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SS第08話 - (2010/04/02 (金) 22:25:03) のソース

*SS第08話「ショッピング・ブギ その後」

 あさひの誕生日が間近に迫ってきたある日、さくらからの電話を受け取った。
『あさひさん、次の土曜日空いてますか?』
 突然用件を切り出してきた彼女に面喰らいながら、特に予定はない事を伝えるあさひ。彼女が目をやっているカレンダーの日曜日の欄には花丸と一緒に誕生日という書き込みがある。
「日曜日は家族で出かけようって話があるけど、土曜日は大丈夫だよ」
『良かったです。連休なので遠出でもされるのかと思っってましたから』
 電話口の向こうからさくらのホッとした様子を感じる。
「何かするの? 買い物?」
『ちょっと遠いお出かけに付き合って欲しいんですけど、大丈夫ですか? 行き先は、ちょっと大きな街なんですけど……』
「えーと、中心街まで行くのかな?」
 どうやらさくらが言うには、光が丘から電車で出掛ける必要のある大きな街に用があるようで、できればあさひに付いて来て欲しいとのことらしい。
 特に用もないし、電車に乗って往復するくらいのお小遣いの余裕もある。だから、あさひはつい軽い気持で引き受けた。
「いいよ」
『ありがとうございます。では、少し遅くなるかも知れませんから、その事をお家の人に許可もらってくださいね。あと、ちょっとオシャレして来た方がいいかも知れません』
「え、遅くなるの? オシャレ?」
 さくらの言葉にあさひは困惑する。一体何が起こるのだろうか。その理由を聞くとさくらはちょっと笑い声をあげて『当日のお楽しみです』とだけしか言わない。
『では、当日。駅前で逢いましょうね。おやすみなさい』
 言いたいことだけ言って電話が切れる。ツーツーという音だけが聞こえる受話器を持ったままあさひは考え込んだ。
「一体、何が起こるの?」

 土曜日、約束の時間前に駅前にあさひの姿があった。来週には春休みに入るが、その前に連休があって実質春休みのようなものである。月曜日は、終業式があって通知表をもらうが、あさひには問題ない。
 そんな事を考えていると約束の時間になる。買い物に付き合ったこの前とは違い電車の時間があるから遅刻はちょっと困る。
「あさひさーん!」
 あさひの心配を察したのか、さくらが片手を高く上げて左右に振りながら走って来るのが見える。待ち合わせの時間自体に少し余裕を持たせてあったが、ほぼ時間通りなのでホッとする。
「良かった、今度は遅れなかったね」
「今日は、洋服を決めてもらいましたから」
 そう言ってさくらが笑う。夕べ、衣装を並べて悩んでいたさくらにかぐやのアドバイスがあったことはここでは内緒だ。
「あさひさん、可愛い服装ですね」
 さくらがにっこりと笑う。そういうさくらも先日買ったフェアリードロップの服を着ている。胸のリボンが頭のリボンとお揃いでなかなかだ。
 二人とも駅で切符を買って電車に乗り込む。ホームで待っていると快速電車が入って来る。これならすぐに到着するだろう。電車に乗ることもめったにないので、ちょっとした小旅行気分である。
「で、さくらちゃん。どこへ行くの?」
 空いている座席に座ると改めてさくらの顔を見る。まつげが長くて美少女だなー……などとふと考えるが、問題はそこではない。
「ほら、あさひさんに誕生日プレゼントを渡すってお約束したじゃないですか」
 さくらはどう話すか少し考えているように小首を傾げた後で口を開いた。
「誕生日プレゼント?」
 さくらの顔をみつめていると何故か頭がボーっとしてしまう。あわてて左右に振って、彼女の言葉を反すうした。
「そういえば、私の好きなアイドルのCDをプレゼントしてくれるって話だったっけ」
 まさかあの時の話を本気にしてたとは、あさひはちょっとびっくりした。普通、その場の約束は当てにしないものだ。
「だったら、わざわざ大きな街まで行かなくたって街のCDショップでいいのに」
 あさひが呆れた顔をする。その答えは彼女も予想していたようで、ちょっと微笑む。
「ふふっ、あさひさんならそう言うと思ってました。品物を買ってプレゼントするのは簡単ですけど、それだけじゃつまらないじゃないですか。だからですね……」
「だからですね、って?」
 さくらの意図が読めず困惑するあさひ。もちろん彼女が自分に何かしてあげようと云う意図があることは分かるのだが、それが何か分からない。
「あ、もしかして遊園地とか行こうとか思ってる?」
「楽しいのは似てるけどちょっと違いますね」
「まさか中華街で満漢全席とかってことはないわよね」
「さすがに中学生でそれは……」
「カラオケは……光が丘でできるか……」
「ちょっと惜しいです」
 あさひが次々と挙げる物を笑いながら否定したりちょっと肯定したり、さくらは楽しそうだ。そんな取り留めもない会話をしているうちに電車が目的の駅に到着する。県庁所在地のある街の駅の一つだ。
「ここから歩いてすぐですよ」
 さくらがあさひの手を引く。周囲を見ると彼女らと同じような人の流れがあることに気付く。しかもその人たちの中には妙な格好をしている人や顔写真の入ったTシャツを着ている人たちの集団も見える。
「!」
 あさひにはその顔写真はお馴染みのものだった。その途端にさくらの言葉と状況が頭の中で結びつく。
「さくらちゃん、もしかしてこれって?」
「そうですよ。これが私からの誕生日プレゼントです」
 さくらが、鞄からチケットを取り出してあさひに手渡す。思わず緊張して両手で押し頂いてしまうあさひ。目の前にかざしてみると確かに間違いのない、あさひの好きな「はじけるアイドル」のコンサートチケットだ。販売開始わずか2分で売り切れたという話を聞いて絶望したこともついでに思い出す。
「嘘、信じられないよ」
「嘘じゃないですよ、正真正銘のチケットです」
 さくらが自分の分を両手に持ってあさひの方に見せる。
「どうやって手に入れたの、これ? アリーナ席なんて中学生が買える額じゃないし。こんな高いのもらえないよ」
 金額を見てあさひは青ざめる。誕生日プレゼントにしては高すぎる。自分だってこんな額はお年玉の総額くらいしかお目にかかったことがない。
 思わず突っ返そうとするあさひの手をさくらがあわてて押し留めた。
「あさひさん、心配しないでください。このチケットはもらいものですから。二枚だけしかなくって、あさひさんがファンだったっていうのを思い出したのでさそったんです」
「本当に?」
 あさひが疑わしそうな目を向ける。それを打ち消そうと手を握ったままブンブンと振る。
「本当です」
「本当に本当?」
 さくらが首を縦にコクコクと振る。確かに彼女の言葉に嘘はなかった。実は、あるコンテストに出場した際に2位の商品がこのペアチケットだったのだ。さくらは、うっかり優勝してしまったが、2位の受賞者に頼み込んで優勝商品の和牛十キロセットと引き換えに変えてもらったという苦労らしくない苦労で入手している。
「だから、二人で楽しみましょう、コンサート」
「でも、これ日付けが……」
「え!」
 あさひの残念そうな顔に、さくらがあわててチケットを見直す。
「ごめん、嘘」
「え?」
「びっくりさせられたことのお・か・え・し。さくらちゃんも目一杯楽しもうね」
「はい」
 あさひはさくらの言葉を信じることにした。そして二人は手をつなぐと、その先にあるスタジアムへ向かって駆けていった。

