(12)668 『眼流転青』

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&br()  警察です お前 おかーさんなんか嫌い れいな 即死で 行って来る もう  怖い目 亡くなりました れいな 初めまして 一人でいなさい ガードレールに  田中さんの家ですか どうして外に出る 要らない れいな 軽い女 高橋愛です  さゆ 絵里はね いつかきっと もうお前は要らない ずっとすっと…仲間       …何かあったら        …近付くな… 「っ……っはっ…は…。ゆ、夢…」 時々見る、その夢。今までの様々な記憶のピースが再生されて、れいなに襲い掛かる 良い思い出も、悪い思い出も組み込まれた自分という名の大きなパズル そして、最後に再生される映像は、見に覚えのない物体 黒い、丸いものがくるくると回る… やがて回転は早まり、れいなに2つの言葉が投げかけられる 「何かあったら…」「…近付くな」 何か意味がある言葉なのか、まったくわからない。 幼い頃から、この順序は変わらず、聞こえてくる言葉も変わらない 水を求めにきたキッチンを照らす、宵の月。 夜が黒ではないと自分に教えたのは、自分のパズルに組み込まれた、あの同居人。 彼女によれば、夜は気高い、青らしい。 れいなと同じやでなんて、そんな言葉、言わないで欲しい。本当に照れる。 夢の形が変わったとすれば、最近は良いピースばかりが増えているという事。 無理矢理に見せられたそれではなく、自ら脳内で再生する。 仲間の顔…お客さんの顔… 何度も繰り返すうち、震えもおさまってきた 以前のように、やみくもに振るった拳で打ち消すこともなくなった。 でも、二つだけ…最近のものなのに、黒いピースが混じる 一つ目は、あの科学者の言葉… 「れいなの力があれば、異能力を消せるかもしれない」 震えの止まった両の手で、頭を抱える。 ペットボトルから零れた水が、月の光に照らされる。 自分には特別な力がない。それは、リゾナントに来て以来のコンプレックスだった。 必死に鍛えても、共鳴増幅があるなどと言われても、真の意味で、皆の役に立っているのか、不安でならなかった。 最初は羨ましさからくる感情だった。 でも、すこしずつ彼女たちと接するうちにわかった。苦しみが、孤独が。 自分の過去が、皆と比べて幸せだったとか、そんなことは思わない。 彼女たちが、自分を孤独から救ってくれたから。 彼女たちを危険とみなす、世の全てが許せなかった。 外のせいにしていた。周りが変わらないから、彼女たちが苦しむと。 でもその環境は変わった。自分の番になった。 自分が何かを捧げれば、彼女たちの苦しみが取り去られるのかもしれない… 愛ちゃんは、それを必死で止めた。 でもどうだろう…この世界に苦しむ全ての能力者を解放できるなら、 ただ、大切、仲間という理由で自分を縛る愛ちゃんが間違っているのかもしれない 恐ろしい考えだと思う。でも、自分が犠牲になれば…愛ちゃんも…みんなも… 首にかけた、ロケットを取り出す。 もう一つの黒いピース…それは、復讐 最近の出動。どうしても、そのことを意識してしまう。 ダークネスが、親の敵。そう思うと、身体は強張った。 それは、自分が今までの攻撃の手さえ、戸惑いを帯びたものに変えた。 自分がどこか、復讐の為に攻撃をしているのではないか、という不安。 そして心のどこかに本当にある、まだ見ぬ復讐心。 この攻撃で何かが変わってしまうのではないか。 その気持ちが、動きを鈍らせた。 もう、どうすれば良いのだろう。この感情を抱えたまま。 ふと、ポケットの震えに気付く。メールだ。誰、こんな夜更けに? 「絵里やん…」 ありえない話ではない。普段よく、この時間彼女の病院にお邪魔する。 今日はその日ではなかった。そしてこんな風にメールが届いたこともなかった。 少しおかしいな、と思ったその気持ちも文面を見た瞬間にすべて消えうせた。  話したいことがあるの。  れいなの、家族のことで…  病院の屋上で、待ってます。 「れーな!!」 少し悪い手を使ってたどり着いたその場所。 絵里の背中に広がる、濁った星空。 