- スレッド_レス番号 01_197-201
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- 備考 長編,01_183のリメイクその2
コトン、と郵便受けに手紙が落ちる音。
一人で夕食を取ったあと、私はテレビも見ず、ただ椅子に座ってぼーっとしていた。
気怠げに椅子から立ち上がり、郵便受けを開けると、封筒が二つ入っていた。
どちらも国際便らしい。なかなか珍しい事だが、片方の差出人は分かっている。
海外で商社マンとして働く、婚約者からの手紙。結婚式も間近だというのに、
帰ってくるようなそぶりも見せず、何をしているのだろうか?
結婚前からこの調子では、家族となった私を、子供達を、ちゃんと顧みてくれるのだろうか。
約束として一週間に一回は手紙を送ってくれるものの、内容は無機質で代わり映えしない近況ばかり。
私は最初からこの結婚には乗り気でなかったのだ。しかし両親はそうでなかった。
私は以前、心に決めた男性がいた。その人は、数年前の戦争で、兵士として駆り出された。
国を離れる前、彼は「帰って来たらプロポーズする」等と下手な台詞を残して去り……そして帰ってこなかった。
生存も死亡も伝えられることなく、行方不明者として処理され、今も行方が分かる事はない。
最初の一年は、まだ希望を持つ事が出来た。だが、年を重ねるごとに、それも薄れていった。
両親は私を慰め、彼の事を忘れさせようとした。
死んだ男に執着するのは止めろ、と怒鳴られて、口論に発展した事まであった。
また、お見合いの相手を見つけてきては私に会わせ、半ば強引に結婚の話を進めた。
お前もあと数年したら結婚相手も見つからなくなるぞ、と脅しめいた忠告をされ、渋々それを承諾したのだ。
今となってはもう、婚約を取り消すなどと、言い出す事も出来ようはずがない。
私はしばし憂鬱な気分になり、婚約者からの手紙は後回しにして、もう一つの手紙を見た。
差出人の書いていない、外国からの封筒。宛先の筆跡に微かな見覚えを感じ、私の心臓は少し鼓動を早くした。
のり付けを強引にはがし、便せんを取り出す。
そこには、懐かしい文字で、懐かしい名前が書かれていた。
不意に涙が溢れてきて、いくら拭っても止まらなくなった。手紙の文面すら読めないほど、私はずっと泣きじゃくっていた。
「……よかった……生きてた……」
手紙に「会おう」と書かれていた日が近づくにつれ、私は期待が膨らむと共に、不安も募らせていった。
私の今の状況を、どうやって彼に伝えたらいいのだろう?
私が婚約していると知ったら、彼は怒るだろうか?泣くだろうか?
それを考えるのは怖かった。でもそれ以上に、「会いたい」という純粋な気持ちが勝っていた。
答えを出す前に、約束の日を迎えてしまったのは、間違いだったのかもしれない。
約束の日の朝、私は早朝に目が覚めてしまい、二度寝する事も出来ず、仕方なくいつもより時間をかけて身支度する。
彼は時間ぎりぎりでないと現れないと分かっているのに、30分も早く約束の場所に着いてしまい、
何もする事が無く、ただ通行人を眺めて、壁により掛かって立っていた。
待ち合わせでこんなにドキドキするのは、初デートの時以来ね、と自嘲気味に考える。
もう何度も見直した腕時計をまた確認していた私は、人が近づいてきたのにも気付かなかった。
私が彼に気付いて、顔を上げると、不意に肩をつかまれ、強く抱きしめられた。
「よお久しぶり!元気だったか!」
「ちょ、ちょっと何してんのよ、このバカッ!」
私は恥ずかしさの余り叫んで腕をふりほどこうとするが、彼の腕ががっちりと私をつかんで放さない。
「痛いってば!恥ずかしいから人前で抱きつくなって、前から──」
そこで不意に言葉が途切れた。こんなありきたりなやりとりも、数年ぶりだという事に気付いたから。
「……遅すぎるわよ……ひっく……何年待ったと、思ってんの……」
「悪い。本当にすまなかったと思ってる……あーよしよし、泣くなよ」
