(12)474 『蒼の共鳴-叶わぬ願い-後編』

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&br() 気まずそうにテレビのチャンネルをザッピングする愛の背中を見つめながら。 長いこと一緒に過ごしてきたけれど、そういえば愛はどんなテレビ番組を見るのだろうと想う里沙。 そういう話をしたことはなかったなと、小さく苦笑いする。 話す必要がなければ話さない自分の性格も問題だし、 第一、組織にあてがわれたマンションに居る時は音楽を流しながらひたすら、パソコンに報告書を打ち込んでいる。 報告するようなことがなければ精神干渉を応用した戦闘術の訓練をしているし、 訓練が終わればシャワーを浴びて眠りに着くだけ。 普通の人間のように、テレビを見たり趣味に打ち込んだりすることはない。 と、言うより。 今更普通の人間のような時間の過ごし方なんて出来ないくらい、能力者、そしてスパイとしての生き方が染みついている。 それはすごく寂しいことのように思えなくもなかったが、全ては今更で考えることすらむなしい気がした。 愛が振り向く気配がしたので、里沙はスッと表情をいつもの自分へと戻す。 「里沙ちゃん、何か食べたいものある? よかったら買ってくるがし」 「うーん、甘いもの食べたいかも。 シュークリームとか、プリンとか」 「分かった、一杯買ってくる!」 「一杯って、あたし今そんな持ち合わせないんだけど」 「あーもう、病人は黙って寝てろ! あーしの奢りやし、いちいちそんな細かいこと言うな。 そんなんじゃ、ただの過労でも入院が長引くわ」 財布を持って飛び出していく愛の後ろ姿に、里沙はようやく胸を撫で下ろす。 ずっと側にいられたら、自分の置かれている立場を忘れて縋り付きたくなりそうだったから。 忘れてはいけないのに。 年に一度帰ってくる里沙、身の回りの世話をしてくれる人間以外とは口を聞くことも許されず、居住室で孤独に過ごすなつみ。 なつみと出会わなければ、とっくに終わっていた命だった。 なつみの命を守る為、そして皆を守る為にも、スパイとしての任務を完全に果たさなければならない。 だが、それは自分を楽にする言い訳に過ぎないと心のどこかでは分かっていた。 ダークネス幹部が約束を守ってなつみの命を奪わないとは限らないし、里沙がリゾナンター側に属しようとしまいと、 最終的にダークネスはリゾナンター達を葬り去るべく動くに違いない。 それが分かっていても、従うしかないのだ。 現時点で里沙が出来ることはスパイとしての任務を完全にこなすことだけで、 例えそれが100%確実ではなくても、自分の大切な者を守るために出来る最良のことなのだから。 色々考えすぎて疲れたせいか、体が睡眠を欲している。 愛が帰ってきたらきっと、自分の弱っている部分がさっきのように表に出ようとするに違いない。 それを避ける為に、里沙は素直にその欲求に従い目を閉じた。 夢を見ていた。 なつみが笑っていて、そして皆も笑っていて。 夢と分かっていても、素直に嬉しいと想う。 本当にこの夢が叶ったらいいのにと思いながら、里沙はその夢を俯瞰する。 優しくて、温かくて。 この夢が覚めなければいいのに。 どちらも失いたくないと想う里沙の夢は、突然場面転換する。 吉澤が居た。 吉澤の右側には目を伏せて座り込むなつみの姿、そして左側には血を流し地面に膝をつく8人のリゾナンター。 その鋭い瞳は、言葉よりも雄弁に里沙に問いかけている。 お前はどちらを選ぶのか、と。 何も言えないままの里沙を一瞥すると、吉澤は禍々しい闇のオーラを解き放つ。 「…やめて!」 ベッドの上に身を起こした里沙は、自分の背中を滑り落ちていく嫌な汗に顔をしかめた。 どんな夢か思い出せないが、少なくともけしていい夢でないことだけは分かる。 頬を伝う涙の感触が気持ち悪くて、里沙は反射的に服の袖で汗を拭おうとして、動きを止めた。 里沙の利き手を包み込むように握り、眠っている愛の姿。 その寝顔は穏やか過ぎて、その手を振り解いてまで涙を拭くのは躊躇われた。 1つ深呼吸して、利き腕でない方の服の袖で涙を拭き、里沙は時計の方を見る。 夜の11時ちょっと前、随分長いこと眠っていたようだ。 部屋の電気は消されていて、寝る前には付いていたテレビももちろん消されている。 