&br() 今日も「表向き」の仕事が終わる。 夕暮れは茜色に町並みを等しく染めていた。 里沙は普段、駅に接したファッションビルに入店するアパレル系の店員の顔を持つ。 生活費等はそれなりの額をダークネス側から支給されてはいる。 だがリゾナントのメンバー達に疑われないためにも、普段は職についているように見せかける必要があった。 愛は自らが店長を勤める喫茶店で共に働いて欲しいようだが、 嘘はどこからほころび始めるか・・・判った物ではないので断り続けている。 それでなくとも最近、一日の最後をあの場所で過ごし、 他愛のない話を続けるのを心地よいと感じるようになってきているのだ。 もやもやと心の奥でくすぶり続ける感情。 その正体をを里沙はまだ掴めずにいた。 「はぁ・・・」 都会のコンクリートジャングルに切り取られた空を見上げた。 視界に映る空は青とオレンジが混ざり合い複雑な模様を描き出しているのに、溜息はコンクリート色に染まったものしか出ない。 何となく足取りも重くなる。 『仲間』の場所に行けば、少しはこの気分も晴れるのだろうか。 喫茶店への道は里沙にとって一時の救いへの道でもあり、同時に絞首台への道でもあった。 「里沙、久しぶりね」 気配はなく、一瞬だった。 あっという間に里沙の視界に写る全ては色が失われる。 自分を中心に、結界のようなものが張られた。 ばっと声のした方へ振り向くと女がこちらへ歩み寄ってくる。 ゆっくりと、ゆっくりと。 闇色の細身のスーツをさらりと着こなしている女。 もちろん里沙にも見覚えがある。 だが、こうして人前でコンタクトを取られるのは初めてだった。 「・・・なぜ」 「今日来たのは・・・そうね、現状視察と定期面談って所、かしら」 いまだ戸惑う里沙を尻目に淡々と続ける 「あの光井って子・・・新人にしてはなかなかやるじゃない? あの子にそれなりの傷を負わせるなんて」 「・・・っ!!」 あの子、とは数日前に光井と対峙し、蛍光灯で負傷したらしい女の事だろう。 愛佳はまだ大事を取って療養中だ。 詳しい話は聞けていないが、壮絶な戦いだったらしいこと、襲撃犯は逃げたであろうことを愛から聞かされていた。 こつ、こつと女が更に里沙へ近づく。 パンプスの音がモノクロームの世界にやけに響いていた。 「一応教えておこうと思ってね。あの子もうぴんぴんしてるわ。 あの場に私が『回収』しに行ってDR.マルシェが治癒したからね」 「そう、ですか・・・」 「次に合ったら絶対私が始末する!ってね、そう意気込んでる」 「・・・まさか、今日はそれを言うために?」 「さてね」 女のこの能力は里沙も知っていた。 だがそれで全てなのかと問われると、答えはノーだろう。 組織の中でも秘密主義の女。 このモノクロの世界も女の能力。『時間停止能力』だ。 世界の中でこの会話を聞くことが出来るのは能力者、つまりこの女と里沙だけ。 ある意味どんな密会方法よりも足が付きにくく、干渉もされない。 同期の背の小さい女のほうは派手な能力を使い、思考回路も比較的単純、かつ好戦的。 対するこの女の印象は影だ。 裏で人間を操り、頭脳戦・情報戦にも長けている。 体術も劣るわけではないにも関わらず、積極的に前線に出ることは少なかったという。 対になる二人は組織の中でもめきめき頭角を表していったらしい。 ・・・まだ里沙が加入する前の、昔話だ。 だが以前、気まぐれに聞かされたことがある。 この女もまた、自分と同じだと。 安倍という同じ光を求め、この世界に身をおいているのだと。 動きを封じられていないにも関わらず、里沙はこの雰囲気に一歩も動けない。 いつの間にか目の前に女が腕組みをして立っていた。 不敵な笑みをその顔に湛えて。 「さっきから一度も目を合わせてくれないのね」 「・・・考えすぎです」 「まぁいいわ。・・・今日のところは、ね」 しん。 音を発するのを忘れた世界。 女の大きな瞳にみつめられ、居心地が悪くなった里沙はぎゅっと鞄の紐を握り締める。 最近の葛藤を見抜かれまいと。 ポーカーフェイスを必死で繕う。 沈黙を破ったのは、語りかけるような女の声。 「私もあなたも・・・あの人に憧れた。そして今、ここにいる。そうでしょう?」 「・・・はい」 「あの人を裏切ることは許されない。組織が許しても、あたしが許さない」 「もちろんです。だって・・・彼女はっ・・・私の・・・」 「・・・そろそろ時間切れかしら。 それじゃぁね。定期報告はこれからもよろしくね」 ――――――その里沙の搾り出すような台詞は最後まで紡がれることはなかった。 女が『時間停止』を解いたようだ。 里沙は視界が急に世界に色が戻ってきたことに体が追いつかず、軽い眩暈がする。 ぎゅっと目を瞑り、再び開くと女の姿は既に消えうせていた。 「はぁ・・・」 随分、溜息が多い日だ。 思わず傍のコンクリートにもたれかかる。 衣服越しに伝わる冷たい感触がこれは現実なのだと物語っている気がした。 通りかかる人が不審な目で見、そのまま通り過ぎていく。 女に言われたことを心で反芻する。 自分に課せられた任務。スパイと言う裏切り行為。 いつか、愛達に伝える日が来る。もしくは、ばれる日が。 どちらにしても、その時は間違いなく来るのだ。 そうなったとき、私はどんな顔をしているのだろう。 大粒の涙をこぼすのか、一切の感情を表さない人形のように冷たく微笑むのか、 里沙の脳裏にはリゾナンターのメンバーの顔が浮かんでは消えていく。 それは笑顔であったり、驚愕を浮かべていたり、拒絶し涙を流していたり。 どれだけそうしていただろうか。 コンクリートへすっかり体温が吸い取られ、辺りはいつのまにか夜を迎えていた。 いけない。慌てて携帯をチェックすると何件もの着信が残っていた。 愛から3回、さゆみから2回、愛佳から1回。 「あちゃー・・・」 メールも心配する旨の文章が並んだものが全員から届いている。 ジュンジュンからは「新垣の連絡がなくてみんな心配してます」という文章だったが。 「まったく・・・新垣さん、でしょうが」 自然に笑みが零れると着信履歴から一つの番号を呼び出し、通話ボタンを押す。 2コールを待たずに取られたのは、電話の相手が里沙からの連絡を今か今かと待ちわびていたからだろう。 「あっ、もしもし、愛ちゃん?」 ――――戦士達の休息はいつ訪れるのだろうか―――― ---- ---- ----