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 認知的閉鎖(英:cognitive closure)とは、イギリスの哲学者コリン・マッギンによって提唱された[[意識のハードプロブレム]]、すなわち物理的な脳からいかにして[[現象的意識]]や[[クオリア]]が生み出されるのかという問題への一回答であり、人間の精神・知性はこの問題に関して「閉鎖」されている、人間の理解できる領域ではないとする可能性のことである。
 
 人間による理解が現段階において科学的に不十分であったりするためではなく、人間の精神・知性にはそれらを理解するキャパシティーが端的に欠けているためである。マッギンによると、私たちは五感による知覚などの認知能力が備わっているが、逆に言えば私たちはそれら認知能力によって理解できる事柄以外は認知できないということになる。これは[[マリーの部屋]]の思考実験からも類推することができる。宇宙には人類以外にも多数の生命体がいて、彼らは人間にとって未知のクオリアを体験しているかもしれない。モノクロの世界で生活するマリーが赤や青のクオリアを体験できないように、人間には彼らのクオリアを体験できないのだ。クオリアは言葉で表現することが出来るが、彼らのクオリアに対応する言語は人間の言葉に翻訳することが不可能かもしれない。そして、物理的な脳と心的なクオリアとの関係は、人間には決して理解できない彼らの言葉によってしか語れない可能性がある、ということなのである。
 
 また、脳のキャパシティーの問題であるかもしれない。猫の脳が量子力学を理解する能力を欠いているように、人間は哺乳類の一種としての進化の現段階においては、意識のミステリーを解明する能力を備えていないのである。
 
 マッギンが想定しているのは次のことである。
 
 1:意識は一種の「素材」である。
 2:この素材は「内観という能力」によって知られる。意識は、内観的認識能力の「対象」であり、それは物理的世界が知覚能力の対象であるのと同じである。
 3:わたしたちが心身関係を理解するためには、意識と脳との「つながり」を理解しなければならない。
 
 マッギン思想は[[イマヌエル・カント]]の影響を強く受けている。人間が思考により捉えられるのは、対象があり、その対象が他の対象とある種の関係を持つ、といったモデルと合致する場合だけだという。これはカントが時間と空間を認識の形式であるとし、人間の思考はこの形式によって制限されているとした論理と同型である。そしてこうした理解の形式を取れない問題というのは、英才たちが何百年考え続けたとしても解決されることはない。意識のハードプロブレムもそうなのだとマッギンはいう。
 
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 ・参考文献
+コリン・マッギン『意識の〈神秘〉は解明できるか』石川幹人 五十嵐靖博 訳 青土社 2001年 
 ジョン・R・サール『ディスカバー・マインド!』宮原勇 訳 筑摩書房 2008年
 ・参考サイト
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E7%9A%84%E9%96%89%E9%8E%96
 
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