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マッサージ以外のこと - (2008/08/22 (金) 02:31:18) の1つ前との変更点
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大学と大学院で、ドイツ文学を専攻していました。1995年、出産のため一年半休学、富山から夫が内地留学で、神戸大へ半年間行くというので、わたしも、子どもを保育園へ預け、復学しました。その一年後、研究の挫折と長男の発達の問題に悩んで、博士過程中退したのは、2000年3月。
1999年年11月にシュタイナー教育を学び始めます。
2000年7月から日本アントロポゾフィー協会主催の教員養成講座第3期生として、東京都日野市へ通いました。2001年4月より、第2子出産のため、一年休みましたが、4期にもできるだけ通い、お陰様で一応修了証をいただきました。
富山でシュタイナー教育芸術の会に参加して、現在8年目です。仲間と読書会やオイリュトミーの会を行い、会報も不定期ですが、出しています。HPあり。
富山シュタイナー教育芸術の会HP
http://www11.atwiki.jp/toyama-steiner/pages/1.html
子どもの頃から、優等生で、人から期待されていることを行う事が至上のことと思って生きてきたわたしには目からうろこのことがほんとうに多く、わたしはわたしでいいんだ、と思えたこと。とりわけ、ドイツ人の高名な音楽教師であるブラス先生に出会えたことは大きな体験でした。忘れもしない、2000年7月、最初の教員養成講座の後、ブラス先生の初めてのワークショップに出ていて、涙が止まらなくなったことがありました。
それは、もういいようもない大きな愛に触れた体験とでもいうようなことでした。
もちろん、日本人の先生方、他にドイツから来られた講師の先生方、みなさん、とてもすばらしい方々で、6年間ほんとうにたくさんのことを学ばさせて頂きました。
せっかく教員養成を終えたのに、教師の道を歩んでいないわたしはちょっと申し訳ない立場にいるのですが、教育芸術の会では、いろいろと学んだことを人々に伝えることができているかな、と思います。
さて、和尚瞑想との出会いは、もともとは、グルジェフに関心をもっていた夫が、名古屋で行われていた、ムーブメンツに参加するようになって、和尚瞑想と出会い、サガプリアと出会い、わたしに彼女を推薦したことからでした。
2005年、春、わたしとしては、シュタイナー教育でやっていけそう、という予感が確信に変わるころだったので、「なぜ?」という思いがありました。でも、ちらしにあった美しい文章にとても惹かれて、札幌へ旅立ってしまいました。そこで、おどろくべき、自分自身の内面に出会い、さらに、埼玉のグループへも出かけてしまいます。さらに、それだけではまだ満足できずに、10月にはイタリアのイスキア島でのエナジーワークパート1へ、家族と共に旅立ちました。
そこで強烈な体験をして、一年間の間、瞑想的に暮らしているつもりでしたが、自分で瞑想することはありませんでした。瞑想から離れた一年間でした。
その間に、サガプリアの埼玉のグループで、知り合った方から紹介された、アドラー心理学の世界との出会いがありました。
2005年10月、アドラー心理学の野田俊作先生のカウンセリング講習会へ夫と共に出席。翌日は金沢の講習会へ1人出かけました。それほどに、ショックにも近い体験でした。
春に金沢で行われたパセージに出席。岡田啓子先生に学びました。この時はまだシュタイナー教育や瞑想でやっていけるのではというマインドが強かったせいか、なにか中途半端な学びになってしまった気がします。
それから10月にふたたび、野田先生の金沢での講習会があり、そこで、オープンカウンセリングのクライエントとしてださせていただきました。この時のことも大きな体験でした。
やはり、
一時間近くもの間、ただわたしの語る言葉に耳を傾けてもらえるという希有な体験をしたせいでしょうか。それは聴き方のことを言っているのですが。偏見のないところで聞く力とでもいうのでしょうか。なにかとても癒されたのでした。
