(01)704 『共鳴する心とチカラ』

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&br() 「絵里!目を覚まして!絵里っっ!」 「無駄よ。私のマインドコントロールは決して解けない」 表情一つ崩さず、腕組みをして立つ女。 スタイリッシュなスーツに包まれた長身と黒縁の眼鏡の奥に光る冷徹な目が、その言葉に抗いようのない説得力を与えている。 だが、さゆみの目は女を見てはいない。 「絵里!絵里!お願い!目を覚まして!」 虚ろな表情でこちらに向かい合う絵里。 さゆみにはその姿しか目に入っていなかった。 絵里の腕からは血が滴り落ちて、地面に小さな血だまりを作っている。 絵里自身が手にしたナイフによって切られた二の腕。 衣服が裂け、その裂け目から朱い色が広がっていた。 さゆみの衣服も絵里と同じ箇所が切り裂かれ、血の色が滲んでいる。 しかし絵里とは違い、さゆみの足元には血だまりはなかった。 「なるほど。自らの傷を他人にシンクロさせる能力。そして治癒能力。報告に間違いはなさそうね」 事務的な確認をするかのごとく淡々とそう言う女に、さゆみは初めて怒りのこもったまなざしを向けた。 「やめて!絵里にそのチカラを使わせないで!」 絵里の心臓にかかる負担を思い、さゆみは自らの心臓が締め付けられるような感覚に襲われた。 チカラの行使そのものもだが、それよりも体を傷つける際の痛みによるストレスが、疾患を抱える絵里の心臓により大きく害を及ぼす・・・ リーダーはそう言っていた。 「どうして?素晴らしい能力じゃない。とてもレアだし。 どう?2人で私たちの側につく気はない?この娘の心臓の病気も、もしかしたら治せるかもしれないわよ」 女のその言葉に、一瞬さゆみの心が揺れる。 さゆみにとってそれは、自らの命を賭してもいいと思えるほど切望している願いだった。 だが、絵里はそんな形で自分の病気が治ることを望んではいないだろう。 さゆみにしても同じだ。 魂を売ってまで叶えた願いの先に幸せなどあるはずはない。 「明日は自分で変えるもの」・・・リーダーのその言葉を思い出し、さゆみは一瞬でも揺らいだ自分の心の弱さを恥じた。 「・・・その表情を返答と受け取ってよさそうね。せっかく他人より優れた能力を持ちながらそれを生かそうとしないなんて本当に愚かしい娘たち」 無表情に近かった女に、ほんの微かに嘲りと苛立ちの色が浮かぶ。 「じゃあここで死んでもらうわ。2人とも」 再び無表情に戻った女は、棒立ちになった絵里の方に視線を向ける。 それと連動するように、ナイフを持った絵里の右手が上がり首のところでピタリと止まった。 「1人殺せば2人死ぬ。便利ね。合理的だわ」 「やめて!」 「さようなら。愚かな娘たち」 表情を変えずに、女は微かに顔を動かす。 鮮血が吹き上げる音が聞こえ、女は任務の完了を半ば確信した。 「なっ・・・!!」 女の顔に、初めて明確な表情が浮かんだ。 その驚愕の表情を形作った原因は、たった今頚動脈を切らせたはずの絵里の傷口がきれいにふさがっているという、理解の出来ない現象だった。 (幻覚を見せられたのか!?) 慌ててさゆみに目をやった女は、そこに不可思議なものを見る。 ・・・いや、実のところ不可思議でもなんでもない。 それが本来あるべき姿であるはずだったのだから。 首の傷からおびただしい血を流して地に臥すその姿こそが。 「まさか・・・遠隔治癒・・・・・・?しかも血が噴き出す前の一瞬で?ありえない!」 通常、治癒能力は施術者が被術者の体に触れることで発揮される。 だが、稀に強い力を持った者は離れたところからでもその能力を行使できるのだと聞く。 とはいえ、そんな能力を持った者に出遭ったことなどなく、女は半ば“都市伝説”的に捉えていた。 それを目の当たりにした驚きと同時に女を戸惑わせたのはさゆみの行動だった。 