 巨大なスタジアムの中央に置かれたステージ。「スプリング・コンサート」と銘打った会場は満員で、人々が持つペンライトでキラキラと輝いている。そんな風景を初めて見るあさひはドキドキしっぱなしである。
 そうして待っていると。時間になりファンファーレが鳴る。舞台がゆっくりと暗くなっていき、ついには会場全体が暗くなっていく。次の瞬間、一気に会場全体が明るくなった。眩しさに一瞬目を閉じてから開くと、舞台の上にはバックダンサーのカエルや牛の着ぐるみが登場しており音楽に合わせて踊っている。その音楽が、やがて誰もが知っているデビュー曲のイントロになり、舞台袖から上がる花火とともにアイドルが現われ歌い始めた。
 お目当てのアイドル登場で会場の熱気は一気に高まり全員が立ち上がる。あさひもさくらも思わず席を立って両手を振る。
『こんにちわー、みんなー!』
 歌の合間にステージ上から呼び掛ける。その声や仕種に反応する会場のファンたち。続いて、2曲目の曲に移り、途中MCやゲストを挟んで、カバー曲を数曲歌って、最後に出たばかりの新曲を歌った。
 わずか一時間半程度のステージだったが、最後の歌を歌ったあとでもアンコールの声が止まずに、再度登場してデビュー曲を歌う。その時にはあさひもさくらも一緒に歌った。

 帰りの電車は、少し混んでいたので二人とも立ったままだった。
「あー、もう生で見られたし歌声も聴けたし、大興奮だよ」
 会場で買ったパンフレットと生写真を抱き締めながらあさひが興奮覚めやらぬ表情をしている。そんな彼女を見ながらさくらもニコニコしている。さくらは時々コンテストなどでステージに上がるので、舞台の盛り上がりとか慣れているつもりだったが、会場全体があれほど盛り上がると物凄い力を感じるのが分かった。これもエクリプスが滅ぼしたいと思った光の一つなのだろうな、などと考える。
「私も楽しかったです。コンサートって初めてだったんですよ」
 手の中に残されたチケットの半券は、彼女の興奮を表すようにクシャクシャになっている。
「私も初めて! 誘ってくれて本当にありがとうね。もう、これ一生の宝物にするよ」
 さすがファンと言うだけあってあさひの半券はきれいに保存されている。自分の持ってるチケットとの違いに思わず苦笑するさくら。
「喜んでもらえて良かったです」
「本当にありがとうね、さくらちゃん」
 あさひの笑顔が何者にも代え難い宝物だとさくらは思った。が、同時に『ボウケン星でピンクのコンサートを開いたら、大人気ピピ』と考えていた事は彼女だけの秘密だ。そんなさくらの密かな野望に気付かぬまま、二人を乗せた電車は光が丘の駅に到着した。

終劇(ジャーンジャーン)


※何であさひはまひるみたいに友人を呼んでパーティしないのか? というと「中学生にもなって恥ずかしい」と大人ぶってるせいと想定しています。