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ある島の、あるうららかな春の日のこと。 その島の高原の片隅に佇む小さな家のテラスにて。 静かに紅茶を飲む少女がふたり。ああ、いつもどおり、彼女たちは実際は少女といえる年齢ではないと付け足しておこう。 静かな春の陽光を背景に、片方の少女の白銀の髪は空色の、もう片方の少女のアッシュブロンドの髪は桜色の光を纏う。 そして湯気を立てる真紅の紅茶には二人の顔が浮かび、漫然とした時間が流れていた。 「こたつを片付けて、やっと春になったという気分になりましたね」 「夢魔としてはこたつにくるまって出てこれなくなるマスターに期待しなくもなかったんですけどね。まあ、こうして紅茶を飲んでいるマスターも様になっています」 「ストーブを焚いてしまえば必ずしもこたつがなくてもなんとかなりますからね。というより、こたつは本当に寒い場所ではあてにならないらくて、暖房度日の大きな地域ではあれでは不足らしいですよ」 「あのこたつ、来年も使うんですか?」 「そりゃあまあ、使わない理由はないですね。来年出す際も手伝ってくれますか、ミリティア?」 「もちろんです。マスターの意思のままに」 アンゼロットの問いかけに、ミリティアは目線を下げ、使用人としての態度で応じる。その目は何らかの感情がかすかに込められている気がしたが、読み取れなかった。 「手伝ってくれますかといえば、去年の年末の際にいきなり出てきてナイフはちょっと怖かったですね。ナイフ捌きは見事でしたけど」 ミリティアは懐からナイフを取り出す。シンプルな短刀。刀身に木目のような質感の紋様が浮かんでいる。去年の年末にこたつの梱包を解く際に使われたのと同じものだ。ついでに、ある人の夢の中の世界でリリスと戦ったときもこのナイフだった気がする。 「ああ、私の家はそういう家でして。先祖代々ナイフ捌きは結構やりますよ。私はそれほどでもないですけどね」 ミリティアの出自とは初めて聞く話だ。アンゼロットは若干の興味を示して言った。 「そういえば今までにミリティアの出自の話を聞いたことはありませんでしたね。初めて聞きます」 言ってしまってから、アンゼロットは少し反省する。こういう話はなんとなく気おくれがする。 …いや、べつに何か問題があるわけでもないように思えるが、なぜアンゼロットにとって気おくれがするかといえば、これはアンゼロットの育った時代のリルバーンの事情によるものだ。 当時のリルバーンは西ディルタニア…いや、世界でも最もリベラルな国の一つで、出自と地位の相関が非常に薄く、地位が高い者同士が話をする際に、出身を話題にすると気まずいことになるという状況がよくあった。そういうわけでアンゼロットが育ったころのリルバーンでは「出自を聞かない」というのはある程度リベラルな派では暗黙のマナーだったのだ。 今となっては、リリスと関係があるか、あるいはリリスそのものであるかが重要なファクターとなって、そんな古風なマナーは意味をなさなくなってしまっているのだが、それはまた別の話。 ともかく、アンゼロットの家は有名な学者を輩出してきた、そこそこマナーにも気を配る家であるからして、アンゼロットにとってもそれが当たり前だった。そういう話である。 「そうですね…。私の家はそこそこの地方領主の家なんですよ。なんでも家に伝わる伝説では、初代がある時偶然手にしたナイフが月の欠片という話で、それが彼を幾度となく窮地から救い、家を創始したということになっていて、そこから家の者は必ず守り刀を一本持つことになっていましてね。もう家がなくなってからかなり経ちましたけど、このナイフは手放せずにいますね」 「確かに、切れ味は相当のものですね。ちょっと怖いのは変わりませんけど」 「私は夢魔ですから。ナイフを振るうのは本質ではありません」 「そうですね。なら、その鞘を探してプレゼントしますよ」 「え?」 「ナイフには特別な意味があるかもしれませんが、鞘には特別な意味はないんでしょう?だったら、受け取ってくださいな。私はまだ、貰った蜜柑の分、なにも返していないでしょう?」 「確かにそうですが。いいんですか?」 「いいんですよ」
