(15)662 『RからAへ』

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&br() 「あなたが、アイちゃん?」 「うん。お姉ちゃんはだれ?」 「私は里沙。新垣里沙っていうの、初めましてだね。アイちゃん」 「初めまして。里沙お姉ちゃん」 そう言って少女はぺこり、と頭を下げた。 四歳だというのに随分受け答えがしっかりしている。 「ずっと一人ぼっちで、寂しくなかった?」 「私は私とずっと一緒にいるから、私がみんなと一緒にいれば私も寂しくないよ。  それにね、私を通してお外の事も少し分かるんだよ」 「外の事が?」 「私の心が冷たくなったりあったかくなったりするの。  それでね、私の心があったかい時はいい匂いがするんだよ」 「それってコーヒーの匂いかな」 「コーヒーって?」 「飲み物だよ」 「おいしいの?」 「んー、アイちゃんがもう少しお姉さんになったら・・・」 自分の言葉にハッとして少女を見つめた。 この子が大人になるなんてことが・・・ 「私はずっとちっちゃいままだから」 「ごめんね、そういう意味でいったんじゃ」 「いいの、分かってるから。しょうがないよ」 「お願いだからそんな悲しい目をしないで」 どうしようもなくやりきれない気分に襲われて、里沙は少女の肩を抱いた。 この子の瞳に宿るかなしみを拭い去ってあげたいと、切に思う。 「私に先のことは分からないけれど、いつか、ね?いつかきっと…」 「お姉ちゃん」 「なあに?」 「私、お姉ちゃんに会う前からお姉ちゃんの声は知ってたよ」 「私の、声を?」 「うん、お姉ちゃんの声を聞くと私の心がぽわってあったかくなるのが伝わるの。だから私もお姉ちゃんの声大好きだよ」 「何か照れるな」 思わず笑みがこぼれる。なんともくすぐったい気分だ。 「私とずっと仲良しでいてくれる?」 「もちろん」 「ねえお姉ちゃん…また私、たたかうの?」 「―え?」 「そのために私に会いに来たんでしょ?」 「うん…どうして、分かったの?」 「私の心がぎゅって硬くなってる。それも、今までにないくらい。きっと、凄く怖い人とたたかうんでしょ?」 「…出来れば力になって欲しいの。あ、でも無理にとは言わないよ?」 「一つだけ、約束して」 「何?」 「また、私に会いにきてね」 里沙はこくりと頷いて、少女の鼻先を小指で撫でた。 「指切りしよう」 「…もう、目開けていいよ。愛ちゃん」 「もうええの?」 胸元をぽりぽりと掻きながら愛がのんきな口調で喋りだした。 「いやーなんか胸ん所がこそばいわー。ガキさんくすぐったやろ?」 「くすぐりゃしませんよ、もう」 やれやれ、と苦笑いを浮かべて里沙は時計に眼をやった。 約束の時間まであと一時間半程ある。ここから町外れまで一時間もあれば足りるだろう。 「で、どうやった?」 ゆっくりと、愛が呟いた。声に若干の違和感がある。 ―怯えているのか? 里沙はテーブルの正面にいる友にまなざしを向け直して「良い子だったよ」と、 一言、そう言った。 愛は軽くため息をついてまぶたを閉じ、里沙の言葉を反芻している。 「愛ちゃん」 「なるべく手短に頼むわ」 「手短にって…自分の事なのよ?」 「違う、あたしはあたしや、あいつとは違う」 「違わない。あの子も愛ちゃん自身よ、いい加減に認めてあげないと」 「違う!里沙ちゃんまであたしを兵器扱いする気か!」 里沙の言葉を遮って愛は声を荒げた。 普段はリゾナンターのリーダーとして誰よりも冷静であり続けているが 感情的になると「ガキさん」ではなく「里沙ちゃん」と呼ぶ癖が彼女にはある。 ――そしてその事を、当然里沙は知っている。