窓の外に見える景色は、不気味なまでに今まで見慣れていた光景と何も変わりはしなかった。 無感動に光の無い闇夜を眺めたまま、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは自嘲するかのように首を振る。 この現状は明らかに異常。言葉にするまでもなく、異常。 認識すればするほど泥沼に嵌っていくような実情に、アイリスフィールはそっと息を吐く。 そうして握りしめた手の痛みをしかと感じながら、彼女は室内へと振り向いた。 「して……貴方はこの現状を如何に考えますか? トオサカ」 振り向いた先。豪奢な椅子に腰かけるは、仕立ての良い服に身を包んだ男性。 堂に入った風采や貫禄は、この豪奢な城にいる事に一つの疑問を抱かせることは無い。 そして、それもそのはず。 彼の名は、遠坂時臣。 二百年は続く由緒正しき家系の現当主である。 「……さて、な」 だが、近しい者が見れば彼の動揺を見て取ることができただろう。 そう、動揺。外面にこそ出してはいないが、少なからず時臣は現状に対して取り乱している。 洗練された仕種一つ一つ、信条でもある家訓、何よりも彼自身の意地によってそうは見せないだけの話だ。 「別段、何とも……と、言いたいところではあるが……」 「ええ。どうしようもなく、異常」 時臣の言葉を正しく継いで、アイリスフィールは溜息をついた。似合わぬ溜息だった。 頭を抱えたくなる、とは現状のことだろうか。だが、身につけられた気品はそれを許しはしない。 何よりも、そんな非生産的な行為に時間を割くことは無駄以外の何物でもない。 「……認めたくないものだが……アインツベルンの懸念は正しかった、ということか」 「遅きに失したようですが」 「……全く、耳に痛い」 やや疲れた色合いを乗せた息を吐きながら、時臣はディパックをテーブルの上に置いた。 そうして徐に中に手を入れると、武骨な鉄の塊を取り出す。 掌に収まる程度の代物ではあるが、それがどういった類のものであるかが分からぬほど、世事に疎い二人ではない。 「してやられた、ということかしら」 アイリスフィールの言葉は、実に的確に時臣の現状を言い突いた。 自嘲するかのように口元を歪めると、時臣は拳銃をテーブルに置く。 魔術師の鏡ともいえる遠坂時臣にとって、この支給品は外れ以外の何物でもなかった。 「一つ尋ねるが……此度のこの状況を、アインツベルンはどう見る?」 「答える事に意味があるとでも?」 「『土地』の観点から言葉を重ねるのならば、ここは冬木市ではない」 重ねられた言葉にアイリスフィールは眉根を寄せた。 「更に言うのならば、ここが日本であるかどうかも疑わしい」 「……根拠は?」 「これでも冬木の街を預かる身でな。……それにこの場では、アインツベルンの者の方が感じ取れるのではないか?」 正鵠を射た言葉に、アイリスフィールの表情が強張る。 時臣に言われるまでもない。アインツベルン城を拠点として構えていた身は、この場所が外面だけの紛い物であると正しく理解していた。 「そこで問いを戻すが……アインツベルンは此度のこの状況をどう見る?」 「……答える事に、意味があると?」 「さて、な。ただ――――」 如何なる状況であろうとも、このまま座したままでいるつもりはない。 慇懃とした頬笑みを絶やさぬまま、しかして断固とした口調で告げられた言葉。 その凛然とした態度にアイリスフィールは僅かに眉根を寄せるが、それは一瞬のこと。 時臣と相見えた時より変わらぬ女帝のような佇まいのまま、彼女は口を開いた。 「『聖杯』の観点から言葉を重ねるのなら、これは聖杯戦争とはいえない」 「……その根拠は、如何に?」 「聖杯の守り手こそが我らの使命。聖杯に関与することならば、見落すことも間違うこともない」 情報には情報を。 提示された情報は最低限度のものではあるが、時臣からすれば十分な内容。 だがそこから導き出された結論は、彼自身認めたくは無いものだった。 そしてそれは、アイリスフィールとて同じこと。 「途方もなく厄介。……としか言えないな、これは……」 「……甚だ不本意ながら」 一致した言葉にも苦さが伝わる。 御三家の中の二家。片や二百年、片や一千年の歴史を持つ家系。 だがその知識を持ったとしても、原因解明はおろか究明にすら至らないのが現状。 得られた情報は、どうしようもない結論に二人を至らしめただけだった。 ■ 同盟を組みたい。 時臣の突然の申し出に、しかしてアイリスフィールは隠そうともせずに怪訝な表情を向けた。 