彼女は何かを握り締めながら自分の下に走り寄った 聞かなければならない。一体何の話があるのか。 「ジュンジュンから、いつ聞いたの!?」 それにも拘らず、先に質問を投げたのは、絵里だった。 「ジュンジュン…って何のこと?れーなは、絵里に呼ばれ…て」 うそ。あたし、れーなに呼ばれて来たんだけど? 悪い冗談かと思った。でも違う。絵里が差し出す液晶画面に浮かぶ、れいなからのメール。  ジュンジュンから聞いた。あの写真のことで聞きたいことがある。  ごめんやけど、屋上まで出てきてくれん? 要約すると、こう。つらつらと長い…悔しいけど、まるでれなのメール。 誰がこんなことを?一体…なぜ? 「れーなじゃないなら、一体だれがこんなことー?」 「わからん。けど、絵里ここはヤバイ。早く出…」 言い切る前に、地面が黒く染まる。ヤバイ。もっと早く気付くべきだった。 絵里がこんな風に呼びつけるわけなんかないのに… 「な、なにこれ、ね、眠い…」 いつも比較的とろんとした絵里の目が、完全に眠気を帯びる。 膝から崩れ落ち、地面に倒れかけるのをすんでのところで抱きとめる。 黒き光は、屋上をすっぽりと覆った。 おそらく空から見れば、大きな立方体になっているのだろう。もっとも、見える目があれば、の話だ。 ―声が、しない― この黒い壁には共鳴の断絶の効果でもあるのか。外からの援軍は期待してはいけないようだ。 絵里を見る。決して危ない状態などではない。 むしろただ単に睡眠を欲しているように見えた 「やっほーれーな」 背後から声がして、慌てて振り返ると給水塔に腰掛ける、DR.マルシェ。 今一番逢いたくなくて、一番逢いたいその科学者だった。 「これは、何?」 自分でも敵意に迷いが含まれ、歪な波となっていることを感じていた。 それを受け取ったDR.マルシェはもっとそれを感じたことだろう。 楽しげに、口角を上げる 「新商品。グラヴィティーカーテン」 英和辞書って便利だよね、なんてクスクス笑う。 いけん、相手のペースに乗っちゃ。 左の手に握られた、スイッチをその親指が撫でる。 これは、勝負だ。次にその指が離れた時を見計らって、払う。 そう、発動が早いか、れなの攻撃が早いか。 「絵里まで使ってれーな呼び出すなんて、どーいうつもり?」 「やー、絵里には逢えてなかったしね。福音は平等に告げられるべきだよ」 「ふくいん?」 「ああ、それはね…」 彼女のその癖。説明する時は、手をパタパタする。 今しかない、そう思った。最後の言葉は移動中に聞いた。 罠かもしれない。でも何もせず、手を拱くわけにはいかない。 しかし、れいなの狙いのそのスイッチも、DR.マルシェ自身も立ち消える。 そんな、まさか、ホログラム? 勢いあまったれいなは給水塔にしたたかに体をぶつけた。  誰が、まだ、使ってないっていったの?   直接脳内に届く、声  楽しかったよ。今日はここまで。  もし逢いたいなら、今度はれいなから、来て。 黒い天井がゆっくりと、下がり始める。それと共に、暗くなるボックス内。 天井で、押しつぶすための、装置?  「っ…ぐあっ」 天井がれいな自身に到達するよりも先に、体が圧力に悲鳴を上げた   グラヴィティってね、重力って意味なの 満遍なくかけられる重力に体が、立っていられない。 「ああっ…」 そうだ、絵里。絵里にはマズイ。 なんとか降りようとしても体はいう事を聞かず、どさりと地面に落ちる結果となった それでも良い。なんとかして絵里に、絵里に近付かんと… 迫る天井に、増す圧力。這い蹲って絵里を目指すれいなに再び声が聞こえる  れいなが行って、何ができるの? 血の気が引いていく思いがした。 そう、れいな自身がいくら足掻いても、絵里のところについても、 れいなには何も出来ない。れいなには何の力もない。 改めてつきつけられる、その事実。 心底憎む。よりにもよって、最も圧力に弱い絵里を選んだ彼女を。 どれだけ頑張っても、何もできない、れいな自身を。 努力では、埋められない何かが必要な、今この状況。 認めるくらいなら死んだほうがマシ。そのプライドも絵里の前では簡単に霞む。 …ただ、自分が、自分がおとなしくついて行けば良い。 「…れいな、行くけん。もう、…やめて」 ごめん絵里、ごめん、みんな。 