どうして感情的になるのかも i914 高橋愛がこの世に生を受けた時、付けられた名前である。 ―ダークネスの生体兵器として、世界を変革する力を持つものとして、闇から光を生み出し、そして、再び闇に返すものとしてi914は生まれた。 i914の放つ光に触れたものは、全て消える。 ―鉄も石も泥も水も木も獣も人も肉も骨も血も全て、全て消え去る 組織はそれを『消す光』と呼んだ。人間が持つにはあまりにも大きすぎる力。 事実持ちきれずに計画は四年で破綻し、研究成果の殆どが失われ、i914は高橋愛と名を変えて心の奥底に姿を隠すことになる。 十数年の時を経て、愛は再び闇に見出され、監視者として里沙が送り込まれた。 愛と里沙の運命の車輪はその時を境に加速を始め、今、一つの臨界を迎えようとしている。 「愛ちゃん、聞いて」 「聞いとるよ。あいつの力が必要なことくらい、あたしにだって分かる」 組織にとって、一つ予想外の事が起こった。 監視者が対象とその仲間達と心を通わせ、組織から離反してしまったのだ。 里沙の組織に、いや、安倍なつみに対する憧憬と忠誠は絶対的なものであった。 信仰といってもいい。 組織の中で里沙を知るものは皆(里沙自身ですら)夢にも思わなかった事だ。 ―新垣里沙が裏切った。 何故裏切ったか?はどうでもいい。裏切り者には粛清。組織の掟である。 では誰がやるか?は決まっている。恐怖の象徴がいる。粛清人AとR。 「何が何でも生き抜かなきゃいけないもの、その為ならあたしは何にでもなろう」 ぽつり、ぽつり、と愛は言葉を続ける。 「またみんなに会いたいもの、またここでコーヒーを飲みたい。i914の力だって使いこなしてみせるさ」 「愛ちゃん…」 愛はじっと自分の手のひらを見つめて言った。 「愛ちゃん、愛ちゃんか…i914やから愛。…フフッ、つまらん、つまらん名前・・・」 愛の瞳には、先程里沙が見たアイの瞳と同じ色のかなしみが宿っている。 里沙は愛を見つめ、もう一度彼女の名を呼んだ。声に凛とした響きがある。 「あなたの名前は世界で一番、素敵な名前よ」 「えっ?」 里沙は、愛から目を離さない。 「どうして?」 「だって、私の一番大事な人の名前だから」 そう言うと、里沙は独特のちょっと困ったような顔をして微笑んだ。 愛の心をなにか熱いものが満たしていく。 ―どうして ―どうしてこの人は ―どうしてこんなにも ―まっすぐな言葉を ―まっすぐな心で 愛はぽかんと口を開けたまま、頬を伝う涙を拭うことも出来ずにいた。 「ちょっと、どうしたの?」 「あひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃ」 「もう、なによー」 「里沙ちゃんは本当、あたしの心をくすぐる名人やな」 ズズッと鼻をすすって、愛は里沙に視線を向けた。いつものリーダーの顔に戻っている。 「それで、あたしは何をすればいい?」 「自分の内なる声に耳を傾けるの。もう一人のあなたの声を聞いてあげて。  あの子はね、愛ちゃんの淹れるコーヒーの香りが好きだと言った。私の声が好きだと言ってくれた。  愛ちゃんが皆と一緒にいれば自分も楽しいって、あの子は絶対に兵器なんかじゃない、  あの子も私の大切な愛ちゃんだから、だからね、信じて。自分の心を」 「・・・ありがとう」 信じてみよう、心を、彼女を、そして私は熱い血潮の流れる人間だという事を。 「ごめんなあ、みっともない所見せて」 「まあ、みんなには黙っといてあげるわよ」 そう言って里沙はいたずらっぽく笑った。 「みっともなくてもいい。またここに帰って来よう」 二人の胸に湧き上がってくるものが確かにある。