【 v-u-den 】
それは、世界中にその名を轟かせる・・・いや、轟かせたいと願う3人組怪盗団のチームネームである。
そして、彼女たちの本日の任務はここ、大都市トーキョーのとある高級宝石店で行われようとしていた。
「2人ともいいわね?これからの行動をおさらいするからよく聞くように」
「ほぇーぃ」「は~い」
ショートカットの女がやる気のない声で、巻き髪の女が関西風のイントネーションで返事をする。
場にそぐわない甲高い声の女がリーダーシップを執っている。
ちなみに彼女の衣装は真っ昼間から黒のボンテージスーツである。
コートは久々に悪の血が燃え、暑くなったので既に脱ぎ、ユイに持たせている。
ユイにとっては、なんでうちがー!とは言えない、これが悲しき上下関係。
そんなコードネーム・チャーミーのその姿を
通りすがりの一般人はうっかり奇異な物を見てしまった風な顔で通り過ぎていく。
「いいこと?まず偵察よ」
「あのー、チャーミー?その服で偵察する気ですか?」
「どこか可笑しくって?ユイ」
どこもかしこも可笑しいに決まってるじゃないですか。
いやむしろ、可笑しいのはあなたの思考回路じゃないですか。
二人が喉まで出かけた言葉は発せられることはなかった。
「白昼堂々と盗まれる時価数億円の大粒ダイヤ・・・あぁ、なんて甘美なひ・び・き・・・」
「こりゃだめだ、アッチの世界に行っちゃったよ」
「どうする?エリカちゃん」
「どうって、アレ見てよ」
エリカが顎でそちらを指し示す。
ぎぎぃっと首をそちらにひねってみれば、明らかにこちらを警戒していると思われる警備員の姿。
いや、きっと怪盗団とすら思ってはいないようではあるが。
なんだか妙な女が入り口近くでコスプレ撮影大会でも始めそうで、店の品位が下がるから気を付けていてくれ。
そんな連絡が店内で回っているなんて知る由もない3人であった。
「とりあえずコート着て下さい、チャーミー」
「あら!この戦闘服は常に世界に誇示するの、それがあたしのアイデンティティーよ」
そんな訳のわからんアイデンティティーは燃えないゴミの日にでも捨てて下さい。
チャーミーの台詞を無視し、無理やり袖を通してしまうユイ。
「もう、偵察は私だけで行きます。二人はどこかで待っててください」
痺れを切らしたエリカがすっとサングラスを取り出す。
現段階で一番の問題であるチャーミーはユイが羽交い絞めにすることで解決し
それは滞りなく進められた。
小一時間後。
再び雑居ビルに戻ってきた3人は膝を突き合わせて作戦会議に興じる。
「白昼堂々もいいけれど・・・いえ、悪が一番輝くのはやはり丑三つ時!
闇に煌くv-u-denのエンブレム!
さぁ、捕りに行くわよ、待ってなさいあたしのダイヤちゃん!」
「エリカちゃん、気にせず情報をどうぞ」
・・・あ、いじけちゃった。
そのうち復活するだろうけど。
「えー・・・良いでしょうか。
まず、当てずっぽうでしょうが丑三つ時というのはなかなかいいセンいってますね。
店員からの情報によると契約中の警備会社、深夜2時~3時は人手不足により
警報を受けてもすぐに警備員がたどり着けない様です」
「なんでそんな事教えてくれたん!?凄いんだけどさ」
ふっ、と一つ、妖しい笑み。エリカのその笑いの意味することとは。
「いえ、ただちょーっと奇麗なお姉さんと仲良くなってきましたので」
「あ、そやの・・・」
深く追求する気になれるわけがない。
彼女の一般的には褒められたものではない特技がこの日ばかりは役に立ったようだった。
それから1時間。
チャーミーは何事もなかったかのように復活し、
あーだこーだと何度も脱線しつつ、なんとか作戦はまとまったようだ。
要はいつも通りのポジションで、かつ臨機応変に。
果たしてそれは作戦と言えるかどうか。
その問いに答えられるものは一人として居ない。
* * *
「ミッションスタート」
インカムから伝わるリーダーの合図に合わせ、3つの影が衣擦れの音もなく動き出す。
闇と同化した彼女たち。その後には夜の風音だけが残された。
地点A。
エリカとチャーミーは宝石店のビルに相対し、侵入を阻む鉄格子をじぃと見つめる。
奥に在るのは、照明も何もない世界。
だが隣に佇むチャーミーが装備したスコープから見える店内には
赤外線による感知器がびっしりと張り巡らされていた。
「開錠(アンロック)」
ほとんど空気を震わせることなく、小さく呟く。
エリカにとって大抵の鍵は只の飾りだった。
そう、それは心の鍵であったとしても。
重く入口を閉ざしていた格子がぎしりと揺さぶられたかと思うと、するすると上に収納されていく。
適当なところでそれは止まり、下を潜り抜ける二人。
「こちらエリカ。開錠成功。ユイやん宜しく」
「了解」
地点B。
屋上に陣取ったユイがノート型PCをカタカタと操る。
ユイが行っているのは宝石店の警備システムに侵入し、その機能を壊死させること。
数十秒ののち闇を突き刺すかの如く存在していた赤外線は消え失せる。
それはユイの侵入が成功したことを物語っていた。
ユイは同時に監視カメラの録画状況も、何もなかったかの如く切り替えていく。
「こちらユイ。警報解除成功。警備システムの復旧まで残り10分」
ひゅう、とチャーミーの口笛が響く。
「上等。さ、ついてらっしゃいエリカ」
「了解」
皮手袋をきしりと締め直し、チャーミーの口角がにぃ、と引き上げられる。
この人は普段はあんなのだけど、こういう時はまともだよな。
これは決して口に出しはしないが。
その思いを誤魔化そうとして進む背中に問いかけてみる。
「チャーミー、この真珠も大振りでなかなか綺麗ですよ、持ってきません?」
「何言ってるの、狙うのは一番価値のあるダイヤ、それだけ!