柔らかな月の光だけが差し込む部屋は、眠っている愛の吐息が聞こえてくるくらい静かで。 この時間を刻み込むように、里沙は静かに目を伏せる。 こんなにも静かで穏やかな時は、おそらくもう二度と味わうことはない。 ダークネスの元に帰れば、1人で眠り1人で朝を迎える。 どこを探しても皆の姿はなく、少し悲しそうに笑うなつみの顔を見つめながら。 皆を思い出しながら皆を忘れていくような、そんな日々が始まるのだ。 いつの間にか気がつけば、誰にも聞こえないように心の扉を閉ざしながら。 心の中でいつも叫んでいた、皆と共に生きていきたいと。 だが、それこそは叶わぬ願い。 リゾナンターが光ならば、紛うことなく自分はダークネスのスパイ、すなわち闇。 ―――光と闇は共には生きていけぬのだ。 里沙の思考を遮るように、愛が飛び起きる。 「…里沙ちゃん!」 「ちょ、何なのよいきなり!」 「あれ、あ、夢か…てか、暗い」 「暗いに決まってるでしょーが、もう消灯時間とっくに過ぎてるし。 まったく、愛ちゃんは…」 怖い夢でも見ていたのだろうか、でも、自分の頬に伝う涙には気付いていなさそうな愛を見て。 苦笑いしてしまうのを止められないまま、里沙は愛の頭に手を伸ばしその柔らかい髪を撫でた。 ごめんと謝ってくる愛が幼く見えて、ついつい甘やかしたくなる。 「疲れてたんだからしょうがないでしょ、一々謝らないの。 ここのところ、ドタバタしたもんね」 「そうやね、でももう2人も落ち着いたし。 後は里沙ちゃんが元気になればリゾナンター全員集合やよ」 「そうだねぇ、本当皆には迷惑かけちゃったな」 「そう思うなら、ちゃんと人に頼りなさい里沙ちゃんは。 1人で毎晩寝ずの付き添い続けるからこうなったんだから」 甘やかすつもりが、逆にお説教されて。 その視線がくすぐったくて、里沙は話を逸らす。 短い髪の毛を梳くように撫でながら、自然と胸を浸していく温かい感情に蓋をして。 祈るように目を伏せる愛の表情はとても綺麗なのに、何故かその表情は里沙の心を優しく傷つける。 何か不安に思うことでもあるのか、愛の心は僅かに乱れていた。 どう声をかけようかと思った、その時。 ―――里沙の心を切り裂く悲しい叫び声が届いた。 何がきっかけだとか、そういうことは全く分からない。 ただ、3人は里沙がスパイであることに気がついてしまった。 リンリンの意識に触れた時には、これなら大丈夫だろうと思っていたのに。 静かに穏やかに過ぎるはずだった時間は、たった一晩さえ持たずに消え去った。 何と声をかけていいのか分からないといった表情で自分を見つめてくる愛の視線が辛くて、里沙は声をあげる。 「行ってきな、愛ちゃん」 「里沙ちゃん、でも…」 「でもじゃないでしょーが、あんたはリゾナンターのリーダーなんだよ! あんたが行かないでどうすんのよ!」 「でも…」 「でもじゃない、行け!!!」 弾かれたように飛び出していく愛の背中。 その背中が消えて、部屋に再び静寂が訪れる。 自由になった両腕で、里沙は自分自身を抱きしめて呟く。 「何で…何でよ…」 ずっと一緒にいられるわけじゃなかった。 最初から、別れることは決まっていた。 いつまでもこうしていられるわけじゃないと、誰よりも分かっていた。 せめて、この時間が少しでも長く続けばいいと。 そう思う里沙の気持ちを打ち砕いた、3人の心の声。 3人が悪いわけじゃない、遅かれ早かれいつかはこうなる可能性はあったのだから。 ただ、バレてしまう前に任務終了となるか、バレて任務終了となるかだけの違い。 だがその違いは、とても大きな違いだった。 こんな風に傷つけたかったわけじゃないのに、何故こうなってしまったのか。 何故、ほんのささやかな願いすら打ち砕かれなければならない。 綺麗に皆の前から去ることすら、奪われて。 傷つけたくなかった皆の心を、鋭すぎる刃で斬りつけることになるなんて。 神様がいるのなら、問い質したかった。 何故、あなたはこんな仕打ちをするのかと。 むなしい問いかけが心の中を渦巻く。 何故あなたが裏切るのかと、3人の声が絶えず里沙の心を切り裂いていく。 ―――考えることを放棄することすら出来ない痛みに、里沙はただただ涙をこぼした。 ---- ---- ----

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