持たない自分が、持つみんなを苦しめた。 人の価値なんて自分が決めるものやと思ってた。 真っ暗闇の中で、溶けていく感情。 認めてしまえばとても楽になった気がした   れいなは、役立たず って。  嫌…れいな、行っちゃ、やだ… かすかに聞こえる。それは、絵里の声。 どうして、こんなれーなを頼る?こんな状況じゃ、れなの力はなんの役にも立たん。  側にいるって、言った。あの日、三人で誓った。 あの日の約束― この拳で、二人を助けると、誓った。三人で新たな居場所を守ると。 わかってる。忘れたことなんてない。だから、その居場所を守る為にれいなは行くんだ。 その言葉に、絵里の言葉が鋭さを増した。  れいなは、居場所がどこにあると、思ってるの?  居場所を守れる何かがあるから、れいなは絵里たちと一緒にいるの?  一緒に、いたいから、いるんでしょ?一緒にいることが、居場所でしょ? 耳に聞こえ、弱りゆく、絵里の呼吸。 心に響き、強まりゆく、絵里の叫び。  何がれいなを弱気にさせるの? 言ってよ そんなのれいなじゃない。  …絵里の知る田中れいなは…いつだって、諦めなかった。 絵里は、人を無闇に傷つけたり、せん。攻撃じゃない、これは鼓舞。  何もせず、終わるの?まだ、終わりじゃない。  れいなが出来ないことは、絵里がする。だから、助けて。力を貸して、れーな! 心に灯る、かすかな勇気。ごめん、れーな、弱気になってた。 今から、共鳴、する。それは攻め。めまぐるしく動くピースを整理する。 れな達を脅かすは…重力。 それを弾き返す、圧力を生むしかない。押し返す、圧力。 二人のうち、圧力が生み出せるのは、絵里。絵里の風圧。 どうなるかは、わからない。でも、押し返す、それが出来れば、あるいは。 そう、れいなにできる事、絵里を補助する。この暗闇の中から、探し当てて共鳴してみせる。 次、目を開けたら、れなには、見える。 他には何も出来なくてもいい。ただ、絵里が見える。絵里を見る。 ―洗脳する、自分を。 見得る、全部が見得るから…。    ―いざ、開眼― 「何、これ?」 それは、れいなの知る、光纏う世界ではなかった。 今までの、暗幕に覆われた闇の世界でもなかった。 見える、視得るんだ。何か、全てを覆うベールのようなものが。 全てその真ん中から、何か、波のようになって溢れ出しているんだ。 ―青い、蒼い、あおい― 世界が青く染まっている。等しく流れ出す、青い【流れ】 まるで、海のように、寄せては返し、止めどなく繋がる… 自分の身体にもまた、流れるのは、世界と同じ、青。 これなら、わかる。ふと目を凝らせば、オレンジの流れ。 あれは、絵里。迷いはない。渾身の力で、左手を絵里の方へ。 自分の手に揺らめく、いくつもの流れ。黄・緑・赤・青…いろんな色。  絵里、絵里!! 絵里への想いを強めると、れなの流れは集結して、オレンジ色を放ち始めた 淡いオレンジが、強くなり、絵里と同じ濃さになる なんだか泣きそうな位温かいそれがれいなから流れ出し、絵里のそれと結びつく。 ああ、これは初めての感覚では、なかった。   ジュンジュンとリンリンの攻撃の為、敵をひきつけながら、   小春と愛佳ちゃんを誘導しながら、   絵里とさゆを背中で庇いながら、   ガキさんのサポートをしながら、   愛ちゃんの横、背中を預け合いながら、 いつも感じていたその力。皆を想う、その心。 その心こそが、れいなの力だった。 喉から手が出るほど欲しかったその価値は、視得なくてもずっとずっと、ここに在った。 仲間のため、自然と持ち続けたその心が、価値ある力だった。   【リゾナント・アンプリファイア】 二つのオレンジの流れは交じり合い、高められていく。  れいな、ありがとう… 絵里は震える左手を掲げ、その手から暴風を発生させた 青い世界の中、異色を放つ、その橙。 ああ、これが、異能力… そこに微塵の嫌悪も恐怖も抱きはしなかった ただ、心にあるのは、一つの信念。     共鳴しろ、絵里に共鳴しろ!!   寝転がった身では、足先までの確認はできない。 でも、わかる。れいなの身体に今流れるのは、絵里と同じオレンジの流れだった。   