11月に、野田先生のリードする、アドラー心理学の瞑想合宿、ASMI に参加。彦根に出かけます。ここで、一年ぶりにクンダリーニ瞑想をしたさい、わたしにはほんとうに瞑想が必要だと言うことを右側(男性性)が理解し、和尚の弟子になりました。
ちなみに、野田先生は、古いサニヤシン(和尚の弟子)で、瞑想会では多く、和尚瞑想を紹介しておられます。
さらに、2月、江ノ島で行われた、野田先生のスピリチュアルワークに参加。母への、家族への、さらには、いつも多くの人から愛されていることに気づかされて戻ってきました。この時の体験も、大きなものでした。
そして、3月、マッサージの講習に通い始めます。それは5月に来日するサガプリアのワークに一度はでなければ、と思っていて、3つの中からどれが良いかな、と思ったときに、アドバンスボディワークという、マッサージの講習に一番惹かれたからです。それまではマッサージなど全く興味はなかったのですが、それにでるためには、基本のマッサージを修得しておく必要があり、東京へ、通いました。
この間も、シュタイナー教育や、アドラー心理学の学びは地道に続けられました。
アドラー心理学に関しては、9月に夫が、新潟のスピリチュアルワークに行ってくれ、さらに2月、鈴鹿へ、スピリチュアルワークへでかけました。それから、2月3月に2日ずつ、基礎講座理論編へ出席するために高槻へ。6月に富山で行われた応用編へ出席、この夏におこなわれたカウンセラー養成講座へでたい、と思っていたのですが、少し冷めて、今は、地元の勉強会へ出るくらいでいいかな、という感じに落ち着いています。
今、富山で瞑想会を行っていますが、アドレリアンの仲間が共に瞑想してくれるのはほんとうに勇気づけられています。
シュタイナー教育の会の仲間も、ほんとうに、素敵なのです。
シュタイナー教育を通して知った、美しい芸術の世界。水彩、ベールペイント。ライアー、ヴェルベック唱法、どれもわたしに滋養を与えてくれました。そしてオイリュトミー!。
オイリュトミーは、自らの中に光を通し、ハートと第3チャクラの間(すこし第3チャクラより)からすべての動きを動くという、とても瞑想的な舞踏です。
オイリュトミーをするとき、わたしの内側がとても喜ぶ。
毎月講師の先生をお呼びして、富山で講座を開催しています。場所は芸術創造センター。
大学と大学院で、ドイツ文学を専攻していました。1995年、出産のため一年半休学、富山から夫が内地留学で、神戸大へ半年間行くというので、わたしも、子どもを保育園へ預け、復学しました。その一年後、研究の挫折と長男の発達の問題に悩んで、博士過程中退したのは、2000年3月。
1999年年11月にシュタイナー教育を学び始めます。
2000年7月から日本アントロポゾフィー協会主催の教員養成講座第3期生として、東京都日野市へ通いました。2001年4月より、第2子出産のため、一年休みましたが、4期にもできるだけ通い、お陰様で一応修了証をいただきました。
富山でシュタイナー教育芸術の会に参加して、現在8年目です。仲間と読書会やオイリュトミーの会を行い、会報も不定期ですが、出しています。HPあり。
富山シュタイナー教育芸術の会HP
http://www11.atwiki.jp/toyama-steiner/pages/1.html
子どもの頃から、優等生で、人から期待されていることを行う事が至上のことと思って生きてきたわたしには目からうろこのことがほんとうに多く、わたしはわたしでいいんだ、と思えたこと。とりわけ、ドイツ人の高名な音楽教師であるブラス先生に出会えたことは大きな体験でした。忘れもしない、2000年7月、最初の教員養成講座の後、ブラス先生の初めてのワークショップに出ていて、涙が止まらなくなったことがありました。
それは、もういいようもない大きな愛に触れた体験とでもいうようなことでした。
もちろん、日本人の先生方、他にドイツから来られた講師の先生方、みなさん、とてもすばらしい方々で、6年間ほんとうにたくさんのことを学ばさせて頂きました。
せっかく教員養成を終えたのに、教師の道を歩んでいないわたしはちょっと申し訳ない立場にいるのですが、教育芸術の会では、いろいろと学んだことを人々に伝えることができているかな、と思います。
さて、和尚瞑想との出会いは、もともとは、グルジェフに関心をもっていた夫が、名古屋で行われていた、ムーブメンツに参加するようになって、和尚瞑想と出会い、サガプリアと出会い、わたしに彼女を推薦したことからでした。