自らの傷の治癒よりも他人の治癒を優先したさゆみの行動は、女にとって理解し難いものだった。 「ぅ・・・絵・・・里・・・」 さゆみから発せられた声に、女は我に返った。 そう、任務は全うしなければならない。 仲間に引き入れるか・・・さもなくば殺せ。 それが上からの命令だ。 女は絵里をさゆみの元に歩ませる。 直接ナイフを突き立てさせるつもりだった。 「絵里にそのチカラを使わせないで!」というさゆみという少女の叫びがよみがえり、無意識にそうしたのかもしれない。 絵里がさゆみの傍らにしゃがみこむ。 次の瞬間、女は鮮血が吹き上げる音を聞いた。 他ならぬ自分の首から鮮血が吹き上げる音を。 「がっ!?・・・何が・・・?」 崩れ落ちながら女が見たものは、また目を疑うような光景だった。 それはきれいに塞がったさゆみの傷口。 そしてこちらを燃えるような憎悪の目で睨みつける絵里。 地面に顔をつけ、生暖かい液体がそれを覆っていくのを感じながら、女は混乱していた。 (これは・・・傷の移動?バカな・・・そんなことができるなんて・・・聞いていない・・・!) だが、そう考える他ない。 絵里は自分のマインドコントロールを解き、さゆみの体の傷をこちらに転送させたのだ。 痙攣する体を僅かに動かして女が見たのは、絵里がこちらを睨んだまま、手に持ったナイフを再び首筋に当てているところだった。 先ほどとは反対側の首筋に。 「や・・・め・・・て・・・絵里・・・」 そのとき、さゆみの弱々しい声が聞こえ、絵里の目が光を取り戻した。 「さゆっ!大丈夫?さゆっ!」 「大・・・丈夫・・・絵里が・・・抵抗してくれた・・・おかげで・・・傷・・・深く・・・なかったよ」 「ごめんねさゆ!絵里のせいで!絵里が・・・絵里がもっとしっかりしてれば・・・」 絵里の泣き声を聞きながら、女は納得していた。 首を切る瞬間、わずかながら絵里はマインドコントロールに抵抗し、それ故に自分が意図したよりも浅い傷になったらしいと。 だからその傷を移された私もまだ死なずにいるのだと。 だが、それも時間の問題だろう。 この傷でも、死ぬのに十分な血液が流れ出すまで時間はそれほど要しないに違いない。 「絵里、さゆをあの人のところに連れて行って・・・」 「えっ?」 意識が途切れそうになる中、女は微かにそんな声を聞いた気がした。 女が意識を取り戻したとき、目の前には微笑むさゆみと、怒ったようにそっぽを向く絵里の姿があった。 「よかった・・・間に合いました・・・」 思わず首に手をやる。 べっとりとした血の感触。 だが、その下にあるはずの傷口は完全に塞がっていた。 「傷は治しました。でも・・・流れ出た血は戻せませんから・・・無理をすると命に関わります」 「もー!さゆ!何でこんなやつ助けるの?こいつは絵里たちを殺そうとしたんだよ?」 まったくだ。 今日は理解が出来ないことばかり起こる。 女はぼんやりとそう思った。 「だって・・・死ぬことはないと思ったし・・・それにこの人が死んだら、絵里が抱えることになっちゃうじゃん、人の命を奪ったっていう事実を」 「さゆ・・・」 なるほど。 女は、今日立て続けに起こった理解し難い光景の理由を知った気がした。 互いを想う気持ちの共鳴が、奇跡に近い能力を生み出すのだと。 そして、誰も信用せずに生きてきた自分には縁がない話であることも。 このことは組織に報告するべきかもしれない。 だが、女はすでにそうする気を失くしていた。 もしかすると、里沙もこのことを知っていて隠していたのかもしれない。 そうふと思った。 この娘たちと毎日触れ合っていれば、そんな気になったとしてもおかしくはない・・・と。 自分がこんな気持ちになったことが今日一番理解できない現象だなと思うと、笑いがこみ上げてきた。 いつ以来だったか忘れるくらい久しぶりに。 ---- ---- ----
