(03)649 『A Summer Day』



7年前の夏。

私は、人でごった返すサマーセール中のとあるデパートにいた。
目的は、幼い頃に失踪したi914を捜すこと。

i914は極めて強い能力を持っている。
我々の味方になれば心強いし、敵になれば厄介だ。
一刻も早くi914を見つけ、仲間になる気がないのであれば抹殺する。
それが私に与えられた任務だった。


リゾナンター同士は共鳴する。


互いの顔を知らなくても、近くに来ればわかるはずだ。
そんなわけで、私は人の集まる場所を選んで行動していた。

「・・・にしても、もっと効率のいいやり方あるでしょーが」

抑えきれぬ不満を抱え、私は上りエスカレーターに乗った。

特に何か考えがあったわけではない。
ただなんとなくの行動だ。



エスカレーターは上階と下階の中間地点に差しかかる。
その時だった。



――――っ!!


震える手足。
噴き出す汗。
強張る顔。

体中の全神経に緊張が走る。
これまでに味わったことのないプレッシャーを感じ、私は思わず後方を振り返った



その先には、下りエスカレーターに乗ってこちらを見ている少女がいた。
目と口をこれでもかというほど開けている。

互いに時と言葉を忘れて見つめ合っていると、ふいに彼女が血相をかえて叫んだ。

「待ってて!」

人目をはばからぬ大声。
自分以外のリゾナンターに遭遇するのは初めてなのかもしれない。
動揺して周りが見えていないようだった。





「bへrЩghやざhcfjhfてぇr%gЯs!」
「あの、すいません。何言ってるかぜんっぜんわかんないんですけど」

彼女は私の顔を見るなり、興奮して早口でまくし立てた。
彼女の発する言語は、標準的な日本人の私にはとてもじゃないが聞き取れない。
中国とかフランスとか、そっちらへんで育ったのだろう。

「あんたもあーしと同じなんか!?今、共鳴したやろ?」



私に外国語の心得がないことがわかったのか、ようやく聞き取れるレベルの日本語になった。
これでまともな会話ができる。

「そう。つまり、私たちは同類というわけ。どう?あなたにその気が」
「アヒャー!!!」

聞けよオイ。
ツッコむ間もなく、いきなり抱きつかれた。
興奮するのも程々にして欲しい。こっちの身にもなってくれ。

「名前は?」
「は?」
「名前。あーしは高橋愛。あなたは?」
「・・・新垣里沙」

勝手に盛り上がって、勝手に落ち着いて、勝手に笑いかける。
こんなに疲れる相手は初めてだ。

なのに、なぜ。

なぜ、それを心地よく感じているのだろう。






結局、i914改め高橋愛を組織に引き入れることはできなかった。
彼女は元々組織を良く思っていなかったし、彼女のペースに押されて
話を切り出せなかったというのもある。

高橋愛抹殺の替わりに、私は別の任務を授かった。
他のリゾナンターを捜すという高橋愛、およびその仲間の監視。
要するにスパイだ。
私は、裏切り者として生きることになった。





あれから7年が経とうとしている。

高橋愛はずいぶんと変わった。
上手な日本語で話せるようになったし、リーダーとしての責任感も充分なものがある。

一方で、私は何も変わらない。
平気な顔をして、みんなをだまし続けている。
一つ変わったことがあるとすれば、それは―――
いや、やめておこう。
自覚したところで、何が変わるというわけでもない。


“終わり”はいつか必ず訪れる。
それまでは、気づいていないふりをしよう。

全てが変わる、その日まで。




















最終更新:2012年11月23日 12:00