ある島の、ある春の日のこと。 その島の高原の片隅に佇む小さな家のテラスにて。 静かに紅茶を飲む少女がふたり。ああ、いつもどおり、彼女たちは実際は少女といえる年齢ではないと付け足しておかなくてはならない。 うららかな春の陽光を背景に、片方の少女の白銀の髪は空色の、もう片方の少女のアッシュブロンドの髪は桜色の光を纏う。 そして湯気を立てる真紅の紅茶には二人の顔が浮かび、漫然とした時間が流れていた。 「こたつを片付けて、やっと春になったという気分になりましたね」 「夢魔としてはこたつにくるまって出てこれなくなるマスターに期待しなくもなかったんですけどね。まあ、こうして紅茶を飲んでいるマスターも様になっています」 「ストーブを焚いてしまえば必ずしもこたつがなくてもなんとかなりますからね。というより、こたつは本当に寒い場所ではあてにならないらくて、暖房度日の大きな地域ではあれでは不足らしいですよ」 「あのこたつ、来年も使うんですか?」 「そりゃあまあ、使わない理由はないですね。来年出す際も手伝ってくれますか、ミリティア?」 「もちろんです。マスターの意思のままに」 アンゼロットの問いかけに、ミリティアは目線を下げ、使用人としての態度で応じる。その目は何らかの感情がかすかに込められている気がしたが、読み取れなかった。 「手伝ってくれますかといえば、去年の年末の際にいきなり出てきてナイフはちょっと怖かったですね。ナイフ捌きは見事でしたけど」 ミリティアは懐からナイフを取り出す。刀身に木目のような質感の紋様の浮かぶ、シンプルな短刀。去年の年末にこたつの梱包を解く際に使われたのと同じものだ。ついでに、ある人の夢の中の世界でリリスと戦ったときもこのナイフだった気がする。 「ああ、私の家はそういう家でして。先祖代々短剣の扱いは結構やりますよ。私はそれほどでもないですけどね」 ミリティアの出自とは初めて聞く話だ。アンゼロットは若干の興味を示した。 「そういえば今までにミリティアの出自の話を聞いたことはありませんでしたね。初めて聞きます」 言ってしまってから、アンゼロットは少し反省する。こういう話はなんとなく気おくれがする。 …いや、べつに何か問題があるわけでもないように思えるが、なぜアンゼロットにとって気おくれがするかといえば、これはアンゼロットの育った時代のリルバーンの事情によるものだ。 当時のリルバーンは西ディルタニア…いや、世界でも最もリベラルな国の一つで、出自と地位の相関が非常に薄く、地位が高い者同士が話をする際に、出身を話題にすると気まずいことになるという状況がよくあった。そういうわけでアンゼロットが育ったころのリルバーンでは「出自を聞かない」というのはある程度リベラルな派では暗黙のマナーだったのだ。 今となっては、リリスと関係があるか、あるいはリリスそのものであるかが重要なファクターとなって、そんな古風なマナーは意味をなさなくなってしまっているのだが、それはまた別の話。 ともかく、アンゼロットの家は有名な学者を輩出してきた、そこそこマナーにも気を配る家であるからして、アンゼロットにとってもそれが当たり前だった。そういう話である。 「そうですね…。私の家はそこそこの地方領主の家なんですよ。なんでも家に伝わる伝説では、初代がある時偶然手にしたナイフが月の欠片という話で、それが彼を幾度となく窮地から救い、家を創始したということになっていて、そこから家の者は必ず守り刀を一本持つことになっていましてね。もう家がなくなってからかなり経ちましたけど、このナイフは手放せずにいますね」 「確かに、切れ味は相当のものですね。ちょっと怖いのは変わりませんけど」 「私は夢魔ですから。ナイフを振るうのは本質ではありません」 「そうですね。なら、その鞘を探してプレゼントしますよ」 「え?」 「ナイフには特別な意味があるかもしれませんが、鞘には特別な意味はないんでしょう?だったら、受け取ってくださいな。貰った蜜柑の分、まだなにも返していないでしょう?」 「確かにそうですが。いいんですか?」 「いいんですよ」

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