- スレッド_レス番号 01_571
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- 備考 短編,別作者による01_569のアフター
なに、菱刈ヶ原を抜けてきた? それはまた……鬼女に会われんかったかね。
会った? よくまぁご無事で……さすがお坊さまともなると違うのかね。
……したらば、よかったらちぃと俺ん願いを聞いてもらえんだろか。なに、あの鬼女がね……
早く往生できるよう、お経をあげてもらいたいんでさ。
ああ、いや……あの鬼女もね、今じゃ酷い姿を晒しちゃいるが、昔はいい娘だったんだよ。
そりゃ小町ってほどの器量じゃなかったが、気立てがよくて、優しくてね。春にゃあ嫁ぐはずだった。
ところがねぇ、ちょいと町へ使いに出た帰り、……大きな声じゃ言えないが、お武家様の
試し斬りに遭っちまった。必死に逃げたようだが女の足だ、背中をばっさりやられちまって。
それだけじゃない、倒れた娘の髪まで切ってったんだから、酷い話じゃあないかい。
娘は生死の境をさまよって、それでも一命はとりとめた。周りはやれよかったと喜んだよ。
また娘が健気でね。辛い治療にもよく耐えたし、おっとさんおっかさんに心配かけまいと、
痛かろうに笑顔を絶やさなかった。
だけども悪いことは終わらなかった。生死を分けるような深い傷だ、どうしたって痕は消えない。
嫁ぎ先はそれを理由に破談を告げてきた。娘も親も嘆いてねぇ。そこが貰ってくれないんじゃ、
他に貰い手のあろうはずがない。医者も傷は残ったが子供を産むのに支障はないと言うもんで、
揃って嫁ぎ先に話をつけにいったんだ。
知らない仲じゃなし、なんとかと頼み込んだが先方はうんと言わない。言えるはずもなかったのさ。
娘が死にかけてる間、先方にゃ新しい縁談が舞い込んでた。相手は庄屋の娘でねぇ。一方娘の家ときたら、
元はそれなりに裕福だったんだが、娘の治療で随分使っちまって、大分寂しいことになってたのさ。
傷が残ったのをこれ幸いと、庄屋の娘に乗り換えたわけだねぇ。
話すうちに親はそうと悟った。悟って激怒して飛び出したよ。誰がこんな家に大事な娘をやるもんかと
啖呵切ったが、諦めきれなかったのが娘の方だ。どうやらあっちの息子に惚れてたらしい。夜になって
こっそり引き返した。慌てたのが息子の方だ。庄屋に知れたら事だからね。部屋に忍び込んで
話を聞いてくれと訴える娘を殴る蹴る、みっともない髪だと罵って、挙句に娘をひん剥くと、醜い体だと
笑いものにした。こんな体で抱いてくれろとはあつかましい、よほどに面の皮が厚いんじゃろとな。
娘は再び寝込んだ。乱暴が傷に障ったせいもあるが……そんな目にあっちゃあ無理もない。
高い熱を出して、食も細くなり、目が虚ろになって……いまやばさばさになった髪に一筋二筋
白いものが混ざっていった。そうしてある日、ふらりと起き上がると一声叫んで菱刈ヶ原へ走って
消えた。鬼女が出るようになったのはそれからだ。不思議なことに、昼間いくら人が探しても娘は出てこない。
聞けば鬼女は老婆の姿をしとるというし……恨みの挙句、人でないものになっちまったんだろうなぁ。
哀れなことだよ。哀れなことだ。
あぁ、随分と長話になっちまって面目ない。そういう訳なんでさ。……え? おそらくもう往生した?
……はぁ、いや、なるほど。菱刈ヶ原を抜けるときにそんなことが……。そうならそうと、最初から
言ってくだせぇよ。いやよかったよかった。ありがとうごぜぇます。ありがとうごぜぇます。
……いや、俺なんか結局何もできねぇで。えぇ……医者やってて患者を助けられねぇことほど辛いことは
ないですよ。ましてや小さい頃から見てきたからねぇ……。
おお、もうご出発ですかい。今からじゃ日暮れ前に次の村に着くのは無理ですよ。むさ苦しいところですが、
今夜は泊まっていってくだせぇな。……はぁ、どうしてもお急ぎで。ならばそうだ、水と饅頭だけでも持って出て
おくんなせぇ。
……それじゃ、道中お気をつけて。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
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最終更新:2008年02月14日 00:37