れいなの中、元は青であったもの―今はオレンジであるもの   風の砲台の弾丸となり、黒い悪意を打ち砕け 「「ーーーーー!!!!!」」 *  *  *  * 黒く小さなカケラ…元は天井であったそのカケラが煌き、れなたちの上に降り注ぐ 暗幕が裂け、現れたのは、濁った夜空 それでも何処となく、その黒さは甘かった。 それはれいなの目が今、世界を青くしているからだろうか。 その空は気高い、青に見えた 「んん…れーな?」 目を覚ました絵里。あれだけの圧力を身に浴び、それを凌駕する風圧を繰り出した。 でも幾分か顔色は良くて、ほっと胸を撫で下ろす。 幸いにもここは病院。もう大丈夫だ。 「れーな、これ…」 そう言って絵里に渡されたのは、小さな木の枠。 納められていたのは、れいなと… 「パパ…ママ…」 ぐらつく体とそれを心配そうに見つめる絵里 「この病院の、地下三階で、それ、見つけた」  ずっと、どう渡そうか、悩んでた。 最近のれいな、なんか、いろいろ…迷ってたから。 絵里がそこに行ったのは、あの事件― DR.マルシェによる、ウィルス頒布事件。やっぱり、彼女が関わっていた。 だとすると、これは…招待状。知らなきゃいけない。この目のことも。何もかも。 「ありがと…れな、行くね。」 疲れている絵里に嘘をつけば良かった。 でも、もう嘘はつきたくなかった。ごまかしたく、なかった。 さっき、あんなに…ううん、この目に気付く前からずっと、絵里とれなは共鳴し合えているのだから。 「うん。待って…る」 絵里はれいなの手を握ると、静かに目を閉じた。 ありがとう、絵里信じてくれて。必ず、戻る。 戻って全て話すから。最近知ったことも、今まで言いたくなかったことも。 もう一人、最初に話さなければならないうさぎの携帯を鳴らす。 これで絵里のことは本当になにも心配しなくて良い。 穏やかに流れるオレンジの流れを見ながら、れいなは青の世界への“目”を閉じた 行こう、地下三階へ。 れいなの答えを伝えに れいなの全てを知りに そこに、何があっても…何を失うことになっても… ---- ---- ----
&br()  警察です お前 おかーさんなんか嫌い れいな 即死で 行って来る もう  怖い目 亡くなりました れいな 初めまして 一人でいなさい ガードレールに  田中さんの家ですか どうして外に出る 要らない れいな 軽い女 高橋愛です  さゆ 絵里はね いつかきっと もうお前は要らない ずっとすっと…仲間       …何かあったら        …近付くな… 「っ……っはっ…は…。ゆ、夢…」 時々見る、その夢。今までの様々な記憶のピースが再生されて、れいなに襲い掛かる 良い思い出も、悪い思い出も組み込まれた自分という名の大きなパズル そして、最後に再生される映像は、見に覚えのない物体 黒い、丸いものがくるくると回る… やがて回転は早まり、れいなに2つの言葉が投げかけられる 「何かあったら…」「…近付くな」 何か意味がある言葉なのか、まったくわからない。 幼い頃から、この順序は変わらず、聞こえてくる言葉も変わらない 水を求めにきたキッチンを照らす、宵の月。 夜が黒ではないと自分に教えたのは、自分のパズルに組み込まれた、あの同居人。 彼女によれば、夜は気高い、青らしい。 れいなと同じやでなんて、そんな言葉、言わないで欲しい。本当に照れる。 夢の形が変わったとすれば、最近は良いピースばかりが増えているという事。 無理矢理に見せられたそれではなく、自ら脳内で再生する。 仲間の顔…お客さんの顔… 何度も繰り返すうち、震えもおさまってきた 以前のように、やみくもに振るった拳で打ち消すこともなくなった。 でも、二つだけ…最近のものなのに、黒いピースが混じる 一つ目は、あの科学者の言葉… 「れいなの力があれば、異能力を消せるかもしれない」 震えの止まった両の手で、頭を抱える。 ペットボトルから零れた水が、月の光に照らされる。 自分には特別な力がない。それは、リゾナントに来て以来のコンプレックスだった。 必死に鍛えても、共鳴増幅があるなどと言われても、真の意味で、皆の役に立っているのか、不安でならなかった。 最初は羨ましさからくる感情だった。 でも、すこしずつ彼女たちと接するうちにわかった。