(09)710 『共鳴者~Darker than Darkness~ -3-』

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&br() 共鳴者の歴史は古く、永い。 古代シャーマニズムを始め、 平安の世の陰陽師、神道や仏教、民間呪術などその足跡らしきものを挙げればきりがない。 国内では他に恐山のイタコ、沖縄のユタ、世界に目を向ければ西洋の魔女に、一神教の根拠となる奇跡の数々。 いずれも深く国家や共同体の中心に寄り添い、その異能を行使してきた。 吉凶を占い、政を助け、そして何より必要とされたのが魔の調伏――つまりは"闇"の排除である。 中心に"闇"を伴い不定期に現れる空間、異界。 その内部には瘴気が渦巻き、生物は生存を拒まれやがて息絶える。 黄泉の具現。死の権化。 放置すれば原生生物の絶滅に直結する脅威である。 その内部にあって唯一、平時と変わらぬ活動を許されるのが共鳴者だった。 "闇"を討てば異界は消える。 ゆえに彼らは古来より、世界を侵すその闇を祓う宿命を背負い続けている。 だが、当然といえばそうなのか。 人の身に余る奇跡には、代償となる供物が必要だった。 元来"闇"しか存在できないはずの異界。 その内部で平然と息づくことができる者。 翻せばそれすなわち、その者自身も"闇"に近しい存在であることの証明に他ならない。 ――共鳴者とは、"闇"に共鳴する者を呼ぶ。 人が異界に住みえぬように、"闇"もまた現界には棲みえない。 共鳴者とは人の身でありながらその実、中身が"闇"に親しい存在。 つまるところ、彼らもまた現界に在っては永くその身を保てぬ存在なのだ。 早ければ齢二十を過ぎる頃。 遅くとも三十を越えるより早く。 共鳴者という存在はその内に湛えた闇と、外に満ちる光との狭間に息絶える。 彼女達の不幸であり幸福は、その事実を未だ知らされていないということだ。 戦前までは今のような事態はあまりなかった。 共鳴者の素質は遺伝により直系に受け継がれることが多く、 旧宮内省は国内すべての共鳴者の家系を把握し、管理していた。 当然、成長の過程で共鳴者自身もその役目と末路を教育され、受け入れていく。 しかし戦後、戦火に紛れ共鳴者についての多くの知識は失われていた。 宮内省が宮内庁へと移行し、その権限を縮小されたことも相まって、 長く続いてきた管理形態は完全に瓦解したのだった。 高度経済成長期を経て国内の情勢も変革を経験し、 当の共鳴者の血も全国に散らばり、その伝統と共に薄れていった。 それでも、依然として異界という現象は存在し続けている。 その脅威の大きさに危惧を抱いた行政府は残ったわずかな情報から 共鳴者の末裔を集め、組織し、管理体制の再建を推し進めていった。 防衛省外局、 共化防衛委員会代執行機関、 共化特務機関所属、特殊強襲部隊1号――通称"黎明"。 喫茶リゾナントの面々が知らず所属するその部隊もまた、その再建の中に興ったひとつである。   *  * 「いらっしゃいませー!」 喫茶リゾナントの客入りは今日も、悪くない。 料理やコーヒーの味には店主の高橋自身、さして自信があるわけではないものの、 オフィス街に面した立地と、何より若い女子店員の存在が常連客を呼ぶ理由に貢献しているのだろう。 比較的容姿の良い面子が揃っているし、 久住小春という芸能人がいることもあって雑誌の取材を受けたこともある。 一般社会に溶け込み、それを守るという己の役割を自覚する…確かそれを目的に開店したのが始まりだったか。 上の思惑はともかく、緊張の連続である日常にあって、店員たちはこの副業に安らぎを見出している様子だ。 高橋自身、客の笑顔に救われたことも、それを守りたいと想ったこともある。 だが。 今の彼女にはそれも、既に遠い思い出だ。 『死体はこちらで処理しておくよ』 そう請け負い、追って連絡をよこすと残した紺野と別れ、三日が経つ。 紺野あさ美。 元は高橋と同じこの"黎明"所属の共鳴者であり、その離反者だ。 ダークネス――"闇"の名を冠した結社を組織し、 "黎明"を始め公的な全共鳴者関連機関の敵対勢力として数々の違法行為に手を染めている。 組織としてどんな目的を掲げているのかまでは高橋の預かり知るところではないが、 紺野個人の行動原理はひとえに"復讐"にある。 それはおそらく、すでに彼女の側についた新垣とも同じ。 あの事件の、憎悪。 「あれ? 愛ちゃんどこ行くんです?」 「ちょっと用事。店お願いね」 道重の声にそう返し、鈴を鳴らして扉を出て行く。 今や日常となったこの平穏も、そう長くは続かないだろうと思いを馳せつつ。   *  *  * 部屋には畳と、線香特有の香りが染みついていた。 仏壇に手を合わせ目を閉じる。 高橋にとってもう珍しくなった、安らぎを感じることのできる一瞬だった。 「いつもごめんなさいね、お忙しいのに」 「いえ。出動のない時は案外暇なんですよ、あーし」 初老の女性は膝を折り、目の前の卓上に湯のみとお茶請けを置いてくれた。 目元の辺りが遺影の中で笑う彼女とよく似ていると、高橋は懐かしく想った。 「こちらこそ返って気を遣わせてしまって、ごめんなさい」 「あら、気にすることないわ。  おばさんの一人暮らしだから、お客様は大歓迎よ」 娘同様、共鳴者であったご主人は彼女が生まれてすぐ亡くなったと聞いている。 遺された唯一の肉親を失って、女性は目に見えて若々しさを失ってしまった。 この家にはまだ、遠い日の彼女と、この女性との笑い声の残響が木霊し続けているように思えてならない。 同じような境遇の人々は日本中、世界中に大勢いる。 日本では自衛隊員と同じ扱いで保障金こそ出るものの、 死亡状況や死因などは防衛上の機密として明かされることはなく、 遺族の訴えなどなかったものとされるのが現実だった。 そもそも所属していた機関自体が秘匿されているし、 公にしてやると騒いだところで三流誌すら取り上げてくれないオカルトな事案だ。 それゆえ何人の殉職者が出ようと責任を問われる人間はいないし、体制が改められることもない。 ダークネスの組織構成員をこうした遺族が多く占めるのも頷ける話だ。 「今日はお別れを言いに来たんです」 「お別れ……?」 「ええ。ちょっと遠くへ出向することになって。  しばらくはこちらへ顔を出すこともできなくなるかと」 「まあ、大変ねえ。……そうよね、高橋さんももう、管理職なんだものね」 驚きは、流れた時間の早さに対してのものだろう。 もう、彼女が死んでから何年が過ぎたのか。 正確に思い出すことはできない。 時間の区切りになど意味はない。 高橋と目の前の女性にとって、 時間が解決してくれた事柄など何ひとつなかった。 「あーしも、もうあまり時間のある身体ではなくなりました」 「……そう」 「けど約束します。  ――もうこれ以上、マコトと同じことは繰り返させない。絶対に」 その瞳の中に何を見たのか、女性は何も言わず、高橋もそれ以上何を言うこともなかった。 そのままいくらかの時を過ごし。 やがて、高橋は帰路についた。 ---- ---- ----

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