(17)301 『 a long night 』

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&br() 鬱蒼と生い茂る木々の下に、月の光は届かない。 ここは、森の深淵。 吉澤ひとみは、腕を組むように右手で左腕を押さえながら、木の幹に背を預けた。 周囲の音に耳を澄ませる。 其処此処から聞こえる虫の音。深く静かに響く梟の声。夜風が揺らす木々の葉擦れ。 すべての音が調和された、完全なる世界。 しかし、そこに近づいてくる不協和音を、吉澤は聞き逃さなかった。 よく訓練されてるじゃないか。 吉澤は唇の端を歪めて笑った。 森の中をかなりの速度で移動しながら、吉澤の足跡を正確にたどってくる集団のかすかな足音。 森林地帯でも極力音を立てずに行動するすべを知っている者たちに違いなかった。 だが、吉澤の研ぎ澄まされた聴覚は、彼らが立てるわずかな物音をはっきりと捉えていた。 人数は、五、六人というところか。 吉澤は左腕を押さえていた右手を離し、手のひらを見やった。 そこには血糊がべったりと付いていた。 しかし、確認したかったのはそんなことではない。 吉澤は光の粒子を呼び出そうと、その手に自らの能力を解き放った。 が、どんなに意識を集中しても、手のひらにはなんの変化も起こらない。 苦々しい表情で舌打ちをし、吉澤はつぶやいた。 「アンチサイ――能力の阻害か……。面倒なことしやがって」 どうやら“武器庫”は使えないらしい。 携行している武器と弾薬だけで対処するしかなかった。 吉澤の手元には、MP7が一挺。残弾数はおよそ二十発。 それから、両太腿のホルスターには二挺の拳銃――H&K USP Match。 こちらは両方とも全弾装填されているが、予備の弾薬はない。 あとは、腰に差したコンバットナイフのみ。 吉澤はMP7のマガジンを外すと、今一度残弾数を確認し、マガジンを元に戻した。 セレクターレバーは、今はまだ安全位置のままでいい。 「ご到着か」 その言葉を合図にしたかのように、吉澤のわきの草むらからひとりの男が飛び出してきた。 間髪を容れずに、吉澤は男の顔面にひじ打ちを叩き込む。 自らの勢いも相まって、男は派手にひっくり返った。 「いたぞ!」「殺せ!」 怒号を響かせ、草むらから男たちが続々と現れる。 殺してみろ。 男たちの言葉に、吉澤は薄笑いを浮かべた。 一斉射撃がはじまる。 吉澤は視界の隅で男たちの人数とおおよその位置を把握しながら、遮蔽物となりうる木の陰に 身を隠した。 夜の森に間断なく轟く銃声。その発射炎によって、周囲が昼間のように明るくなる。 吉澤は呼吸を数えながら、MP7のセレクターをフルオートに切り替えた。 ほんの一瞬、銃撃が途切れる。 その瞬刻の間隙が訪れたときには、吉澤はすでに男たちの前にその姿を現していた。 横に構えたMP7を掃射しながら、数メートル先の木に向かって悠然と歩く。 遮蔽物に逃げ遅れた憐れな男と、無謀にも反撃を試みた愚かな男が、吉澤の放った銃弾の前に倒れた。 あと三人。 吉澤がそう思ったとき、MP7が唐突に沈黙した。 MP7は吉澤が予想したとおりのところで弾切れを起こした。 男たちが一斉に反撃に転じる。 吉澤はMP7を捨てると、身体を回転させながら木の陰へとその身を滑り込ませた。 同時に二挺のUSPをホルスターから引き抜く。 木の幹を背に、吉澤は自らの呼吸を数えた。 男たちが放つ銃声は、数こそ減ったものの、先程と同じリズムを刻んでいる。 芸のない奴らだ。 心の中で吐き捨て、吉澤はUSPの安全装置を解除した。 呼吸にして三つ分、数えきったところで、吉澤はためらうことなく木の陰から飛び出した。 ほとんど間を置かずに、二発の銃声が響き渡る。 二挺のUSPから放たれた弾丸は、吉澤の左右にいた男たちの急所を正確に撃ち抜いた。 吉澤の正面にいる男が、とっさに吉澤に銃口を向ける。 が、男が引き金を引くよりも早く、吉澤が放った弾丸が男の額に穴を開けた。 二挺のUSPは動きを止めることなく、くるくると回転するとホルスターの中に収まった。 額を穿たれた男が地に沈んだのは、その一瞬あとだった。 夜の森に、調和された音の世界が還ってくる。 しかし、遠く響く新たな不協和音の存在に、吉澤は気づいていた。 今しがた葬った男たちより、今度はさらに多い。 十数人――いや、もっとだろうか。 今夜は、長い夜になりそうだ。 古い映画のような陳腐な台詞が胸をよぎり、吉澤は思わず苦笑した。 かぶりを振りつつ、物言わぬ屍と化した男のそばに歩み寄る。 男の手元に転がるショットガンを、吉澤は器用に蹴り上げた。 ショットガンはまるで意志を持っているかのように、吉澤の手に収まった。 フォアエンドを引き戻す。機械的な金属音とともに、空薬莢が勢いよく排出された。 刻々と近づく不協和音。 吉澤はまだ見ぬ彼らを見据え、不敵な笑みを浮かべた。 鬱蒼と生い茂る木々の下に、月の光は届かない。 ようこそ、闇の深淵へ。 ---- ---- ----

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