2005年、春、わたしとしては、シュタイナー教育でやっていけそう、という予感が確信に変わるころだったので、「なぜ?」という思いがありました。でも、ちらしにあった美しい文章にとても惹かれて、札幌へ旅立ってしまいました。そこで、おどろくべき、自分自身の内面に出会い、さらに、埼玉のグループへも出かけてしまいます。さらに、それだけではまだ満足できずに、10月にはイタリアのイスキア島でのエナジーワークパート1へ、家族と共に旅立ちました。
そこで強烈な体験をして、一年間の間、瞑想的に暮らしているつもりでしたが、自分で瞑想することはありませんでした。瞑想から離れた一年間でした。
その間に、サガプリアの埼玉のグループで、知り合った方から紹介された、アドラー心理学の世界との出会いがありました。
2005年10月、アドラー心理学の野田俊作先生のカウンセリング講習会へ夫と共に出席。翌日は金沢の講習会へ1人出かけました。それほどに、ショックにも近い体験でした。
春に金沢で行われたパセージに出席。岡田啓子先生に学びました。この時はまだシュタイナー教育や瞑想でやっていけるのではというマインドが強かったせいか、なにか中途半端な学びになってしまった気がします。
それから10月にふたたび、野田先生の金沢での講習会があり、そこで、オープンカウンセリングのクライエントとしてださせていただきました。この時のことも大きな体験でした。
一時間以上もの間、ただわたしの語る言葉に耳を傾けてもらえるという希有な体験をしたせいでしょうか。それは聴き方のことを言っているのですが。偏見のないところで聞く力とでもいうのでしょうか。まずはあるがままに受け止めてもらえるということでしょうか。そこで、自分の間違いに自分で気づかされ、1つ学びました。
11月に、野田先生のリードする、アドラー心理学の瞑想合宿、ASMI に参加。彦根に出かけます。ここで、一年ぶりにクンダリーニ瞑想をしたさい、わたしにはほんとうに瞑想が必要だと言うことを右側(男性性)が理解し、和尚の弟子になることを決意します。テイクサニヤスといいます。
野田先生は、古いサニヤシン(和尚の弟子)で、瞑想会では多く、和尚瞑想を紹介しておられます。サガプリアのワークでわたしが知り合った方もそうでしたが、野田先生からサガプリアを推薦されたという方は少なくないのです。
さらに、2月、江ノ島で行われた、野田先生のスピリチュアルワークに参加。母への、家族への、さらには、わたしは周囲の多くの人から愛されていることに気づかされて戻ってきました。この時の体験も、大きなものでした。
そして、3月、マッサージの講習に通い始めます。それは5月に来日するサガプリアのワークに一度はでなければ、と思っていて、3つあったグループの中からどれが良いかな、と思ったときに、アドバンスボディワークという、マッサージの講習に一番惹かれたからです。それまではマッサージなど全く興味はなかったのですが、それにでるためには、基本のマッサージを修得しておく必要があり、東京へ、通いました。
この間も、シュタイナー教育や、アドラー心理学の学びは地道に続けられました。
アドラー心理学に関しては、9月に夫が、新潟のスピリチュアルワークに行ってくれて、さらに2月、鈴鹿へ、私自身がスピリチュアルワークへでかけました。それから、2月3月に2日ずつ、基礎講座理論編へ出席するために高槻へ。6月に富山で行われた応用編へ出席、この夏におこなわれたカウンセラー養成講座へでて、カウンセラーの資格を取りたいとまで思っていたのですが、少し冷めて、今は、地元の勉強会へ出るくらいでいいかな、という感じに落ち着いています。
今はマッサージにがんばれ、ということかな、と思っています。
今、富山で[[瞑想会]]を行っていますが、アドレリアンの仲間が共に瞑想してくれるのはほんとうに勇気づけられています。
シュタイナー教育の会の仲間も、ほんとうに、素敵なのです。
シュタイナー教育を通して知った、美しい芸術の世界。水彩、ベールペイント。ライアー、ヴェルベック唱法、どれもわたしに滋養を与えてくれました。そして[[オイリュトミー]]!。
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