「迷い事を……」 侮蔑も露わにアイリスフィールは視線を向けた。 凍えるような冷徹な眼差しと言葉。漂う空気が一層の重みを増し、目に見えぬ重圧となって時臣を襲う。 だがされとて、時臣も遠坂の現当主。 予想通りすぎる展開を、苦笑を零す程度で涼やかに受け流す。 「流石はアインツベルンの言葉である、とでも受け止めればいいか。それとも、ただの現状が見えぬ愚か者の言葉と受け止めればいいか」 「たかだか二百年の小童にしては、随分と口が回るようで」 「フッ……積み重ねた年月は、存外に働きを鈍くするようだが……まぁ、一先ず其処は置いておこう。……アインツベルンは、この現状に思うところがないのかね?」 「……何を」 「ここは、少なくとも冬木で行われている聖杯戦争ではない」 時臣の言葉に眉根を寄せたまま、しかし口を挟むことなく先を促す。 「『土地』の観点から、この場が冬木ではないこと。『聖杯』の観点から、この場に聖杯が無いことは言葉の通りだ。ともすれば、我々が敵対する理由はこの場に無いと思えるが?」 「……なるほど。ですが、言峰綺礼を擁していた貴殿にどう一考せよと?」 「……耳が痛いな」 初めて、そこで浮かべていた微笑を崩すと、苦々しげに時臣は言葉を続けた。 「一つ、話をしよう。もしかすれば、第三魔法に通じる話だ」 「……何を」 「言葉の通りだ、アインツベルン」 訝しげな態度を気にする事も無く、時臣は自らの胸を人差し指で叩いた。 とんとん、と。 鼓動を確かめるように。 「私は……確かにあの時に死んだ……死んだはずなのだ」 視線は虚空に。頬笑みは自嘲に。 虚ろな目を正そうともせず、過去の確かな出来事へ思考を飛ばす。 「私の……信用していたはずの弟子の手で……な」 贈った、友愛と信任の証。 胸に走る激痛。 赤く染まった手。 最後の一鼓動。 暗転する視界。 遠のく意識。 晴れやかな、笑顔。 蒙昧とした意識。 「この世界に生きる者として、弟子の行為を咎めるつもりはない。単に、私の思慮が足らなかっただけだ」 「……」 「だが、コレは別だ。確かに私は死んだ、殺された筈だ。アゾット剣で心臓を一突きにな」 死者は蘇らない。 それこそ、魔法でもない限り。 ならば、何故遠坂時臣は生きている? 「これはあくまでも憶測だが……この茶番の黒幕には『根源』に辿りついた者がいる」 「……迷い事だ」 「そうだろうか? 瞬間移動、死者の蘇生、時間の巻き戻し……どれ一つとして、『魔術』の枠には入らない。これを『根源』、あるいは『魔法』と呼ばずして何と言う」 今度こそ、アイリスフィールは口を噤んだ。 肯定するには憶測の域を出ず、されとて否定するには確たる証しが無い。 時臣も、それ以上は続けずに言葉を切る。 両者の間に、静寂が訪れた。 「……ならば、どうする?」 先に口を開いたのは、アイリスフィールだった。 時臣に背を向け、視線は窓の外に。 「確かに私たちが争うことに益は無い。だが、私たちには自由が無い」 振り返り、首を指差す。 ピタリと嵌められた首輪。 連想するは、吹き飛ばされた首と慟哭する女性。 「話を持ちかけたのなら、何かしらの案があるのでしょう?」 その言葉に、時臣は頷く。 「勿論だ。が、その前に――――」 傍らのディバックに手を突っ込み、ワインを取り出した。 「グラスは無いかね? ああ、毒は入っていないか安心したまえ」 まだ夜は、長い。 【一日目/1時00分/C-5、アインツベルン城内部・三階部分】 【アイリスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/Zero】 [状態] 健康 [装備] [所持品]基本支給品、ランダムアイテム×1~3 [思考・行動] 基本:現状の考察 1:意見を交わす 2:遠坂時臣と同盟を組むかは保留 【備考】 ・参戦時期は未定 【一日目/1時00分/C-5、アインツベルン城内部・三階部分】 【遠坂時臣@Fate/Zero】 [状態] 健康 [装備] [所持品]基本支給品、高級ワイン、シグザウア―P226 [思考・行動] 基本:現状の考察 1:意見を交わす 【備考】 ・死亡後からの参戦 ・『根源』に辿りついた者がいると推測 |No.027:[[幸運E]]|投下順|No.029:[[裏vs裏]]| |No.024:[[幸運E]]|時系列順|No.016:[[深夜の図書館、少女が二人]]| |COLOR(yellow):GAME START|アイリスフィール・フォン・アインツベルン|| |COLOR(yellow):GAME START|遠坂時臣||