&br() 「絵里!目を覚まして!絵里っっ!」 「無駄よ。私のマインドコントロールは決して解けない」 表情一つ崩さず、腕組みをして立つ女。 スタイリッシュなスーツに包まれた長身と黒縁の眼鏡の奥に光る冷徹な目が、その言葉に抗いようのない説得力を与えている。 だが、さゆみの目は女を見てはいない。 「絵里!絵里!お願い!目を覚まして!」 虚ろな表情でこちらに向かい合う絵里。 さゆみにはその姿しか目に入っていなかった。 絵里の腕からは血が滴り落ちて、地面に小さな血だまりを作っている。 絵里自身が手にしたナイフによって切られた二の腕。 衣服が裂け、その裂け目から朱い色が広がっていた。 さゆみの衣服も絵里と同じ箇所が切り裂かれ、血の色が滲んでいる。 しかし絵里とは違い、さゆみの足元には血だまりはなかった。 「なるほど。自らの傷を他人にシンクロさせる能力。そして治癒能力。報告に間違いはなさそうね」 事務的な確認をするかのごとく淡々とそう言う女に、さゆみは初めて怒りのこもったまなざしを向けた。 「やめて!絵里にそのチカラを使わせないで!」 絵里の心臓にかかる負担を思い、さゆみは自らの心臓が締め付けられるような感覚に襲われた。 チカラの行使そのものもだが、それよりも体を傷つける際の痛みによるストレスが、疾患を抱える絵里の心臓により大きく害を及ぼす・・・ リーダーはそう言っていた。 「どうして?素晴らしい能力じゃない。とてもレアだし。 どう?2人で私たちの側につく気はない?この娘の心臓の病気も、もしかしたら治せるかもしれないわよ」 女のその言葉に、一瞬さゆみの心が揺れる。 さゆみにとってそれは、自らの命を賭してもいいと思えるほど切望している願いだった。 だが、絵里はそんな形で自分の病気が治ることを望んではいないだろう。 さゆみにしても同じだ。 魂を売ってまで叶えた願いの先に幸せなどあるはずはない。 「明日は自分で変えるもの」・・・リーダーのその言葉を思い出し、さゆみは一瞬でも揺らいだ自分の心の弱さを恥じた。 「・・・その表情を返答と受け取ってよさそうね。せっかく他人より優れた能力を持ちながらそれを生かそうとしないなんて本当に愚かしい娘たち」 無表情に近かった女に、ほんの微かに嘲りと苛立ちの色が浮かぶ。 「じゃあここで死んでもらうわ。2人とも」 再び無表情に戻った女は、棒立ちになった絵里の方に視線を向ける。 それと連動するように、ナイフを持った絵里の右手が上がり首のところでピタリと止まった。 「1人殺せば2人死ぬ。便利ね。合理的だわ」 「やめて!」 「さようなら。愚かな娘たち」 表情を変えずに、女は微かに顔を動かす。 鮮血が吹き上げる音が聞こえ、女は任務の完了を半ば確信した。 「なっ・・・!!」 女の顔に、初めて明確な表情が浮かんだ。 その驚愕の表情を形作った原因は、たった今頚動脈を切らせたはずの絵里の傷口がきれいにふさがっているという、理解の出来ない現象だった。 (幻覚を見せられたのか!?) 慌ててさゆみに目をやった女は、そこに不可思議なものを見る。 ・・・いや、実のところ不可思議でもなんでもない。 それが本来あるべき姿であるはずだったのだから。 首の傷からおびただしい血を流して地に臥すその姿こそが。 「まさか・・・遠隔治癒・・・・・・?しかも血が噴き出す前の一瞬で?ありえない!」 通常、治癒能力は施術者が被術者の体に触れることで発揮される。 だが、稀に強い力を持った者は離れたところからでもその能力を行使できるのだと聞く。 とはいえ、そんな能力を持った者に出遭ったことなどなく、女は半ば“都市伝説”的に捉えていた。 それを目の当たりにした驚きと同時に女を戸惑わせたのはさゆみの行動だった。 自らの傷の治癒よりも他人の治癒を優先したさゆみの行動は、女にとって理解し難いものだった。 