が収縮してくる。くちゅくちゅと粘度の高い愛液が泡を立てて吹き出して、
テントの生地からは熱さと湿気で湯気立つほど。
高等種族の獣人を指でとはいえイかせている。そんな屈折した充足感に、俺の思考回路も焼け切れ
そうなほど熱くなり、何も考えられなくなってきた。今はただ、ひたすらに指を動かして収縮する
膣をかき回す以外に考えられない。
俺は最後とばかりに、愛撫する指の動きを上げた。
「あっ、あん! それ駄目、熱い、熱いんですっマ、スターぁ……傍に、傍にいて、ぅうん」
「ああ、ここにいる、だからイけ」
「りょ、了解、ひぅ、あ、あんん、んんんんんっ」
ビクッ、ビクッ!!
その瞬間、獣人は俺の肘と胸をギュッと掴みながら足をピンとつま先まで伸びきって声にならない
声を上げた。まるで雛鳥が初めて餌を食べたかのように、苦痛よりも驚きの勝るような表情を浮かべ
て、俺の耳許で荒く呼吸を繰り返す。
顔をじっと見つめる。額に汗を浮かべ、必死に身に走る快感と折り合いをつけようとしているのだ
ろう、目を閉じて睫毛を奮わせている。
やがて、呼吸も収まりだしてくるのを見計らって、未だに挿入されていたままの左手を膣から引き
抜く。ヌルリと淫液も滴り、日に焼けた内股を伝って流れ落ちる。
すると、んんっと声を漏らした獣人の目が開き、俺の目を見つめた。
「ありがとうございました。マスター」
こういうときでも律儀な姿勢を崩さない護衛に、俺は好感を覚えてしまう。
自然と頬が緩んだ。
「気にするな。発情期の波は治まったか?」
「はい……、今は驚くほどに。あとは理性で抑制できる程度です」
「そうか……良かった」
「あ、あの……」
急に恥ずかしそうに俯く。
「マスターの顔、近くで拝見すると思った以上に格好良いです」
「……元々どう思っていたかは、追求しないでおく」
「い、いえ! そんなつもりで言ったのではありません!」
「馬鹿、冗談だ。お世辞は言われ慣れてないから、うまく反応しようがないんだよ」
「私はお世辞を言いません」
「はいはい」
――全く、こいつは俺を年甲斐もなく恥ずかしくさせてくれる天才かもな
照れ隠しに獣人の頬を撫でると、ちょっと不満そうだった顔がすぐ気持ちよさそうに目を細めて、
犬耳がピンと張ってピクピクと応える。と思えば、口から漏れ出る呼吸音の間隔が開き、穏やかに
なり始めた。
きっと全力で絶頂したので眠くなったのだろう。
「いいぞ、寝てくれても」
「はぅ……しかし、私には夜警の任務が」
「今日ぐらいは俺が代わる。そんな状態では無理だ」
「すみません、マスター……すぅ」
俺の言葉に従い、目を閉じる獣乙女。
初めての快感はやはり負荷が大きかったのか、あっさりと眠りにつく。すぐに穏やかな寝息が聞こ
えてきた。乱れた衣服のまま眠る姿に微笑ましさを感じながら、若く瑞瑞しい裸体に俺の毛布をかけ
てやる。
毛皮の感触に、んんっとくすぐったそうに鼻息を漏らした。その仕草は、普段の凛とした彼女から
は想像も出来ないほど幼く見える。それはさっきの戯れの時もそうだった。
きっと、この若さで色々と名が売れるまでには、相当年不相応の無理をしたに違いない。
俺は改めて、己の能力の罪を認識する。
人間に雇われる事など、名声の足場作りにもなりはしない。
現に、彼女は自らが護衛に値する雇用主を捜していた。きっと、名君の下で名を上げようと考えて
いたのだろう。
だが、たまたま人材登録所にて俺の目にとまったのが切っ掛けで、彼女の運命はねじ曲げられた。
出逢った当初を思い出す。面接室に来た時、右手を失い、顔のフードを外さない俺を怪訝そうに
見つめると、こう言い放った。
『失礼だが、あなたに名君の輝きはありません。面接にて顔を隠しているのも気に入りません』
だが俺はその、若さに似合わぬ度胸を気に入った。そして力を行使した。
彼女は見込みに違わぬ働きを見せるばかりか、溢れんばかりの魅力を放っていた。それは雄の本能
に刺激するもので、俺が5年若ければ、かつての間違いを犯していたと思わせるほど。
しかし、それを別にしても、この護衛との旅は何より楽しかった。
若さ故の無知を導く快感と、若さ故の可能性を見つめる愉しみ。二十代も半ばにしては、些か年寄
りじみた趣味ではあるが。
契約期間はまだ半年以上。可能なら、この輝きはしばらく傍に置いておきたい。
そのためにも――……、眠る獣人から目を離す。過度で、不適切な感情への未練を断ち切るために。
俺はテントの外へ出た。
夜営監視の為、と言うより不覚にも滾(たぎ)ってしまった下半身を冷やすため、なのが情けないが。
そして、空を見上げる。満月か、道理で明るい訳だ。
そう言えば前の護衛と別れた夜も、こんな月だった。
あの美しいピクシーのメイドは元気だろうか。いや、俺に気を遣われるのを嫌う程に憎んでいる
のがオチか――あの、初恋の女のように。いくら考えても偽善の足しにもならない。
「誰を想って月など見つめている? 外道が」
ゾクッ
背筋に悪寒が走る。いるはずのない音が響いた。
二年ぶりの声。
俺は思わず後方へ振り返り、川辺に面した森の中に目を凝らす。
そこには、草の繁みから足を引きずる黒影がいた。なぜ、気づかなかったのか……
銀髪が、月光を反射して美しく靡く。
美しかった、背中に走る冷たい汗を一瞬でも忘れさせるほどに。
「会いたかったぞ……殺したいほどにな」
The Journey to be continued...
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最終更新:2008年02月14日 00:51