苦しみが、孤独が。 自分の過去が、皆と比べて幸せだったとか、そんなことは思わない。 彼女たちが、自分を孤独から救ってくれたから。 彼女たちを危険とみなす、世の全てが許せなかった。 外のせいにしていた。周りが変わらないから、彼女たちが苦しむと。 でもその環境は変わった。自分の番になった。 自分が何かを捧げれば、彼女たちの苦しみが取り去られるのかもしれない… 愛ちゃんは、それを必死で止めた。 でもどうだろう…この世界に苦しむ全ての能力者を解放できるなら、 ただ、大切、仲間という理由で自分を縛る愛ちゃんが間違っているのかもしれない 恐ろしい考えだと思う。でも、自分が犠牲になれば…愛ちゃんも…みんなも… 首にかけた、ロケットを取り出す。 もう一つの黒いピース…それは、復讐 最近の出動。どうしても、そのことを意識してしまう。 ダークネスが、親の敵。そう思うと、身体は強張った。 それは、自分が今までの攻撃の手さえ、戸惑いを帯びたものに変えた。 自分がどこか、復讐の為に攻撃をしているのではないか、という不安。 そして心のどこかに本当にある、まだ見ぬ復讐心。 この攻撃で何かが変わってしまうのではないか。 その気持ちが、動きを鈍らせた。 もう、どうすれば良いのだろう。この感情を抱えたまま。 ふと、ポケットの震えに気付く。メールだ。誰、こんな夜更けに? 「絵里やん…」 ありえない話ではない。普段よく、この時間彼女の病院にお邪魔する。 今日はその日ではなかった。そしてこんな風にメールが届いたこともなかった。 少しおかしいな、と思ったその気持ちも文面を見た瞬間にすべて消えうせた。  話したいことがあるの。  れいなの、家族のことで…  病院の屋上で、待ってます。 「れーな!!」 少し悪い手を使ってたどり着いたその場所。 絵里の背中に広がる、濁った星空。 彼女は何かを握り締めながら自分の下に走り寄った 聞かなければならない。一体何の話があるのか。 「ジュンジュンから、いつ聞いたの!?」 それにも拘らず、先に質問を投げたのは、絵里だった。 「ジュンジュン…って何のこと?れーなは、絵里に呼ばれ…て」 うそ。あたし、れーなに呼ばれて来たんだけど? 悪い冗談かと思った。でも違う。絵里が差し出す液晶画面に浮かぶ、れいなからのメール。  ジュンジュンから聞いた。あの写真のことで聞きたいことがある。  ごめんやけど、屋上まで出てきてくれん? 要約すると、こう。つらつらと長い…悔しいけど、まるでれなのメール。 誰がこんなことを?一体…なぜ? 「れーなじゃないなら、一体だれがこんなことー?」 「わからん。けど、絵里ここはヤバイ。早く出…」 言い切る前に、地面が黒く染まる。ヤバイ。もっと早く気付くべきだった。 絵里がこんな風に呼びつけるわけなんかないのに… 「な、なにこれ、ね、眠い…」 いつも比較的とろんとした絵里の目が、完全に眠気を帯びる。 膝から崩れ落ち、地面に倒れかけるのをすんでのところで抱きとめる。 黒き光は、屋上をすっぽりと覆った。 おそらく空から見れば、大きな立方体になっているのだろう。もっとも、見える目があれば、の話だ。 ―声が、しない― この黒い壁には共鳴の断絶の効果でもあるのか。外からの援軍は期待してはいけないようだ。 絵里を見る。決して危ない状態などではない。 むしろただ単に睡眠を欲しているように見えた 「やっほーれーな」 背後から声がして、慌てて振り返ると給水塔に腰掛ける、DR.マルシェ。 今一番逢いたくなくて、一番逢いたいその科学者だった。 「これは、何?」 自分でも敵意に迷いが含まれ、歪な波となっていることを感じていた。 それを受け取ったDR.マルシェはもっとそれを感じたことだろう。 楽しげに、口角を上げる 「新商品。グラヴィティーカーテン」 英和辞書って便利だよね、なんてクスクス笑う。 いけん、相手のペースに乗っちゃ。 左の手に握られた、スイッチをその親指が撫でる。 これは、勝負だ。次にその指が離れた時を見計らって、払う。 そう、発動が早いか、れなの攻撃が早いか。 「絵里まで使ってれーな呼び出すなんて、どーいうつもり?」 「やー、絵里には逢えてなかったしね。福音は平等に告げられるべきだよ」 「ふくいん?」 