「ぅ・・・絵・・・里・・・」 さゆみから発せられた声に、女は我に返った。 そう、任務は全うしなければならない。 仲間に引き入れるか・・・さもなくば殺せ。 それが上からの命令だ。 女は絵里をさゆみの元に歩ませる。 直接ナイフを突き立てさせるつもりだった。 「絵里にそのチカラを使わせないで!」というさゆみという少女の叫びがよみがえり、無意識にそうしたのかもしれない。 絵里がさゆみの傍らにしゃがみこむ。 次の瞬間、女は鮮血が吹き上げる音を聞いた。 他ならぬ自分の首から鮮血が吹き上げる音を。 「がっ!?・・・何が・・・?」 崩れ落ちながら女が見たものは、また目を疑うような光景だった。 それはきれいに塞がったさゆみの傷口。 そしてこちらを燃えるような憎悪の目で睨みつける絵里。 地面に顔をつけ、生暖かい液体がそれを覆っていくのを感じながら、女は混乱していた。 (これは・・・傷の移動?バカな・・・そんなことができるなんて・・・聞いていない・・・!) だが、そう考える他ない。 絵里は自分のマインドコントロールを解き、さゆみの体の傷をこちらに転送させたのだ。 痙攣する体を僅かに動かして女が見たのは、絵里がこちらを睨んだまま、手に持ったナイフを再び首筋に当てているところだった。 先ほどとは反対側の首筋に。 「や・・・め・・・て・・・絵里・・・」 そのとき、さゆみの弱々しい声が聞こえ、絵里の目が光を取り戻した。 「さゆっ!大丈夫?さゆっ!」 「大・・・丈夫・・・絵里が・・・抵抗してくれた・・・おかげで・・・傷・・・深く・・・なかったよ」 「ごめんねさゆ!絵里のせいで!絵里が・・・絵里がもっとしっかりしてれば・・・」 絵里の泣き声を聞きながら、女は納得していた。 首を切る瞬間、わずかながら絵里はマインドコントロールに抵抗し、それ故に自分が意図したよりも浅い傷になったらしいと。 だからその傷を移された私もまだ死なずにいるのだと。 だが、それも時間の問題だろう。 この傷でも、死ぬのに十分な血液が流れ出すまで時間はそれほど要しないに違いない。 「絵里、さゆをあの人のところに連れて行って・・・」 「えっ?」 意識が途切れそうになる中、女は微かにそんな声を聞いた気がした。 女が意識を取り戻したとき、目の前には微笑むさゆみと、怒ったようにそっぽを向く絵里の姿があった。 「よかった・・・間に合いました・・・」 思わず首に手をやる。 べっとりとした血の感触。 だが、その下にあるはずの傷口は完全に塞がっていた。 「傷は治しました。でも・・・流れ出た血は戻せませんから・・・無理をすると命に関わります」 「もー!さゆ!何でこんなやつ助けるの?こいつは絵里たちを殺そうとしたんだよ?」 まったくだ。 今日は理解が出来ないことばかり起こる。 女はぼんやりとそう思った。 「だって・・・死ぬことはないと思ったし・・・それにこの人が死んだら、絵里が抱えることになっちゃうじゃん、人の命を奪ったっていう事実を」 「さゆ・・・」 なるほど。 女は、今日立て続けに起こった理解し難い光景の理由を知った気がした。 互いを想う気持ちの共鳴が、奇跡に近い能力を生み出すのだと。 そして、誰も信用せずに生きてきた自分には縁がない話であることも。 このことは組織に報告するべきかもしれない。 だが、女はすでにそうする気を失くしていた。 もしかすると、里沙もこのことを知っていて隠していたのかもしれない。 そうふと思った。 この娘たちと毎日触れ合っていれば、そんな気になったとしてもおかしくはない・・・と。 自分がこんな気持ちになったことが今日一番理解できない現象だなと思うと、笑いがこみ上げてきた。 いつ以来だったか忘れるくらい久しぶりに。 ---- ---- ----

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