「な、泣いてなんか無いわよっ!本っ当に、心配したんだからね……!」
と言いつつ、彼の胸に顔を埋めてすすり上げる。これじゃ全然説得力無いよね。
それでも彼は、何も言わずただ私の背中をさすっていてくれた。
私がだいぶ泣きやんだ頃、彼が小声で言った。
「なあ、いつまでも抱き合ってるのって恥ずかしいから、喫茶店でも行かないか?」
こ、こいつって……。私は呆れ返りながらも、小さく頷いた。
席に座って、コーヒーを二つ注文すると、私はおそるおそる口を開いた。
「ねえ、私、話したい事が……」
「この店、まだやってたんだな。流石に店員は変わってるけど。懐かしいなー」
「う、うん。他の店は結構無くなっちゃったけど、この店はね」
「お、そういえば向こうでの事まだ話してないよな?聞きたいだろ?俺の冒険譚」
「そんな大げさなの?……まあ、聞くけど」
「ああ、もう話だけで三冊は本が書けそうなぐらいだぞ。いいか……」
彼の話は時に面白く、時に真面目で、明らかに誇張が入っている部分は、私もくすくす笑った。
話はずっと続き、彼は滝が流れるように話し続けた。まるで私に話に割り込む隙を与えないように。
「……で、まあようやくここに帰って来れたというわけだ」
「ふふっ、本当に本が書けそうね。小説家になったらいいんじゃない?」
「だろ?やっぱりな。……いっとくが、この話をしたのはお前が初めてだぞ」
「ん。ありがと。でさ……」
「あー、長話したら喉が渇いたな。お前もお代わりいるか?」
「いや、いいよ……あの」
「そういえばお前、約束の事覚えてるか?あの……出る前の」
「あ……」
どきん、と心臓の音が突然高くなり、顔が赤くなる。
彼は鞄から箱を取り出して、私に手渡した。
「こんな場所で悪いんだけどさ……」
震える手で箱を開けると、そこから出てきたのはシンプルな作りのネックレス。
……指輪じゃ、ない?
さっと顔を青ざめさせる私に目線を合わせず、彼が少しトーンを落して、ぽつりと。
「約束、間に合わなかったみたいだな。ごめん」
「知ってたの……いつからっ!」
思わず頭に血が上り、声を荒げる。
「昨日から。偶然友人にあってな。信じてなかったが……今日のお前見てたら、分かった」
「違う……私は、結婚なんてしたくなかったのに」
「働き者の、いい男だそうじゃないか?俺なんかよりよっぽど、お前のためになるさ」
「違う!そんなんじゃないの!私はあなたがっ」
「何年も連絡一つよこさない男と、一週間に一度手紙をくれる男と、どっちがいいと思う?」
私は不意に激昂して、彼の頬に平手を打ち付けた。高い音が周りに響く。
「何も分かってない!なんにも……!」
「いや、わかってるさ」
打たれた頬を押さえつつ、彼が伏し目がちに呟く。
「噂を聞いた時、俺は正直お前を恨んだよ。
だけど、女を何年間も待たせて、ずっと帰れなかった自分が不甲斐なかったんだ」
彼はそれなり何も言わず、二人分のコーヒーの代金を机に置いて、立ち上がった。
「もう俺は死んだんだ。そういう事になってたし、そういう事にしておく方がいい。じゃあな」
「待って……待ってよ!」
店から出た彼を走って追いかけ、必死で背中にしがみつく。
「私……あなたと一緒がいいの……
あなたと一緒に結婚して、あなたと一緒に暮らして、あなたと一緒に子ども作って……!」
それでも彼は構わず私の腕をふりほどき、逃げるように足を速める。
「止めろ。お前を後悔させたくないんだ」
そう言う彼の声は、少しだけ震えているようにも思えた。
「……ッこのバカ!後悔ならもうしてるわよ!」
彼の後ろ姿に向かって怒鳴りつける。悔し涙が止まらなかった。
「……幸せになれよ」
自分の部屋に戻って、彼にもらったネックレスを壁に叩き付ける。
近所迷惑も顧みず、私は大声で憤懣をまき散らした。
「バカ……バカっ!本当に馬鹿よ……私が、幸せになれるのは──」
──あなたの側にいる時だけなのに。
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最終更新:2008年02月14日 00:23