何でもかんでも持っていくなんて品の無いことできるわけないじゃない。
それが気高く美しいv-u-denのアイデンティティーであり誇りよ」
そんなアイデンティティーは粗大ゴミの日にでも捨ててください。
うちらが万年マル貧なのはこのポリシーのせいなんだけどな。
心で涙を流しながら断腸の想いで一度摘んだ真珠を元に戻すエリカ。
「わかればよろしい。こっちよ」
「・・・うっす」
あっさり、と言っていいほど簡単にたどり着いた最深部。
エリカの解錠で口を開いた金庫からは確かに虹色に煌くダイヤ、その姿があった。
曰く付きと知っていても抗うことの出来ない美しさにどちらともなくほうっ、と溜息が漏れる。
「これが・・・例の?」
「そのようですね」
エリカのお手柄とも言える「奇麗なお姉さん」より得た情報によると、
店の奥の奥、大金庫には厳重に保管されているダイヤがあるらしい。
カラーダイヤに分類され通称「インディゴ ブルー」と呼ばれるその石。
カッテイングの妙によりプリズムのような光を放つだけではなく、
持ち主によっては深い深い藍色にまで彩度が落ち、持ち主の孤独な叫びを映し出す鏡になるという。
所謂、曰く付き、と呼ばれる物であった。
3人の興味を引くには十分すぎる獲物である。
「ふぅん・・・孤独を映すカガミ、ねぇ」
「さ、頂くものは頂いてさっさと出ましょうよ」
『残りあと5分ですよ二人とも』
「わかってるわよ!」
チャーミーがダイヤを手に取った瞬間。
emergency
シンニュウシャ ヲ ケンチシマシタ
響き渡る合成音声。
ガシャン!!
ほぼ同時に逃げ道が鉄柵によって塞がれる。
閉じ込められてしまった。
赤いサーチライトがそこらじゅうを縦横無尽に駆け巡る。
「ちょっとユイ!警報は切ったんでしょう!?」
『え~、そうなんですけどねぇ』
「ややや、やばくねっすか?」
「焦らないの!怪盗はピンチの時ほど不適に笑うものよ」
「それは弁護士の話です!」
「別にやばくないわよ、あんまり美しくないからやりたくないんだけど」
「出来るならさっさと何とかして下さいっ!」
『残り4分』
相変わらず暴れまわるサーチライト。
それを気にする風でもなくチャーミーは精神を集中させる。
「っせいっっ!!!」
ぎぎぎと酷い音を立てて捻じ曲げられる鉄柵。
チャーミーの表情は般若も裸足で逃げ出すほど台無しになる。
ようやく人ひとり通れる程の空間がぽっかりと出来上がった時には肩で息をしていた。
「・・・念動力ってけっこう地味ですよね」
思ったことをついそのまま口にするのはエリカの悪い癖だ。
「・・・あなた、置いていかれたいようね」
「や、やだなーそんな訳ないじゃないですかチャーミすごーいさすがりーだー」
「バイバイ」
『残り3分』
「ちょ、ま、ゴメンナサイゴメンナサイ!この通り!」
「・・・これに懲りたらアジトで靴下脱ぎっぱなしにしないことね」
「うっす!」
二人が脱出後再び捻じ曲げられる鉄柵。
曲線を描いていた鉄棒は直線に、その姿を取り戻された。
無事、ユイと合流するエリカとチャーミー。
侵入時と同じく、入り口の鉄柵を下ろし、警備システムを復活させるのは忘れない。
全てが済むと逃走用の車に乗り込む。
ふと、気まぐれに窓を下ろしたチャーミー。
もう随分離れてその視界から逃れている監視カメラに向かって投げキッスをひとつ。
「Ciao」
次の日の朝、出社した店員が見たもの達。
開かれた大金庫、消え失せたインディゴ ブルー、他に手をつけられていない宝石達。
トラップの鼠捕りが発動しているのに中には誰もいない密室トリック。
理解できない状況証拠に彼は頭を抱えるのであった。
* * *
「ふふふふ・・・・・・もう最高!ハッピーーー!」
「これでエレベーターのあるビルに引っ越しできますね」
「暖房もつけ放題!いや~ん夢みたい」
足取りも軽い。
このまま何処までも行けそうな気分。
世界よ聞きなさい、私たちのチームネームはv-u-den。
夢は世界を揺るがす大捕り物。
そしてあなたのハートまでも。
「あれ?そういえば・・・何か忘れてないですか」
「いやねエリカ、こうしてダイヤもここにあるし、私たちにミスなんて・・・」
「 あーーーーーーーーーー!!! 」
立ち止まり叫ぶユイ。
その目線をたどると、煩いと言わんばかりに耳を押さえたチャーミーのお尻に。
正しくは、パンツの尻ポケットに。
「ちょっと、まさかまたカード置き忘れたんじゃないですか~」
ぐいっと引っ張り出すと「 Ciao? v-u-den 」と描かれたチームの証。
刹那、冷たい風が一人と二人の間を分かつ。
「・・・ま、まぁこんなこともあるわよ、ねっ、ねっ」
「かわいこぶられても困ります」
「石川さん、チームの名前が世間に広がらないのは毎回カードを置き忘れるせいだと思うっす」
「チャーミーよ!本名で呼ばない!」
このカードが本来の意味で使われることは、まだまだ先の話。
the end