「ああ、それはね…」 彼女のその癖。説明する時は、手をパタパタする。 今しかない、そう思った。最後の言葉は移動中に聞いた。 罠かもしれない。でも何もせず、手を拱くわけにはいかない。 しかし、れいなの狙いのそのスイッチも、DR.マルシェ自身も立ち消える。 そんな、まさか、ホログラム? 勢いあまったれいなは給水塔にしたたかに体をぶつけた。  誰が、まだ、使ってないっていったの?   直接脳内に届く、声  楽しかったよ。今日はここまで。  もし逢いたいなら、今度はれいなから、来て。 黒い天井がゆっくりと、下がり始める。それと共に、暗くなるボックス内。 天井で、押しつぶすための、装置?  「っ…ぐあっ」 天井がれいな自身に到達するよりも先に、体が圧力に悲鳴を上げた   グラヴィティってね、重力って意味なの 満遍なくかけられる重力に体が、立っていられない。 「ああっ…」 そうだ、絵里。絵里にはマズイ。 なんとか降りようとしても体はいう事を聞かず、どさりと地面に落ちる結果となった それでも良い。なんとかして絵里に、絵里に近付かんと… 迫る天井に、増す圧力。這い蹲って絵里を目指すれいなに再び声が聞こえる  れいなが行って、何ができるの? 血の気が引いていく思いがした。 そう、れいな自身がいくら足掻いても、絵里のところについても、 れいなには何も出来ない。れいなには何の力もない。 改めてつきつけられる、その事実。 心底憎む。よりにもよって、最も圧力に弱い絵里を選んだ彼女を。 どれだけ頑張っても、何もできない、れいな自身を。 努力では、埋められない何かが必要な、今この状況。 認めるくらいなら死んだほうがマシ。そのプライドも絵里の前では簡単に霞む。 …ただ、自分が、自分がおとなしくついて行けば良い。 「…れいな、行くけん。もう、…やめて」 ごめん絵里、ごめん、みんな。 持たない自分が、持つみんなを苦しめた。 人の価値なんて自分が決めるものやと思ってた。 真っ暗闇の中で、溶けていく感情。 認めてしまえばとても楽になった気がした   れいなは、役立たず って。  嫌…れいな、行っちゃ、やだ… かすかに聞こえる。それは、絵里の声。 どうして、こんなれーなを頼る?こんな状況じゃ、れなの力はなんの役にも立たん。  側にいるって、言った。あの日、三人で誓った。 あの日の約束― この拳で、二人を助けると、誓った。三人で新たな居場所を守ると。 わかってる。忘れたことなんてない。だから、その居場所を守る為にれいなは行くんだ。 その言葉に、絵里の言葉が鋭さを増した。  れいなは、居場所がどこにあると、思ってるの?  居場所を守れる何かがあるから、れいなは絵里たちと一緒にいるの?  一緒に、いたいから、いるんでしょ?一緒にいることが、居場所でしょ? 耳に聞こえ、弱りゆく、絵里の呼吸。 心に響き、強まりゆく、絵里の叫び。  何がれいなを弱気にさせるの? 言ってよ そんなのれいなじゃない。  …絵里の知る田中れいなは…いつだって、諦めなかった。 絵里は、人を無闇に傷つけたり、せん。攻撃じゃない、これは鼓舞。  何もせず、終わるの?まだ、終わりじゃない。  れいなが出来ないことは、絵里がする。だから、助けて。力を貸して、れーな! 心に灯る、かすかな勇気。ごめん、れーな、弱気になってた。 今から、共鳴、する。それは攻め。めまぐるしく動くピースを整理する。 れな達を脅かすは…重力。 それを弾き返す、圧力を生むしかない。押し返す、圧力。 二人のうち、圧力が生み出せるのは、絵里。絵里の風圧。 どうなるかは、わからない。でも、押し返す、それが出来れば、あるいは。 そう、れいなにできる事、絵里を補助する。この暗闇の中から、探し当てて共鳴してみせる。 次、目を開けたら、れなには、見える。 他には何も出来なくてもいい。ただ、絵里が見える。絵里を見る。 ―洗脳する、自分を。 見得る、全部が見得るから…。    ―いざ、開眼― 「何、これ?」 それは、れいなの知る、光纏う世界ではなかった。 今までの、暗幕に覆われた闇の世界でもなかった。 見える、視得るんだ。何か、全てを覆うベールのようなものが。 