巡りゆく星たちの中で > セトルラーム共立連邦・正念場

ルドラトリス宮殿の最上階にある評議会議室には、朝の光が静かに差し込んでいた。
くもりのないガラス壁は靄に包まれた都市の高層域を映し、窓際の床には淡く光が広がる。
外の風景は輪郭が曖昧で、距離感が強調されている。音はなく、空気に温度だけが漂っていた。

室内は広い。温度は制御され、冷気がゆるやかに肌を撫でる。
大理石の床に反射した人影が固定されるように静止している。
発言も動作もまだなく、空間は整っているが、明確に緊張を帯びていた。

円形の議長テーブルを囲むのは、セトルラーム共立連邦の主要閣僚たち。
中央にヴァンス・フリートン大統領、技術顧問ゾンガルト・ヴィ・ルーゼリック博士、外務長官、公共局長官、そして首相のゾレイモス・ヴィ・ケレキラ=プルームダール
全員が資料に目を落としているが、互いの存在は意識の中枢に据えられている。

壁面のスクリーンには、ピースギアによるQ-PBキャノンの試射ログと技術監査コードが映し出されていた。
図面と数値が滑らかに切り替わり、視線の動きが画面の変化に同期する。
テーブルには報告文と返信文が広げられ、紙の擦れる音が細く響く。

窓の外では都市がまだ完全には目覚めておらず、靄の中で輪郭を曖昧に揺らしている。
だが、この議場だけはすでに始まっていた。発言が生まれる前から、判断は準備されていた。

ヴァンスが会議の開始を告げる。声は抑制されているが、語調は場に圧を与えた。
「諸君、おはよう。対シナリス戦略――ピースギアとの提携について、本日中に方向性を確定させる必要がある。賛否があることは承知しているが、私は段階的な協調の道を選びたい。各位の率直な意見を伺いたい」

沈黙が訪れ、誰もすぐには応じない。
ヴァンスはゆっくりと目線を巡らせ、微かな笑みを浮かべた。
その動きに派手さはないが、場の支配力が明確に発揮される。

ゾレイモス首相が口を開く。姿勢はそのままで、声だけが鋭い軌道を描いた。
「失礼いたします。まず、現時点における提携の具体的成果について再度ご説明いただけますか。検証すべき点が複数あると認識しております」

彼女の目はヴァンスを捉えたまま動かず、言葉は形式を保ちつつ圧を孕んでいた。

ゾンガルト博士が応じる。手元の端末に触れながら、声の温度を保って報告を始める。
「現段階の成果としては、SA2HM-ルドリアおよびSC-717の実戦配備、ならびに監査コードの共有がT3まで進んでいます。ただし、一部技術班からはピースギア側との連携が不十分との指摘が出ております」

スクリーンには陽電子関連の懸念が記された技術文書が表示され、博士の指が一度画面を指した後、再び資料へ戻っていく。

ヴァンスはすぐに応じる。顎に軽く指を添え、落ち着いた声を保った。
「外務省からも同様の報告を受けている。だが、信頼の構築には段階が必要だ。拙速な結論は、むしろ提携を損なう可能性がある」

沈黙に入りかけた空間を、ゾレイモスが遮った。
「大統領、恐縮ですが、ピースギアは我々の技術体系を軽視し、合意したロードマップを逸脱しています。その事実は既に記録に残されています」

彼女の声は丁寧なままだが、語彙の選択には厳密な怒りが含まれていた。手の動きは最小限だが、意図を明確に伝えている。

ヴァンスは返信文に目を落とし、それを一枚指し示した。
「その点については理解している。だが、この応答を見てほしい。我々の抗議に対して、ピースギアは少なくとも外交形式において誠実な返答を寄越してきた。いかがだろうか」

綾音司令官の起草による文書がスクリーンに展開される。
整った構文と均衡の取れた語調が、数名の注意を引いていた。

ゾンガルト博士が再び口を開く。
「応答の形式が整っていることと、技術的実質との乖離は別問題です。ピースギアが自身を唯一の技術管理者と定義するかぎり、対話は交差しません。技術には誤差があり、第三者的な検証が制度的に欠落している現状では、進展は困難です」

場は一瞬静まり返り、博士の指は画面に戻る。空気が濃くなった。

外務長官が沈黙の中で静かに発言した。声は低く、語彙の選択に迷いはなかった。
「ピースギアがいかに高度な技術を保持していても、我々がそれを扱えるかは別問題です。応用先に制限がある以上、同時並行で国内技術の拡張も必要でしょう。ただし、倫理的な臨界点が近づいていることは、看過できません」

スクリーンには、連邦内技術研究局が提出したT3関連の危険領域予測図が浮かび上がった。
複数のプロトコルが色分けされ、閣僚たちの目線は一様に停留している。

公共局長官がそれに続く。発言は遅く、内容は重い。
「ロフィルナ王国が対抗技術を開発中との報告があります。反応速度と指向制御精度の点で、我々の既存装備を凌駕する可能性も示唆されており、地政学的に無視できるものではありません。どう判断すべきでしょうか」

テーブルの資料が一枚めくられ、静かな紙音が空気を切り裂いた。
議場には一時、誰も発言を重ねなかった。

ヴァンスが背もたれに身体を預け、視線を天井近くに流す。
「技術は、それが使われる前段階において、既に力を持ちます。ピースギアはこの原理を熟知しており、自らの地位と保険を同時に構築しようとしています。これは戦略的な選択です」

ゾレイモスが穏やかな声で応じた。口調にはわずかに警告が混じっていた。
「仰ることは理解いたします。ですが、合意されたロードマップからの逸脱が重なれば、我々も独立した対抗策を検討せざるを得ません。手順が整っていれば問題はなくとも、野党の動きも現政権の自由度を制限しつつあります」

テーブルの縁に添えられていた彼女の指先が、無言のまま力を帯びていた。
発言に重さがあっても、動作は慎重に制御されている。

外務長官が視線をスクリーンに戻しながら述べる。
「今後焦点となるのは、T4以上の技術領域における正式な協力と、国際監査への明示的参加です。ピースギア側がこれに応じるかどうか、それが本日の最大の分岐点です」

スクリーンにはT4技術構造の概略図が表示され、各国の関係線が複雑に交錯していた。
その中央には、ピースギアのアイコンが静かに明滅している。

議場は数秒間沈黙を保った。誰も発言を急がず、誰も動かなかった。

ヴァンスがゆっくりと立ち上がった。背筋は伸び、目の動きは固定されている。
「ご意見は理解しました。本日の議論を踏まえ、調整に移行します。戦略局と技術部門がそれぞれ詳細を再編することとなるでしょう。決定の猶予は長くありません」

その声に返答はなかったが、全員の姿勢がわずかに変化した。
空気が静かに緩み、資料の閉じる音が重ねられ始める。

ゾレイモスは窓の外に目を向けた。街は靄の中から抜けつつあり、太陽光が建物の輪郭を浮かび上がらせている。
新しい動きが都市に広がり始めていた。

議場の扉が開き、外の冷気がわずかに流れ込む。
議員たちは順に席を立ち、報告書を手にそれぞれの部署へ向かって歩き出す。
会議は終了した。だが、選択はまだ始まったばかりだった。

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最終更新:2025年08月02日 16:57