それはきっと、勇気というのだろう。 薄暗いダークネス本部地下通路を無機質な音を立てて歩く影があった。 黒のボンテージに身を包んでいる。 背筋をピンと伸ばし、腰はしなやかで、足の運びには隙がない。 見る者が見れば、よほど戦闘に熟達していると分かる。 まなざしに少々の癇気と匂い立つような気品があり、前方を見据えている。 ―粛清人R。 獰猛で美しく、闇を駆けるけものに似ていた。 「よう」 声の主は腕組をしながら壁に寄り掛かっている。 目もとが涼やかで、青年のようなカラリとした雰囲気を纏う女。 ―吉澤ひとみ。 ダークネスの幹部の一人で、性格も風貌も正反対の粛清人Rと何故か妙に馬が合った。 吉澤はそのままRに歩調を合わせ、並んで歩く形になった。 「メールで伝えたんだって?新垣に」 「ええ、どうかした?」 「なんつうか、果たし状みたいなもんでしょ。それをメールって」 「だって便利じゃない」 「便利は便利だけどねえ、なんつうか」 「情緒が無いって?」 「そう、それ」 「あったほうがいいかな?」 『泣く子も黙る』と恐れられている粛清人Rが、この他愛もないやり取りを楽しんでいる節がある。 「しっかしメールなんかでノコノコ呼び出されてくるかねえ」 端正な顔立ちをRに向けて言った。粛清人は吉澤にチラリと視線を送り、 「来なかったらあいつの仲間を二、三人殺せばいい。戦えないくせに群れてる奴らをさ」 と、不機嫌そうに答えた。実際、共鳴者にはたたかいに向かないメンバーが数人いる。 「全員まとめて来ちゃったら?」 「何人来ようが同じよ」 「たいした自信だ」 そう言って吉澤は口角を下げておどけるような表情をしてみせた。 「で、何か用?」 「ああ、どっちとやりあうんだい?」 「i914はAがやるって言ってるから私は新垣とかな。ま、ピュンピュン飛び回る奴私得意じゃないし、丁度いいわ」 「…もしさ、新垣が一人であんたの前に現れたら、あいつは覚悟を決めてるって事だ。あいつに、新垣里沙に迷いは無いって事だ」 「それが?」 「迷いを振り切ったあいつは手強い。…かもね」 「まさか私が新垣に負けると思ってるわけ?」 「そういう事じゃないよ、言わんとしてる事は分かるでしょ?」 「心配してくれているのよね」 そう言ってRはクスッと微笑し、足を止めた。 『転送室』と書かれた扉がある。 一部の者にしか使用を許可されていない空間転移装置を使って約束の場所へ行くのだろう。 「じゃ、そろそろゲートが開く時間だから」 「気をつけてな」 彼女が室内に入るのを見届けて立ち去ろうとする吉澤に、Rが声をかけた。 「あ、そうだ」 「何?」 「私さ、梅酒をね、漬けてたの」 「梅酒を?」 意外だった。粛清人のイメージに合わないという事もあるが、梅酒は作るのに三ヶ月はかかる。組織の一員として明日をも知れぬ日々を生きる人間がするような事ではない。 どういう心境の変化だろうか。 ―ひょっとして、疲れてるのかもしれない。 胸にこみ上げる疑問を押し殺して、吉澤はまたおどけた表情を作る。 「意外だな、梨…粛清人Rが梅酒作りだなんて」 「なによう、悪い?」 「いーえ」 「この任務が終わったらさ、余裕が出来ると思うから、そしたら飲もうよ」 「ちゃんと作れてんだろうね?」 「ま、味は保障しないわよ」 Rは微笑した、その微笑みがあまりに透き通っていて、吉澤は呼吸を忘れた。 「じゃあね」 粛清人Rは微笑と微かな香水の匂いを残して、転送孔に消えた。 ---- ---- ----

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