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  • 備考 短編,某御伽噺


「泣いてくれるな」
男は腕の中の少女の髪を撫でる。薄い夜着ごしに柔らかな温かな体温、ほろほろと零れる
涙ばかりが流れるうちに冷たい。
「おまえに泣かれると辛い。……頼む」
そうは言いながら、こらえるように引き結ばれた口元を見るのも辛い。好きな女一人存分に
泣かしてやることもできない、そもそも幸せに笑わせてやることができない、その事実が
彼の内を苛んだ。
誘われるまでもない。抱いてしまいたい。
だが、一夜のことで終わらせたくもない。
苦しさを押し殺し、男はなだめるように言を継いだ。
「俺はおまえを日陰者にするつもりはない。……確かに、正妃とすることはできないが、
必ず側に迎える。今抱きあうは簡単だが、それはおまえを傷つけることにしかならない。
……頼む、俺におまえを守らせてくれ」
低く訴える声に少女は長らくじっと俯いていた。長い睫が雫を含んで震えていた。
男は隣国から妻を迎えたばかり、生まれたときからやがては正妃になる女として教育されて
きただけあって気位が高い。国力を考えても今隣国を刺激することは避けたかった。ましてや
自分はまだ王太子にすぎない。父の決定に逆らうだけの力も基盤もない。
けれども、いずれは。
必ず。
やがて顔をあげた少女は、何かを決意した目の色をしていた。小さく頷いた彼女に、男はほっと
息を吐く。
「……ありがとう」
少女は控えめに首を振り、涙の残ったままの顔で微笑する。細い指でそっと男の前髪をかきあげて、
柔らかに額に口づけた。男も口づけを返す。少女が体を離して、長い髪に絡んでいた男の指が名残
惜しげにほどけた。
「……おやすみ」
 振り返った少女の唇は、さよなら、と動いたように見えた。


 こうして、人魚は海の泡になりましたとさ。




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最終更新:2008年02月14日 00:19