(21)061 『蒼の共鳴番外編-イミテーション・スノー』

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&br() オレンジ色の空が、徐々に濃紺へと変わっていく頃。 季節は移ろい、街を包むのは身を切るように冷たく、澄んだ空気。 息を吐けば白くなり、冷たい風に顔は自然と赤らむ。 両手をコートのポケットに突っ込んだ少女は、一時の暖を求めて本屋へと足を向ける。 その本屋は、少女が住む街では一番の品揃えを誇っていた。 暖を求めて入店した少女は、ゆったりとした足取りで各コーナーを覗いて回る。 ふと、覗いた児童書籍のコーナー。 そこで少女は、思いもかけない光景を見て思わず声を上げそうになった。 「いつも応援ありがとう、これからもきらりのこと、応援してね」 「うん、きらりちゃんのこと、応援するよぉ」 そこにいたのは―――トップアイドルへの階段を着実に上っているアイドル“月島きらり”と、3歳くらいの少女だった。 だが、少女が驚いたのはけしてアイドルを見たからではない。 少女は月島きらり、否、正確には月島きらりのもう一つの姿である“久住小春”と同じ“組織”に属している。 小春がアイドル月島きらりとして、ファンと接する姿は少女にとっては衝撃的ですらあった。 普段の小春は―――けして、自分達には進んで話しかけようとはしないし、笑顔の一つすら見せない、氷を思わせるような少女である。 その小春が、とても優しく微笑んでいるのだ。 みとれてしまうような笑顔の綺麗さに、今更のように小春が芸能人なのだと思わされる。 小春は少女の頭を優しく撫でると、その場から立ち去ろうとして―――その場に固まった。 「亀井さん……」 「あはは、どもどもー」 すごく気まずい空気だった。 小春は少女―――“亀井絵里”を見て、表情をスッと消し。 絵里は小春を見ながら引きつった笑いしか出てこない。 そのまま、十数秒程二人は見つめ合っていたのだが。 騒がしくなってきたのを感じた小春は、絵里の手を取って歩き出す。 小春に置いて行かれまいと、絵里も慌てて歩き出した。 すれ違い様に、あれアイドルの月島きらりじゃない?という女子高生の驚いたような声や、 その単語に反応した周りの人間からの興味津々な視線が突き刺さるように集中するのを感じながら、絵里は小春に同情する。 一人の女子中学生として、ゆっくりと本屋を見て回ることすら満足に出来ない小春。 だが、小春はもう、こういった事態には慣れているのだろう。 意を決して話しかけてきた女子高生にすいません、今プライベートなんでと言いながら歩くその背中は、何だか知らない人間のようだった。 本屋を出て数分程経っただろうか。 小春が歩調を緩め、掴んでいた手を離したことでようやく落ち着いた空気になった。 立ち止まり、絵里の方を見て何か言いたげに揺れる瞳。 それよりも先に、絵里の方が口を開いた。 「あはは、寒かったから本屋に避難したんだけど、まさか小春と遭遇するとは思わなかったよー。 小春は今日、お仕事ない日なんだ?」 「ええ、まあ。 っていうか…大丈夫ですか?」 「え、何が?」 聞き返した絵里のきょとんとした表情に、いえ、何でもないですと言って口を閉ざした小春。 数秒程間を置いて、絵里はようやく小春が何を言いたかったのか察知して小さな声でありがとうと告げた。 絵里は物心付いて間もない頃に発症した病気の治療という理由で、週に一度通院している。 もう殆ど完治したと言ってもいい状態だったが、小春の気遣いは素直に嬉しかった。 絵里の嬉しそうな笑顔を見ても、小春は表情一つ変えない。 いつものこととはいえ、先程少女に微笑みかけていた姿を見ているだけに少しだけ寂しくなる。 何を話せばいいのか分からないまま、絵里は思いついたことを適当に話し始めた。 「もう、すっかり冬だねー」 「そうですね」 「でも今年の冬って温かいらしいから、雪は降らないだろうなぁ。 