2000年 伊藤敦規(阪急>オリックス>横浜>阪神)

 1997年から2001年まで史上7人目となる5年連続の50試合登板を果たすなど、連投もこなす中継ぎ投手として活躍する。特に00年にはリーグ最多の71試合に登板、防御率1.86という記録を残す。37歳でのシーズン70試合以上登板は歴代最年長記録となる。
 当時の野村克也監督からは「とりあえず伊藤を出しておけば大丈夫」と継投が上手くいかない場面で絶大な信頼を寄せられており、当時の推定年俸は8000万円と高額で、縁の下の力持ちであった。
通算成績 防御率3.76 56勝51敗11S 奪三振579





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最終更新:2013年08月10日 02:05