- スレッド_レス番号 01_130-132
- 作者
- 備考 長編,01_124から触発されてシリーズその1
「どうして、駄目なの?」
底なしの闇の中でも、彼女は白く輝いていた。まろやかな体の線が
浮かびあがる薄いローブ一枚で、真剣に男に言い募る。
「あなたが言ったのよ。そういうのは悪いことじゃないんだって。
とても好きで、大事なら、むしろ自然なことだって。
実際に皆そうしてるんでしょう? なのにどうして……」
祈るように縋るようにさしのべられた腕を、しかし男は身振りだけで
押しとどめた。触れることすらしなかった。少女の目が泣きそうに潤む。
「私が……嫌い?」
男が深く溜息をついた。がしがしと頭をかきむしる。
「嫌いじゃねぇよ」
なら、と言いさした少女を制して、男は途方にくれたように笑った。
「嫌いじゃないどころじゃない。惚れてると言っていい。……何をとち
狂ったんだかな」
じゃらり、と手の中で鳴るのは鍵の束。そのまま少女の足元にかがみこむ。
「……何するの?」
「じっとしてろ」
細い足首に努めて意識をやらないように、男はただ無骨な足枷だけを
見つめた。形のいい長い指が、ひとつひとつ錠前に鍵を合わせていく。
「……なぁ」
「うん?」
「これから言うのは独り言だから、聞かないフリしろよ」
淡々とした声だった。
「おまえの笑う顔が好きだ」
「え……」
「呆れるほど物知らずなところも、笑っちまうくらいお人好しなところも、
ちったぁ人のこと疑いやがれってくらいおめでたい頭も……それから」
かちりと、男の手の中で錠が回る。
「おまえのその、真っ白な羽も」
混乱する少女の前で、今度は牢の天窓の鉄格子が開いた。
「だからいいか、振り返るな。今夜は上じゃ聖なる夜とからしい。
俺らはまともに動けない。間違っても迷うなよ。俺に、その羽が変わり
果てるところを見せるんじゃねぇ」
「私は……っ! 私はこの羽が黒くなったって……!」
ようやく状況を飲み込んだ少女に、男は真紅に光る目を向けた。
獣の目。呪われたイーヴル・アイだ。
「舐めんなよお嬢さん。言うなれば俺の本職だからな、たいして頭働かせ
なくたって目に浮かぶぜ。おまえじゃ俺に太刀打ちできねぇ。掻っ攫って
閉じ込めて、ボロ雑巾になるまで抱き潰す。おまえにゃ欠片の理性も残らない。
……おまえが今、俺に向けてる気持ちもだ」
「でも、だって……!」
少女が泣く。ほんの幼い頃から忌まわしいものと教え込まれた男の目は、
今、間違いなく優しかった。しゃくりあげながら手を伸ばす。
今度は、男も拒まなかった。
出会ってから初めての抱擁。男の胸に顔をうずめながら、涙に濡れた声が呟く。
「……それじゃあ……好きになった人とそういうことをするっていうのも……
嘘だったのね?」
「そうだ」
男は頷く。なだめるように少女の背を、頭を、翼を撫でながら、噛んで
含めるように囁いた。
「それは淫らで、汚らしく、背徳的で、欲望の塊の、罪そのものだ」
「あたしはあなたに、騙されてたのね?」
「そうだ」
どちらからともなく目を閉じる。唇が触れた。
「……さよなら」
「ああ。……行け。もう悪魔達(おれら)に捕まるなよ」
少女が飛び立つときに散った羽は男の瘴気に耐え切れず、さらりと砂に
なり消えた。
バグ・不具合を見つけたら? 要望がある場合は?
お手数ですが、メールでお問い合わせください。
最終更新:2008年02月14日 00:18