絵里、もう殆ど病気治ってるから、雪が降ったら雪合戦したいなぁって思ってたんだけど」 「雪、ですか…」 案の定、ぎくしゃくする会話。 普段、小春は中学生活と芸能生活を両立しているため、仲間達が集う“喫茶リゾナント”には週に一度顔を出せばいい方である。 そのため、絵里は小春と満足に話をしたことがなかった。 他の仲間達と話す時は、こんな風に何を話せばいいのかなんておろおろすることなどないのに。 絵里が困っているのを感じているのか、いないのか。 小春は黙ったまま、何かを考えているようだった。 綺麗な横顔だなと、漠然と思っていたその時、ようやく小春が口を開いた。 「亀井さん、雪…見たいですか?」 「え、あ、うん…そりゃ、見たいけど。 でも、見たいと思って見れるものじゃないじゃん? どっか寒いところにまででかければ、うんざりするくらい見れるんだろうけど」 その返事を聞いた小春は、付いてきて下さいと言って絵里の手を取って再び歩き出す。 訳の分からないまま、絵里は隣を歩く小春に遅れないようについていく。 突き刺さるような冷風が体を冷やす。 だが、繋いだその手だけは温かい。 小春に導かれるまま辿り着いたのは、人気のない児童公園だった。 淡い色の電灯以外、辺りを照らす物はない。 その明かりから少しだけ離れたところに絵里を立たせた小春は、いいっていうまで目を閉じててくださいと言う。 小春の言葉に分かったと頷いた絵里は、そっと目を閉じた。 暗い、無音の世界が広がる。 繋いだ手に少しだけ力を込めながら、絵里は小春の合図を待つ。 数十秒程経っただろうか、絵里がまだなのと小春に聞こうと思ったその刹那。 亀井さん、目を開けていいですよという声が聞こえたのと同時に、絵里は目を開いた。 「え、嘘……雪だ…」 「そうです、嘘ですよ」 「へ、でも雪じゃん? ―――あ!」 「嘘の雪、で申し訳ないですけど。 亀井さん、雪が見たいって言ったから」 絵里と小春の視界に広がるのは―――小春の能力“幻術-ハルシネーション-”で作り出された、一面の銀世界。 白く輝く雪原、そして空から舞い落ちてくる羽根のような雪。 あたしの故郷、この時季これくらい雪降るんですよねと小春が呟く。 幻想的な光景も嬉しかったが、何より―――小春が自らのことを聞かれなくても答えてくれたことがすごく嬉しい。 手を伸ばして触れてみても、何の感触もない“嘘の雪”。 やがて、雪原も雪も色をなくして消えていった。 「ありがとう、小春。 すごい綺麗だった」 「いえ、この間…亀井さんにひどいこと言ったし、何だかんだで謝るタイミングもなかったですし。 その代わりにするには全然物足りないと思うんですけど、今の小春に出来るのってこれくらいですから」 そう言って、絵里から視線を逸らす小春。 照れを隠すような仕草に頬が緩むのを感じながら、絵里は小春の手を取って歩き出す。 「ちょ、亀井さん何処に行くんですか?」 「え、何って、ねぇ? 絵里お腹空いたし、リゾナントに行こうかなぁって思って」 「それとあたしと何の関係があるんですか? あたし、別にリゾナントに用事ないですし」 「えー、小春はお腹空いてないの?」 絵里の問いかけに答えたのは、グゥーと言う盛大なお腹の音。 恥ずかしそうに口をパクパクする小春に、ほら、早く行くよと声をかけ。 寒空の下を歩く二人。 リゾナントに着いたら、温かいもの沢山食べようねと楽しそうに笑う絵里。 その声に、相変わらず抑揚の乏しい声で返事をする小春。 途切れ途切れになる会話。 だけど、絵里はそのことにもう何の気まずさも感じない。 小春が見せてくれた“嘘の雪”。 あんなに温かい雪はきっと、これからどれだけ生きても見れない、絵里と小春の記憶だけに降る雪なのだ。 とげとげのヤマアラシみたいな小春が見せてくれた、特別で素敵な魔法。 街を歩く二人の姿を、淡い三日月が優しく照らしていた。 ---- ---- ----

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