全てその真ん中から、何か、波のようになって溢れ出しているんだ。 ―青い、蒼い、あおい― 世界が青く染まっている。等しく流れ出す、青い【流れ】 まるで、海のように、寄せては返し、止めどなく繋がる… 自分の身体にもまた、流れるのは、世界と同じ、青。 これなら、わかる。ふと目を凝らせば、オレンジの流れ。 あれは、絵里。迷いはない。渾身の力で、左手を絵里の方へ。 自分の手に揺らめく、いくつもの流れ。黄・緑・赤・青…いろんな色。  絵里、絵里!! 絵里への想いを強めると、れなの流れは集結して、オレンジ色を放ち始めた 淡いオレンジが、強くなり、絵里と同じ濃さになる なんだか泣きそうな位温かいそれがれいなから流れ出し、絵里のそれと結びつく。 ああ、これは初めての感覚では、なかった。   ジュンジュンとリンリンの攻撃の為、敵をひきつけながら、   小春と愛佳ちゃんを誘導しながら、   絵里とさゆを背中で庇いながら、   ガキさんのサポートをしながら、   愛ちゃんの横、背中を預け合いながら、 いつも感じていたその力。皆を想う、その心。 その心こそが、れいなの力だった。 喉から手が出るほど欲しかったその価値は、視得なくてもずっとずっと、ここに在った。 仲間のため、自然と持ち続けたその心が、価値ある力だった。   【リゾナント・アンプリファイア】 二つのオレンジの流れは交じり合い、高められていく。  れいな、ありがとう… 絵里は震える左手を掲げ、その手から暴風を発生させた 青い世界の中、異色を放つ、その橙。 ああ、これが、異能力… そこに微塵の嫌悪も恐怖も抱きはしなかった ただ、心にあるのは、一つの信念。     共鳴しろ、絵里に共鳴しろ!!   寝転がった身では、足先までの確認はできない。 でも、わかる。れいなの身体に今流れるのは、絵里と同じオレンジの流れだった。   れいなの中、元は青であったもの―今はオレンジであるもの   風の砲台の弾丸となり、黒い悪意を打ち砕け 「「ーーーーー!!!!!」」 *  *  *  * 黒く小さなカケラ…元は天井であったそのカケラが煌き、れなたちの上に降り注ぐ 暗幕が裂け、現れたのは、濁った夜空 それでも何処となく、その黒さは甘かった。 それはれいなの目が今、世界を青くしているからだろうか。 その空は気高い、青に見えた 「んん…れーな?」 目を覚ました絵里。あれだけの圧力を身に浴び、それを凌駕する風圧を繰り出した。 でも幾分か顔色は良くて、ほっと胸を撫で下ろす。 幸いにもここは病院。もう大丈夫だ。 「れーな、これ…」 そう言って絵里に渡されたのは、小さな木の枠。 納められていたのは、れいなと… 「パパ…ママ…」 ぐらつく体とそれを心配そうに見つめる絵里 「この病院の、地下三階で、それ、見つけた」  ずっと、どう渡そうか、悩んでた。 最近のれいな、なんか、いろいろ…迷ってたから。 絵里がそこに行ったのは、あの事件― DR.マルシェによる、ウィルス頒布事件。やっぱり、彼女が関わっていた。 だとすると、これは…招待状。知らなきゃいけない。この目のことも。何もかも。 「ありがと…れな、行くね。」 疲れている絵里に嘘をつけば良かった。 でも、もう嘘はつきたくなかった。ごまかしたく、なかった。 さっき、あんなに…ううん、この目に気付く前からずっと、絵里とれなは共鳴し合えているのだから。 「うん。待って…る」 絵里はれいなの手を握ると、静かに目を閉じた。 ありがとう、絵里信じてくれて。必ず、戻る。 戻って全て話すから。最近知ったことも、今まで言いたくなかったことも。 もう一人、最初に話さなければならないうさぎの携帯を鳴らす。 これで絵里のことは本当になにも心配しなくて良い。 穏やかに流れるオレンジの流れを見ながら、れいなは青の世界への“目”を閉じた 行こう、地下三階へ。 れいなの答えを伝えに れいなの全てを知りに そこに、何があっても…何を失うことになっても… ---- ---- <<back>> &bold(){[[(08)505 『覆る偶然と繋がりゆく必然』]]} ---- ---- ----

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